![](../images/corner1.gif) |
|
![](../images/corner2.gif) |
|
<ノベル>
「はいっ先生!」
「なんですか助手A」
「Aって!Aって!」
「早く用件を言ってください、こちとらゴミ掃除するので忙しいんです」
「なんかこの人たち色々と、なんていうか馬鹿なんじゃないのとか思きぁああああああ!?」
医者にも助手にも失礼なことを言われまくっているにわかテロリストはぷちっとこめかみの血管を切って絶叫した。
「お前ら馬鹿にしてんのかぁぁ!」
★★★
その日、神月枢はせっせと診療所内の禁煙ポスターを張り替えているところだった。
本来そんなマメな性格ではない神月だが、小さいとはいえ仮にも医療機関で煙草を吸う医者が約一名いやがるのだ。
『絶対禁煙』と張り紙をしても「絶対」を消して「少し」と書き換えたり、「禁煙」の下に「日」と書き足して日付が書き込み、一日限りの禁煙にしていたりと、無駄な足掻きをしまくることこの上ない。
実を言うと神月が禁煙を主張するのも自分が煙草が嫌いだからという理由が九割九部九厘を占めていて、残りの一厘が「一応、医療機関だから」に該当するというのだから、喫煙家の医者もあまり真面目に受け取る気はない。
これだけ聞いていると運び込まれた患者にはご愁傷様と言うしかない診療所と思われるかもしれないが、そこら辺は見事なまでの外面の良さでカバーしているので問題はない。……ないのか?
とにかくもポスターを貼り終えた神月「院長先生」は、本日の診察に向かうべく踵を返した。
この診療所は慢性的な人手不足に陥っているので、ずっとヒマなんていう贅沢なことは言っていられないのだ。
普段なら喫煙家の医者が診察、神月は往診なのだが、今日は所用で出かけているとかで神月が診察を担当していた。
「では、次の方――どうぞ」
居心地抜群の待合室へ声をかけると、熱があるのか顔を真っ赤にした少年が入ってくる。
「風邪ですか?」
こくりと頷く少年、中学生くらいだろうか。声が出ないらしく、紙に字を書いて神月に見せてくる。
『喉が痛くて声が出せません あと熱が下がらないです』
神月は優しく頷いて手元のカルテに症状を書き込む。
「解熱剤を出しておきましょう。咳は出ていますか?」
『いえ、まだ』
もし神月の本性を知る者が見たら「お前誰だ!」と叫んで恐れ戦きそうな慈愛の表情を浮かべながら、「頼れる好青年の院長先生」は更に細かく質問を重ねていく。
それは、平穏な日常の一コマ。
時折怪しい客が訪ねて来ることもあるここでは、格段に平和な日。
神月の頭にへばりついたパステルブラウンのバッキーも、普段の気の荒さが嘘のようにうつらうつらしている。
平和な――穏やかな日だった。
その時までは。
◆襲来◆
「ね、そうだ、うちの猫、どうしてる?元気にしてる?」
「世話を任されたからにはきちんとやってるわよ、安心して」
「ごめんねー、あたしも急に入院なんて言われたから驚いちゃって、咄嗟に理音しか頼める相手が思い浮かばなくて」
「気にしないで。それより、そんなに心配なら早く元気にならなくちゃ。そうして退院して、愛猫の顔を見にいくといいわよ、きっと待ってるでしょうし」
「そう……そうね……」
臥竜理音は白く清潔なベッドに横になった知人を励ますように微笑んだ。面に感情を表すことの少ない理音にしては珍しい表情に、ベッドに横たわった女性もにっこりと笑う。
ベッドに横たわる女性もそれなりに整った容姿をしているが、理音はムービースターと間違えられそうな美貌と色彩を纏っている。紅く長い髪、金銀のオッドアイ。
それでも彼女がムービースターではないとわかるのは、バッキーを連れているからだ。シトラスカラーのバッキーの名前が《シトラス》なのは……きっと拘りがないからだろう。
容姿が整っているだけにまるで映画のワンシーンのように見えるが、実質平凡な見舞い風景だ。
部屋そのものは古く、それほど広くもないが、きちんと掃除され清潔に保たれている室内は、穏やかな陽光が控えめに射し込んで小春日和の暖かさだ。
療養には最適の環境に目を細めて、理音は暇を告げようとゆっくりと立ち上がった。
その時である。
――入院患者の部屋は二階にあるのだが――待合室や診察室がある階下から、怒鳴り声が聞こえてきたのは。
天野屋リシュカは神月診療所で働いている。
アクティブな雰囲気を纏って赤く染めた髪を揺らす二十三歳の彼女は、看護士の資格はない。しかし注射とかそういうのはできないが、手伝うことは色々あるのだ。時々ちょっとヤバ気な空気を漂わせた患者が来ることもあるが、給料はいい。
危ないことも給料の内、というやつだ。
院長先生も煙草吸ってる医者も何も言わないが、たぶんそうだと思っている。
そうだと思っているが……いささか今日のお客さんは危なすぎるのではないだろうか?
「動くな!」
突然突きつけられた銃に
「ぎゃあっ!?」
リシュカのしたことはとても単純だった。
驚いて勢いよく両手を上げる。
――ちなみに彼女の両手には注射器と分厚いカルテと何故かメスが並べられたステンレスのトレイがあった。
「次の方――」
「全員手を上げろ!」
神月の声を遮って張り上げられた声は銃声を伴っていた。
診療所のさして広くもない入り口から、どかどかと荒々しい足音を立てて暗緑色の迷彩服を着た男たちが雪崩れ込んでくる。めいめいにバンダナで覆面をした姿は洗練されてはいないもののその手に手に持った銃が危うさを主張する。
待合室は押し殺した悲鳴に溢れ、見張りのつもりかドアに男を一人残して、集団は診察室へずかずかと押し入った。
その際に「騒いだら撃つ」という脅しも忘れない。
「……なんですかあなた方は」
神月はまだ「好青年の院長先生」のまま眉をしかめた。
本性を現した瞬間にその顔は真っ黒い笑みになるのだが、一応まだ患者の前である。
「なんのつもりか知りませんが、患者には手を出さないで頂きたい」
神月の言葉に、男たちは笑い声を上げて銃を向けた。
「そりゃあアンタの態度しだいだ。大人しくしてもらおうか院長さんよ」
ぎしぎしと天井が鳴る音に、神月は二階にまで男たちが到達したのを悟った。
(……どうしましょうかね)
眼前の連中だけなら制圧可能だが、銃を持った男たちが患者を人質に取っているのでは下手に動くとまずいかもしれない。
診察室の中にいるのは三人。
全員暗緑色の迷彩服を着ているが、《慣れていない》感が拭えていない。それぞれ銃を持っているが統一はされておらず、ベレッタ、リボルバー、マシンガンとバラバラだ。
リーダー格らしい男はリボルバーを持って神月を見張っていて、マシンガンを持っている男は落ち着きなく銃を上げ下げしているところからこういうことに慣れてはいないようだと当たりをつける。
ベレッタを持った男は診察室のドアから顔を外に出して廊下にいるらしい男と小声で会話をしている。
「……何が目的ですか。言っておきますが、ここにはお金なんてありませんよ、零細企業も同然ですからね」
神月がリーダー格の男に険を含んだ視線を投げる。
男は低く笑ってリボルバーの銃口を神月に向けた。
「残念ながら金が目的じゃない。こんないかにもボロっちいところに住んでる貧乏そうな町医者に金が目当てで押し込み強盗なんて仕掛ける馬鹿はいねぇさ」
一瞬、髪に隠れた神月のこめかみにうっすらと青筋が浮かんだ。
リーダー格の男は気付かずリボルバーの撃鉄を上げる。
「まず、だ。院長先生には例のブツを渡してもらおうか」
ミシミシと階段を鳴らしながら現れた男たちの物騒な格好に、ベッドに横になっていた病人たちは悲鳴を上げた。
「静かにしやがれ!ブッ殺すぞ!」
男たちは病院ではお静かにという原則を堂々と破って無駄に大きな体を見せ付けるように肩をいからせる。ベッドで動くことのできなくなった病人たちを睥睨する様は威圧的だが、理音にしてみれば病人相手に威張り散らしていい気になっている小物である。
「ここは病院よ、静かにしてくれないかしら」
静かに言うと、男たちの一人が機嫌を損ねたように銃口を向けてくる。
「黙れ女。病院だろうがなんだろうが、俺たちはここに用があるんだよ」
「明日の計画に必要な物資がな」
二人の男は口々に言うと、理音に座るように銃口で指示する。理音はそれを無視して尋ねた。
「計画?」
「お前には関係ない」
露骨に眉を潜めて答える男たちに、理音はゆっくりと立ち上がって向き直る。
コツ、と木の床に足音を響かせて近づく彼女は無謀、と思われるかもしれないが、銀幕市では外見で実力を測ってはいけないのは周知のこと。
だが――男たちはそれを知らなかったようだ。
理音が近づいても警戒するでもない。
「この街で騒ぎでも起こそうっていうのかしら」
男たちがせせら笑う。
理音は女性にしては背が高い方だが、男たちはそれより頭ひとつ分ほど抜きん出ていた。女一人に何ができる、そんな視線で理音を見下ろす。
「だとしたら?」
「――見過ごしておけないわね」
理音は胸に突きつけられた銃口をぱしりと手で払った。
「なっ、このア」
マ、と続ける前に男の体は宙を舞った。ロングスカートの裾が翻り、男の体が床に沈む。ミシミシッ、と床が鳴って、階下にいる院長の眉を顰めさせたかどうかは今は確かめるすべはない。
もう一人の男は意味のない怒声を上げると同時に銃を理音に向けた。
理音は余裕の表情でライフルの銃身を掴み壁に向ける。
これほどの至近距離では銃も大して役に立たないことを知らないのだろうか。ましてや銃身の長いライフル、遠くにいる敵を撃つのならばともかく室内には向かない。
銃を取り戻そうと男がぐっと手に力を入れるのと同時、理音はぱっとその手を放す。たたらを踏んで仰け反った男の無防備な足元に強い足払いをかけると、受身をとる間もなく後頭部から床に激突した。
「合気道くらい習ってるわよ、私でもね」
ぱんぱんと手を叩いて付いてもいない埃を落とす。
スレンダーな肢体の彼女が銃を持った男二人を相手に完膚なきまでに勝利するとは。ベッドに横たわっていた病人全員がやんやの喝采を浴びせた。
理音は満更でもなしにそれを浴びるが、小さく欠伸したところからは実際どう思っているかはわからない。男たちの手から銃を没収し、包帯を拝借して手早く縛り上げる。
「――さぁて、と」
彼らは何の目的でここに来たのだろうか?
尋ねようにも――と考えて、ふと階下にも仲間がいるんじゃないだろうかと考え直す。
「ちょっと下見てくるわね」
「気をつけてよ」
「わかってるわ」
入院患者たちの心配そうな視線を背中に受けながら、理音は階段へと向かった。壁を背にして、一応耳を澄ませてみる。
すると――
「うわぁああっ」
パンパンパンッ
「きゃー!きゃーきゃーきゃー!」
ドパラタタタタタタタッ
「何だ何が起こっ!?」
ガゥンガゥンガゥン
「リーダー!あの院長何者ですかぎゃぁあっ!」
ドンッ パンパンッ
…………。
「………………えぇと」
この診療所の院長先生といえば、確か、話したことはないが、大学の先輩だった青年である。
ついでに言うなら、「この診療所の医者は怒らせるな」「生きて帰りたければ」とか入院患者がゴソゴソ話していたのを聞いたことがある。
更に言うなら、下から聞こえてくる悲鳴には「院長」のものは含まれていない。
「あらあら……まぁ」
とりあえず一度上階に戻りながら、理音はどのタイミングで飛び込もうかと考え込んだ。
◆触らぬ神に……◆
「例のブツだよ。ここに隠してあるって情報屋にも漏れてんだぜ」
リーダー格の男が余裕を見せ付けるように笑みを浮かべる。対して神月は、それを健気に睨み付ける好青年をまだ続けていた。
例のブツ。
明らかに危ない響きのするブツ。
しかし抽象的すぎてわからない。
心当たりのありすぎる神月は内心首を傾げた。
この病院には神月が持ち込んだものや作ったものなどの「危ないブツ」は腐るほどあるのである。
「――例のブツとは――……」
パンッ
上階で銃声がした。
一瞬空気が緊張する。次の瞬間には重いものが床に叩きつけられる音、やんやの声、拍手の音。
迷彩服の男たちは不審そうに互いの顔を見合わせ、天井を見上げる。
誰もが天井を向いた時、
ガチャリ
何の前触れもなくドアが開いた。
「動くな!」
反射的に銃を突きつけたリーダー格の男は、目をこれ以上ないくらいに見開いて口を叫ぶ形に開けた女性の姿を見た。黒っぽい赤に染められた髪と白衣に似たコート。
そして、宙に踊る様々な器具、書類、銀のトレイも。
「ぎゃあっ!?」
色気のない悲鳴を上げたリシュカは咄嗟に手に持っていたものを投げ飛ばして両手を万歳の形に上げた。まるで漫画のようなオーバーリアクションだったが、結果的にそれが引き金となった。
くゎらんと間抜けな音を立てて銀のトレイがリーダー格の男の顔にまともにぶつかり、乗っていたメスが宙を飛んで診察室に設えてある机に向かって降り注ぐ。分厚いカルテの束は狭い診察室を縦横無尽に舞い飛び、注射器のケースが狙い済ましたかのような正確さで銃を持った男たちの顔面に突撃する。
その、隙に――動いた。
神月は机に突き刺さったメスを引き抜き刹那で持ち替えて投擲する。一連の動作には一片の停滞もなく、メスはあやまたず迷彩服の手首に突き刺さる。
「ぐぁっ」
うめき声と共に銃を取り落とすのを確認する間もなく次々とメスを投擲する。
刃の部分が小さいメスでは切れ味が良い分大したダメージにはならない。思わず銃を取り落とす男たちが反撃する前に、神月は診察室と繋がる部屋に飛び込んだ。
「うわあぁああっ」
メスを引き抜きながら、リーダー格の男が仲間を叱咤する。
「落ち着け!かすり傷……うおっ!?」
その鼻先を掠めて深々と床に突き刺さる大降りのナイフ。
「ちっ」という神月の舌打ちが聞こえたのかどうか、男たちは慌てて銃を拾い上げた。威嚇するように神月が隠れた部屋に向かって発砲する。
パンパンパンッ
「きゃー!きゃーきゃーきゃー!」
リシュカの声が通路を移動して待合室のドアに向かう。
「何だお前!」
「嘘―こっちにもォ!?」
「あっ待てこら逃げるな!撃つぞ!」
待合室にいたらしい見張りがリシュカを追いかける足音。古い診療所内では、誰かが移動する足音などどこにいても丸分かりである。
床が鳴るので。
そして待合室にいたらしい患者たちが、見張りがリシュカを追いかけていなくなった間に助け合いながら診療所から脱出するのも聞いて、神月はほっと胸を撫で下ろすのと同時ニヤリと笑った。
その時迷彩服を着た男たちの背中に得体の知れない寒気が走ったとか走らなかったとか。
診察室の扉を開けて出たらしいリーダー格が声を上げる。
「動くなお嬢さ……」
「いやー!!」
がらがらがっしゃぁぁぁ―――んッ
あれは通路にあったワゴンを倒した音。
リーダー格の驚いた声と、リシュカのものらしい軽い足音が通路を爆走する音。
神月の地獄耳はリシュカの足音と同時にガラスの割れるような音を聞き取っている。何か器具を踏み割ったらしい。
「天野屋リシュカ、今月の給料五%カットですね」
何も持たずにその場の勢いだけで逃げまくる彼女には脱帽だが、やはり弁償はしてもらわないと。
ドパラタタタタタッ
銃声、診察室のほうから神月に向けての威嚇射撃か。すぐ近くの床を抉る銃弾に神月の眉間に殺意が刻まれる。
「この床の修繕費、どうしてくれましょうか」
神月、ケチなわけではない。わけではないが、この築ウン十年の建物、ちょいと無理をするとガラガラと崩れ落ちそうな塩梅なのである。ぶっちゃけ、大柄な男たちが荒々しく通路を失踪するだけで床以外もミシミシいっている。
「院長先生よ、大人しく出てこ……どわったぁぁああ!?」
ちらりと顔をのぞかせた男の顔を掠めてマイナスドライバーが背後の壁に突き刺さる。慌てて顔を引っ込める男を威嚇するように近くの机から抜き取ったペーパーナイフ、ボールペン、シャーペンを投げると壁に音を立てて突き立ったそれに恐れをなしたか半泣きの男の声が通路に向かって発せられる。
「リーダー!あの院長何者ですかぎゃぁあっ!」
ごわん――んんんッ
男の側頭部に投げつけた水筒が命中した音がして男の体が床に沈む。水筒が少し凹んでしまったが、
「まぁヤツのだし、別にいいか」
神月と日々丁々発止のやりとりをしている喫煙家の医者のものだったので、スルーされた。何故かポケットに入っている縄を使って気絶させた男を縛り上げた後、通路と部屋を使って追いかけっこを繰り広げるリシュカと数人の迷彩服の様子を窺った。
◆外面菩薩、内面……◆
リシュカはそれはもう全速力で駆け回っていた。それほど広くない診療所の一階をぐるぐるぐるぐると回るように走り回っているのである。
不穏な軋みを上げる床や天井に、踏み抜くのではないかとちょっとしたスリルも味わいながら、背後から追いかけてくる迷彩服をちらりと振り返る。
「うぇえっ!?」
割と近くにいた。
振り返ったリシュカに気付いた男が「止まれ!止まらないと撃」と言いかけた瞬間に体を捻って思いっきりドアを閉める。止まれずにドアに衝突した男の潰れた悲鳴を聞くともなしにまた駆け出す。
「院長せんせヒィッ!?」
診察室に飛び込もうとして眼前を通り過ぎた銀色の刃に裏返った声を上げる。気がつくと右からは銃弾が左からはドライバーやナイフやメスが飛んできていて、リシュカは悲鳴を上げながらその場に伏せた。
「僕こんなのばっかー!?」
「そういう宿命の元に生まれついたんですよきっと」
思わず叫んだリシュカに左側から答えが返ってくる。ついでに無情な宣告も。
「リシュカさん?今日は一体何をどれだけ壊したんでしょうね」
「え―……えっと……ホラ、僕じゃなくてさ、あのにわかテロリストみたいな人たちが」
「靴底に証拠のガラス片が突き刺さってますよ」
「マジ!?」
「嘘です」
「院長先生あくどい!今の悪どいよ!?」
「今月の給料から差っ引きますね」
「そんなご無体な!」
「それを言うなら「殺生な」です」
「うわっ本人に訂正されると尚更傷つく」
「生意気なことを言う口はどの口ですかね、おや丁度ここに手術用の針と糸が」
「スミマセンでした縫わないでクダサイ」
理音は階段にちょこりと座って頬杖をつきながら銃弾とナイフの応酬を見ていた。ちょこり、と座っているのに優雅に見えるのは人徳だろう。
バッキーがずり落ちそうになってぷるぷる震えながら必死に肩にしがみついているのに気付いていないのかどうか、案外可愛いからと放置しているのかもしれない。
「いつ出て行ったものかしらね」
先ほどからずっと好機を窺っているのだが、なんともはや。
「ブツを渡せと言っているだろうが!」
「だからどのブツだかわからないと言っているんです、ここにどれだけのブツがあると思っているんですか!何度も言わせないでください類人猿!」
神月の声が聞こえると同時にナイフが飛んでどよめきと共に迷彩服の男たちのものらしい声が答える。
「ブツっていったらその……あれだ、ブツだ!」
「リーダー、俺ブツがなんなのか知らないんですが」
「俺も」
「俺も」
「……」
沈黙が落ちる。
銃撃さえも止んで、ようやく顔を上げられるようになったのか、リシュカの声が上がる。
「はいっ先生!」
「なんですか助手A」
「Aって!」
「早く用件を言ってください、こちとら地球に存在してはいけないゴミを掃除するので忙しいんです」
言葉と同時に手首のスナップを効かせてメスを投げる。
恐る恐る顔を覗かせていた男の耳を掠めて壁に突き刺さるメスに、神月は「外した」と舌打ちした。「殺す気か!?」とわめく男たちに「何をいまさら」と飄々と返す彼に場の誰もが恐れをなした。
しかしよく考えれば確かに、銃を持っている相手に殺す気かだのなんだの言われたところで、それはむしろこっちの台詞だ。
「え、えぇ〜と、なんかこの人たち色々と、なんていうか馬鹿なんじゃないのとか思きぁああああああ!?」
ドンドンドンドンッ
医者にも助手にも失礼なことを言われまくっているにわかテロリストはぷちっとこめかみの血管を切って絶叫した。
「お前ら馬鹿にしてんのかぁぁ!」
「その通りですが何か」
コンマ一秒で返る答えに更にぶちっぶちっと血管が切れる音が続く。
「どうしようかしらねぇ……」
怒鳴り声を上げて銃を乱射する迷彩服、壁に銃弾がめり込むたびに周囲の空気を零下まで冷やしていく院長、きゃーきゃーと叫んで床を匍匐前進する助手A。
実のところ、理音は上階に来た男たちに事情を尋ねてある程度のことはわかっているのだ。その際に少々床に小さな穴を開けたりしたが、まあそれは小さな問題だ。
(……多分)
激しているこの場に下手に介入しても収拾が付かなくなるような気がするが、でもまあ、黙って見ているわけにもいかないだろう。
「ちょっと、いいかしら?」
突然の第三者、否、第四者の声に、受付を挟んで銃弾とナイフを投げ合っていた双方は動きを止めた。ついでに真ん中で悲鳴を上げていたリシュカも。
「そちらの、テロリスト志望の人たち?……上に来たお仲間の方から事情を聞いたのだけど、押し入る建物を間違えているんじゃないかしら」
「……」
「……」
「……リーダー?」
もはや三人にまで減ってしまった迷彩服の男たちが気まずそうな表情で顔を見合わせる。そのいかつい顔にはうすうす気付いてました的な色がありありと浮かんでいたが、ここまで突っ込んでしまった以上引き下がれない。引き下がれないが、これ以上押す必要も……ない。
迷いを含んだ沈黙が漂い、リーダーが何かを決めようとしたのか、仲間の顔を見て思案顔で口を開きかける。
そこに地を這うような声が追いすがった。
「……じゃあ、何か」
冷え冷えとした声音。
確実に部屋の温度が5℃は下がった、とリシュカは後に語った。
「そこの低脳どもは、間違えてここを、この私の診療所を襲撃した、と。間違えて……へぇ、そうですか。ふぅん……?」
今院長の顔を見たらきっとおどろおどろしい瘴気を吐き出しているに違いないよ!――そう思ってリシュカは冷や汗をかきながら必死にそっぽを向いた。
「なっ、誰が低脳だと」
「懺悔の時間を差し上げましょう。勿論、貴方達が死ぬまでです。埋葬方法は土葬、火葬、水葬、生ゴミのどれがいいですか?選択権はありませんが考慮くらいは一応いたしますよ」
ちなみにコンクリ詰め、ガソリンで丸焼き、簀巻きで河にドボン、生ゴミは言わずもがなですよね?それらのどれが良いかと言っているんですが、理解できますかサル脳?と輝くような笑顔で言ってのけた神月の背後には般若が見えた、とは後日のとあるムービーファンの談である。
結局。
「リーダー!逃げましょうこんな魔の巣窟!あのジャップは人間じゃねぇ、悪魔だ!」
「馬鹿か!仲間を捨てていくヤツが何処に……ぐぁっ!?」
飛来したメスがリーダーの肩に突き刺さる。
彼らは必死に逃げようとしていた、銃を持っているこちらが有利なはずなのに彼らの仲間は既にほとんどが昏倒し縛り上げられている。
やはり田舎町のチンピラ集団がなんかどデカいことでもやろうと思ったのが間違いだったのだ。街中に出てきたのが間違いだったのだ。大人しく親の跡を継いで牛や馬の世話をしていればよかったのだ。都会は怖いトコだったのだ。
「神月先輩、その人たち、銃を失くせば弱……ゴホン。激弱ですよ」
おまけに美人にも馬鹿にされる。女優のような整った容姿だが、変な生き物を肩に乗せていて、身ごなしは素早い。
「あれっ?なんか今の言い直しの方がヒドくないか!?」
目を剥いて抗議した仲間の顔面に円盤のように回転しながら銀のトレイが突き刺さった。声も上げずに倒れ付す仲間、トレイなんて薄っぺらい板でどうやって人を気絶させるのだと笑っていた過去の自分を殴りたい。
おまけにそれを見惚れるような綺麗なフォルムで投げはなった男はといえば、
「事実なんだから認めるべきです!」
「何でそのセリフだけ無駄に爽やかに正義の味方ヅラして言うんだそこの院長!」
笑顔は爽やかだがどこか黒い。黒いというか真っ黒だ。ダークサイドだ。
ジャパンには《外面菩薩内面夜叉》というコトワザがあるらしいがきっとソレだ。
あの色々ちびりそうな脅しをかけてきた相手とはとても思えないエンジェルスマイルを浮かべているが、背後に魔王サタンでも潜んでいそうなオーラを放っている。
「院長先生のはエセ爽やかって言うんだよ」
「リシュカさん、今月の給料全額カットとここから飛び出て囮になるの、どちらがいいですか?」
「え?院長先生、なんかそんな、えっと、冗談ですよね?ね?すごく天使みたいにキレイな笑顔だけどなんか怖いよ?こ、怖いよ?」
「助手さん……雉も鳴かずば撃たれまい、という諺を知っておいた方がいいわよ。もしくは口は災いの元、とか、沈黙は金、とか」
こちらで立っているのはもはや自分一人、あちらは余裕をかまして和やかに会話などしている。
《和やかな会話》が途切れた、と思った瞬間。
「ッ!」
首筋に寒気を感じて上を見上げるとすぐそこに迫る靴底。
「をっ!?」
咄嗟に体を逸らすが間に合わず肩に踵がめり込む。白衣が広がって視界を奪う、踏み台にされているとリーダーは気付いた。後ろに立った人物に白衣が引っ張られていくのを視認、手に持った銃を突きつけようとしてわき腹に強烈な膝蹴りが入って思わず苦鳴を上げて身を折る。
極悪な笑みが視界を掠め、止めのアッパーを喰らってリーダー格の男は意識を手放した。
◆触らぬ『院長』に祟り無し◆
「ということは、実体化したことすら気付いてなかったんですか。間抜けな人々ですね」
「間抜けぇ!?てめっ!」
「じゃあ馬鹿ですね。ちょっとテロっぽい騒ぎを起こしてみたいなー程度の気持ちで田舎から出てきて、適当に耳に挟んだ情報を頼りに押し込み強盗しようとしてたんでしょう。そこで実体化したものの、銀幕市に出たことすら気付かずにとりあえず目前の建物に押し込みかけたってんでしょう。呆れるしかありませんよ、どこのアホですか」
にわかテロリズムを振りかざしたチンピラ集団はぐるぐるに縛られて芋虫のように転がされていた。あちこち穴のあいた壁に神月の機嫌は急降下、得意の毒舌でざっくざっくとチンピラを突き刺しながら修繕費を割り出している。こうして一から説明されるとあまりにも自分たちが馬鹿っぽい行動をしていたように思われて、チンピラたちも返す言葉がない。
「銀幕市じゃあ、押し込み強盗なんて返り討ちに遭う可能性のほうが高いですものね」
流石に呆れた様子の理音も神月のストレス解消を諌める様子はない。
「どーすんの院長先生。警察に突き出すの?」
リシュカはこのゴタゴタに紛れて給料カットなしにならないかなぁと一抹の希望を抱いてチンピラたちに全責任の押し付けを計っているが、この院長の性格からして――
(きっとたぶん無理だろうなぁ)
アハハウフフ給料カット無しだってーと自分が喜んでいる、おそらく訪れないであろう未来を見つめて遠い目をしていた。
「あらあら遠い目しちゃって。怪我なくて良かったじゃないの」
壁に突き刺さったメスを回収するリシュカを、理音が手伝ってくれる。
「でもおねえさん、僕の懐には傷が付いたんだよ」
「まあ、懐が寂しいと心も寂しくなるというけど」
「でしょ!懐に傷が付くと心にも傷が付くんだよ!懐は大事なんだ」
「まあ、そうねえ……私は懐が寂しくなることは滅多にないけど」
「……。おねえさん、お金持ち?」
「さぁ……どうかしらね?」
並んで作業をする女性陣を尻目に、迷彩服を着込んだチンピラたちは床をごろごろと転がって神月に抗議する。
「さっさとこれを解きやがれ!」
「人道的な扱いを主張する!」
「俺たちが悪かったのはわかったけどこの扱いはどーよ」
神月の後ろに般若を幻視しなかった男たちが口々に声を張り上げる。無論、魔王サタンを見てしまったリーダー格の男ほか数名は「やめとけ」「大人しくしてろよ」と仲間を諌めているが、元々が血の気溢れるチンピラたちはそれを聞こうともしない。
挙句に、
「ふざけやがって!」
「後でどんな目に遭うかわかってんだろうなコラ!?」
などと脅し始めた時点で、リシュカと理音はスススと音を立てずに隣室に移動した。
リーダー格ほか数名は神への祈りを捧げながらなるべく遠くに逃げようとしている。
「――後で?」
神月枢院長の、天使のような優しい笑顔。
そこに般若が降臨した。
「まさか――生きて帰れるとお思いで……?」
その日、小さな診療所から木綿を引き裂くような野太い悲鳴が連続して上がったとか何とか……。
数時間後、何事もなかったかのように笑顔で患者さんを呼び戻す助手とバッキーを連れた美女がいたそうだが、彼女たちは二人とも、事態の説明を求めると「解決しました」と笑顔で言うだけだったという。
色々な意味で賑やかな銀幕市の、ある日の出来事はこうして『無事に』終わったのだった。
了
|
クリエイターコメント | 色々トラブルもありましたが何故か何時もより余裕を持って仕上がりました。 オファーありがとうございました!ミミンドリです。
シナリオのプレイングに似た感じのオファー文でしたので、自然こんな感じに収まりました。 舞台があって、そこで誰それがどんな行動をとる。 ……という風に受け取ったのですが。気に入っていただけたでしょうか?少しでも面白いと言って頂ければ、嬉しいです。 少々苦労したところもありましたが、総合的にはかなり楽しんで書かせていただきました! 時間がかなりかかった点は申し訳ありませんでした……。いやでも楽しかったです。 毒舌とか、結構好きなのですよね(笑) 今回は本当に診療所のとある一日、という感覚で書いていました。珍しい感覚だったので良い経験になったと思います。
今回は本当にありがとうございました。 機会がありましたら、また。 |
公開日時 | 2009-02-21(土) 23:00 |
|
|
![](../images/corner3.gif) |
|
![](../images/corner4.gif) |