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<ノベル>
夏は終わっている。
銀幕市の今年の夏が慌しく過ぎて行ってしまったように思えるのは、やはり、9月の空に浮かんだ黒い神殿のせいだろうか。
夏、怪獣島が見える砂浜で、かれらは汗と涙を流し、スイカを割ったり蹴らなかったり、ポップコーンを買ったり噴出したり……ビーチボールを得物にし、熱いバトルを繰り広げたりもした。
しかしその思い出に浸る間もなく、銀幕市は存続を賭けた戦禍にのまれてしまったのだ。かれらは、あの熱い戦いの日々を、振り返ることすらできなかった。
「あ、アア。コレは……」
恐ろしい戦争が夢として終わってから数日後、彼は、荒れ果てた部屋を整理していた。べつに戦争の影響があって荒れているわけではない。彼の部屋の中はいつもこうだ。血と肉片がこびりついた凶器がところ狭しと積み重ねられ、怪しげな実験器具がテーブルの上を占拠し、ガラクタの間からは血まみれの手首が突き出したりもしている。
そんな混沌の中から、彼は――クレイジー・ティーチャーは、夏のかけらを掘り出したのだった。
破れてぼろぼろになったビーチボール。砂と、汗と、誰かの血がこびりついていて、小汚い。けれども、人魂を背負う理科教師は、それをいとおしそうに撫で、濁った窓辺に持っていくのだった。
窓を開けると、外は真昼であった。休日の昼だ。9月も下旬だが、まだ日中の気温が30度を上回る日々がつづいている。今年の夏はすっかり狂っていた。あまりにも暑くて、ただでさえ狂っている彼のテンションも、おかしな方向にカッ飛んでいた夏だった。
「でも……でも、いい試合だったヨネ……。ミンナ……」
クレイジー・ティーチャーは遠い目で、過ぎ去った夏に思いを馳せる。
まるで誰か死んだような口ぶりだが、実際は誰も死んでいない。
はずだ。
たぶん。
あれは某オカマが猛然と砂浜を駆け抜けていた日のことだ。
些細で愉快なイベントが重なって、銀幕市の星砂海岸は賑わっていた。相変わらず、暑いというのを通り越してクソ暑い日だったが、クレイジー・ティーチャーはいつもの白衣姿だった。どこから持ち出してきたのかビーチボールを抱えて、海水浴場の掲示板をニヤニヤしながら眺めている。
「おー、どうした? 嬉しそうだな。どこかでチェーンソーの安売りでもしてるのか」
同じくニヤニヤしながら理科教師に近づいてきたのは、実に漢らしい出で立ちの八之銀二だった。アロハシャツにサングラス、今日一日で日焼けした顔の中、白い歯がやけにまぶしい。そして鍛え上げられた肉体+ブーメランパンツの黄金コンボ。うら若き乙女はきっと目のやり場に困る。実際、後ろからついてきていた浅間縁は、すこし困っていた。後ろからのアングルだと、ゆったりした大きめアロハシャツを着ている銀二は、下に何も履いていないように見えるのだ……。
「OH! 銀二クンに縁クン! ほらコレLOOKLOOK! ビーチバレー大会があるって話なんダヨ。しかもトゥデイ、ナウ・オクロック! 飛び入り参加OK!」
「ホントだ、すごい偶然……」
「いや、こういうのは『縁』って言うんだぞ、浅間縁君」
「引っかけたいのはわかるけどフルネームで呼ばないでください、変態」
「な、なんで変態!?」
そのとき彼らの耳の中に、ピィーッ、と鋭いホイッスルの音色が飛びこんできた。海水浴場のはずれで、ビーチバレー大会が始まったのだ。
クレイジー・ティーチャーの理性(もともとそんなものないだろうとか言わない)はそのツルの一声で吹っ飛んだ。彼は奇声を上げながら走り出し、砂に足を取られて一度転び、笑いながら起き上がると、また奇声を上げながら猛ダッシュを再開していた。
「おいおい、待て待て! 5人一組のチームだって書いてあっただろう。CT君!」
「CTならひとりで10人分くらいの戦力になると思うけど。ていうか、ビーチバレーってフツー2人一組じゃ」
「冷めたこと言うな。行くぞ浅間君」
すでにクレイジー・ティーチャーは会場のギャラリーの中に突っ込んで衝突事故を起こしている。銀二と縁は彼のテンションに呑まれてしまっていたのかもしれない。猛暑の中を走り出していた。
「おーい! おーい、なんだー、かけっこかー!?」
ででででで、と砂埃がふたりを追いかけてきた。振り返った銀二と縁の視線が、すとんと下に落ちる。そこには四つ足の茶色い獣がいた。
仔ダヌキだった。つまり太助だった。
この暑い日にクソ暑い海岸にタヌキとは、もう見るだけで汗びっしょりになりそうなほど暑苦しいのだが、いちばんつらいのは他ならぬ太助自身である。しかし彼はまだ子供で、高テンションに精神を支配されているうちは、暑さと寒さを忘れてしまう能力を持っていた。大人になると失ってしまう不思議な力である。
「おう、太助君! ちょうどいいところに来た。バレーだ、ビーチバレーをしないか!」
「やる!」
二つ返事とはこのことである。まさに子供のやり取りだ。銀二はいい大人だが。
しかしチームは5人一組。あとひとり足りない。
ビーチバレー会場は、クレイジー・ティーチャーの乱入で開始早々大混乱に陥っていた。このぶんだと試合は仕切り直しだろう。
「あっ」
縁が、見知った顔を見つけだした――殺人鬼の突進をまともに食らって、血みどろの地獄と化している観客席の中に。
彼はこんなところでも危険に巻きこまれていた。今はリチャードという名前をもらった、クラスメイトP。クレイジー・ティーチャーは「まじめな生徒」属性を持った人物に優しかったりするのだが、地味なPが残念ながら眼中に入らなかったらしい。クラスメイトPはムービースターでありながら、モブの中に同化できるのだ。これはもはや能力のひとつである。
縁は目を回しているクラスメイトPを助け起こし、銀二と太助の前まで引きずっていった。Pは眼鏡もシャツの襟もズレたままで、ほとんど死体だ。
縁はにべもなく言った。
「これで人数揃ったんじゃない?」
「ひでえ、頭数あわせってことじゃんか。草野球じゃねーんだからさー」
「それよりタヌキを数に入れてくれるかどうかが問題かもしれないな」
「おまえ、誘っといてなんだよ今さらその言いぐさぁ!」
「あァーッ! ボクが知らない間に人数揃ってるゥ! スゴイ凄いヨ、ステキだヨ。ボクの人徳かナァ、ヒヒヒヒケケケケへへへへヒャヒャヒャヒャヒャ!」
とても人徳に満ちた人物のものとは思えない高笑い。クレイジー・ティーチャーは血まみれのエントリー用紙と大会概要を手に、仲間たち(気が早いかもしれないがもうそういうことにしておく)のもとに戻ってきた。
やがて意識を取り戻したクラスメイトPは、自分が気絶しているうちにとんでもない事態に巻きこまれていることに気づき、愕然とした。自分は意識がなくなってるときさえ事件・事故両面に巻きこまれねばならないのか。おちおち昼寝もできないではないか。
しかし、ショックを受ける彼も、ビーチバレー大会の優勝商品にはすっかり心を奪われてしまった。
銀幕市わくわく市民ビーチバレー大会の優勝商品は以下のとおり。
・豪華巨大アイスケーキ(ギネス記録申請中)
・最新型DVDプレイヤー
・電動式自転車
・記憶消去薬『ソーシツンZ』(アズマ超物理研究所提供)
「なんだこのカオス」
「おれケーキ! ケーキ食いてー! ケーキほしー!」
「ボクもボクもアイスケーキがいいナァ! Pクンはこないだ自転車また壊したンだヨネ? ちょうどよかったじゃナーイ! 銀二クンも忘れたいコトいっぱいあるんでショ?」
「私はもちろんDVDプレイヤー! ……なんか主催者に私たちの頭の中のぞかれたみたいなんだけど」
「ヨーシ、先生頑張っちゃうヨー。優勝以外ありえないヨー。ウフフフヒヒヒヒ早速この次の試合から出番だってー!」
しかし、チームクレイジー(リーダーがチーム名を独断で決定)第一試合の対戦相手は棄権したのか死んだのか、時間になってもコート内に現れなかった。
第一試合、不戦勝。
「わーい……」
「……」
「ア゛―ッ!! なんなのなんなんダヨおいッ! 欲求不満ダヨ! 早く殺らせろゴルァアアアアーッッ!!」
「落ち着け! 勝ったんだから!」
銀二が必死でクレイジー・ティーチャーをはがいじめにする中、太助は本部テント横のトーナメント表をじっと見つめていた。
「なんかすぐ第2回戦やるみたいだぞー。えーと、相手はチーム……チーム……『かん』」
「た、太助君。あれ、確か『おとこ』って読むんだよ」
「えっおまえ漢字よめんの?」
「銀二さんから習ったんだ。盃とか刺青とか仁義とか」
「カタギっぽい漢字ひとつもねーな」
第一試合の相手は腰抜けだったが、第二試合の相手は違った。のしのしきびきびとコート内に入ってくる。縁はネット越しに相手を確認して硬直した。
5人が5人とも黒色人種と見まがうばかりのこんがり漢色! なに塗ってんのか知らんがテカテカだ! やけにまぶしい白い歯! ピクピク大胸筋そしてボコボコ腹直筋! もちろん装備は黒いブーメランパンツのみだ。
「ブ、ブーメランパンツなんかひとりいるだけで限界なのにぃ!」
「くそっ、ブーメランパンツ成分で負けているぞ! P君! きみもブーメランパンツになるんだ!」
「わあッヤですッやめてッあッああーッ!」
太助と縁は合掌した。
クレイジー・ティーチャーは赤い目をギラギラ光らせ、まるで間にネットが存在しないかのように相手チームを睨みつけている。だが大きく裂けた口はニタニタと笑っていた。これから始まろうとしている戦いに、昂ぶる感情を抑えきれていない。ヨダレ垂れてます。
クラスメイトPがシャツを剥かれてモヤシみたいに白い肌を公衆の面前にさらけ出される中、ホイッスルが響きわたった。
バチコーン!!
「ぶ!」
しょっぱなから稲妻のようなサービスを顔面に食らい、まずクラスメイトPが鼻血を噴いた。しかし試合は無情にも進んだ。Pは伝説の偉業、顔面レシーブを成し遂げたと見なされたのである。バレーは公式ルール上、身体のどこでボールを返そうが自由なのだ。
Pの血にまみれたビーチボールは空高く舞い上がり、ネットの高さを軽く凌駕した。
クレイジー・ティーチャーが歓声(奇声)を上げながら4メートルばかり垂直ジャンプし、腕を振り上げる。
「食らえテメェら死ねケケケケケ!!」
ドバチーン!
「ギャー!」
「うわー!」
フピー。
ここでホイッスルである。選手がひとり盛大に鼻血を噴いても動じなかった審判が動いた。超絶スパイクによりチーム漢のメンバーがひとり犠牲になったから、と思いきや、ビーチボールが破裂してしまったからだった。
「このビーチボール高いんでもう壊さないでください」
「ウン」
試合再開。
「ぼぐのはなぢばぶしでづが!」(訳:僕の鼻血は無視ですか。鬼畜め。)
「気にすんな、おまえすげーカッコよかったぞー」
太助がPの肩ならぬ膝裏を叩いた。彼の身長ではそこまでが限界だったのだ。しかし太助は試合中で興奮していたせいか、力みすぎていた。
あえなく膝カックンのクラスメイトP。足場は砂なので非常に悪い。Pは倒れた。太助は彼の下敷きになった。ぐぇ。相手チームの強烈なサーブが、チームクレイジーのコート内に迫っていた。縁はトスの体勢のまま後ろに下がり、倒れているチームメイト2名に気づかず、引っかかってバランスを崩して阿波踊りをしながら仰向けに転んだ。人間ふたりぶんの体重を一新に背負い、太助は砂にめりこむ。ぐぎゃ。縁は偶然漢を見せた。仰向けに倒れた彼女の顔にビーチボールが激突したのだ。今試合二度目の顔面レシーブ。いったぁいひっどぉい女の子の顔になにすんのぉー!
フピー。
「オイなんでだよさっきと同じ顔面レシーブだろ!」
審判のホイッスルに、チーム漢のマッチョメンズは当然抗議した。約1名、P&太助&縁の転倒コンボがツボにハマったらしく、腹筋を抱えて大爆笑しているが。
「女性への暴行はファウル扱いになりますんでチームクレイジーにサービス権です」
「暴行じゃねーよオレたち紳士なんだから!」
「いえ、女性本人が抗議してますから」
「そうだそうだ! Booo! Booo!」
観客席から容赦ないブーイングとザブトン投げの嵐。チーム漢にいきなりのトラブル。たぶんクラスメイトPの無意識のしわざだ、たぶんの話だが。
「そんなカンジなんでチームクレイジーは気にせずとっととサービスしてください」
フフピー。
「やった! チクショー涙が出ちゃう! 女でよかった!」
「おお、よくやった浅間君! それでこそ漢だ」
「女です私!」
「グッジョブ縁クーン!」
チームクレイジーの状況:クレイジー・ティーチャー、八之銀二の両名のみ無傷。太助は砂に埋まっている。浅間縁とクラスメイトPは絶賛鼻血中。
チーム漢の状況:1名が病院に搬送中。約1名ツボにヒット中。
ちっともまともなゲームにはなりそうにないまま試合は続く。
クレイジー・ティーチャーは信じられないことにある程度加減ができる殺人鬼だった。今度ビーチボールを死なせたら失格っぽい=優勝が狙えない=アイスケーキが手に入らないという純粋な欲望が彼を抑制していたのかもしれない。鼻血ツインズは砂を汚しながら健闘した。だがクラスメイトPは実によく転ぶ。足元が砂でなければ確実にどこか折っているだろう。太助は鼻面トスでメンバーをサポートしているが、時おり砂に足を取られてコテンと転んだ。一度などはそのまあるいおなかを上にして倒れたので、観客と漢のナデナデしたい本能をくすぐり、おおいにチームに貢献した。
そう、イロモノの対決(反論は認めない)にもかかわらず、勝負はいつしか接戦となっており、海水浴場の片隅は熱く燃え上がっていた。この日の気温も35℃を超えていたが、多分ビーチバレー会場の体感温度は50℃くらいになっていただろう。砂漠かよ。
チーム漢の褐色の肌から飛び散る汁。しまった漢字間違えた、汗。飛び交う息の合った気合。彼らの筋肉はただの飾りではなかった。
いつの間にかチームクレイジーのコートの内にもブーメランパンツ一丁の漢がいる。アロハシャツを脱ぎ捨てた、いやさ破り捨てた八之銀二は、本気だった。もちろんこの「本気」は「マジ」と読んでくれ。チームクレイジーの中で最も上背のある彼は、成り行きでブロック要員になっていた。汁が光る……また漢字間違えた、汗が光る彼の肉体が、チームクレイジーの盾だ。
ネットを揺るがし、砂を抉り、クレイジー・ティーチャーのスパイクがチーム漢のコートを貫く。クラスメイトP、縁、太助は立派な顔面レシーブ班であり、気合ならば漢にも負けないが、やはり攻撃力はあまり期待できなかった。銀二が防衛にまわっているいま、チームクレイジーの攻撃の要はやはりこのキチガ……理科教師以外にない。
「縁クン! ロケエリは決勝戦マデとっとくんダヨ!」
「なに言ってんの、私ムービースターじゃないし!」
「なー、この試合ロケエリOKだっけ?」
「やってみたらいいんじゃない? 笛が吹けば反則だよ、きっと」
「ダメだよダメダメ、あと1回反則したら失格になっちゃうでショ! 縁クンいい加減なコト言っちゃダメだヨッ」
「最初にボールつぶして反則したのどこのどいつよ! ホントにバカ力なんだから!」
「け、ケンカしないでください、こんなときにー! イッ」
またクラスメイトPが顔面レシーブした。
しかるのち、試合中にチームメイトと言い争いを始めてしまった縁の後頭部を、ビーチボールが直撃。ブロック要員だった銀二がすかさずスパイク! 相手コートの砂にめりこむビーチボール。だが次の瞬間、ガッツポーズを取っている最中の銀二が横様に吹っ飛んだ。クレイジー・ティーチャーが思わず激しくツッコミを入れてしまったのだ。
「ぐほ!?」
「ボクがアタック係なのにナンてコトするノ銀二クン!」
「ちょっと、なに子供みたいなこと言ってんのよ! 八之さんの判断正しかったでしょッ」
「そうだぞおまえー! Pも言ってやれ!」
「あっ、え、えーと、ナイススパイク銀二さん!」
「ぅおまぇも敵かァァアアエネミィかァアアア!」
フピー。
「チームクレイジー、とっととサービスしてください。マッチポイントです」
その言葉に、チームクレイジーはハッと我に返ってスコアボードを見た。
大会ルールでは1セットのみ、21点先取のチームが勝利。現在のスコアは20−19。知らない間に、超燃える展開になっていたのだ。
バラバラになりかけていた5人の心がその瞬間、ひとつになった。打ち切りマンガみたいな急展開だが気にしないほうが幸せになれるぞ。
チーム漢の表情と筋肉に緊張が走る。
リーダーのクレイジー・ティーチャーがいささか興奮しているので、銀二がサービスを行う。汗が飛び、ビーチボールが流星のように飛んだ。
チーム漢の漢1がブロック。失敗。ボールは漢1の指にかすりもせずコート内へ。漢2が倒れこみながらレシーブ。漢3がトス。やや左に曲がった。漢4がスパイクを決めようとするが失敗。速度のゆるいアタック。銀二がブロックするまでもない。縁がトス。ボールを目で追っていたPがバランスを崩した。倒れる。太助が倒れゆくPの背中を駆け上がり、ジャンプして、ボールをネット際のクレイジー・ティーチャーへつなげる!
「ア・タァァァアアアーックッッ!!」
殺人鬼の一撃は、ネット際にいた漢1の顔面に激突した。吹っ飛ぶ筋肉漢。ボールはコートのラインギリギリへ。拾えるか?
拾えないッ!
ピ・ィィィーッ!
ひときわ鋭いホイッスルが、チームクレイジーの勝利を告げる。筋肉という筋肉は燃え尽きて真っ白になった。だが忘れてはいけない、まだこれは第2回戦なのだ。
「いい試合だった。きみたちは真の漢だ」
「フッ、お前こそ……」
激闘の最中、いつしかネットには大穴が開いていた。その穴を通して固い握手を交わす、両チームのブーメランパンツ。ベタな演出だが、それを見守る観客や選手達の目には光るものが……。
しかしこんな試合を目の当たりにしたらまともな人間は命の危険を感じてしかるべきである。チームクレイジーの対戦相手は次々と棄権もしくは失踪し、あれよあれよと言う間に彼らは決勝戦まで勝ち進んでしまったのだった。
「なんかCTがいるだけでどんな大会も優勝できそうな気がするんだけど」
「でも勝った気にはならねーぞ」
「しかし勝ちは勝ちだ。敵前逃亡など漢道不覚悟!」
「銀二さん、やっぱりカッコいいです。サムライみたいです!」
「オトコドーに反するヤツはミンナ死んじゃえばいいんダヨくくく」
試合をしたいという欲求は充分だが、このまま決勝戦も不戦勝で勝ち抜けたらラクだし賞品ももらえていいよね、とメンバーの何人かは薄々考え始めていた。しかし口に出したが最後、銀二やクラスメイトPやクレイジー・ティーチャーになにを言われるかわかったものではない。……この時点で誰がそんな漢道不覚悟なことを考えちゃったのか消去法でわかってしまったような気がするだろうが、気がつかなかったことにするべきだ。
決勝戦、果たしてチームクレイジーの対戦相手はコートに現れるのか?
観客まで固唾を呑んで動向を見守っている。欧米っぽい外見のギャラリーなどは賭けまで始めているようだ。
ざわ、と会場の空気が揺れる。
おお……、とどよめきまで走る。
決勝戦、チームクレイジーの対戦相手は、堂々たる足取りでコートに入ったのだ。その顔ぶれを見た縁はわずかに怯む。
「ちょっと、あのチーム……」
「知っているのか浅間君!」
「『青春アタック2000』の主人公! 大ヒットしたじゃん2000年に!」
「い、いや、俺たちは2000年に存在してなかったから知らんのだが」
説明しよう。
『青春アタック2000』とは、平成の世に作られたとは思えないほどコテコテの青春スポ根邦画であり、製作サイドは大真面目に作っていたのだがその空回りっぷりが逆にギャグとして国民に受け入れられ、邦画では異例の大ヒットとなったバレーボール映画である。舞台は高校であり、はじめは廃部同然だったバレーボール部に不良のレッテルを貼られた男子生徒が(中略)夕陽に向かって走ったり(中略)そして見事インターハイに出場して(中略)というもういかにもコッテコテなストーリーだ。もちろん原作は漫画である。昭和の。
彼らは本来屋内のバレーボールコートがホームであるはずだが、バレーと名がつくものであればやらねば気がすまない一直線な設定にされてしまっていたようだ。比喩でもなんでもなくマジで目の中に炎が宿っている。
「ウフフフフ、相手にとって不足はないネ! 目がメラメラ燃えてるケドただの高校生でショ? 生身のティーンでショ? ボクの格好の餌食じゃん!」
「甘く見ないほうがいいよ!」
怒ってるんじゃないかと思えるほど激しい縁のツッコミ。太助はぶるりと武者震いすると、縁に尋ねた。
「縁、俺、原作のマンガよんだんだけど、映画みてない。……もしかしてマンガと同じで、あいつら〈波動スパイク零式〉とか撃ったりする? 〈人間ベルリンの壁〉でブロックしたりする?」
「する!! CGで!!」
「骨折を覚悟したほうがいいようだぞ、P君」
「敵前逃亡は漢道不覚悟敵前逃亡は漢道不覚悟敵敵前逃亡は漢道不覚悟前逃亡は漢道不覚悟敵前逃亡は漢道不覚悟敵前逃亡は漢道不覚悟敵前逃亡は漢道不覚悟……」
Pが唱える念仏のようなものを切り裂き、ホイッスルが鳴り響く。
そして、戦いは始まった――!!
2000年の邦画のCGレベルなどたかが知れているが(2007年になってもさして進歩していないが)、製作側の気合はそのまま登場人物にも注入されていたようで、チームクレイジーの相手はただのティーンではなかった。クレイジー・ティーチャーがさんざん劇中で、この街で、ブッ飛ばしブッ殺しブッ潰してきた若者とは一味違っていた。
チームメイトをかばい、必殺技はクレイジー・ティーチャーが一身に受けた。右腕が砕け最終的には首がモゲた。クラスメイトPは衝撃波で木っ端のごとく吹っ飛び、観客席を巻きこんだ。銀二は縁をかばい腰を打った。もはや彼のきわどいブーメランパンツなど気にしている場合ではない。彼にかばわれた、というより全力で突き飛ばされた縁は転んで足と手首をひねった。あとでわかったことだが彼女の肋骨にはヒビが入っていた。縁は銀二を訴える権利を得られた。太助は商売道具とでも言うべきもふもふの腹で捨て身のレシーブをし、砂にめりこんだ。
もちろん、もちろんチームクレイジーもやり返したとも。やられてばかりいたわけではない。銀二が、クレイジー・ティーチャーが打ち返した。とても常人には返せないような灼熱のアタックを、稲妻をまとったスパイクを。だが相手は、仲間がひとり倒れるたびに号泣し、仲間の名を全身全霊で叫び、そのたびに絆を深めやがるのだ。倒れたはずの仲間も闘志が肉体を凌駕した! とかほざきながらすぐ復活しやがる。血まみれで。
後半は首なし腕なしのクレイジー・ティーチャーがほぼひとりで戦っていた。常識を忘れたスポ根野郎にはイカレた殺人鬼くらいしか太刀打ちできないのか。
筆舌に尽くしがたい試合であった。
ギャラリーも盛り上がってはいたのだが、クラスメイトPの能力のせいもあり、観客席にも甚大な被害が出ていた。血しぶきが顔にかかるくらいならかわいいもの、強引なトスでナナメにすっ飛んだファイアーボールが直撃することさえあった。対チーム漢戦が生ぬるく思えるほどの絶戦。いや、死戦であった。
「みんな、力を貸してくれ……! この一撃で決めるッ!」
「殺れるモンなら殺ってみろガキがァァァア!」
「食らえッ、ファイナル・エクスプロージョン・フェニックス・マグナム・アターッック!!」
「な……なにぃ!? 空高く舞い上がったボールに火の鳥が宿っ(以下略)ギャアアアア!!」
どかーん。
そして……、ああ、そして。
クレイジー・ティーチャー以外のチームメイトは全員死……んではいないものの病院送りになってしまったあの夏が終わったのだ。5人が5人とも、薄れゆく意識の中で、ホイッスルと歓声を聞いた。太助だけは動物病院に搬送され、少し寂しい思いをしたらしい。幸いこの街には癒しの力を持つ者もいるので、9月のあの戦争騒ぎが起こるまでには、全員の怪我が完治していたが。
全員、燃え尽きるまで、力を出し切った試合だ。
優勝は逃してしまった。そう、逃してしまったのである。最後まで残っていたクレイジー・ティーチャーの身体がコートごと消滅してしまったので、そういうことになってしまった。首だけ観客席のほうに飛びこんでいたため、彼は九死に一生に得たのだ。
だが、誰もが、満足していた。悔いはなかった。退院後再会した5人は、互いの健闘を讃えあった。思い出し泣きする者まで現れたほどだ。素晴らしい夏の思い出が残せたと、喜びを分かち合った。
……準優勝の賞品がなんであるかを知るまでは。
「ジャーン! 賞品は『杵間山秘湯の宿ペア宿泊券』だったヨー! ホラこれボクんちに届いたんだー」
「はァ!?」
「なに!」
「うそだろ!」
「な、なんで5人チームで戦ったのにペアなんですかぁ!」
「……あ、ホントだ。ボク頭オカシイから気づかなかったヨHAHAHA」
「なにがHAHAHAよ、どーすんの!」
「俺三日間もオリん中入れられてさ、首のまわりにカッコわるい厚紙まかれてさ、すげーみじめでさ、賞品だけがこころの支えだったのに。チクショー!」
「よし、これから主催側にカチコミ……もとい抗議だ! 行くぞP君!」
「うわあッこまりますッ抗争に巻きこまれるのだけはッああッ離してー!」
「ヨーシヨシヨシ戦争だ、ボクも忘れないでヨネヒヒヒヒヒ!」
「ちょっと、暴力はダメだってば!」
「おとなげねーぞ! きもちはわかるけど!」
確かこのあとの戦争で、クラスメイトPクンは逆三角形の肉体を披露したっけ。
ホラ、やっぱり誰も死んじゃいなかった。試合中には。
ククククヒヒヒヒヒ。
ティーンエイジャーが、ボクから逃げられたと思ってる?
ヒャヒャヒャヒャヒャ……。
ビーチボールは窓辺で跳ねる。仲間たちの汗と血と涙が沁みこんだ思い出のボール。
机の上には、ギネス記録には惜しくも登録されなかった巨大アイスケーキにかぶりつく、クレイジー・ティーチャーを収めた写真が1枚……。
「また来年ダネ。ウン、来年も楽しみだナァ!」
来年の夏、あの砂浜でまたビーチバレー大会が催されるかどうかはわからない。もしもまたあの機会に巡りあえるなら、絶対に、同じ顔ぶれで参加しよう。クレイジー・ティーチャーはそう心に決め、早くも練習を始めていた。
灼熱の火の鳥を宿す必殺スパイク。きっと彼なら、来年までに会得できるだろう――。
〈了〉
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クリエイターコメント | ギャグ書くと疲れるのはなんでだろうこんなに楽しいのに。ぼひ。 夏の思い出としてお届けします。勢いと掛け合いを楽しんでいただきたいッ。 |
公開日時 | 2007-09-29(土) 12:30 |
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