★ Mission7 ★
クリエイター諸口正巳(wynx4380)
管理番号100-390 オファー日2007-04-10(火) 09:16
オファーPC 梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
<ノベル>

 サイレンの絶えない街だった。梛織という青年がいる街は。
 ことに、都心の大通りやメイン・スクエアなどでは、ほとんど一分ごとにパトカーや救急車が駆け抜けていく。しかし、街はいつでも活気づいていた。人々の多くは、犯罪と自分は無縁だと思いながら、サイレンを聞き流して生活している。すべては対岸の火事、気まぐれに明日は我が身だと考える程度だ。
 だからこの街の人々は、運悪く犯罪に巻きこまれると、きまってこう思う――こう叫ぶ。
 ああ、どうして自分がこんな目に!
 今日も、昨日のつづきだと思っていたのに!
 ああ、まさか自分が、こんな目に!
 けれどもそれは、金さえあれば何でも手に入る環境を手に入れた瞬間、つまりはこの街に住むことを決めた瞬間に、住民が背負わねばならないリスクだった。この街では、もし運悪く被害者になってしまっても、誰も文句は言えないのである。
 ただ、どこの街にも、いるものだ――危険をかえりみない、酔狂な人間は。危険だとわかっていても、それが性分だからと割り切って、自分から飛びこんでいく。
『マフィア? 奴らはテロリストよりもたちの悪い社会のガンだ。今回の事件を受けて、私は議会の腐敗を徹底的に――』
「あ、7時だ」
 一言ぽつりと呟いて、青年はチャンネルを変えた。
 テレビの画面の中で熱弁を振るっていた首相の姿は消え、トークショーの司会者が現れた。
 絶大な権力を持つマフィアをゴミ同然と罵るこの国の首相もよくよく危険をかえりみない男だが、犯罪と自由の街で万事屋を営む梛織という男も、命知らずな人間であった。
 金さえ貰えるなら何でもやってみせる。
 ベビーシッター、猫探しに失せ物探し、浮気調査、行方不明者と指名手配犯の捜索、何でも彼は引き受ける。……ただ、善良な人を殺してほしいという依頼人には、他を当たれとアドバイスをして終わる。
 土日祝日、クリスマスが休みで、あとは毎日出勤というわけでもない仕事。気ままだが、いつ食いはぐれるかもわからない不安定な日々。彼の命をつなぐのは、この街で困って悩んで追いつめられている人々だ。街が平和であったなら、梛織の仕事は恐らく月に一度か二度、猫やボールペンを探すくらいのものだろう。
 けれど確かに、その日も電話が鳴ったのだ。
 誰かが困って、金を積み、万事屋に救いを求めてきた――。


 依頼人が指定した場所は怪しげな郊外のビルだったが、こういった場所であればかえって安心するほど、梛織は場数を踏んでいた。今では先方が指定した住所から、依頼の内容の見当がつくこともある。
 ――どうも、何だか、妙に……ヤな予感。苦労したりして、な。
 梛織は口をへの字に曲げて、周囲に目だけを行き渡らせた。人の気配はするが、しんと静まりかえっていた。車もバイクも停まっていない。
 ほぞを固めてビルに入った途端、梛織は冷たい音と気配に気づいた。彼はおとなしく歩みを止め、そろそろと両手を上げた。
「……話を聞きに来たんだよ」
 呟いた声は、殺風景な暗がりの中に響きわたった。また、冷たい音が起こった――最初に聞こえた音は、銃を向けられた音。今聞こえたのは、銃が下ろされた音だ。
「来い」
 威圧的な言い方に、梛織は一言物申したかったが、つまらない怪我をするのは嫌だった。だから、暗がりから現れた黒服の男に、黙ってついていった。
 昼下がりの東向きの部屋は、薄暗かった。おまけに依頼人の背後にはやけに出力の高いライトがあったので、梛織は依頼人の顔すら見ることができなかった。ただ、簡素な机と椅子に座っているスーツの男ということだけは確かだった。
「初めに断っておくが、話を聞いたからには引き受けてもらうことになる」
 威圧的な男の上司はやはり威圧的だった。この手の人間の相手はストレスが溜まる。
「わざわざ断んなくたって、俺はそういう主義だよ」
「それなら問題ない。……差し迫ってきているので簡潔に話す。このままきみが何もしなければ、明日の午後7時にある男が死ぬことになる。きみには彼の命を救ってもらいたい」
「なんだ、ボディーガードか」
「そう簡単な話ではない。きみがその人物に接触するのは不可能だ」
「……は?」
「計画は秘密裏のうちに、きわめて順調に進んでいる。彼が死ぬのは午後7時だ。それ以前でもそれ以降でもない。きみは午後7時のその瞬間に動いてくれたらいい」
 梛織の質問を受け付けるつもりもないようで、逆光の依頼人はとうとうと話をつづけた。
「明日午後7時、彼はサード・ストリート・センタービル5階の第一会議室にいる。きみはこのビルの中に入ることもできないだろう。だが、外からでも計画を阻止することはできるはずだ。きみは金さえ積めば何でもすると行っているはずだからな」
「ちがう。金を払ってもらえりゃ、何でも『できる』ってわけじゃない」
「では、無理だと」
「……そんなこと言ったら、俺はウチに帰れねぇだろ」
「では、やってくれるのだな」
「……。それで、あんたは」
「なに?」
 初めて、依頼人の声色に怪訝そうな響きが混じった。
 彼も人間だった。
 梛織は口の端にあるかなしかの笑みを浮かべて、パイプ椅子の背もたれに背をあずける。
「あんた、声がガチガチに緊張してるよ。何か覚悟決めて話してるとしか思えねぇ。……あんた、しゃべったらヤバいことしゃべってんじゃねぇの? 俺は、あんたのこと気にしなくてもいいわけか?」
「……きみこそ、今は自分のことを心配しなければならないのではないかね。私のことはいいのだ。明日の午後7時に起きる事件を、未然に防いでくれ。頭金は、たった今きみの自宅に届けさせた。成功報酬については、言い値でかまわない」
「気前いいな。100億とか1兆とか言ったらどうする気だ?」
「払えない額ではない」
「……は!?」
「話は以上だ」
 ライトはずっと光っていた。梛織は冷たい音と気配によって部屋からもビルからも追い出された。まだ言いたいことはあったのに、ある意味依頼人は無慈悲だった。
 ――あんたの声、ニュースで聞いたことあるよ。……なぁ、あんた。本当に、大丈夫なのか?
 依頼人の威圧的な態度に腹を立てていたのは、もう遠い過去のこと。確かにあの声は、口調は、覚悟を決めた男のものだった。そんな人間に怒りをぶつけるほど、梛織は無慈悲ではなかった。
 ――100億と、それから……新築のデカい事務所と……それから、常夏の島もひとつつけてくれ。それから……、
 ビルに背を向け、梛織は歩き出していた。


『サード・ストリート・センタービル5階第一会議室、と。展開図だけでOK?』
「展開図じゃなくて見取り図。おまえ、無理して日本語しゃべんなよ」
『ボク無理してないデスよ。クイーンズ・ジャパニーズはもう目と鼻の先でありましょ?』
「クイーンズ・ジャパニーズなんて初めて聞いたぞ。……いいから黙って手ェ動かせ。時間がないんだからよ」
『口を動かしつつ口も動かしてるデス』
「……ツッコミ入れてほしいか? なぁ?」
『ナオさん、ナゼユエ怒っとるデスか? それはさておき、第一会議室の未来予想図を送信したデスね』
「おまえ、今のわざとだろ」
 アジトに戻るなり、梛織はサイバーカフェに出かけていた相方と連絡を取った。護らなければならない人間が行く会議室の見取り図は、すぐに手に入った。サード・ストリート・センタービル周辺の地図も、同様に。
 ――会議室の壁は一面がガラス張り……5階か……でも、ガラスのここだけは開くんだな……俺がここで誰かを殺すなら……待てよ、俺はそいつに近寄れない……じゃあ、殺そうとするやつも近づけねぇだろ……依頼人があいつなら、7時に会議室に集まるのも同じ職業の連中ってことになるか……だったら、やっぱり、会議室でアクションは起こせない……。
「外からか。俺なら、そうする」
 梛織は呟き、時計に目をやった。
 午後7時まで、まだ時間はある。残り24時間は、切っていたが。


 サード・ストリート・センタービルが見える。
 ガラス張りの壁面は、街の光とサイレンを反射している。薄暮の闇の中に、午後6時半のビルの姿は、無音で浮かび上がっている。
 ここからは、本当に、よく見える――。
 10車線のサード・ストリートを挟んだ区画にそびえ立つ、ここはセブンス・アベニュービルだ。6階フロアはもぬけの殻だった。最近、ある会社のオフィスが出たばかりで、机や備品がいくつか残ってはいるが、人の息吹も何もかも、そっくり引っ越してしまっていた。
 そこに、3人の男が現れた。まるで揃いのような黒服で、眼光は刃のように鋭い。堅気の人間では、なさそうだった。ひとりだけ、黒光りする大きなトランクを手にしていた。
 わかりやすいやつらだ、と誰かがそこで考える。
 それを知らずに、3人の黒服は言葉を交わした。低い囁き声は、誰が耳をそばだてたところで、はっきりと内容を聞き取れるほど大きなものではない。それは、密談の内容そのものが、日の目を見てはならないものだと証明しているに等しい。
 聞こえなくとも、見当はつく。
 彼らが話しているのは、きっと、よからぬこと――。
 やがてトランクを手にした男だけが残り、2人は静かな5階フロアをあとにした。そしておそらく、このビルそのものから立ち去る手筈だった。
 それじゃ困るんだよ、と誰かが思った。
 明かりのないビルの廊下で、黒い影が音もなく動いた。
「おまえら、7時過ぎるまでここにいろ」
 ばスん! びゅオ!
 黒いブーツの唸りは、まるで後からついてきたかのよう。はじめに上がったのは、黒服のひとりの顔面に、黒い青年のすねがめり込む音だった。
 びょう!
 返す刀、という言葉があるのだから――
 返す足というものも、あるだろうか。
 今の音は、まさにその足が放った音だった。暗闇に沈む空気が裂ける音。
 折れた鼻から血を噴いて、ひとりは倒れ、ひとりは銃を抜く。しかしサプレッサーがついたその銃も、青年の蹴りを受けて宙を舞っていた。
 梛織だ、
 梛織は落ちゆく銃を受け止めた。しかし、それは、使わなかった。腕を痛めた男が何か叫ぼうとしたその口に、左足の蹴りを見舞う。
 ばりばぎッ、
 乏しい光を受けてきらめきながら、黒服の男の歯と唾液が飛び散った。
 黒服ふたりは、ほとんど同時に倒れた。重い、湿った音が上がる。
 6階フロアに残されたトランクの男は、廊下で起こった音に気づいて、ぴくりと顔を上げていた。

 あと10分。

 梛織はドアを開け、6階フロアに飛びこんだ。
 何もさせるな、何をさせるな。連絡手段は当然持っているだろう。使ういとまを与えるな。あと10分どころか、数十秒の猶予もない。梛織が銀の瞳を爛々と光らせて、寂しいフロアを駆けだしたとき、トランクの男はトランシーバーを口元に持っていった。
 梛織はそのとき初めて銃を使った。しかし引き金は引かなかった。ただ銃口を向けただけで、男の動きは一瞬凍りつき、たった1秒猶予が生まれた。梛織は男に飛び蹴りを放った。
 男はトランシーバーを放さない。スイッチは入っているか。入っていないようだ。間に合った!
 だが、まだだ。何も終わってはいない!
 梛織はすこし焦っていた。ここで焦らなければいつ焦るというのだ。着地のことなど考えていなかった。ただ、トランシーバーが遠くに落ちる音を聞きながら、黒服と一緒にリノリウムの上に倒れこんでいた。派手に床の上で一回転してから、梛織はすかさず膝をつく。右足をすこしひねった。すこしだけだ。
 トランクの中身が、サード・ストリートの街灯をわずかに浴びて光っている。組み立て途中のスナイパーライフルだった。
「物騒なこと考えやがって」
 梛織は、犬歯が見えるほど大きく笑った。
「ひと殺したってな、悪いほうに変わってくだけだ。この街……、この国、これ以上悪くする気かよ。ふざけんな、……あァあ、ほんとふざけんなッてんだッ!」
 男が身体を起こして銃を抜く。銃を構える。引金を引く。弾丸が梛織に当たる。そのときまでの猶予は、わずか5秒だ。5秒のうちにけりをつけろ、あと4秒、3秒、2、
 1、
 梛織のソバットのほうが、疾かった!


 サード・ストリート・センタービルが見える。
 5階のほんの一画が、ぱくりと開いた。おそらくは、手筈通りに。セブンス・アベニュービル6階の、この角度から撃てば――ライフルの弾丸は開いた窓から飛びこんで、会議室のある席に座る男を射抜くのだろう。
 いま、そのスナイパーライフルを構えているのは、梛織だった。
「ひと殺さなくても……」
 スコープを覗きこみ、彼はちいさく呟いた。
「変える方法なんか、いくらでもあるだろうが」
 午後7時だ。
 反動は意外と大きかった。弾丸は、まっすぐに進んだ。進んで、サード・ストリート・センタービルの、窓に当たった。ガラスは割れたが、弾丸は鉄骨に当たっただけで、人に危害は加えられなかった。
 セブンス・アベニュービルにいるかぎりでは聞こえないが、きっとサード・ストリート・センタービルの5階フロアは大騒ぎだろう。
 梛織は6階の暗闇の中に姿を隠し、のびている黒服の男たちをそのままに、ビルから立ち去った。
 午後7時は、とうに過ぎた。


 翌日、どこの局も、トップニュースとして取り上げたのは、首相暗殺未遂事件。容疑者はすぐに捕まった。首相に常日頃から批判されているマフィアの関係者だと、いまのところ報じられてはいるが――そのうち、どこの組織の誰なのか、情報はうやむやにされるだろう。この国とこの街では、彼らの力が強すぎる。
 ひとりきりのアジトでニュースを流しながら、万事屋・梛織は伸びをした。
『市長。今回の事件には、市議会も関与しているとの噂がありますが――』
『それについては、私から話すことなど何もない』
『市長、昨日は首相との会談を予定されていたとか――』
『予定は変更されることもある。問題視すべき点ではないだろう』
 あの声だ。彼はリポーターにまで威圧的に話している。
 はあ、とため息をついて、梛織はテレビを消した。サード・ストリートが映っていたことを記憶にとどめ、出かける支度を始める。一昨日から、非常に忙しい。
「もう少しさ、人の気持ち考えながらしゃべったほうがいいぜ、あんた……」
 まだ報酬を受け取っていない。
 依頼人が死んでしまったら、当然、成功報酬はもらえない。ほとぼりが冷めるまで、彼も護ってやらなくては。
「あんた、せっかく、いいやつなんだからさ」
 梛織が、ありきたりな依頼を待ついつもの日々に戻るまで、あともうすこし――数日ぶんくらい、時間がかかりそうだった。
 しばらく、こんな今日が、明日もつづく。



〈了〉

クリエイターコメント 諸口正巳です。このたびは費用を上乗せしているのにもかかわらず、プライベートノベルのオファーをありがとうございました。名前のあるNPCの指定など、ご期待に添えなかった部分もありますが、PCさんのイメージに沿うような内容になっていれば幸いです。
 もうすこし早くお渡ししたかったのですが、諸口の不手際と未熟さのためにお待たせしてしまったことをお詫びします。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
公開日時2007-04-22(日) 04:20
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