★ Crazy Teacher: The Beginning ★
クリエイター諸口正巳(wynx4380)
管理番号100-602 オファー日2007-07-04(水) 17:01
オファーPC クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
<ノベル>

 生まれた直後から、彼の全身は真っ赤に染まっていた。それを見た母親は、恐怖のあまり失神したそうだ。彼はおそらくアルビノだった。色素が欠乏した皮膚は、血管を流れる血の色を表にありありと浮き立たせていた。だから赤かったのだ――理屈のうえではそうなる。
 彼はおよそ愛されなかった。産み落とした母親すら、ひと目見て気絶したような子だ。親が愛せないような子が、他人に愛されるはずもないのだ。まして彼が生まれたのは、アメリカの田舎だった。人々は変化を恐れ、町では偏見と差別が横行していた。
 誕生日が12月25日だったのは、おそらく神の皮肉だろう。
 ただ、幸いと言うべきか――正しい愛を知らないその子は、正しい憎しみも知らずに育った。いや、結局、それも不幸であったということなのか。彼は、自分に振りかかる理不尽な暴力や痛みが、世界の常識であり、誰でも同じような目に遭いながら生きているものだと認識してしまった。

 ざり、じ、
『……州全域に乾燥警報が……週間前から…………です。…………熱射病にはくれぐれも…………』
『…………活発な低気圧が…………今夜からは曇り、ところにより雷雨が……』
 ざり、ざり、ざり、
『脳味噌が焦げちま…………晩から雨になるそう……助かるよ……』
 じ、じじじ、じり、り、り。
『それで……こで一曲……IRON MAIDENで、” The Number of the Beast”』
 ザざザ!

 焼けつくむき出しの地面の上に、彼が横たわっていた。
 ぼろぼろだ。
 白い髪はあちこちまとめて引き抜かれ、頭皮と髪の根元には血がにじんでいる。白い顔も腕も、痣とすり傷まみれだった。彼は土を吐きながらのろのろ身体を起こした。
 ここのところ日照り続きで、野原の草花は枯れ、褐色の砂と土が町中を吹き荒んでいる。だがその乾燥も今日の夕方までだと、どこの観測台も口をそろえていた。
 彼の白い肌には色素がない。雲ひとつない空からの陽光で、火ぶくれになっているところもある。
 彼は6歳の、ほんの少年だった――
 だが、そのすばやさは常軌を逸した。傷にたかっているハエを素手でつかみ、指先で押し潰すと、足元に捨てた。
 太陽の下、彼はじっとハエの死骸を見下ろしていた。アリが、ハエの潰れた死骸に気づいて、群がり始めているのだ。少年のやけに大きな口が、にやぁ、と笑みのかたちにねじ曲がった。
 どすん。
 汚れた安物の靴が、アリの群れとハエの死骸を踏みつける。
 ごすん。
 ごすん。
 ごフん。
 ざすっ、ざしっ、ざりっ……。
「ィ、へへ。ヒヒ……ヒ。ヒキキキキ……」
 気がすむまで踏みつけてから、少年はかがみこんだ。渇ききった大地が、アリとハエからほとばしった体液で、かすかにうるおったようだ。何度も踏みつけられたアリは、消しくずを丸めたようにくしゃくしゃだ。首が取れ、足が取れているものも、あった。
「そうか。ウフフフ……そっか。これくらいふみつけないと、ダメなんだ……ヒヒヒヒ」
 そう、彼は聡明で――アリが、一度踏みつけられたくらいでは死なないということを、学習していたのである。
アリの殺し方を学んで満足した少年は、すり傷をいじりながら歩き始めた。汚れた指でいじる傷が、痛い。指を見ると、血がついていた。ぢんぢんと痛む。
「……おかしいなぁ」
 口をとがらせて、今度はほおの傷を拭った。痛い。ぴりぴりと痛む。
「……ねてるときは、いたくなかったのに……」
 頭を殴られて昏倒したのだ。気づいてみれば傷が増えていた。眠っている間には、何をされても気づかないのだろうか――こうして、彼の中に、また新しい疑問が沸き起こっていた。
 ――しらべなくちゃ。じっけんだ。
 自分がなぜ気絶するまで痛めつけられたのか、それには興味を示さなかった。


 クリスマスに生まれたが、彼は、悪魔の子と呼ばれていた。
 赤と白で構成された容姿だけがゆえんというわけではない。
 彼が食事用のナイフでネズミを殺しているところを見た者がいる。犬の轢死体を、素手でひっくり返しているところを見た者もいる。そして、絵本の海賊の顔に、縫ったあとがある傷が描かれているのを見ながら、自分で自分の傷を縫合していたところも見られていた。
 彼が写真に写れば、青いような白いような、赤いような、不気味な光も一緒に写る。
 殴っても蹴っても突き飛ばしても、逃げるどころかおびえもせず、彼は笑いながら、じっと攻撃者の目を覗きこんでくるのだ。
 まるで、観察するように。


 悪魔の子は、身体を日に焼かれながら郊外を歩いた。
 悪魔の子を生んだとして、彼の一家は町の中心部から追いやられている。父はそれを恨み、母はただ恐れた。父は毎日のように息子に八つ当たりした。母は息子を恐れて近づきもしない。
 それでも彼は、毎日出かけては、ぼろぼろに傷つけられてから家に戻ってきていた。父に殴られてからベッドに入り、朝を迎える。そしてまた、出かけていく。今日も、そのサイクルを外れていない。
 しかし――その日は、彼のいつもの日常では見かけないものが、見慣れた家路の途中に落ちていた。
 金槌だ。
 6歳の子が持つには少し重かったが、彼は目を輝かせ、生唾を飲みながら観察した。
 何に使うものかは知っている。釘を打つためのものだ。自分の身体と違って、ぶつかったくらいでは壊れない。これだけ強いものなら、釘打ち以外にも使いみちはあるはずだ――。
 顔を上げた彼と、道を横切るところだった野良猫の目が合った。猫は大慌てで駆けだしたが、少年は異常なほどの俊足だった。
「まって! まってえ、ためすだけだから! まって、あハハハハハまってえ!」
 少年はたちまち野良猫に追いつき、手を伸ばして捕らえるよりも先に、右手の金槌を振り下ろしていた。
 ぼちッ!
 金槌は猫の後頭部に、まともに命中した。突き刺さった、と言ってよかった。猫は四肢を震わせ、その場に横たわった。
 猫は、ぴくりとも動かない。
 少年はもう一度金槌で猫を叩いた。
 もギっ、と猫の体内で音がした。肋骨が砕けたのだ。それでも、猫は動かない。
 少年は猫を蹴った。動かない。口をこじ開けて舌をつかんでみた。動かない。舌を引っ張った。動かない。舌はどこまでも伸びるようだった。舌ってこんなに長かったんだ!? 動かない。
 少年は熱を帯びた目で金槌を眺め、あらためて、ごくりと生唾を飲んだ。金槌が輝いている……ぬらぬらと。
 彼は家には戻らず、来た道を引き返した。帰る前に、確かめなければならないことが増えてしまった。
 この金槌は人間にも使えるのだろうか。使えたとしたら、猫と全く同じ効果が得られるのだろうか。そして人間の舌も、猫くらい長いのだろうか。いや、人間は猫よりずっと大きい生き物だから、舌はもっとずっと長いだろう。それを確かめなければならない。
 気持ちははやり、彼は駆けていた。
 その先には、バンにビールを積み込む作業にかかりっきりの、中年がいた――。

「ぉがッ!?」

 汗だくになってビールを積み込んでいた男は、後頭部に金槌を食らい、倒れこんで、悶絶した。
 やはり猫とは違うようだ。叩く場所が悪かったのか。いや、もっと回数が要るのかも。
 うなじをおさえながらわめく男、その側頭部に、少年は金槌を振り下ろす。
 ぱゲ、
「イぁああッあッ!!」
 まだだめだ。痛がっている。
 パきゃッ、
「イッ、 、 ッ、」
 ぱかッかぱッめちょッ、みちゃっ、みち、びちっ、びちょ、くちぇ!

 陽光の勢いが、かげりを見せる。天気予報は当たりそうだ。西の空が、真っ暗ではないか。灰色を通り越した、漆黒だ。
 真っ赤な顔が、動かなくなった人間を見下ろしている。

「おぅい、親父ぃ。まだひとケース残ってるぞ、倉庫ン中――」
 車庫から、帽子をかぶった青年が出てきた。彼は外に出るなり、空を見た。帽子は要らなくなりそうだ。青年は帽子を取って、バンに近づいた。
「親父ぃ?」
 返事はない。
「親父――」
 バンの反対側にまわって、青年は凍りついた。
 目玉。ハエがたかった目玉。すぐそばに倒れている父親の顔から転げ落ちたものだろう。父の顔は真っ赤に染まり、ほんの一部は白かった。肉が骨から削ぎ落ちているらしい。目玉もだ。眼窩の骨は無残につぶれている。
 父親の頭は、炒め途中のホールトマト。だが、妙に長細いものが、その中心から伸びている。誰かがトマトの中から舌を引っ張り出したようだ。
「ヒヒヒ」
 頭上に降り注ぐ笑い声に気づいたときには、青年はすでに殴られていた。
 ぼろぼろの白い少年が、バンの天井から、金槌を振り下ろしながら飛び降りていた。金槌は青年の頭蓋を叩き割り、柄まで脳髄に埋まった。血が通った脳髄はピンク色だった。だがたちまち、噴き出す赤黒い血に染まっていった。脳髄はひどくやわらかく、感触はまるで熟した桃。

 人の頭の中身がどうなっているのかはわかった。舌の長さも、だいたいは。
 あとは……、あとは、頭よりもずっと面積が広い、胴体のほうだ。
 胴体の中身は、どうなっているのだろう。

 水の匂いが、つんと鼻をつく。
 太陽は隠れ、雨が降り出していた。灰色の空には、血管のように稲妻が走る。昼下がりだというのに、まるで薄暮のような暗がりが、町に覆いかぶさっていた。
 町人は道ばたや道の真ん中に横たわり、無言で雨を浴びている。
 犬も目玉と舌を出し、犬小屋の前で倒れていた。
 しおれていた芝生と渇いていた道は、褐色と真紅のまだら模様だ。しかしそのまだらも、どしゃ降りに洗い流されていく。
 血と脳漿と胃腸の中身を吸った水たまりは、濁った泡を浮かべていた。
 ある大きな水溜りには、肥った夫妻の屍が浸かっている。水はピンク色だった。
肥った主人は乱雑に開腹されていて、引っ張り出された臓物は、びろびろと水中に広がっていた。夫人のほうは、もうすこし丁寧に腹を開かれたようだった。ふくよかな胸が切り落とされ、肉も削ぎ落とされて、肋骨がむき出しになっている。水につかった心臓は、とうに鼓動を止めていた。
 稲妻が夫妻の顔を照らした。白光に一瞬染められた顔は、苦痛と恐怖によって歪んでいる。


 郊外のみすぼらしい家に、隣町へ買出しに出かけていた夫妻が帰ってきた。外はひどい雨だった。そして通り抜けてきた村はひどい有り様だった。何が起きたのかはわからないが、今すぐ荷物をまとめて、隣町へ逃げたほうがよさそうだ。
 妻はほとんど半狂乱で車に残った。夫だけが、とりあえず金目のものとショットガンだけ取ってこようと、家の中に飛びこむ。
「……おまえ!」
 ひっきりなしに続く落雷で、村は停電していた。郊外の屋内は薄暗かったが、稲妻が居間を照らしてくれた。夫が見たのは、血まみれで立っている息子の姿だ。
 右手には金槌。左手は食事用ナイフ。どちらも血まみれで、金槌には人の髪の毛が、ナイフには肉片がこびりついていた。

 にやぁ。

 白い光が照らした、赤と白の顔に、三日月の笑み。そして、じっと観察してくる目。
 父親は、かぶりを振りながら後ずさりをした。
「……おまえ。……おまえが。……おまえ、……この、悪魔め!」
 こけつまろびつ、必死の形相で、父親は狭い居間を横切り、キッチンに飛びこむと、肉切り包丁をつかんだ。彼の子は金槌を振り上げ、雷鳴に合わせて笑いながら父に追いすがる。ごでッ、と金槌は父親の背中を打った。雷鳴は彼の悲鳴をかき消した。わめきながら、父親は包丁を振り回す。
 よく砥がれた刃は、ただのひと撫でで少年の左腕を縦に切り裂いた。しかし、悪魔の子は目を輝かせていた。
 少年は金槌を、父親の膝に打ち下ろした。6歳の子には、殴りやすい高さだった。
 ばリ、と膝の皿は砕けた。
「あァあァ、あ、くそお! こ、この野郎ッ、ちくしょうおうッ!」
 キッチンの床に倒れこんだ父親は、めちゃくちゃに包丁を振り回したが、少年は飛びのいて様子をうかがっている。
 父親が倒れたまま立ち上がれないことを確かめるや、少年はガスコンロの上の鍋を手に取った。そばにはマグカップがあり、鍋の中では牛乳がぐらぐらと煮え立っていた。両親は彼にコンロの使い方を教えるどころか、キッチンに近寄らせもしていなかったが――聡明な彼は、遠くから眺めるだけで、キッチンを使い方を覚えたのだ。
 少年は沸騰した牛乳を、父親の顔面にぶちまけた。
 すさまじい絶叫が上がった。父親は包丁を手放し、真っ赤にただれた顔を覆う。
 悪魔の子はけらけら愉快な笑い声を上げ、父親の頭上にまわりこみ、脳天に金槌を振り下ろした。


 いつまで待っても夫が家から戻ってこない――。
 降りしきる雨の中、妻はようやく車内で平静を取り戻し、車外に出た。
 一週間ぶりの雨は、これまでの乾燥との帳尻を合わせようとするかのように、激しい勢いで降っている。
 夫の名を呼びながら、妻は家に飛びこんだ。
 甘い匂いがしていた――これは、温めた牛乳に、砂糖を入れたときの……。
 悲鳴を上げてから、彼女は息子の名前を叫ぶ。

 にや、ぁ。

 少年は母親も、父親と同じように、膝を潰して床に倒した。
 だが、金槌を使うまでもなかった。母親は倒れたとき、まともに後頭部を打ったのだ。偶然かかった「麻酔」に感動しながら、少年は、父親が振り回していた肉切り包丁を拾った。
 自分の腕の傷口を見る。
 食事用のナイフより、ずっと切れ味がいい。これなら、きっと『目的』を果たせる。
 少年は母親の胸に包丁を突き立てた。ばりっ、と音を立てて平たい胸骨が割れた。
 ひいッ!
 母親は息を呑んでわずかにのけぞったが、白目をむき、歯を食いしばって悶えているだけで、暴れなかった。頭を打ったとき、中枢でも痛めたのかもしれない。
 少年が手を止めて母親の顔をうかがっていたのは、ほんの数秒だった。彼はすぐに、開胸作業に戻った。ばりばりと胸骨を割り、割れ目に指をかけて、肋骨を1本、2本、身体から引きちぎっていく。血みどろの肺が見え、……少年の『目的』はそこにあった。
 心臓は動いていた。あふれる血の海と肺のとなりで、激しく、ときどき不整脈を打ちながら。
「うごいてる。ほんとにうごいてるんだ。みたぞ。ヒヒ、えへ、ほんとにうごいてるう! えはははは、キ、ひひひひひ、すごいすごい、ぇへへへへ!」
「……、」
「へ、ッ」
 少年は突然笑うのをやめ、ぎろん、と母親の顔に目を向けた。
 母親はつぶやいていた。うわごとのように……、
「……、

 どがァアアアア、ばりばばばばババババッ、ドドッガァアアアア!!

、   。」
 雷鳴が、あいにく、そのか細いつぶやきをかき消してしまった。
 どうやら彼女は、息子の名前を呼んでいたらしい。そして……、そして、なんと言っていたのだろう。
 少年は首をかしげ、また母親の胸に目を戻して、おもむろに心臓に包丁を突き立てた。
 つぶやきも鼓動も、それきり止まった。




 雨の日、暑い目、風の日が過ぎ、
 暑い午前と雨の午後の日に起きた凄惨な事件は、結局迷宮入りになってしまったこともあってか、語り継ぐ者もいなかったからか、わりあいすぐに忘れ去られてしまった。
 ひどい乾燥と保守的な人々が発展を妨げていた村だったが、実は地下300メートルという深さに水脈があることがわかった。水は人を呼び戻し、村は小さな町になった。そして郊外に、新しく学校が建設された。
 彼はそこに、戻ってくる。
 そして呪われた地は、人とともに、血と死をも呼び戻したのだった――。




〈THE END ???〉

                   ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒハハハハ
                                 めチャッ!

クリエイターコメント諸口正巳です。このたびは費用を上乗せしているのにもかかわらず、熱いオファーをありがとうございました。楽しく書かせていただきましたヒヒヒ。チェーンソーと鉄の鉤爪もいいですが鈍器もなかなかいいものですね。こんな感じでよろしければ、またご縁があったときにでもご指名くださると幸いです。
公開日時2007-07-18(水) 19:30
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