★ Into the magic night. ★
クリエイター諸口正巳(wynx4380)
管理番号100-8445 オファー日2009-06-27(土) 22:58
オファーPC アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
ゲストPC1 浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
<ノベル>

「むフフフ。どぅフフフフ……」
 ガスマスクをかぶっているせいか、アレグラの含み笑いは、怪しくて不気味なものになってしまっていた。スキップとそう大差ない、軽い足取り。たったかたったかと軽快な音とは裏腹に、見ていて非常に危なっかしいのは、彼女が一枚のビラを見ながら進んでいるせいだ。

『ケイン・ザ・サーカスのラストパレード!

 銀幕市の大騒動もいよいよフィナーレ!
 最後の夜まで、ケイン・ザ・サーカスは毎夜どこかを練り歩いています。
 運良くパレードを見つけたあなた! 一緒に楽しく歩いてみませんか?
 今回は何も事件は起きません! たぶん!
 たぶん!

 このビラのウラはスタンプシートになっています。
 パレードの中には、スタンプを持った団員とお手伝いさんがいます。
 スタンプをたくさん集めたら、
 しましまおじさんを見つけてシートをあげてね。
 すてきなプレゼントと交換してもらえるよ!』

 アレグラは、数日前このビラを受け取った。日が暮れてから、同居人と一緒にコンビニに醤油を買いに行ったときだ。調子はずれのマーチが聞こえてきて、ゆらゆらと近づいてくる死臭と篝火に、アレグラは最初怯えて泣き叫んだ。
 が、彼らがかつて自分を楽しませてくれたサーカス団だと知ると、一転して大喜びし、ゾンビに突進していって、ビラをゲットしたのだ。同居人は「パレードに子供が行くと誘拐されるのが関の山だから」とかなんとか言ってパレード行きを渋った。仕方がないのでアレグラは同居人と一緒に行くことをあきらめ、友達や隣人に声をかけたのである。
 アレグラの知り合いや友達のうち、ある者はパレードの警備をすると言った。またある者は、すでに先約が入ってしまっていると言った。ある者はパレードのお手伝いのお手伝いをするそうだ。ひとりで行くしかないのかと焦り始めたアレグラのそばを、偶然浅間縁が通りがかって、パレードへの同行を約束してくれたのだった。
 しかし縁は「めんどくさい宿題のレポート」があるので、一緒にパレードに行けるのは、そのめんどくさいレポートが出来上がってから、らしい。
 アレグラは待った。
 ほんの数日だったが、ずっと待った。
 暇さえあればパレードのビラを出して眺めていたので、行く前からすでにビラはしわくちゃになっている。

『エニシ、いつ行く? しくだい、いつ終わる? いつ?』
『うーんそうだなー2、3日中にはなんとか』

 縁のテキトーな返事は失敗だった。
 子供相手には、もっとはっきり日時を決めておくべきだったのだ。日本人特有の曖昧な表現が、子供の、しかもレークイム人のアレグラにはうまく伝わらなかった。外国人はこういった曖昧さが苦手だ。レークイム人も一応外国人だろう。
 アレグラはそれから毎日、夕方になると浅間宅を訪れるようになり――
「エニシー、まだかー? エニシー、しくだいおわったー? エニシー、返事しろー!」
「でぁああっもうっ!」
 開けた窓の下から聞こえてくるコールに、縁は軽くノイローゼになりかけていた。アレグラがうっとうしいわけではないのだ。2日かけてもレポートが出来上がらず、アレグラを待たせてしまっているのが忍びない。
「ダメだこいつ……早くなんとかしないと……」
 提出日は明後日だ。
 だがレポートはまだ5行しか進んでいなかった。そもそもレポートというのは、普通大学から始めるものではないだろうか。しかしそんなツッコミに対して担任はちゃんと対策を練っていた。このレポートの趣旨は『大学で書かされることに備えて、高校生のうちに初めてのレポートを書いてみよう!』なのだから。そういう冗談いらないですから。
「エニシー!」
「大体さー、うち商業科じゃん。就職する人のほうが多いじゃん。みんながみんな進学するとは限んないじゃん。じゃあ意味ないじゃん、こんなこと」
「エニシー。エニ……」
 縁がぶつぶつ文句を言いながらレポートの上に突っ伏していると、唐突にアレグラの呼びかけがやんだ。何が起きたのかと不安になったが、悲鳴も何も聞こえてこなかったので、何か悪いことが起きたわけではあるまい。
 身を乗り出して窓の下を確認する。
 アレグラの姿はなくなっていた、が――
「縁ー! 今日もアレグラちゃんが来てるわよ!」
「うわぁ! おかーさんが家に上げちゃっていたとわぁぁぁ」
 縁は頭を抱えて、声にならない叫び声を上げた。
 アレグラのはしゃいだ声が、どんどん近づいてくる。


 縁の宿題は、まだ終わっていないようだった。縁は遠まわしでもなんでもなく、ストレートにそう言ってのけたが、すまなそうな顔はしていた。
 大人が嘘をついたり、悪巧みを隠していたり、ごまかそうとしたりするとき、アレグラには何となくわかるのだ。縁は嘘をついていなかったし、何もごまかそうとしていない。アレグラは逆に、反省した。
「そか、アレグラの声、デカかったな。エニシのしくだい、ジャマしたな」
「気にしなくていいよ。どんだけしーんとしてても進まないから、どーせ」
「アレグラてつだえないか?」
「いやいやいや、無理無理無理。気持ちだけもらっとくわー」
「でもエニシ、いつもしくだい。はなまる描いたときもしくだい。しくだいはむずかしい。しくだいは大変。がくせえは大変?」
「そりゃもう大変大変。こっちは遊ぶのに忙しいのに、その上勉強までさせられるんだからね」
 学生の主な仕事は遊びではなく勉強なのだが、縁はさらっと子供にすごい嘘を教えた。なぜかアレグラはそれが嘘だと見抜けず、ほーほー納得する。たぶん縁自身がそれを嘘だと思っていなかったからだ。ということは、これは嘘とは言えないのか? 哲学である。永遠の課題である。
 縁は机のほうを見て、がりがり頭をかいた。
「そうだなあ」
 その目が、ベッドの上でバッキーのぬいぐるみとたわむれているバッキーをとらえた。
 ものも言わずに縁はバッキーに近づき、乱暴に抱え上げる。
「ちょっとあんた、アレグラと遊んでてくんない? 念のため言っとくけど、絶対食べちゃダメだかんね」
 バッキーはきょとんとしただけで、相槌ひとつ打たない。だが縁はかまわず、バッキーをアレグラに押しつけた。
「アレグラ、こいつで遊んでて」
「うん?」
「約束。6時になったら出かけよう」
「え、今日!? 今日行くのか!?」
「ううん、30分くらいね、下見に行くの。本格的に遊ぶのは明日」
「したみ?」
「そーそー。アレグラはスタンプ集めたいんでしょ? だったら様子を見て作戦を練らないと! どうせこういうイベントはカオスになるんだから。カオスとは、すなわち戦いなのよ。戦いでは情報がものを言うの」
「おー。万事ぬかりないな、エニシ。したみにさくせんかいぎ、アレグラさんせいだ!」
 縁のバッキーを高い高いしながら、アレグラは飛び跳ねて、ひとまず縁の部屋を出て行った。縁はすぐに机に戻り、シャープペンを握った。午後6時まで――タイムリミットまで、あと2時間ある。アレグラは母とバッキーのエンに任せておけば、2時間くらいならなんとかなるだろう。
 レポートを仕上げるには、2時間は短すぎるが……今日夜更かしをするか、明日の授業中に内職しまくるかで、きっと何とか仕上がるはずだ。とりあえず今は、レポート用紙を一枚埋めることだけ考えよう。
 ――何とかなるって。うん、何とかなる。
 階下から歓声が聞こえてきた。アレグラとバッキーのエンは仲良くやっているようだ。


 浅間縁の自宅は、銀幕市のみならず、日本中どこにでもある、ありふれた一軒家だった。しかし、アレグラのような子供にとって、「初めての場所」というのは未知の探検ゾーンにほかならなかった。それは、ごく一般的な一軒家にも当てはまる。
 縁が宿題をしている間、アレグラが退屈することはなかった。はじめのうちは、居間でバッキーをぐにぐにいじっていた。エンは明らかに抗議の目で見てきたが、アレグラに噛みつきもしなかった。アレグラも、同居人から「バッキーには絶対に触れないよう」言い聞かせているのだが、今はすっかり忘れている。
 ときどきバッキーはアレグラの魔の手からじたばた逃れ、家の中を駆けずり回って、狭いところに逃げこんだ。しかしそれは逆効果だった。アレグラはバッキーがかくれんぼしたがっているとカン違いし、歓声を上げながら、ぱたぱた浅間宅を走り回っていた。バッキーにとっては迷惑だったに違いない。もしかすると恐怖だったかもしれない。それでもアリグラを食べようとしないだけ偉かったと言えるだろう。
「あの子、ずいぶん宿題に苦戦してるのねえ。……アレグラちゃん、クッキー食べる?」
「食べる食べる!」
 バッキーでひとり遊びしている(まるでバッキーがおもちゃのような言い方)アレグラを見かねて、縁の母親が気を利かせた。戸棚の奥に隠していたとっておきのお菓子を、ジュースと一緒に差し出す。とっておきのお菓子とは、たとえばシルベーヌやエンゼルパイだ。
 アレグラはバッキーをほーり出し、ジュースとお菓子をパクついた。縁の母親は、アレグラをにこにこ見守りながら夕食の準備を始めている。米をとぐ軽快な音が響き、つけっぱなしのテレビが時代劇の再放送を垂れ流していた。
「あ! せいざえもん出る? 出るこない?」
「せいざえもん?」
「ちょんまげのやつ! かっこうおなじ。出るこない?」
「うーん、水戸黄門にそういう名前の人は出てこなかったような気がするわね」
「なーんだ」
「あ、この時間なら、他のチャンネルでマンガやってるかもしれないわよ。リモコンはそこね」
「おおー、アレグラマンガみるマンガ!」
 テレビで観られるのはマンガじゃなくてアニメですよー。
 しかしそんなマニアックなツッコミは、普通の主婦といたいけな子供に対してあまりに野暮である。
 アレグラは今度はお菓子とジュースをほーり出し、テレビにかじりついた。縁の母親が踏んだとおり、テレ東はマンガを放送していた。
『ふははははこれで一巻の終わりだ』
『くそう、悪の組織ミサイル団! 世界征服なんてさせないぞ!』
「せかいせえふく!」
 その言葉に、アレグラは跳ね上がるくらい反応した。
「せかいせえふく、地球征服と意味おなじ。そなことさせるかー! ぶーぶー! 地球、レークイム帝国ももの!」
 縁の母親は米をとぎ終わり、炊飯器の蓋を開けた。中に緑色の丸いものが入っていたので、彼女は悲鳴を上げかけた。アレグラから解放されたバッキーは、そこに身を潜めていたのだ。

 30分が経った。

『ついにおれたちはミサイル団を追いつめた! 待ってろボスめ。ビケモンとの友情パワーでおまえをやっつけてやる! 次回!! 「レインボー山でのけっせん」!! 来週も、ビケモンキャッチだぜ!』
「うおお、来週みのがせない。おぼえとかないと」
 マンガに熱中していたあまり、アレグラの世界から30分ほど時間が吹っ飛ばされていた。今が6時であること、6時に縁と一緒に出発するということを完全に忘れている。
「来週ね。うん、来週かあ。忘れないようにしなよ」
 というか隣に縁が座っていることにも気づいてなかった。
 縁がしみじみと『来週』という言葉を繰り返した意味など、アレグラが気づくはずもない。
「あれ、エニシいたのか」
「ちょっとー、そんな言い方ないでしょー。せっかく人が締切守るために頑張ったってのにさー」
「しめきり? なんの?」
「あ、忘れたの。じゃ、パレードの下見行かなくてもいいってことで」
「ほわー、そうだった!」
 アレグラは飛び上がり、ガスマスクを上げたり下げたりしながらあたふたして、時計を見つけた。
「6時だエニシ! 出撃の時間だ」
「あーやっぱ結局行くんだ。はいはい、出かけましょうか」
「あんたこんな時間にどこ行く気? ごはん炊いちゃったよ!」
 腰を上げた縁に、母親が抗議を投げかけてくる。
「置いといてよ。1時間くらいで帰ってくるし」
「気をつけて行きなさいよ。エンちゃん連れて行かないの? ここにいるんだけど」
「なんでそんなとこに……」
 縁のバッキーはお菓子の器の中で猫のように丸くなっていた。バッキーを物体のように掴み上げた縁の目に、食べかけのシルベーヌの姿が飛びこむ。縁は悲鳴のようなものを上げた。
「ちょ、こんなのいつ買ってどこしまってたの!?」
「チッ、バレたか」
「くそぉぉぉ」
「エニシー、早く行くぞぉ」
「ったくもー、行ってきまーす!」
 縁はチョコレートくさいバッキーをバッグの中に押し込むと、すでに玄関で待っているアレグラのもとに走っていった。


 時刻は午後6時だが、6月も半ばになると、日の長さを感じるものだ。日がまだ沈んでいない。しかし、さすがに傾きすぎた日は建物や木々の影に隠れてしまっていて、街の足元は藍色に染まり始めていた。空だけが燃えるような橙だ。一番星はもう輝いていた。満月に近い月も、東の空に浮かんでいる。
 明日の朝まで、きっといい天気だ。
 縁とアレグラは手をつなぎ、歩調を合わせて歩いていた。
「パレード、どこだー」
「どこだろねー」
 アレグラは、しわくちゃになったビラをぶんぶん振り回している。
 閑静な住宅街に、人の気配はほとんどない。時おり自転車がふたりの横を通り、車が車道を通り、自衛隊の大型車が視界をかすめていった。
 この辺りは、マスティマ戦による被害をほとんど受けていなかった。縁も知っている小さな児童公園に、ジズの死骸が落ちたせいで、木が数本折れたという話が広まっているくらいだ。
 あまりにも、いつもどおりの静けさだったから、ケイン・ザ・サーカスのパレードはまだまだ遠いとわかる。
「いないなー」
「いないねー」
 歩けど歩けど、パレードは見つからない。近づいている予感さえもない。当たり前かもしれない、パレードの出現位置に心当たりがないのだ。パレードは毎夜、いつの間にか市民の前に現れる。どこから現れどこへ消えるのか、そこを目撃した市民はいないそうだ。
 けれどふたりは焦らなかった。仲良く手をつないで歩いているだけで、どこか満足していた。
 途中、あまりにお腹が空いたので、縁は目についたコンビニに入った。家に帰れば、母親が夕食を作って置いてくれているとわかっていても、ぶらぶら歩くにはそれなりのカロリーが必要だ。
「アレグラは? なんか食べる?」
「さっきお菓子たべた。ジュース飲んだ」
「ああ、そうだったっけね」
 納得しつつも、縁はアレグラも好みそうなものを選んだ。大きめのコーヒー牛乳とチョコチップ入りのメロンパン、それとフリスク。強烈なミントは口の中に香りが残っている間、不思議と空腹感をやわらげてくれる。
「コーヒーぎうにう、いいなー」
「そう来ると思ったからデカイのにしたんだよ」
「えっ、くれるのか?」
「全部飲まないでよね」
 コーヒー牛乳とパンを分け合いながら(フリスクはアレグラには刺激が強すぎたようだ。咳き込んでちょっと泣いてしまった。手のひらの口から食べたのに、顔の口で咳き込んでいたのは、縁にとって興味深かった)、ふたりはさらに歩いた。
 20分以上は歩いただろうか。すでに、「ちょっとそこまで」と言っていい距離を越えている。縁が帰宅できるのは、あたりがすっかり暗くなってからだろう。バスやタクシーを使うはめになるかもしれない。
「あれ、あれなんだろ。どしたんだ」
 どう帰ろうかと縁が考えていたとき、アレグラが足を止めた。
 車道を挟んだ向こう側に、ひと組の男女がいた。女が声を上げて泣いている。男のほうは、何も言わず、静かに女を見下ろしていた。やがてふたりは抱き合った。男も泣いているらしかった。
 女はごく一般的な日本人女性の風体だったけれど、男は耳が長く、背中から鳥の翼を生やしている。男は明らかにムービースターだ――そして恐らく、女はただの人間だろう。ムービーファンか、エキストラか。
 きっと、6月13日で、別れなければならないカップル。
 憶測だったけれど、ふたりは察した。
 アレグラの、縁とつないでいる手に力がこもる。
「まふまふもないてた。せいざえもん、すごく無口。らーごも無口。みんなみんなないてる、だまってる」
「皆じゃないよ。普通に過ごしてる人のほうが多いんじゃない?」
「ふつう、うそ。みんなバイバイする。バイバイは、いつもかなしい。みんななく」
「笑ってお別れすることもあるんだよ」
「でも、でも、アレグラかなしい。さびしい。来週ビケモンみれない。おいしい卵たべれない。仲よくなれた地球人、みんなおわかれ。エニシもおわかれ」
 アレグラは泣き出していた。金色の目から、ぽろぽろぽろぽろ、大粒の涙があふれてきて、とまらない。いつの間にか縁と手を離して、両目をこすっていた。
 忘れていたわけではなかった。
 しかし、ずっと6月13日を意識していたわけでもない。
 さっきアニメを観たときは、来週も観る気満々だった。リオネの告白を受けて沈みこみ、泣いていた親しい人たちの顔も、ついさっきまでまるで頭に浮かばなかったのに。
 知ったとき、アレグラはわんわん泣いた。今以上に激しく泣いた。魔法が消えて、自分が消えたあと、自分がどうなるのか、誰も答えてくれなかった。だから自分で想像するしかなかったのだ。
 魔法の終わりが来たとき、自分は死んで天国に行くのかもしれない。いや、かつて行いが悪かったそうだから、地獄かも。
 映画の中に戻るのかもしれない。映画では、地球とレークイム帝国は戦争中だ。地球人と仲良くなりたくても、レークイム人だというだけで敵視されて疎外される。
 どんな結末も嫌だ。アレグラは銀幕市にいたい。
 縁がアレグラの前に回り、屈みこんだ。
「さっきまでぜんぜん平気だったのに、急にどうしたのさ。もらい泣き?」
「うぅぅっ……ぇぐ……うぇぇ……」
「もう。あのバカップルも家でやってくれりゃよかったのになあ。でも、仕方ないか……悲しいときはどこにいたって悲しいもんね」
 もはや言葉もなくなってしまったアレグラの頭を、縁は犬にでもそうするように、わしわし乱暴に撫でた。顔にはちょっと意地の悪い笑み。
「いいのかなー。あんまり泣いてると、私、アレグラを思い出すときに、アレグラの泣いてる顔しか思い出せなくなっちゃうよー」
「うぅ……ひっ……」
「それでもいいのかなー。レークイムの戦闘員は泣き虫だってことにしちゃってもいいかなー?」
「ひ……っ、泣き虫ない! レ、レークイムの戦闘員はうろたえないッ」
「じゃあ泣くのやめて、いい思い出つくろうよ。私、アレグラの笑った顔、すごくいいと思うんだけどなぁ」
「わかった。アレグラもう泣かない!」
 アレグラは急いで袖で顔をぬぐった。鼻水が出てきた。目はうるんだままだ。車と涙は急にとまれないから。
「ニコニコ顔、エニシ、覚えててほしいだから」
 それでも、縁を見上げた顔は、まぶしいくらいの笑顔だった。
 縁はからから声を上げて笑い、満足げに頷いた。
「いい顔?」
「50点。鼻水出てるから」
「げ」
「あーコラ、袖で拭かない!」
 アレグラは、持ち歩いているアタッシュケースにハンカチチリカミを入れていることをすっかり忘れていた。
 慌てて縁がバッグからティッシュを出そうとしたときだ――底に入れた携帯がにぎやかな着メロを流した。バッグに入っていたバッキーが、迷惑そうな顔で携帯を放り出す。
「ちょ、何すんの!」
 危ういところでキャッチ。
「あれ? Pからじゃん」
 縁は電話に出た。その間、バッキーがバッグの中からティッシュを取り出し、アレグラに差し出していた。
「はいはーい。なに? ……ふーん。……で? ……ええ? ……マジで! それ早く言ってよじゃーね!」
 通話はあっと言う間に、アレグラが鼻をかんでいる間に終わった。縁はあわただしく携帯をバッグにしまい、アレグラと手をつなぐ。
「パレードが見つかったって!」
「なんだとぉ、それはまことか! エニシ、街じゅうにスパイ送ってたな?」
「ふふん、持つべきものは友達よ。こういう大事なときにじゃんじゃん情報入ってくるからね」
「じおほー大事。エニシさっきも言ってた。アレグラりかいした」
「ダウンタウンとミッドタウンの境目あたりだって。行こう!」
 歩幅のだいぶ違うふたりが、走り出す。
 アレグラは縁についていくために足を伸ばした。彼女の身体はゴムより伸縮自在だ。はたから見ると、足だけ10代後半の長さになった子供はけっこう不気味だったが、黄昏時の住宅街は静かなものだ。元気に駆け回るのは、アレグラと縁のふたりだけ。

「聞こえた?」
「聞こえた!」

 ケイン・ザ・サーカスの、待ちに待った気配を感じる。大道芸師が操る、熱く明るい炎。ゾンビやスケルトンが掲げるたいまつ。ゾンビが奏でる、すこし音の狂ったマーチ。目の前の通りを横切るパレードを見つけたとき、アレグラは歓声を上げた。
「エニシ、こおゆうとき、ピースする!」
「ええ?」
「うれしいとき、ピース!」
「あーはいはい。いえーい、やったぜ!」
「やったぜピース!」
 どんつくどんつくとマーチが空気を揺らす中、アレグラと縁は笑顔で互いのピースを見た。
 アレグラはしわくちゃのビラを持って、縁の手を引く。今度は、アレグラが縁を引っ張っていった。

 明後日提出のレポート。
 母が夕食を作って置いといてくれている。
 6月13日のお別れ。
 今日は下見――。

 そんなことは頭の片隅からも吹っ飛ばし、ふたりはパレードの中に飛び込んでいく。




〈了〉

クリエイターコメントオファーありがとうございました。一部、龍司郎さんのパーティーシナリオから、文と設定を引用しております。さりげなーく、おふたりに縁のある方々も名前もお借りしています。
最後に笑顔になっていただけたのなら幸いです。
公開日時2009-07-23(木) 18:20
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