★ 【ジャック・オ・ランタンの夜】ルーファスの章 ★
クリエイター諸口正巳(wynx4380)
管理番号100-5134 オファー日2008-10-30(木) 21:38
オファーPC ルーファス・シュミット(csse6727) ムービースター 男 27歳 考古学博士
<ノベル>

 橙色の果実の中で、橙色の灯がゆれる。
 そんな橙色が、まちの中には、たくさん、たくさん、たくさんだ。
 あの夜に限って、たくさんだ。
 ああ、橙の夜、銀幕市の夜、1年に365回訪れる夜のうち、ただ1回だけの夜。
 そんな橙の夜には名前があってね。
 そう、あれは特別な夜だったのさ。
 ハロウィンの夜、だったのさ。


 ルーファス・シュミットは考古学博士である。
 自己紹介するたび、相手に「鞭を持って敵と戦いながら遺跡を駆け巡るんですね」だとか「じゃあエジプトに行くことが多いんですね」だとか「そんな生活を送っているわりには色が白いですね」などと言われるのが大概なので、彼はいい加減うんざりし始めていた。うんざりしても顔には出さず、やんわりと自分なりの研究のやり方や生活について説明している。しかしそのたび相手が「なーんだ」と言いたげな顔になるのだ。ルーファスはその顔にも多少うんざりしていた。
 しかしながら、
「考古学と聞いてそのようなものしか頭に浮かばないのですね、なるほど貴方のことはよくわかりました」
「そもそも私は銀幕市から出られませんので。ムービースターに課せられた条件がまだ頭に入っておられない? なるほど」
 と、正直に返してしまったことはあまりない。
 中にはちゃんと考古学やルーファス・シュミットという登場人物について正しい知識を持っている市民もいる。ルーファスの納得のいく議論を交わせたり、彼が持つ知識量に匹敵する情報を抱えたりした者もいないわけではない。
 だから、銀幕市においては図書館に引き篭もりがちな彼にも、友人はいるのだ。
 ハロウィンの夜に、彼を誘う人間がいるということなのだ。


 ルーファスの友人は古物商だった。ファンタジックな映画から実体化したムービースターだ。彼の場合、自分の店ごと実体化していた。彼は店ともども、ダウンタウンの情緒あふれる町並みの一角に何とか溶けこんでいる。
 ルーファスを出迎えた友人はものすごい勢いで笑った。
「なんだおまえその顔! その格好!」
「万全な防衛策を練った結果です。無防備な貴方にそこまで笑われる筋合いはありません」
 仮面の下で、ルーファスはむっつりと答えた。
 ルーファスは名物タクシー運転手の御先行夫とそう大差ない出で立ちだった。いや、彼を凌駕しているだろうか。古のドルイド僧が削りだしたといわれる木彫りの面をかぶり、その上に眼鏡をかけている。首からはラピスラズリと水晶のネックレスの上に、なんだかよくわからない木や羽毛や草でできたかさばる首飾りを重ねていた。手袋の甲には怪しい紋様が赤インクで描かれていて、今にも式神としてすっ飛んでいきそうだった。
 腰のベルトからも説明しにくいものや得体の知れないものがわんさとぶら下がっているので、ルーファスが動くたびにざばらじゃばらと奇妙な音がする。
「防衛って、なんの? なにと戦ってるんだ?」
「わからないのですか? 悪霊ですよ。貴方には、まず今夜がどのような夜であるのか説明しなければならないようですね」
「いや、講義は結構。『幽霊が怖い』って説明してくれただけで充分だ」
「莫迦な! 私はそのようなことは一言も……」
「いいから入った入った。明日から11月なんだ、夜は冷えるからな」
 古物商はルーファスの身長の半分しかない。ノームだからだ。立派なヒゲをいじり、にやにやしながら、彼はルーファスを店内に招き入れた。
 ルーファスを包むのは、温かなキャンドルの火と、カボチャの匂いと、橙の色彩……。
 出迎えるのは、一体のミイラ。
「○▼&#◆rp★!!!」
 ルーファスは自分でも何を言ったかわからなかった。とにかく彼は何か叫びながら店を出ようとした。しかし、ノームの古物商は意外と腕力を持っていて、「まあまあまあまあ」とにやにやしつつルーファスを引きとめたのだった。
 悲しいかな、本の虫であるルーファスは成人男性の中でも非力なほうだった。特に立ち回りは苦手だ。彼は結局、いろんなものの乗っかったソファの上に押し飛ばされた。テーブルの上にはすでに紅茶とパンプキンパイとローストビーフが用意されている。
 紳士たるもの、すすめられた椅子と心のこもったもてなしを無碍にはできない。ルーファスは押し飛ばされるがままソファな腰かけていた。
「ワインもあるんだが、いい紅茶が手に入ったんだよ。焼きヤモリの粉入りヌワラエリア。フレーバーにベラドンナを使ってるからニオイは消えてるだろう。蒸らすからちょっと待てよ。3分だ」
「はあ」
 普段なら珍しい紅茶の香りや色や薀蓄に目を輝かせているところだが、今のルーファスはミイラに目も心も奪われていた。店主がポットの中に熱湯を注ぐ。たちまち広がる、茶葉とベラドンナの香りのハーモニー……。しかしその香りなど、目の前のミイラが放つ死とカビの匂いの前では、霞のようなものだ。
「あの……」
 咳払い。
「すみません、このミイラのようなものは一体なんでしょうか」
『ミイラのようなもの』は、ヒエログリフがびっしりと描きこまれた『木棺のようなもの』に収められ、ソファの前で立ち尽くしている。木棺の蓋は部屋の片隅、うずたかく積まれた古書の山の上に置かれていた。とても無造作だ。
「ミイラだよ。クヌムヘテプ7世のミイラだ」
 砂時計をひっくり返して、ルーファスの友人はこともなげに答える。
「クヌムヘテプ7世!」
 背後にベタフラを背負い、額を縦筋で真っ青に演出し、さらに白目になって、ルーファスは鸚鵡返しに言った。博識な彼にとっては、あまりにも友人の答えの衝撃が大きすぎた。知っているのかルーファス!?
「クヌムヘテプ7世! それはエジプト古王国時代の知られざるファラオ……。筆舌に尽くしがたい暴虐と悪政の限りを尽くしたエジプト王朝最低最悪の暴君と恐れられ、77歳で落命した直後、ありとあらゆる記録からその名と所業が削り取られたといいます。無論その墓の存在も明らかにされておらず、彫像がひとつ発掘されるだけでもエジプト考古学史上の大発見とうたわれているはず。まさかこのようなところでまぼろしの呪われしファラオと巡り会おうとは――」
 誰に説明を求められたというわけでもないのに解説役にまわってひととおり語ってから、はッとルーファスは息を呑み、口を閉ざした。
「いや待ってください。証拠はあるのですか?」
「おまえならヒエログリフくらい読めるだろうが」
 パンプキンパイを切り分けながら、古物商は呑気に言った。
 ルーファスはあたふたとドルイドの儀式面を取り、眼鏡をかけ直して、無造作によけられた木棺の蓋に歩み寄った。
 鳥や目や獣を象った文字がびっしり並んでいる。その中に、ぐるりと楕円形の枠で囲んである文字があれば、それは〈カルトゥーシュ〉であり、現人神たるファラオの名を示しているのだ。不気味なデスマスクの顎の下に〈カルトゥーシュ〉を見つけ、ルーファスは眼鏡を直して、文字を食い入るように見つめた。
 読める、読めるぞ。
「クヌム……ヘテプ……。ま、間違いありませんね……」
「おい、紅茶入ったぞ」
「なぜまぼろしのファラオのミイラがこんなところにあるのですか。いえそれ以前に、なぜよりにもよって今日、こんな呪われたファラオのミイラの封印を解いてこんなに無造作に置いてあるのですか」
「ハロウィンだからだよ。雰囲気出るだろう」
「……そのようなくだらない理由でこのような呪わしき者の封印を!」
「おまえ学者だろう。学者が呪いだの封印だの悪霊だの騒いで恥ずかしくないのか」
「このまちでは呪いも魔法も現実に存在しうるのですよ。私はまやかしを恐れているわけではありません」
「なんだ怖いだけか」
「そのようなことは一言も言ってないでしょう!」
「まあ座れ、まあ飲め、冷めちまうだろうが」
 友人の声はめんどくさげになってきている。ルーファスはしぶしぶ木棺の蓋を同じ場所に置き、ソファに戻って、紅茶のカップを手に取った。鼻腔に忍びこんでくるのは、ベラドンナの官能と、熟成された茶葉の誇り高さ。イギリスでの食生活で、ルーファスの舌を満足させてくれたのは、紅茶くらいしかなかった。高貴なアールグレイもいいが、こうした好事家仕込みの変り種もいい。ルーファスは友人が淹れた紅茶をひと口飲んだ。友人とミイラに見守られながら。
 美しい、紅い味。一瞬、ぴりっと舌の奥を刺激する苦味は、ヤモリの粉だろうか。それも、とろけるようなヌワラエリアがさらっていく。あとに残るのは、ベラドンナの吐息。
「これは、実に美味しい」
「そうかい」
 ルーファスの友人は、部屋を片付ける能力はないが、そのぶん、ティーブレンドの能力に特化しているらしい。ノームは得意げに、そしてほっとしたように、白いヒゲを撫でて椅子にもたれかかった。
「おまえを満足させられるようなワインが手に入らなくてね」
「おや、お気を遣わせてしまっていたようで」
「まあ食えよ。パイも肉も」
「ええ、もちろん」
 古めかしい皿に、古めかしい銀のフォーク。切り分けられたパンプキンパイとローストビーフは、見た目も香りも素朴だった。
 ふたりだけの万霊節前夜祭――のはずだったが、部屋の片隅から来たささやきや物音が耳元をかすめる。ほうぼうからの視線も感じる。特に立てかけられた顔も身体のラインもわからないミイラには、無意識のうちにルーファスのほうが目を向けている始末だった。確実に見つめられているから、つい見つめ返してしまうのだ。
「あの……やはり、これはそろそろ蓋をしてしまっておいたほうがいいと思うのですが……」
「なんでだよ」
「今宵は万霊節の前夜ですよ。しかもファラオというのは『復活』という現象を強く信じていて、喜んでミイラにされたような存在です。その……」
「つまり?」
 ルーファスは身を乗り出し、声を落とした。
「よみがえって、動きだすかも」
「面白いじゃないか。エジプトがどんな国だったか話してもらおうぜ」
「善良なファラオであったならまだその望みも持てますが、彼は呪われし暴君ですよ!」
「言っとくけどおまえが使ってるフォーク、エリザベート・バートリーがメイドの目をくり抜くのに使った呪われしフォークだぞ」
「いッ」
 ルーファスは言葉を失い、フォークを取り落とした。パンプキンパイはすっかり食べ終わったあとだ。空の皿にぶつかった呪われし銀が、耳障りな音を立てる。彼の友人は平然と、むしろこれ見よがしに、同じセットのものであろうフォークを使って、もそもそパイを食べ続けていた。
 青褪めたルーファスは、慌てて雑然とした室内を見回す。
「サンダルウッドとランデビルランのお香はどこにありますか。白龍の鱗粉も必要です。それとシャコ貝の香立てに黒と青のキャンドルを6本ください、今すぐください!」
「全部そのへんにあるけど、なんの儀式始める気だ」
「焚くんですよ、火を。聖なる火で魔除けを! おお火はここにあった、なんと好都合」
「おわ、やめろッ店が燃えちまうだろうがッ! それにそいつは大事な売りもんだ、予約入ってんだやめろバカ!」
 ルーファスが取り上げたのは火トカゲが入ったカンテラだった。友人が叫んだとおり、『売約済』と殴り書きがされたメモが貼ってある。
「おまえ、さんざん墓荒らしとかやってきたんだろうが。幽霊が怖いなんて、どんだけ矛盾してんだ」
「私が墓荒らし!? 極めて心外です。すべては私と世界の知識を深め、悠久の彼方に忘れ去られた歴史の真実を探るための探究です。遺跡は荒らしているのではなく発掘しているのです!」
「わかった悪かったよ、おまえは墓荒らしじゃない」
「よろしい」
「よろしくねえ! なんで昔の王様の墓に入るのが平気でミイラと幽霊がダメなんだ、ワケわからんぞ。それより手ぇ離せ、手ぇ!」
 火トカゲの奪い合いで、ふたりはひとしきりもめていた。本の山が崩れ、謎の生物や黒い生物が物の間から飛び出す。
 そんな中――渦中のミイラの、身体のどこかで、みしり、とあやしい音がした。
 ルーファスと古物商は石化の魔法でもかけられたかのように、同時に硬直した。四つの手に抱えられたカンテラの中で、火トカゲがじたばたしている。
 ファラオのミイラは、ふたりが見守る中ではっきり身じろぎした。古い埃がぱらぱらと、黄土色に変色した包帯の間から落ちてくる。
 きめ細かい、褐色の埃だ……いや……あれは……砂、か?
「おぉオおぅぅうヴああああぁぁオアアアアアアおおア!」
 ミイラの頭部を覆う布の一部が大きく窪んだ。ミイラが口を開けたという証拠だった。ミイラは身の毛のよだつ叫び声を上げ、狭い棺の中で悶えている。砂はまるで血のように流れ落ち、床に積もっていった。
 ミイラが動いている! 呪われしファラオがよみがえってしまった! ファラオは本当によみがえるものなのか! それとも、これは銀幕市のハロウィンが成せるわざなのか!?
 ルーファスは驚きと恐怖と感動の波状攻撃を受けて、あやうく卒倒し、後頭部からブッ倒れるところだった。彼の友人のほうはといえば、口をぽかんと開けて突っ立っているだけ。ルーファスの手から力が抜けたので、火トカゲだけはしっかり奪取していたが。
「おい、ルーファス!」
「おお神よ! どんな宗教の神でもいいです、とりあえず神よ!」
「祈ってる場合か! 蓋を閉めるぞ。閉めりゃなんとかなるだろ」
 本当にそんなことでなんとかなるのかよ、というもっともらしいツッコミを入れられる者は誰もいない。ルーファスは常日頃から青い顔をいっそう青くして、もがくミイラに走り寄った。短い道のりの中、何度もなにかにぶつかった。
 これでも食らえ! とは言わなかったが、ルーファスは外してからソファに放置していたドルイドの儀式面をミイラにかぶせた。かぶせてから押しつけた。ぎゅむぎゅむと、生身の人間の顔面にクッションを押しつけるような、罪悪感を誘う感触がルーファスの手に伝わってくる。あわれなミイラは当然両手を胸の前で交差させた体勢のまま包帯で固められているので、ルーファスを押しのけることもできない。
「フガああああ! ほガあああああ! ほフ、ほごゴゴゴゴ!」
「ああっすみませんすみません許してどうか成仏してください浄化されてください早く楽になってください」
「おまえ、その首飾りも使えるんじゃないか?」
 古物商はルーファスの首からラピスラズリや水晶やあやしいものが連なった首飾りを外し、ミイラの首に付け替える。
 ファラオはそこで力尽きたのか、数多の魔除けグッズの効果が出たのか、不意に動かなくなった。
 今のうちだ。
 ふたりは大急ぎで立てかけていた木棺を床に置くと、香を火もつけず棺の中に投げこみ、ニンニクとヒイラギの葉をぶちこみ、どこかの神社の御札をミイラと木棺の隙間に差しこんで、ぞんざいに蓋を閉じた。
 二度ほど中からどんどんと蓋が叩かれた気がしたが、ふたりはなにも聞こえなかったことにして、ガムテープで大雑把に棺の蓋を固定した。
 汗を垂らしながらルーファスは顔を上げる。
 壁にかかった年代ものの鳩時計が、0時を指していた。
 万霊節がやってきたのだ。一年の終わりの儀式によって、この世に放たれた悪霊どもが、巣に戻される刻が訪れたのだ――。
「よし、売るぞ」
 ルーファスの友人は息を整えるのもそこそこに、黒電話の受話器を取って、ジイコジイコとダイヤルを回す。
「こんな真夜中に商談を始める気ですか。売り物は……まさか……」
「おう、もちろんそのミイラだよ。実は本当にクヌムヘテプなのか自信がなかったんだ。でもおまえがカルトゥーシュを解読したんだから、クヌムヘテプに間違いないだろ? ――あ、どうもどうも。夜分遅くにすんませんね。実はお探しのブツが入ったんですよ。ええ、ファラオのミイラ。……本物ですよ! 動きだすくらいだから活きもいい」
 来客もよそに、得意先と電話で商談を始める古物商――そんな友人を見てからため息をつき、ルーファスはガムテープで雑に封印された木棺を見やった。
 棺はぴくりとも動かない。
「はじめから鑑定を頼むつもりだったなら、そう言ってください」
 得意先との世間話で豪傑笑いしている友人に、ルーファスのぼやきは届かない。
 ルーファスは紅茶ポットのそばに、立派な瓶のカルヴァドスがあるのを見つけて手に取り、少し冷めてしまった紅茶の中に注ぎ入れた。友人がブレンドした紅茶の中に、カルヴァドスの香りが混じる。
 こんな万霊節の前夜は、銀幕市でなければ、銀幕市に住んでいなければ、経験できるものではない。一日中本の知識をむさぼるよりも、身体と脳で実際に体験するひとつの事件のほうが、重みのある知識になってくれるかもしれない。
 ルーファスは満足しながらも、古物商が得意先に、売り物のミイラがガムテープや魔除けグッズでめちゃくちゃな状態になっていることを正直に言っていないことに気がついて、すこし友人のことが恐ろしくなってきていた。
 魔術や儀式に必要な道具は、この店から買わないことにしよう。
「……この紅茶にも、いったい何が入っているのやら……」
 ルーファスが苦笑してカップをソーサーに戻したとき、ようやく、友人の電話が終わっていた。
 商談はまとまったらしい。



〈了〉

クリエイターコメントエジプト! このキーワードは諸口のテンションを高める効果があります。ミイラは虫の標本みたいな匂いがしました。ご友人との静かな心温まるパーティーも重視して書かせていただきました。楽しんでいただけたら幸いです。
公開日時2008-11-09(日) 21:10
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