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<ノベル>
「何で今回に限って……」
アオイは溜息を吐く。長期出張から帰ってきた父親から、ロサンゼルスに一緒に行かないか? と言われたのだ。
「そんな事言われても……」
頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
親しいスターとの別れによる喪失感や寂しさ、そんなものに囚われている最中に出てきた話だった。
だが、今回は出張ではなく転勤。しかも5年という長期に渡るものだった為、父親の言う事もわからなくもない。
「あたし……どうしたらいいの?」
自分でもよくわからない。ずっとここにいれば、スターと一緒に過ごした日々を思い出して辛くなる事もある。だからと言って、銀幕市を離れたいと思っているわけでもない。それに、ここを離れたからって想いが消えるわけじゃない。
けれども……
「しばらく銀幕市から離れていた方が辛くなくていいのかな?」
そんな思いもある。心が定まらず、なかなか答えが出ない。
「こうして考えていても気が滅入るだけだなー。気分転換に町でもぶらつこうか……」
アオイは携帯と財布をバッグに詰め込み、部屋を出る。
行き先は特に決まってはいなかった。ただ、少しでも気が晴れれば、と思っていた。
「……あれから何日たったのかな?」
水瀬双葉(ミナセ・フタバ)はぼんやりと呟いた。
あの日、スターやバッキーがいなくなってから、双葉はずっと部屋にこもって泣いていた。笑ってお別れをしたけれど、本当はとても寂しくて悲しかった。
「――あの時、リオネさんやのぞみさん、スターのみんな、だれもいなくならないように、とどちらの剣も選ばず戦ったのに……こんなのってないよ!」
選択の時やマスティマ決戦の事を思い出して憤る。
そう。神様に与えられた選択なんかじゃなく、自らの手で希望の道を切り開いて、皆一緒にいられるようになれば、と思っていた。
けれども、そんな想いも虚しく、別れの日はやってきてしまった。別れの時の事を思い出すとまた涙があふれてくる。
「あたしって自分で思ってたより弱かったんだなぁ」
ふうと双葉は息を吐いた。そのまま、すーはーと数回深呼吸をする。そうすると少し気分が落ち着いた。
「うん、このままじゃダメだよね。いつまでもメソメソしてちゃ……」
双葉は意を決したように立ち上がった。閉じこもっていた部屋を抜け出し、町へと向かう為に。
――ムービースターさんたちは、銀幕市に来て、嬉しかったのかな。それとも、嫌だったのかな。
コレット・アイロニーは映画を観ながら考える。
お別れの日から、コレットは度々パニックシネマへ足を運ぶようになっていた。町中では会えなくなった人々にも、ここでは会う事ができる。DVDやビデオを借りて観る事もできるのだが、映画館で観る方がより身近に感じられるのだ。
銀幕市に来てからスター達がどう思っていたのか、もう聞く事はできない。だけど、映画を観ていたら自分達に話し掛けてくれるのではないかと期待してしまう。そして、映画をたくさん観るうちに「銀幕市は楽しかったなぁ」とか「元気?」とか喋りかけてくるんじゃないかと思ってしまうのだ。
「ねえ、あなたたちは私たちのこと忘れてないよね? またいつかお喋りできるよね」
スクリーンに向かって、コレットはそっと話し掛けた。
◇
ウィンドーショッピングをしながら、アオイの足は自然とパニックシネマへと向かっていた。
パニックシネマでは新しく公開されたものやリバイバル、そして、かつてここに住んでいたスター達に関わる映画などが放映されていた。
アオイは暫く悩んだ後、新しく公開された映画を観る事にした。ここにいたスター達の映画を観て、センチメンタルに浸る、という気分にはなれなかった。
いい加減、スター達のいない状況に慣れなければならないと思っていたし、何よりも、いつまでもぐずぐずと暗い気持ちを引き摺っているのが嫌だったからだ。
「こちらの映画ですね。では、1500円になります」
チケット売り場の女性に言われてアオイはバッグから財布を取り出した。
「あっちゃ〜」
財布の中身を見てアオイはしまった、と思った。800円しかなかった。気付けよ、自分! と心の中で自らに突っ込みを入れる。
「すみません。やっぱキャンセルで」
女性に詫びつつ、そそくさとその場を離れる。
「そういえば、最近、バイトしてなかったっけ」
今までのバイト先は全てムービースターが経営する店だった。魔法が解け、対策課もなくなり事件解決の報酬を得る事もできなくなっていた。
蓄えていたお金もいつの間にかなくなっていた。UFOキャッチャーなどのゲームに興じ、使ってしまっていたのだ。
「こんなところでも影響が出るなんてね」
はぁ、と息を吐き、ベンチに腰掛ける。
間もなく放映の時間なのか、目の前を通り過ぎる人の波が慌しい。
「ん?」
あれだけごった返していた人がいなくなった頃、ガランとしたホールの向かい側に貼り出された紙がアオイの目に入る。
“バイト募集”
それはパニックシネマでのバイト募集の告知広告だった。
「うん、あたし決めた」
不思議と迷いはもうなかった。
町に出た双葉はあてどなく歩き回っていた。
マスティマ戦で受けた傷は、銀幕市の何処に行ってももう見受けられなかった。初めからそんなものはなかったかのように完全に復旧を果たしていた。
「もう、結構時間がたっちゃったもんね。当たり前か」
町が元通りになるのはいい事だ。だけど、あの戦いやムービースターの存在がなかったものとして取扱われているような気がして複雑な心境になる。
「いなくなったスターはどうなったんだろ? どこかにいるのかな。それとも完全にいなくなったのかな」
こればっかりは探偵見習いと言えどわからなかった。推理する事も不可能だった。何処にいるのかなんて、誰も知らない。誰にもわからないからだ。
そんな取り留めのない事を考えながら歩いていると、懐かしい声が聞こえてきた。
「え?!」
双葉は驚いて声のした方向を見るが、その人物の姿は見えない。
「幻聴? ううん、はっきり聞こえたわ」
ぐるりと頭を巡らせると、一軒のレンタルショップが目にとまった。そこのモニターに銀幕市で暮らしていたスター達の映画が次々と映し出されていた。
「原因はこれね」
暫くモニターを見詰めていると、先ほど聞いた声がまた流れてきた。
「もしかして……て思ったけど、違ったみたいね」
また、彼等がこの銀幕市に実体化したのかと一瞬期待したのだが、違った。
「そうよね。そんな都合のいいこと、起こるわけない」
ガッカリした双葉はそのまま立ち去ろうとした。――が、数歩歩き出して立ち止まった。
「せっかくだから何か借りて帰ろうかな」
双葉は踵を返し、レンタルショップの店内に入って行った。
「あ、これ、おいしい。ね、トトも食べてみる?」
夏野菜をふんだんに使ったラタトゥイュを口に含んで、コレットは言う。
「……そっか、もう、トトはいないのよね」
肩に乗っているはずのバッキーの名前を呼び、それからハッとする。こんな風に魔法が解けた今でも、思わずバッキーの名前を呼んでしまう。出かける時もそうだ。
カチャ、とスプーンを置き、溜息を吐く。
「不思議ね。銀幕市に魔法が起こる前まで、私はどうやって生きていたんだろう。……思い出せないや」
いつの間にか、こんなにも自分はスター達やバッキーに依存していたのだと思い知る。スターもバッキーもいなくなった今は、心にぽっかりと穴が空いてしまっているような気がする。
そうして寂しさが募り、せめてトトだけでもいてくれたらな、と思ってしまう。
「いつまでも、こんなんじゃダメね」
コレットは頭を振って自嘲する。
「いつになったら、私、トト離れできるのかなあ」
前を向くと決めたはずなのに、なかなか実行できないでいるのだ。
◇ ◇
「お父さん、あたし決めたよ」
家に帰ってきたアオイは開口一番にそう告げる。
「あたし、この町に残る。やっぱりこの町が好きだから離れたくないんだ。……だから、お父さんと一緒にロサンゼルスには行けない。ごめんなさい」
アオイは素直に今の気持ちを伝えた。
反対されるか駄々をこねられるかと思っていたのだが、意外にもあっさりと受け入れてくれた。――ただし、条件付だった。
「まあ、この二つをクリアできたら残ってもいいってんだから、のんであげるか」
メールの返信は必ずする事、電話もかかってきた時はちゃんと出る事、というのが父親が掲示した条件だった。電話に必ず出なければならないというのが少々煩わしく感じるが。
アオイは、ムービースターの少年と一緒に撮った写真に目をやる。
「いつまでも暗い顔していたら、アイツに笑われる……いや、怒る、かな? うん。いつまでも下を向いてはいられないもんね」
アオイは彼が最後に自分にと残してくれたプレミアフィルムにそっと触れた。
双葉は結局レンタルショップから2本のDVDを借りてきた。タイトルは『タヌキの島へようこそ』と『ヴァーチャマシン・オペレーション』。仲良くなったスターの出ているものだ。
部屋に帰ってから何回も繰り返し観た。映画のストーリーではなく、スターの姿ばかり追っていた。
画面の中にいる、ここではもう会えないスター達。彼等が笑っていると嬉しくて自分も笑ってしまう。でも、ここにいないのが寂しくて、今度は涙がこぼれてしまった。
「ぽよんす!」
画面の向こうから彼独自の挨拶が飛び出す。
「……ぽよんす」
双葉も真似て言ってみると、少し元気が出てきた。
映画を観ているうちに、映画の中の人物に話し掛けている彼等が、自分に向かって喋り掛けているような気分になってくる。
元気かー?
泣いてんじゃねーぞ。いつでも一緒にいるんだからよ。
もう1本に出ている人型仮想戦闘ロボットの彼女(?)の声には抑揚が殆どないが、双葉は知っている。彼女が優しい事を。
ああ、泣かないで下さい。
双葉様も私も一人ぼっちじゃありません。いつでもこうやって会えるのですから。
だから笑って下さい。
「うん、そうだね。いつでも会える、いつでも一緒。もう、触れ合うことはできなくても、心は繋がっているんだよね」
――もう、寂しくはない。
「おかえりー」
コレットが児童養護施設に戻ると、笹が飾ってあった。
「……もう、そんな時期なのね」
スターが消えてから一ヶ月弱。それがあっという間だったのか長かったのか、よくわからない。なんとなくぼんやりと過ごしていた。
「ほらほらコレットちゃんも願い事書きな」
施設職員の女性がコレットに短冊とペンを渡す。
「願い事……」
コレットは少し考えてからペンを走らす。それは叶わない夢。でももしかしたら、と思う願い。
他の子供達の短冊を見れば、格好よくなりたいだの、勉強で一番になれますようにだの世界征服だのという冗談なのか本気なのかわからないものまである。
そして、コレットの願いと同じ想いで書かれたものも……。
「私と同じだ」
自分と同じ気持ちでいる人がいる。それが嬉しい。
願い事を書いた短冊を笹に取り付けると、気持ちのいい風が吹き抜けた。
――また、みんなに会えますように
コレットの短冊が、揺れる。
◇ ◇ ◇
アオイはパニックシネマに来ていた。だが、映画を観にきているわけではなかった。
「よし!」
先日見かけた張り紙がまだ貼ってある事を確認すると、アオイは近くの映画館職員に声を掛けた。すると、書類に必要事項を記入するように、と職員に言われた。職員の指示に従い、用紙に必要事項を記入する。面接の日程などは後日連絡するとの事だった。
「あら、アオイ。映画を観にいらしたの?」
映画館から出たところで青い瞳の親友に声を掛けられた。
「残念ながら違うんだ。もう、財布の中がスッカラカンでね、ここでバイトでもしようかと思って」
「まあ、ここで? 素敵ですわね」
「うん。まあ、まだ決まったわけじゃないけどね」
アオイはそう言って笑顔を見せる。
まだ、ぎこちなさは残るが、少しだけ顔を上げて生活できるようになったように思う。
彼が消えた寂しさはそう簡単に消えるものではない。でも、彼のプレミアフィルムは自分の手元にあるし、思い出もたくさん残っている。
だから、俯いて生活するのはもうおしまい。そう決めたのだ。
「行ってきまーす!」
双葉は下宿している探偵事務所兼自宅の洋館を元気よく飛び出した。
「行ってらっしゃい」
この洋館の持ち主であり探偵事務所の所長はほっと胸を撫で下ろす。
「やっと元気になったみたいですね。よかった。……これでまた双葉さんの迷推理が聞けますね」
所長の笑顔に見送られながら双葉は学校を目指す。
一晩中DVDを観ていたら、鬱々とした気分はいつの間にか消えていた。
「映画ってすごい。きっと、みんなの夢や想いが詰まってるから、元気をくれるんだね」
双葉はそう実感していた。
空を見上げて、今はいないスター達に語り掛ける。
「ありがとう。ありがとう、みんな。あたし、がんばるね。……だから、見ててね!」
コレットはひたと足を止めて空を見上げる。
「あと、何年かしたら、スターさんがいたこと、いい思い出になっちゃうのかなあ」
――スター達のいた事が、ただの思い出になって
「あの頃は楽しかったねって、言っているのかもしれない」
―― 一体どれだけの人があの現実を
「それとも、もう忘れて……日常を楽しんでいるのかもしれない」
――忘れずにいられるのだろう
「でも、忘れたくない。だって、スターさんやバッキーのことを忘れる……そのことが、一番寂しいと思うから」
そう、彼だって言っていたではないか。「私の事を、忘れないで下さい」と。
時は流れても、思い出はそこここに。
もしかしたら、また、不思議が起こるかもしれない。
そう思ってもいいでしょう?
だって、ここは夢と希望があふれる町。
――銀幕市へ、ようこそ!
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クリエイターコメント | 銀幕★輪舞曲、最後のシナリオをお届け致します。 最後の最後まで気を揉ませてしまって申し訳ありません。 少しでも参加PL様にとってお気に召すシナリオになっていれば幸いです。 ご参加、ありがとうございました。 |
公開日時 | 2009-07-30(木) 22:30 |
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