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【撤退】
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2006-11-18(土) 15:02 |
事務局 |
ブラックウッド(cyef3714)はコウモリの姿になるや、暮れてゆく空に飛び立つ。 彼の眼下において、霧は、蹴散らされるように割れはじめていた。 そして、樹々の梢が、ざわざわと不規則に揺れている。風ではない。木が根元から揺さぶられているのだ。
「ちょ、来栖さん!?……茂霧山?……まさかあの人、探索部隊に参加してたんですか!?」 萩堂 天祢(cdfu9804)は通じなくなった携帯電話を手に、呆然と呟いた。 とりあえず、広場へ急ぐ。 そこで、天祢に声を掛けてきた人物がいた。 「やあ、天祢くん! よかった。やっとラッシュができたから連絡したいのに、誰にかけてもつながらなくてさ。香介くんにも伝えてくれない?」 「ロイさん、すいません。今、緊急事態で」 「え?」 「彼ならあそこです」 ふたりは茂霧山へ目を遣った。 「な、なんだ、あれ……」 ロイ・スパークランドは、あの山は火山だったろうかと訝った。まるで噴火でも起こったように、そこにもうもうと立ちこめるものがあったからだった。
「ゆ、揺れてる……!? な、何かが、目覚めようとしてるんだ……、皆のところに行かなきゃ……! あ、とりしまパパ、気をつけて……きゃあ!!」 リディア・オルムランデ(cxrp5282)は転んでしまった。 「あああ、リディ大丈夫かい? パパはもうちょっと調べてから降りるね」 取島 カラス(cvyd7512)は彼女を助け起こしながらそういうと、しっかりとマスクをして、サバイバルナイフを確かめた。 リディアは一瞬、躊躇するような表情を見せたが、すぐに決心したように、頷くと駆け出していく。 「な、泣かない……泣かないもん!」 自分に言い聞かせるように。 「無事か、お嬢ちゃん!」 霧の中から、同じく逃げてきたらしい壮年の男と出会う。犬神警部(cshm8352)だった。連れ立って逃げるかれらの前方で、吾妻 宗主(cvsn1152)が大声をあげている。前もって、もしものときの退路のルートを確認しておいてさいわいだった。 「みなさーん! キャンプへの道順はこちらですよっ! 転ばないで、気をつけて」 肩に乗った彼のバッキーも、小さな旗を振っている。
ベースキャンプのほうでも、逃げて来る人々を迎え入れるために、中河 忠匡(ctam2982)が懐中電灯を振り回していた。 「おーい、こっちですよー!」 その光に導かれて、片山 瑠意(cfzb9537)が駆け戻ってきた。 「怪我人は!?」 「今のところはまだ」 瑠意は山を振り返った。そして無線機に向け、まだそこに残っているはずの人物に声を掛ける。 「俺は先にベースに戻ります。神野さんも無理するな! 何かあったら呼んでくれよ!」 後ろでは浅間 縁(czdc6711)と七海 遥(crvy7296)がかがり火を焚こうとしていた。 「もう、キノコ狩りするだけだと思ってたのに……こんな大事になるなんて聞いてないよ〜!」 「皆さん……どうか無事に帰って来られますよーに……」 遥が山を見上げた。すでに、黄昏から宵へとかわりはじめている空を背景に、山は黒々としたシルエットでしかない。 「わわわ、どうしよう、み、みなさん、落ち着いてー」 などと言いながら、いちばん落ち着いていない三月 薺(cuhu9939)。なぜか頭に空の鍋をかぶり、手にはおたまを持っている。 「まずは料理の火を消して。地震の時は火災がいちばん危険だわ」 続 歌沙音(cwrb6253)が対照的に落ち着き払った声で言った。 「あ……、うん……」 四位 いづる(chbt5646)は、そんな中、怪我人が出たときのための準備を着々と進めている。傍には包帯でぐるぐる巻きのキノコ怪人。 「お前のお仲間が怒っとるんやろな……寝てたところ起こされたらそら怒るやろうけど……話し合いはできんもんかね?」 いらえはない。 いづるの手伝いをしていた西園寺 ジェニファー(cnbv2736)は、ふと手を止めた。 チニタ(cxhr9752)が、尻尾を立てて、不安げにいるのに気づいたからだった。そっと抱き上げ、毛並みをなでる。 「だいじょうぶだよ。きっと」
「次は地震?……参ったネ、まだまだ興味深いことはイッパイあったのにサ」 研究が中断させられるのに不満そうな顔(そうすると、かなり恐ろしい形相になった)のクレイジー・ティーチャー(cynp6783)。……と、ふいにあたりがモノクロームの世界になった。カタカタとコマ落としのぎこちなさで、山野 御大(czss7202)が逃げてゆくところに出くわしたのだ。その手の中には、切り取ったフジツボが。 「あー! いいな。サンプル、採ってきたんダ!」 クレイジー・ティーチャーの顔に浮かぶ喜色。 「うむ。しかし、チカチカと目に悪いぞよ」 「……チカチカ?」 切り取られたものは、真っ白いフジツボである。 だがなぜか、御大はそこに、あやしい極彩色が渦巻きはじめるのを見ている。それだけではない。色のないはずの彼のロケーションエリアのそこかしこに、ありえない色彩が侵食をはじめていたのだ。 「そいつを捨てるんだ!」 神野 鏡示(cxyf8223)の声が響いた。 「長く触れてちゃ危ない」 神野の手の中にはカード。そのカードで、他人の技能や能力を借り受けるのが彼の能力だが。 「キノコの記憶を吸い取ったんだ。やつはこの山に逃げ込んできて、ずっと眠りながら成長してたんだ」 「逃げ込んできて、とな。それはどこから?」 御大のその問いに、神野は、どこか皮肉そうに応える。言葉にすれば、陳腐以外の何でもないことだった。 「地獄からさ」
「とっとと逃げなきゃ危ないぜ」 刀冴(cscd9567)の言葉に、頷きながらも、去り難い風で、幻燈坊(cpxa5534)は霧の中に視線をさまよわせる。 「やはりこいつらはあの地獄の茸と関係があるのかの……」 「俺は難しいことはわからんが」 次々と――、土の下からフジツボが顔をあらわしはじめていた。 あるものは「マーーー」という怒りの声をあげ、またあるものは胞子を噴き、そしてまたあるものは、ずるり、と、白いキノコ怪人を吐き出す。 「こいつらとは闘うしかなさそうだ、ってのはわかるぜ。この揺れ……大気の感じは怒りだ。もう鎮まらない怒りそのものだ」 そして怪人に斬り掛かっていく。 「早く逃げろ。俺はもうすこしここにいる。さっさと逃げるだけってのは性に合わないんでな!」
ティモネ(chzv2725)はちょうど、街の様子を見るべく、自力で下山したところだった。 「疲れた……私も乗せてってもらえば良かったわ……!」 そのとき、もそり、と背中のリュックの口から、彼女のバッキーが顔を出した。 「……ん? どうしたの、アオタケ。……何か、気配でも感じるの……?」 きょろきょろするバッキーに倣って、彼女もあたりを見回す。 「え」 目に飛び込んできたのは、異形のシルエットだった。 白いキノコ怪人に似ているが……これは色をもっている。いわばカフェで出たキノコの、人型になったようなものだった。それはふらふらとあてどなく道を歩いているようだったが、やがてティモネに気づいたのか、彼女のほうへにじりよってくる。 「ちょ……、これってなんかマズイような……」 頭の中で警報がなりだす。 だが次の瞬間、怪人の半身が吹き飛んでいた。 「無事か?」 マスクをしたひとりの少女。 ヒュプラディウス レヴィネヴァルド(cmmt9514)だった。
「ええと、つまりこういうことですね」 『対策課』は、どうやら今日は徹夜になってしまうようだった。これほどの騒動は、魔法があらわれたあの日以来のことだったかもしれない。 そんな『対策課』のオフィスで、クラスメイトP(ctdm8392)は植村直紀から提示されたファイルを整理しながら言った。 「キノコを食べてしまって、おかしなことになっている場合。キノコが人に寄生して、操っているというケース。それから、キノコのモンスターみたいなものがあらわれた事件……」 「そうです。おおむねその3パターンです。ほんとんどは最初の事例ですが、大して実害なさそうなものも多いですね。特に規則性はないので、あれがまき散らした胞子は、まったくランダムに、なんらかのムービーハザード的なキノコを生み出す、ということでいいでしょう」 「ど、どうすれば……?」 「急を要するもの、迷惑度の高いものは個別に対応するとして……やはり、山にいるものが元凶なのでしょう。リオネちゃんの予知の通り」
地面が、裏返った。 畳返しのように、地盤がめくれたのである。 「――っ」 来栖 香介(cvrz6094)は息を呑む。 だが、彼の上に降り掛かり、その身を巻き込むはずの土砂は、スローモーションになった。彼は特撮スタントマンそのものの動きで、降り掛かってくるものをすべて避け、安全圏へと駆け出してゆく。 隣には、いつの間にかアラストール(cmpc5995)がいて、跳んで来る土塊を二本の刀で弾き返していた。 「助かった」 むろん、今の一幕はアラストールのロケーションエリアの恩恵に他ならない。 「なに」 黒衣の男は短く、応えただけだった。こんなに早く走っているのに、そのソフト帽がずれたり落ちたりしないのはなぜだろう。
「そうか……地面に埋まってた、ってことか……!」 鹿瀬 蔵人(cemb5472)が呻くように言った。 「巨大白茸」 ぼそり、とカラスが呟く。 「何やってる! まだいたのか!」 怒鳴ったのは理月(cazh7597)だ。 「地が唸っておる……鯰の仕業か茸の仕業か分からぬが、この場は撤退すべきであろう」 と、岡田 剣之進(cfec1229)。 かれらが、居残っていた最後の一団だったようだ。 蔵人とカラスが走り去ったあとを、理月と剣之進がしんがりを守りつつ後退してゆく。 「っと、危ねぇ!」 倒れ架かる樹木を、理月の剣がなぎはらった。 そして割れた地面からゆっくりと起き上がって来る、ぞっとするような、白い何か。 あやしく伸び上がる白いフジツボ状の器官を、剣之進の刀が斬り付ければ、それはまた、あの「マーーー」という声をあげた。
「そうだ。南側のルートはまだ使える。急いで……必ず戻ってくれ」 絞り出すように、八之 銀二(cwuh7563)は言った。 無線機を握りしめた手の中に、汗がにじむ。 地図の中にかきこまれたフジツボの位置を、彼は見つめた。 点在するフジツボは、ひとつずつの個体ではない。 その区域の土中に身をよこたえた、ひとつの巨大な存在の、地上にあらわれた部分でしかなかったのだ。 それは怒っている。 頭の上を歩き回り、自らを突き回したちいさな生き物たちを。 そして鉄槌を下すべく、今、立ち上がったのだった――。
「諸君、退却だ! ベースキャンプを棄て、ひとまず後退する!」 マルパスは言った。 「茂霧山は封鎖。……追って、迎撃作戦に移行する」 探索は終りを告げた。 ここから先は探索ではない。――闘いあるのみ、だ。
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自分の頭の上から、うるさいものたちを追い払ったことで、とりあえず満足したのか、その存在は、それ以上、すぐには動きだし、暴れる様子はないようだった。 騒然とした夜が、銀幕市を包んだ。 マルパスと、一部の有志のものたちによる監視体制が敷かれた、落ち着かない夜は、しかし、思いの他、静かに過ぎていった。もっとも、嵐の前の静けさであったのかもしれないが。
翌日、銀幕市のあちこちで、先日のカフェの騒ぎを思い起こさせる、奇妙な事件の数々が報告されることになる。探索部隊の、慌ただしい最後を思えば、それはあまりにも、安穏とした日常の延長に思えたかもしれないような、事件の数々だった。だがそれはそれで、居合わせたものたちにとっては深刻な事態だったり、迷惑であったりして……幾人かの人々を巻き込み、奔走させることになったのである。 |
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総員退避!
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2006-11-18(土) 15:05 |
マルパス・ダライェル(cmbr6487) |
諸君、ここまでの協力、大変、感謝する。いったん、この場は撤収だ。 この部隊の目的は山中にいるキノコ騒動の元凶を探し出すことにあった。その意味では、当初の目的は果たしたといえる。
市内の状況については、追って『対策課』などから情報がもたらされる。『映画館』のほうで広報しようと思うので、注目してほしい。
山のほうについては、次いで、排除のための作戦を行なうので、同じく私のほうから参加者を募ることになるだろう。合わせて、連絡を待ってくれ。
皆、大事はないな? ではまた会おう。……解散! |
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