★ 【Sol lucet omnibus】Heat Engine Philosophy ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-8432 オファー日2009-06-27(土) 00:11
オファーPC 阿久津 刃(cszd9850) ムービーファン 男 39歳 White Dragon隊員
ゲストPC1 月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
ゲストPC2 トイズ・ダグラス(cbnv2455) エキストラ 男 23歳 White Dragon隊員
ゲストPC3 イェータ・グラディウス(cwwv6091) エキストラ 男 36歳 White Dragon隊員
<ノベル>

 碌でもない夢を見ていた。
 父と母が死ぬ夢だ。
 黒い武装に身を包んだ男たちに、ふたりが情け容赦なく殺される夢だ。
 そして、泣き叫ぶ暇も、死を悼む猶予も与えられず、彼らに無理やり連れられていく幼い自分の夢だ。惨く扱われ、慰み物にされ、捨て駒として育てられる自分の夢だ。
 ――それが、本当は夢などではなく、過去にあった出来事なのだと、もう二度とは取り戻せない過去のワンシーンなのだと、ひどく冷静に認識しながら、その惨劇を見ていた。

 ぴしゃん。
 水滴が頬に落ちて、月下部理晨(かすかべ・りしん)は覚醒した。
「あー……」
 薄暗い、半ば崩れ落ちた廃ビルの、大きなコンクリート片の影に埋もれるように、理晨は横たわっていた。
 自分が今どこにいるのか一瞬判らず、記憶を探る。
 身体を起こした瞬間、激しい痛みが全身を襲い、
「ぁだッ」
 それで理晨は、自分が今、どこかのムービーハザード内でテロリストたちと交戦中なのだという、三時間前の――腕時計で確認した――出来事を思い出すことが出来た。
 作戦が開始されたのは夜明け前で、ここへ隠れたときには真っ暗だったが、今はもうすでに太陽が昇り、周囲は明るくなっている。
「戦況、どうなってんのかな……」
 そろそろと起き上がり、コンクリート片に背中を預けて膝を抱える。
 全身が痛むのは、あちこち被弾している所為だ。
 弾丸を飲み込んだままの身体のあちこちが、じくじくと熱を持ち、疼いている。理晨は痛みには慣れているが、正直、あまり嬉しい感覚でもない。この程度なら死なない、という、妙に醒めた意識があることも確かだが。
「皆……は、まぁ、無事だろうけど」
 銀幕市の一角に出現した都市型ムービーハザード、テロリストと特殊部隊の戦いを描く映画から現れた、テロリストのみが実体化したというそれの、市民の避難とテロリストの鎮圧を依頼され、『家族』たちとともにここに来たのが七時間ほど前だったはずだ。
 テロリストたちは敵対者には情け容赦のない仕打ちをする連中で、ハザードに迷い込んだ一般市民に被害も出始めているとのことだった。
 武装組織に両親を殺害され、自分もまた惨い扱いを受けた理晨はそれを放っておけず――犠牲者を出したくないという一心で、自分の身の安全を忘れて深入りし、崩れかけたビル群の奥へ奥へと入り込んだ。
 一緒に仕事を請けたホワイトドラゴン隊員と分断されていることに気づいたのは、自分がテロリストたちに包囲され集中砲火を浴びせられてからだった。そんなに頭に血が上っていたのかと、今にして思えばおかしな気分にもなるが、そのときは必死だった。
 必死だったが、戦闘に特化した理晨の意識の一部分は、冷静に自分の状況を判断、行動を算段し、致命傷を避けながら最小限の動きで反撃を行い、テロリストたちにかなりのダメージを与えてその場から撤退した。
 そして、この、崩れたビルに入り込み、身を潜めたところで、気を失ったのだ。
「あー……しかし、嫌な夢見た……」
 血塗れの手で顔を覆って低く呻く。
 八歳の時の記憶だ。
 考古学者の父親の仕事の関係で、当時情勢が不安定だった国へと移住し、反政府組織に目の前で両親を殺された。真っ暗な荷台に、両親の骸と一緒に詰め込まれ、武装組織のアジトまで運ばれる間、背中でずっと、ふたりの身体が冷えて固まって行くのを感じていた。
 それはまだトラウマとなって理晨の中に残っており、その所為で、今も、長時間にわたって背中を強く圧迫されると嘔吐しそうになる。――例外がいるのも確かだが。
 そういう経験を他の誰にもしたくないと思うから、理晨はホワイトドラゴンに所属しているし、傭兵をやっているのだ。
 しかし、多分、ここが銀幕市でなかったら、こんな失態は犯さなかった。
 理晨にとってこの街は救いだ。銀幕市は彼に『弟』をくれ、相棒をくれ、たくさんの思い出と幸せな時間をくれた。理晨は、その救いの場所で、哀しみや痛みに泣く人間を増やしたくなかったのだ。
 そのくらい、銀幕市の持つ意味は大きかった。
 だからこそつい無茶をしたのだなどと言えば、『家族』はきっと怒るだろうが。
「……ぐだぐだ考えてても仕方ねぇ、とりあえず皆と合流しよう」
 傷は深いし痛いが、命に関わるようなものではないことを経験が告げている。
 とはいえ、死にはしないがいつものようには戦えないのも事実で、理晨は、残弾数の少ないアサルトライフルを拾い上げ、ハンドガンの調子を確かめてから、周囲の気配を探りつつゆっくりと移動を始めた。
「あー、しかし、腹減って来たな……」
 緊迫感のない台詞をつぶやく。
「じゃがいものニョッキが食いてぇ。……うん、あとでイェータに作ってもらおう」
 不思議なくらい楽天的な気持ちなのも、この街だからなのだろうか。

 * * * * *

 阿久津刃(あくつ・じん)は、イライラしながらテロリストたちと銃撃戦を繰り広げていた。
 今回の都市型ムービーハザード内におけるテロリスト殲滅依頼を受けたのは刃たちホワイトドラゴン隊員だけではなく、他の映画から実体化した米兵のチームや別映画出身の特殊部隊などもいて、刃は今、彼らとともに倒壊したビルのコンクリート壁を盾代わりに、弾丸の激しい応酬を行っている。
「あー……クソッ!」
 吐き捨てながらサブマシンガンの弾倉を取り外し、空になったそれを放り投げ、新しい弾倉を装填する。動作は素早かったが、乱暴な手つきには苛立ちが滲んでいた。
 ――理晨の姿が見えなくなって、四時間が経っていた。
 それは即ち、理晨を追ったイェータが姿を消して四時間ということでもあった。
 刃たちがいるのはテロリストグループの一番大きな部隊が陣取った廃ビル群で、彼らは今、互いの銃撃が激し過ぎ、パワーバランスが拮抗し過ぎて撤退も突撃も出来ないという膠着状態に陥っていた。
 理晨が追ったのは、このハザードから飛び出して銀幕市にまで危害を加えようとした小規模な部隊だ。無線での最後の交信によると、その大部分は理晨が倒したようだった。
 しかし、その後、理晨からの連絡はない。
 無線が使えなくなっているのかもしれない。
 つまり、ハザードの影響か、携帯電話が使えない現状では、彼らに通信手段はないということになる。
「無事に、決まってる……」
 グリップを握り、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
 自分もまた今すぐにここを飛び出して理晨を探しに行きたい。
 だが、戦況がそれを許さない。
 ひとりで包囲網を抜けることが困難であるのと同等に、数時間とは言えともに戦ってきた仲間を放り出していくことも刃には出来ない。刃がひとり抜けただけでも状況が一変しかねない、危うい均衡の元に今の膠着状態は成り立っているからだ。
「――……クソッ」
 毒づき、引鉄を引く。
 苛立ちに任せて弾幕を張りながら、刃はひたすら最愛の『弟』の無事を祈った。イェータが向かったんだから大丈夫だ、と、自分に言い聞かせて。
「キリがねぇな」
 隣でアサルトライフルの精密射撃を行っていた米兵が、弾の尽きたマガジンを放り出しながら溜め息をつく。
「確かに」
 刃も頷いた。
 双方、弾薬は減ってきているはずだ。
 特に、こちら側は、弾薬を無尽蔵に取り出せるような能力を持つムービースターもいないため――ちなみに、ムービーファンやエキストラでこの戦いに参加したのは刃たちだけらしい――、事態は徐々に悪化していると言うべきだろう。
 これでテロリスト側に『弾薬を出す』系統の能力を持つものがいたら、救援なしに戦い続けることは不利以外のなにものでもない。
「クソ……ダグの奴ァ何してやがんだ、ここでいねぇとか救援部隊の意味ねぇだろ……!」
 と、刃が、今回の作戦に参加したWDメンバーの名前を呟き、毒づいた時だった。

 ばうん!

 派手なエンジン音が、銃撃の音すら掻き消して響き、テロリスト側の陣地に一台のジープが突っ込んで来た。
「……!」
「!!」
 銃撃が中断され、悲鳴や絶叫、怒号が聞こえてくる。
 ジープは見事なドリフトを極めながら勢いよく回転し、テロリスト数人を情け容赦なく薙ぎ倒し踏み躙ったあと、怒声とともに再開された一斉掃射を素晴らしいテクニックでかわしながら刃たちのいる方向へ突っ込む。
 ――ほぼ、刃の正面に。
「ぅおあッ!?」
 危うく轢死しかけて、顔を引き攣らせながら飛び退き、
「ぅおらダグ! 遅ぇよっつーか殺す気か!」
 しれっとした無表情で降りてきて、救援物資を味方に配り始めた青年に怒鳴った。
「……なんだ刃、いたのか。だったらもっとスピードを出せばよかったな」
「ンだとぉ!?」
 殺気すら滲ませる刃にもまったく堪えた様子もなく、ダグことトイズ・ダグラスは、作戦メンバーに武器弾薬を配り終え、そのあと、眉をひそめて周囲を見やった。
「理晨はどうしたんだ。それに……イェータもいない」
 言われて刃はぐっと詰まる。
「……理晨とは分断された。イェータは理晨を探しに行ってる」
「なんだって? 今回の依頼を受けたのはあんただろう、刃。作戦リーダーがメンバーを……理晨を見失ったなんて、怒りを通り越して呆れるぞ」
「ンなこたぁ判ってる!」
 淡々としたトイズの口調に激昂し、怒鳴る刃を、トイズの無表情な青い目がじっと見ている。
 それだけでまた、苛立ちが募る。
 団長にどこかから拾われてきたトイズがホワイトドラゴンに入団したのは五年前だ。そのときから彼は、まだ若いながら卓越した運転技術を持つ、ホワイトドラゴン一のドライバーだった。
 しかし、初めて顔を合わせた時の第一声、
(ニコチン臭いからあんたは俺の車に乗るな。あんたが近寄ったら理晨がニコチン臭くなって穢れる)
 という身も蓋もないそれにブチ切れ、いきなり大乱闘して以来(この時は理晨の前でくだらねぇ喧嘩すんなとさすがに怒ったイェータに取り押さえられ、副団長にみっちり三時間小言を喰らった)、トイズとは犬猿の仲なのだ。
 トイズの言うことが正論であると判るから、尚更イライラする。
 おとなげないとは思うが、反射のようなものなので、直しようがない。
「あんただって判ってるだろ? 判ってない奴がホワイトドラゴンにいるはずがないんだからな。――理晨は俺たちの宝物だ、命だ。理晨がいないホワイトドラゴンに何の意味がある? その理晨を、あんたは、護れなかったのか」
「五月蝿ェ、判ってるって言ってるだろこのウスラトンカチ!」
 言われるまでもなく、刃にとっても理晨は救いだ。
 命と直結した、何に変えてでも護るべきものだ。
 ――彼の歩いてきた壮絶な道を知っている。
 彼が、痛みを抱えながらもそれを乗り越えて、前向きに、強く、人生を楽しんで生きていることが、同じく壮絶な過去を持つ刃にとってどれだけ救いになっているか、理晨は知っているだろうか。
 知らなくていい、とも思う。
 自分だけがその安堵を知っていればいい、と。
 しかし、それゆえに、理晨が、こういった事件に対して敏感であること、無茶をしがちであることを把握しきれず、テロリストの小部隊を追って独行した彼を見失ってしまったのは、今回の作戦リーダーである刃の失態だった。
「……仕方ない、行くぞ刃」
 不意にトイズが溜め息をつき、刃に地対空ミサイル“スティンガー”を投げて寄越した。
 刃はそれを拾い上げ、テロリスト陣営に向かってぶっ放す。
 ド派手な爆発音がして、テロリストたちが盾代わりにしている廃ビルの一角が吹っ飛んだ。人間が固まっている位置で爆発したのか、テロリストも、十人ほど吹っ飛んだのが見えたから、先ほどトイズが轢き殺した連中も含めて、少しはやりやすくなるだろう。
 刃が、他のチームに声をかけ、残りの“スティンガー”を預けながら、行方が判らない隊員の捜索に赴く旨を伝えると、兵隊たちは親指を立て、行って来い、と頷いた。
 刃は視線だけで感謝を伝え、素早くトイズのジープに乗り込む。
「しかし、よく“スティンガー”なんて持って来られたな。今月厳しいって団長言ってたのに」
「俺たちの動きを読んだみたいにあのドイツ人がくれた」
「……」
 たったひとりでホワイトドラゴン隊員全員に匹敵してしまうほど理晨に近い、髪の毛一筋まで美しい男の姿を思い起こして、刃は嫉妬のあまり思わず沈黙する。このときばかりはトイズも同じ表情をしていた。
「……まぁいい、まずは理晨を探すぞ」
「言われるまでもない。――飛ばすぞ、しっかりつかまってろ。振り落とされても拾いには行かないからな」
 その言葉とともに、ジープが走り出す。
 刃はあちこちから黒煙の上がる廃ビル群を見据えた。
「……無事でいろよ、理晨……!」
 ぎゃう、とエンジンが、タイヤが鳴く。
 コンクリートの欠片を蹴り飛ばして、ジープは疾駆する。

 * * * * *

 イェータ・グラディウスは全身をレーダーのようにして周囲の気配を探っていた。
(どこだ……理晨)
 無線も専用機器もなしに、勘だけで、この広いハザード内のどこかにいるたったひとりを見つけ出すなど、やるだけ無駄だと嘲笑われるかも知れないが、今のイェータは、イェータであってそうではなかった。
 彼は今、自分の奥底にいる、もうひとつの自分に意識を半分ほど譲り渡しているのだ。それは、兵器として創られながら人間として育てられたイェータが、人間として生きるため無意識のうちに自分から切り離し、魂の奥底に封じた、彼の破壊願望だった。
 理晨によって見い出され、彼にアトレータ、王者もしくは闘士と名づけられた『それ』は、野生の獣のように自由で冷酷な、場合によっては単身でひとつの軍隊と渡り合う『化け物』だ。
 人間として生きたいと願い、人間に縛られもしているイェータは、アトレータの持つ凶暴性、破壊と殺戮を悦ぶ性質を――そしてそれが自分自身なのだということを忌避していて、普段から『彼ら』の間には『交流』もないのだが、今回はそんなことを言ってもいられない。
 本来は、とある要素がなければ出て来ない彼だが、実は、本体であるイェータが強く呼びかければ目を覚ますのだ。
 呼びたくもなかったが、呼ぶしかなかった。
(無事でいてくれ、理晨)
 ――理晨に一番近い『兄弟』として、彼が無茶をする理由が判る。
 理晨は、自分と同じ経験をする人間を増やしたくないのだ。
 そのために戦うこと、傷つくことを、欠片ほども厭いはしないのだ。
 だから、分断されてから、気が気ではなかった。
 彼はいつでも、どんなときでも、何も恐れず、怯まず、軽やかに自分のなすべきことのために駆けて行ってしまう。それが怖かった。
 初めて会った時、血塗れの自分を恐れず、笑顔を向け、抱き締めてくれた理晨は、イェータにとって人間の善意の象徴だ。彼がいるから、イェータは、愚直なまでに人間の善性を信じていられる。
 普段は意識の底で眠りについているアトレータを半ば無理やり揺さぶり起こして呼び出したのも、理晨を喪うことへの惧(おそ)れ、それによって自分が人間ではないものへ立ち戻ってしまうのではないかという恐れゆえだった。
 無理やり呼び出されたアトレータはというと、そもそもイェータとは反目し会う仲なので当然なのだが、大変に不機嫌だった。
(ったく、こんな時ばっかり起こしやがってこの能無しが)
(五月蝿ぇ、つべこべ言わず手伝え。てめぇだって理晨がいなくなったら困るだろうが)
(そりゃそうだ、名付け親だからな。だったらもう全部俺に任せちまえよ、理晨のこともホワイトドラゴンのことも全部、巧くやってやるから)
(ふざけろ、てめぇみてぇな化け物に理晨やホワイトドラゴンを任せられるか)
(ハッ、俺はお前なんだぜ? 化け物とは、酷ェ言いようじゃねぇかよ?)
(……俺は、人間だ。そうやって生きてる)
(ふん、どうだかな)
 アトレータの嘲る言葉を脳裏に聞きながら、イェータはなお崩れた廃ビル群のただ中を進んでいく。
 と、少し離れた場所で、銃声が響いた。
「!」
(ナイツSR-16。理晨の銃だ)
 銃声から銃種を割り出し、アトレータが低く告げる。
 イェータは無言で走り出した。
 人間離れした、というのが相応しい速度だった。
 ――当然だ、今のイェータは、『化け物』なのだから。
 巨大な瓦礫を飛び越え、走り抜け、音のした地点へ到着するまでわずかに数分。
 壁際に、理晨が追い詰められているのが見えた。
 迷彩柄の服を着た十数人の男たちが、サブマシンガンやアサルトライフルを手に、血塗れの理晨を包囲している。
 理晨がかなりの傷を負っていることに気づき、獲物を追い詰めるいやらしい優越感が、彼らの唇に張り付いているのを見て、イェータはあっさり切れた。たぶん、アトレータも同時に切れていたと思う。彼らは結局、同一のものだから。
 男たちが自分に気づいていないのをいいことに、気配を完全に断って近づき――この間に理晨はイェータに気づいたようだったが、気づいたことを微塵も表情に浮かべなかった――、イェータはいきなり背後からハンドガンを連射した。メインウェポンだったサブマシンガンを使わなかったのは、理晨に怪我をさせたくなかったからだ。
 冷酷非情な、正確無比な連射を背後から急所に喰らい、一気に三人が斃れる。
「理晨!」
 叫んだのはイェータだったか、アトレータだったか。
 イェータは、弾の切れたハンドガンを放り捨て、刃渡り四十cmのサバイバルナイフを引き抜いて、回避の間に合わなかったテロリストの首筋に切っ先を埋めた。それから、理晨の前に立ち塞がろうとしたテロリストに腕を伸ばし、肩と首を掴んで力を込め、一息に引き千切って投げ捨てた。
 噴き出す血潮が地面を赤く染める。
 テロリストの死骸がプレミアフィルムに変わる。
「理晨の前に汚ェ面ァ晒すんじゃねェよ、馬鹿が」
 化け物、という叫びに薄く笑うと――これは多分アトレータの反応だ――、素早く理晨のもとへ辿り着き、不意打ちと人間離れしたアトレータの行いに体勢を崩したテロリストたちが、気を取り直して再度攻撃態勢を整える前に、あちこちから血を噴きこぼす理晨を抱きかかえてその場を離れる。
 コンクリート壁の背後に身を隠すまで、通してわずかに二分。
 憎しみに満ちた怒声とともに、弾丸の雨がコンクリート壁を叩いている。
「イェータ……いや、アトレータ? どっちもか?」
 無言のまま自分の傷を検分するイェータを見つめて、理晨が的を射たことを言うと、
(やっぱり……判るんだな)
 アトレータが心持ち嬉しそうな声で呟いた。
 気持ちは判るので、そこは黙っておく。
「無茶しやがって……俺たちがどれだけ心配したか、判ってるのか」
 命に関わる傷がないことに安堵し、これが理晨の生き方で、在り方そのものなのだから無駄だろうと思いつつ、盛大な呼気とともに言うと、理晨は申し訳なさそうに笑ってごめん、と言った。
「でも……どうしても、な」
「……判ってる」
 判っていても、心配なだけだ。
 いつか喪うのではないかと、怖くて仕方ないだけだ。
 それでも、理晨に、自分を殺した生き方をしろとは言えず、だとしたら自分が命をかけて守るしかないのだろう、と、イェータがいつもの結論で溜め息を締め括った時、遠くの方からエンジン音が聞こえてきた。
「新手か?」
「……さっきの連中が仲間を呼んだかな」
「理晨、お前はそこにいろ。俺が――俺たちが片付けてくる」
 と、サブマシンガンを手にイェータが飛び出そうとすると、
(心配ねぇ、ありゃ、味方だ。理晨の匂いをつけてる奴らが乗ってる)
 イェータの意識にアトレータが囁き、にやりと笑って踵を返した(意識内で、だが)。
(戻るのか)
(恥ずかしがり屋なもんでね)
(言ってろ)
(じゃあな。――俺に主導権を渡すっての、考えておけよ)
(やなこった、早く帰れ馬鹿)
 にやにや笑うアトレータを罵詈で追い返し、イェータは理晨の隣に立つ。
「アトレータは?」
「刃とトイズが来たらしい。恥ずかしいから帰るってさ」
「そっか」
 短く言葉を交わす間に、エンジン音はどんどん大きくなり、次いで派手な爆発音が腹腔を震わせた。爆発に巻き込まれたテロリストたちの断末魔の絶叫がここまで聞こえてくる。
 ちらりと向こうを見遣ると、激怒を正しく表現した表情の刃が、トイズの運転するジープから身を乗り出して、サブマシンガンを盛大にぶっ放している。こちらに気づいたトイズが、運転しながら理晨にかすかな笑顔を向けた。
「“スティンガー”……よくそんな予算があったな」
「本当に。またしばらく質素倹約か、ウチは」
「イィの飯は安くて美味いからだいじょうぶだって」
「そりゃよかった」
「あ、そうだ、じゃがいものニョッキが食いてぇ。チキンクリームソースで」
「さよか」
「あと、海藻サラダとチョコレートタルト」
「あー判った判った、作る作る」
 戦場とは思えない暢気な会話のあと、
「マジで腹減った……」
 と、理晨が溜め息をつく頃には、周囲は静けさを取り戻していた。
 ぎゃりっ、とタイヤが砂利を踏む音がして、すぐ傍にジープが止まる。
 ここへ来るまでにも弾丸を喰らったらしく、あちこちが穴だらけだったが、走行に問題はなさそうだ。
「理晨!」
「無事でよかった、理晨」
 ドアを開けるのももどかしく、飛び出してきた刃とトイズが、理晨のもとへ走り寄ると、刃が理晨を抱き締め、トイズは理晨に抱きついた。
「ったく心配かけやがって……!」
「理晨、大丈夫か、あいつらに何もされてないか」
「助けに来てくれて嬉しいし心配かけて悪かったし別に何もされてねぇけど痛い痛いマジで痛ぇって! ふたりとも力入れすぎ……!」
「あ、悪ィ」
「ごめん理晨」
 傷口の上から力いっぱい抱き締められて理晨が悲鳴を上げる。
 ホワイトドラゴン隊員の例に漏れず、もちろん理晨が一番大切な刃とトイズはパッと身体を離し、自分たちがまったく同じ動きをしたことが気に食わなかったのか、さっと目を逸らした。
 先ほどの戦いを見ていれば息が合っていることは確かなのに、どうもこのふたりは仲が悪い。心底嫌い合っているというわけでもなさそうだが。
 と、刃の無線がざざっと音を立て、テロリストたちが掃討されたことを伝えてくる。
「やれやれ、終わったみてぇだな。理晨の手当てもあるし、とっととこんなとこからおさらばしようぜ」
「おさらばすることに異存はないけど、とりあえずニコチン、あんたは帰ったらひとり反省会開催だな」
「五月蝿ェよこのウスラトンカチ! だったらてめぇこそもっと早く来いってんだ!」
「はぁ? 俺はちゃんと物資を運んだし、理晨も見つけ出した。テロリストも倒したぞ。ニコチンよりも断然働いている」
「俺だってテロリストどもをぶっ殺しただろうが、このムッツリ助平!」
「……あんただけ置いていこうかな……」
 ふたりのおとなげのないやり取りを、イェータは呆れながら聞いていたのだが、くすっと笑った理晨が、
「なんやかや言って、刃とトイズって仲いいよな」
 そう微笑ましげに言ったので、小さく笑って頷いた。
「喧嘩するほど仲がいい、ってやつだ」
「よくねぇよ!」
「理晨、それは誤解だ」
 ふたり同時に言われて理晨がキョトンとする。
 イェータはそれにまた笑って、ジープのドアをくぐった。
 理晨に手を貸してやり、彼が後部座席に腰を落ち着けるのを見守って、トイズの巧みな運転でその場を――ムービーハザードをあとにする。
 理晨が無事だったのだ、他に言うべきことは何もなかったし、実を言うと、四人全員が、皆一緒ならどんな戦場でも乗り越えていけるような、強い絆を確信してもいたのだった。

 * * * * *

「イェータ、腹減った。早く飯にしてくれ」
「判った判った、判ってるから引っ張るな、髪が抜ける」
 そこから三時間後。
 時刻は午前十一時を回った辺り。
 トイズ・ダグラスは、ホワイトドラゴン仮設宿泊所のキッチンで、朝食とランチの混合食が出来上がるのを今か今かと待っていた。
 今日のメニューは、理晨のリクエストであるじゃがいものニョッキ・チキンクリームソース、海藻サラダに、ふわふわのスフレオムレツ、チーズとグリンピースのスクランブルエッグ、玉ねぎとにんにくのスープ、ベーコンとほうれん草のバターソテー。それに焼きたてのパン。
 デザートは勿論、理晨の大好きなチョコレートタルトだ。
「刃は?」
「酒が切れたから仕入れに行くっつってた。こんな昼間っから飲んだくれるつもりなのかなあのニコチンは」
「まぁ、戦勝祝いってことじゃねぇの? しまった、ついでに味醂も頼みゃよかったな……切らしてんだ」
「あ、このニョッキ美味い。じゃがいもの味がちゃんとする」
「あーこら理晨、何つまみ食いしてんだ」
「いいじゃないかイェータ、理晨なら」
「おまえのその思考回路はすげぇと思うよ」
「ほら、トイズもああ言ってるし。あ、トイズも食うか?」
「……理晨があーんしてくれたら食べる」
「え、そういうもんなのか? まあいいや、ほらトイズ、あーん」
 理晨が滑らかな黒褐色の指で差し出してくれたじゃがいものニョッキを頬張り、トイズは至福の瞬間を味わった。
「うん……美味い……!」
「そりゃよかった。まぁ、今のは付加価値がついてたみてぇだが」
 笑ったイェータが鍋をかき回す。
 チキンとクリームのいい匂いが鼻をくすぐる。
 理晨はいつものように笑っている。
 ひどい傷を負っていた理晨だったが、それを知った友人のムービースターが魔法とか言う便利なもので癒してくれたので、今の彼には瘡蓋ひとつないし、顔色もいい。というか、鮮やかな黄緑色のTシャツにラフなハーフパンツを履き、腕にバッキーをしがみつかせた理晨は、三十路後半とは思えない、犯罪的な可愛さだ。
 トイズはそれを見て、胸中にホッと息を吐く。
「本当に、よかった……」
「ん? どうした、トイズ?」
「……いや、うん、なんでもない」
 トイズにとってホワイトドラゴンは世界のようなものだ。
 この『世界』には、理晨と、ホワイトドラゴンの仲間たちさえいれば充分だとトイズは思っている。
 理晨が特別なのは、簡単に言えば心底惚れているからだが、イェータや団長も他の団員に比べたら特別だ。団長は拾ってくれた恩があり、イェータは入団してからたくさん世話になっている兄のような存在だから。
「ぅおーい、帰ったぞー。あー、腹減ったー」
 しかし、
「ん、ニコチンが帰って来たみたいだ。あいかわらず騒がしい奴」
 理晨を巡って、周囲にはくだらないだろうが本人たちには深刻な大喧嘩をする刃だって、トイズは信用している。傭兵としての仕事をしている時、躊躇わず背中を預けられる程度には。
「トイズ、皿の準備してくれ。カトラリーも頼む」
「判った。――ん、いい匂いだ」
「トイズ、何飲む? 俺はオレンジジュースにしようかな」
「じゃあ、理晨と一緒で。ニコチンとは違って、俺は昼間っから酒を飲むような駄目人間じゃないし」
「ぅおら聞こえてンぞそこのウスラトンカチ! 誰が駄目人間だって!?」
「あんた以外に誰がいる? 酒と煙草の所為で馬鹿になったんだろ、あんたって」
「てめぇそれは死にてぇってことか……!?」
 ド派手な喧嘩をするのも、信用しているからだ、と、何となく判っている。
 理晨やイェータは当然として、刃と同じ理由で時々大喧嘩をする他の団員だって、トイズにとっては『家族』だ。ホワイトドラゴンに入団したお陰で出来た、唯一絶対の、貴い人々だ。
 だからこそ、彼らとならどんな窮地でも抜け出すことが出来ると信じているし、自分も同じように信じられていると知っている。だからこそ、どんな状況でも軽口を叩きあえるし、本気で喧嘩をすることも出来るのだ。
「まぁ……そんなこと、このニコチンに言っても仕方ないだろうけどな」
「こらテメ、何を納得してやがる……!」
 怒りに目を三角にする刃の隣では、理晨が優しい目でトイズたちを見ていた。
 不思議な銀色の、透き通った灰色にも見える双眸に見つめられるだけで、トイズは、幸せとはどんなものなのかを、心底実感することが出来る。生きることがどれだけ幸せかを、声高に主張することができる。
「よし出来た、食おうぜ。他の連中の分も残しといてやらねぇとな」
 大鍋一杯分のじゃがいものニョッキを作り終えたイェータが、ほかほかと湯気を上げるそれを、各自の皿に盛り付けてくれる。
 トイズは理晨にほんの少し笑いかけ、席に着いた。――もちろん、理晨の隣だ。
「ここぞとばかりに理晨の隣に座るんじゃねぇやこのムッツリ助平が」
「自分もしっかり隣に座っておいて何を言ってるんだニコチン。あんたには己の頭の蝿を追え、っていうありがたいことわざを教えてやる」
「……トイズと刃って、仲いいよなぁ」
「ま、見てて面白ぇことに間違いはねぇな」
「だから仲よしじゃねぇっつーの!」
「やめてくれ理晨、こんな奴と仲がいいなんて、想像するだけで鳥肌が立つ」
 いつも通りのやり取りを繰り広げつつ、
「ま、とりあえず、お疲れさん」
 理晨がオレンジジュースの入ったグラスを掲げて見せたので、イェータも刃もトイズも、同じようにグラスを掲げる。そして、汗をかくそれらをカツンとぶつけ合い、今回の作戦の労をねぎらい合った。
「よし、んじゃいただきます! 念願の飯……!」
 すぐに理晨が食べることに没頭し初め、トイズはその、自分より一回り以上年上とは思えない可愛さを堪能しつつ、自分もまたイェータの作ってくれた心尽くしの食事に舌鼓を打ったのだった。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!
銀幕市での思い出を描くプラノベ群【Sol lucet omnibus】をお届けいたします。

一直線な理晨さんと、彼が大切で仕方のない人々の、銀幕市でも変わらないやりとりや絆を戦いに交えて描かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。

なんというか、理晨さんが心配で仕方ない、大切で仕方ない皆さんのお気持ち、記録者にも判る気がします。放っておけないというか、守りたいというか。

ともあれ、皆さんの中にある熱機関、「誰かが愛しくて大好きで仕方ない」という気持ちをきちんと描けていれば幸いです。

なお、ラストの辺りでは某絵師様のピンナップと色々リンクさせてみました。どんな風にリンクされているか、確かめていただくのも面白いかもしれません。


それでは、オファー、どうもありがとうございました。
またいつか、きっと、どこかで。
公開日時2009-07-24(金) 23:50
感想メールはこちらから