★ Kowloon Failure Criterion --code"F" ★
クリエイター高村紀和子(wxwp1350)
管理番号98-8442 オファー日2009-06-27(土) 20:17
オファーPC ソルファ(cyhp6009) ムービースター 男 19歳 気まぐれな助っ人
ゲストPC1 フォーマルハウト(cfcb1792) ムービースター 男 35歳 <弾丸>
<ノベル>

★Stage01 歓迎降臨

 剥き出しの配管が、天井を大蛇のように這っている。
 狭い通路は混沌と絡み合い、誰にも全貌を明かさない。もし見取り図を作ろうと思ったら、相当の根気と狂気が必要になる。
 壁は黒っぽい染みと貼り紙の名残でまだらに染まり、ひびが走っていた。
 フォーマルハウトは懐かしさに目を細め、無秩序な迷路を歩いていた。
 三半規管の弱い者なら悪酔い必死な、九龍城塞の景色。故郷の猥雑な空気が香るようだ。
 足場の悪い道が不意に開けた。
 そこは四階分の吹き抜けになっており、空間が縦に長く伸びている。
 かすかな異音が耳に届き、フォーマルハウトは天を仰いだ。
「イァーッ!」
 奇声と共に影が降る。
 それはゾンビだった。肉は不敗を始め、崩れ落ちた組織が風に煽られて後方へ靡いている。瞼も唇も鼻も失った顔は、ぎらつく殺意に溢れていた。
 フォーマルハウトは銃を向けた。銀の装飾を施した黒い銃身が、火を噴く。
 一発、二発、三発。
 正確な照準と間隔の連射。
 頭が、腕が、腹が。
 吹き飛んだ。
 床にべしゃりと着地した時、それはもはや肉片の集合体になっていた。
「やれやれ……」
 彼は肩をすくめ、端正な美貌に微笑を浮かべた。
 コートの裾を翻して〈弾丸〉は進む。



★Stage03 再会朋友

 アクションADVゲーム『Kowloon Failure Criterion』は、攻略不能ゲーとして名を馳せていた。
 九龍城塞を舞台に探索と戦闘を交互に進めるゲームで、システムやキャラクター、ストーリーは神がかっていると定評がある。
 だが、いかんせんマップが――ダンジョンデザインが最悪だった。
 迷路のような構造で、プレイキャラ視点で進むので3D酔いしやすい。多くのゲーマーは早々にコントローラーを投げた。
 銃弾の補給は重要なウェイトを占めていたが、そのポイントにたどり着く前に弾切れとなり、ゾンビに囲まれ袋だたきにされるユーザーもあふれた。
 発売から半年後にチートコードが出回るまで、稀少な攻略サイトも最終ダンジョンに関する記述がほとんどなかった。
 紙一重のカリスマゲームを下敷きにした映画のハザードが、銀幕市に実体化して数日。
 対策課の依頼を受け、フォーマルハウトは解決に向かった。

 突き出た看板の影に細い通路があった。フォーマルハウトは体を斜めにしてそこに入る。
 平衡感覚を狂わせる揺らぎを備えた一本道を前進することしばし。
 狭い通路の終わりは、胡同に繋がっていた。
 元は極彩色だった看板が点在し、その下にやる気のない店主がふんぞり返っている。通行人はまばらで、ランニングを着た子供が金切り声を上げながら走り回っていた。
 フォーマルハウトは辺りを見回し、薬屋の主人に声をかけた。
「やあ。聞きたいことがあるんだが」
 主人は無遠慮に客を一瞥し、腰を抜かした。
 銀の装飾の黒コートと目深に被ったハット。均整の取れた長身も笑みを蓄えた口元も、人とは思えない美しさだ。
「……やれやれ」
 相手が硬直しては会話が成り立たない。フォーマルハウトは肩をすくめる。不意に、近くで歓声が上がった。
 顔を向けると、ガタの来た麻雀卓を囲む男達が騒いでいる。勝負がついて、下品な言葉と点棒が嵐のように飛び交う。
 その面子に、トカゲの尻尾を生やした青年がいた。長袍の袖をたくし上げて牌を混ぜている。
「よう、ソルファ」
 近寄って声をかけると、ソルファは軽く顔と手を上げた。すぐに注意は雀卓に戻る。偶然の再会にしてはそっけないものだ。
 山を築く彼に、フォーマルハウトは尋ねる。
「抜けられるか?」
「ああ」
 ソルファは暇そうにしていた煙草屋の店主と交代する。ちらちら卓を振り返る彼に、フォーマルハウトは人参を取り出した。
 右に左に揺らすと、ソルファの顔もあわせて揺れる。
「ハザードの解決を手伝わないか? 報酬はこれで」
 手首をしならせて放ると、青い人影は高々と跳躍した。空中で捕まえ、回転を加えて着地する。周囲からまばらな拍手が起こった。
「交渉成立だ」
 二人は握手をかわし、さっそく本題に入った。
「このハザードにはゾンビがあふれている。発生源を探りたいが、いい手段はあるか?」
「雑貨屋から情報を買うといい。ここは地下二層の東南。雑貨屋は地上九層の西だ」
 人参をかじりながらの発音は、大変不明瞭だった。
「では、雑貨屋に向かうとしよう」
 フォーマルハウトはきびすを返す。ソルファは袖口から拳銃を取り出し、後に続いた。



★Stage08 下紅色雨

 断続的に銃声を響かせながら、二人は九階を進む。
「ゲームのイカサマが映画に通用するとは、愉快だな」
 フォーマルハウトは壁に輝く、蛍光グリーンの矢印を指した。数メートル間隔の落書きは、雑貨屋まで続いている。
「チートコード」
 ソルファは訂正した。
 迷路はナビ付き。補給物資はどこもフィーバー。裏技を駆使した道のりはストレスと時間を大幅に節約できた。
 邪道もまた道、むしろ歩きやすい。
 ……長いことに変わりはないが。
 溝を飛び越えて数歩、ひらけた場所に出た。何本もの道が伸びている。
 周囲の壁を観察していたフォーマルハウトは、警戒に目を細めて立ち止まった。ソルファが背中合わせに立つ。
 右の道から。左の道から。前から横から斜めから後ろからすべての道から、ゾンビが迫る。
 迫る死体で、空間は早くも定員オーバーだ。
「矢印がない。迷ったか?」
「道はあっている」
「矢印が出てくる条件でも、設定されているのか?」
「掃討してから考える」
「了解」
 四挺の拳銃が火を噴いた。
 銀と黒のリボルバーが血と脳漿を飛び散らせ、鉄のオートマチックが骨と肉片をばら撒く。
 饐えた香りがあふれ、閉じた空間は濃厚な腐臭で満ちた。
 先に銃弾が尽きたのはフォーマルハウトだった。即座にソルファが牽制にまわる。
「相棒、この距離で銃撃戦はきつくないか?」
「同意する」
 フォーマルハウトは銃把でゾンビを殴った。重量のある一撃は腐れた頭を潰す。黄色い歯が飛んだ。
 長袍の裾から青竜刀を抜いたソルファは、ゾンビの群れに飛び込んだ。片足を軸に回転すれば、崩れかけた体が上下に二分される。
 いかんせん場所が悪いので存分に立ち回ることができなかったが、射撃のような精密作業よりマシだった。
 降り積もった肉と内臓と血。鼻が曲がりそうな悪臭も、嗅ぎ続けているうちに感じなくなる。
 十よりは多く、百よりは少ないゾンビを倒した。
 フォーマルハウトとソルファは、互いの姿に笑った。肥溜めに落ちた人とそう変わらない悲惨さだ。
「矢印」
 ソルファが壁を指し、ぱたりと尻尾を振った。暗い赤の下で緑の矢印が光っている。

 ブーツの足音から粘り気が消えた頃、『郁金香雑貨店』という看板が見えた。
 店内は鮮やかな色の洪水で、棚にぎゅうぎゅうに詰め込まれた売り物は、ちょっとした衝撃で落下しそうだった。
 鉄格子と防弾ガラスに守られたレジでは、団子頭の少女が退屈そうに雑誌を読んでいた。客の姿を認めると、雑貨屋は満面の笑みを浮かべて鼻をつまむ。
「ほぁんいん。別嬪さんと蜥蜴さん、水場はこの奥ね。良心価格でお貸しするよ」
 赤い爪が一本の通路を示す。二人に異論はなかった。



★Stage09 郁金香雑貨店

 汚れを落としたフォーマルハウトとソルファは、まず水代を払った。
「情報を買いたい。ゾンビについて知っているか?」
「雑貨屋は何でも知ってるよ。お代先払いね」
 フォーマルハウトが数枚の紙幣を置くが、雑貨屋は反応しない。
 小首を傾げ、ソルファは袖口から取り出した札束を重ねた。輪ゴムで止めたそれは、少なく見積もっても数百枚はある。
 雑貨屋は勢いよく身を乗り出した。
「おお、お客さん! 私売るよ、ゾンビが増える理由も、元凶の情報も!」
「ずいぶん金持ちだな」
「あぶく銭。麻雀の」
 ソルファは説明する。大勝ちしたらしい。
 雑貨屋はよだれを垂らさんばかりの顔でお札をしまうと、丸椅子の上に胡座をかいた。人差し指を立てる。
「一つ。ゾンビ増えるは飴屋の仕業よ。飴屋の飴は魂が飛び出るほど美味いね。みんな食べたがるよ。ただし、食べると飛び出た魂は戻らないよ」
 背後の棚から、雑貨屋はガラス瓶を取り出した。まろやかな光が揺らめくビー玉が詰まっていた。件の飴らしい。自然に唾が湧く。
 雑貨屋は瓶を振り、話を続けた。
「飴屋が魂を飛び出すさせるのは、飴を練っていて魂魄を練る方法を思いついたからね。飛び出た魂を練り合わせれば強い化け物が出来るね。世界を支配できるよ。だから飴屋は飴を売って魂集めてるね。……以上が発生源の情報よ」
 雑貨屋は台に頬杖をつき、中指を立てて二本にする。
「二つ。元凶の情報は……お客さん、残念。飴屋は昨日のお客さんが殺したね」
「飴屋が死んでも解決にならなかった。ゾンビは増えている」
 ソルファの言葉に雑貨屋は是、と呟いた。
「飴屋の作っていた化け物、不完全なまま放り出されたよ。今は眠ってる。起きたら城塞はゾンビの国ね」
 フォーマルハウトは頷いた。
 最終目標はその化け物だ。
「そいつの居場所は?」
「真っ直ぐ行って二番目の脇道を左。右右左で、キュイっていってカッでカカカッでシャーッ、それからクイッとキュッとシャキーンという順番よ」
 雑貨屋の説明になっていない説明に、フォーマルハウトは眉根を寄せた。薄青い瞳をソルファに向ける。彼は首を横に振った。
「チートコードは?」
 同じく首を横に振る。
 ソルファは数秒うつむき、顔を上げると、雑貨屋に声をかけた。
「化け物のいる方角は?」
「あっちよ」
「あっちか」
 笑顔で頷くと、ソルファははずむ足取りで店を出る。
 フォーマルハウトは急ぎ足で後を追う。彼は長袍の裾に手を入れていた。69式ロケットランチャーがするすると出て来る。
 いくらゆったりした民族服でも、一メートル近い銃身を弾頭つきで隠しておく余地はない。スターというのは、得てしてそういう不条理な能力を持っている。
「真後ろに立つな」
「言われなくても」
 バックブラストで丸焼けになるのはごめんだ。フォーマルハウトは店の中にとってかえし、暇そうにしている雑貨屋と雑談を楽しむ。
 少女が赤くなって白くなって真っ赤になった時、轟音と振動が城塞に響いた。棚の商品が津波のようになだれ落ちる。
「なな、何ー!?」
「近道作りの一環だ」
 雑貨屋は口を開けて絶句する。
 ランチャーを担いだソルファが店を覗き、フォーマルハウトを手招く。あくまでも真剣な表情だ。
「行くぞ」
 黒衣の拳銃使いは帽子を目深に被り直した。
「Yes, My partner.」



★Stage15 最後的戦役

 城塞のありとあらゆる魂を練り合わせた化け物は、目を覚ました。
 腹が減った。腹が減った。魂が足りない。
 本能に従って六本の足で走る。四本の腕で生きているものなら何でも捕まえ、魂を取り込む。
 そうやってどこをどう進んだか、覚えているはずもない。
 化け物は上層――空にほど近い場所で動きを止めた。急激に動いたせいで眠くなる。まどろむ強い存在にへつらうように、ゾンビが集まってきた。
 ドーム状の天井は、採光窓に英国趣味のステンドグラスが嵌っている。風水的な呪術を織り込んだは、真下で眠る存在に力を与えた。
 そんな休憩時間はつかの間。
 突如、ステンドグラスがはじけた。化け物は瞬時に目を覚ました。ゾンビ達もざわめく。
 二つの人影が降る。
 フォーマルハウトは銀の装飾とガラスの破片が乱反射する光を纏い、リボルバーの中身を化け物に撃ち込んだ。飛びそうなハットに手を添える。
 ソルファは二挺の拳銃を乱射した。無作為に放たれる銃弾は、確実にゾンビの数を減らす。
 化け物は舌を伸ばした。赤黒い、蛇に似た器官が恐ろしいスピードでソルファを狙う。
「悪いな!」
 断って、フォーマルハウトは彼の体を蹴った。おかげで落下の軌道が変わり、長い舌は空を舐めた。
 黒衣の拳銃使いは着陸した。重みに脆い床が砕け、足跡を刻む。遅れて青髪の相棒が、ゾンビを踏み潰して着地の衝撃を相殺する。
 鼻頭に皺を寄せ、ソルファはうめいた。
「情報は古くなる」
「トンネルで距離を稼げた。それで良しにしないか?」
 言葉を交わしながら再装填を済ませ、殺戮を続ける。もう死んでいる相手を、殺すと言うのは妙な表現だが。
 灼けた鉄が閃光を放ち、薬莢が量産される。
 数が多いだけのゾンビはたちまち減ったが、化け物はタフだった。
 足を三本、腕を二本砕かれてもなお殺意は衰えない。加えて、鞭のような舌を叩きつけてくる。
 フォーマルハウトは背中合わせのソルファと、怒鳴り声で打ち合わせをした。銃声で耳がいかれそうだ。
「わかった」
 ソルファは短く答えると、尻尾で太腿を叩いた。開始の合図だ。
 二人は化け物に駆け寄り、同時に跳んだ。フォーマルハウトが牽制に化け物の腕を連射する。ソルファはその背中を踏み、さらに高く跳ぶ。
 身をよじって舌をかわし、ソルファはありったけの銃弾を口の中にぶち込んだ。
 その間に、フォーマルハウトは化け物の足元に迫る。
 手早く足を潰し、振り下ろされる腕を熱くなった銃身で殴る。手応えと共に指が数本へし折れた。
 化け物は叫びながら崩れ落ちる。
「ゲームクリアだ」
 フォーマルハウトの銃が終わりを告げた。



★Ending-B 做夢的現在

 九龍城塞は消え失せた。
 景色は二十世紀末の香港から、二十一世紀初頭の日本に戻る。
 フォーマルハウトはふと、背中に残る感触に指をやった。
「力一杯蹴ったな」
「踏んだだけだ」
 コートについた足跡から目をそらして、ソルファは首を左右に振る。
「本当か?」
 片方の眉を跳ね上げ、フォーマルハウトはコートを脱ぐふりをする。ブラフにひっかかったソルファは「すまない」と前言を翻す。
 フォーマルハウトはうなだれた頭を、わしわしと乱暴に撫でた。

クリエイターコメントオファーありがとうございました。

多少変則ながら、『Kowloon Failure Criterion』Fパートをノベライズさせていただきました。
ノベルにはWRの捏造、およびチートコードが含まれており、実際のゲーム内容とは異なります。
スタイリッシュ? アクション、楽しんでいただければ幸いです。
公開日時2009-07-23(木) 18:20
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