★ 銀幕ファンタジーパークへ、ようこそ! ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-8297 オファー日2009-06-11(木) 20:52
オファーPC トト・エドラグラ(cszx6205) ムービースター 男 28歳 狂戦士
ゲストPC1 ゲートルード(ccnz3204) ムービースター 男 35歳 地獄の門番
ゲストPC2 唯瑞貴(ceuz1254) ムービースター 男 25歳 流浪の剣士
ゲストPC3 太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
ゲストPC4 理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
ゲストPC5 守月 志郎(czyc6543) ムービースター 男 36歳 人狼の戦士
ゲストPC6 刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
<ノベル>

 1.午前十時、開園

 六月上旬、快晴の午前十時。
 いつもの顔ぶれの三人は、銀幕市の片隅にある『銀幕ファンタジーパーク』に来ていた。
「おおー、これが、ゆ……ゆうえんちか。すげぇなぁ」
「あかっち、遊園地はつたいけんなのか?」
「うん、こういう現代的っつーの? 俺、あんまり縁がねぇからさ」
「そっかー。……よしっ、俺に任せとけ! いつもおせわになってるからな、今日は俺があかっちをえすこーとしちゃる!」
「マジで? そりゃ百人力だな! ……って刀冴(とうご)さん、どうかしたのか?」
「ん? いや、全体を掌握すんのにどんだけ時間がかかるかシュミレートしてただけだ、気にすんな」
「……その掌握って言葉に、遊ぶって意味じゃねぇ危険な何かを感じんのは俺の気の所為か……?」
「気の所為だ」
「あかっち、気のせいってことにしといたほうがたぶん幸せなままでいられるぞ」
 暢気なのか暢気ではないのか微妙な会話を交わす三人だが、明らかに日本人ではない顔立ちや肌の色をした理月(あかつき)、人語を話す仔狸の太助(たすけ)、尖った耳に身体の左半面を刺青が覆う刀冴という組み合わせでも、あまり違和感はない。
 何故なら、
「でも、スターむりょうデーなんて、ありがてぇよな! 俺、わくわくしちまうよ!」
「だな。いい思い出になりそうだぜ」
 女神となったリオネが魔法の終焉を告げて数日、各地でそのために色々なイベントが行われているわけだが、この辺りでも随一の遊園地であり、内部に小規模な動物園も同時展開する銀幕ファンタジーパークは、最後の思い出をつくって欲しい、と、太っ腹にもムービースターの入園及び乗り物使用を無料にしてくれたのだ。
 お陰で、今日の銀幕ファンタジーパークは、どこからどう見ても一般市民のような現代物から実体化したスターから、角や翼や鱗を持つ、明らかに人間ではないと判るようなタイプまで、様々なムービースターたちであふれているのだった。
 そのため、一目でスターと判る三人も、あまり目立たない。
 無論、普段からの活躍という意味では、あちこちから視線が寄せられているようだったが、相手の視線に害意がない限り、その辺りを気にするような三人でもなかった。
「しかし遅ぇな、トトたち」
 守役が仕立てたという浴衣姿の刀冴が言う。
 今日は愛剣【明緋星(アケヒボシ)】も携帯してはおらず、いつもの青い武装ではない彼を、住まいである古民家以外で見るのは珍しいのと同等に、その姿はどこか新鮮だ。
「うん、待ち合わせは十時……だったよなぁ? まぁ、あと二分あるけど」
 と、頭に太助を乗せたまま小首を傾げる理月も、いつもの刀、『白竜王』は携えていないうえ、『兄』である青年から借りてきたというアジアン柄のTシャツに履き込まれたジーンズ、スニーカーという出で立ちだった。せっかく遊園地に行くんだから、と、『兄』に武装ではない格好をしていけと言われたらしい。
「覚醒領域にはひっかからねぇの?」
「俺の覚醒領域は半径百メートル程度だからなぁ……お」
「いや半径百メートルでも充分すげぇって。あ、来たのか?」
「みてぇだな。あっ、ほらあかっち、あっち……」
「どうした、太助」
 頭の上で盛んに主張していた太助が急に黙り込んだので、理月が彼の指し示す方向を見遣ると、向こうから背の高い男たちが五人ばかりやってくるところだった。
「なんか……すっげぇめだつなぁ」
「でかい奴らが多いからな」
「刀冴さんだって充分でかいじゃねぇか」
「ゲートルードの横にいたら小さく見えると思うぞ」
「あー」
「俺、あんなかではミニマムさいずだなぁ」
「大丈夫だ、俺はそんなミニマムサイズな太助のことが大好きだから」
「えー、あー、うん、なんのふぉろーか正直わかんねぇけど、うん、ありがとうあかっち」
 と、ほのぼのとして少しずれた会話を交わす三人のもとへ、
「悪ぃ悪ぃ、遅くなっちまって!」
 ぶんぶんと手を振り、満面の笑顔のトト・エドラグラが走り寄る。
 今日の金色の獅子型獣人は、鬣を可愛いサシュでポニーテール状に立ち上げており、いつもの(半裸に近い)武装ではなくて、『HELL of a good time!』と書かれたTシャツとごくありふれたジーンズ、サンダルを身につけていた。
「トト、よく似合ってるぜ、その格好」
「おっ、マジで? 理月さんも似合ってるぜ、それ」
「そっか、ありがとう。理晨がさ、貸してくれたんだ」
 と、無邪気に笑う理月の横では、理月と同じようなTシャツにジーンズ、スニーカーという出で立ちの唯瑞貴(ゆずき)がいて、
「ゆずき、なんでそんな帽子かぶってんだ? 顔が見えねぇんだけど」
 野球選手が被るような帽子を目深に被っている彼に、太助が首を傾げていた。
「……いや、この格好には似合わないから、とベルゼブルにターバンを取られてしまったものでな……」
「実際、どう考えても似合わんだろう」
「まぁ、それはなんとなくわかる。ゆずきはターバンがねぇとこまるのか」
「……痣が丸見えになってしまう」
「ああ、なるほどー。でも、そんなに気にしなくていいと思うけどな、俺」
「俺も同感だが、こいつは気にするんだ」
 肩を竦めるベルゼブルは、ざっくりとした麻のシャツと綺麗に色落ちしたヴィンテージ・ジーンズを身につけており、この中ではもっとも違和感のない美男子ぶりを披露している。
『太助さん、理月さん、先日は唯瑞貴がお世話になりました。お礼が遅くなりまして、申し訳ありません』
 ある意味圧巻だったのはゲートルードだった。
「いや、気にしねぇでくれ、おれたちだってゆずきをたすけたかっ……どこで売ってたんだ、そのふく……?」
 真面目に答えかけた太助が思わず呟いてしまったように、彼は、二メートルを軽く超える筋骨逞しい身体を、『Iv(ここはハートマークで)銀幕市』とポップな文字(しかもきらきらのラメ)で印刷されたTシャツと、特注サイズと思しきジーンズで包み、更に『2009サングラス(眼鏡屋さんに何百円かで置いてある、00の部分が目の位置に来るアレ)』まで身をつけた、遊園地を楽しみつくす気満々の、浮かれた観光客以外のなにものでもない格好だったのだ。
「しかし、げーとるーどのそれ……つっこみてぇけど、なんかびみょーになっとくしちまうのは何でだ……」
「いやホラ、そこはゲートルードさんだし。ってか志郎(しろう)さんはゲートルードさんとお揃いなんだな。えーと……なんだっけ、ペアルック? っていうんだったか? ――これ、死語なんだっけ?」
「ペアルック言うな!? いや、俺は着たくなかったんだけどな、トトとゲートルードがな、半ば無理やり……うぅ」
「えー? シロ、似合うって。オレもそれ着たかったんだけど、サイズがなかったんだよなー」
 しかも、最後のメンバー、守月(かみつき)志郎は、目頭を押さえた本人が思わず呻くように、ゲートルードとお揃いの『Iv銀幕市』Tシャツを身につけて――本人曰く、身につけさせられて、らしい――いたのだった。
 Tシャツも彼だけならそれほどツッコミ対象にはならなかっただろうし、ボトムスもカーゴパンツ、スニーカーという無難なものだったのだが、ゲートルードと並ぶと破壊力が増す。
「俺、ほんとうはつっこみじゃねぇんだけど……このメンバーだと、つっこまざるをえなくなる気がするなぁ……」
 太助が、理月の頭の上でフゥと溜め息をつく。
 そんなわけで本日の品揃え。

 トト・エドラグラ:そもそも価値観が違うので天然とかそういう問題じゃない
 理月:ボケにはなりきれないがツッコミにもなりきれない“オーディエンス”
 刀冴:傍迷惑なまでの最強マイペース
 ゲートルード:最恐のボケ
 唯瑞貴:ツッコミのようでいて浮き世離れしているため役には立たない
 ベルゼブル:絶対突っ込んではくれない愉快犯
 太助:ボケのはずなのに突っ込まざるを得ない
 志郎:最下層のツッコミ

「……どう考えてもふりじゃねぇか、俺たち。なあしろー」
「ああ、今から先が思いやられるぜ……」
「ははは、頑張れよ、俺は楽しく観賞させてもらうから」
 全体の四分の一という勢力分布図に、思わず顔を見合わせてアンニュイな溜め息をつく太助と志郎だったが、ふたりの溜め息の理由を正しく理解していたのは、恐らく爽やかに笑って碌でもないことを言うベルゼブルだけだっただろう。
「……んじゃ、とりあえず、行くか?」
 若干投げやりな志郎の声を合図に、いい年こいた、しかもほとんどが背の高いでかい男という視覚的に嬉しくない集団が動き出す。
 太助はともかくとして、理月だって細身ではあるが驚くほど筋肉質だし、身長百八十cmと、日本という国の中ではそこそこ長身の部類に入るのに、この中では頼りないほど細く、小柄に見えてしまう。
「ヒャッホウ、楽しみだなあー!!」
 浮かれた叫びをトトが上げ、そんなトトも可愛い、などと呟いた理月が、太助と刀冴に生温かい目で見られている。
 そんな、わりといつもの光景。
 ――ちなみに、このときの声かけが原因で、志郎が今日一日の“不幸な”引率者に決定してしまった、というのは、本人の与り知らぬことだった。



 2.午前十一時、すでに瀕死な方々

「ぎゃああああああああ、ちょ、吹っ飛ぶ吹っ飛ぶ、脳味噌が飛び散、やめ……ぎゃああああああああああ!?」
 乗り場に断末魔の絶叫が響き渡る。
「すげぇな、残像が見えるぞ」
「ははは、志郎の魂がはみ出かけているのも見える気がするな」
 柵の外で微妙に薄情な会話を交わすのは、乗り物にはあまり興味がないらしい刀冴とベルゼブルだが、絶叫があまりにもものすごかったので、たぶんその会話が聞こえていたものはいないだろう。
 現在位置、ティーカップ。
 恋人同士で乗って、アハハウフフと笑いながら可愛らしくくるくる回ったり、友人同士で速さを競ったりするアレだ。
「すげー……あれがティーカップの作法ってやつなのか……!」
「あかっち、まねしなくていいからな!? っていうかまねされたら俺、とんでくから!」
「そっか。太助が飛んで行ったら困るから、やめておこう」
「私もあの回転は遠慮したい。……しかし、義兄上は楽しそうにしておられるな。普段の激務を忘れて、リラックスしておられるのなら、それはそれでいいんだが」
「兄貴思いなんだなぁ、唯瑞貴。いや、俺も理晨のこと大好きだけどさ」
「いや、うん、ふたりともいい弟だと思うんだけどな、そろそろ止めてやらねぇとしろーが死ぬんじゃねぇかな」
 加減が判らず控え目にカップを回している太助・理月・唯瑞貴組から三つばかり離れたカップから、まさに魂消(たまぎ)るようなと表現するのが相応しい悲鳴が響いている。
 絶叫は、初め遠慮しますと逃げようとしたのに、トトとゲートルードという脳筋(※脳味噌が筋肉で出来ている、の略である)コンビに両脇を抱えられて同じカップに乗せられ、普通カップってこんな速度では回らないよね的な超高速回転(下手すると光速回転)を無理やり体験させられている志郎のものだった。
「ちょ、も、脳味噌絞れる搾れる、何か色んなとこの細胞が死んでく気がす……ほぎゃあああああああああ!」
 一旦停止したあと、今度は反対方向に回転を始めるカップ。
『素晴らしい……目くるめく体験ですね、トトさん!』
「そうだな、エンジン力? でぎゅーっとされるのが気持ちいいぜ!」
「それを言うなら遠心力だ――――ッッ!!」
 思わず突っ込みつつ死ぬ死ぬ、と喚く志郎を尻目に、まったく堪えていない加害者ふたり。
「すげー、志郎さんが何人もいるみてぇに見えるわー」
「うん、どのしろーも死にそうな顔してるけどな」
 本気で感心している理月と、生温かい眼差しで死ぬなしろー、生きろ、とつぶやく太助。
「ぅおぶ……なんか、出てきそう……うぷ……」
 そこから三分後。
 すでに死人の顔色の志郎に、トトと理月が肩を貸して歩いている。
「次はどこ行くんだ?」
 理月の頭の上で、マップを見ながら太助が言うと、
「あっ、オレ、ジェットコースター【驚天動地】っての、乗ってみてぇな! 鳥みてぇな速さで奔るって聞いたんだ」
 トトが、銀幕ファンタジーパーク随一の人気アトラクション、数百メートルの高さからほぼ垂直に滑り落ちるという、苦手なものには心臓直撃級の絶叫マシンの名を挙げた。全長数キロメートルというこれは、出発からゴール到着まで数分かかり、たかがジェットコースター、などと舐めていると本気で死ぬ目を見る、と評判のアトラクションである。
 とはいえ、遊園地に詳しくない面子にもちろん反対する明確な理由もなく、一同、ぞろぞろと乗り場へ向かう。
 目玉アトラクションであるジェットコースター乗り場は混雑していたが、二台のコースターを巧くまわしているため、回転自体は遅くなく、一行にもすぐに順番が回ってきた。
『な、なんと……私は乗れぬと……!』
 身長二メートル数十センチの巨漢、ゲートルードが入場を断られ、前のめりに打ちひしがれている。
「あー、うん、ざんねんだったなげーとるーど。俺も乗れねぇし、いっしょにまっててやるから。な?」
 R12のアトラクションなので、よしよし、とゲートルードを慰める太助も乗車不可である。
 前方を見上げると、ゴウッ、という音とともにコースターが駆け抜けていく。
 甲高い悲鳴が耳を打つ。
 それを見て、聞いて、ファンタジー映画とは言え、魔法などの存在しない世界から来た所為か、あまり理不尽な出来事には耐性のない理月がびくびくし始めた。
「……な、なんか、すげぇ嫌な予感がするんだけど……。あの、俺も太助と一緒に待って、」
 る、と言おうとした理月の両脇を、イイ笑顔の刀冴とベルゼブルが固めた。
「え、ちょ、刀冴さんベルゼブルさ、」
「仕方ねぇ、付き合ってやるからありがたく思えよ」
「心配するな、投げ出されたときは助けてやろう」
「いやあのそれありがた迷惑……って、投げ出されんの!? そんな危険な乗り物なのかよ!? や、ちょ、マジで残る! っつかお願いですから残らせてください!」
 すでに涙目かつ敬語の理月を引っ張って、まったくの平静のまま、刀冴とベルゼブルが席に着く。理月が逃げられないように、双方示し合わせたかのように両脇に腰を落ち着けている辺りが鬼だ。
 最初からワクワクのトトは最前列、先ほどとは打って変わって楽しげな志郎と、物珍しげな唯瑞貴はその後ろに陣取った。
『それでは、行ってらっしゃいませ。生きて帰ってきてくださいねー!』
 にこやかな声でアナウンスが入る。
 後半の、明るい声に似合わぬ不吉な文言は、お客の大半が、普段から厳しい生き死にの場にいるスターたちだから……だったのだろうか。
「生きて帰っ……!?」
 それを聞いて、背の高い男ふたりに挟まれたまま、理月が声を引っ繰り返らせる。
「ううう、嫌だ、殺されるー!? も、頼むから降ろしてくれーッ!!」
 本気で泣きが入りかけたところで、コースターが出発。
「ぎゃー!!」
「ああもううるせぇなぁ。いざとなったら助けてやるっつってんだから、覚悟決めろよ。まぁ大丈夫だって、この程度じゃ死にゃしねぇよ。――たぶん」
「刀冴さん今たぶんって言ったー!」
 理月の悲鳴ごと進むコースターは、ゆっくりと坂道に差し掛かり、上へ上へと上がっていく。
「おおー、高いなー! なんか、ほら、あの辺の雲とか、掴めそうじゃねぇか?」
「確かに。周囲が見渡せて気持ちがいい……知り合いのワイバーンに乗せてもらった時のことを思い出すな」
「ああ、まぁ、俺の感覚的には、高層ビルの頂上から飛び降りる感じだなぁ」
 トト、唯瑞貴、志郎が暢気な会話を交わすのを、正しく『生きた心地もしない』という気持ちを表情すべてで表現しながら理月が見つめている。黒褐色の肌なのに、蒼白だと判る顔色が面白い……と言ったら本人は泣くかも知れないが。
 ――そして、コースターが頂上に到着。
 一瞬の停止、一瞬の沈黙。
 のち、垂直落下。
「――――――――……………………ッッ!!」
 理月の、声にならない悲鳴が木霊する。
「結構楽しかったな。エルガに乗って上空数千メートルから垂直に急降下したときよりはゆっくりだったが」
「ああ、風が頬を打つあの感じ、悪くなかった」
 数分後。
 『お帰りはこちら』と書かれた看板の前で、表情ひとつ変えぬまま刀冴とベルゼブルが感想を語り合っている横では、
「うっうっ、怖かった、マジで死ぬかと思った……!!」
 実は生身で時速百八十kmもの速度で奔るくせに、それとこれとは違うといわんばかりの理月が、刀冴にしがみつき、また支えられながら本気で泣いている。刀冴に支えられているのは、当然、腰が抜けているからだ。
「あー……だいじょぶか、あかっち? うん、こわかったな、よしよし」
「ううう、太助ー!」
 一目見て何があったかを察したらしい太助が、理月の頭によじ登り、あやすように頭を撫でてやっている。――どちらが年上なのか判らない。
 しかし理月は、大好きな太助に慰められたお陰でずいぶん落ち着いたらしく、しばらくは子どものようにぐすぐす言っていたが、それも徐々に収まって行った。
 とはいえ、
「よっしゃあ、次はあの『UFOストライク』っての、行くぜ!」
 どこまでも浮かれっぱなしのトトが、地上数百メートルの上空から激しく回転しながら落下するアトラクションを指し示した時には、そのまま失神しそうになっていたが。



 3.午後一時、不幸な引率者の公開羞恥プレイ

 昼食後。
 園内のレストランで、各自好きなものを食べたあと、一行は再度アトラクションの制覇に旅立った。
 ちなみに、終始ご機嫌のトトは肉たっぷりのステーキ定食、結局UFOストライクに乗せられ、更に事態を面白がった刀冴とベルゼブルにお化け屋敷にまで連れ込まれて魂がはみ出ている理月は炊き込みご飯膳、それを微妙な半笑いになりながら慰めてやっている太助は大盛りサラダつき天ぷらセット、まったく反省なし、輝くように晴れやかなのにどこか黒い笑顔の刀冴は刺身御膳(しかも冷酒つき)、それを呆れたように見ている志郎はカツカレーセット、甲斐甲斐しく不器用な唯瑞貴の世話を焼くゲートルードは特大ハンバーガー(使用バンズは太助が挟まってもはみ出ないくらいのサイズ)に1リットルの牛乳を三本。実は相当飲んだくれな唯瑞貴はまず冷酒を頼んだあと何か食えとベルゼブルに小突かれて和風膳を頼み、ベルゼブルはというと冷えたビールに具がたっぷり挟まったクラブサンドを注文して上機嫌だった。
「うう……美味かったけど、ちょっと元気出たけど……ううう……」
 勘弁してくださいと泣いて頼んだのに絶叫マシンとお化け屋敷にブッ込まれたことをまだ根に持っているらしく、太助を抱き締めたまま、理月は刀冴とベルゼブルを恨めしげに見遣りながら、彼らから距離を取って歩いている。
 刀冴が呆れた顔で理月を見て、肩を竦めた。
「なんだよ、まだ拗ねてんのか? 仕方ねぇやつだなぁ」
「仕方なくねぇっ!?」
「判った判った、あとでアイスクリーム買ってやるから」
「……三段のがいい」
「判ったよ。んじゃ機嫌直せよな」
「うん、じゃあ直す」
「えっあかっちそこでなっとくしちまうんだ」
 どこのお子様ですかと思わず太助が――年齢的には彼が一番下であるはずなのだが――突っ込む前方では、上機嫌で暑苦しく肩を組んだトト&ゲートルードコンビが、ずんずんと歩いていく。
「さあ、次はどこに行こうか、ゲートさん」
『そうですね、どこに行きましょうか、トトさん』
「俺もう絶叫マシンってのには絶対に乗らねぇからなー!」
 背後から理月が主張する。
 トトとゲートルードが顔を見合わせた。
『絶叫マシンはやめて差し上げた方がよいらしいですよ、トトさん』
「みてぇだな。んじゃ、理月さんのためにももうちょっと優しいやつにしようか」
 傍迷惑なくらい浮かれているふたりだが、多少の気遣いは出来るらしい。
『ではやはり、ここは【ドリーム・メリーゴーランド】に行くべきでしょう』
「ああ、いいんじゃねぇかな。きっと理月さんも喜ぶと思う」
 ……と思いきや、
「えええ、俺、これに乗んの……!?」
 ふたりが皆を誘(いざな)ったのは、ピンク色が乱舞し、ふわふわのリボンやレースが周囲を彩る、キャッチコピーが『お姫様になれちゃう★』なメリーゴーランドなのだった。
『す、素晴らしい……!』
 実は可愛いものが大好きなゲートルード姫が、両手を可愛らしく組み合わせ、赤銅色の肌を赤黒く上気させて感動を表現する。
 内面はともかく、外面のあまりの恐ろしさに、通りすがりの家族連れ(ホームコメディから実体化したムービースターたちらしい)が腰を抜かしていたが、多分突っ込むだけ無駄だ。
『不肖ゲートルード、では、失礼して……! 唯瑞貴、一緒にどうだ』
「……遠慮させてくれ。心の底から」
『そうか、それは残念。では、トトさん理月さん、参りましょうか』
「おうよ!」
「って、あれ、なんか普通に俺の名前が入ってる……!?」
「ホラ、行こうぜ理子姫! きっと楽しいからさ!」
「ちょっ、待っ、理子姫じゃねぇよってツッコミの前に、俺をそっちの世界に連れて行こうとすんのはやめてトト子姫ー!」
「……トト子ってのはあまりにもそのまま過ぎやしねぇかな」
「うん、それは俺も思うけど、たぶんあかっちが言いてぇのはそこじゃねぇと思うな」
 刀冴の言葉に、諦観さえにじませた太助がぼそりと突っ込む中、すでにすっかり涙目の被害者・理月を引っ張って、トトとゲートルードがきらきらでスウィートでファンシーでファンタジーでお姫様なメリーゴーランドへと上がっていく。
 この微妙極まりない取り合わせにも、にこやかな笑顔を崩さない係員のプロフェッショナルぶりが素晴らしい。
 トトが真っ赤な薔薇で飾られた栗鹿毛馬に、ゲートルードがピンク色のリボンでおめかしした白馬に乗り、半泣きの理月が真っ白な馬車の中に隠れると、すぐにスタッフが出発を告げ、なんだか可愛らしい音楽が流れ出し、アトラクションがくるくると回り始める。
「おー、なんか楽しいな、これ。おーい、シロシロ、守月志郎ー、こっちこっちー!」
 上機嫌のトトが志郎の名前を連呼しながら手を振り、
「ちょ、おま、」
 目を剥いた志郎が、恥ずかしいからやめろとトトを制止するよりも早く、
『おお、素晴らしい……!』
 感激のあまり目を潤ませた(※傍からは激怒のあまり顔が歪んだように見える)ゲートルードが、そのゴツイ顔を志郎に向け、
『守月志郎殿ッ!』
「あ、え、な……?」
『ええもう、この際ですから胸の内を打ち明けますが、不肖ゲートルード、以前よりお慕い申し上げておりましたァアアアアアアァアアアァ!!』
 ……興奮のあまりなのか、いきなり愛の告白をブチかます。
「ちょっ……待ってそこのゲートルード姫様!? 俺の社会的な何かにものすごく響くんだがその言葉は!?」
「あっ、ずるいぞゲートルードさん。それだったらオレだって、シロにだったらあんなことやこんなこと(※恐らく、苦手なシャンプーや、一緒に寝ているとき寝相のよくない志郎に殴られたり蹴飛ばされたりすることだろうと推測される)されたって平気なくらい愛してるんだぜー!!」
「ぶはぁ!?」
 重ねての、暑苦しい愛の告白に志郎が噴いた。
 見物客の視線が志郎を直撃する。
 すごい三角関係云々というささやきが、高性能な人狼の耳を直撃し、志郎がその場で首をくくりたくなっただろうことは想像に難くない。
「……」
「あー、その、なんだ。志郎さん、ほら、人生そういうこともあるって、な?」
「……」
「うん、犬に噛まれたとでも思って、さ」
「…………」
 メリーゴーランド下車後、あれに乗せられた程度なら幸運な方だった、という結論に達したらしい理月が、死んだ魚の目をして萎れた菜っ葉みたいに打ちひしがれている志郎をしきりと慰めている。正直、慰め切れていないが。
「えーと……ほら、うん、他のアトラクション行こうぜ、なっ」
 話題を変えようとマップを開き、意見を求めようと周囲を見渡した理月が首を傾げる。
「あれ? なんか、トトがいねぇんだけど……太助、刀冴さん、トトは?」
「いや、しらねぇぞ? 俺はとーごといっしょに、さっきまでおみやげをえらんでたからな。なあ、とーご」
「ん、ああ。地獄組もあっちで、魔王陛下への土産を選んでたし……あいつらも知らねぇかもな」
「あ、そうだ、ほら見てくれあかっちー、かわいいキーホルダーだろ? これ、じいちゃんばあちゃんにプレゼントするんだー」
「おお、可愛いな。そりゃじいちゃんもばあちゃんも喜ぶだろ」
 ほのぼのと笑い合う太助と理月を横目に見ながら、
「……で、トトはどこに行ったんだ……?」
 志郎がきょろきょろと周囲を見渡す。
 その志郎に、紙コップに入った熱いコーヒーを手渡しながら、刀冴がかすかに笑った。
「心配なのか?」
「そりゃまぁ、友達だし、相棒だしな。あんただって、理月や太助や、あんたの守役……はさておき、身内がいなくなったら心配になるだろ」
「うちの守役に関しちゃどうでもいいが、まぁ、身内は心配になるだろうな」
 と、ここにはいない純血の天人の男が聞いたら盛大に打ちひしがれるようなことを言いつつ、辺りを探していたふたりの耳を、どこかレトロなチャイムが打った。

『♪お呼び出しを申し上げます♪』

 音楽的な音韻の、綺麗な声のアナウンスが、

『♪銀幕市よりお越しの守月志郎様、守月志郎様。お名前をトト・エドラグラ様と仰います、二十八歳のムービースター様を猿山にてお預かりいたしております。お急ぎ、猿山までおいでくださいませ♪』

「ぶっ」
 びっくりレベル天元突破な事態を告げ、志郎が盛大にコーヒーを噴く。
「何がどうなってそんな事態に!?」
「そういやここ、向こうの方にどうぶつえんがあるんだよな。はしゃぎすぎるか何かして、そっちにまよいこんだってことだろうなぁ……むかえに行かねぇと」
「っつか今ので志郎さんの名前はパーク中に知れ渡ったな……」
「ホントだ!? すげぇ嫌な公開処刑か、これは!?」
 こちらに気づいていないムービースターたちが、守月志郎ってさっきメリーゴーランドで地獄の門番に熱く激しく告白されてたやつだよなーなどと言いながら通り過ぎていく。
「さ、最後の日々に至って何だこの公開羞恥プレイ……!」
 がっくりと肩を落とした志郎が、血涙を流しながら現場へと向かい、わずかな時間で猿山のボスの座を勝ち取っていたトトに、猿山の真ん中で、ご機嫌なまま再度愛してる発言をされて切腹しそうになるのは、そこから十分後のことである。



 4.午後三時、ファンタジーパークで僕と握手!

 一行は、すでに死人の目をした志郎をなんとか引っ張って、休憩のために野外ステージへとやってきていた。ここなら無料で座り放題だ。
「あ、なんか今からヒーローショーってのをやるらしいぜ。オレたち、ラッキーだったかもしれねぇな」
 小山サイズのポップコーンをむしゃむしゃやりながら、トトが慌しく準備の進むステージを見上げて言う。もちろん、わくわく感たっぷりだ。
 理月はというと、刀冴に約束の三段アイスクリーム、ヴァニラにストロベリーに塩キャラメル味を買ってもらってご機嫌だったし、太助もいっしょにチョコレート味のアイスクリームを買ってもらって嬉しそうにしていた。
 唯瑞貴とベルゼブルは缶ビールなど買い込んで飲んだくれていたし、ゲートルードは可愛らしいクレープを手にご満悦だ。
 アトラクション制覇も動物園見学も一段落して、まったりとした時間が流れる中、
「まぁ、ゆっくり見せてもらうとしようぜ」
 刀冴が懐から煙管を取り出して笑う間に、準備は着々と進み、見物客も続々と集まってくる。あまりにも人が集まったので、あの刀冴が気を使って煙管を仕舞ったほどだ。
 そこから十分、きっかり午後三時にヒーローショーは始まった。
 どばーん! とかいう派手な爆発音がして、何かいかにも悪そうな衣装に身を包んだ蟷螂型の怪人と、その手下っぽい黒覆面の集団が、ステージ上でイーイー言いながらところ狭しと暴れまわる。
『今日はッ、この銀幕ファンタジーパークの客にッ、血も凍る思いをさせてやるのだッ!』
 どうも中の人はムービースターでもなんでもない、普通のエキストラらしい怪人が、マイクを手にびしりと客席を指差す。
 イーイーという同意の声が周囲から上がった。
 怪人は満足げにムフフと笑うと、
『よしッ、そこの昼間っからビールなんて飲んでる羨まし……けしからんお前と、アイスクリーム食ってる幸せ顔のお前! ちょっと来いッ!』
 ピンポイントで唯瑞貴と理月を指し示した。
「ん? ……私のことか?」
「え、俺も?」
 きょろきょろしたあと、ビールを飲み干したりアイスクリームを食べ終えたりした後、わけが判らぬままステージに上がるふたり。
 蟷螂怪人はまたムフフと笑い、ふたりをステージ端に設置された、大きな的の前に立たせた。
『よしッ、お前たち、人質をいたぶってやれッ! 恐怖のあまり震え上がるくらいになァア!』
 かなりノリノリの――仕事熱心というべきなのだろうか――蟷螂怪人が告げると同時に、黒ずくめの下っ端怪人たちが明らかにプラスティックと判る光沢の銃をふたりに向ける。
 と、その時、BGM(このヒーローものの主題曲であるらしい)が鳴り響き、
『待てッ、そうはさせないぞ、悪の組織ワルインダーめ!』
 そのままにすぎる組織名を叫びながら、赤、青、白のヒーロースーツに身を包んだ人々が、ステージ端から飛び出してきた。
『ムフフ……来たか銀幕レンジャーどもッ! 今日が貴様らの命日だ……覚悟するがいいッ!』
 やっぱりそのままなチーム名を叫んだ蟷螂怪人が、鎌のような右手をさっと挙げる。と、下っ端怪人たちが理月と唯瑞貴に向けた銃の引鉄に指をかけた。
『動くなよ、銀幕レンジャーども。貴様らが動けば、こいつらの身体に風穴が開くぞ……!』
『クッ、卑怯だぞ、ワルインダー!』
『フハハハハハ、なんとでも言うがいい! よし、やれッ、お前たちッ!』
 お約束の、熱い展開が繰り広げられる。
 日常を描いた映画から実体化したような、普通の設定のムービースターの家族たちは、そのお約束に則って、時折黄色い悲鳴を上げたり、危ないッと叫んだりしてショーを楽しんでいた。
『く、くそ……』
 やがて、『人質』を盾にされて身動き出来ない銀幕レンジャーの三人が、下っ端怪人たちに打ち倒されてステージに転がる。
 蟷螂怪人の哄笑が大きくなった。
『フハハハハハハ、悪は必ず勝つのだッ!』
 胸を張る蟷螂怪人に、下っ端怪人たちがイーイーと同意する。
『よし、貴様らはもう用済みだ、死ぬがいいッ!』
 やはりお約束な台詞を吐き、蟷螂怪人が理月と唯瑞貴をびしりと指差した。
「あー、そういうもんなんだ」
「よく判らんが……あの三人を放ってもおけまい」
 あまり意味の判っていない、筋金入りの異世界出身者ふたりは、不思議そうに小首を傾げる。
 本当は、この後、決死の力でふたりを庇った銀幕レンジャーが、銀幕市民の銀幕市を愛する銀幕ラヴパゥア(ここでちびっこや『大きなお友達』に叫んでもらう予定だった)なるもので復活し、華々しく怪人を倒す……という筋書きだったのだが、
『撃てッ、蜂の巣にしろッ!』
 蟷螂怪人の号令とともに、下っ端怪人たちが一斉掃射した弾丸(もちろん、勢いよく飛ぶものの当たっても痛くないコルク製である)を、ヒーローたちがふたりを庇う前に、
「……遅ぇよ」
「飛び道具などで私を斃せるとは思わぬことだ」
 ヒーローたちよりよっぽどクールな台詞を口にしたにわかエキストラふたりは、神速の踏み込みでコルク弾をかわし、もしくは恐るべき動体視力で持ってすべて掴み取ってしまった。
「え」
 思わず素の声を漏らす蟷螂怪人、身体を起こす動きの途中で硬直するヒーロー三人。
 彼らの不幸は、多分、現代風の出で立ちだから、と、本当はバリバリの戦闘系(しかも現代的なものの道理に疎い異世界出身)ムービースターであるふたりを、『人質』というエキストラにしてしまったことだろう。
「……あの怪人を斃せばいいのだな?」
「俺は雑魚、あんたはボス、でいけるな?」
「無論だ」
 ふたりは、二言三言かわしたあと、パッと走り出した。
 風のように下っ端怪人たちの中に突っ込んだ理月が、神速と謳われる体捌き、見事で美しい動きでもって走り抜けると、目にも留まらぬ早業で急所を打たれた怪人たちが、悲鳴も上げられないままバタバタと倒れて行く。
「え、ちょ、いやあのちょっと……!?」
 事態を何となく把握してすっかり素に戻った蟷螂怪人(というかエキストラな中の人)が、右往左往して逃げ腰になっているのを、不思議な瞳孔の赤眼で見つめ、
「……悪いことは、よくない」
 朴訥すぎることをぼそり、と言うや否や、恐ろしい速度で蟷螂怪人の背後に回り込んだ。
 そして、
「すんませんッはいッその通りですよねホントすんませんっしたアッ!」
 なんかもうすっかりテンパって謝り倒す蟷螂怪人(中身)の首筋に、見事な手刀を食らわせ、
「……!」
 彼をあっという間に昏倒させてしまう。
「なんだ、あっけなかったな」
 何でもないことのように理月が言い、お株を奪われて硬直したままのヒーローたちを引っ張り起こす。
 ステージも客席も、水を打ったように静まり返った。
 が、

『こうして、ムービースターたちの活躍により、銀幕市の平和は守られたのだった。しかし、悪の組織ワルインダーはまだ滅びてはいない。奴らを倒すその日まで、頑張れ銀幕レンジャー!』

 事態を把握したアナウンスが、気を利かせて柔軟に終わりを告げると、ワッという歓声と拍手とが、辺りを震わせた。
 無論、ふたりの手際が、並のヒーローショーの数倍見事でカッコよかった、というのが主な理由だが、よく見ればあれ『ムーンシェイド』の理月と『天獄聖大戦』の唯瑞貴じゃん、という声もあちこちから上がっている。
 歓声と拍手の中、やはりあまり意味が判らないまま、ヒーローのお株を奪ったふたりは客席に戻っていく。
「カッコよかったぜ、唯瑞貴も理月さんも!」
「まぁあのレベルの錬度なら十秒で制圧しなきゃ嘘だろ」
 トトや刀冴は、異世界出身者らしいことを言っていたが、
「……うん、なんか、もえつきてるっぽいヒーローのみなさんの気持ち、俺、わかる気がするなぁ……」
「っつかあの気絶させられた人たち、大丈夫なんだろうか。……まぁ、多分大丈夫だろうけど」
 現代映画出身の太助や、近未来映画出身の志郎などは、若干遠い目をしてステージ上を眺めている次第である。



 5.午後七時、熱の名残と空の花

 ヒーローショーの終了からおよそ三時間後、午後七時前。
「あー、疲れた。でも、楽しかったなあ」
 笑顔のトトが、金色の液体が入った大きなジョッキを傾け、口の周りに泡をいっぱいくっつけながら咽喉を鳴らす。
 暗くなるまでアトラクションを満喫した――中には今度こそ絶対乗らねぇと泣いて嫌がったのにまたジェットコースターにブッ込まれた不幸体質のものもいたが――八人は、パーク内のレストラン街付近に設けられた、畳敷きの野外席に陣取って、めいめいにグラスを傾けていた。
 夜間営業もしている遊園地のため、この時間帯になると大人たちに嬉しい時間が始まるわけだが、よい季節なので、外での食事を楽しんでもらおう、という意図で設けられた野外席には、事実、大変に心地よい風が吹き、空は満天の星空、どこかでは虫が静かに鳴く、そんな穏やかなワンシーンを描き出している。
「あかっちー、このからあげとそっちのだし巻きたまご、こうかんしようぜー」
「ん、ああ、いいぜ。こっちの、海老チリは要るか?」
「あっ、いるいるー! ポテトフライとこうかんしてくれー!」
 今日は一日ツッコミ役だった太助と、ジェットコースターからヘロヘロになって降りて来たあと、刀冴さんのバカヤローこの腹黒天人と泣きながら叫んで理不尽にも締め上げられた理月が、微笑ましくおかずの交換会を執り行う隣では、今日は一日一貫して黒い行動を取っていた刀冴が、冷酒の入った盃を傾けながら、ふたりのやり取りを見ている。――あの黒い行動も、刀冴的には愛情表現だったのかもしれない。たぶん。
 志郎は、唯瑞貴とゲートルードと他愛ない会話を交わしながら冷たく汗をかいたグラスを傾け、ほろ苦いビールを味わっていたし、ベルゼブルはトトに、からあげやポテトフライ、サラダなどを取り分けてやりつつ、自分は焼酎のロックなどを楽しんでいるようだ。
「……色々あったが、楽しかったな」
 盛大な呼気を吐き出して志郎がしみじみと言う。
 恐らく、理月と並んで今日の被害者ナンバーワンだっただろう彼の言葉に、被害者加害者双方、しみじみと空を見上げた。
 と、空に向かって光の塊が打ち上げられ、
「お」
 どおおーん、という音とともに、空に火の花が咲いた。
 花火は次々と打ち上げられ、夜空に眩しい光の花を描いていく。
「あ、そういえば花火大会やるってパンフレットに書いてあったな。……綺麗だなぁ」
「うん、すげー! きれーだな、あかっち」
 理月が銀の眼を細めて赤や緑や金の色をした光の花を見上げ、太助はひくひくと髭を動かして、きらきらした眼差しで花火に見入った。
「はは、風流じゃねぇか、なァ?」
「まったくだ」
 刀冴も夏空のような眼を細めて笑い、自分の盃をベルゼブルのグラスと触れ合わせると、中身を一気に乾す。
 どおおーん、という音とともに、空に大輪の花が咲く。
 あちこちで歓声が上がった。
「なんか……しみじみするよな、ホント」
 空は明るく、周囲は賑やかだったが、彼らはどこかしんみりと、穏やかな気分で花火を見ていた。
「もうすぐ……終わりなんだよなぁ……」
 ぽつり、と呟いたのは理月だ。
 ん、と小さく頷いて、彼の首にしがみついたのは太助。
「だが、悔いはねぇ……そうだろ?」
 刀冴の眼差しは、どこまでも透徹して、晴れやかだ。
「義兄上、我々は、自分たちの幸運を、幸福を、この世界のすべてに感謝すべきなのかもしれないな」
「ああ……その通りだ。とてつもなく素晴らしい日々だった」
「そうですね。刺激的で退屈しない、楽しい時間を過ごせました」
 地獄組も、それぞれの色合いの目を、満足げに細めて花火を見ている。
「オレさ」
 トトは大きなジョッキを手にしたままで空を見上げ、胸を張って笑った。
「銀幕市で、故郷の連中にも勝るとも劣らねぇような、いや向こうにはいなかったかもな、とにかくそんなすげぇやつらと一緒に戦ったり、こうやって楽しんだり出来て、本当によかったって思ってるんだ」
 あと十日もしないうちに、彼らはこの街から去らねばならない。
 そして、ここから去ったあと、自分たちがどうなるのか、誰にも知るすべはないのだ。
「オレがこの街でやることは終わった。皆と一緒に戦えて、この街を守れて、本当によかった。オレはそもそも、死ぬのが怖いとか思ってねぇけど……それ以上に、満足してるんだ」
 トトはそう、誇らしげに締め括り、咽喉を鳴らしてビールを飲み干した。
「……俺は」
 志郎はグラスについた泡を見つめながらぽつりと呟く。
「ここを離れるのは、正直寂しいよ」
 人狼である自分が分け隔てなく受け入れられる世界、理不尽な現象によって生きることが妨げられる確率の低い――決してない、とは、銀幕市においては言えぬことだが――世界、そして自分が、自分たちが、命をかけて守りぬいた世界から去ることが、寂しくないはずがない。
「志郎さん」
「ああ、いや、うん。だけどな、同じくらい、この街のために戦えたことを誇りに思うんだ。俺は、故郷とは違ったかたちで、違った気持ちで、誰かのために戦うって自分の本分をまっとうできたから。だから……そうだな、後悔ってのは、実は、ないんだ」
「……うん」
 近づく別れ、平和で心豊かな日々の終焉を寂しく思う気持ちは、きっと誰にでもあるだろう。そしてこの街を愛する誰もが、もう少しここにいたい、もう少し大好きな人たちと一緒にいたいと切望しているのだろう。
 ――どおおーん、と、一際大きな花火が上がった。
「おお、みごとだな……目のおくに光のあとが残りそうだ」
 理月の頭の上で、太助が拍手をする。
 無邪気なその仕草に、大人たちは笑みをかわし、再度それぞれのグラスを手に取った。
「――銀幕市に」
 めいめいに言ってグラスを触れ合わせ、中身を乾す。
 どおおーん、と、また、艶やかな大輪の光花。
 溜め息と歓声が、あちこちから聞こえてくる。
 誰もがこの一瞬を楽しんでいた。
 二度とは取り戻せぬものだから、というだけではなく、単純に、親しい、大切な人たちと見る花火は、とてつもなく美しかったから。

 ――別れは近い。
 けれど、それゆえに深まってゆく絆も、もちろんあっただろう。
 だからこそ、今を、愛しく美しく感じるのだろう。
 そんな、初夏の一日の出来事だった。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!

楽しい遊園地での一日、大変楽しく書かせていただきました。特に異世界出身のスターの皆さんはかいていて本当に楽しかったです。でもそういう反応になるよねきっと!

ちなみに記録者は某様と同じく絶叫マシンが駄目です。腰抜かしレベル天元突破です。死ぬ。

それはさておき、絶叫悲鳴入り乱れた、どたばたで賑やかな一日を、皆さんの絆とか充足、少しばかりの寂しさと一緒に、描けていれば幸いです。

それでは、素敵なオファー、どうもありがとうございました。
また、きっと、どこかで。
公開日時2009-07-27(月) 18:50
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