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【オープニング】
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2006-12-01(金) 18:19 |
事務局 |
嶋さくらがカフェスキャンダルにあらわれたとき、彼女は、ひとりの青年を連れていた。 さくらと比べても、そう背は高くないが、いかにもマジメそうな風貌で、こぎれいなシャツにジャケットをひっかけている。二十代前半くらいだろうか。 「いらっしゃいませー」 梨奈が、ふたりがかけたテーブルに水を置く。なにか言いたそうにしているのへ、さくらは、 「念のために言っておくけど、従兄妹だから」 と、先手を打って釘を刺すのだった。 「はじめまして。此花慎太郎と言います」 青年はそう名乗った。 「相談ごとがあるそうだから、ここへ連れて来たの。お店に集まるみんなからなら、きっといいアイデアが出ると思って」 「アイデアって?」 梨奈は聞き返した。 先日も、新作映画のアイデアを募りに映画監督が来たばかりだ。ここは喫茶店であってお悩み相談所ではないのだが、それでも客がいてくれたほうがいいし、キノコ騒動の汚名を返上させたいという気持ちもあって、梨奈は、彼の話を聞くことにする。
聖林通りから道をそれ、銀幕市のダウンタウンへと。 知らなければ見過ごしてしまいそうな場所に、ひっそりと建つ一軒の映画館がある。 もともと映画館の多い銀幕市であるが、そこは、市でもっとも古くから営業していた館のひとつだ。その名も『名画座』。 『パニックシネマ』のような大規模なシネコン型のシアターが幅を効かせる中で、最新のロードショウはやらないが、古い名画を発掘するようにして上映し、街の映画フリークたちのあいでそれなりの人気を得ていたそうである。 だがそれも、支配人の老人が体調をくずして倒れるまでのこと。 設備としては、話にもならないような映画館である。 隙間風の吹き込むロビー。暗い照明。申し訳程度の売店。ぎしぎし軋む席。天井に蜘蛛の巣の張った劇場……。 支配人の人柄と、彼の手による映画の選定でもっていたようなものだ。 たちまち寂れ、従業員も客も去り、支配人が、今年の夏を前にひっそりと息をひきとると同時に、『名画座』はその長い歴史に幕を下ろした。
その『名画座』の支配人の孫が、さくらの従兄妹である、この此花慎太郎なのだった。
「俺、東京の大学に通ってたんスけど、夏休みのあいだにいろいろ考えて……やっぱ、じいちゃんが守ってきた映画館を、つぶしてしまうわけにはいかないって。それで、大学を中退して、俺が『名画座』の支配人を継ぐことにしたんッス」 「……いいお話ですね」 いつのまにか、梨奈までさくらの隣に坐って(仕事はどうした!)、涙ぐんでいる。 「でも、設備はぼろぼろだし、従業員もいないし……仮にそれがなんとかなっても、また前のようにお客さんが戻ってきてくれるかどうか……。なんかこう、新しいアイデアで、リニューアルをしたほうがいいんじゃないかと思うんスよ。宣伝もぱーっとやりたいし」 「でもそんなお金はないんでしょ」 さくらが冷静に指摘する。 「だから、そのへん、なにかお知恵を拝借したいなと」 「わかりました」 梨奈は、こぶしを握りしめて、たちあがった。
「『名画座』復興のために、力の限り、お手伝いさせていただきます!…………お店のお客さんが」
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