★ 悪魔と子供とパートナー ★
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
管理番号645-7141 オファー日2009-03-19(木) 22:27
オファーPC クラウス・ノイマン(cnyx1976) ムービースター 男 28歳 混血の陣使い
ゲストPC1 麗火(cdnp1148) ムービースター 男 21歳 魔導師
ゲストPC2 ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
ゲストPC3 昇太郎(cate7178) ムービースター 男 29歳 修羅
ゲストPC4 ニーチェ(chtd1263) ムービースター 女 22歳 うさ耳獣人
ゲストPC5 萩堂 天祢(cdfu9804) ムービーファン 男 37歳 マネージャー
ゲストPC6 来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
ゲストPC7 クレイ・ブランハム(ccae1999) ムービースター 男 32歳 不死身の錬金術師
ゲストPC8 クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
ゲストPC9 ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
<ノベル>


 とんからりん
 かんからとん
 とんからりん
 かんからとん

 扉が向かい合わせになっている、四方を壁に囲まれた部屋がある。
 天井まで届く大きな扉がついた壁。
 小さな扉がついた壁。
 何もない壁。
 本棚がある壁。
 本棚は空っぽだ。棚から出された本は床に溢れ、本に囲まれるように赤髪の少年が二人、大きすぎる本を抱えてもくもくと本を読んでいた。一人は目も赤いが、もう一人は青い瞳をしている。ぎゃぁぎゃぁと騒がしい子供たちに目もくれず、二人はじっと本に目を落としている。
 部屋の隅にいる傷だらけの少年のそばはなぜか、どす黒い血溜まりがあふれ、壁にも飛散した血痕が飛び散っている。新しい血が飛び散るたび、ゴリとかぐにゅぅとかいやな音がしていた。
 小さな扉のそばには、着物姿の少年が大きすぎる太刀を抱え正座している。黒い髪から覗く銀色の瞳は鋭く、どこか不機嫌そうに部屋全体を見渡しているだけだ。
 部屋の中心には銀の髪をかわいらしい髪留めでぐちゃぐちゃにまとめられ、真っ白いワンピースを着せられたアイスブルーの瞳の少年が、ただぼうっと突っ立っていた。
 そっくりな二人の子供が灰色の髪の少年に追いかけられている。捕まえられそうになった子供がひょいと空を飛ぶと、灰色の髪の少年は
「あー! ずっけぇ! とぶのはなしっていっただろー!」
 と文句を言うが、空を飛んだ子供二人はそのまま大きな扉の向こうへ逃げてしまった。

 とんからりん
 かんからとん
 とんからりん
 かんからとん

 薄暗い、蝋燭の火に照らされ、大きな男がその巨体よりも大きな糸車を回している。壁一面に広がる糸車はもはや巨大な機械のようだ。規則正しく音を奏で、男の背後には六つの糸山があり二本ずつ糸が伸びている。一本は山の下から床の上を、そして壁の向こうへと伸びている。もう一つの糸は山のてっぺんから伸びた糸は一本ずつまっすぐに糸車に吸い込まれていく。六つの糸はいくつかの歯車を渡り一つずつ大きな歯車に巻かれていた。
「ぱぱ様〜」
「ぱぱ様ー」
 ぎぃ、と大きな扉が開くと小さな子供が二人、空を飛び部屋に入ってくる。外見がそっくりな金髪の双子が胡座をかいて座る大きな男の太ももに座ると
「な〜んだぁ〜い?リインちゃんにレイン君。こ〜らこら〜、ぱぱ様お仕事してるから〜だ〜めだよぉ〜」
 野太く間延びした声でいう男がのっそりと振り返る。リインと呼ばれた少女とレインと呼ばれた少年の頭に大きな手を乗せ、軽くなでてやると双子はにへ、っとかわいらしい顔で笑った。
 おそろいの洋服に身を包み外見もそっくりな双子は、短いスカートでリイン、短パンをはいているのがレイン。そういった、身につけているものでしか見分けがつかない。蝋燭の灯りしかないような部屋でもその金色の髪は輝き、真っ黒な洋服は双子の白く細い腕を引き立てていた。
 そう、双子はとてもかわいい。誰が見ても可愛いといえる容姿を持っている。
だが、双子が「ぱぱ様」と呼んだ男はといえば、見上げるほど大きな体にごつごつとした手、角張った顔に細すぎる目は開いてるのかどうかわからない。ぱっとみ寝ているのかと思うほどだ。この父親からどうしてこんな双子が生まれるのか、と不思議に思うほどの差だ。
「リインつま〜んな〜い。昇太郎は刀さわらせてくれないし話しもしてくれな〜い。ルイスって子はリインにいぢわるばっかりするの〜」
「レインもつまーんなーい。クレイと麗火は本よんでばっかりだしCTはずっとキメラ解剖しててぜんぜん遊んでくれないー」
「お〜やおや。香介はどうした〜? なんでも言うこと聞いてくれるだろう〜?」
「「あきた」」
「それは困った〜ね〜」
 そう言うと、男はまた糸車を回す。

 とんからりん
 かんからとん
 とんからりん
 かんからとん

 双子はひょいと空を飛び男の肩に移動するとぶーぶーと文句を言っていると、双子が入ってきた扉から一人の少年が中を覗いていた。顔だけをにゅっとのばし、男も双子も自分の方を見ていないとわかると、青い瞳をきらりと輝かせそうっと中に入ってくる。
 日焼けを知らない白い肌、短い灰色の髪は蝋燭の明かりで銀色に光り、青い瞳はちらちらと男と双子、そして「目標」を何度も見返していた。見つからず無事「目標」――六つの糸山までたどり着いた少年は音を立てないよう少しずつ、糸の山を混ぜ合わせた。少年は適当に混ぜた糸の山の中に潜り込むと、こんどは中で糸をぐちゃぐちゃにする。適当に引っ張れば糸が勝手に絡まってくれるのだ。

 とんからりん
 かんからとん
 とんからからからととんとんとんとんととととと

「あ〜れぇ〜?」
 急に糸車が動かなくなり、男はぐるっと首を180度回して背後を見る。
「糸が〜絡まってる〜? リインちゃんレイン君、また、悪戯した〜?」
「してないよ〜」
「してないー」
 のっそりと立ち上がった男はずしん、ずしんとあたりを揺らして一歩ずつ歩くと、糸山を抱え上げる。持ち上げられた糸山は数本の糸が束となって垂れ下がり少年がぶら下がっているが、揺れる糸山の反動に耐えきれなかったのか、少年はぼてりと床に落ちてしまう。
「わ、っわわわわ! いってぇ〜!」
「あ〜ルイス! ぱぱ様のお仕事じゃましていっけないんだ〜!」
「いーっけないんだいけないんだー」
 リインとレインに言われた少年、ルイスはぴょんと立ち上がると走り出した。
「へっへ〜んだ! つかまらないもんね〜!」
 あまりに大きな音に何事かとおもったのか、大きな扉からは本を読んでいた赤髪の少年二人と、刀を抱えた黒髪の少年がのぞき込むと、ルイスが柱のように大きな男の足下を駆け回り、その姿を見ようとする男はバランスを崩して倒れ、糸山から伸びていた壁を壊してしまったところだった。
 もうもうと煙が立ちこめ、突風に顔を隠す三人の少年が目を開けると、瓦礫に埋まり糸に絡まった男がじたばたともがいていた。
 四人の少年が気になったのは、その向こう。壊れた壁の向こう側には一本の糸が伸びた大きな水晶が六つ、輝いていた。その中に人が、眠るように瞼を閉じ囚われている六人の男が見えた。
 水晶に気をとられたルイスが男に捕まると、男は
「だ〜めじゃないか〜。これは大事な糸なんだよ〜?」
 と怒っているのかどうか、いまいちわからない声色で言う。大きな手に握りしめられ、身動きが取れないルイスはしょんぼりし
「ごめんなさい」
 と、驚くほど素直に謝った。よいしょ、と起きあがった男が床にルイスを置くと、扉のそばにいた赤髪の少年が一人、男に問いかける。瞳も赤い少年の方だ。
「なんで鉱物から糸が取れるの?」
「糸は〜水晶からとってるんじゃないんだよ〜」
「じゃぁ何からとってるの?」
「中にいる「人間」からとってるんだよ〜」
「嘘だよ。人間から糸なんて取れないよ」
「麗火うるさ〜い。ぱぱ様の言うことは本当なんだよ!」
「麗火じゃない! ぼくはミカだってば!」
「面倒だから麗火でいいじゃないか」
「ん〜? この糸はねぇ、この「人間」の人生なんだよ〜」
 少年――麗火が人生?とつぶやくと、 話を面白いと思ったのかもう一人の赤髪の少年と黒髪の少年も部屋に入ってきた。
「人生、その人が辿ってきた物事や、記憶とか、そういうものですか?」
 赤髪のが礼儀正しく聞くと、男は楽しそうに笑い
「クレイは難しい言葉を知っているねぇ〜。うん。そんなところだ〜よ。「人間」の人生は織物のようになっていてね〜? こうやってほどけるんだ〜よ〜。この糸は「時間」だぁね〜」
「時間が形になるなんておかしいじゃないか」
「麗火のあたまでっかち〜」
 べーと舌をだしたリインにそう言われ、麗火はむっとするとぷいと顔をそむけた。
「さぁ〜さぁ〜、み〜んなは向こうのお部屋で遊んでいよ〜うね〜。CTはずぅっとよい子に遊んでるよ〜。ぱぱ様は〜この糸をほどかないと〜〜〜あれぇ〜〜?」
 手を挙げようとした男は身動きが取れず、またずしぃぃんと倒れ込んでしまう。話に夢中になっていた間にルイスが糸をいろんなところに引っかけていたらしい。大きな扉のそばでルイスはガッツポーズをとると扉の向こうに逃げていく。
「ぱぱ様〜! ぱぱ様〜! 大変! ぱぱ様が〜!」
「何か切るもの! 昇太郎! その刀かせよ!」
「触るな!!」
 わたわたとあわてる双子が黒髪の少年――昇太郎の刀に手を伸ばすが、力強く一喝され、びくっと止まる。ぎっ、と強く睨んだ昇太郎は刀を抱え直すと走り出し、部屋を出て行ってしまう。
「糸は切っちゃだめだ〜よ〜」
「人生だの時間だの、見えない物を糸だなんて言うからさ」
 きつい言い方をした麗火はつん、と顔を背けると昇太郎の後を追うように行ってしまい、クレイも一礼すると部屋を出て行ってしまった。
「や〜れやれ〜、困った子供達だね〜」
 双子は一生懸命糸をほどこうと男の周りを飛び回っていた。


 麗火とクレイが部屋に戻ると小さな扉の前でルイスと昇太郎が話をしていた。真面目そうな昇太郎といたずらっこルイスが話をすると思っていなかったし、何よりルイスの手は銀髪の少年の手を握っているのだ。二人がぽかんとしていると、ルイスが声をかけてくる。
「いい加減こんな場所から逃げようと思うんだ。おまえらはどうだ? 手伝うか?」
「何か手があるんですか?」
 クレイがそう聞き返すと、昇太郎は頷きすっと上を見上げた。小さな扉の上には鳥のような石像がついている。
「あの石像の上に鍵があるってルイスが言うんだ」
「間違いねぇって! さっき追いかけっこしたときにリインがそこに置いたんだ!」
「あの二人は飛べるから置いたのかな。でもどうやって取るのさ、あんな高いところ」
「本を台にして昇太郎が取る!」
 えっへん、と胸を張ってルイスが言うが麗火は続けて
「なんだ、ルイスが取るんじゃないなら威張らないでよ」
「しょーがねぇだろー? こん中じゃ昇太郎が一番背がでかいんだしさ、届かなくてもその刀でちょいちょいって落としてくれりゃいいんだから」
「刀をそんなことに……」
「その話はさっき納得しただろー? こっから出たいんだし、刀を貸してくれないなら昇太郎がやれってー」
「それで、どうしてルイスは香介と手をつないでいるんですか?」
 ずっと気になっていたことをクレイが聞くとルイスは
「手伝うか、って聞いたら頷いたのに動かねぇからここまで引っ張った。ほら、な〜んかほっとけなくねぇ? こいつ。あぁ、あとCT? だっけ? あいつは聞いても返事なかったし、ほっといてるぜ」
 あぁ、と三人はなんとなく納得した。銀髪の少年――香介はぼへっというか何というか、どこを見ているのかわからない目でただ突っ立っている。CTは今もごりごりと解剖を続けており、邪魔をしちゃいけない感じがした。
「うん……本を台にするのは気が引けるけど……ここからでられそうならやってみる価値はありますね」
 クレイの言葉に四人が頷くと、早速本を並べだした。こうすると崩れにくい、と麗火とクレイが提案したので積み上げるのを二人に任せ、ルイスと昇太郎は散らばっている本を運ぶ。香介は言われたことしかしない、となんとなく理解している四人は彼に積み上げる本を支えるようお願いした。
 正直なところ、協調性に欠ける四人が協力しあうのは不思議な物だが、一つの同じ目標があればこそだ。知らない本を読むのは楽しいし、悪戯だってやり放題。奇異の目にさらされることも、重圧を感じることもない場所だが、誰もが、ここをでたかった。それは違う物事を知りたいという思いか、帰りたいのか、一人になりたいのかは、わからない。
 いくつもの本を重ね、昇太郎がその上に乗るとうんと背伸びをして扉の上にある石像に手を伸ばす。ルイスが言ったとおり石像の上には鍵があるらしく、何度か指先が触れてちゃりちゃりと音がする。崩れないよう本の台を支える麗火やクレイ、ルイスは口々にがんばれ、もう少し右、もうちょっとだ、と昇太郎を励まし、昇太郎もまた必死に手を伸ばす。その様子を傷だらけの少年――CTがじっとみていた。片手に握られた小さなナイフも薄汚れた洋服もべっとりと血が付き、彼の背後にある机の上には息絶えた化け物がいた。未知の生物を見たCTはその『中身』に興味を持ち、腹を割いて臓物を調べていたのだが、動かなくなった化け物に興味がなくなったらしい。えっちらおっちらと台をつくるほかの少年達が何をしているんだろう、と首を傾げるが、ハッと、身体を弾ませた。昇太郎の指先が鍵の端にふれ、かしゃんと落ちる。
「よっしゃぁ! よくや……」
 ルイスが喜びの声を上げるが、何かに気がつき息を飲む。鍵を落とし、役目を終えた昇太郎は台から降りると同じように見上げていた麗火、クレイも目を丸くして石像に見入っているのを見てふと顔を上げる。
 先ほどまで灰色の石像だった。それは誰もが見ていた。石像がぶるぶるとふるえ、少しずつ色を持ち、動き出している。
 誰よりも早く動き出したのはルイスだった。この中で一番“逃げなければいけない”状態にあうのが、彼だったからだろう。床に落ちた鍵を拾い上げ、鍵穴に差し込もうとするが手が震えてうまく入らない。
「い、急そいでください! もう手? あれは、足? と、とにかく動き出してます!!」
「わぁってるよ! 堅くて、回らねぇんだ! ちくしょう! 回れ! 回れって!!」
 クレイの言葉にそうルイスが答えるが、鍵はがちゃがちゃと音をたてるだけで一向に回らない。ほとんど使われていなかったのか、堅く動かない鍵を握るルイスの手と今にも動き出しそうな石像の化け物を三人は何度も見る。
 何か手はないか、と麗火は必死に頭をフル回転させて考えあたりを見渡して使えそうな物を探すが、鍵の滑りをよくする油も、力業で回すペンチもない。鍵を開けられるようにする手段が考えついても、必要な材料も道具も時間も、使いこなす技術や力が麗火にはなかった。
 きゅぃぁおぉぉぉぉぉぉっぉぉぉ、と硝子をひっかいたような雄叫びが響き、少年達は身体を縮こませぎゅっと目をつぶって耳を塞ぐ。長く長く響くその声の後、そっと目を開けると大きく、腐葉土のような色をした蜥蜴のような生き物が彼らが作り上げた本の台の上に立っていた。鋭いかぎ爪は本に突き刺さり、大きく開いた口は上下に尖った白い歯が生えそろい、ねっとりとした唾液で繋がっている。ただでさえ大きな身体だというのに、台の上から、そして背中から伸びる蝙蝠のような羽を広げ大きな影を作る蜥蜴は、さらに大きく見えた。
 動いたら喰われる。そう直感で思った四人が固まっていると、蜥蜴の背中に飛び乗った人影が見え、蜥蜴が暴れ出した。
「あははっ、あはははは、すごぉい、すごいや! こんな生き物はじめてみた!ねぇきみの「中身」見せてよ!」 
 CTが手を振り上げ、手に握ったナイフが一瞬光るととすっと蜥蜴の背中に突き刺さる。ぎぃぃあぎぃぃあと悲鳴をあげる蜥蜴は背中に乗ったCTを落とそうと暴れ、積み上げた本がどさどさと落ちる。頭上から本が落ちてくるというのにぼうっと突っ立ったままの香介をクレイが庇う。
「あっぶねぇ! おいCT! やめろっ……て!」
 ルイスが落ちてきた本をぶん投げると、その本はちょうど蜥蜴の口にすっぽりと入った。蜥蜴はかぎ爪と口の歯に本が突き刺さり反動で床に倒れる。苦しいのか痛いのか、床に倒れたまま暴れ続ける蜥蜴を見て、麗火はそばにあった本を放り投げる。
「爪と歯が使えなくなって、このまま動けなくすれば! 鍵を開ける時間は! できる!」
 麗火が歯や爪を隠すよう抱えるほど大きな本を次々と放り投げると、昇太郎も同じように本を投げ出す。ルイスはもう一度鍵をがちゃがちゃと動かすが、やはり本やCTの小さなナイフでは大したダメージを与えていなかったのか。蜥蜴はすぐに立ち上がり、ぎぃやぁああきぃゃぁああと鳴いた。ぎらぎらと光る目が麗火と昇太郎を睨むと、蜥蜴の足がぐっと曲がる。
「伏せろ!!」
 蜥蜴が飛びつくと同時にルイスは麗火と昇太郎の二人の背中にぶつかり、そのまま地面に倒れ込み、自分たちに向かっていないとわかっていても、クレイも香介を抱えたまま地面に伏せた。獲物に避けられた蜥蜴は扉に体当たりし、その衝撃であっさりと扉は開く。蜥蜴はCTを乗せたまま行ってしまった。
「……た、助かった……開いた」
 誰かがそう呟くと、四人ははぁぁ、と安堵のため息を漏らす。が、
「あ〜〜! うるさいと思ったらなんてことしてるのよ〜!」
「リインがあんなところに鍵なんて置くからだよ!」
「レインだってあそこなら取れても逃げられないって言ったじゃない!」 
 一難去ってまた一難、大きな扉の向こうで糸を持った双子が叫んでいた。
「とっとと逃げようぜ」 
 ルイスはこっそりと言い、麗火と昇太郎の手を引っ張り起きあがらせると、背中を押す。同じように昇太郎はクレイを、麗火が香介を立ち上がらせ扉を潜ると、ルイスは鍵穴に刺さったままの鍵を引っこ抜いた。
 何をしようとしたのかわかったのか、ルイスが扉を潜ると麗火とクレイ、昇太郎は
「せぇ、の!」
 と声を合わせて力一杯扉を押し、扉が閉まるとルイスはすぐに鍵をかけた。先ほどと違いなんの苦労もなく鍵がかかる音が聞こえ、少年達は光の中へと走り出した。



 気がつくと麗火は一人になっていた。
 化け物から、協力してあの部屋から逃げ出した後、必死に走り続けた為他の少年達とはぐれてしまったらしい。
 元々、あの部屋になぜいたのかもわからなかった。全員、気がついたらあの部屋に居たのだ。最初に話しかけてくれたルイスは悪戯ばかりしていたが、話をしてくれることに安心した。昇太郎はどこか怖い感じがしたが、年上のお兄さんと考えればあんなものかと思い、クレイは一緒に本を読み、お互いの知識を交換しあうのが楽しかった。香介とCTはいまいちわからないままだが、独りが怖い麗火にとって、出会ったばかりだったが彼らが居たから今まで耐えていられた。
 今はひとりぼっちだ。見たこともない風景によくわからない四角い物体。ずっと一緒にいたはずの友人は気配も感じず、名前を呼んでも無反応だ。
「う……うぇ…………ひっ、うぁ……」
 何もわからず、何一つ知らない場所にひとりぼっちだという悲しさが麗火の心に広がり、赤い瞳にじわりと涙が溢れてくる。どんなに考えても、どれだけ思い出しても何も知らないから帰り方もわからない。
「うあぁぁぁぁん! ここどこぉぉぉ! みんなどぉぉぉこぉぉぉ! あぁああああん!」
 麗火は悲しさに押しつぶされそうになり、ついには泣き出してしまった。ぼろぼろと大粒の涙をこぼし、大声で泣き叫ぶが知り合いの返事は何一つなく、麗火はただただ泣き続けた。
「あぁぁ……あ! ひっく、ひっっ! うぁあぁぁぁ!」
「れい、か? 麗火!? いや、えーと、ミカ?? え? え!? あれ!?」「あぁぁあ! あ……えぐ……くらう……す……?」
「やっぱり、麗火だよ、ね? どうしたのその姿!?」
 泣きやんだ麗火の前には茶色の髪と灰色の目の青年、クラウス・ノイマンが驚きの声をあげ、足早に近寄ってくる。ごしごしと目元を拭いしゃくり上げる麗火にクラウスは何があったのか、どうしてそんな姿になっているのかと優しく問いかける。涙を拭いた麗火はキッとクラウスを睨むと彼の膝小僧を力一杯蹴り上げた。
「いっっっっっつーーー、な、なに麗火、どうしたの??」
「うるさい馬鹿! どうしてもっと早く迎えに来ないんだ!」
「へ? いやいや? えーと? 麗火サン?」  
「麗火じゃない! ぼくはミカだ! おまえまで麗火とか呼ぶな!!」
 痛みで地面に膝をついたクラウスは、泣き出しそうな顔で叫ぶ麗火をみてぱちくりと目を丸くする。クラウスは幼少のころの麗火を知っている。だがいったいどうして、こんな姿になり記憶まで子供の頃になっているのか、わからないことだらけだった。クラウスが無言でいることが気に入らないのか、麗火はぎゃんぎゃんと文句言い続けるせいで考えもまとまらない。とりあえず、とクラウスは手持ちのプチシューを麗火の口につっこんだ。
 確かに目の前にいるのは子供のころの麗火――ミカだ。容姿も話し方も間違いなく、こうしてクラウスお手製のお菓子を口に含むと黙り込みもぎゅもぎゅと食べる姿は、忘れようもない。
 クラウスがプチシューの入った袋を麗火に手渡すと、麗火は次々に口に放り込む。どうやら落ち着いたようだ。もぐもぐとお菓子を食べる麗火を見て、クラウスは懐かしさに微笑む。
――何かのハザードか事件に巻き込まれたのかな。あぁ、いっそこのままでいいんじゃないかな、いやいやそれでは本人の尊厳が……――
 と、一人でぐるぐると色々な事を考えていたが、小さな口に大量のプチシューを頬張り、ぷっくりと頬をふくらませている麗火をみて思考はすべて吹っ飛ぶ。 クラウスがほんわかした気持ちでいたが、
「あぁ、いたいた。コンドル二号も一緒か」
 心地よい気分でいたクラウスは肩をがっくりと落とす。あまりよろしくない、一方的なあだ名で呼ばれたクラウスは恨めしそうに声がした方を振り返り
「だから、その呼び方なんなの。タマ」
「タマじゃねぇっていってんだろ」
 着物姿の少年を連れたミケランジェロが居た。
 
  

 ミケランジェロが着物姿の少年――昇太郎と出会ったのは少し前の事だ。
 家に帰ってこない昇太郎が心配になり、いつも通りのつなぎとモップを片手に思い当たる場所を適当にぶらついていた。最近は昇太郎も無茶な行動は慎むようになり、己の肉体や死など気にしていない、という無謀な事はしなくなっている。とはいえ、一般的な無理無茶無謀をしてしまう事もある。連絡もなく姿を見せなくなってすでに三日、またどこかで大怪我でも負ったのか、と諦めにもにたため息をついたミケランジェロは、がりがりと頭を掻きながら昇太郎を捜し歩いていた時だ。前方から一人の少年が走ってきたのは。
 少年はミケランジェロに気がつくと足を止める。肩で息をし、身体にいくつかの切り傷をつけ、まだ幼さの残る愛らしい顔立ちの少年は大きすぎる太刀を守るように抱え、キッとミケランジェロを睨んだ。ぴんと張り詰められた琴線の様な、湖を覆う薄氷の様な危うい緊張感を湛え、触れれば壊れてしまいそうな程の殺意にも似た警戒心。その異様なまでの少年の気迫に、ミケランジェロは無意識に足を止めていた。
 髪と同じ漆黒の鞘に見覚えはある。だが、ミケランジェロの知っている太刀の持ち主は大人であり、髪に一房の銀色があったはずだ。瞳の色も、少年のような
銀色ではなく、翠の瞳だ。ミケランジェロが彼を、そして色を間違えるはずはない。
 だというのに、ミケランジェロは少年の瞳の色を見て、探し人の名前を呟いた。
「昇太郎……?」
「気安く名前を呼ぶなっ」
 反射的に声を出してしまった昇太郎はしまった、という顔をして俯く。その行動が、ミケランジェロに少年は昇太郎だ、と確信を持たせる。
「お前、どうし――」
 たんだ、と言いながらミケランジェロが手を伸ばすと昇太郎はびくっと大きく身体を弾ませる。昇太郎が思ったより過剰反応をした事にミケランジェロが驚いていると、昇太郎は踵を返して走りだした。
「お、おい! 待て昇太郎!」
 子供と大人の歩幅で逃げ切れる筈もなく、昇太郎がほんの少し走ったところでミケランジェロはその左手をしっかりと握り、少年を引き留める。
「落ち着け、俺がわからな……」
「触るな! おまえなんか知らない! …………あ」
 ごつ、と音が、右手に何かを叩いた衝撃が伝わり昇太郎は動きを止める。ミケランジェロの手をほどこうとしたせいで、昇太郎が抱えている太刀の鞘がミケランジェロの顔に当ったのだ。戸惑ったような顔で昇太郎が見上げていると、銀色の髪からつうと赤い血が流れる。
「あ……あ……」
 狼狽え、おびえるような声を漏らす昇太郎に、優しい紫の瞳が向けられる。
「大丈夫だ。大した傷じゃない。……ったく、おまえは子供になっても自分より他人だな」
 眉を潜め、苦笑してそういうミケランジェロを見た昇太郎はほっとしたらしく、身体の堅さが少しほぐれた。
「あぁ、うん。悪い。手、痛くなかったか?」
 何かを確かめるように言い、掴んでいた昇太郎の手をミケランジェロが離すと、昇太郎は逃げることをやめ、こっくりと頷いた。
「そう、か。あ〜、悪いがもう一度聞かせてくれ。おまえは、昇太郎なんだな?」
 少年がもう一度頷く。
「……ハザードか何かに巻き込まれた、ってところか。何があったか、話せるか?」
 ミケランジェロの問いに、昇太郎は困っているような迷っているような、そんな仕草でミケランジェロの顔やあたりをきょろきょろと落ち着きなく目を泳がせた。
「ん? 言えないのか? ……あ、あ〜〜」
 ミケランジェロは昇太郎がどういう考え方をするのか、だいたいは把握している。なんらかのハザードか何かに巻き込まれた昇太郎はこうして少年の姿になってしまい、「おまえなんか知らない」と言った事から記憶も少年時代までさかのぼっている。つまり、見知らぬ場所で、見知らぬ人に名前を呼ばれ、追いかけられて腕を捕まれれば抵抗もするだろう。今もここにとどまっているのは「怪我をさせてしまった」からだ。反抗的というか、挑発的というか。相手を信じず壁を作る割にはこうして相手を気遣う優しさを持っている、ミケランジェロの知っている昇太郎と、さほどかわりはない。
 呆れたような、楽しそうな笑いを零したミケランジェロはしゃがみ込み、目線を昇太郎にあわせると
「俺は……ミゲル。安城ミゲルだ。 おまえの……そうだな、相棒ってやつかな」
「あい……ぼう?」
 昇太郎が顔をあげ、会話をしてくれた事に安堵したミケランジェロは笑い、そうだ、と頷いた。
「今のおまえにはわからないかもしれないが、俺はおまえの味方だ。おまえの大事な刀にも触らないし、奪おうとするやつがいれば護ってやる」
「この刀の事を、知ってるのか?」
「あ? あ〜〜、聞いたような聞いてないような……聞いた気はするが、覚えてない」
「なんだ、それ」
 くすり、と昇太郎が笑う。
「別にどっちでもいいだろ。その刀はおまえの大事な物。それだけだ」
 ミケランジェロはわしわしと昇太郎の頭を撫でると、昇太郎は少しだけ不満そうな顔をするが、ミケランジェロは構わず続けてこういった。
「ったく、ガキの頃からこんななのかおまえは。いいか、おまえが、おまえ一人で全てを無理矢理背負う必要はないんだ。もっと肩の力を抜いて楽にしていい。一人で難しい事は誰かと助け合え。今は、俺が助けてやる」
 真顔でそう言ったミケランジェロは少し間を開けると、頭をがりがりと掻いた。今は昇太郎を安心させ、自分を警戒させないようにする事が第一だ。そうわかっていてもガラにもなく恥ずかしい台詞を言った自分に耐えられなくなり、ごまかすように頭を掻き続けた。不満そうな顔をしていた昇太郎は、ミケランジェロの言葉に驚き、戸惑っていた。いままで言われたことがなかったのだろう。昇太郎は何かを言おうと口を開きかけ、閉じる。無理するな、と呟いたミケランジェロはもう一度昇太郎の頭を撫でた。
 無理するな、とは言ったものの、何一つ状況がわからない状態でどうしたものか。一度対策課にでも寄るか、昇太郎と同じように子供になっている人を探す方が早いか。少しの間ミケランジェロが考えていると昇太郎が口を開いた。 
「……部屋に、いたんだ」
「部屋?」
「気がついたら、そこにいた。よくわからなかったけど、みんなでその部屋を出ようって話になって、変な怪物みたいなのがでてきて、ここまで走ってきたんだ」  
「なんだ、友達とはぐれてたのか」
「え、と……わからない」
「わからない?」
 ミケランジェロが不思議そうに聞き返すと、昇太郎は抱えていた太刀をぎゅっと抱き直した。
「その、友達かどうか……わからない。一緒に出てきたのは、年下の男の子達だけ。部屋には黄金色の髪の、そっくりな二人の子と、すごい大きな男の人が残ってる」  
 くっ、とのどを鳴らし短く笑うとミケランジェロ立ち上がり、たばこを吸おうとポケットの中に手を入れて、止めた。モップを左手に持ち直し、開いた右手を昇太郎に差し出す。
 手を差し伸べられた昇太郎は何度かミケランジェロの顔と手を交互に見返し、刀を右手に持ち直すと左手をおそるおそるミケランジェロの手に乗せる。そっと乗せられた昇太郎の手をミケランジェロが強く握ると、昇太郎もしっかりと握り替えした。二人は手をつなぎゆっくりと歩き出した。
「あのな、同じ部屋から一緒に逃げてきたんなら、そいつらは友達って言っていいとおもうぜ?」
「そう、なのか?」
 ミケランジェロが苦笑しながらあぁ、と答えると昇太郎は戸惑いながらも少しだけ嬉しそうに笑っていた。
「で、その友達の名前はわかるか? 外見とか」
「赤い髪の麗火とクレイ、銀色っぽい髪だったのがルイスと香介にCTって呼んでた」
「はは、まぁ〜た、ぶっとんだメンツだな」
 とはいえ、その名前の少年達が本当に知っている奴らなら、原因もやっかいだとミケランジェロは思った。ほとんどがスターであり、昇太郎も含め数百年から数千年生きているような男達を子供にしてしまうほどの原因なら、早々に見つけ出さないと手遅れになる可能性も、ある。
 歩きながら、昇太郎がそれぞれの容姿を少しずつ話していると、角を曲がったところで赤髪の少年と一人の青年がいるのをみかけた。
「あぁ、いたいた。コンドル二号も一緒か」
 ミケランジェロが言う。青年が目に見えて肩を落とすと恨めしそうな声を出して振り返る
「だから、その呼び方なんなの。タマ」
「タマじゃねぇっていってんだろコンドル二号」
「知り合い?」
「あぁ、麗火の……保護者? のコンドル二号だ」
「違うから保護者はあってるけど違うから。変な名前教えないでくれるかなタマ。えーと、はじめまし、て? かな? クラウスだよ。クラウス。間違えないでね」 
 優しそうな笑顔でクラウスがそう言うと、昇太郎はこっくりと頷く。その姿を見たミケランジェロはこっそりと安堵のため息をついた。自分と会ったときのようにまた昇太郎が警戒心むき出しで噛みつくかと思ったが、その心配もなさそうだ。
 ふっ、と辺りが薄暗くなる。ミケランジェロとクラウスは雲か何かが通り過ぎているのだろうと気にしていなかったが、昇太郎と麗火は頭上を見上げ、あ、と声を漏らしほんの少し頬を赤く染めた。声につられ、ミケランジェロとクラウスも頭上を見上げると、そこには金髪の少女が浮いていた。
「み〜〜〜つっけた! さっすがレインちゃん、冴えてる〜う! ほらほら! 昇太郎も麗火も帰るよ〜! ぱぱ様怒ってないから!」
 頭に大きめのリボンをつけ、黒いブラウスとミニスカート姿の少女はふわふわと四人の頭上に浮いていた。丸見えだ。見ちゃいけないと思ったのか、昇太郎は俯くが麗火は
「ぱんつ、見えてるよ」
 と呆れたように呟いた。ストレートな言い方にミケランジェロはくっと耐えきれなかった笑い声を吹き出し、クラウスはあわてて麗火の口を押さえる
「れ、麗火そんな言い方しちゃだめだって」
「だって見えてるじゃ……もがもご」
 かぁっと顔を真っ赤にしたリインは身体全体で怒りを表現し
「ぱんつじゃないわよ! ドロワーズよドロワーズ! 失礼ね!!」
 と金切り声を上げだした。残念ながらここにいる男性には違いがわかってもらえなかったらしい。クラウスの手をよけた麗火は
「かぼちゃぱんつなんだろ? やっぱりぱんつじゃないか」
 と、さらにリインを怒らせる発言をする。リインが体中をぷるぷると震わせ、目元にうっすらと涙を浮かべたのでクラウスはあわてて麗火の口にお菓子をつっこみ、黙らせた。麗火は文句を言いたそうにクラウスを見るが、口に物が入っている間は話しちゃいけません。よくかんで食べましょう。の躾がしっかりしているため、もっきゅもっきゅと口を動かしていた。
「ご、ごめんね! 口は悪いけど、本当は優しいよい子なんだよ! あ、お詫びにコレ貰ってよ」
 頭上に向けてクラウスがお菓子の入った袋を掲げると、中身がきになったリインはすいとそばまで降りてきた。
「なぁに、一個しかくれないの?」
「え?」
 クラウスがきょとん、としているとミケランジェロが
「その子、双子らしいぜ?」
 と教える。あぁ、と納得したクラウスはもう一つ袋を取り出し、リインに手渡した。
「さすがお姉ちゃんだね。ちゃんと弟の分も考えるなんて」
「そ、そうよ!リインがお姉ちゃんだからレインの事を考えてあげたのよ!」 
 ミケランジェロと麗火は嘘だな、と言いたそうな顔をするがクラウスはにこにこと笑い、満足そうにしていた。昇太郎はリインが直視できないまま、俯いている。
「じゃぁ早く持って行ってあげなよ。二人で食べたらもっとおいしいよ」
「うん! 麗火の言ったことはむかついたけど、これでチャラにしてあげる! リインちゃん優しいから!」
 お姉ちゃんと言われたのがよほど嬉しかったのか、リインは上機嫌でじゃぁね〜と飛び立ってしまう。その後ろ姿を見てミケランジェロは昇太郎を抱きかかえる。
「……追うぞ。あの子がここに来たってことは、もう一人は残りの子供のところにいるはずだ」
「そうだね、後を追いかければどうして子供になったのか、わかるかもしれない」 
 同じようにクラウスも麗火を抱え上げると昇太郎と麗火は恥ずかしそうに身じろぎした。
「下ろして。じ、自分で走る」
「ダメだ。おまえらの足じゃ見失う。おとなしくしてろ」
 昇太郎と麗火はむっとした顔をするが、二人は構わず走り出した。



 奇声を轟かせふらふらと空を飛ぶ化け物を見上げ、ルイスはひたすら走っていた。ただ化け物が逃げているのなら、放っておけばいいのだがあの背中にはCTが乗ったままだ。鋭いかぎ爪や歯で噛み千切られたらと想像するだけでぞっとする。子供のCTにも今の自分にも対抗する術はない。
 背の高いビルや電柱にぶつかり、小さく見える化け物の姿がふらふらと落ちていく。ルイスは化け物が落ちたであろう場所に向かって行った。


 地面に突撃するように化け物が墜落すると、背中に乗っていたCTがごろごろと転がった。けひ、と独特の笑い声を出し、CTはむくり、と起きあがるとてこてこと蜥蜴に近寄る。人のいない工事現場に墜落した為、騒ぎにはならなかった。CTに大きな怪我もなく、蜥蜴の化け物も虫の息だ。蝙蝠のような羽は穴が開き、身体にびっしりと並んでいた鱗はぼろぼろに落ちている。
「あは、すごいや! まだ生きてる! あははは、あは」
 とても楽しそうな声をあげてCTは笑う。辺りを見渡し、コンクリートのブロックを見つけると、スキップをするように軽い足取りで近寄った。ブロックを持ち、蜥蜴の元へ戻ると首にどすん、と落とした。ぎゅるぅぅぅいやあああぁぁあと、蜥蜴の悲鳴が響く中、CTは何度もブロックが置かれている場所と蜥蜴を往復し、手や足、しっぽなどにブロックを落とす。
 普通の生き物であればとうの昔に息絶えているだろうが、蜥蜴が普通の生き物とは違う、とCTは理解していた。幼くとも彼は「生き物」に関しての知識を持っている。どこを切れば生きたまま動きが止まるか、どこを裂けば死んでしまうかを、とてもよく知っている。そして、CTが蜥蜴にブロックを置いたのは自分の身を守るためではない。蜥蜴が逃げ出さず、「中身」を見るのに邪魔にならないようにしただけだ。幸か不幸か、落ちた場所は人のいない工事現場だ。誰にも邪魔されず解体ができるし、道具もそこらへんに散らばっている。
 CTは笑いながら蜥蜴の腹を裂いた。


 ルイスが工事現場にたどり着いた時、辺りはペンキでもぶちまけたのかと思うほど真っ赤に染まっていた。大きな蜥蜴は地面に磔にされて苦しそうな声を出し、その上には血の塊が動いている。
「う……っへ、血生臭せぇ」
 見た瞬間にもぞもぞと動く血の塊がCTだとわかったルイスは声をかけようと数歩工場内を進んだが、歌でも歌っているような声が聞こえたところで足を止める。今のCTに近寄ってはいけない気がしたのだ。
 蜥蜴は大きく、小さなCTが解剖するのにも時間がかかるだろう。この場所にいるとわかれば、後で迎えにくればいい。
 ルイスは不規則に地面に広がる血溜まりの向こうにペンキ缶が置いてある棚を見つけると、できるだけ音を立てないよう歩き静かに持ち出した。工場から道路にでてペンキ缶の蓋をあけ、徐に手を突っ込むと壁一面に大きく文字を書いた。
「ぃよし。あと〜は…………あ、一応こっちにもっと」
 道路の両脇に置かれた立て看板にも同じような文字を書くと、ルイスはペンキの缶をほったらかしにして走り出した。
「大人のCTが解剖大好きじゃなくてよかったわ〜。いや本当」
 工事現場の入り口や通行止めを知らせる看板にはこう書かれていた。 


  ―― ただいまCT実験中! 近寄るべからず! ―― 
    



 走れ、と言われた。 だから香介はずっと走っている。疲れて足がもつれ、何度も転んだ膝や掌には擦り傷ができて血が滲んでいるが、それでも立ち上がっては走った。もうまともに足もあがらない状態でふらふらと、必死に走ろうとする香介はわずかな段差に躓き痛そうな音をさせ顔から転んだ。もう立ち上がる力もない香介がしばらく地面に突っ伏しているとその身体がふわりと持ち上げられた。
「大丈夫ですか? あー、鼻血出てますね。手も足もこんなに怪我だらけで痛いでしょう」 
 少年を助けた青年――萩堂天祢は少年を立たせようとしたが、身体に力が入っていないらしく地面に足がついても膝が曲がってしまう。これでは地面に座らせても倒れそうだと思った萩堂は地面に片膝をたて、血や土で汚れた少年を抱き寄せ膝の上に座らせると、スーツが汚れる事も気にせず片腕で抱き寄せるように少年の身体を支え、ポケットティシュを取り出し少年の顔を拭ってあげた。
「どこか、急いで行かなくちゃいけない場所でもあるんですか?」
「ううん。はしれっていわれたから、はしってた」
「そうですか。じゃぁ、その言った人はお友達ですか?」
「ん〜〜?」
 友達かと聞かれた少年が首を傾げると萩堂はあぁ、どこかで会った子と遊んでたのかな、と苦笑する。保護者か友人かはわからないが、少年は誰かと一緒にいたらしい。スターであれば対策課にでも連絡するのだが、こんなに小さな子供では自分がスターかどうかなどわからないだろう。
 顔はきれいに拭えたが、手や足の擦り傷は砂がはりつき黒くなっている。連れを探してあげるにしても、まず怪我を洗うのが先だ。萩堂は少年の名前を呼ぼうとして、まだ聞いていない事を思い出した。
「じゃぁ、えーと、お名前とお年は言えますか?」
「クルス。ごさい」
 傷だらけの小さな手を大きく広げて少年がそう言うと、萩堂は少し驚いた。発音はしっかりしているが反応が乏しく、先ほど抱えた小さな身体も予想以上に軽かったので三歳くらいだと思っていたのだ。
「じゃぁクルスくん、この先にある公園でまず手と足を洗いに行きましょうか」
「うん」
 萩堂はクルスと名乗る少年を抱き上げ公園に向かった。
 色鮮やかな遊具と小さな山がある公園はそれなりの広さがある。男の子と女の子が混ざり合い、遊んだりいぢわるしたりときゃーきゃーとはしゃぎ、ベンチにはウサギの耳をつけた若い女性が赤い髪の子供を膝に乗せて座っていた。萩堂がクルスを抱えて水飲み場に向かう途中、山の上でおれさまいっちばーん!と子供の叫び声が聞こえた。他の子供より白い肌の少年は首もとに赤い布を結びマントのようにしている。
「大将、なのかな。にぎやかだね。クルスくん、傷を洗うからちょっと痛いかもしれないけど、我慢できるかな?」
「うん」
 萩堂は水飲み場のそばにクルスを下ろすとポケットからハンカチを取り出し、水で濡らしてクルスの傷を拭ってやる。傷口に水が染みて痛いのか、クルスは身体をびくっとはねさせたが、痛いとも言わず逃げようともしない。傷口を拭いながら、萩堂は不思議な子だなと思う。この年頃の子なら転んだ時に泣くか、泣くのを耐えるかするはずだ。怪我が痛くなれば暴れたり叫んだりと、公園で遊んでいる子供達のように元気いっぱいの筈だ。名前を聞いた時も、知らない人とお話ししちゃいけませんとか、おじちゃん誰とか聞いたりと少しは不審がるはずだ。それがクルスには全く無い。
 傷を綺麗にした萩堂が交番より対策課かなと考えていると、赤いマントをつけた少年が駆け寄ってきた。先ほど山の上で叫んでいた少年だ。
「よう香介! おまえも知り合いと会えたんだな!」
「お友達かな? この子はクルスって名乗ったけど、香介って名前なの?」
「おう! さっきまで一緒にいたヤツらはみんなそう呼んでたぜ? あ、あっちにクレイもいるんだ、香介もにぃちゃんも来いよ!」
 マントの少年が香介の手を取り少年を膝に座らせた女性がいるベンチへと走っていくので、萩堂は慌てて追いかける。
「クーレイー! ニーチェのねぇちゃーん! 香介もいたぜ! あと保護者っぽいにいちゃん」 
 きょとんとしている二人の前で萩堂はこんにちは、と挨拶をした。



 無我夢中で走り続けたクレイは誰かに名前を呼ばれた気がして足を止めた。体を屈め、両膝に両手を置いて呼吸を整え、辺りをきょろきょろと見渡してみる見覚えのある人も建物もまったく無い。そんな場所で、いったい誰が自分を呼ぶというのだろう。見たことのない町並みを眺めてクレイは自分が、他の子供に帰る当てがあったのかどうかも知らないと気がついた。自分と同じようにここがどこなのか、帰り道もわからず知人もいないのであればまた協力すれば良かったのだろうが、はぐれてしまった今では合流するのも難しいだろう。
 ふぅ、とため息をつきクレイは改めて辺りを見渡す。この町の人だろう通行人は防具を付けていなく薄っぺらい布でできた不思議な服を着ている。先ほどのような化け物の声や気配もない、平和な町のようだ。知らない町は少し恐ろしいが、新しい発見があるかと思えば不思議とワクワクしてくる。
 とりあえず適当に歩いてみようと思いクレイが一歩前に足を出すと、後ろからクレイを呼び止める声がする。聞き間違いじゃなかったのか、とクレイが振り向くと目の前が真っ暗になった。顔を柔らかい物で圧迫され、身体の自由を奪われたクレイが慌てていると手にもぽにょんと柔らかい感触がする。
「クレイつっかま〜えたぁ〜〜! いやぁ〜ん、そんなとこ触っちゃだめぇん……あら、クレイなんかちぃちゃくなった?」
 拘束がゆるみ、クレイは顔をあげぷはと息を吸い、自分を抱きしめる人を見て驚いた。防具としては役に立たないだろう、肌の露出が多い服に自分と同じ赤い瞳をきょとんと丸くする女性のゆるいウェーブがかった長い髪、その白い髪から伸びるうさぎの耳がひょんと動いた。女性なのか、いや人間なのかうさぎなのか?とまじまじと女性を見てクレイは慌てて両手を挙げた。自分の顔を圧迫していた彼女の豊満な胸を触っていたのだ。
「す、すみません女性にとんだ失礼を! いえ、確かに私はクレイですが、その、えぇと、誰かと間違ってません、か?」
 頬を赤らめ、うろうろと目を泳がせてクレイはばんざいをしたまま言うと、女性は
「やぁだぁ〜、いつもどおりニーチェってよんでぇん。アタシがだぁ〜い好きなクレイを間違えるわけないじゃない」
 とクレイを抱き寄せ頬ずりする。わわわ、とクレイは軽くパニックを起こすがニーチェはお構いなしだ。
「あああああ、あの、ニーチェ、さん!? あの!」
「ニーチェさんだなんて呼んじゃい・や」
「えええ!? えぇと、ニーチェ?」
「あぁ〜ん、かぁ〜わい〜い! ん〜〜〜っ」
 頬を赤らめ、困ったような顔で首を傾げたクレイがニーチェの名を言う。仕草の愛らしさに感極まったニーチェがクレイの頬にキスをするが、激しすぎたそのスキンシップに少年クレイはぼんっと音が聞こえそうなほど顔を真っ赤にして固まってしまう。
「あらん? んもぅ、小さくなってもこういうところは変わらないのねぇん」
「いやぁ、アプローチが強烈だからだとおもうぜ?」
 ふいに背後から声をかけられたニーチェが振り返ると、そこには真っ赤なマントをつけた少年がにかっと笑っていた。
「とりあえずさぁ、公園いかねぇ? 感動の再会だとおもって車が困ってるからよ」
 道のど真ん中で熱い抱擁をしていたニーチェ達を車から身を乗り出した運転手が見ていた。


 少しふらふらと歩くクレイの手を取り、今にもスキップして歩き出しそうなニーチェは真っ赤なマントをつけた少年――ルイスに促されて公園に移動した。ルイスはといえば、二人が公園に移動するとわかれば一人先に走り出し、遊具で遊ぶ子供達の輪に戻ってしまう。
 ぽっぽぽっぽと熱を出したように赤い顔のクレイを気遣い木陰のベンチに座ったニーチェだったが、隣に座ろうとしたクレイを抱え上げ
「クレイが座るのはこっちよん」
 自分の膝の上に座らせ後ろから抱きしめているので気遣いはパーだ。かちかちに固まったクレイにニーチェは楽しそうに話しかけ続ける。
 ニーチェが話している内容は主に愛についてだ。クレイにとって知らない物事であり、彼が読んだ本には見たこともない内容が次々と溢れ、次第にクレイはその話に夢中になった。
「えぇと、つまりぼくとニーチェ、は恋人同士で、こうして座るのも普通なんですね?」
「もちろんよぉ〜。クレイはニーチェがさらわれた時も助けに来てくれたもの」
「抱きしめるのも口づけするのも挨拶で」 
「そうそう、いつも出会ったらこうやってハグしてちゅ〜してるものぉん」
「愛してると口で伝えたりするのは良いことだと」
「うんうん。スキンシップは大事よねぇ〜」
「……世界は広いんですね、ぼく、初めて知ることばかりです。あの、もっと教えてくれませんか?」
「いいわよぉ〜ん。あのねぇ、女の子にはねぇ……」
 クレイは次第に落ち着きニーチェの恋愛講座をふむふむと聴いている。恐ろしいほど純粋に、疑うことなくニーチェの言葉を受けいれているのは良いのか悪いのかわからないが、二人は笑顔で過ごしていた。
「クーレイー! ニーチェのねぇちゃーん! 香介もいたぜ! あと保護者っぽいにいちゃん」 
 大声で叫ぶルイスが駆け寄ってくると、子供の手を引いた青年が
「こんにちは。萩堂天祢です。この子、香介の知り合いで良かったですか?」
「うぅん? アタシはその子しらないわぁん、クレイとルイスの知り合い?」
「はい、部屋から一緒に逃げてきたんです」
「あら、逃げてきたの? そういえばルイスもアタシの知ってる人と名前が同じだったわねぇ」
 そうなの?と萩堂が香介を見るが、香介はうん、と頷くだけだ。
「香介は何聞いてもうんしかいわねぇぜ? 食えとか飲めとかいったら吐いても続けてたし、何やっても無反応だったからな」
「はぁ、不思議な子なんだね。せめて親御さんでもみつかれ……」
「そいつらはレインと一緒に帰るんだから大丈夫だって」
 ふいに頭上から声が聞こえ、ふと四人が見上げると金髪の少年がふわりと降りてきた。新しく現れた少年に知り合いかな、と思った萩堂とニーチェが不思議そうな顔をしている。
「なんだレインか。リインは一緒じゃねぇの?」
「うるさいよルイス。おまえ達がバラバラに逃げ出すからリインとは別行動だよ。まったくメンドクサイ。ほら、クレイも香介も帰るよ。ぱぱ様が待ってる」
「えぇ、と、レイン君? 君はみんなのお友達?」
「そうだよ。レインとリインが遊ぶ相手にってぱぱ様が連れてきたんだ。お兄さん達もくる? ぱぱ様はなんでも願いを叶えてくれるよ」
 にっこりと可愛らしく笑うレインがそう言うが、萩堂はうーん?と首を傾げる。このまま、少年達をレインに任せていいのかどうか悩んでいるようだ。香介を見ても無反応のままで、クレイもニーチェの膝から降りようとはしない。ルイスはといえば頭の後ろで腕を組んでそれを見上げ。あーーと何かに悩んでいるような声を出している。
「あ、リインだ」
 空を見上げていたルイスがそう呟くと
「レ〜イン〜。いたいた、リインちゃんお菓子貰った!」
 とレインとそっくりな女の子がふわふわと空を飛んできた。満足そうな笑顔でえっへんと胸を張るようにお菓子の袋を掲げ、レインに向けて差し出している。
「お菓子って、リイン誰も見つけなかったの? 昇太郎と麗火とCTは?」
「昇太郎と麗火は見つけたよ〜? CTはしらな〜い」
 空に浮いたままぽいっと口にお菓子をほおりこんだリインがついと公園の入り口を見ると、二人の青年がそれぞれ抱えていた子供を下ろしているところだった。ルイスがはっとした顔をして辺りを見渡し、ミケランジェロに向かって走ると飛び上がった。
「モジャ毛のにいちゃんよろしくぅ!」
「誰がモジャ毛だ! 誰が!」
 飛び上がったルイスがミケランジェロの手に乗ると同時にミケランジェロはルイスを空へ向けて飛ばす。
「うっっっっは! たっけぇ! おもったよりたけぇ!!!」
 楽しそうな声で叫びながら、ルイスはリインの背後まで跳び上がるとめいっぱい手を伸ばした。飛び上がったルイスをその場にいた全員が見上げると、ルイスは思いも寄らない行動にでた。伸ばした手でリインのスカートを握り、ばさりとめくったのだ。大人と子供、総勢9人はただ呆然と見上げているしかない。リインの悲鳴が響く中、落ちてくるルイスはミケランジェロがきちんと抱き留め、地面に立たせるとルイスのこめかみに拳をぐりぐりと押しつけた。
「な・に・を考えてるんだおまえは!!」
「ぎゃーーーー!! いたいいたいいたいいいたい! モジャ毛のにーちゃんいたい!! つか手を貸してくれたのになんで怒るの!?」
「勢いで手を貸しただけだ!」
「酷い!! ノってくれたのあだだだだだ!! ごめんなさいもうしませんゆるして!!!」
 ミケランジェロとルイスの叫びが響きリインは怒鳴り散らす。レインはため息をつき麗火はばっかじゃないのと呟く。クレイと昇太郎は頬を赤く染めて地面を見て、香介はぼうっとしていた。ニーチェと萩堂が何が何だか訳のわからないままそれぞれの顔を見合わせているとクラウスが
「えぇと、おやつタイムにしよっか?」
 とお菓子の入った袋を差し出した。


 動かなくなった動かなくなった動かなくなった。そして無くなった。
 腕を伝い、手首から手へ、そして手に握られている鋭利な破片の先からぽたりと赤い雫が地面に落ちる。足下も赤い水たまりができていたため、雫はぽちゃん、と小さな水紋を描いて消えていった。
「けひひ楽しかった。見たこともいっひゃ無い臓器がいっぱいうひひ」
 CTの目の前には何もない。ただ血溜まりが広がっているだけだ。
「死んだらっひは消えるなんておもしろぉい血は残ってるのあはは身体だけ消えちゃったあははは」
 CTは手に持っていたモノをぽいと放り投げると無人工事現場を後にする。CTが歩いた道には赤い足跡が、髪の毛や腕から飛散する赤い液体があちこちに残されている。ふらふらと適当に歩くCTに辺りの変わりようなどどうでもよかった。ここがどこでも良いのだ。誰がいようといなくなろうと構わない。関係がない。CTはただ生き物の中身が本当に動いている瞬間を見たいだけだ。
 ぽたぽたたと赤い雫を落とすCTがふと足を止めると見覚えのある少年達がいた。数人の大人と輪になって話しをして、周りにもたくさんの子供がいる。もし、CTがあの蜥蜴のような生き物に興味を示して居なければこの和やかな公園も大惨事になっていただろう。今のところ、CTは人間の中身よりもあの不思議な生き物を優先しているのが、救いだった。
「そっか、戻ればいいんだけけけけまだあの部屋にいるかもきひひ人間はいっぱいいるからだいじょうぶだよねっぷっははもっとあの生き物の中身がみたいっひひひひ違うのもいるかな」
 気分が高揚しているのか、笑いながらそう呟くCTが少年達の元に歩み寄っていった。



 ブロックチェックとアーモンドとプレーンのクッキー、プチシューはカスタードとチョコレートクリームにマフィンとチョコレートブラウニー。大人と子供が輪になって集まる中広げられた袋の上には一口サイズのお菓子が並んでいた。最初は手を出さなかった昇太郎も
「欲しがる事は悪い事じゃ無いぜ」
 とミケランジェロにお菓子を手渡され、今はみんなと同じようにお菓子を口に運んでいる。子供達がお菓子を口に運んではあっちこっちに食べかすをつけお菓子を取り合っている姿にニーチェと萩堂、お菓子を提供したクラウスはほほえましい光景に和んでいた。
「ルイスは食べないの?」
 お菓子を手に取るも、他の子供に差し出してばかりのルイスにクラウスがそう聞くと
「あぁ、オレはいいや。こういうのは子供優先だろ?」
 と返す。そうかーと一瞬は納得したものの、何かがおかしいと気がついたクラウスと会話を聞いていたミケランジェロがん?とルイスを見るが、ルイスは口から舌をだしておどけていた。ちゃは☆という効果音が聞こえてきそうだ。
 ほのぼのとしたおやつタイムの中、真っ赤に染まった少年が近寄ってくる。血だらけの姿を見た大人は驚いていたが、少年達はあぁ、CTかと落ち着いたものだった。
「おっかしーなーさっきまで工事現場で遊んでたのになぁ? 蜥蜴どうした?」
「とかげけひひいなくなっちゃはははだからけけ、あの部屋に戻りたいっひっひ」
 けたけたと笑うCTはご機嫌だ。
「っっそうだよ! もごもごもごぱぱ様のところに帰らなきゃ! はぐもぐ」
 口の中にお菓子をたくさん詰め込んだリインがそう言うと、レインも両手で口を押さえながらこくこくと頷いた。横ではルイスがCTの口にお菓子をつっこんでいる。
「あぁ、そういえばぱぱ様はなんでもお願いを聞いてくれるんだっけ? 香介達もお願いを聞いて貰ったのかな?」
 香介の顔についたクリームを拭いながら萩堂が思い出したようにそう聞くが
「ううん、お願いがなかったからこうなったの」
「お願いが、無かった?」
 レインの答えにクラウスが問い返すが、
「なんだっけ? お願い事をかなえてあげるっていったけどそんなのないっていったんだったかな?」
「リインちゃんよくわかんな〜い」
 で終わってしまった。
「どう、します? とりあえず行ってみますか?」
「そうだなぁ、聞きたいことは多いがこの双子じゃわからないってんなら、行くしかねぇか」
「もぐもぐお部屋行こうんぐっけけ不思議な生き物いっぱいいるかなけけひ」 
 地面に落ちた食べかすに集まる蟻を指先でぷちぷちとつぶしているCTが視界の端に入るがあえて見ないことにしている。
「ん〜〜? どっか行くのぉん?」
「とりあえず、お菓子食べ終わってからがいいかな」
 しかし、どこに持ってたんだと聞きたくなる大量のお菓子が綺麗になくなるとおなかいっぱいになった子供が一人また一人と眠りだしてしまった。ニーチェの膝の上ではクレイが、お菓子を手に握ったままの麗火やリインレインが、寝ないように我慢していた昇太郎ですら抱えている太刀に寄りかかりうとうとし始め、おやつをあまり食べていないCTですらくぅくぅと小さな寝息を立てている。子供で寝ていないのはルイスだけになってしまった。
「お菓子に眠り薬でもいれたのかコンドル二号」
「そんなのいれるわけないでしょタマ」
「かぁんわい〜い。あぁん連れて帰りたぁ〜い」
「そうですねぇ、っていやいや、どうするんです? ルイス君場所わかる?」
「ん〜〜〜、たぶん、大丈夫。あんま自信ねぇけど」
 クラウスが麗火とリインを、ミケランジェロが昇太郎とレインを、萩堂が香介とCTを抱え上げ、ニーチェがクレイを抱え直すとルイスの後に続いて歩き出した。



 扉の鍵をルイスが開けると、想像していたより綺麗な部屋が広がっていた。歩きながら黒い部屋の話をルイスから聞いていたように扉そばには本が散乱し、部屋の一角には血が飛び散っている場所はあるが、もっと薄気味悪い場所だと思っていたのだ。
 とんからとんからと音が漏れ聞こえる大きな扉をあければ壁一面に設置された歯車が糸を紡いでおり、大きな山のような男がでんとそこに座っていた。
「お〜〜〜やぁ〜〜? おかえりぃ〜子供達ぃぃぃ、大人も一緒と〜はぁ〜おどろい〜たぁ〜」
 のっそりと振り返った大男の間延びした声が響く。
「あんたが、ぱぱ様か?」
 ミケランジェロがそう聞くと歯車を回していた音が止まり、大男の首だけがぐにゃりとこちらを見る。
「そ〜うで〜〜すぅ〜〜。リインちゃんとレイン君のぱぱ様で〜す〜。皆さんも願い〜を〜叶えに〜きました〜か〜?」
「いや、その話をまず聞きにきたんだ」
 麗火とリインを抱えたままのクラウスが続けて問う。
「願いがなかったかったからこうなった、とレインは言ってたけど、どういうことなのかと思って」
「あ〜〜、あぁ〜〜それは〜ですねぇ。ぱぱ様は願い事を叶えてあげるの〜が〜お仕事なんですよ〜ぉ〜。で〜も〜〜叶えて貰う願い事なんかないと〜いったの〜で〜、子供になってもらいま〜し〜た〜」
「子供になって、貰った? じゃぁこの子達は元々は」
「は〜い〜、あなた達とおなじよう〜な〜、大人のスターで〜す」
 大男の首がぐるんと一回転すると、周りに6つの大きな水晶が現れた。向こう側の歯車が見えるほど透明な水晶はその中心に人間が――本来の姿の彼らが眠るように閉じこめられている。
 赤い髪に眼鏡をかけている麗火、緑の肌に白衣をまとったCT、一房の銀髪に着物姿の昇太郎、シルバーアクセサリーをつけた黒いコートの来栖香介、そして、一見何も着てないように見える肌色スパッツ一枚にレインボーアフロを持ったルイスが、そこにいた。
 来栖香介はスターじゃないとは誰もつっこまない。
「え、え!? 香介くんって香介だったの!? え!?」 
 思いがけず探し人を見つけていた事と、子供の香介が来栖香介と同一人物だときがついていなかった萩堂は一人慌てると、腕の中でCTが目を覚ました。まだ少し眠いのか、CTは目をこすると目の前にいる大きな男を見あげて動きを止める。
「う〜ん? よくわからないんだけど戻してくれないのぉん?」
「あ〜〜れぇ〜〜? もどしたぁ〜いのぉぉぉ〜〜? じゃ〜ぁ〜、お願い事をきくか〜わり〜に〜」
「なんだ、やっぱり願い事を叶えると代償が必要なんだ」
「そ〜うだよ〜、いちお〜う、悪魔だか〜ら〜。その子達は願い事が無いっていったから〜、子供まで戻して〜リインちゃんとレイン君と一緒に遊んでたら願い事ができると思ったんだけどね〜。そっか〜、戻した〜いの〜か〜」
 大男がそう言うと、CTは萩堂の腕から降りて彼を見上げていた。オモチャ売り場で変形するロボットを見たような、初めて遊園地に連れてきたもらった子供のように目を大きく輝かせて首を天井へと向けている。その姿をみたルイスがどこか慌てたように
「べ、別に戻したらみんな困るんだからいんじゃねぇの!? それって代償になるんじゃね! なぁ!?」
「まぁ、確かに麗火が戻ればまたいぢめられ……いや、遊ばれ……いやいや」
「だな。昇太郎もまた無茶するんだろうし」
「香介も戻ったらまた仕事ほったらかして逃げ出すんだろうなぁ」
「う〜〜ん、確かにクレイが戻ったらこうしてそばにいれないしこのままでも可愛いんだけどぉ〜。ニーチェはいつものクレイがいいわぁ〜ん」
 戻らなければ困るが、戻った方が困ると聞いた大男は
「じゃぁ〜あ〜、戻そうか〜、リインちゃんとレイン君も〜お世話になったみたいだ〜し〜」
 と、彼らが困る方が面白そうだという顔をしながら言う。大男の理由がどうであれ、彼らが元に戻り万事丸く収まりそうな雰囲気だったのだが、そのほっとしたところをぶちこわす歓声があがった。
「す、すっごぉい! すごいすごい大きいすごいほんもの!? ほんものの悪魔なの!?」
 きゃっきゃとはしゃぎだし大男の膝からよじ登りだしたCTだ。予想もしてなかったできごとに大人はあれー?と首を傾げる。先ほどまでは鬱屈としたような、一人でぶつぶつと何かを言っては急に笑い出すような少年が、いまは伸びた前髪の隙間からキラキラと輝くような目を覗かせている。
「お〜やおや〜、悪魔は初めてみるの〜かな〜? なんだ〜か〜照れるな〜ぁ〜」
「逃げて悪魔、超逃げて。できればうんと遠くに逃げて。逃げないなら先に俺たちを戻して」
 遠い目をしたルイスがそう呟くが大男には聞こえていない。クラウスとミケランジェロ、萩堂とニーチェは何言い出したのこの子?という顔をしていたが、止めに入らなかった事を少しだけ後悔した。
 きら、と何かが一瞬光ったと思うと辺りに血が飛び散る。大男の腹から噴水のように沸きだし、辺りを一瞬にして真っ赤に染めた。
 考える暇もなく痛みで暴れ出した大男の振動で4人は地面に座り込み、抱えている子供をぎゅっと抱きしめた。
「あくまならはは中身みてもひひっいいよねあはははすごいすごいおおきい動いてる」
「いぃぃぃぎやぁぁあああああああああ! いたいいたいいたいやめてだめなかにはいっちゃだめいたいいたいあがががががが」
 大地震のような震動に耐えきれずルイスが転がるとそばにいたニーチェが手を伸ばし、ルイスも抱える。
「さ、さんきゅーねぇちゃん」
「いぃのよぉん。でもこれ以上は動けないわ、どうしよぉん?」
「誰か止めてくれないかな! 大人のおにーさん!」 
「無茶言うな、誰がアレ止めるんだよ」 
「なにごとじゃぁ? 酷い事になっとるが」
「なんだこれ、血みどろじゃねぇか」
「眼鏡が血でふさがれて前が見えない」 
「見てのとおりCT先生が大ハッスル中…………あれ?」
 気がつけば全員が元の姿に戻っており、お互いが抱き合っているので微妙な空気が流れた。何が何だか、と困惑しているのをまたぶっこわしたのは、CTだ。
「あっははははは! すごいすごいすごい! こんな臓器見たことないやあはははは! これなんの器官かな!!」
 ごりめきゃという音とともに大男の腹を破ってCT先生が出てくる。姿は大人に戻っているが発音や言動が子供のままな状態のようだ。もうどうやって彼を止めたらいいのかわからない全員はただ呆然とその光景を見つめる。少しずつ血しぶきが小さくなり大男の身体が普通の大人ほどになっていくが、CT先生のテンションは止まらない。
「おめでとうございますげんきなおとこのこですよー」
 とルイスは呟いた。


 
 
 それぞれが子供だった時の記憶は残っているらしい。
 麗火は延々と小さい君は可愛かったなんだと話し続けるクラウスに苛つき、帰ってきた自分の友達にクラウスを与えた。大男の変わりにクラウスのみぎゃぁぁぁぁぁぁという悲鳴が部屋に響き渡った。


 昇太郎とミケランジェロは微妙な雰囲気で
「なんか気恥ずかしいのぉ」
「こっちの台詞だ」
 とぶつぶつと途切れた会話をしている。


 香介が元の姿に戻った事を一番喜び、一番悔しがったのは萩堂だ。良かったこれでレコーディングができるという喜びと、子供の頃の歌声も取っておけば良かったという後悔をして一人騒いでいたら、逃げられた。彼はいつも通りの叫び声をあげて彼の後を追いかける
「これ以上延ばせないんだよーー! 」
 

 ニーチェのそばで元に戻ったクレイとルイスは対照的な行動にでた。クレイはすぐにニーチェから離れたのだが、ルイスはラッキーといわんばかりにニーチェに抱きつこうとした。本人達にはちょっとした戯れだったのだろう。ルイスがニーチェに抱きつこうとした時にクレイがニーチェを抱き寄せて庇ったのだ。その行動に誰が一番驚いたのかといえば、クレイ自身だ。
 クレイが自分から女性に触れた事も、気絶しなかった事も含めて誰もが目を疑う中、ぎちぎちと音がしそうな程ぎこちない動きでニーチェの肩から手を話すと、クレイは脱兎のごとく逃げ出した。
「…………あっ! いやぁ〜〜んせっかくクレイからハグしてくれたのに〜! まってぇ〜〜〜〜〜ん!! クレイ〜〜〜!!!」
 こちらもいつもと同じ追いかけっこが始まり、置いてかれたルイスは
「ひどい当て馬じゃない? コレ。ひどくない? ねぇひどくない?」
 と誰に言うでもなくぼやいた。

 CTは
「アハハハ、ごめんネ! 先生なんかはっちゃけちゃっタ!」
 と悪いと思ってるのか疑問に思う満面の笑顔で双子と話しをしている。酷い目にあった悪魔ことぱぱ様は部屋の隅で「こわいこわい」とがたがたと震えているが、さすが悪魔の子供というべきか、双子はぱぱ様より強いCTに夢中だ。

 

 何事もなかったとも無事にとも言えないが、全員が元の姿には戻った。


 こんな思い出も、あった。


クリエイターコメント大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
これが最後のノベルという方がほとんどかもしれませんが、少しでも楽しんでいただければと思います。

書かせていただき、ありがとうございました。
公開日時2009-07-26(日) 23:00
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