★ My Town ★
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
管理番号95-3667 オファー日2008-07-01(火) 06:01
オファーPC クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
ゲストPC1 浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
<ノベル>

 絶望の海には、巨大な怪物が潜んでいた。
 ネガティブゾーンの探索に赴いた部隊の1チームがその情報を持ち帰り――やがてレヴィアタンと名付けられたそれを討伐することが決定する。
『穴』の監視所は、探索部隊のベースキャンプを経て作戦会議室となり、連日連夜、議論は白熱した。
 レヴィアタンを『穴』から誘い出し、銀幕市内に於いて迎え撃つ。
 それが、大まかな作戦概要であったのだが――

 しかし、ほとんどの市民は、きなくさい討伐作戦とは無縁である。
 公開された映像を見たものたちは皆、総毛立った。
 あんな恐ろしい「いきもの」が、この街に躍り出る。
 ひとたび間違えば――銀幕市は壊滅するかも知れないのだ。

 マルパスが立てた作戦だ。もちろん勝算は高いのだろう。
 作戦ごとに分けられた部隊には、これ以上はないほどの精鋭が集っている。
 銀幕市民たちは今までも、そう……、あの日の、幼い死神が神の兵を率いてきた戦争ですら持ちこたえたではないか。
 街中が凄まじい戦場と化したあの日の記憶は、今ではまるで、夢の中の1日のようになっているではないか。

 だけど、ここは――この街は本来、明るく華やかで平和なところだった。
 ほんの、2年前までは。
 日常的な身の危険など、日本人の常がそうであるように、意識したこともない。
 少し街を歩けば、あちらこちらで行われている撮影が見学できた。
 カフェで一休みすれば、すぐ隣のテーブルでは、スクリーンの中で壮大な冒険を演じる映画スターたちが監督を交えて談笑していた。勇気を出して声をかければ、俳優たちは快くサインに応じてくれ、映画監督は次回作の抱負を語ってくれた。
 
 ――今、現出しているのは、似て非なる光景だ。

 この街は、夢に呪われています。
 生まれ育った場所ですから、愛着も思い出もありますし正直名残惜しいですが、それでも、わたしたちは出て行きます。
 家族や自分の身の安全を考えると、そうするのが一番いいのかなと思いましてね。
 親方も、考えたほうがいいですよ。その腕があればどこに行っても店は持てるし、お客さんも押しかけるでしょう。何もこの街にこだわることはない。
 九十九軒の常連だった中村さん一家は、そう言い置いて引っ越していった。

  ★ ★ ★

「毎度ありがとうござんす! 出前迅速・愛嬌0円、銀幕市民の憩いの殿堂『九十九軒』でやんす。おっ、三丁目の高橋さんの奥さん、いつものランチメニュー家族分でやんすね? 只今すぐに……。え、出前じゃない?」
 勢い込んで電話を取った九十九軒店主、通称「親方」の、威勢のいい声が戸惑った。
「……お引っ越しのご挨拶。そうでやんしたか、市外に……。それはどうもご丁寧に。いえいえ、こちらこそ、長い間お世話になりました。ええ、ええ、お元気で、旦那さんにもよろしゅうお伝えを」
 かしゃん、と、親方は受話器を置く。その背中に深い哀愁を感じ、クラスメイトPはおろおろと声を掛けた。
「あの……、親方。また、お得意様のお引っ越し連絡なんですね……。最近、多いですね」
 このところ、一般市民の市外流出が進んでいる。常連客も例に漏れず、相次いで引っ越ししていく。
 いつも塩ラーメンの全部乗せをライスとギョウザ込みでぺろりと平らげ、親方を大喜びさせていた佐藤さんちのお嬢さんも、ランチタイムには必ずカウンターのど真ん中に陣取り、特製ギョーザをつまみに大ジョッキをあおっていた大工の井上さんも、もう銀幕市にはいない。
 それは『穴』の問題が露わになってきたころから、徐々に顕著になった現象だ。レヴィアタン討伐作戦が近いせいもあり、最近はとみに加速度がついている。
(でも……、お客さんが減ったのは、それだけじゃないよね……)
 九十九軒はラーメンマニア好みの隠れた名店ゆえ、この街に魔法が掛かる前は、市外からも大挙して食べに来ていたと聞き及ぶ。
 もしかしたら、この店の二階に自分が住み込むようになり、近辺にムービーハザードを巻き起こしているのも一因かも知れないと、クラスメイトPはいたたまれない気持ちになる。
「なぁに、リの字が気にすることはねぇ!」
 しゅんとなったクラスメイトPの肩を、親方はことさらに明るい声でどやしつけた。
 とたん、店の黒電話が鳴る。
「ほれっ、仕事仕事。今度こそ出前でぃ!」
「そ、そうですよね。……はい、こちら、あなたの九十九軒。……親方ですか? ええ、おりますが」
 沈んだ声で、親方に変わってくださいと伝えてきたのは、ギンボシ電器聖林通り店の営業担当、小林さんだった。家族にせっつかれて出した移動申請が承認され、市外の店舗へ転勤が決まったのだという。
 小林さんは親方のスープと麺の熱烈なファンで、個人的に九十九軒紹介ブログまで立ち上げていた。もう当分は親方のラーメンが食べられなくなると思うと辛くて寂しくて……、僕は銀幕市を離れたくないのに家族がどうしてもって、と、涙声で何度も何度も繰り返しては別れを告げた。
「1日3食、365日九十九軒のラーメンでも構わないといってた小林さんまで……」
「まぁ小林さんについては、ちいっと他のものも食べねぇといかんぞとは思ってたがなぁ。……こらリの字、てやんでぇ、辛気くさい顔するねぃ。何もお客さんがひとり残らずいなくなったわけでもあるまいに」
 親方は無骨な手でごしごしと自分の目元をこすってから、きりっと天井を見上げる。
「たったひとりでもお客さんが残ってくださりゃあ、それでいいってことよ。食べてくれる人が銀幕市にいる限り、あっしはここでラーメンを作り続けらぁ!」
「……親方……!」
 ぐすん、と、クラスメイトPも鼻水をすすり上げる。
「それに、きついのはウチだけじゃなか、今はどの飲食店も客離れを食い止めるのに躍起じゃけん。ほれ、銀幕ベイサイドホテルのレストランみたいな高級どころも、お客集めのために趣向を凝らしたランチフェアやってるしなぁ」
「そ、そうだ。九十九軒も何かイベントしましょうか? 夏っぽいの」
「よしッ! 夏場用に水ギョウザの種類を増やそう。【ドキッ! 真夏のジューシィ★フェア、九十九軒特製水ギョウザ祭り】とかどうでぃ? 一定時間内に水ギョウザを九十九個完食したお客さんには、そうさな、九十九軒に関する願い事なら何でも聞くッ! 全メニュー永久無料権だろうとその人限定の新メニュー開発だろうと何でもござれでぃ」
「ナイスアイデアです親方っ!」
 親方とリの字は感極まってがっつり手を握り合っている。なんかそのイベント、挑戦者がものすご限られてしまいそうだが、ふたりはあまり気にしていないようだ。
 そして、またもやベルが鳴り響く。
「ほれほれ、電話。今度こそ出前に違いねぇ!」
「そう、ですよね」
 びくびくしながら、クラスメイトPは受話器を取る。
 はい、こちら、と言いかける前に、浅間縁の闊達な声が聞こえてきた。
「もしもしー。P? 私だけど。九十九軒特製塩ラーメン大盛り全部のせを1つ、普通の塩ラーメンが2つね」
「浅間さんっ!? 出前!? 出前なの!? 浅間家に出前なんだね! 親方ぁぁぁぁ〜〜〜〜。あああああ浅間さんちが出前頼んでくれましたよ〜〜〜〜」
「えっちゃん〜〜〜〜! そうかあっしにはえっちゃんがいたなぁ! くうっ、感激でぃ……」
「ちょ、どうしたの? 今お店忙しい? だったら後でも……」
「ううん。ちっとも!!!!! すぐ行くよ今行くよ。どんなムービーハザードが起こってもどんなヴィランズが立ちふさがってもぶっちぎるから! バナナの皮で滑って転んで自転車が壊れても岡持抱えて走るから! ありがとうありがとうありがとう」
 勢い込むクラスメイトPの必死さに、電話の向こうの縁は困惑しているようだ。受話器をぐいっと遠ざけた気配が伝わってくる。
「……? そんなに感謝されること? そりゃ、うち、滅多に出前ってしないけどさ。私、いつも直接九十九軒に行っちゃうしね。でも今日は、両親も食べたいっていうから」
「いやいやいや注文ありがとう! えっちゃんはあっしの永遠の女神様さね! そらもうえっちゃんとご両親のためなら喜んで! レヴィアたんとやらがやってきたって店に踏みとどまって、美味いヤツを作ってみせらあ!」
「やりましたね親方」
「やったなリの字」
「もしもーし? ねー、ふたりとも聞こえてるー? お腹すいてるから早めによろしく」
 疑問符を乱れ飛ばせている縁をよそに、またも主従(……なのかな?)は握手を交わす。
 早速できあがった特製塩ラーメン大盛り全部のせと普通の塩ラーメン2つを岡持にセット!
 自転車カゴに乗っかったメカバッキーの『山田さん』とともに、浅間家に向かってゴー!

 クラスメイトPは、全力で自転車を漕ぐ。
 今日はことさらに「邪魔したら泣いちゃうよ!」オーラを発しているせいか、ムービーハザード&ヴィランズの出現率は当社比9割減であった。
 つまり快調、順調、絶好調。
 なだらかな坂を下る彼の目に、閑静な住宅街が見えてくる。
 浅間家の玄関に向かって、ペダルを漕ぐ足にいっそう力を込めた、そのとき。

 〜〜〜〜いや〜〜〜なものが、見えた。
 
   あれは。
       あれは。
 
           浅間さんちのすぐ近くに止まっているあの車は。

 星に縁取られた黒うさぎマークが目印、黒星引っ越しセンターのトラック!

     がーーーーーんーーーーー!
 
(そうか……。珍しく浅間家から出前依頼が来たのは、引っ越しだったからか……)
「何、道の真ん中で超大胆ながっくりポーズしてんの? トラックに轢かれちゃうよ?」
 あまりのショックに茫然自失して石になってるクラスメイトPに、家から出てきた縁が胡乱な目を向ける。
「あ、あさまさ……、こ、これ、まさかぁぁ!」
 震える指でクラスメイトPはトラックを指さす。
 ちらっと視線を走らせ、縁はふうとため息をついた。
「うん、まあね……。気づいちゃった? 実はそうなの。言いづらかったんだけど」
「や、やっぱりーー!!!!」
 クラスメイトPの双眸から涙がこぼれる。いや、だーーーーっと流れる。激流に眼鏡も流れまくる。
「もう、決まったことなんだね……だったらら仕方ない……けど……だけど……ぐす」
「……そうなのよね。こういうの、私の力じゃ、どうにもできなくて」
「いっ、いままでありがとう、楽しかったよ……」
「……ん?」
「でも、でも、行っちゃヤダよぉおおおお〜〜〜〜。置いてかないでぇぇぇぇ。うわぁぁぁ〜〜〜ん。びぇえぇええええ」
 しどどな目幅泣きのまま、クラスメイトPは縁の足元にひしとすがりついた。何コレはたから見たら私たち寛一お宮状態? そんでもって私が寛一? な図に縁ドン引きだが、あまりにも可哀想で蹴り飛ばすわけにもいかない。
「そんなにショックだった? 無理ないか、お隣さん、家族全員分、週一で九十九軒から出前取ってたもんね」
「……お隣さん?」
「そ、お隣の鈴木さんちの引っ越しトラックだけど?」

  ★ ★ ★

 安堵感に、クラスメイトPはえぐえぐえぐと泣きじゃくる。
「ラーメン伸びないうちに食べちゃうね。Pはすぐ帰んなくてもいいんでしょ? 少しウチで休んでいきなよ」
 子供のようになだめすかされ、浅間家のリビングに招き入れられた。
 出されたアイスコーヒーが半分くらいになったあたりで、ダイニングに運んだラーメンを食べ終わった縁と両親も、食後のコーヒーを手にそれぞれソファに腰を下ろす。
「……でもさ、正直な話、浅間さんは引っ越ししなくていいの?」
 そういう話は当然、浅間家でも検討されているはずだった。
 おそらくは縁も考えたことはあるだろうと、クラスメイトPは思う。
「まぁね。友達も何人か引っ越したしね」
 冷房の効いた部屋に立ちのぼるコーヒーの湯気を、縁は見やる。
「いろんな事件が起きたけど、深い実感ってのはないんだよね。ただ、この街にかけられた魔法を楽しめなくなってるのがちょっと辛いかな」
「……そっか」
「だけど、出て行こうとは思わない。ここで、自分のできることや、やりたいことをやるだけ。引っ越したいひとは引っ越せばいいし、それも自由だと思う」
 毅然とした口調にクラスメイトPは目を見張る。両親は顔を見合わせてから、微笑んで頷いた。
「薄情に聞こえたらゴメン。でもさ、感傷にばかり浸ってないで前向いて行かないと。私たちは生きてるんだから。それに」
 縁はかたわらのバッキーに視線を移した。狭いところを好む『エン』は、ソファの隅っこにぐりぐりと頭を押しつけている。
「大事なエンも置いていけないしね」
「……浅間さん」
 淡々と理由を語る縁の強さと気概は、クラスメイトPの出身映画のヒロインを彷彿とさせた。
 手の届かない存在だった、あの眩しい彼女に。
「あ、あの、折り入ってご両親にお願いが」
 いきなりソファの上に正座して、クラスメイトPは頭を下げる。
「今度、お、お嬢さんを、お誘いしてもいいでしょうか?」
 ごふっ、と縁はコーヒーを吹き、ほう、まあ、と、両親は目を細める。
「じ、実は近々九十九軒店内に於いて【ドキッ! 真夏のジューシィ★フェア、九十九軒特製水ギョウザ祭り】が開催されるんです。あのあの、健全なイベントですから!」
「まぁ……。なんてロマンチック……。若いときのわたしたちを思い出すわねぇ、あなた?」
「お母さん……。ツッコミにくいボケは控えてくれる?」
 縁は顔に飛んだコーヒーをハンドタオルで拭う。
 ソファの隅っこに潜るのをあきらめたエンが、ぴこっと尻尾を動かした。

  ★ ★ ★

 そして、後日の九十九軒。
「……くうっ。可愛い娘を喜んで九十九軒イベントに送り出してくれるたぁ、いいご両親じゃねぇか。さあ、えっちゃん! 特製水ギョーザ九十九個完食に挑戦でぃ!」
「ちょ! 参加者私だけーー?」
「浅間さんにはかなわないからってみんな遠慮……、いやあの、浅間さんなら大丈夫、完食できるよ!」
「や、完食を保証してほしいわけじゃなくてさ。それに私、もう九十九軒の全メニュー永久無料権、親方からもらっちゃってるし」
「まだ九十九軒のおかみの座が空席でぃ。どうでぃ、永久就職するかい?」
「親方〜〜〜、この前プロポーズ断られたのに、まだあきらめてなかったの〜〜〜?」
「神様が下界にちょっかい出してくるご時世じゃし、何がどうなるか、先のことは誰にもわからんものさね。銀幕市だけでなく世界中に何かあるかも知れん世の中じゃけん」
「それはそうだよね」
「そうともさ。もしかしたら明日、地球全土に大異変があって、あっしとリの字とえっちゃんだけがダイノランド島に取り残されるかも知れん」
「何でダイノランド? ……うんまあ、可能性としては否定しないけど」
「世界中の男があっしとリの字だけになったら、えっちゃんはどっちを選ぶかね?」
 40代独身の親方に、男子中学生のたわごとみたいな設定で究極の選択を迫られ、縁はうーんと腕組みをする。
「……………あのさ。選ばなきゃだめ? 普通に仲良く、怪獣島で暮らそうよ」

 んなことを言ってる傍らで、エンは、洗って並べられたコップのうち、ひときわ大きなものの中に潜り込んでいた。
 逆さまにぎゅむっと入っている。
「……エン。それ、楽しい?」  
「エンの考え読めないからすごくわかりづらいけど、出られなくて困ってるんじゃないかな?」
 狭いところスキー→コップ発見→よじのぼる→頭から突入→出られない→逆立ちのまま困惑
 ……という流れではなかろうかと、クラスメイトPは推理する。

 がじがじがじと、メカバッキーの『山田さん』が、コップを囓り始める。
 これもわかりづらいが、どうやら、エンを救出するつもりのようだった。

「じゃあバッキーはメカバッキーにまかせて、私は水ギョウザ完食に挑戦しよっかな。願い事は、そうだなぁ……」
 ダイノランドに取り残されても九十九軒は営業してほしいかな、と、縁は笑った。


 ――Fin.

クリエイターコメント地に足のついたリアルなテーマに、記録者も考えさせられましてございます。
おおおおふたりとも、ずっと銀幕市にいてくださいねぇぇぇぇぇ〜〜(目幅泣きで足にすがりつく/本音爆裂)
公開日時2008-08-02(土) 19:10
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