★ 無際限ショウ ★
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
管理番号105-2474 オファー日2008-04-04(金) 22:44
オファーPC 小暮 八雲(ctfb5731) ムービースター 男 27歳 殺し屋
ゲストPC1 薄野 鎮(ccan6559) ムービーファン 男 21歳 大学生
ゲストPC2 千曲 仙蔵(cwva8546) ムービースター 男 38歳 隠れ里の忍者
ゲストPC3 フェルヴェルム・サザーランド(cpne6441) ムービースター 男 10歳 爆炎の呼び子
<ノベル>

 生温い空気の中、小暮 八雲(コグレ ヤクモ)は辺りを見回す。
(これは、夢だ)
 辺りはしんと静まり返った廃墟で、時折音もなく風が吹いて塵が舞う。歩んでみるものの、足の裏に感触はない。ふわふわと浮いているような感じだ。
(喉が渇いたな)
 八雲はふわふわの中を歩く。夢だと自覚しているのもおかしいが、それでも喉が渇くという生理現象に対処しようとする自分もおかしかった。夢だと分かっているのならば、いかに水分が差し出されたとしても、喉の渇きを癒す事などできない。
 しかし、夢だと分かっていても喉の渇きを癒そうとする行為をおかしいと思わない事こそが、夢ならではだ。
(あ)
 八雲は不意に足を止める。目の前に、見慣れた後姿がある。
(師匠)
 彼女は前を向いていた。八雲は声をかけようと歩み寄ろうとするが、中々追いつけない。
(師匠!)
 再び叫ぶ。が、声が出ない。声が出ることなく、ただ喉が渇くのを感じるだけ。
「……どうした、八雲。お前らしくない」
 くつくつと笑いながら、師匠が話しかけてきた。話しかけた事を師匠は気付いていた。声など出ていなくとも。
 八雲はほっとしつつ、師匠に近づこうとする。
「お前は、あの世界で生きると決めたのだろう? それなのに、どうして私の影を追う」
(師匠の影、ですか)
 師匠はただ立っているだけだ。ぴしっと背筋を伸ばし、逆風を気にすることなく立っている。
「お前は別物だと分かっている筈だ。どうして惑う?」
(それは)
 八雲は言葉を詰まらせる。師匠が言いたい事に、ようやく思い当たったのだ。
 師匠が言うのはつまり、師匠の真似をした薄野 鎮(ススキノ マモル)の事を言っているのだ。確かに、八雲は鎮に師匠を重ねてしまった。まるで師匠のようだと、むしろ師匠そのものだと。
(師匠は、師匠だと分かっています。俺はちゃんと、分かっています!)
 ぶんぶんと頭を振り、思いを断ち切るかのように八雲は言い放つ。すると、師匠はくすくすと笑い「そうか」と言いながらくるりと振り返った。
「本当に、分かっているの?」
(なっ……!)
 振り返ったのは、鎮だった。鎮がくすくすと笑いながら、立っている。
「やっぱり重ねちゃっているんだね、八雲さん」
 鎮はそう言って、にっこりと笑った。師匠とは違う、いつもの鎮の笑みだ。
(喉が……喉が渇いた……)
 八雲は喉を押さえる。何処となく息苦しくもなってきた。
 その場にばたりと沈み込む八雲の傍に、鎮がしゃがみこんで微笑む。
「大丈夫? 八雲」
 その声は、その言い方は、紛れもなく師匠そのものであった。


 息苦しさを憶えたまま、八雲は意識が浮上してきた。
「中々起きませんね、八雲さん」
 フェルヴェルム・サザーランドの声が聞こえる。
「そうだな。ここまで起きないと、むしろ息をしているかどうかも疑問となるな」
 千曲 仙蔵(チクマ センゾウ)の声が聞こえる。
「やっぱり、私が炎で起こした方が良かったのではないでしょうか」
「いや、まて。それだと燃えてしまうかもしれない」
「大丈夫です。やり過ぎないように、注意しつつやりますから」
「なるほど」
 こくこくと頷く仙蔵。フェルヴェルムは「それでは」と言って、ゆっくりと手を掲げた。
「……なるほど、でも、それでは、でもねぇよ!」
 がばっと勢いよく、八雲は起き上がる。フェルヴェルムと仙蔵は「おおー」と感心しつつ、手を叩いている。その際、顔に何かがついているのに気付き、それをべりっとはがす。
「またお前か、雨天」
 ぷるぷると、八雲はバッキーの雨天を持つ手を奮わせる。雨天はきょとんと小首を傾げて、八雲をじっと見ている。
「お兄ちゃんが、起こす時に使っても良いよって言ってくれたんです」
 フェルヴェルムは、そう言ってにっこりと笑う。
「使わなくてもいいよな?」
 ふるふると震える八雲に、仙蔵が「あっはっは」と笑う。
「そう言うな。中々似合っていたぞ」
「これを似合うとか似合わないとかカテゴライズしようとするのが、まず間違いだと分かってくれ」
 さらに震える八雲に、仙蔵とフェルヴェルムは顔を見合わせ、口々に「悪い」だとか「ごめんなさい」と言った。
「ちょっと悪乗りが過ぎたな。朝食だそうだ」
 仙蔵の言葉に、八雲は「やれやれ」と息を吐き出す。フェルヴェルムは雨天を受け取り「お兄ちゃんの所に行きましょう」と声をかけている。
 仙蔵とフェルヴェルムの後に続きつつ、八雲は思う。二人とも、すぐに謝ってくれるのだと。その点においては、住人の中でもまだマシな方ではないかと。
「早く来い、八雲」
 突然かけられた声に、びくり、と八雲は体を震わせる。
 師匠の声だ。
 いや、正しくは師匠の真似をする鎮の声だ。
「ええい、くそ!」
 吐き出すように言い放つと、八雲はリビングへと向かう。
「鎮さん、止めてくださいよ」
「あはは、おはよう、八雲さん」
 カップにコーヒーを注ぎながら、鎮が声をかけてくる。その顔には、明らかに悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
 最近、鎮がよく八雲をからかう。数日前、対策課からの依頼をこなす為に鎮が女装し、その際手本として八雲の師匠を選んだ。結果、元々似ていた顔つきに加えて言葉や動きまでもが師匠に似る事となったのだ。
 鎮だ、と八雲は頭では理解している。だが、悲しいかな。頭でどれだけ理解していたとしても、今までの習慣と言うものは中々抜けない。師匠に呼ばれたらびくりとなるのは、仕方がないというものだ。だから、八雲としては既に女性のふりをする必要のない今、師匠の真似はしてほしくない。
 しかし、そんな八雲の様子を見て、鎮が面白いと思ってしまった。八雲がどんなに止めて欲しいと頼んでも、鎮は師匠の真似をする事を止めない。それどころか、どんどん上手くなって師匠そのものと言ってもおかしくないレベルにまで達してきている。
(これは、由々しき事態だ)
 八雲はコーヒーを受け取りながら、渋い顔をする。今まで散々やめてほしいと頼んでいるのに、笑ってはぐらかされるだけだ。
「どうしたんだ、八雲殿。腹でも痛いのか?」
 仙蔵が尋ねてきた。八雲は「別に」と答え、コーヒーをすする。
「朝、やりすぎちゃいましたか?」
 フェルヴェルムが尋ねてきた。八雲は「いや」と首を横に振る。
「朝って?」
 不思議そうな鎮に、仙蔵とフェルヴェルムが朝の出来事を説明した。すると、鎮は再びにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「お前はそんなにやわじゃないよな、八雲」
――ぶふっ!
 またもや行われた師匠の真似に、思わず八雲はコーヒーを吹き出すのだった。


 朝食後、八雲は自室で大きなため息をついていた。
(鎮さんは、師匠じゃないって事は分かってる)
 鎮が悪戯心で、師匠の真似をしているという事も。
 ならば、動揺しなければいいだけの話だ。鎮が師匠の真似をしても、気にすることなく笑って流していれば、いつかは飽きてやらなくなってくれるだろう。
 そこまでしっかり分かっているのに、いざ鎮が師匠の真似をすると上手くいかない。笑って流す事もできないし、それどころか体がびくりと震えて思わず師匠といいたくなる始末。
「どうにかしねぇと」
 ぽつり、と八雲は呟いた。どうにかしなければ、延々と鎮は師匠の真似をし続ける。そうしてそのたび、自分は鎮と師匠を重ねてしまう。
(俺は、この世界で生きると決めたんだからな)
 八雲は立ち上がる。今、鎮は出かけている。ならば、今のうちに誰かに相談してみると良いかもしれない。
「問題は、誰に相談するかだよな」
 薄野家の住人達を一人一人思い浮かべ、考える。自分をからかうことなく、どうしたらいいのかという打開策を一緒に探してくれそうな者がいい。
(そういえば)
 ふと、気付く。朝、仙蔵とフェルヴェルムは自分にいらない事はしたけれども、すぐに謝ってくれた事を。
 忍者である仙蔵は、主君に仕える者だ。秘密を守る事は必須事項だし、こういった悩みにも真摯になってくれそうな気がする。
 そして、フェルヴェルムはなんといってもまだ子どもだ。自分の悩みを、親身になって考えてくれそうな気がする。
 八雲は「よし」と呟き、部屋を後にする。
 思えば、ここ最近続いた鎮の「師匠の真似」によって、ストレスが溜まっていたのかもしれない。だからこそ、正常な判断が出来なかったのだろう。
 後にそう、八雲は語る。


 リビングに行くと、仙蔵とフェルヴェルムがテレビを見ながらお茶を飲んでいた。テレビは他愛も無いバラエティ番組で、それをあーでもないこーでもないと話しながら観ていた。
「おい、ちょっといいか?」
 八雲が話しかけると、二人は同時に八雲の方を見た。仙蔵は「お茶、入れるか」と言って湯飲みにお茶を入れ、フェルヴェルムは「いいですよ」とあっさり頷いた。
「相談がある」
「どうした、一体」
 茶の入った湯飲みを八雲の前に置きながら、仙蔵が尋ねる。フェルヴェルムはテレビの電源を切り、じっと八雲の言葉を待っている。
 八雲は一つ息を吐き出し、二人に向き直った。
「鎮さんが、俺の師匠の真似をするのに、困っている」
 神妙な顔で言う八雲に、仙蔵とフェルヴェルムは同時に「へぇ」と答える。何とも呆気ない。
「へぇ……じゃねぇよ、へぇ、じゃ!」
 どんっ!
 八雲は思わず机を殴りつける。その拍子に湯飲みが倒れそうになり、仙蔵は慌てて湯飲みを手に取った。
「落ち着け、八雲殿。それだけではよく意味が分からないだけだ」
 仙蔵が再び湯飲みを八雲の前に置き、言う。八雲は「ちっ」と舌を打ち、湯飲みを手にして一口すする。
「鎮さんは俺の師匠に似ている。俺は、師匠には全く頭が上がらない。だから、真似をされると条件反射のように」
「萎縮してしまうんですね」
 きっぱりとフェルヴェルムが言う。八雲はあまりにもあっさり言われた事に面食らいつつも、なんとか「ああ」と頷いた。
「しかし、その程度ならば笑って流せば良いじゃないか」
 そういう仙蔵に、八雲は「できたらやっている」と答える。
「できないから、こうして相談しているんじゃねぇか」
「でも、お兄ちゃんは八雲さんのことを思ってやってくれてるんでしょう?」
 フェルヴェルムはそう言って、小首をかしげる。八雲は一瞬わけが分からず、思わず「はぁ?」と聞き返す。
「だから、お兄ちゃんは師匠さんと別れた八雲さんを案じて、あえて師匠さんの真似をしているんじゃないですか?」
「おお、それは有り得るな」
 仙蔵までもが頷きながら言う。八雲は「馬鹿な」と呟き、だん、と机を叩いて立ち上がる。
「鎮さんは、慌てる俺を見て楽しんでいるだけだ!」
「違うよ」
 突然した声に、八雲はびくりと体を震わせて振り返る。そこにいたのは、紛れも無く鎮本人だ。
「酷いな、八雲さん。僕は八雲さんが師匠さんに会いたがっていると思って、わざとやっていたのに」
 わざとらしく手を口元に持って行きながら、鎮が言う。突然の出来事に八雲が呆然としていると、更に仙蔵が「だよな」と口にする。
「ほらな、八雲殿。鎮殿は、ちゃんと考えての行動なんだ」
 ぐっと親指を立てながら、仙蔵が言う。
「やっぱりお兄ちゃんは優しいですね。八雲さんの思い過ごしですよ」
 こくこくと頷きながら、フェルヴェルムが言う。
「おおお、お前ら……」
 ふるふると八雲は小刻みに震える。
 仙蔵とフェルヴェルムは、完全に鎮の味方だ。更にもっと言えば、自分をからかう側にすっかり回ってしまっている。
 三対一。
 そんな構図に見えて仕方が無い。
 八雲はぐっと拳を握り締め、仙蔵とフェルヴェルムに何か言うのを諦め、鎮に向かって「鎮さん!」と問いかける。
「明らかに、鎮さんは俺を……」
「ひどいな、八雲。ただ、お前を思っての事だというのに」
(ぐはっ!!)
 八雲はがくっとその場に崩れ落ちた。丁度ソファがあって、崩れ落ちた八雲を柔らかく包んでくれた。
 師匠に言われたとしか思えぬ言葉、声、態度。師匠に言われたと認識してしまうのだから、体は当然のように従わざるを得ない。当たり前だが、何も言えなくなる。
 そんな八雲の様子に、鎮はにっこりと笑う。
「美味しいたこ焼きを買ってきたんだ。皆で食べようか」
「たこ焼き、いいですね!」
「ならば、茶を入れ直すか。たこ焼きと一緒に飲みたいからな」
 ソースの良い香りが辺りに漂い、鎮を中心にして仙蔵とフェルヴェルムが楽しそうに会話をしている。
(人選ミスだ)
 ぐっと拳を握り締めたまま、八雲は思う。
(俺は、そう、疲れているんだ。だから、だから……)
「八雲さん、たこ焼き食べようよ」
「おっと、鎮殿。それでは八雲殿が気付かないのでは?」
「そうそう、ちゃんと呼んであげないといけませんよ」
 仙蔵とフェルヴェルムの言葉に、鎮はこっくりと頷く。
「八雲、たこ焼き食べるぞ」
「は、はい!」
 びしっと立ち上がって返事をし、鎮に仙蔵、フェルヴェルムが笑っているのに気付く。
 八雲は再び崩れ落ちる。またもや柔らかなソファが迎えてくれる。
「お前だけだ、本当に」
 物言わぬソファに、八雲はポツリと感謝の意を述べるのだった。


<際限無くからかわれ続け・了>

クリエイターコメント こんにちは、続けてのオファー有難うございます。
 今回は前回の「再現ショウ」その後という事で、続き物っぽい題名をつけてみました。
 師匠さんの真似をされて慌てる八雲さん、という構図がなんとも書きやすくて楽しかったです。
 からかいに加わったお二人は、今回初めて描写させていただきましたが、いかがでしたでしょうか。イメージに近づけていれば、良いのですが。
 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。
 それでは、またお会いできるその時迄。
公開日時2008-04-18(金) 19:20
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