★ 地獄で忘年会!(過去ログ) 発言 ★
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[1] 【オープニング】 2006-12-25(月) 12:37
事務局  唯瑞貴は準備に追われていた。
 主に、自分には本来まったく関係のない分野で。
「……しかし、八大地獄連山なんて、本当に人間を連れて行って大丈夫な場所なのか……?」
 人数分の装備を袋に詰め、ケルベロスとオルトロスに背負わせる丈夫な鞄に詰め込む。
 唯瑞貴は、地獄と天国双方で活躍する流れの剣士だが、義兄弟の契りを結んでいる地獄の門番ゲートルードから、開催まであと数日に迫った『地獄一望年越しツアー』のナビゲーターを任され(九割九分九厘押しつけられ)、現在様々な調整に東奔西走しているのだ。
 何故自分が、という疑問が浮かばなくもないが、やると言ったからにはやり通すしかない。そういう真面目さ、意固地さは自他ともに認めるところだ。
「大焦熱山とか阿鼻山なんて、地獄の連中でもなかなか近づかないのに。というか、どうやってレテ川を超えればいいんだ……?」
 参加者はムービースターの男三人にムービーファンの女性三人だ。ケルベロスもオルトロスもいるし、そのくらいならまだなんとかなるだろう。男三人は皆、戦闘系映画から実体化したようだから、どこかから横槍が入っても問題はなさそうだ。
「では、最初に八大地獄連山を見学してもらって、十六小地獄池いずれかの茶屋で休憩でもするかな。出来れば無間大峡谷も見せてやりたいが……あそこは落ちたら洒落にならんしな。私でも助けには行けないぞ。あと、地獄菌類狩りは黒縄山、【憤怒の雄牛】はゲヘナ平原か。結構ハードなスケジュールだな……」
 移動が大変そうなら、女性陣にはケルベロスとオルトロスの背中に乗ってもらおう、などと思っていると、
『唯瑞貴、唯瑞貴!』
 何やら大層興奮した声とともに、地獄の門を守る番人であり、公爵位を持つ地獄の貴公子であり、唯瑞貴の義兄でもある男が部屋に駆け込んできたので、唯瑞貴は瞬きをして彼を見上げた。唯瑞貴とて百八十cm半ばの長身の青年だが、赤銅の肌のこの偉丈夫は、二メートルにも達する巨漢なのだ。
 主人の登場に、オルトロスとじゃれあっていたケルベロスがちょんとお座りをした。小さく首を傾げたオルトロスが兄に倣(なら)う。
 ゲートルードは二頭の頭を撫でてやると、甘えた唸り声をあげる三つ首・双頭の犬たちに、傍目には食い殺さんばかりの凶暴凶悪な表情としか見えない顔で微笑みかけてから、
『唯瑞貴、忘年会をやろう』
 またしても唐突にそうのたまった。
 子供が泣くこと間違いなし、の輝く笑顔で。
「……は?」
 唯瑞貴の反応が、地獄一望年越しツアーの話を持ちかけられたとき以上に素っ頓狂なのは、彼の思考回路の中にボウネンカイなどという行事のデータが一切入っていなかったからだ。格段に外界に詳しい唯瑞貴が知らないのだから、元々彼らがいた世界、故郷の言葉ではないということになる。
「もしかして……銀幕市の行事か何かなのか」
『いいや、この世界の、ニホンという国独特の風習らしいんだ。年の終わりに、親しい人たちと酒を飲み、ご馳走を食して一年を締めくくり、新しい年を楽しく迎える祭らしい』
「……はあ」
『あのツアーだがな、結局六人しかもてなせないだろう』
「というかそれ以上だと大変なんだ。主に私が」
『だが、私は、銀幕市の皆さんにお礼をしたいんだよ』
「それはいい心がけだと思う。義兄上が全部やってくれるならな」
『そういうわけだから、唯瑞貴』
「……全然人のはなしを聞いていないだろう、義兄上」
 ある種のデジャ・ヴを感じて唯瑞貴は額を押さえた。
 ゲートルードが次に口にする言葉の大半が予想できてしまったからだ。
『お前、その忘年会のセッティングとお客様のおもてなしを手伝ってくれないか?』
「……言うと思った……」
 あまりにも親しいがゆえに『好きに使える人材』と認識されていると思しき自分に、ちょっと虚しくなりつつ唯瑞貴は呻く。そういえばシリーズ四作目で死にかけたのも、義兄に笑顔で厄介事を持ち込まれたからだった。
 しかし、頭が上がらないほどゲートルードに世話になっているのも事実だ。金を稼ぐことは出来ても、いわゆる日常生活を営む普通の能力には思い切り不自由している唯瑞貴は、多分、ゲートルード及びその周囲の面々がいなかったら、今のように人間らしい生活など送れないだろう。
 それを考えると、首を縦に振るしかないのだ。
 恩には恩を、善意には善意を返す、それが唯瑞貴の身上なのだから。
「判った、出来ることはやる」
 眉間に皺を寄せつつも、唯瑞貴が頷くと、ゲートルードはやはり普通の子供なら膀胱を直撃されかねない笑顔になった。実際には、裏表のない晴れやかな笑み、なのだが。
『やはりお前は頼りになるな、本当に助かるよ』
「……そうか。まぁ、褒め言葉だと喜んでおくとしよう」
『では、八大地獄連山はあまり大人数で入ると危険だから、八寒地獄大森林群を観光しつつ、そこで獄楽山菜(ごくらくさんさい)を採集してきてもらい、タルタロス大平原でバーベキュー用の肉を、コキュトス川で魚を獲って来てもらうとしよう。どうだ?』
「ああ、いや、うん。八寒地獄大森林群もタルタロス大平原も結構な危険地帯だがそれは本当に感謝を篭めた祭なのかという二度目のツッコミはともかく、頑張れば美味いものがたくさん集められそうだな。それに、さすがに【憤怒の雄牛】を二度も狩りに行くのは嫌だと言おうと思っていたんだ。そのくらいなら出来ると思う」
『可能なら七十二柱王峡谷地帯のあの絶景も見せて差し上げたいがなぁ。では私は“冥王の野”辺りに会場を準備するから。飲むものはこちらで準備しよう。……外界のモノを持ち込んでもらっても面白そうだな。料理を手伝ってくださる方も募集してみよう』
「その辺りは好きにしてくれ。ジュース作りに必要なら血涙ベリーや髑髏林檎なんかも採取してくるぞ、今が旬だろう」
『ああ、そうだな、酒を飲めない方も来られるだろうからな。ではそれも頼む。ふむ……なら、また植村さんに話をしに言って来るから、観光組・採集組の方の準備を頼んでもいいか?」
「判った」
 唯瑞貴が頷くと、ゲートルードは『ワクワク』というのが相応しいだろう表情をした。
『これは忙しくなってきた。さあ大変だ』
 ものすごく楽しそうにつぶやくと、巨体に似合わぬ俊敏さで部屋を出てゆく。
 アメジストとサファイアを混ぜ合わせたかのような、地獄などという不吉で凶悪な場所には似合わぬ美しい空を見上げて、唯瑞貴は溜め息をひとつついた。
 この銀幕市に実体化してから、どんどん剣士とは違う方向性の『仕事』ばかりしている気がする。
「……平和なことだ」
 無論嫌なことでも不愉快なことでもなく、真紅の眼を爛々と輝かせて手伝いたいオーラをほとばしらせているケルベロスとオルトロスを伴い、唯瑞貴は部屋を後にした。
 銀幕市の人々がびっくりして腰を抜かすような楽しい祭にしなくては、などと思いつつ。
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