★ La Danse Macabre ★
クリエイター諸口正巳(wynx4380)
管理番号100-8434 オファー日2009-06-27(土) 00:39
オファーPC ダスト(ccye2453) ムービースター 男 28歳 死神
<ノベル>

 ひヒヒヒヒヒヒヒ。
 ヒヒヒヒヒヒヒヒ……。
 ある路地裏では、今夜もそんな笑い声と、煙草の匂いと、酒の匂いが漂っていた。神の魔法がかかって、端的に言えば、銀幕市の治安は悪化した。しかし、魔法がかかるまで、路地裏やコンビニ前にたむろする凶暴な若者がいなかったわけではない。
「おい、おまえさっきからなに上ばっか見てんだよ」
「いや、なんか、ほら、ヘンな空じゃね?」
 髪を真っ赤に染めた少年は、煙草を片手に、空を見ている。
 確かにそれは、妙な空だった。
 真夜中だというのに、黒い空に浮かぶ灰色の雲が見える。ちょうど満月だった。その満月というのが、オレンジのような、山吹色のような、とにかく、いつもの白色ではない色合いの光を放っているのである。
 ヒヒヒヒハハハハ。
 仲間につられて空を見上げていた少年たちは、そのときにはかぎっては誰も笑っていなかったのに、軽薄な笑い声がすぐそばで起こった。
「ヒヒヒヒヒヒ。どいたほうがいいぜ、ガキども。今日は旦那の機嫌が悪ィ……いーや、実はたぶん何とも思っちゃいねェんだけど、機嫌が悪ィってことにしときてェ。そんな夜さ。ヒヒヒヒヒ、さっさとどけよ、死んじまうぜェ!」
「なんだこいつ!」
 バイクに寄りかかっていた少年が、驚いたような、怒声のような、ともかく叫び声を上げた。
 グレートーン。
 まるでその男だけ、色彩を失ったモノクロの存在であるかのよう。
 しゃれこうべのついた長い棒を背負う、濃灰のマントを着た男が、わざわざ不良少年たちの集団の真ん中を通ろうとしていた。まるで、目的地までは最短距離を通っていきたいかのようだ。そういうロボットじみた判断しかできない存在でなければ、こんな危険な「道」を通るまい。
「オッ、なんだ、どける気はねェってか?」
 男は何も語らないが、彼が背負っている棒のしゃれこうべがカタカタと早口でしゃべり続けている。
「知らねェぞォ、旦那は怖ァい怖ァい死神ダスト様だぜ」
「あァ? 死神ィ?」
「バーカ。本物の死神なワケねェだろ。ただのムービースターだ」
「カミサマだの天使サマだの、ホント多いよな。マジうぜェ」
「ケケケケケ! そんなコト言っちゃっていいのかなァ? 確かに旦那はムービースターだ。でもよォ、何でもかんでも殺しちまう力は、『ホンモノ』なんだぜ。試されてみッか?」
「なんなんだよ、っせーなこのドクロ野郎! 腹話術かよ!」
 少年のひとりが、がッと『死神』ダストの胸倉を掴んだ。
 死神は相変わらず黙したまま、表情も変えない。しかし、棒の先のしゃれこうべはカタカタケタケタと、いっそう激しく顎と歯を鳴らした。
「ヒャハハハハ! てめェの度胸も『ホンモノ』かもなァ!」
「この――」
 ダストの胸倉を掴む少年が、拳を振り上げたときだ――

 月が口を開けたような気がした。



「ぉぉおっひょおおおおぅ! 旦那、ダストの旦那! 早く起き上がって見てみろって。こいつはすげェ……」
 ヒヒヒヒヒ。
 仰向けに倒れたダストの背中で、しゃれこうべがケタケタ嗤う。
 ダストも、少年たちも、皆倒れていた。直前までダストの胸倉を掴んで殴りかかろうとしていた少年も、ダストのもとから数メートルも離れ、うつ伏せになっている。
 急かすしゃれこうべに従ったのか否か、ダストはゆっくり起き上がった。そして、のろのろと周囲を見回す。
 満月は赤く膨れ上がり、その無数のクレーターやひび割れが目視できるほどになっていて、西の空に沈みかけていた。異様な月が見下ろす大地には、中世の街並みを思わせる廃墟が広がっている。傾いた煉瓦造りの時計塔の周囲に、黒ずみ、朽ち果て、破壊された建物が林立していた。赤い月が昇っているわりに、街を照らし出す妖しい光は、青とも緑ともつかない。打ち捨てられた、と言うよりは、住人がすべて死に絶えたために無人となったかのような……不気味で、寒々しい空気が、町のいたるところを音もなく流れ漂っていた。
「違う世界に来ちまったみてェだな、ケケケ。お気の毒様。ここの人間どもはなんて言ってたかなァ? そぅ……ムービーハザード、だ。ヒャハハハハ!」
 しゃれこうべは、何が楽しいのか、ひときわ大きな声で哄笑した。
「ヒヒヒハハハ――、おッ?」
 初めて、ダストが行動らしい行動を取った。にぎやかなしゃれこうべがついた長い棒を手に取り、背中から抜いたのだ。しゃれこうべはその一瞬だけ口をつぐんだが、また笑いだした。
 女の悲鳴が聞こえた。なんなのこれ、どこなのよここ――そのようなことをわめいている。あまり遠くではなさそうだが、ダストの視界にいる人間は、つい直前まで彼に絡んでいた少年たちだけだった。
 女はひとりだけではないようだし、中年男性らしき人間の驚いた声も聞こえてくる。このムービーハザードに巻きこまれた人間は意外と多そうだ。
「ヒヒヒヒ……旦那、感じるか? 俺サマにはよぅくわかってる。面白くなりそうじゃねェかァ」
 今やしゃれこうべが声を落とし、ささやくように笑っている。
 骨の髄まで沁み入るような冷たい空気に、変化があったのだ。
 ダストが黒い長い棒を無造作に振る。世界に落ちる不可思議な色の光が、棒の先についた凶悪な刃を、ほんの一瞬照らし出した――しゃべるしゃれこうべがついた棒は、大鎌だったのだ。
「うわぁ! うわぁぁ、なんだこいつらぁ!」
「ひぃ!?」
 意識を取り戻し、立ち上がった少年たちが、世にもあわれな悲鳴を上げる。
 無理もない。
 廃墟の中から、間から、暗黒の向こう側から、のたのたひたひたと……ぼろぼろの人影が現れたのだ。人影は一様に腐っていた。身につけている服も腐汁で黒ずみ、カビにまみれている。皮膚の上をウジとシデムシが這いまわっている。群がる蠅どもの羽音が、生物の鳴き声のように響いている。
 ハザードに迷いこんだ人々に押し寄せてくるのは、ゾンビだけではなかった。見上げると、虚空は青黒い人の顔と手が埋めつくされていた。その恐るべき空からは、怨嗟の声を上げて、髑髏じみた顔の悪霊が次々と降りてくる。
「助けてくれ! ひぃあああ助け、たすけてぇえ!」
「く、来ンな、来ンじゃねぇぇええぎゃああああ!」
 赤髪の少年にすがりつこうとした少年の背中に、青黒い霊が入りこんだ。まるで吸い込まれたかのようにも見えた。赤髪の少年が目を剥く前で、霊に憑かれた少年の顔と手はぐぽぐぽと音を立てて泡立ち、緑青色の煙を上げた。叫び声は人間のものではなくなっていった。そして、少年は破裂した。
 はじけた少年の身体からは、血まみれの、さっきよりも倍以上に大きくなった悪霊が飛び出してきた。
 髑髏の顔がにたりと嗤う。
 赤髪の少年はひたすら叫んでいるだけだった。横から手を伸ばして襲いかかってくるゾンビに対して、まるで、まったく、何もしなかった。掴みかかられ、耳と頬の肉をごっそりとひと口で奪われても、彼は血みどろの悪霊を見ながら悲鳴を上げているだけだ。
 死神にちょっかいを出そうとしていた不良少年たちは、瞬く間にその数を減らした。悪霊とゾンビの唸り声の中、ダストのしゃれこうべが大笑いしている。悪霊とゾンビは、ダストにも襲いかかってきた――が、ダストにその手や牙が触れた途端、ごそり、と異様な音を上げて消え失せていた。
 ごそん、ごそり、ごフり。
 ダストはその大鎌を振るうでもなく、ただ、歩くだけ。
 そう、いつしか彼は歩き始めていた。この、悪意に満ちた死が渦を巻く中を、平然と、もったいぶるような静かな足取りで。
「なんだァ、旦那。行き先がわかってンのか? ヒヒヒヒ、せめてもっとゆっくり歩いてくんねェか。せっかくこんな面白ェところに来れたんだ。ゆっくり楽しませてくれなきゃイヤだぜ、ケェッ、ケケケケケケ!」
 しゃれこうべは、この速度でも不満があるらしい。
 ダストは走るでもなく、周囲をうかがうこともなく、ただ悠然と、陰鬱に、歩き続ける。
 ごそっ、ごすっ、ごフ……。
 彼に触れたものたちは、相も変わらず、煙のように消え失せていた。

 逃げまどう女がいた。しかし彼女は、ダストを見ると、金切り声を上げて突進してきた道を戻っていった。ダストはまるで意にも介さず、歩調を変えずに歩き続ける。

 骸骨が嗤う。

 倒れている男がいた。ダストはただ前だけを見すえて歩き続けた。助けてくれ、お前もムービースターだろう。男はダストから何か感じ取ったのか、かすれた声で助けを求めた。男は右腕をなかばから喰いちぎられていて、身体中血まみれだ。だがダストはひたすら歩き続け、ついには男を踏みつけて、無言のままその上を通過していった。

 骸骨が笑っている。

 悪霊とゾンビどもの数が少なくなってきた。ダストにぶつかって消えたから……いや、理由はそれだけではなさそうだ。ダストが進む先は、次第に濃い霧のようなもので視界がふさがれ始めた。そして、その霧とも煙ともつかない灰色の向こうから、重々しい金属音が響いてくる。
「ヒヘヘヘヘ。旦那、モテてモテて困っちまうねェ! くカカカカカカカカカ……!」
 しゃれこうべの笑い声が弧を描く。
 ダストが、大鎌を振り上げたのだ。
 灰白色の向こう側から、甲冑と兜を身につけた骸骨が飛び出してきた。スケルトン――いや、ミイラだろうか――ちがう、そのどちらでもない。大きく開いた口の中には牙があり、大きくぽっかり開いた眼窩の奥では、強い光がまたたいている。
 邪悪な兵士たちの軍勢は、血と膿で汚れた長剣や槍を手に、咆哮を上げてダストに襲いかかる。しゃれこうべは嗤い、ダストは無言で、どちらも相変わらずだった。
 ぞぞぞぞぞぞフッ!
 大鎌のただの一閃が、続けざまに6人の兵士を薙ぎ払う。
 ぞぞぞぞぞぞハッ!
 返す一閃が、さらに6人。
 無造作な身のこなしで兵士たちを蹴散らしながら、ダストはやはり前進を続けるのだ。
「ぉぉぉい、旦那ァ……アレが見えてるか? ヒヘヘ、こりゃ失礼、見えてるからそっちに向かってるんだよな。見てるだけでこう、ワクワクしてくんぜ。アンタもそうじゃねェか、なァ旦那?」
 しゃれこうべが言っているのは、城のことだ。
 無論、ということなのか――。ダストは、灰色の世界の中に浮かび上がる城に向かって歩いていく。
 城は禍々しく、あるいは背徳的で卑猥ですらある彫像やシンボルによってごてごてと飾り立てられていた。それは大いなるガウディが手がけたサグラダ・ファミリアにも通じるものがあった――数えきれない彫像が結集し、ひとつの芸術的な建築物として成り立っているのだ。
 兵士はあきらめることを知らず、絶えずダストに挑みかかっていた。しかし対するダストもまた、あきらめも恐れも知らぬ。彼はついに、城門を超えて、城の中へ入っていった。


「……ヒ、ヘ。なんだァ、静かになっちまいやがって。どうしたってンだ」


 しゃれこうべの声が陰々と響きわたる。
 ダストは鎌をだらりと引っ提げたまま、灰と黒の城内を進み続けた。人間ならば凍えて倒れてもおかしくない冷気が満ちあふれ、風は止まり、生者の気配は微塵もない。しゃれこうべが顎を鳴らすカタカタという滑稽な音と、しゃれこうべの耳障りな含み笑いが聞こえるだけで、ダストの足音すらも聞こえない。
 入口からただ一本だけの道は、延々と続いているかに思われた。
「とまれ」
 骨を寄せ集めて作られた大きな柱の影から、黒いローブの人影がふたつ現れ、ダストの前に立ちはだかる。黒いローブは、黒い大鎌を手にしていた。
「フヒェヘヘヘヘヘ! いいねェ、いいモン持ってんじゃねェか。親近感湧くぜ。でもよ、どかねェとてめェらも喰われちまうぞ」
「冥王の御前であるぞ。愚か者めが」
 黒いローブのフードの奥から、陰鬱な警告が漏れ出てきた。フードの奥に顔があるのかどうかさえわからない――そこにあるのか、深い闇だけ。
 ダストがゆっくり顔をめぐらせ、警告を発したローブを見つめた。
 そのときだ――

「さがれ」

 正面の闇の奥から、低い声が飛んできた。
 飛んできた、とは言うものの、その声は床を這って近づいてきたようでもあり、空気のすべてが震えたかのようでもあった。
 ダストの行く手を阻んだ黒ローブが、静かに大鎌を下ろし、その命令に従おうとした。その瞬間、今までどこか事務的に、気だるげに鎌を振るっていたダストが、目にもとまらぬ速さで得物を振るった。
 ぞん、ぞん、
 下がろうとしていた黒ローブがふたりとも、たちまちダストの鎌の餌食になった。
 しゃれこうべがけたたましく嘲笑う中、ダストは再び歩きだした――が。

 ぞん!

 今の音は、ダストの両足が刎ねられた音だ。
 不可視の力で斬り飛ばされたダストの足は、城の壁に激突した。ダストは倒れたが、痛みに顔を歪めるでもなく、無言のまま顔を上げた。
 重い足音が近づいてくる。
 3メートルにも届こうかという背丈の人影が近づいてくる。
「うぬは何者か」
 黒い全身鎧と、角のついた兜をかぶった巨漢が、ダストを見下ろした。
 先ほどの側近らしき者どもが言っていた『冥王』とは、彼者に違いあるまい。禍々しい異形の兜の目出し孔の奥では、星のような光が輝いていた。
「何ゆえ、我が覇業を阻もうとする」
「覇業だァ? アホかッばァか! てめェがやってるこたァ殺しと死体遊びだ。どっちもこの死神様にだけ許されたお仕事と娯楽なんだよ、カン違いしてんじゃねェケケケ!」
「死神だと。ほほう、面白い」
 しゃれこうべの哄笑にかまわず、冥王は低い含み笑いを漏らした。
 ダストは足を失って床に這いつくばっていたが、その体勢のまま、ケラケラ嗤う大鎌を振るった。
「ヘヒャハハハハ死ねッ死ね死どぉぉおおおおおぇア!?」
 ばヅん、と異様な音とともに、しゃれこうべつきの鎌ははるか彼方へ吹っ飛んでいった。冥王が手を振ったわけでも呪文を唱えたわけでもなかったのに、ダストの右腕は爆ぜて、ミリ単位の肉片と血しぶきに変わったのだ。
 続けざまに、左腕も潰された。両手と両足を失ってもなお、ダストは首をもたげて冥王を見上げている。
「うぬに死神としての使命があるとすれば、冥王たる儂にも使命がある。それは、我が力の領域を拡げることだ――神をも呑みこむ冥界を創り上げねばならぬ。愚かな人間どもが、力を貸してくれるのだ。人の魂に触れるうぬならば、心得ておる筈だ……人間が抱く負の感情は、海よりも深く、大きいということを」
 冥王は訥々と語り、ダストに向かって手を伸ばした。
 首をひねり潰すつもりだったのか、ただ持ち上げるつもりだったのか、わからない。冥王はダストを掴む前に、はたとその手をとめたのだ。
「……何だと……?」
 ダストの傷口から噴き出す血は、
 赤くなかった。
 闇の色だった。
 闇の中で、「かれら」はうごめく。冥王ばかりか、世界を、人間のすべてを、しゃれこうべを、激しく罵り、憎しみ、嘲っていた。ダストの血は意志を持つ液体のようにのたうち、空気の中で身をよじり、人や魔獣の姿を取っては崩れ落ちていく。
 冥王は手を引き、後ずさりさえした。
「うぬは死神などではない……」
 黒い血はダストの傷口に吸い込まれていく。
 冥王がもう一歩後ろに下がった瞬間、ダストは立ち上がっていた。黒い血煙は、たちまち彼の手足と鎌になったのだ。
「うぬは、『死』という概念そのものだ……」
「ヘヒャハハハハハ! どこが違うッてんだよォオ!」
 ダストが間合いを詰めるのに、一秒もかからなかった。
 嘲笑う大鎌の刃が、冥王の身体に触れた――。



 銀幕市の今夜は、妙な色の空に見下ろされていた。
 白々しいくらいに美しい満月は、飽きもせず、山吹ともオレンジともつかない光を落とす。
 光は、汚らしい路地裏にも、等しく降り注いでいた。月光が、プレミアフィルムと、血まみれで倒れる少年たちと、鎌を引っ提げた死神をぼんやり照らし出す。
「あ、あ、血、痛ェ、血が出て……。あ、た、助け……て……」
 手首から先を引きちぎられた右腕を伸ばし、坊主頭の少年が、灰色の男に助けを求めた。
 しかし死神は、何も言わずに脳天に鎌を叩きこむ。
 新たな悲鳴が上がった。ぼろぼろに傷ついた女が、その光景を目の当たりにして、一目散に逃げていく。彼女にとって、ムービーハザードの悪夢はまだ終わっていなかった。ダストは悪夢の続きにすぎなかった。
 ケケケケケケケケケケケケケケ。
 ヒイッヒイッヒイッヒイ、
 ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ。
 もう、煙草と酒の匂いはしない。路地裏に居座るのは、そんな、耳障りな哄笑だけだった。




〈了〉

クリエイターコメントオファーありがとうございました。何のひねりもないタイトルとキャッチコピーですが、諸口の大好きな言葉です。この言葉を、わたしが持つ死神観に限りなく近いダスト様に捧げます。
公開日時2009-07-12(日) 18:00
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