★ 希望のマーチ ★
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
管理番号938-8483 オファー日2009-06-30(火) 19:04
オファーPC ベル(ctfn3642) ムービースター 男 13歳 キメラの魔女狩り
ゲストPC1 セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
<ノベル>

「ふーん」
 ソレを聞いたとき、ベルはそう言った。
「そうか。やっぱりな」
 ソレを聞いたとき、セバスチャン・スワンボートはそう言った。
 ふたりとも、たったソレだけ。
 銀幕市にかかった魔法は解けて、バッキーは神の元へ戻り、ムービースターは消えていなくなる――。リオネから町中へ伝わった、「終わり」の報せ。ソレを聞いたのに、ふたりはそう言っただけだった。ベルはランタン・シールドの手入れを再開し、セバスチャンは読みかけの本に目を戻した。

 そんなふたりの最後の日々は、いつもどおりに進んでいった。
 親しい誰かと、しめやかな言葉を交わすわけでもなく。
 記念写真を撮りに行くでもなく。
 何か特別なことをしたほうがいいのかな、とは頭の片隅で思っていたが、結局何もしないまま、最後の日々を消化していった。

「いつだっけ? 最後の日」
「6月13日」
「えーとー、明日? 明後日?」
「まあ、それくらいだな」
 ベルとセバスチャンは、ふたりで繁華街の通りを散歩していた。適当なところで昼食を食べるつもりで。セバスチャンは落ち着いて本が読めそうなところを希望していたが、ベルの希望はワゴンのフォカッチャだった。
「アレ、一回食べて見たかったんだー」
「ん? お前が食いたいモノなんて珍し……ぅぉ」
 食の細いベルが珍しく食べたがっているモノは――激辛ハバネロソース&黒コショウチョリソのフォカッチャだった。名前と、やたらと真っ赤なサンプル写真を見ただけで、常人なら胃と舌が痛くなってくる。むろんセバスチャンも、食べてもいないのに顔をしかめていた。
「あんなモン食ったら舌とハラがバカになるぞ」
「もとからあちこちバカだしー、べつにいいよー。面白そーでしょ」
「面白そうなメシってどうかと思うね、俺は!」
「フツーの味のもあるみたいだよ。セバンはフツーのを食べればいいよー」
「フー……。まあいいか、うまそうではあるし……。じゃ、俺はデミグラスソースのハンバーグフォカッチャな」
「はい、お金」
「俺が買うんかい!」
 ふたりにとってはよくあるやり取りを交わしながら、セバスチャンがワゴンに注文した。飲み物はコーラのLサイズをひとつだけ。ベルは食が細いので、飲み物は回し飲みで充分だ。フォカッチャ一個でも多すぎるかもしれない。
「ソレ責任持って全部食えよ。俺絶対ヤだかんな」
「半分食べるー?」
「今の俺の話聞いてた!?」
「いらないの。んじゃ、いただきまーす」
 歩きながら、ベルはフォカッチャにかぶりついた。セバスチャンはベンチにでも腰を落ち着けてゆっくり食べたかったが、仕方なく包みを開けた。
「おっ!?」
 ベルの横で、セバスチャンがいきなり前につんのめる。
 コーラのフタが取れて、中身がこぼれた。フォカッチャは地面に落ちてしまった。ふたりが手を伸ばす前に、セバスチャンの後ろから小汚い犬が飛び出してきて、フォカッチャをくわえて逃げていった。
「あ、ドロボー」
「おいコラ、イデデ……待てドロボー!」
 ベルが冷静に激辛フォカッチャをほおばる中、セハズチャンは猛然と犬と追いかけた。犬の足はそれほど速くなかった、どうやら後足を少し引きずっているようだ。しかしセバスチャンよりは若干速かった。しかも、セバスチャンが追いかけてくることを知った犬は、ギョッとした顔をしてから速度を上げたのだ。
 その頃にはベルもさすがにセバスチャンと犬を追いかけ始めていた。ベルはアッサリセバスチャンを追い抜く。犬が角を曲がった。追いすがるふたりも、当然曲がった。

 と――
 一瞬で、風景が変わってしまった。

 街の真っ只中だったハズが、のどかな、ヨーロッパ風の田園と草原の風景に変わったのだ。昼時だったにもかかわらず、黄昏時になっていた。
 ここはなだらかな丘の上のようだ。眼下には、草原と畑が広がっている。ぽつんと一軒だけ、レンガ造りの家が建っていた。ベルとセバスチャンは足を止める。犬は……見失ってしまった。
「おおお……何だこりゃ……」
「ハザードっぽいねー」
「腹は減ってるし最後になってハザードに巻き込まれるし最悪だチクショー」
「僕のコレ食べる?」
「激辛なんだろ、ソレ」
 ベルはセバスチャンがいらないと言うので、残りのフォカッチャを全部口の中に押し込んだ。モグモグ租借しながら辺りを見回し、やがて、あっと声を上げた。
「アレ、犬」
「なに? どこだ」
「馬とか鳥とかと話してるよー」
 ベルが指差す方向を、セバスチャンがボサボサ髪の間から見つめる。
 あの犬は、確かに、だいぶ下のほうにいた。あの犬がシッポを振って、3匹の動物たちと話している。動物が話すワケはないのに、なぜか確信が持てるのだった。
「本当だ。ベル、でも、ありゃ馬じゃなくてロバだな」
「あ、そう。……あ、こっち見た」
 動物たちは顔を上げて、ベルとセバスチャンを見たあと、またしばらく話し合い――やがて、ゆっくり近づいてきた。
 ロバと犬と猫とニワトリだ。どの動物も獰猛で危険な存在ではないので、セバスチャンは警戒を解いた。何かあればベルが力ワザで何とかしてくれるだろう、とも思ったのだ。しかしソレも杞憂に終わった。
 動物たちは、みんな年老いていた。犬が足を引きずっていたのも、年を取っているからだ。
「すみませんね……犬くんがあんたの食べ物を盗ってきてしまったようで……」
 フガフガとロバが人語を話した。
「ロバのヤツはそのへんの草でいいしオレはそのへんの種でいいんだが、犬と猫はそうはいかんからさ」
 ニワトリが早口でまくしてたてる。
「街には戻りたくないんですニャ……年寄りには不親切すぎてネェ……」
 猫は、聞いているこっちが眠くなるくらいしゃべりがトロい。
「ロバに犬に猫にニワトリか。何か聞いたことあるぞ?」
 セバスチャンはしばし考えたあと、手を打った。
「あんたら、ひょっとしてブレーメンを目指してるんじゃないか?」
「ええ、ええ、そのとおりです。どうしてご存知なんですかね」
 ロバが何度も頷いた。
 ベルはキョトンとして、セバスチャンと動物たちを見比べる。彼は『ブレーメンの音楽隊』を知らなかった。セバスチャンが「おいおい説明するよ」とベルに耳打つ。
「旅の途中で路銀が尽きてしまって。家……ほれ、あの家を見つけたんですが、中はならず者の溜まり場です。水一杯分けてもらえませんで。怖いんですよ。仕方なく、犬くんが街に戻って食べ物を盗んできたというワケです」
「申し訳ない。コレはお返しします」
 犬がシッポを垂らしながらフォカッチャを突き出してきたが、すでに犬の唾液でベタベタだった。セバスチャンはガックリ肩を落とす。
「……いいよ、食って」
「あああありがとうございますぅぅ」
「にしても、原作と違うぞ。あんたらはあの家の悪人どもを追っ払うんだ」
「原作?」
「よくわからんが無理無理無理無理無理。オレたちはもうろくしてるし、ヤツらはトラより凶暴だ」
 ニワトリが羽根を撒き散らしながら早口でわめきたてる。
「僕もよくわかんないんだけどー……あの家に住んでる悪いヤツらを、やっつければいいんだね?」
 バシャッ、とベルのランタン・シールドが開いた。動物たちと同時にセバスチャンも引いた。ベルはいつもの無表情だ。
「いやその理屈はおかしいようなおかしくないような――」
「ソイツら、中にいるのー?」
「は、はあ……。さっき街で盗みだか強盗だかをやってきたらしくて、金貨をドッサリ運び込んでましたなあ」
「わかった。じゃ、行ってきまーす」
「お、おいおい、ベル!」
 セバスチャンはついさっきまでベルの力ワザに期待していたのだが、いざ彼が実行に移そうとすると慌てた。ランタンシールドの具合を確かめるために、刃を開いたり閉じたりしながら、ベルは丘を下っていく。
「ちょっと待て。『ブレーメンの音楽隊』が原作なら、無血で解決する策があるんだよ」
「えー? めんどくさいよー。おじーちゃんたちにムリさせるのも何だかなーって思うし」
「いや、お前が思ってるほど難しくないんだ」
「セバンは下がってたほうがいいよー。ちゃっちゃと片づけてくるから」
「お前はぁ……ハデに戦うほうが面倒だとは思わねーのか……」
 ベルの説得はムリ、と見たセバスチャンは、ベルの言葉に従った。年老いた動物たちは、ソロソロ後ろからついてきているが、ベルが怖いのかならず者が怖いのか、かなりの距離を取っている。
「わっはっはー。ベルフェゴールのお通りだー」
 無表情、そして抑揚ゼロ。さして大声でもない。だがベルはそんな名乗りを上げて、一軒家の中に押し入った。中は酒とタバコの匂いでいっぱいで、かなりの時間窓を閉め切っていたらしく、空気は澱んでいた。人相の悪い男たちが色めき立った。テーブルの上には、カンテラが照らす金貨の山がある。
 ベルは金貨には目もくれず、左腕を上げた。
 バシャッ、とランタン・シールドが開く。
「悪魔だぁぁぁぁ!!」
「ウワァァァァァ!!」
 悪党は全部で8人いただろうか。一応ナイフを抜いた者もいたが、ほとんどは窓から外へ飛び出して逃げていった。ナイフを振り回していた悪党も、一瞬でベルの刃にナイフを弾き飛ばされ、結局逃げていった。
 誰もいなくなった部屋の中に進み出て、ベルはテーブルの上の金貨をチャラチャラもてあそんだ。彼が知っている金ではなかったし、金に興味も持っていない。
 ベルは家の外に出た。セバスチャンと動物たちが、ポカンとして立ち尽くしている。ベルは知りようもないことだったが、ならず者どもはセバスチャンたちのすぐ目の前を駆け抜けていったのだ。
「セバン。僕にも無血開城できたよー」
「いや……城じゃないですから……」

 展開に多少のオリジナル要素が加わったものの、『ブレーメンの音楽隊』は無事に大団円を迎えた。年老いた動物たちは結局ブレーメンに行かず、この家に住み着き、悪党が集めた金貨や財宝で暮らすことになるのだ。
「そんなワケなので、この楽譜は必要なくなりましたニャ」
「ん?」
 猫がどこからか、羊皮紙にしたためた楽譜を持ってきて、セバスチャンに手渡した。
「ブレーメンに着いたら、このマーチを演奏しながら街を練り歩くつもりでした。わしらが旅の間に作った曲です」
「いいのー?」
「思い入れがあるんじゃないのか?」
「お気になさらず。わしはあなたの食べ物を盗みましたから、そのお詫びもしたいのです」
「そうか……」
 動物たちは幸せそうだった。犬と猫は、セバスチャンが食べるハズだったフォカッチャを、仲良く分け合って食べている。
 セバスチャンは楽譜を、受け取った。



 もと来た道なき道を辿ってみれば、簡単に銀幕市の繁華街に戻れた。
 あの動物たちがムービースターだったのか、それともハザードの一部だったのか、わからない。彼らは、自分たちを実体化させている魔法の存在を知らないようだった。
 今になっては、わざわざ説明する必要もないだろう。
 ベルとセバスチャンは、もらった楽譜を見ながら街中を歩いた。
「これ、消えちゃうかなー?」
「んー、ああ……なんとも言えんなぁ」
 セバスチャンが、奥歯にモノが挟まったような、煮え切らない答えを言う。誰にもわからないことだった。だから、そんな曖昧な答えも、仕方のないことだ。
 ベルが足を止めた。
 青空の下に、銀幕市役所がある。
 セバスチャンは、ベルの視線につられたように、黙って市役所を見上げていた。
 この瞬間まで、ふたりはいつもどおりに過ごしていたのだ。けれど、どういうワケか、このとき……思い出した。この市役所の前で、出会ったことを。町中で、他にも素敵な出会いがあったことを。とても大切な人ができて……一緒にいろんな体験を――今日のハザードのような出来事を、共有してきたことを。
「人間が作ったモノなら、間違いなく残るだろうな。ここは、魔法がかかるずっと前からあったんだし」
「そうかー……」
「ちょっと、イタズラしていこうぜ」
 セバスチャンはベルにウインクしてきたが、ボサボサの前髪が完全に彼の両目を覆い隠していたので、無意味だった。

 年老いた動物たちが作った曲。
 その楽譜が、市役所の裏の、雑草で隠されそうな湿った壁に、がりがりと刻まれていく。
『流行らなかったなあ ボサボサ頭』
『誰か象引き取ってください』
『ボサボサあたま いいのにね』
『激辛はぜんぜん激辛じゃない』
『ツンデレは永遠に』
『ヤンデレーも いいとおもうよ』
 脈略のない、ボヤキのような言葉も。
 ベルとセバスチャンは、市役所の壁に、そんな落書きを残した。
『象いりませんか』――セバスチャンはその言葉だけ、もう一度書き込んだ。楽譜やボヤキよりも、いくぶん目立つところに。

「いいの?」
「何が?」
「ツンデレーあてのメッセージ、これだけ? 『ツンデレは永遠に』」
「あー……うーん……まあ、ボサボサ発言と象発言で、誰が書いたかわかるだろうし……うーん」
 セバスチャンはバリバリ頭をかいた。ボサボサ頭がよりボサボサになる。
「いや! コレでいい。そのための楽譜だ」
「ああ」
 ベルは大きくうなずいた。
「僕、どんな曲かはわからないけどー……きっと、ヴァイオリンでも、弾けるよね?」
 ベルとセバスチャンは、書き上がったメッセージを、しばらく無言で見つめていた。
「あのー……」
 背後から、遠慮がちに声をかけられたのはそのときだ。振り返ってみれば、そこには、明らかに市役所の職員と思しき格好の男が立っていた。
 ベルとセバスチャンは、ほうほうのていで逃げ出した。
「……」
 職員にとって、壁に刻まれたモノは、迷惑な落書きでしかなかった――『象いりませんか』の記述を見るまでは。彼は黙って落書きを見つめ、そして、ちょっと悲しげにも見える笑みを浮かべた。

 落書きが消されることはない。
 そして市役所の掲示板には、『象いりませんか』という貼り紙が、いつの間にか貼り出されていた。

クリエイターコメントオファーありがとうございました。諸口WRのアリスプラノベの印象が強いため、今回のハザードも童話にしてみました。おふたりの掛け合いは、書いていてとても楽しかったです。PL様も楽しんでいただけたら嬉しいのですが。
楽譜はずっと残るでしょう。そういうことにしておきたいです。
公開日時2009-07-24(金) 18:30
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