★ Dead or Destruction ★
クリエイター志芽 凛(wzab7994)
管理番号136-870 オファー日2007-09-22(土) 07:11
オファーPC シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
ゲストPC1 リーシェ・ラストニア(cyse6012) ムービースター 女 21歳 ラストニア王国の王女
<ノベル>



 仄かに爽やかさを残した、からりとした風が吹く秋の初め、リーシェ・ラストニアはシャノン・ヴォルムスに呼び出されて彼の個人経営の会社、ヴォルムス・セキュリティの簡易事務所として使われているマンションの一室の空き部屋を訪れていた。
 事務所で働いている従業員に案内され、リーシェはシャノンのもとへと歩みを進める。その時丁度シャノンは、事務所に誂えた自分専用の広めの机に、資料やらビデオやらDVDやらを広げて何かを調べているようであった。金の髪がはらりと落ちるのを鬱陶しそうにかきあげつつ、目を細めて文字に目を通す姿は、そこらの女性が目にしたら惚れてしまいそうな光景であった。まあ、残念ながらリーシェはそこらの女性には混ぜられない漢な性格であったのだが。
 勿論そこに気配がある事に気付かない訳はないだろうが、リーシェがその場に立っても、シャノンは文面に集中したままであった。その反応にリーシェは怒りの感情を湧き出す事無く、ただ無表情のまま、いきなり呼びかける。
「呼んだか?」
「……ああ」
 未だ集中力が途切れてはいないのか、文面の最後まで目を通してからようやくシャノンはリーシェの呼びかけに答えて顔を上げた。そして、机の上に載っていた一束の資料をやや無造作に彼女に渡す。
「……? 『ルース』?」
 それはどうやら映画に関する資料のようであった。彼女が映画のタイトルを棒読みすると、彼はひとつ頷いてそのタイトルを呟いた。
「普通の……そうだな、こっちの世界ではB級映画とも言うのだが、主人公が悪のギャングのような集団を蹴散らす、ごく普通のアクション映画だ」
「なるほど……」
 リーシェはひとつ頷き、文面にざっと目を通した。シャノンは広げっぱなしの資料を集め、机の一角に軽く整理する。
「そのギャングのような連中が、ここに実体化している。勿論、ヴィランズだ」
「……それを潰すという依頼か?」
「まあ、そういう事だ。……どうやらこうして調べている限りでは、幸運にも魔法の類を使う奴は存在しない。力押しで十分対抗できる連中だが、銃器の備えはある、数は多い所が厄介だな」
「なるほど。それで私を呼んだ訳か」
 シャノンの言葉にリーシェは呟きつつ両腕を組んだ。開け放たれた窓から風が吹き込み、さらり、と二人の髪が風にそよぐ。
「まあ、そういう事だ。分け前も十分に用意する。聞く所によると、公共物を散々破壊しているらしいしな」
「う……それは……」
 「公共物を破壊」の単語を聞いた途端にリーシェの顔の表情が強張った。そしてそろそろと後退りして何もない所でつまづきそうになったりして、その場で慌てふためき始める。何か思い出したくない事をを思い出してしまったようだ。
 シャノンは彼女の先程までの無表情からのいきなりのうろたえぶりに、明らかに楽しんでいるであろう笑み、表情を浮かべていた。
「なるほど。お前の一家の金欠の要因とは本当だったんだな。……この前も俺はそのせいでどこかの誰かに金を毟り取られたような覚えがあるんだが」
「! ――え」
 勿論金を用意すると持ちかけたのは彼自身であったのだが、そんな事は露知らずなリーシェはさらに慌てふためき、その場で奇妙なダンスを踊り出しかねない様子であった。その様子を存分に堪能したシャノンは、ひとしきり笑った後、リーシェを焦りの波から解放し、ようやく本題に戻る事にした。

「まあ、それはいいとして……、この依頼には問題もあるんだが、手を貸してくれるか?」
「それは勿論だが、……問題とは一体何だ?」
 リーシェの言葉に、シャノンは小さくため息をついた。そしてやや皮肉げに切り出す。
「……依頼主はその連中と敵対しているヴィランズだ」
 どうやら依頼主は、新興の勢力のようで、古参であるその連中と熾烈な縄張り争いをしているようであるらしい。リーシェは眉を小さく顰める。
「確かにそれは面倒だな。この依頼に対して周りから色々言われる事もあるだろうしな」
「まあな。だがこれはビジネスだからな。関係ない事だ。それに……ひとつの勢力を潰すという結果で、この市のヴィランズによる脅威が減少するんだ」
 極僅か、ささやかだが熱のこもった言葉。それは彼のこれまでのこれからも変わる事のない意志、或いはこの市で暮らしていく内に生まれた意志の表れなのか。
 リーシェは、腕を組んでしばらく沈黙を通していた。そしておもむろに口を開く。そこに、やや楽しげにも見え、皮肉ともとれる笑みを浮かべて。
「……だが、勿論――……だよな?」 
 その言葉にシャノンも皮肉さと、面白さと、楽しさを織り交ぜた不敵な笑みを返した。
「どのような世界においても、それは変わらないはずだからな」
 それは、生死の限界を賭けて、奔り続け、そして生き残った者達全てに通ずる摂理。



 ◆  ◆  ◆



 秋になると、陽は短くなる一方である。
 二人が事務所を出た頃は、もう陽も大分傾き、東の裾から闇が気配を覗かせている時分であった。大分目的地までの距離があった為、彼等は漆黒が映えるシャノンの愛車シボレー・トレイルブレイザーを移動手段に使っていた。二人の横顔も、車のボディも、橙と茜が混ざり合う西日に照らされている。
「……あれか」
 シャノンが前方を見据えて呟いた。彼の視界の先には、誰をも寄せ付ける事のない、コンクリートの灰色の壁がぐるりと屋敷を取り囲み、かろうじて屋敷の屋根の部分が壁の先端から申し訳程度に覗いている。
「さすがは古参からのヴィランズ。その生き残りの要の警備はやはり厳重だな」
 リーシェもその壁の威圧感に、思わずたじろぎそうな気分を覚える程であった。
「これは向こうも依頼として頼んでくる訳だ……さて」
 シャノンはそう呟くと同時に車を屋敷の門から少し離れた壁に滑らかに横付けした。屋敷の門も壁に負けず劣らずの黒の鉄柵で、さらに門の前には二人、警備と思しき男性が二人佇んでいる。
 彼等は、屋敷の前に止まった車に、不審、あるいは興味を抱いて近寄ってきた。
「何だ、おまえ――」
 男性の声は、唐突に車のサイドから放たれた、二発の鋭い銃声にかき消された。
 そして会話の続きとなる代わりの声は、フィルムが地に落ちる、乾いた音であった。
 
 
 
「なあ、今何か銃声しなかったか?」
「そうか? 気のせいじゃねえのか?」
 壁の厳重さ、威圧さに比例して壮大な屋敷の一角の小部屋で、三人の男がずらりと並べられた何十台とある監視カメラのモニターを前に、一様に首を傾げていた。
 門の外の幾つかの監視カメラのモニターには、銃声と思しき音がした、とひとりの男の主張後も、何も変わらず、いつもと同じ景色を映している。
「お前映画の観すぎなんだよ。昨日徹夜で観てたんだろ?」
 男のひとりが、その男の主張を嘲笑った。
「そうなのか? 道理で隣の部屋が昨日やたらやかましいと思ったんだ。夜ぐらい、静かにしろよ」
「だって面白いんだよあれ。シリーズものなんだし……。お前も絶対見ろって、徹夜すること間違いなしだぞ!」
「ほんとかよー。お前の意見っていつも的外れだからなあ……あれ?」
 疑わしそうにその男性に視線を向けた彼は、彼等二人の後ろのモニター二つに、いつもの光景とは違うものが混ざっている事に気がつき、二人を押しのけてそのモニターの前に座った。
「何だよこの野郎……ん?」
「いきなり移動するなよ、この部屋あんまり広くねえんだからよ」
 残りの二人も、口々に文句を言いながら後ろを振り向き、モニターの異変に続けて気がつく。
 ひとつのモニターには、ひとりの金髪に、黒い衣服を纏った男が映っていた。
 もうひとつのモニターには、ひとりの銀髪に、男性用の衣服を纏っている女が映っていた。
 丁度、同じタイミングで、二人はモニターに近付いてくる。
「何だ何だー?」
 三人が注目する中、ぴたりとカメラと至近距離で止まった二人は、カメラに向かってほぼ同時に凄絶な笑みを浮かべた。
 それはモニター越しでも、その場にいた三人の背筋を凍らせるには十分すぎる程の冷ややかさを持ったもので。
 そして、その次の瞬間、モニターに衝撃が奔り、映像が一瞬歪み、そして暗転――。
「!?」
「た、た、大変だぁぁぁ! 誰かぁぁぁ!」
 三人はほぼ同時にその部屋を飛び出していった。

 

「さて、行くか」
「ああ」
 短く会話を交わしたシャノンとリーシェは、一挙動に足を踏み込んで跳躍し、軽々と門を飛び越えた。軽い着地音と共に二人は屋敷の前の庭に足を着ける。
 二人の眼前には、壁に隠されていた屋敷の全貌が浮かび上がっていた。それはどこか権威を思わせる全体的に四角く、威圧感溢れる石造りの洋館風の建物である。壁のもとは白かったであろう色が、全体的に灰色にくすみ、所々緑の苔や黴に侵食されている所から、かなりの年代物ではないかと感じさせる。黒の屋根は、橙の色を反射して、一層漆黒に煌いていた。
「やはり大きいな。庭もやたら豪勢」
 リーシェは庭と、その数が多いと言う噂のヴィランズでさえ、全て収容してしまえそうな巨大な館を前に、ぽつりと呟いた。シャノンは彼の右隣に鎮座していた石のギリシャ時代を彷彿とさせる女性の石像におもむろに近付き、それを拳で軽く叩いていた。
「いつの時代も表より裏の方が金も、人も多く回るのが定説だからな」
 その言葉と同時にシャノンは地に身体を伏せる。
 次の瞬間、遠くから響く幾多もの銃声と共に、銃撃の嵐が彼の身体の上すれすれを通り過ぎて行った。それとほぼ同時に、隣の石像の腹部の辺りに斬撃の閃光が奔る。そして幾つもの銃弾を弾き飛ばす、鋭い金属音。
 一瞬の静寂の後、ずり、とリーシェに斬られた石像が斜めにずれ、地にパラパラと銃弾が落ちていった。
「……来た」
 ズウウウン……と石像が地に落ちる鈍い音と共に、屋敷の両端から叫び声と、銃を手に男達が飛び出てきた。その数、ざっと三十人強。
「いきなりこれか。やはり数が多いな」
「ちょうど半々で担当だな。どちらが早く片付け終わるか……」
 シャノンは愉快そうに口の端を上げつつ、既にFNの引き金を引いていた。
 乾いた轟音と共に、四人が地に崩れ落ち、フィルムに変じる。それを確認する間もなく、素早く足を蹴って、右上に跳躍。彼の身体の下を銃弾が通り抜けていく。そして身体が重力に負ける前に再び引き金を引いて、上空から銃弾の雨を降らせた。男達の集団の一角が崩れていく。
 リーシェは既に風を唸らせて敵陣に突っ込んでいた。光が一瞬閃いたかと思うと、次の瞬間には男の首がひとつ、気味の悪い、歯切れの悪い音と共に宙を舞う。首から鮮血がしぶいて飛び散り、陽にさんざめいて、地に落ちる前に消えていく。カラリと銃撃の音に混じってフィルムが地に落ちる音がやたら鮮明に響いた。
 空中でくるりと一回転して軽い音と共に着地したシャノンは、飛びかかってきた男の一人に右足を繰り出し、さらに銃弾を浴びせかけた。男が呻いて倒れ、フィルムに変じていくのを横目で見つつ、一時跳躍して後退。その一瞬後に、先程彼がいた場所に容赦なく銃弾が突き刺さる。
「くそっ……!」
 男達がそう言葉を吐き捨てると同時に銃弾が彼らの額を貫通していく。罵声が悲鳴に変わる中、シャノンはちらりとも表情を動かさず――或いは見る人によれば、薄っすらと笑みが浮かんでいるようにも見えたかもしれない――、照準を次々に男達に合わせていった。空に舞う、鮮やかな赤の雫。
「敵は二人だぞ! 何とか仕留めろっ!」
 極小さいタイプの機関銃をところ構わずぶち放す男の後ろに、ひらりとシャノンが降りてくる。 一切気配を見せないそれに、男は未だ気付く事はなく。
「残念だったな」
 一言呟いた後、その場にまたひとつ、轟音が響いた。 
 
 

 屋敷の中、玄関の付近には、先程出撃していった男達よりも遥かに多い人数が、それぞれ銃器を手に、あちこちに潜んでいた。彼等は皆、外の中庭から聞こえてくる、銃撃の轟音、同胞の叫び声などに緊迫した様子で耳をすませている。
 もう太陽は西の向こうに落ち、かろうじて未だに光が空を支配している時分ではあったが、電気も点けられていない室内にはその光は全て届く事はなく、やっとのことでお互いの顔を判別できる暗さである。
 丁度ドアのまん前に陣取っている男達は、外からの銃撃、叫び声が唐突にぷつりと、全て消えている事に気がついた。
「何だ……終わったのか?」
 男の一人が、窓から様子を窺おうとしている。だが、その場所からは彼らが向かっている筈の中庭の様子は見る事が出来ない。
「モニターはどうなんだ?」
 また別のひとりが、後ろを振り返って尋ねるが、後ろに控えている男達はそれぞれが首を横に振った。
「駄目だ。中庭のモニターは全て破壊されている」
「くそっ……一体どうなっているんだ」
「でも、敵はたったの二人だぞ……その二人にあいつらがやられる訳……」
 幾分男達の中でも、余裕そうな表情を浮かべているひとりが、やや大袈裟に身振り手振りで話していたが、途中で口をつぐんだ。
 彼らの目の前にある扉に、右上から左下、斜めに閃光が奔ったからだ。
「な、なんだ……?」
 彼らからどよめきの声が上がる。それでも閃光は止む事はなく、入り口の壁まで巻き込んで斜め、垂直にと縦横無尽の線が走った。
 そして、ついに壁が、扉が、その閃光に耐え切れず、下からミシリ、と嫌な音を立てて崩れ落ちていく。唐突に巻き上がる砂埃。
「うわっ……! くそっ!」
 入り口に陣取っていた男達は砂埃に巻かれて目を押さえたり、咳をしたりと散々な状態にさらされていた。
 視界が失われている中、聞き慣れた、乾いた音が連続して響く。
「がはっ!」
「ぐわああ!」
 続いて上がる、男達の苦悶の声、叫び声、何かを吐き出す音。何とか砂埃に巻かれずに済んだ、後ろに控えていた面々は緊張と恐怖に顔の表情を引き攣らせた。
 次の瞬間、砂埃をものともせずに、ひとりの女が飛び込んでくる。反射的に銃を連射した彼らの上を滑らかに飛び越え、構えていた剣を一閃。その一閃で一陣の一角が崩れ落ちた。
 そして、それと同時に、幾つもの弾丸が砂埃を突っ切ってきた。幾つかは外れて後ろへ飛んでいくが、ほとんどは彼らの頭、胸、腕、足それぞれに突き刺さる。
「伏せろ!」
 唐突に攻撃してきた女性が一声、叫んだかと思うと、その場に白と赤が混じった灼熱の閃光が噴き上げた。そして地を揺るがすような爆発音が響き渡る。



「いきなり伏せろって言われてもな……あんな砂埃の中で何が起こるかなんて分かるか」
 閃光が噴き上げた後、砂埃と叫び声、呻き声が収まったその場で、文句をぼやきつつむくりとシャノンが伏せていた身体を起こした。彼自身も砂埃の直撃を浴びたようで、服のあちこちが白い粉に纏わりつかれている。
「それは悪かった」
 リーシェは全く反省の色ゼロの表情と声音を出しながら、剣を鞘に収めた。その様子に、シャノンはひとつため息を付く。
「これだから、いつもお前の家は赤字なんだな……さて、後、残りは上の階か」
「そうだな、この階はもういないだろう」
 どうやらリーシェは魔法で強化したらしい手榴弾を放り投げたようで、一階は瓦礫の山と化していた。かろうじて柱や壁が残っている所から、二階が落ちてこないようである。
 かなりの広さを持っている筈の屋敷の一階は、壁が崩れ落ちたり、大穴が開いていたりして、清々しい程にほぼ全ての部屋が見通せるようになっていた。一階部分は、先程の玄関に詰めていた者達で全員だったようで、そこから人の気配は感じられない。代わりに、瓦礫に混じっている、幾多ものフィルムの数々。
 残る気配は、二階のみ。二人が同時に上を見上げたその時、カラリ、という、フィルムが地に落ちるのとも似た、不吉な音が耳に届いた。
 二人の異常な程に高められている動体視力が、目の端に何やら楕円形のくすんだ色の物体を捉える。
「!」
 二人がそれに気付いて防衛反応を起こす瞬間、先程と同じ爆音、閃光がその場を染め上げた。
 再び砂埃が巻き上がり、その部屋の天井がついに衝撃に耐えかねて落下していく。石と石がぶつかる鈍い音。
 暫くして、天井の落下がやっと落ち着き、砂埃が収まった時、一階部分から中二階部分まで完全に破壊されて使い物にならなくなっている階段から、誰かの声が聞こえてきた。
「お、やったか?」
「これはさすがに相手も、もたないだろう」
 かろうじて残っている階段からひょいと二人の男が顔を覗かせる。その時、瓦礫の中から、乾いた音と共に四発の銃弾が飛び出した。
「うわっ!」
 丁度それぞれの、腕と肩に命中し、彼らはバランスを崩して一階に転げ落ちた。呻き声が上がる中、瓦礫の山の中の一角から閃光が奔り、リーシェが飛び出てくる。 
「うわあああ!」
 再び剣を一閃。彼らの上半身に綺麗に剣筋が刻まれ、鮮血が溢れ出す。ぽたり、ぽたりと血が剣先を伝い、瓦礫に雫を落としていく。彼らの傾いだ身体は地に倒れ伏す前に、フィルムに変化していった。
「あーくそ、やられた」
 リーシェは剣を一振りして血を飛ばすと、自らの額からも溢れ出ている鮮血を拭った。先程銃弾が飛び出した瓦礫がむくりと持ち上がり、シャノンも顔を出す。彼も肩、腹部、足の部分をやられたようで、目を細めて腹部に視線を注いでいた。
「さて、また手榴弾放り込まれる前にさっさとケリをつけるぞ」
「そうだな」
 二人は頷き、そのまま二階へと地を蹴って跳躍した。穴が空いている天井を通り抜けて、二階の床に着地する。パラパラ、と細かな音を立てて、床の断面が見えている部分から砂が落ちていった。
 砂が完全に一階の床に落ちきる前に、二人がいる部分から完全に見えない死角部分から幾つもの銃弾が飛び出てきた。同時に乾いた音が響き渡る。
 シャノンが素早く対応、力強く右へと跳躍してそのままFNを構えると同時に引き金を引いた。照準を合わせた銃弾は、的確に死角部分の人物を炙り出していく。
 二人は彼らがフィルムに変じるのを待たずにそのまま走り、奥へと向かった。その場に色濃く漂う、硝煙と血のくすんだ匂い。
 狭くなった廊下を走りきって現れた、だだっ広い部屋には、この館の残りの住民全てが集められているようであった。皆が二人を狙い、一斉に銃、ナイフを構えている。
「本当に力押しだな……」
 リーシェは半ば感心した様子で、ぼそりと呟く。隣でシャノンが幾つかの人物の配置をざっと見回していた。
「奥にいるのがボスか。接近戦はあまり好きじゃない」
「分かった。ボスは任せろ」
 短い会話を交わした時、幾つかの銃声が響き渡った。ただ、敵の動きが決められている訳ではないようで、撃ってくるタイミングも人物もまばらだ。やりやすく、違う視点からするとやりにくい相手。
 リーシェは大きく跳躍し、守っていると思われる敵陣の奥に一息で飛び込み、中年にさしかかるかさしかからないかくらいの男性へと斬りかかった。彼の持っていた銃と剣が交差し、金属音、そして火花が散る。
 シャノンは右、左へと身体を滑らせ、最小限の動きで銃弾を避けつつ、幾つかに照準を素早く合わせて銃撃。そして近くにいた人物に回し蹴りを放ち、その男を動かしつつ盾にする。同時にその男の向こう側に見えてきた人物にまた照準を合わせた。
 彼の横では幾つものフィルムが断末魔の音を立てて地に落ちていく。片方の拳銃の弾倉を抜き、素早く新しいものに交換しつつも、足は止まる事無く、銃撃を避け続けていた。
「くっ……!」
 リーシェは一度後退し、思い切り瞬発力をつけて突きを繰り出した。相手の銃によって目標を弾かれ、肩へと突き刺さる。同時に銃声。彼女の右肩の辺りを銃弾が貫いていった。
「……!」
 流石にもう一度後退する。だが右肩の傷にはお構いなしに、再び突きを繰り出した。相手の下腹部に突き刺さり、素早く抜いてさらに切り裂く。返り血が斜めに彼女の服に飛んだ。
「――……どうして――」
「――……」
 文章にならない言葉が相手の口から零れると同時に、ひとつのフィルムが彼女の前へと落ちていった。
 リーシェは何も声を出す事無く、それを見つめているだけであった。ただ、唇を動かして、声にならない言葉を紡ぎつつ。

 左足を蹴って思い切り跳躍し、残り大分少なくなった敵陣の真ん中にシャノンは突っ込んでいく。着地すると同時に蹴りを突き出してそこにいた人物を後ろの人物もろとも奥に飛ばしていった。休む事無く、銃を構え、彼らの前にいる人物が振り返る前に銃撃を浴びせかける。銃声と同時に、身体に感じる衝撃と、そしてあの特有の灼熱感。
「うぎゃああっ!」
「がはっ!」
 うめき声、苦悶の声が上がる中、彼はそれに構う事無く銃を連射し、確実に敵の数を減らしていっていた。それと同じだけ、数が多くて全てに目が行き届かない分、彼の身体に幾つもの銃弾による傷が刻まれていく。じわりと、黒いシャツに染みが広がる。
 だが、その攻撃に、痛みにシャノンの手が止まる事は無かった。その痛みをまるで、己の戒めとでもするかのように。

「――何で、何でだよっ!」
 ついに、と言うべきか、やっと、と言うべきか、残りほんの僅かの数となり、奥にいた人物にリーシェが斬りかかって行くのをちらと確認したシャノンは、最後の二人にそれぞれ銃の照準を素早く合わせていた。その時、その中のひとりが、唇を震わせながら叫んだ。
 その意味は、おそらく何で自分達を狙うのか、という事なのであろうが、その時、その言葉は彼にはまるで別の意味に聞こえて。
 ――どうして闘うのか。
「――……」
 シャノンも何も答える事無く、銃の引き金を引いていた。
 だが、もしその場に冷静にその場を見ているだけの人がいたら、或いは気がついたのかもしれない。
 ただ、フィルムに変じていくのを見届けている彼の身体の底から漂う、決して消える事の無い哀しみと、それに比例する憎しみの二つの旋律を。
 完全にその場は夜が支配し始め、僅かな星と月の明かりのみが彼らの輪郭をおぼろげに映し出していた。静寂の中に漂う、哀しみと苦しみの感情をも同時に。

  
 
 
   ◆  ◆  ◆



「ああ、そうだ……そうか、分かった……これから行く」
 小さな電子音と共に通話を終了させ、シャノンは再び車を走らせ始めた。隣ではどこからか布を取り出したリーシェが肩にそれを巻き、どうにか再び動けるように奮闘中である。シャノンの身体は、持ち前の高速再生のお陰で、ほとんどが完全に治癒を遂げていた。かろうじてシャツやズボンに残る浮き出た黒い染みが、そこに傷があった事を示している。
「まだいけそうか?」
「……ああ、これなら大丈夫だ。そんなに痛みもないな」
 リーシェは肩に布を巻き、ぐるりと回してひとつ頷いた。おそらく本来なら、銃弾が貫通した肩なんてそんな回せるほどでは無いはずだが、そこはさすがムービースターと言った所か。それとも単に彼女が鈍いだけなのかは定かではないが。
「……そうか。なら良いが」
「それより、向こうは何て言っていたんだ?」
 リーシェの言葉に、シャノンは薄っすらと唇を歪めた。皮肉混じりの声音で言う。
「……これから祝勝会、だとさ」
「祝勝会ねえ……」
 リーシェも微かに口の端を上げた。



 彼らの車は、二車線ずつあるまっすぐな車道を進んでいた。二車線ずつの大きな通りなので、道の幅は広い。もう帰宅ラッシュ、買い物のラッシュは過ぎ去ったようで、彼らの前には車は今の所走っていなかった。車道の脇に備え付けられている細長い電灯が、車の行く先を照らしている。
 先程から必要以上に、シャノンがバックミラーを覗いているのに気付き、リーシェも後ろを振り返った。
 後ろには、黒い車が一台、ぴったりと彼らの後を走っている。運転席以外に助手席にもひとり乗っているようだ。彼女は、その助手席の人物に注目した。
「……あれ、銃か?」
「やはりそうか。残党か?」
 シャノンも助手席の人物が持つものが見えていたらしく、ぼそりとため息混じりに呟いた。
「しかも、横に並走しているバイクも何だか怪しい感じ満載だな」
 リーシェはさらに横を走っているバイクにも目を向けた。こちらは青と白の大型のバイクであったが、男二人が無理矢理二人乗りしている時点で怪しすぎる。
 前に設置されている信号が黄色から赤に変わろうとしていて、彼らの前には既に何台かの車が速度を落として停止体制に入っていた。
 だが。
「……後ろ、止まると思うか?」
「……止まる前に、さらに速度が上がっているのは気のせいか?」
「だろうな。……ちょっと気をつけてろよ」
 リーシェが頷くと同時に、シャノンはさらにアクセルを踏み込み、対向車が最後の一台、横を通ったのを確認すると、線をまたいで止まっている車の横をすり抜けていった。向こうが青に変わるギリギリの所で交差点を強行突破する。対向車線から、クラクションが鳴り響いた。
 しかし、後ろの車もバイクもそれにぴったりくっついて交差点を突破してきた。
「面倒な事になりそうだな」
 バックミラーでそれを確認したシャノンは、さらに後ろの車がスピードを上げてきたのを感じ、アクセルをさらに踏み込んだ。シャノンの前を走る車との距離がどんどん縮まっていく。
 さらに、車の左側に衝撃が奔った。窓の外から乾いた音がする。彼の車は防弾仕様なので、銃撃を受けても壊れる事はないが、ハンドルを取られそうになるのはあまり気持ちの良いものでない。
 再び無理矢理前の車を追い越し、さらに追いかけられ、スピードを上げた。その速さは最早高速道路並みの速さになっていた。
「……私はバイクの奴らを片付けてくる」
 リーシェの言葉に、シャノンは頷く。
「この車を振り切ったら、もう一度ここに戻ってくる」
 その言葉を背に、リーシェは器用に窓から飛び出した。少しスピードを落としていたので、衝突されそうになる。ハンドルを少し切って避けるが、右側の端がひっかかったようで、衝撃が奔り、車が大きく蛇行した。左のガードレールに衝突する寸前で、大きくハンドルを切って持ち直し、さらに前を走っていた車を追い越していく。
 多めにハンドルを切っていたので、中央線をすこしはみだし、対向車にクラクションを鳴らされた。盛大に眉をしかめながら、元の道に車を戻す。
「……しつこい奴らだな」
 バックミラーを確認して、シャノンはさらにアクセルを踏み込んだ。
 唐突に始まった夜のカーチェイスは、未だに終わる事はない。



 彼はさらに車のスピードを上げつつ、丁度通りかかった交差点をウィンカーなしに急にハンドルを切って左折した。
 タイヤが鋭い音を立ててこすれ、凄まじい遠心力が身体にかかる。おそらく道にはタイヤの痕がくっきりと残っている事だろう。
 後ろの車もかなり大きめに弧を描いて曲がってきた。それを耳とバックミラーで確認した彼は、窓を開けつつ、ブレーキを強く踏む。かなりの急ブレーキなので、再びタイヤがこすれる鋭い音が響いた。耳障りな音が窓を開けている為に一層大きく響き、思わず眉を顰めた。
 左側が水路と畑の土地になったのを確認し、反対車線の車がいなくなったのを見計らって、思い切りハンドルを右にいっぱい切る。車はそれに従って反対車線へと不器用に曲がり、逆走を始めた。
 丁度後ろの車とすれ違いざま、開け放った窓から右手に銃を構えて連射する。運転席側の窓にヒビと衝撃が入り、同じくUターンしようとしていた車の運転手を怯ませてその場に押し留めた。
 車のハンドルを戻す事無く、そのままアクセルをさらに急に踏み込んでいく。低速ギアに切り替わり、キックダウンが発生して急発進した車は、そのまま相手の車に斜めに突っ込んだ。
 後ろの車もUターンの為に速度を落としていたとは言え、まだまだスピードはついていたので、大きくボディをへこませ、嫌な音を立てながら畑へと飛ばされていった。
 派手に音を立てて転がり落ちた車の中を遠目で窺ってみる。既に人影は消えうせたようである。ただ、車が断末魔の響きを上げるかのように、タイヤを空回りさせているだけであった。 
 それを確認したシャノンは、ひとつため息を吐いて、ややシートに深く沈んだ。
「こっちのボディも少しへこんだか……?」
 そうひとり呟くと再びアクセルを踏んで、先程の道へと闇の中に消えていった。


 先程リーシェが器用に飛び出していった道路の付近まで戻ると、そこには、道路の端のガードレールに先程のあの車と並走していた乗る人のいないバイクを立てかけ、歩道側からガードレールに寄り掛かって闇の空を見上げていた。その姿に、シャノンの口の端が自然と上がる。
「さて……」
 シャノンはひとり呟き、ブレーキを踏んで車を減速させていった。


 ◆  ◆  ◆



 無機質で近代的な中層ビルのかっちりしたエレベーターを抜け、分厚い扉を開くと、いつもは、その依頼者達の溜まり場となっているであろう、いくつかの壁で仕切られたフロアの中でも、一番広いフロアの、白々しい程に明るい灯が二人を迎え入れた。先程までずっと暗い中に身を投じていた二人は、その明るさに思わず目を瞬かせる。そして、多くの人が集まっている時特有の、がやがやとした喋り声がひっきりなしに聞こえてきた。
「お、お出ましだよ!」
「さあ、酒を誰か持たせてやれ!」
 わっと、その場を賑わしていた人々が集まってきて、二人に各々グラスを差し出した。シャノンはその内のひとつを受け取りつつ、辺りに素早く視線を巡らせた。
 近代的なシンプルさと優美さを受け継ぐその部屋には、長テーブルがぽつぽつと置かれ、その上にいかにも酒のつまみとなりそうな、脂っこいから揚げ、イカリング、チーズ類、それに肉類、スライスされたハムなどと、果物、梨やりんごやメロン、軽く作られたサラダや様々な種類のパンなどが並べられていた。部屋の隅には、これから開けられるであろう酒樽――それも様々な種類――の、がうず高く積まれている。
 それらを一瞥した時、丁度部屋の一角、窓際の手前に佇んでいる見知った顔を見つけ、彼はそちらに歩みを進めた。
「これは、また派手なものを用意したな」
「やあ、シャノン君。この件は本当にお疲れ様だったよ」
 見知った顔の内のひとり――確か、ジェスとかいう名前だった気がするが、に親しみをかけて話しかけられ、内心では思い切り眉を顰めつつ、表面上は、先程と表情を変える事無く、淡々と言葉を返していた。――まあ、普段からよく話す仲間達が聞いたら、その言葉の隅々に刺々しさが滲み出ているのに気付いたかもしれないが――。
 ジェスは、どうやらこのグループのリーダー、トップのようで、さりげなくそのまとめ役特有の頑固さというか、強さのようなものが滲み出ている。
「――大した事はしていないが」
「いやいや、俺達にはとても大きな事なんだよ、これは」
 グラスを掲げ、柔和な笑みを浮かべるジェス。ヴィランズらしくもない奴らだ、という思いが心をかすめる。
 その時、部屋の隅で何かが盛大に崩れ落ちる音が響いた。皆が何事かと、部屋の隅を振り返った。
「す、すまない」
 どうやらリーシェが、部屋の一角に積み上げられていた酒樽をひっくり返したらしい。やや慌てて謝りつつ、酒樽を元に直そうとしているリーシェの姿がシャノンの視界に入った。
 それを見ていた時、たった一瞬、リーシェがこちらを振り返った。その強さを秘めた瞳が、一瞬だけこちらを静かに見据える。
「……」
 シャノンはそれに目だけで応え、無言で振り返り、グラスに唇をつけた。
「それにしても、あの集団がいなくなったはいいが、これからお前達は、どうするんだ?」
 シャノンは端的に尋ねる。ジェスはもちろん、と一言前置いた。
「やっとこれまであの集団どものせいで、無駄に使われてきた金や、労力が自由になったんだ。これでようやく制約なく、どんどん勢力を広げていく事が出来る」
「……そうか」
 シャノンは一言呟くと、コトリ、と音を立ててグラスを彼の横に並んでいたテーブルの上に置く。
「今日はその第一歩だ。君も是非楽しんでいってくれ」
 ジェスの横にいた男の内のひとり――おそらく幹部であろうと思われる――が、酒が入ったせいもあってか、機嫌よく両手を横に広げて歓喜の表情を示していた。

「――もちろんだ」

 シャノンは薄く笑みを浮かべ、ほんの一瞬で腕に隠している仕込み銃を掌にすべらせ、その男の額に照準を定めた。そして迷う事無く引き金を引く。銃声が響く。
 男の歓喜の表情が、銃声と共に強張り、見る間に畏怖の表情へと変化を遂げて行った。
「なっ……! 一体どういう事だ、シャノン君!」
 どう、と音を立てて床に倒れ伏した男に、周りにいた人々も、そしてジェス達幹部も驚き、焦りの表情を各々の面に浮かべていた。
「だから祝ってやると言っているだろ? ――銀幕市からまたひとつ、消える脅威に」
 一瞬で、お祭り騒ぎだった賑やかさから、外に満ちている闇と同じくらいの静寂に包まれた会場に、シャノンの声がぽつり、と水面に立つさざなみのように落ち、広がっていった。
 ジェスは唐突に怒り、と言うよりは驚きのあまり、シャノンに掴みかかろうとする。
「じゃあ、どうして俺達の依頼を受けたっ!」
 ジェスの剣幕にも、シャノンの笑みは揺らぐ事はない。
「あれは仕事だ。依頼人が誰であろうと、金を貰っている以上、依頼を遂行するまでだ。……そして、これもまた仕事だ。対策課からのな」
 誰もが、狐につままれたような表情を浮かべる中、リーシェだけがほんの僅か、口の端を上げながら壁にもたれかかっていた。
「――な、何でだっ――!」
 ジェスの責めるような言葉は、半ばで途切れ、代わりにその唇から零れ落ちたのは鮮血。彼の身体がゆっくりと傾く。
「何で? ――誰だって、そうだろう? 多少、強かな方が生き残れるというものだろ、どの世界においても」
 紡がれる、闘う者達の、生き残ってきた者達の摂理。シャノンの手にある銃から、再び硝煙が上がった。
 彼の身体から立ち昇る、生きる為の源ともいえる、その苦しみと、哀しみと、憎しみの漆黒の靄を元に、幾多もの時代を闘い抜いて、そして、さらにこの市での新たな出会いから形作られたひとつの強固なる信念が、色濃く彼の身体を取り巻いていた。
「リーダーっ!」
「くそっ! 誰か、消してしまえ!」
 幾人かが、仰向けに倒れていったリーダーに駆け寄り、さらにシャノンの行動に逆上した数人が、あらかじめ装着していた銃を手に、銃弾を撃ち込んできた。
 右足を踏み込んで視界に入った銃弾は全て回避したが、視界に入れることの出来なかった斜め後方からの幾つかの銃弾が彼の脇腹を貫いた。灼熱感が身体を突き抜けていく。
 それに振り返ろうとして、再び前方で銃声。後方でも動きがあるのを皮膚の感覚で察知する。素早く銃を手に、前方の銃弾を撃ち落とし、さらに前方の男達にも銃撃を浴びせかけた。呻き声と鮮血が舞う。そして、死体代わりのフィルムも。
 後方の銃撃には対処が出来なかったので、銃弾が身体を襲う事を予測して、知らず身体が緊張していた。だが、銃声の後にすぐ後方に、よく知った人の気配が出現し、そして鋭い金属音が鳴り響いた。緊張が解け、口の端が上がる。
「――あれが、やっと来るぞ」
 後方の人物――リーシェが剣を一閃して再び銃弾を叩き落しつつ、ぽつりと呟いた。彼女も、先程の時よりも、より多く衣服が血にまみれていた。ほんの僅かではあったが、彼女の動きは鈍くなっているようであった。
「――あれとは?」
 シャノンは人の少ない窓際へと退避しながら、リーシェの言葉に疑問を返した。だが、ふとある気配を察知し、なるほどな、と納得する。
 再び銃声の連弾。彼の後ろの窓ガラスが繊細な音を立てて粉々に散っていった。彼の所にまで飛んできたガラスの破片を腕を振って横に飛ばす。ガラスと腕が触れる度に、一本の赤い筋が浮かび上がる。
「さて、と」
 同じく窓際に寄ってきたリーシェをちらと一瞥し、そしてシャノンは部屋の中へと目を向けた。 少しは先程の銃撃で数を減らしてはいたが、まだ少なく見積もっても、四十人強はその場に残っていた。ほぼ全てが、皆銃やナイフなどを手に、こちらにありありと殺意の視線を込めてくる。もちろん、先程の屋敷ほど広い部屋、という訳でもないので、向こうの扉へと退避する手段はとれないし、退避するつもりもなかった。
 シャノンはそのまま窓の淵に手をかけ、後方にくるりと回転する。やや遅れて、隣の窓からリーシェも同じ行動を取った。
 ほんの一瞬で、二人は窓の外、夜の闇へと姿を消してしまった。



「な、飛び降りたのか?」
「馬鹿いうな、ここは二十階だぞ。死ぬに決まってんだろうが」
 その場に動揺が奔る。各々が、顔を見合わせて首を傾げていた次の瞬間だった。
 轟音が幾つも窓の外から響き、全ての窓が一瞬にして粉々に砕け散る。
「うわっ! 昇ってきたぞ!」
 割れた窓の向こうからは、何かに乗っているらしく、その場に立って銃を構えるシャノンと、リーシェの姿が現れた。凛とした表情を浮かべて。
 銃撃は窓を壊しただけで止む事はなく、容赦なく室内へと銃弾が飛び交っていく。咄嗟に対処できなかった男達が、身体をうねらせ、赤を噴き出して床に沈んでいった。
 そして、リーシェはどこからかライターを出し、カチリ、と音を立てて火をつけた。ごく僅かな灯が闇にぽつりと浮き出てくる。
 彼女は口の端を僅かに上げると、そのライターを天井すれすれに部屋の中へと投げ込んだ。狙う先は、先程倒した酒樽の、アルコールが染み込んでいる床の上に置いた、手榴弾。

 どんっ、と腹に響く重低音と共に、赤い光が部屋の一角を満たした。
 さらにその爆発は他にも置いておいた手榴弾を次々に誘爆させていく。さらに大きな爆発音が響き、津波のように勢いを増した炎が窓の外、彼らがいる際まで燃え盛っていた。




「――壮観」
 腕組みをしてそれを見つめるリーシェの表情は相変わらず変化に乏しいものであったが、どことなく満足そうに見えていた。
「本当に破壊魔なんだな……」
 その満足そうな姿に、改めてシャノンが聞いた噂は本当だったのだ、と納得する。
 空中に浮かんでいるはずの彼らの足元には、リーシェに懐いている竜が巨大化して、床の役目を果たしていた。どうやら、夜遅くなっても帰ってこない彼女が気になって、気配を探りにきたようである。
 二人は、燃え盛る炎を背に、ゆっくりと降下していった。
「これだけやれば、十分だろ」
「……そうだな」
 竜の背から、軽く勢いをつけて地に飛び降りる。それを確認したらしい竜は、そのままぽん、と音を立てて小さい姿に戻っていった。
「それにしても、どうしてまた今日は竜を連れて来なかったんだ?」
 シャノンはふと空中にぱたりと浮かぶ竜を見つつ、心に浮かび上がった疑問を口にした。その途端、う、と一言リーシェが口にしたきり、そろそろと後ろに下がっていく。
「その、あの、あれに……普段は一緒にいると余計に破壊するから、別行動にしろと言われて……でででも、ちゃんと依頼は遂行できたからいいだろ?」
「……――まあ、いいが」
 シャノンは笑みを浮かべそうになるのをこらえながら、何とかそう言った。彼女の片割れが関わると途端に怪しい行動を起こすリーシェに、これはまた面白そうなからかいネタを見つけた、と心の中にひっそりと刻み込むのを忘れる事無く。

 裁定を下した二人の姿は、ひっそりと濃い、底なしの闇へと溶け込んで、いつしかその場から消えていった。
 

クリエイターコメントお待たせ致しました。ノベルをお届けさせていただきます。
今回、銃撃戦が基本と言う事で、すこし雰囲気を変えて描写してみました。でも結局ファンタジーに戻ってしまった気もします;
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いです。明らかに余計なシーンが入っていますが、あれは私の暴走です……。
それでは、オファーありがとうございました! またいつか、銀幕市でお会いできる日があれば、その時はどうぞよろしくお願い致します。
公開日時2007-10-05(金) 19:00
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