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<ノベル>
ACT.1★PとLによる戦争と平和
それは、とある平日のお昼時のこと。
銀幕市有数の隠れた名店であるところのラーメン屋、九十九軒は、例によって戦場だった。
「こんにちは、親方! 醤油ラーメンのあっさり柚子風味をお願いしますー」
「僕、味噌ラーメンとギョウザがいいな」
「俺は、噂の特製塩ラーメンを食べてみたいね」
「へいっ、がってんでぃ、嬢ちゃんと坊ちゃんがた! まいどありでやんす。喜んで!」
「あ、リチャードくん、そこの調味料入れ取ってくれると嬉しい」
「うん、今持っていくね……あああああ、うわぁぁぁぁーーーーー! どうしてこんなところにバナナの皮がぁ〜〜〜〜?!」
例によって例の如く、出身地不明なうえに、なんかラーメン以外のものも商っていそうなグローバル口調が味わい深い親方と、ムービーハザードに絶賛巻き込まれ中なのか単にバナナの皮ですべっているんだか、だったらそのバナナの皮はどの平行世界から出現したんだか謎が謎を口笛吹いて呼んで風雲急を告っちゃうクラスメイトPとの超絶コラボによる、ダイナミックな営業が今日も今日とて展開されている。
カウンターに座っている3人づれの客は、すっかりこの光景になれているようだった。
宇宙意思のごとくに厳格なお約束に乗っ取ってテーブルにつまずくクラスメイトP→宙を飛ぶす醤油差しとラー油の瓶とおろしニンニク入り器→「はっ」「ほっ」「よっ」と、ひょいひょいひょい三者三様にナイスキャッチ→4562文字ほどの紆余曲折の後、ラーメンとギョウザがようやく出来上がって彼らの前に並ぶ→その過程で床に散ったあれこれをもくもくと食しているメカバッキーの『山田』さん(お片づけ要員)。
この街はもともと、プチ戦場にはことかかない。例を挙げれば、銀幕ふれあい通り角の某スーパーのタイムセールとか、某小隊によって率いられるポップコーン店とか、漢たちの帆布を引き裂く悲鳴がこだまする某『楽園』とかとか(某の意味なし)。
しかし去年の9月、轟く雷鳴とともに、この異形の街は文字通りの「戦場」となったのだ。
幼い夢の神による魔法を、やはり幼い死神が憤り、起こってしまったあの戦争――
それは他ならぬ街のひとびとにより、「夢」に還すことができたのだけれど。
様相を変えた世界を襲った、さらなる非日常。その記憶があるからこそ、この街に住まうひとびとは、「平和」の意味を知っているのかもしれない。
ともあれ、この街は今は平穏である。
3人連れの客がようやくラーメンをすすりはじめたとき、店の電話が鳴った。
今時珍しいダイヤル式の黒電話である。親方に言わせれば、プッシュホンはラーメン屋の美学に合わないそうなのだ。
「毎度ありがとうござんす! 出前迅速・愛嬌0円、銀幕市民の憩いの殿堂『九十九軒』でやんす。……や、こりゃあ、珊瑚姫さん、いつもご贔屓にどうも。ランチメニューの出前ですかい? 喜んで! 【スタンダードセット】と【大満腹セット】と【小食さん向けプチセット】を市役所にお届け、がってんでぃ! おーい、リの字、『対策課』に出前を頼まぁ!」
「た、対策課? 仮設住宅じゃなくて?」
床のお片づけが終わり、勢い余った山田さんにがじがじあぐあぐと靴を囓られながら、クラスメイトPは目をぱちくりさせる。
「だってその注文、珊瑚姫さんからだよね?」
「おうよ。今対策課にいるんだと。植村のダンナと、ほれ、何ていったか、事務服姿が妙に色っぽい嬢ちゃんが、忙しくて昼飯取るのもままならないらしくてな。丁度居合わせたんで、自分の分と一緒に頼んでくれたんだとさ」
「対策課、そんなに大変なんだ……。そういえば植村さん、『穴』対策方針会議とかもあって、このところいつにも増して残業続きらしいし……」
昨日、対策課に顔出ししてみたときも、植村は、すでに持病となっている胃痛と積み重なっていく過労を抱えて、今にも倒れそうになっていた。
「トライアスロンの時あたりから目が据わってて、ちょっと心配だったんだよね。体力的にも精神的にも追いつめられているんじゃないかなぁ」
ぼくらの中間管理職、植村直紀のファンを自認しているクラスメイトPは、銀幕鉄人レース開催時の、もうどうにでもしやがれはっはっは的な黒い笑顔を思い出し、そっと目頭を押さえる。
「わかりましたっ! リの字ことクラスメイトP、大至急、対策課の出前に行きます!」
前線に赴く兵士のような気合いで、皆さんお馴染み九十九軒のロゴ入り岡持を手に颯爽と――いや、岡持を死守しながらも2回ばかりすっ転び、3回目にやっと、これもお馴染みの愛用自転車にまたがったクラスメイトPは、定位置のカゴに収まった山田さんとともに、市役所めがけてひた走った、のだが。
なんたって彼は、トラブル&ヴィランズ&ムービーハザードに熱愛される男。そんな愛いらなくても、向こうから大挙して押し寄せてくる。当然、すんなりとは辿り着けないわけで。
今日もまた、自転車の行く手を阻んだヴィランズにいきなり求愛、じゃなくって、威嚇されてしまった。
「……俺は腹が減っている。銀幕市一と名高いそのラーメンを食べさせてもらおう!」
「す、すみません。僕急いでるんですっ!」
蜘蛛を思わせる形状の怪人である。特撮系の中ボスっぽい印象だ。戦闘力に優れたムービースターであれば退治できるのかも知れないが、逃げまどい専門の身には荷が重い相手だった。
「や、山田さん。お願い……山田さんっ?」
しかし頼みの山田さんは、ちら〜んと怪人を見るなり、けぷっと息を吐いてそっぽを向いてしまった。あんまし食べたくないタイプらしい。山田さんにも好みはあるのだ。
「ラーメンを寄こせ!」
「こ、困ります。これは、植村さんと珊瑚姫さんと事務服がセクシーな職員さんのための」
「答は聞いてない!」
「そのネタ、もう古いわよっ!」
すこーん!
どこからともなく飛んできた杖が、蜘蛛型怪人の頭を直撃した。
くるくると宙を旋回してから、杖は、持ち主の白いうさぎの手に戻る。
「誰だ!」
「あんたなんかに名乗るのは勿体ないわ、クモ怪人!」
うさぎの背には翼があった。我らが聖なるうさぎ様レモンの、満を持しての登場である。
「リヒャルトがあたしを呼ぶ声が聞こえたから、来てあげたのよ」
「え……? 呼んでないような……。でも嬉しいよ、レモンさん」
「あたし今まで、こいつのボスと戦ってたの。今ここに至るまで、36523文字ほどの超絶大冒険をこなしたわっ」
「そうなんだ……」
「でもこれで大詰め。下がってらっしゃい、リヒャルト。岡持を守るのよ!」
「う、うん!」
レモンは高く杖をかざした。蜘蛛型怪人をきっ、と、見据える。
「――災いなるかな、罪の刻印を持つものよ」
おごそかにして清浄な声が響き渡る。
「千年の鎖に繋がれし古き獣の如く、仄暗く凍る宇宙に眠るべし。我が聖なる星の光もて、咎のくびきを打ち砕き、今、汝の墓をたてん」
そして!
杖からはまばゆい光が!
……出る仕様にはなっていないので、その代わりに。
「くらえぇぇ! 必殺奥義、ラビット流星拳っーーーーー!!!」
聖なるうさぎ様の拳が、ヴィランズに炸裂したのである。
「戦闘したら疲れちゃった。さ、早く対策課に出前を届けましょ」
レモンは翼を引っ込め、岡持の上に腰掛けた。
えっとあの、重い……とは、言えない。
言ったが最後、今度は間違いなく自分がラビット流星拳をくらうだろう。
「あ、あの……、前振りの文言と必殺技のギャップが……レモンさんらしいね……」
「あら! リヒャルトもお世辞が上手になったじゃない」
「……お世辞じゃない、けど……。その、助けてくれてありがとう」
「ふふん。困ってるひとを救うのは聖なる存在の使命よ!」
レモンは得意げに鼻をひくつかせ、胸を張ったのだった。
ACT.2★植村直紀の災厄
「毎度ありがとうございます。九十九軒ですー!」
「あたしのスマイルつきよ! 褒めなさい讃えなさい敬いなさい感謝しなさい! ……ふう、この台詞久しぶり」
勢いよく対策課に駆け込んだふたりを、珊瑚姫が両手を広げて出迎えた。
「おお、りちゃーど。れもんも一緒ですか。待ってましたえ〜! 妾に【大満腹せっと】をぷりーずですえ」
「あ、私、【スタンダードセット】です」
嘱託職員が片手を上げ、クラスメイトPは目を丸くした。
「え? 女性ふたりが大満腹とスタンダードなの? じゃあ、【小食さん向けプチセット】を頼んだのは」
「直紀ですえ〜。何やら食欲がないらしいのです」
ちなみに。
珊瑚姫の注文は、以下の内容に乗っ取っている。
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★九十九軒ランチメニュー★(出前可)
【スタンダードセット】
3/2ラーメン+特製ギョウザ3個+小ライス
【満腹セット】
ラーメン+特製ギョウザ5個+ライス
【大満腹セット】
全部乗せラーメン+特製ギョウザ8個+ライス
【小食さん向けプチセット】
半ラーメン+特製ギョウザ3個
※ラーメンは、味噌・醤油・塩よりお選びください。
※満腹セット・大満腹セットの大盛りは無料です。
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九十九軒のラーメンは、女性でも大盛りを頼むケースが多い。
小食さん向けプチセットはあまり需要がなかったので、いっそ廃止してしまおうかと親方が言っているほどだったのだ。
「プチセットしか食べられないなんて……。植村さん、そんなに調子が悪いんだ」
またも熱くなる目頭を押さえつつ、クラスメイトPは、当の植村を探した。
だが、対策課のトレードマークにもなっている中間管理職の背広姿は、どこにも見あたらない。
「あれ? 植村さんは?」
「はて? 今の今まで、かうんたーで依頼の整理をしていたのですがのう……。直紀〜。らーめんが届きましたえ〜」
珊瑚姫も、きょろきょろと辺りを見回す。
「ちょっとお、どこにいるのよ直紀。九十九軒の愛嬌0円に、聖なるうさぎ様クオリティが加わっているっていうのに!」
レモンはぷんすかしながら住民登録コーナーをぱたぱた飛び回る。
「うえむらは、そこだよー」
受付でベビーピンクの花を咲かせている人魚姫が、カウンターと事務机の間を指さした。
見れば、その隙間に挟まるようにして――
植村が、倒れていた。
顔色は蒼白で、額には脂汗が浮いている。
「わわっ! 植村さんっ」
「ちょっとやだ直紀。しっかり!」
「あ〜〜れ〜〜! 直紀がとうとう力尽きてしまいましたえ〜〜」
「何てことでしょう……。過労がたたったんですね……」
植村はしばらく身じろぎもしなかったが、口々に声をかけられ、ようやく薄目を開いた。
ゆるゆると、半身を起こす。
「……あれ? 私はいったい……? ああそうか、依頼整理の途中でしたっけ。うっかり気を失ってしまいました。そんな暇ないのに」
「休んでてください、植村さんっ」
立ち上がろうとする植村を、クラスメイトPが涙目で押しとどめる。
「働き過ぎて疲れがたまってるんですよ。僕にできることなら何でもしますから、言いつけてください」
「そうよ。依頼の整理も調査も解決も、あたしたちがちゃっちゃっとやっちゃうわよ」
「それが宜しい。ここはまかせて、直紀は会議室のそふぁで仮眠でも取りなされ」
「そういうわけには……。皆さんもお忙しいでしょうし……」
なおも植村は業務に戻ろうとする。クラスメイトPは必死に言いつのった。
「もっと自分を大事にしてください、お願いですから! 僕、植村さんのファンなんです! お役に立ちたいんです!」
「何ですってリヒャルト。あたしもよ! 直紀はリヒャルトには渡さないわ。あたしにも何か手伝わせなさいよ」
「直紀にはいつも世話になっておりますからのう〜。元気のでるおかゆなぞ、作ってしんぜましょうぞ」
「お気持ちはありがたいのですが……」
困惑する植村に、ムービースターたちは親切心もりもりで詰め寄る。
「ねー。ラーメンのびちゃうし、ギョウザさめちゃうから、たべとくね?」
はたと気づいたときには、人魚姫がどんぶりを抱えてラーメンをすすりギョウザをぱくぱく食べ、山田さんが皿をがじがじしていた。
「あ〜〜れ〜〜!! 妾の大満腹せっとがぁぁぁぁ〜〜!!!」
そんなこんなで。
抵抗し続ける植村を強引に会議室のソファに寝かしつけ、クラスメイトP・レモン・珊瑚姫によるプロジェクト【植村さんの仕事を代行したりおかゆを作ったりしちゃうぞ委員会】が結成されたのである、が。
当然ながら。
風雲急を告っちゃう(くどい)こと必至なわけで。
ACT.3★泥沼スパイラル
――Mission1:電話受付による依頼整理――
「は、はいっ! 毎度ありがとうございます、出前迅速・愛嬌0円九十九軒じゃなかったえっとえっと、そう、対策課です対策課。あああっ、電話切れちゃった」
「はいな。こちら、萌え〜なうえいとれすがてんこ盛り、かふぇ・すきゃんだるですえ〜。っと、間違えました妾としたことがっ。童顔総料理長が売りのひとつ、銀幕べいさいどほてる……じゃなかった、美形どくたーを求める貴女に銀幕市立中央病院、でもなくって、美★ちぇんじの聖地『楽園』でもありませんな、はてさて」
「もう、やあね。何やってんのよふたりとも。電話受付ってのは、こうするのよ。――はい、こちら対策課。ふふん、あんた運がいいわよ、あたしに電話を取ってもらえるなんて。何があったの? ……はぁ? 朝起きたら、六畳一間のアパートに美少女宇宙人が出現していた? ところであんた独身? そう、ごく普通の男子大学生……あのね、そういうのはムービーハザードじゃないの。単にラッキーっていうのよ。銀幕市民で良かったわね。素敵なラブコメに発展することを祈ってるわ。じゃあね♪」
――Mission2:悪役会との折衝――
「こ、こんどこそっ。はい、こちら対策課ですっ。……ううう、やっと言えたー!」
「良かったですのう、りちゃーど。立派ですえ〜」
「ありがとうございます、珊瑚姫さん」
「きっと直紀も喜んでくれますえ。のう、れもん」
「いいからその電話かしなさいよ。もしもし? あ、あら、悪役会のD親分」
「ええっ、D親分から?」
「何があったのですかえ?」
「親分、いったいどんな事件が……こみ入った話? 直紀と直接話したい? んっと、それがねえ、直紀はちょっと具合悪くしちゃって会議室で仮眠取ってて……え? そんなに重病じゃないわ、そこまでしなくていいのよ大丈夫だから、大丈夫だってば!」
「どうしたの、レモンさん」
「何だかねぇ、親分が直紀のことをすっっっっごく心配しちゃって。悪役会総動員して花束と果物かご持ってお見舞いに来るっていうの」
「さりげに直紀は人気者ですのう……」
「うわぁぁぁ〜〜〜。もう来ちゃったよ。すごい人数!」
「……あっらぁ……。あっという間にお見舞いの山に埋もれちゃったわねえ。直紀ぃ、生きてるぅ?」
――Mission3:元気の出るおかゆ作成――
「そうだわ、おかゆよおかゆ。直紀におかゆ作んなきゃ」
「そうですな。電話受付も大事なれど、やはり病人は看病しませんと。市役所の給湯室を拝借しましょうぞ」
「でもおかゆって、どうやって作ればいいのかな?」
「妾にまかせなされ! 生米を用意して、具材は……と」
「消化が良くて、栄養があるものがいいわね」
「閃いた! キノコ! キノコだよやっぱり」
「ないすあいであですえ。しいたけと、しめじと、えのきと」
「あと、マッシュルームもいいんじゃない?」
「まずは玉葱をみじん切りにして、鍋におりーぶ油を入れて炒めて〜」
「玉葱が透きとおってきたら、キノコを入れてさらに炒めて」
「キノコがしんなりしてきたら、白ワインを振ってアルコール分を飛ばすんだね」
「生米を加えて炒めて半透明になったら、熱々のすーぷをお玉一杯」
「米がスープを吸ったら、また入れて」
「少し芯が残るくらいのアルデンテがベストだね」
「さて、火を止めたらば、粉ちーずと」
「バターを乗せて」
「パセリを散らして完成だ☆」
「……………てゆうか、これ、おかゆじゃなくてリゾットじゃない?」
「ボリュームたっぷりになっちゃったね……」
「元気のある人にしか食べられませぬのう〜」
★ ★ ★
「いえ、もう……本当に、お気持ちだけで……」
差し出されたリゾットのもわ〜〜んとした濃厚さに、植村の顔色は一層、青ざめてしまった。
クラスメイトPは、がっくりと肩を落とす。
「……全然役に立たなくて、すみません……。電話受付はうまくいかないし、依頼の掲示をしようとしたら、いきなり市役所に竜巻が発生するし、せっかくお見舞いに来てくださった悪役会の皆さんも、竜巻に巻き込まれて遥か彼方に飛んで行っちゃったし」
「リヒャルトが悪いわけじゃないでしょ。頑張ってるじゃない」
「そうですえ〜。りちゃーどの思いやりはぎゅんぎゅん伝わって、直紀を癒しているではありませぬか。そうですな、直紀? そうだと云いなされ!」
「も、もちろんです。おかげさまで、ほら、もうこんなに元気になって……う、ちょっと失礼、洗面器を」
粉チーズとバターとついでにラーメンとギョウザの香りが合わさって、もう市役所中が病人にはきっつい空気になっている。
洗面器を抱える植村の背を、レモンと珊瑚が交互にさすった。
その様子を見やり、クラスメイトPはうつむく。
「僕がいけないんです。何でも裏目に出ちゃう体質だから」
「……Pさん、そんなことは」
「ずっと、思ってたんだ。僕って何だろうって。みんなに迷惑かけるばっかりなら、ヴィランズですもんね」
「ちょっと、なに言いだすのよ」
「これ、りちゃーど」
唇を噛み、両手を握る。茶色の瞳に、涙が浮かんだ。
「あは……。僕、もしかして、銀幕市にいないほうがいいのかも知れない。どうして実体化してしまったんだろう」
「りちゃーどや。そのように考えてはなりませぬえ」
「そーよ、リヒャルトの馬鹿ぁ!」
しぱーん!
レモンは平手打ち(?)を放った。
クラスメイトPの頬にくっきりと、うさぎの肉球跡がつく。
「……レモンさん」
「ちっちゃい神様がやらかしたことに凹んでたって何にも解決しないでしょう? あんたがいい子だってことは、みんなが知ってるわ。あたしだって保証する」
「そうですえ〜。りちゃーどは銀幕市一の癒し系ですえ」
「……うう」
「ほら、泣かない泣かない。さあ、おかゆ作りに再度挑戦よ!」
「そうそう、今度こそ、直紀が美味しく食せるおかゆを作成しましょうぞ!」
「……あの、ですから、お気持ちだけで……」
――Last Mission:身体に優しいおかゆの作成――
「濃い味はパスなのよね? あっさりした具材を使いましょうよ」
「『菜っ葉のおかゆ』は如何ですかの? 大根の葉や七草を入れるのです」
「それいいかも。食べやすそう」
「菜っ葉類は水洗いして、熱湯でさっとゆでて」
「粗熱が取れたら、水気を絞って細かく刻みますえ」
「えっと、土鍋にお米と水を入れて、強火にかけるんだね」
「ふいてきたらとろ火でしばらく炊いて」
「火を止めて蒸らしてから、菜っ葉類を加えてひと混ぜ」
「できたぁ!」
「お好みでちりめんじゃこを加えても美味しゅうございますえ〜」
★ ★ ★
窓を開けて換気をした会議室に、できたてのおかゆの、優しい香りが漂う。
「……美味しいです。ありがとうございます」
艱難辛苦を乗り越え、七転び八起きの末に、ムービースター3名は、植村からようやく笑顔を引き出したのだった。
ACT.4★我が愛しきムービースター
――翌日。
体調が回復した植村は、対策課という戦場に復帰した。
事務机には山積みの書類。鳴りやまぬ電話。
いつもの光景である。
「はい、こちら対策課。え? クラスメイトPさんが巨大なバナナの皮ですっころんで巻き込まれた珊瑚姫さんが自転車を蹴り上げて九十九軒の岡持が宙を飛んでレモンさんと山田さんが何故かペス殿に追いかけられてる? あなたは……? 通りすがりの一市民? ああ、何よりですねえ。銀幕市は今日も平和なようで……」
穏やかな笑顔で、植村はかたんと受話器を置いた。
同僚たちが顔を見合わせて目を見張る中、大きく伸びをする。
……平和?
そんなことはない。あり得ない。今日も対策課の掲示板を埋め尽くす事件を見よ。
そして、あの『穴』は?
――だが。
彼らは、この街にいるではないか。いてくれるではないか。
これを「平和」と呼ばずして、何と呼ぼう?
いつか彼らがいなくなるかも知れないと、考えただけで胸が痛む。
はた迷惑なトラブルメーカーのムービースターたちに振り回される日々が、ずっと続けばいいのにと――
「植村さん? どうしました?」
眼鏡を押し上げ、指先で目尻を拭った植村に、同僚が気遣わしげに問う。
「何でもないです。病み上がりのせいですかね、涙もろくなって」
★ ★ ★
植村の席のデスクマットには、何枚かの写真が挟まれている。
そのうちの1枚は、珊瑚姫が撮影した写真である。
【特別に焼き増ししますえ〜。具合が悪いときはこれを見て癒されなされ!】と裏に記されたそれは、出前途中らしいクラスメイトPと、一緒に自転車に乗っているレモンが手を振っていた。
――Fin.
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クリエイターコメント | 大変お待たせしました〜。この度は素敵ハートフルストーリーをご依頼下さり、ありがとうございますっ! 植村さんのムービースターに対するスタンスは記録者の独自解釈なのですけれど、「いなくなる日のことを想像しただけで泣けちゃう」くらいには愛情を持っているのではないかと思います。 ていうかもう、記録者ももう、最後のくだりを書きながらシンクロして涙ぐんじゃってもう。 |
公開日時 | 2008-02-11(月) 22:10 |
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