★ Flowers Detective ★
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
管理番号95-5146 オファー日2008-11-01(土) 00:10
オファーPC ギリアム・フーパー(cywr8330) ムービーファン 男 36歳 俳優
ゲストPC1 小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
ゲストPC2 SAYURI(chxx2187) エキストラ 女 37歳 女優
<ノベル>

 ──── ベイサイドホテル『天翔の間』 ──── 
 
 花が、溢れている。
 ひときわ目を惹く緋牡丹は芳紀(ほうき)、純白の大輪は白王獅子(はくおうじし)、品の良い薄紅は花競(はなきそい)、透きとおるような薄桃いろの端雲(ずいうん)、鮮やかな黄牡丹は金晃(きんこう)。
 ――そう。
 その日、銀幕ベイサイドホテルの広大なパーティ会場『天翔の間』を華やかに埋め尽くしている花々は、大女優SAYURIがこよなく好み、また彼女自身もそれにたとえられることの多い花の女王、カトレアではなかった。

 百花の帝王と呼ばれる、牡丹であった。

 ほどなく『天翔の間』に於いて、邦題を『探偵皇妃シシイ ―百花王の謎―』と定めたゴシックミステリ映画のプレミア試写会が行われる。
 この新作映画の主役は、オーストリア=ハンガリー帝国皇帝フランツ・ヨーゼフの妃、放浪の皇后の異名を持つエリザベートである。
 シシイとは、皇妃エリザベートの愛称だ。身分を隠して訪れた東欧の古城で連続殺人事件が発生し、皇妃が探偵役をつとめるという、異色な設定である。ヨーロッパで一番美しい皇妃と謳われたシシイを演じたのが東洋人のSAYURIであったことといい、斬新な演出とミステリとしての完成度の高さといい、話題には事欠かぬ大作だった。
 そしてSAYURIはこの映画により、ある古都の名を冠した賞を取っていた。
 権威あるこの賞は「本年度は該当なし」を多発する厳しさでも知られる。そのトロフィーは幻と呼ばれ、それを手にしたアクターは、生涯、演技者の王道を外れることはないとも言われている。
 したがって今日のプレミア試写会は世界中から注目を浴びていた。
 監督やメインキャストが揃って顔を見せる豪華さもさることながら、主演のSAYURIがトロフィーを手に会場に姿を見せるとあって、銀幕市の内外問わずに招待客とプレスが押しかけたのである。
 
 ──── 『天翔の間』レッドカーペット付近 ──── 

 去年の3月だった。このホテルのこの場所で、大女優の歓迎パーティが開催されたのは。
 ドレスコードは「black tie or lounge suit」。あまたの銀幕市民が集結して盛装を披露し、絢爛な料理に舌鼓を打ち、盛大なダンスパーティが行われ――その裏では、SAYURIに反感を持つ女ヴィランズ同盟、Blue Harpiesが暗躍し――
 今、思い返せば、きらめくシャンデリアのもと、カトレアの芳香に包まれて起きたあの事件は、Blue Harpiesの存在すらも含め、花と光で構成された脆い夢のようだ。
 あのときも小日向悟は、イベントスタッフとして駆り出されていた。
 我が儘な大女優の機嫌を損ねぬよう支配人が腐心していたこと、また、食欲旺盛な銀幕市民の圧倒的パワーにふらふらになりながらも、総料理長やパティシエたちが厨房で奮闘していたことなどが、セピア色の写真のように懐かしくも微笑ましく思い出される。
 戦場と化した料理テーブルを、悟は厨房スタッフと連携して的確に乗り切った。後方での皆の調査進行に目配りしながら。いたく感激した支配人は、今後イベントがあった際には可能なかぎりアルバイトに来て欲しいと懇願し、悟は了承した。ベイサイドホテルでの勤務時間数が、メインのアルバイト先だったはずの病院に匹敵するほどに増えたのはそれからだ。
 たった1年半前のことなのに。
 随分と時が過ぎて、すっかり年を取ってしまったような錯覚を感じるのは、あまりにもいろいろなできごとが、この街ごと自分を翻弄したからだろう。
 自分は、少しは変わったのか。
 それとも、変わっていないのか。 
 前髪を上げ、いつもは自然にはねさせている茶色の癖っ毛をディップできれいにまとめ、黒のベストに蝶ネクタイのスタッフ用支給服を身につけた悟は少し大人びていて、バトラーのようにも見える。人を和やかにさせる笑顔を絶やさずに、てきぱきと立ち働いている彼の胸中が、複雑な翳りに裏打ちされていることを知るものは少ない。
「すみません、プレスのかたは、もう少し距離を取っていただけますか?」
 牡丹の配置と色の並びを調整し、レッドカーペット脇に連なる取材班の面々に軽く注意を促し、悟は腕時計を確認する。
 ――時間だ。
 目配せをした先には、今日の司会進行をつとめる人気若手俳優、須藤祐貴(すどう・ゆうき)がいる。
 合図を受けて祐貴は頷き、開会の宣言を行った。
 いよいよ、ゲストの登場である。

 ──── レッドカーペット ──── 

 歓声が上がる。
 いっせいに、フラッシュが集(たか)れる。
 圧倒的なオーラを放つふたりの人物が、ゆっくりとレッドカーペットを歩んでくる。途切れぬ閃光の嵐に呑まれ、シルエットだけになっているというのに、ハリウッドスターの輝きは消えようもない。
 光のシャワーがおさまり、ようやく招待客は彼らのすがたをしっかり見ることができた。
 新たな会歓声がわき起こる。
 賞賛と、驚きだ。
 ふたりのうちのひとりは、当然ながらSAYURIだった。
 金色に輝くスリムなトロフィーを持ったカトレアの化身は、今日は珍しくも、タイトルの『百花王』にちなんだ牡丹の意匠のドレスを着こなしていた。
 白い胸元に咲いたコサージュ、艶やかな黒髪に添えた髪飾り、どちらも大輪の紫牡丹だ。花びらのひとひらひとひらに繊細な細工を施し、上質の絹で造られた花は、会場の生花に負けじとばかりに大女優の華麗さを彩っている。
 そして、もうひとりは。
(……ギルさん……!)
 意表を突かれ、悟は目を見張った。
 トロフィーを持たぬほうのSAYURIの手を、皇妃の騎士さながらに恭しく取り、エスコートしていたのは――
 悟の、年の離れた友人、ギリアム・フーパーだったのである。アルマーニ・ブラックラベルのオーダーメイドスーツがその長身に似合っていて心憎いばかりだ
 ギリアムと試写会との組み合わせも、SAYURIと一緒なのも、それ自体は不思議でも何でもない。
 そもそも悟は、先週の日曜日に聖ユダ教会を訪ね、神父と挨拶を交わしていたとき、ミサに参加していたギリアムとも顔を合わせていた。そのとき本人から、
「試写会があるんだが、来ないかい?」
 と、誘われていたのだ。
 しかし悟がギリアムから告げられた日時、すなわち今日の予定は、ベイサイドホテルの支配人によってすでに押さえられていた。SAYURIが大きなイベントに出席すると必ず何かが起こると踏んでいる支配人は、悟のスタッフ参加は言わずもがな、打ち合わせ段階から参加してほしいと要請してきたのである。
 だから悟は、丁重に断るしかなかった。
「残念……! すごく行きたいけど、どうしても断れないバイトが入ってるんです」
 試写会の内容については詳しくは聞かなかったが、てっきりギリアムがメインの映画だと思っていた。
 彼が主役をつとめるアクション映画の試写会は、銀幕市でも何度も行われている。招待券の抽選倍率は常に高く、彼の人気がうかがい知れる。
 そしてギリアムは過日、SAYURIが過剰な罪の意識に苛まれて失踪した件で――悟はそれをティターン神族の暗躍だろうと考えている――昴神社におもむいて彼女を救出したばかりだった。
 たとえそういった経緯がなくとも、もともとハリウッドで面識と交流はある仲である。今回のエスコート役を仰せつかったのも頷けなくはないが、しかし。
(でもギルさんは、この映画には出演していないはず――)
 以前、ギリアムから「SAYURIと共演したことがなくて残念だ」という意味合いのことを聞いたことがある。
 そして実際、ギリアムはこの映画のキャストに名を連ねてはいない。
(それに、祐貴さんも……)
 須藤祐貴はクランクイン当初、キャストのひとりだった。皇妃をつけ狙うテロリストという、登場シーンは少ないながら印象的な役どころとして広報されたはずだ。各方面に多大な影響力を持つ事務所に祐貴は所属しており、その強力なプッシュより得たチャンスのようだった。
 しかし。
 祐貴の演技力は、監督の要求する水準を満たしていなかった。また、こと演技となると自分にも共演者にも厳しいSAYURIも、容赦なく彼の力不足を指摘した。
 ――彼は降板した。
 そのあと、誰かが祐貴の代役になるということもなかった。脚本を見直した監督が、テロリストと皇妃が対峙するシーンそのものを削ったからだ。
 皇妃を狙うテロリストは、実態のない影として、シルエットのみで現された。
 ときには月明かりに照らされた石畳で、ときには灯がともり始めた街の古い煉瓦壁で、無骨な猟銃を構えた『影』が皇妃に照準を合わせる。しかしその影は、皇妃以外には誰にも見えない。はたして引き金が引かれることがあるのか、そのとき何が起こるのか、謎を残したままエンドロールをむかえる――そう変更された。
 史実によれば、皇妃エリザベートは無政府主義者ルイジ・ルケーニによって、レマン湖のほとりで暗殺される。凶器は銃ではなく刃のように尖らせたやすりであったし、その動機も、王族なら誰でも良かったと思われるふしがある。
 実在の暗殺者については、映画では一切反映されていない。作中でテロリストが向ける銃は、『探偵』であるシシイに対してのものだ。『探偵』はその業ゆえに、いつか誰かに狩られることになるというアイロニーがこめられているのである。
 それにしても――
 よりによって、自分が降板した映画の試写会の司会進行を引き受けるとは。
 最初は、同じ事務所の別の俳優に来た話だったものを、どうしても自分がやりたい、この映画に少しでも関わりたいといって本人が希望したとのことだが……。
 今、何の屈託もなさそうにプロフェッショナルな司会ぶりを見せている祐貴を、悟は密かに見やる。
 一方、プレスや招待客は、豪華ゲスト出現のサプライズに大喜びだった。
「ギリアムさんに会えるなんて思いませんでした。ゲスト予定には入ってなかったのに、すごいです!」
 女性記者のひとりが、興奮した面持ちで言う。
「急遽、どうしてもって、エスコート役を仰せつかってね。だが、きみの目障りになるなら消えるとしようか」
 SAYURIの手を取ったまま、ギリアムは片目を瞑ってみせる。
「えっ、えっ、そ、そんなんじゃないですあの。うれしくてびっくりしてその」
 真っ赤になって口ごもった女性記者を押しのけ、他の記者が発言する。
「おふたりがそんなに仲がいいなんて、驚きですね」
「あら。ギルは大切なお友達よ。この前もね、ある場所でわたしが困ってたら、駆けつけて助けてくれたの」
「当然のことをしたまでさ。それにSAYURI。あのことは、俺たちだけの秘密じゃなかったのかい?」
「……ふふ。そうだったわね。ごめんなさい」
「ちょっとちょっと。何ですかその意味深な会話は。ギリアムさんは結婚してるじゃないですか」
「Shhhh... このことは、ワイフには内緒にしておいてくれないか? そこのスタッフのきみもね」
 ギリアムのほうも、この場に悟がいる事情に気づいたようだ。記者に応酬しながら再びウインクを投げ、茶目っ気たっぷりに唇の前に人差し指を立ててみせた。
 サービス精神にあふれたパフォーマンスに、会場がどっと沸く。
 矢継ぎ早の質問にギリアムは陽気に答え、SAYURIは婉然と微笑む。
 招待客がカメラを向けると、わざとSAYURIの肩を抱いて見せる。
 高揚した雰囲気の中――
 頃合いを見計らい、試写会場への移動を祐貴が促した。
  
 ──── 試写会場 ──── 

 上映は問題なく行われた。
 悟は警備がてら最後部座席の後ろに立ち、試写会場全体を見ていたが、特に変わった様子はなかった。
 映画の出来映えはすばらしかった。
 エンドロールと同時に、ホテルを揺るがすほどの拍手が鳴り響く。

 ──── 試写会場出入口扉脇 ──── 
 
 上映終了後は、『天翔の間』にて立食パーティーが行われる。
 感動醒めやらぬ招待客たちがスムーズに会場間を移動できるよう、悟は誘導に気を配った。
 あたかた皆が天翔の間におさまったと判断し、自分は給仕に入るべく場を移しかけたときだった。
 真っ青になった支配人が現れ、異変を告げた。
「こ、小日向くん。どうしよう。どうすればいいんだ私は……。ああ、もうおしまいだ!」
「落ち着いてください。いったい何が」
「トロフィーが……」
 両手を握りしめて振るわせ、支配人は言葉を絞り出す。
「上映中だけということで支配人室で預かっていたSAYURIさんのトロフィーが、盗まれてしまったんだ……」

 ──── 支配人室 ──── 
 
 花が、溢れている。
 支配人の机の上に。
 緋牡丹が、純白の牡丹が、薄紅の牡丹が、黄牡丹が。
 大輪の牡丹は、無惨にも首がもがれた状態で、机に乗せられていた。

「トロフィーは、ここに置いたんですね?」
「そうなんだ……。なのにトロフィーはなくなってて、代わりに牡丹が……」
「この部屋に鍵は?」
「かけていない。かえっておおごとで、目立つだろうからと」
「……そうでした、打ち合わせ段階から、そういうお話でしたね」
 映画上映中は、トロフィーは支配人が預かり、立食パーティに移行した段階でSAYURIに返す。
 単なる一時的な保管であったから、そのやりとりにさしたる問題は発生しないはずだったが……。
「――とすると、物理的には、誰にでも犯行が可能ということになります」
 試写会場からパーティー会場へ移動するふりをして支配人室に向かうことは簡単だ。『天翔の間』は支配人室と同じフロアにある。そして今日のベイサイドホテルは牡丹には事欠かない。
「だけど、そのタイミングを見計らうのはかなり難しいですね……」
 考えを巡らす悟に、支配人は縋るように言う。
「なんとか――SAYURIさんに気づかれないよう取り戻すことはできないだろうか。歓迎パーティのときのように。……いや、彼女の怒りが怖いとかいうのではなく、せっかくの賞の記念品だし」
「いえ、支配人」
 絢爛な花弁を散らしている牡丹を見つめ、悟は断言した。
「これはSAYURIさんとギルさんに対する挑戦です。おふたりにお知らせするべきだと思います」
「……ふたりに? SAYURIさんだけではないのかね? ギリアムさんとトロフィーにどんな関係が」
「それは、ギルさんも『探偵皇妃シシイ ―百花王の謎―』の出演者だからです」
「そんなはずは」
「出演しています。重要な役で。それは犯人にとって大きな意味を持っている。試写を見てそれがわかりました」
 悟は早足で立食パーティ会場に向かう。
 不安そうな支配人に、何とかしますから、と、言い残して。

 ──── 『天翔の間』中央テーブル ──── 

 SAYURIとギリアムを取り囲んで、口々に映画の感想が語られていた。
 一番多かったのは、シシイの描写にたいする驚きである。悲劇の皇妃のイメージとはかけ離れた、親しみのある等身大の女性として描かれていたのだ。
 皇妃エリザベートの生涯は、ドラマティックな魅力に満ちた題材であるがゆえに、映画作品や舞台作品はおろか、さまざまな創作物で取り上げられている。そのほとんどが、運命に翻弄された彼女の悲劇性に焦点を当てたものだ。
 しかしこの映画では、彼女が公の場で取り繕おうとしたものをできるかぎり排除し、素朴な素顔をクローズアップしている。
 SAYURIは人々の意見にひとつひとつ頷きながら、自分の見解を述べる。
「そうね。アクティブで自分勝手で人の好き嫌いが激しくてマイペースで強引でお金使いが荒くて見栄っ張りでダイエットに必死で、妻としても母としても最低で、皇妃の責任さえときどき放り出して……それでも魅力的な、かわいい女性だと思うのよ。素で演じたんじゃないかって? まあ、わたしのことをそんなふうに思っているのね」
「俺は、シシイに置いてけぼりにされたおつきの者たちが、皇妃の足の速さに追いつけなくて、しかたなく馬車に乗って街中を追いかけるシーンが好きだね」
「さすがはギルね。目のつけどころが違うわ。あれは史実にもあるエピソードなのよ。シシイは自室をトレーニングルーム化してたほどだから、とても健脚なの」
「分析力と推理力のほうはどうだったんだい? 作中ではどちらかというとメイ探偵だったが。迷うほうのね」
「資質としてはワトソン役でしょうね。だから謎解きと事実上の事件解決はシシイお気に入りの若いメイドが担当してたのよ――ちょっと失礼」
 さりげなく近づいて耳打ちした悟に肯いて、SAYURIはそっと席を外す。
 悟の合図に気づいたギリアムも、少し間をおいてから、他のテーブル席に声をかけてくる、といった風情を保ちつつ、その場を離れた。

 ──── エレベーター前 ──── 

「何があったの?」
「何が起こったんだい?」
 歩きながら問うてくるハリウッドスターたちに、悟は事の次第を手短に話す。
「ジーザス!」
 ギリアムは天井を仰ぐ。
「事件発生か。『お客様の中に探偵はいらっしゃいませんか?』と言いたくなるようなシチュエーションだが、きみがいるから問題ないね」
「それで悟。犯人は誰なのかしら?」
 わかってて当然という口調で、SAYURIがさらっと言う。ギリアムは肩をすくめた。
「皇妃様におかれましてはゴムタイな。いくら悟でもそんなにすぐには」
「いいえ。わたしにもシシイ同様にワトソンの素養があるのよ。悟はもう、真相に辿り着いているはずだわ。そうでしょう?」

 ──── ベイサイドホテル地下駐車場 ──── 

 真っ赤なスポーツカーが一台、人知れず発進しようとしていた。
 ロングノーズ&ショートデッキのプローポーション。フェアレディZである。
 それは、須藤祐貴の車だった。
 駐車スペースから抜け出そうとしたフェアレディZは、しかし、3つの人影によって阻まれる。
 それぞれに、首のもがれた牡丹を抱えた、SAYURIと悟とギリアムだ。
 運転席をまっすぐに指さして、SAYURIは言い放つ。
「『この世には双頭の鷲よりも怖いものがありますの。あなたの心だけが知っている真実ですわ』」
 探偵皇妃シシイの決めぜりふだ。
「……そういうことです、祐貴さん」 
 静かにつぶやく悟に、祐貴は端正な顔を歪めた。
「どうして、わかった?」
「現場は誰でも出入り可能な状態ではありましたが、支配人室にトロフィーが置かれる手順とタイミングを見計らって行動できるのは、司会進行をつとめているあなたくらいですから」
「それは、打ち合わせ段階から関わっていた君も同様だろう? 支配人の信頼厚いアルバイトくん」
「ええ、だから容疑者はふたりいた。オレと、あなたと。だけど動機があるのはあなただけだ。あなたは、降板したテロリスト役をギルさんがノーギャラの友情出演でカバーし、高い評価を得たことが耐え難かった。シルエットだけの演技に、懸命に演じた自分がそれほど劣っていたのかと」
「そんな程度のことで百花王の首をもぐなんて、むごいことをするね」
 真紅の牡丹を手のひらから溢れさせ、ギリアムは祐貴に突きつける。
「花は愛でるものだ。八つ当たりの対象ではないよ」
「あんたに何がわかるんだ! 何でもそつなくこなせて、おいしいところだけさらっていく、あんたに!」
「フゥム。きみは嘘が苦手な正直者だね」
「それは、ほめてるのか?」
「もちろん、ほめてない」
「畜生!」
 フェアレディZは無理な位置から急発進した。
 隣に駐車していた車両とぶつかってこすれるのも構わずに、3名の糾弾者に突っ込んだのだ。
「危ない、SAYURI!」
 ギリアムは敏捷に腕を伸ばし、真っ正面にいたSAYURIの腰を横抱きにする。
 SAYURIを庇いながら、背中から床に倒れ込む。
 間一髪。
 ギリアムのスーツの裾を裂いて、フェアレディZは駐車場を後にした。
 牡丹が崩れ、真紅の花びらが駐車場に散らばっていく。
 
 ──── 海岸線道路 ──── 

 ハリウッドスターふたりとホテルスタッフがひとり、赤いスポーツカーを追いかけて、ベイサイドエリアの海岸線道路を走っている。
 その光景はあまりにも非日常だったが、道行く人々は驚くどころかむしろはしゃいで携帯をフォトモードにする。
 映画撮影だと思われたようだ。
「……ねえ、ギル。いくらあなたがタフでも、スポーツカーを走って追いかけてる今の状況って、映画人としてどうなのかしら?」
「そう言いながら一緒に走ってくれるSAYURIもタフネスなレディだ」
「健脚でなければシシイは演じられないもの。悟もすごいわね。全然息切れしてないじゃない」
「あはは。無駄に身体能力が高いって、よく言われます」

 驚くべきことに、3人はフェアレディZに追いついた。
 何となれば、海岸線道路は本日工事中で、交通規制がなされていたからだ。
 正直者の祐貴は、交通規制を素直に守り、車を停車させたのである。
 
 ──── 再び、支配人室 ──── 

 すばらしい仕立てのスーツをざっくり破かれ、白いシャツにところどころ赤い染み(牡丹の花がつぶれたときに付着したもので、血ではない)をつけたギリアムと、ディップが落ちて髪がはね、スタッフ服を土埃まみれにした悟と、ドレスも髪も何事もなかったかのように崩れていないSAYURIと、そして、項垂れた祐貴を前にして、支配人はそれはそれは驚いたが、ひとまずは安堵した。
 SAYURIの手にはトロフィーが戻っており、そして、立食パーティは順当に続いていたからである。
「ええと。ありがとう小日向くん。SAYURIさんもギリアムさんもおつかれさまです。まだよく把握できないんだが、須藤さんが犯人だということでいいのかな? しかし困った、お開きまでの司会進行をどうしよう?」
 とぼけたことを言う支配人に3人は顔を見合わせる。
 このひとのことはおまかせします、とだけ言い置いて出てきてしまった。
 
 ──── 『天翔の間』に向かう廊下 ──── 

 ひと足先に、SAYURIはパーティ会場に戻った。
 中座した時間はさして長いものではなかったから、招待客たちはSAYURIが会場を出た理由を気にすることもなく、シシイ談義を再開してくれるだろう。
 花の女王を守り抜いた汚れ役の男たちは、廊下の隅で今後の打ち合わせをする。
「この状況だと、閉会までの司会進行はきみが引き継ぐしかないね」
「そうなりますね」
「俺は家に帰らせてもらっていいかい? この格好で戻ったら大騒ぎだ。皆にはうまく言っておいてくれたまえ」
「わかりました」
「服をこんなにして、ワイフは怒るだろうな……。言い訳も考えてくれるとうれしい」
「責任重大ですけど、がんばってみます」
 にこりと笑う悟に、ギリアムの瞳がこころもち気遣わしげに細められる。
「きみはいつもそうやって、誰かのために裏方の尽力をしているが……、きみ自身は助けをもとめたりはしないのかい? 誰しも心に何かを抱えているはずだ。たとえば、ユダやSAYURIが昴神社に囚われたきっかけのような、何かを」
「……それは……」
 悟の双眸が見開かれる。
「……オレがもし、助けてくださいと言ったら、受け入れてくれますか?」
「できる限りはね」
「では、いつか、オレの話を聞いてください」
「いつかって、いつだい?」
「そうですね。この街の魔法が解けたら、かな?」
「了解」
 ギリアムは片手を挙げ、踵を返す。
 その背に悟は一礼した。

 反故にされた牡丹の補充として、鉢が新たに運び込まれ、廊下に置かれる。
 まだつぼみだった緋牡丹が、パーティの熱気を受けたか、ふわりとほころんだ。
 
 
 ――Fin.

クリエイターコメントおまたせしました。思わず口笛を吹いてしまったほどゴージャスなオファーをありがとうございます!
徹底的に豪華絢爛な方向で捏造してみました(笑)。
悟さまの心情にちょっと踏み込みすぎたきらいがなくもないのですが、はずしていないことを祈るばかりです。
公開日時2008-12-13(土) 22:50
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