★ 落花 ★
クリエイター高遠一馬(wmvm5910)
管理番号96-8473 オファー日2009-06-29(月) 22:36
オファーPC 鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
ゲストPC1 読売(crut6135) ムービースター 男 38歳 読売
<ノベル>

 戸口に提げられた提灯がゆらゆらと仄かな明かりを落としているのが見えた。なにぶんにも携帯電話や時計といったものを持たない柘榴には、今が何時ぐらいであるのかを知る術はないに等しい。とりあえずは季節ごとの日没の具合などを見て見当をつけるしかないのだけれど、銀幕市では気のきいたことに、夕刻を報せる市内放送が流されるようになっている(聞けば、子供たちに夕刻を報せ帰宅を促す目的で市内放送を流すのは、なにも銀幕市にかぎったものではないらしい。けして珍しいものではないらしいのだけれど、柘榴は他の街を知らないのだ)。――そういえば先ほど“七つの子”が流されていたように記憶している。耳に馴染んだあの曲は夕暮れを連想するに相応しいものだと思う。そして、あれが流されたということは、夕刻の五時を過ぎたということだ。
 日の沈みはずいぶんと遅くなってきた。まだ帰路に着くには少々早い時間かもしれない。柘榴は真達羅の上から眼下に広がる街並みを見下ろし、髪を透き頬を撫でる風の心地良さに眦を細めた。
 
 あと数日で、銀幕市を包み込む“魔法”は消えてなくなるのだという。そうすれば柘榴たち“ムービースター”もまた消失し、この街からいなくなることになる。ついこの間まで絶望がこの街の隅々までをも包括してしまおうとしていた。目を塞ぎたくなるような、耳を塞いでしまいたくなるような出来事も多々起きた。それでも。生きのびた者も、死を迎えてしまった者も、すべてが希望を見失わなかった。足掻きは力強い歩みを生んだ。道を見出し、結果、街は今、不穏など欠片も見当たらない、長閑な夕焼けに包まれている。
 
 柘榴は眼下に見出した屋敷を指し、その導に従い、空を泳ぐ使鬼は静かに風をきり屋敷の前に主を降ろした。
「買いすぎてしまったものね。……素白さんはいるかしら」
 独りごちながら使鬼のざらざらとした尾鰭を撫でてやる。応えるように、真達羅が宙を叩いた。
 散歩に出向く前、柘榴は馴染みのある団子屋に足を寄せていた。そこでひとしきり談笑を楽しんだ後、ひとりで食すには少し……いや、かなり多い量の団子を購入した。正しくは、いくらか購入したのに対し、オマケと称した串が見る間に積み上げられていたのだが。
 ともかくも、柘榴はその団子を小さな友人である素白にも分けようと思い立ち、散歩がてらこうして屋敷に足を向けてみたのだった。
 と、宙を泳いでいた使鬼が、尾鰭で宙を軽く叩いた。水音にも似た音がする。――柘榴を呼んでいるのだ。
「どうしたの、真達羅」
 門戸をくぐり入りかけていた歩みをふと止めて振り向き、夕闇の中、こちらに歩き来る人影があるのを見つけた柘榴はわずかに首をかしげて目を細くする。
「読売さん?」
 声をかける。
 声をかけられたのは着流しを身につけ、笠を目深に被った男だった。口には煙管をくわえている。
「……おや、柘榴さん」
 笠の奥で銀にひらめく双眸がゆらりと眇められる。頬には菊を模した刺青が咲いていた。
「お散歩で?」
 からころと下駄を鳴らしながら柘榴の傍まで歩み寄ると、読売は柘榴の周りを泳ぐ使鬼に目をやって笑みを浮かべた。
「素白さんにお土産をと思いまして」
 返しながら団子の包を持ち上げて小さく振ってみせる。
「それを全部ですかい?」
「育ちざかりですもの」
 そう応えてから、柘榴は片手で口許を隠して笑った。
「冗談です。……ちょっと多く買いすぎてしまったものですから、素白さんにもお裾分けをと。……読売さんは? この後はなにか御用がおありですか?」
 訊ねた柘榴に、読売は小さくかぶりを振りながら笠を外す。
「あっしはただぶらぶらと流していただけでして」
「それなら、いかがですか? 素白さんも入れて、皆でお茶にしましょう」
 頬をゆるめ、読売をまっすぐに見据えてみた。
 読売は煙管を吸い、紫煙を一筋吐き出した後に笑みを浮かべる。
「そうでやんすね。……急ぎの用があるわけでもなし。……ご相伴にあずからせていただきやすよ」
「後で、お酒もお出ししますわ。肴は」
「団子を肴に、ってわけじゃあありやせんでしょうね」
 先手を打たれたが、柘榴は「まあ、ふふ」と笑っただけで、否定も肯定もしなかった。

 素白は思いがけず訪れたふたりの客に、喜色を満面に浮かべて跳ね上がった。
 銀幕市に現出してから随分と時が経っている。初めの頃こそ雑多な問題も生じたりしたが、今ではもうすっかりと子供らしい子供になっていた。近所には同じ年頃の友人も多々できたようだし、その友人たちの親が食事を届けてくれたりもしているという。屈託のない、明るい笑顔を咲かせることのできる子供になった。
「夕餉はもう済みましたか?」
 嬉しそうにまとわりついてくる素白の頭を撫でてやりながら柘榴が問うと、素白はふるふるとかぶりを振って応えた。
「今日は煮物をいただいたので、これから食べようと思っていました」
「まあ、良かったこと。お礼はきちんと言えましたか?」
「はい!」
 溌剌とした返事を述べた素白を褒めてやりつつ、柘榴は何度となく足を運び馴染んだ屋敷の中、読売を案内しながら進んだ。
「今日はお土産があるんですよ」
「わあ! 何ですか!?」
 問い、期待に目をキラキラと輝かせる素白に、読売が応える。
「団子でやんすよ。――これがまた尋常じゃあない串数でして」
「ぼく、お団子だいすきです!」
 声を弾ませた素白に、読売は「そいつぁ良かった」と言って笑い、頬の花を静かに掻いた。

 食事というものは、ひとりでするよりも数人でとった方がずっとずっと楽しい。
 談笑に包まれた食卓は、提灯が落とす仄かなぬくもりにも似て、心の中からふうわりと温められていくような、不思議な空気に満ちていた。
 あと数日ですべてが夢の向こうに消えてしまう。そんな、けして遠くはない未来が、まるでどこか遠くで起きている、他人事のようにすら思えてしまうほどに、安穏としたひとときがそこには確かにあった。
 
 食事を終え、お茶と団子で腹を膨らませた後、素白は大きなあくびをして、柘榴の影から飛び出してきた安底羅のふわふわとした腹に頭をあずけて眠ってしまった。安底羅は寝入った素白に対し、気分を害するでもなく、それどころか長い耳をひとしきり小さく動かしてみせた後に自身もまた静かな寝息をたてている。柘榴の使鬼の中でも際立って気が短くケンカっぱやい性格をしているわりに、素白には心の底から好意を見せている。
「夜はまだ寒いのですし、暖かくしておやすみなさい」
 柘榴はひそやかな声でそう述べて素白の髪を撫で、薄い毛布をかけてやった。
 少し距離をおいた場所では読売が煙管を吹かしている。
「そういえば、読売さんからの依頼を請けたおかげで、この子と知り合えたのでした」
 独り言を落とすように口を開いた柘榴に、読売が視線を持ち上げて応えた。
「そうでしたかねえ」
「まあ、お忘れですか? ……でも、ふふ……そのほうがあなたらしいのかもしれません」
 小さく口許を綻ばせながら、柘榴はふと視線を小窓の向こうへと移す。
 夕闇は消え、今はもう夜の闇が広がっているばかりだ。その暗い空の中、下弦の月がひらひらと張り付いている。
「あの時も確か、こんな風に、きれいな下弦の月の晩でしたわ」
「ほう」
 返し、読売もまた柘榴の視線を追う。月の光を隠す雲もない夜空だ。
「ああ、そうそう」
 ふと、柘榴は月を見て何事かを思い出したのか、着物の袖口から日本酒の瓶をひとつ抜き出し、首をかしげた。
「よろしければいかがですか? 甘いものを食べた後はこういったものを欲しくなりますでしょう?」
 言って微笑んだ柘榴の言に、読売は月を仰ぎ見ていた視線をゆるゆると落とし、柘榴の手の中にある小さな瓶を検める。銘柄は掠れて消え、それがどんな酒であるのかを窺い知ることは、見ただけでは難しそうだ。
「純米酒ですわ。――私、これがとても好きで。時どきひとりで晩酌のお供にしているのですよ」
「“こちらで”買われたもので?」
「ええ」
 うなずきながら、透明なガラスの杯に酒を注ぐ。芳醇な山廃香がたちまちに空気を満たした。
「吟醸香は純米酒にもあるものだとは言いますが、私はこの山廃香も大好きなのですわ。個性的で、すばらしいものを感じますでしょう?」
 差し出された杯を受け取って、読売は一口運ぶ。
「こいつはまた良い酒で」
 感嘆の息を吐き出している読売を見つめて頬をゆるめ、柘榴は自分もまた杯を口に運んだ。

「私、この街に来てから、たくさんの依頼を請けてまいりましたわ」
 杯を空けながら柘榴が落とす。読売は相槌こそ返してくれているものの、とりたてて返事のようなものを返してはこない。ただ、空になった柘榴の杯に酒を注ぎいれる。
「楽しい依頼もありましたし……そうでないものもありましたわ。でもおかげでたくさんの方々と知り合うこともできましたし、結果的には請けてきて良かったのだと思います」
 言って、柘榴はふと読売の顔を覗き見た。読売もまた柘榴の顔を見、笑みを浮かべる。
「私がこの街に来て請けた依頼のことは、全部きちんと覚えていますわ。……その中でも一番印象深いのは、やはり、一番最初に請けたもの」
「ほう。そいつぁどういった内容で?」
 頬をゆるめながら読売が問いてきた。が、柘榴は答えず、杯を口にしながら視線を細める。
「私はあの時、ヒトを殺める、その業の深さ……重さを投げつけてやりたかっただけだったのかもしれません」
 全身を黒で覆い隠し、顔すら窺わせず、ただ無闇にヒトを殺し続けた男の姿が記憶の中に浮かぶ。くつくつと喉を鳴らすようにして嗤うあの声は、今も耳に色濃く染み付いたままだ。
「ほほう」
 その声とよく似た声音で、読売は静かに笑う。柘榴もまた小さく笑い、小窓の向こうの月に目をやった。
「でも、今はあの頃とは違う考え方を持っています。――問いかけを投げつけるのではなく、……呪い屋としての私であればこそ、もしかするともっと別の方法で解決の糸口を見出すことはできなかったのかと。……後悔、とは違うのですけれど」
「なぜヒトを殺めるのかを問うのではなく?」
「ええ」
 うなずき、杯を空ける。
「――そうでやんすか」
 小さく喉を鳴らし、読売はやはり笑うばかりだった。

 その時、ふと、寝入っている素白が寝返りをうち、ゴニョゴニョと寝言のようなことを口にした。安底羅が耳をぴくぴくと動かしている。

 柘榴は口をつぐみ、素白の髪を梳いてやりながらゆったりとした笑みを浮かべた。
「この街で過ごしたからでしょうか。……こんなことを考えるようになるなんて。……ふふ」
 応えは返されなかった。
 柘榴は再び視線を持ち上げて読売の顔を覗きこみ、頬をゆるめながら首をかしげる。
「せっかくの機会ですし、読売さんのお話も伺ってみたく思うのですけれど」
 いかがでしょうか。そう訊ねた柘榴に、読売は刹那困ったように笑って、けれども逡巡することもなく、杯を口に運びながらうなずいた。
「何からお話しやしょうかね」


 下弦の月がひらひらと閃いている。――魔法はまだもう少しだけ続いていくのだと囁くように。
 

クリエイターコメント梢よりよこぎる花をふきたてて山もとわたる春の夕風

出典は風雅集 秀歌選 となっています。


このたびはオファーありがとうございました。
プラノベで読売を描かせていただくのは初の機会でありました。お声かけてくださり、まことにありがとうございました。

静かな夜の、静かな酒の席。そういった空気をうまく伝えることができていればと思います。 
公開日時2009-07-28(火) 18:40
感想メールはこちらから