★ 【万聖節前夜祭にて】騒がしき盗賊、湖畔で祭を開催す。 ★
<オープニング>

 肌を焼くような暑さが遠ざかり、秋の気配を感じ取れるようになってきた今日この頃。
 時は万聖節前夜……世に言うハロウィンである。
 その浮き足立つような賑々しい空気の中、血相を変えて対策課に飛び込む女が一人。
「直紀さん!」
 飛び込んできたのは、盗賊団【アルラキス】の一人・ベラだった。
 名字、という感覚が稀薄らしい彼らは、名前で呼ぶことに頓着などしない。
「ああ、ベラさん。お体の調子はもう」
 いいんですか、と続けようとしたところで、ベラは彼の手にストマライザー10を押しつけ、言葉を続けた。
「大至急、人を集めて! 出来れば戦闘が出来る人たち! ダイノランドに急いで!」
「は、はい?」
 あまりに急なことで、植村はきょとんとベラを見返した。ベラは、だから、と息巻く。
「大急ぎで、人を集めて欲しいの! 『龍闘祭』があるの!」
「り、りゅうとうさい?」
 植村が聞くと、ベラは僅かに笑って、しかし切迫感のある顔で頷く。
「今までは【アルラキス】全員であたってたんだけど、銀幕市にはお頭と私と、あと二人しかいないから……どうしても助けが必要なの」
「二人?」
「アルディラ兄さんと、セイよ」
 実体化している【アルラキス】のメンバーは五人のはず。あと三人ではないのか、と思って聞いたのだが。困惑したような植村に、ベラはああ、と頷く。
「『龍闘祭』ってね、【アルラキス】の三大祭りの一つなの。これは、暴れるドラゴンを袋叩きにするっていうお祭りなんだけど」
「は?」
「そのドラゴンっていうのが、ハリスなのよ」
 数瞬の間。
「――ええっ?!」

 ベラが言うには、ハリスはドラゴン族の生き残りなのだという。
 ドラゴン族とは、膨大な魔力を持つが故に人の言葉を解す、動物よりも精霊に近い、こちらでいう蛇のようなものらしい。卵から生まれ、初めはそれこそ蛇のような姿をしている。違いがあるとすれば、頭部に角が二本と、胴体に前足・後ろ足の生えていることだろうか。やがて鬣が伸び、いわゆる『龍』のような姿になり、そして翼が生えるのだそうだ。
「ハリスの髪は、鬣だからね。鬱陶しいから切ろうと思ったら、すごく怒られたわ」
 そして、五つを数える頃に、人の姿をとるようになるという。

「だから、ハリスは暴れるの」
「いえ、あの、“だから”に繋がるところがよくわからないのですが……」
 だから、とベラは溜め息を吐く。
「ドラゴン族は卵から生まれる蛇なのよ。蛇は脱皮するものでしょう?」
「はあ」
「脱皮って、瘡蓋が剥がれるようなものじゃない。ハリスはそれがダメなのよ。だから、暴れるの」
「……ドラゴンに変身して、ですか?」
 当たり前でしょ、とベラは横目で植村を見る。
「人間の姿で、脱皮なんか出来ると思う?」
 それはそうなのだが、と植村は困惑の色を隠せない。
 脱皮のために暴れるドラゴン族のハリス。そのハリスを抑えるために、戦える者を集めて欲しいという。しかし、たかが脱皮の為に、血相を変えてくるほどのものがあるのだろうか?
 植村の心境を察したのか、ベラはもう、と市役所の受付台を叩く。
「ハリスは五年前の脱皮で、銀幕市の倍くらいある街を二つ潰して、銀幕市ぐらいの湖を干上がらせたのよ!」
 切実な、痛切な絶叫にも近いベラの声に、市役所の中は騒然とした。
「それがあってからは『龍闘祭』はこの季節になると、人が少ないウェルー地方に行って、セイが結界を張ってハリスの脱皮をしてきたけど、ここは人がたくさん住んでる街でしょう? でも、私たちはここから出られない。ダイノランドは人がいない、って聞いたから、何日か前に移動したわ。でも、ハリスの脱皮に私たち四人じゃ抑えきれないの。出来れば無傷で脱皮させてあげたいし、お願い、人を集めて!」
 呆然となる植村に、ベラは声を落とす。
「……ハリスだって、暴れたくて暴れてるわけじゃないわ。周りにはすごく迷惑だけど、でもハリスを日頃の鬱憤晴らしに殴るっていうのも、ストレス発散になるし」
「え、ええと……」
「それに」
 一呼吸置いて、ベラは植村の目を真っ直ぐに見る。
「ハリスの抜け殻、美味しいの。冬に向かうには大事な食料になるわ。それから、ドラゴン族の抜け殻って貴重で鱗も綺麗だから装飾品にもなるし、結構高価なものだから、毛布とか上着とか色んなものと交換できるの。今のアルバイト料じゃ、この冬を越せるのかわからないから、ここは食糧確保のためにも気合い入れなきゃいけないのよ」

 銀幕市にとって切実なドラゴンが暴れるという事実。
 しかし、それを鎮めたいと願う【アルラキス】の本音は、日本という現代に生きる者にとっては非常に理解しがたいものであった。
 が、だからと言って放って置くことも出来ない。何せ、銀幕市の存亡をかけているかもしれないのだから。

「あの……皆様。どうか、ご協力お願いします……」

 ストマライザー10を抱えた植村の横で、ベラが港で待ってるわ、と駆けていった。

種別名シナリオ 管理番号250
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
クリエイターコメントこんばんは、当シナリオをご覧頂き誠にありがとうございます。
木原雨月です。

さて、前置きがずいぶんと長くなりましたが、そしてハロウィンと何の関係があるのやら、という此度のシナリオでは、盗賊団【アルラキス】の『龍闘祭』にご参加いただくことになります。
内約は、ハリスの暴れ回る脱皮を無事に終わらせて欲しい、ということです。
その激しさは、ご覧頂いたとおりでございます。
補足いたしますと、ハリスは全長30メートル程のドラゴンに変身します。また、水の眷属ですので、水及び氷を操ります。鱗は硬く、爪や牙も鋭いので、ご注意ください。

基本的には、ベラと共にダイノランドへ渡ることとなりますが、それ以外でも勿論構いません。どうぞご自由になさってください。
銀幕市を守るため立ち上がってくださるもよし、ストレス発散するもよし、ドラゴンとの対決を楽しむもよし。
皆様のプレイングを楽しみにしております。

それから、こそっとベラが言っているように、セイリオスがダイノランドに結界を張りますので、よほどの事がない限り、銀幕市に被害は及びません。
しかし、参加されたPC様は怪我をする可能性がございますので、その点をご留意いただき、ご検討いただければと思います。
それでは、宜しければご同行の程よろしくお願いします。

参加者
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
黒 龍花(cydz9334) ムービースター 男 15歳 薬師見習い
李 黒月(cast1963) ムービースター 男 20歳 半人狼
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
麗火(cdnp1148) ムービースター 男 21歳 魔導師
<ノベル>

 街は浮かれていた。
 様々に仮装し、菓子を求めて練り歩き、もしくは家にて尋ね来る隣人達を心待ちにする。
 そんな中、シュウ・アルガは魔法使いのような長いローブに、カボチャの飾りが付いたとんがり帽子、白くて長い付けヒゲという格好で闊歩していた。
 もちろん、ただ楽しんでいるだけではない。彼には、ハロウィンというイベントでやっぱり忙しい対策課にピザを届けるという、大義があるのだ。この仮装はいわば、店のサービスというやつである。
「ちわーす、ピザのお届けで」
「おーっほほほほほ! このレモン様が来たからには脱皮なんてあっという間よ! さあ、殴って殴って食べるわよーっ!」
 扉を開けた瞬間に響いてきたのは、威勢のいい女の声だった。面食らって声の主を捜すと、そこには黒髪の男が二人と、狸とうさぎがいた。
「レモン、気合い入ってんなぁ」
 ほてりと後ろ足だけで立つ狸がレモンと呼んだそれは、うさぎだった。しかも、ただのうさぎではない。いや、喋る狸というのもただの狸ではないのだが。ともかくそのうさぎは、ゴシックロリータに、ハロウィンだからなのだろう、魔女ッ子テイストを加えた服に身を包み、ふふん、と不適に笑っている。
「当然でしょ! まさかハロウィンでこんなエキサイティングなことできるなんて思ってなかったし。日頃のストレス発散っていうか、むしろ抜け殻うふふふふふ」
 どうやら、先ほどの威勢のいい声はこのレモンだったらしい。
「……理由はともかく、貴女がいてくださるのは心強いですね」
 黒い髪の男が、青い双眸を微かに細めてレモンに視線を合わせるようにしゃがみ込む。レモンは気を良くしたようで、再び高笑いをした。
「あ、シュウさん、ですか?」
 シュウに気付いて声を掛けたのは、黒い髪に赤い双眸を持つ少年――黒 龍花だ。その声に、一人と二匹もまた振り返る。そこでシュウは我に返った。
「おう、みんなどうしたんだ? 妙に気合い入ってっけど」
「あんたも十分気合い入ってると思うけど」
「バイト中なんだよ。仮装はサービスってやつで、オレは魔法使い。で、お前らは?」
「これからドラゴンたいじに行くんだ。せーかくには、ハリスのだっぴの手伝いだけどな」
「脱皮?」
 これには、黒月が答える。
「盗賊団【アルラキス】のハリスという青年がドラゴン族で、今の時期に脱皮をするそうなんです。しかし、非常に暴れるそうで、それを抑えるためのお手伝いに行くんです」
「ワタシの世界、ドラゴン、唯一の存在です。ドラゴン、世界です。だから、見る出来ない、ワタシ、見たいから、参加しました」
 龍花の言葉に、レモンはふふんと笑う。
「私は当然、抜け殻目当てね。ベラが言うには、美味しいらしいから」
「そういうの、食いいじがはってる、って言うんだぞ」
「太助にだけは言われたくないわよ」
 きゃあきゃあと騒ぐ二匹に、黒月が僅かに目を細める。彼は、動物が好きなのだ。
「へーぇ、そりゃ面白そうだなぁ。よっしゃ、オレも一緒に行くぜ」
 シュウの言葉に、龍花がふいと首を傾げる。
「シュウさん、バイト、よい、ですか?」
「電話かけときゃ平気だろ。あ、植村さん、ピザここに置いてくから。代金は後で取りに来るからよ」
 植村は疲れからだろうか、クマの出来た顔を僅かに弛めて頷いた。

 ダイノランド行きの船が出ている港へ着くと、白い髪を潮風に靡かせて、ベラが待っていた。その顔には焦燥とも悠然とも取れるような、微妙な表情が浮かんでいる。
「よー、ベラ。ひさしぶり」
「久しぶり、太助さんも来てくれたの」
 しゅたっ、と手を挙げる小さな友人に、ベラはその小さな手を握って、微笑んだ。
「太助だけじゃなくってよ! このレモン様を忘れてもらっちゃ困るのよ! 褒めなさい称えなさい敬いなさい感謝しなさい!」
 ずずいと前へ出たゴスロリ魔女ッ子うさぎ、レモンはベラの鼻先にびしぃっと指を突きつける。数瞬、目を丸くしたベラだったが、ふと微笑んで、その手を握る。
「レモンさんね、可愛らしいうさぎさん。素敵な衣装ね」
「よくわかってるじゃない、いいわ、許すわ。もっと言いなさい!」
「あははは、本当に可愛いな。来てくれてありがとう、今日はよろしくね」
 ふふん、と笑うレモンに、ベラはその小さな頭を撫でる。そして男性三人に目をやった。すと前に出たのはシュウだ。ヒゲと帽子は外しているが、ローブだけは羽織ったままである。
「オレはシュウ・アルガ。シュウって呼んでくれな! やぁ、こんな可愛い女の子が盗賊だなんて信じられないな。ところで、このあと」
「シュウさん、そういう見苦しいことは別でやってくださいね。初めまして、ベラさん。私は李 黒月と申します。今回はどうぞ宜しくお願いいたします」
 がくりと肩を落とすシュウの横で、何もなかったかのように黒月は軽く頭を下げる。後ろで括った長い黒髪が、さらりと流れた。
「ええ、よろしく。頼りにしてるわ、シュウさん、黒月さん」
 にこりと微笑むと、シュウはへらりと笑って黒月を小突く。呆れ顔の黒月の横で、龍花が前へ出た。
「黒 龍花、です。ドラゴン、見る出来る、聞きました。ドラゴン、ハリスさん、聞きました。ワタシ、ハリスさん、知るです」
 龍花、と聞いて、ベラは手を打った。
「あなたが、ロンファさんね。ハリスから聞いてるわ、武術に長けた人だって。それから、薬草に詳しいって。怪我をするから、あなたがいれば安心ね」
 ベラの笑顔に、龍花はにこりと笑い返したが、シュウや黒月は思わずベラを振り返った。
 ――怪我をするかもしれないから、じゃないんだ……。
 太助は最初に犬呼ばわりされたせいか、また【アルラキス】のメンバーはそんなもんだ、と知っているせいか、あまり気にした様子はなく、レモンはむしろ燃えていた。
 なんだか妙な疎外感を感じていると、ベラが船に歩を進めた。
「それじゃ、早速だけど行きましょう。実は、あんまりのんびりしてられないの」


 ◆ ◆ ◆


 鬱蒼と緑が茂ったジャングルの中、怪しげな怪獣たちの可笑しな鳴き声が響く中。その大きな湖では、秋の日差しを受けた湖面がキラキラと輝き、ぱしゃりと魚の撥ねる可愛らしい音が――
「死ねオラァァアアアアアアッッ!!」
 ――するわけがなかった。
 ごぉうと炎が逆巻き、蛇のような石竜子のような、とにかく表面を鱗が覆った巨大な爬虫類――ハリスに絡みつく。金の瞳を爛々と輝かせて、蒼い鱗を水に煌めかせながら、それは炎から逃れるように体をくねらせ、水面を叩く。
「セリス、張り切るのはいいんだけど、本当に殺さないように気をつけるんだよ」
 シャガールは紐の先端に錘を付けた、流星錘と呼ばれる投擲武器で、湖から這い出たハリスの首を締め上げる。それは、鳥のような鈴を転がしたような、どこか耳に心地よい高い奇声を上げて、暴れ回る。振り回されるままに紐にすがって宙を舞い、巻き付けた流星錘を回収して地に降りた。
「ハッハァーッ! お頭には言われたくねぇよなぁ、セイ?」
 自分の身丈と同じぐらいの斧を水平に構え、アルディラは横に振り切る。唸りをあげて振られた斧によって発生した鎌鼬は、水面をざわめかせて真っ直ぐハリスに向かう。と、水壁がそそり立ち、飛沫を上げる。グラスハープのような高い音がして、鱗が剥がれ落ちていく。
 アルディラは舌打ちをして、斧を構え直す。
「くっそ、去年より硬くなってんじゃねぇのか、あの皮」
「まあ、毎年成長してるわけだし、それは仕方ないね」
 ハリスの放つ水砲を避けながら、シャガールは悠長に笑った。
「死ねクソ野郎がぁああああっっ!」
 その先で、セイリオスが再び炎を腕に絡ませセリスに向かって投げ飛ばした。深紅の瞳が煌々とし、黒い髪は風も吹かないのにざわめいていた。
「セリス、勢い余って周りを焼かないように注意するんだよ」
 二度目の注意も、やはりシャガールは暢気でどこかずれている。
「お頭ーっ!」
 聞きなれた声に振り返り、その後ろに人影を認めてシャガールは微笑んだ。
「やあ、よく来てくれたね。よろしく頼むよ」
 思いは様々だろうが、確固たる意志を感じる瞳の持ち主たちに、シャガールはやっぱり暢気に手を振る。
「あのー、さっき死ねとか聞こえたけど」
 シュウが恐る恐る聞くと、シャガールはあっけらかんと笑って答えた。
「セリスが張り切っててね。まぁ、殺すくらいのつもりでいないとこっちが危ないからね」
 と、その、瞬間。
 シャガールのほぼ真上から巨大な水玉が降ってきた。いつの間にか空に上がったハリスが撃ちだした水砲だ。流星錘を構えたところで、横からの衝撃で水砲が砕け散る。見れば、龍花が右手を突き出しそして着地するところだった。掌底だ。
「ありがとう、ええと」
「黒 龍花、です」
 にこりと笑った彼に、シャガールは、ああ君が、と呟く。
 水砲を砕かれたと知ってか、ハリスは咆哮をあげる。透き通った、美しい声だった。聞いているこちらが泣きだしたくなるような、切なげな声だと。
「なによ、殴りにくいじゃない」
 ぽつりと呟くレモンに、勢いよくシャガールたちは振り返った。
「ネズミが喋った!」
「誰がネズミよ、このハゲっ!!」
「ぐは」
 レモンの飛び蹴が、綺麗にアルディラの鳩尾に決まる。
「何してるの、アルディラ兄さん」
「ざまあ見ろ、ハゲ」
 ベラとセイリオスが順にアルディラを突つき蹴飛ばすが、アルディラは呻き声を上げるだけで動かない。
「可愛くて強いなんて、すごいね。これあげるよ」
 言いながら、シャガールは光る粉のようなものをレモンの腕や足元に振り掛ける。粉は光を弾いて、きらきらとレモンの衣装を彩った。レモンはあら、と胸を張った。
「あんたはよくわかってるじゃない。仕方がないから自己紹介してあげるわっ! 聖なる者の使い、うさぎのレモン様よ! 褒めなさい讃えなさい跪きなさい敬いなさい!」
 ポーズを決めるレモンに、わー、と拍手をするシャガール。その横で、アルディラはいまだに悶絶していた。
「和やかなのはよいですが、……来ますよ」
 黒月の声で、レモンたちは振り仰ぐ。
 二回、三回と旋回したハリスは、鋭い牙の並ぶ顎を剥いたかと思うと、突如として急降下してきた。
 その牙を受けたのは、地を蹴り木々を足掛かりにして宙を舞った黒月の、疾くそして重いトンファーの一撃。しかし重力を味方に付けたハリスの勢いは止まらない。小さく舌打ちをしたとき、下から声が聞こえた。
「いんよーごぎょーなら、水に土は勝てるぞ! ……たぶん」
 現れたのは、ハリスに負けず劣らず巨大な竜だった。がっしりとした体に、ワニのような鋭い牙を備えたその姿に、可愛らしい魔性のお腹を持つ狸の面影はない。
「太助って、狸なだけじゃなかったのか」
「おうっ、化けだぬきってやつだ」
 セイリオスの驚いたような顔と声に、太助は満足そうに竜の顔で笑った。
 そんな太助を見やって、黒月はトンファーで牙を弾き、ハリスから離れる。木の中に突っ込んだが、それが着地時の衝撃を和らげた。
 ハリスは勢いを増して、真っすぐに太助へと突っ込んだ。太助も避けたりはせず、真っ向からその牙を受け止める。そこに、レモンが信じられない脚力で飛び上がり、美しい弧を描いて回し蹴りをハリスの脇腹に決めた。ハリスの体制が崩れる。竜の姿をした太助の手からハリスが離れるのを、シュウは見逃さなかった。
「――燃え尽きろ」
 ばちん、とはぜる音がして、ハリスの体を舐めるように炎が這っていく。ハリスは奇声を上げて頭から湖に突っ込む。水柱が立ち、散った飛沫に太陽の光が反射して虹が掛かった。
 それを見守りながら、シャガールは目を細める。
「やあ、強いね。これなら早く終わりそうだ。――セリス、結界を頼むよ」


◆ ◆ ◆


「なんだ、あれ」
 白い肌に赤い髪が映える、ノルディック系の顔立ちに眼鏡をかけた青年は、街の喧騒から離れた浜辺を歩いていた。その赤い瞳の先、巨大な島の一角に、見慣れないものを見つけて足を止めたのだ。彼――麗火に纏わりつく焔が何事かとせっつく。風は興味深そうにひょうひょうと視線の先を共に見やった。
 麗火は、焔と風という精霊ともいえる存在に、絶対的かつ一方的に愛されるという、変わった体質を持つ魔導師だ。
「焔、あれ、おまえに近い存在の結界じゃねぇか?」
 聞かれて、焔はそちらを見たようだ。焔と風は、視覚的に見ることも触ることもできない。ただ、感情のようなものを “感じる”だけである。
 焔は不満げに、否定はしないものの肯定もしない。むっつりとそれを見やっている。それを感じ取って、麗火は口角を歪めた。
「……面白そうじゃねぇか。行ってみるか」
 麗火の言葉に、焔はいっそう眉根を寄せる。否定をしておけばよかったと、いまさら後悔しても遅い。
「風、行くぞ」
 その言葉で、風は麗火の体を宙に浮かせる。焔が不満そうにしているが、しっかりと麗火にくっ付いていた。

「……おい」
 麗火の低い声に、風はくるくると回っておどけてみせる。
「てめぇ、わざとか!」
 砂浜に転がされた麗火は、砂に足を取られながらも立ち上がる。違うよ、というように風は小さな旋風を起こし、彼に張り付いている砂を払った。焔は何やら風に文句を言っているようだが、風はどこ吹く風といったように、くるくるとおどけてみせるだけだ。
 麗火がいるのがダイノランドだったのならば、まだ許せた。が、そこは対岸。要するに、銀幕市側の星砂海岸だ。堤防から砂浜へとダイブしただけなのだった。
 苛立たしげにざっかざっかと砂浜を歩き、麗火は港を目指す。
「魔導師なのに何でこんな苦労……ッ!!」

 港から船を出してもらい、ようやく辿り着いたダイノランド。麗火は深い溜め息をつき、改めて結界を見やる。ぱっと見たところ、やはり炎により作られた結界だ。しかも、巨大で強力な。
 麗火はそっと結界に触れてみようと手を伸ばす。と、結界そのものから炎が噴出し麗火を覆った。麗火は驚き後ずさる。もちろん、焔に愛された彼に、火傷や髪の毛一筋の焦げ痕などはない。
「触れてもないのに防衛機能が発動すんのか……すげぇな、誰が張ったんだ?」
 興味津津で再び結界に近寄ろうとしたところで、焔が喚く。自分とて、これくらいの結界は張れると言いたいのか、それとも炎が主を呑み込もうとしたことに憤っているのか……恐らくは両方だろうが、ともかく焔はもう麗火をこの結界に近づけたくないようだ。
「――結界に触ったのは、おまえか」
 突然の声に、麗火は鋭い視線をやる。そこにいたのは、赤銅の肌に黒い髪、血のように煌く瞳をした少年だった。いや、実際に血で赤いのかもしれない。彼の額や腕からは、行く筋もの地が流れ出ていたのだ。
「ああ。……この結界、おまえが?」
 少年は無言で頷く。この怪我で、いまだにこの巨大な結界を維持しているのかと思うと、麗火は唸る他なかった。焔がざわざわと殺意をむき出しにすると、少年はふと目を細めた。
「おまえ、変なモン連れてんのな」
「わかるのか?」
 聞くと、少年はふいと視線を麗火ではないところへと向ける。見えるわけではないのだろうが、その辺りに焔がいることを感じ取れているのだろう。じっと見つめられて、焔の殺気が僅かに揺らいでいる。
「おまえ、対策課から来たのか?」
「いや……こんなところにでっかい結界が張ってあるから、何があんのかと思ってな」
 言うと、少年は今度は麗火の目をじっと見る。麗火は少しばかり驚いたが、目を逸らすこともせずに赤い双眸を見返した。それを見つめ合っているととったのだろう、焔が再び地団太を踏み始めると、少年がふと頷いた。すると、麗火のすぐ目の前の炎の壁が、麗火が通れるだけの穴を開けた。
「来いよ。そこの炎を暴れさせてやる」
 突然の申し出に、麗火は驚く。普段、抑えていないととんでもないことをやらかす焔を暴れさせていいとは、こちらとしては願ったり叶ったりではあるのだが。
 そんなことを思っていると、透き通った美しい音が響いてきた。風が、はっとしたように空を振り仰ぐ。結界の天井部分が、炎を吹き出している。少年は小さく舌打ちをして、早く来い、と促す。言われるままに結界の中へと入ると、穴はすぐに塞がった。
「行くぞ。あのクソ野郎をぶっ飛ばさなきゃならねぇんだからな」
「なぁ、ここで何してるんだ? おまえ、その怪我は?」
 セイリオス、と短く名乗って、彼はにやりと笑ってみせる。
「ドラゴン退治」
「そりゃあ楽しそうだ」


◆ ◆ ◆


「おりゃあああああっっ!」
 太助は竜の姿でハリスとの格闘を続けていた。大きさが同等なのは太助だけで、ほかのメンバーでは押さえ込むことはできなかったのだ。眠りの魔法で大人しくさせようという試みも、ハリスには効かなかった。また、脱皮を手助けしようと鱗に手をかけ力を入れた途端に、狂ったように咆哮を上げ暴れ回ったので、結局は殴り倒して皮を少しずつ浮かせる、という方法に落ち着くしかなかった。
 しかし、その度に、ハリスの鋭い爪や牙が、木々や岩、また人を裂いていく。
 満身創痍。
 そんな言葉が、ぴたりとはまる状態だった。
「拉致があかないわねぇっ! っていうか、本当に効いてるのっ?!」
「効いてるけど、ハリィは体力があるからね」
 こんな状況でものほほんとしているシャガールに、レモンは小さな殺意を抱きながら横目でじろりと睨みつける。始めは真実楽しかったが、ここまで長引き、また相手にまるで堪えている様子がないのは、さすがに心が挫いていく。
 しかし、この攻防が長いのは一重に、遠慮があるからなのだろう、とレモンは思った。いかに巨大で暴れまわるドラゴンとはいえ、それは【アルラキス】のメンバーのハリスなのだ。盗賊たちは、それこそ遠慮も何もなく攻撃を繰り返している。本当に殺してしまうのではないかと、ひやりとした場面があったくらいなのだ。それでも、ハリスはぴんぴんとしている。お互いに、――暴れているハリスさえもが、楽しんでいる気配がある。
「殺すなよ、痕残すような火傷も作るなよ。それ以外なら何やってもいいぜ。許可があることだしな。――行け、焔!」
 聞きなれない声と共に、炎の塊がハリスの頭を覆った。ぎょっとして振り返ると、そこには先ほどから姿が見えなくなっていたセイリオスと、見たことのない男が炎の纏わりつく腕をハリスに向かって突き出しているところだった。色白の肌に赤い髪という派手な色彩が、赤銅の肌に黒い髪のセイリオスとは対称的である。
 頭を炎に包まれたハリスは、あの、何とも言えない咆哮を上げて、湖の中へと飛沫を上げて飛び込んだ。
「おー、すげぇ。本当に大丈夫なんだな」
「おう。まぁ、あんたの焔は妙に居心地悪そうだけどな」
「いつもは駄目だと言って止めてるからな。しかし、頭狙ったのは駄目だ。あれじゃ炎を吸い込んでヘタしたら死ぬ」
「あれくらい、平気だけどな。意外と頑丈なんだぜ、あのバカは。あんたが思ってるほど、あいつの炎は効かねぇな」
「そうか」
「おう。……殺すつもりでいけよ。焼き殺したかったら、もっと火力上げるんだな」
「……そりゃ、願ったり叶ったりだ」
 なにやら不穏な空気を醸し出している中で、ふいに大人の頭大の氷塊が二人目掛けて飛んで行った。赤髪の男は避けようともせず、ただ突っ立っている。思わず危ない、と声を上げそうになったところで、異変に気がついた。男の周りに、風が逆巻いている。それが氷塊の勢いを殺し、減速した氷塊を炎が一気に蒸発させた。
「いいな、あんたの。あんたのこと、黙ってても守りたいくらい好きなんだな、そいつら」
 セイリオスは盗賊らしい俊敏な動きで避けながら、しかし避けきれないものも当然あって、幾筋もの切り傷を作りながら笑ってそれを炎で蒸発させていく。
 男は頬を掻きながら、まあ、と言葉を濁しつつも風と焔に目をやる。
「困ることのほうが多いけどな。まぁ……悪い気はしねぇかな」
 言って、湖から鎌首をもたげたハリスに向かって再び焔を走らせる。今度の焔は、迷いは少ないようだ。男の言葉に、嬉しそうに応えているようだと感じた。
 レモンは溜め息をつく。
 ――これじゃ、私が馬鹿みたいじゃないの。
 そこまで思い至ると、レモンは何かが吹っ切れる気がした。
「そこのあんた! 名前はっ!」
 レモンの声に、赤髪の男ははたと目を丸くする。しかし、すぐに笑みを作った。
「麗火」
「レイカね、女みたいな名前ね! それはともかく、みんなで総攻撃するわよっ!!」
 ぐぐっと手を握るレモンに、太助が眉根を寄せた。
「総攻撃って言ったってな、相手はハリスなんだからな」
「そんな甘いこと言ってるから、いまだに脱皮が終わらないんじゃない! 疲れてきたし! 殴るしかないんでしょ?!」
 振り返った先には、シャガール。彼もまた、多少なりとも怪我を負っている。しかし、力強く頷いた。
「うん。もう本当に、殺しちゃおう、ぐらいの気持ちでやらないとね。たかが脱皮だけど、ハリィはドラゴン族だし。――ドラゴン族は、そんなに簡単な相手じゃないよ」
 その答えに満足そうに頷いて、レモンはびしぃっと指を湖に向ける。
「目標、ハリス! 攻撃方法、とにかく力の限りぶっ飛ばす! 巻き込まれないように各自テキトーに逃げること! 巻き込んだらゴメンってことで!」
「ははっ! わかりやすくていいな、それ」
 笑ったのは、シュウだ。いつの間にか杖を取り出している。
「まぁ楽しくさせていただきましたし、こちらも体力というものがありますからね」
 持ち前のトンファーの柄を捻り、刃を剥き出しにする。どうやら、彼も全力を出していたわけではないらしい。
「ドラゴン、素晴らしい、でした。ハリスさん、辛い、あるです。ワタシ、ハリスさん、手伝います」
 龍花はハリスと以前から親しかったという。非常に優れた身体能力を持ちながら、武器には体重が乗っていなかったのだろう。しかし、ぐっと棍を握りなおし、にこりと笑った。
「俺も混ぜてくれよ。必要なら俺の風に乗せて、あんたらが空を飛べるようにもできるし」
 ふわりと、風に乗って麗火が近くまでやってくる。“風に乗る”とは、そのまま言葉通りなのだろう。今、彼がそうしてきたように。
 そこにレモンがずずいと前へ出た。
「空を飛ぶことくらい、私の能力でだってできるのよ! 見なさい、この神々しい翼を!」
 くるりと回って示すレモンの背には、可愛らしい羽根がぱたぱたとはためいている。笑ってはいけない。この羽根は、素晴らしい速度でレモンの体を空中に運び、非常に重い一撃を与えるのだ。事実、その蹴りで何枚かのハリスの鱗は剥がれ落ちていっているのだ。
 太助はしばらく黙し、そして意を決したようにずん、と足を踏み出した。
「よっしゃ、いっちょやるかぁ! 覚悟しろよー、ハリス!」
 腕まくりのような仕草を巨大な竜がするものだから、思わずレモンは笑った。それにつられるように、あちこちで笑いが起きる。
 なんだなんだ、と目を丸くする太助に、また小さく笑いが起きた。
「――さて、祭も佳境だね」
 誰にともなく、シャガールは微笑んで呟いた。

 長い、攻防だった。
 しかし、それもこれで最後。ハリスもそれは感じ取っているのか、水面下からこちらを伺っているようだ。
 それぞれがもっとも得意とする獲物を手に持ち、湖をじっと見つめた。
 動いたのは、ほぼ同時。
 しかし、わずかにハリスが速かった。
 湖があっという間に凍りつき、氷壁がそそり立つ。それを太助が体重で砕き潰し、ハリスを押さえ込んだ、と思ったとき、その下腹をハリスの尾が叩いた。空が見える、と思ったときには、視界を横切って麗火が飛んで行った。
「暴れて来い、焔!」
 先の二度の炎よりも、さらに大きく激しい炎が湖全体を覆い尽くす。氷は解け、その氷に隠れるようにしていたハリスの体を這った。ただ、麗火のさっきの言葉を気にしてか、頭には炎は回っていない。
 そこを見逃さずに、レモンはたん、と跳躍する。跳躍する間にふわふわとしていた手足はすらりと伸び、長い耳の変わりに豊かな髪が流れる。そこには先ほどまでのうさぎはおらず、凛とした女性が真っ直ぐハリスの下顎に狙いを定める。
 その思わぬ変身に呆気に取られたのは、どうやらハリスだけではなかったようだが。
「――はっ!」
 凛とした声と共に、しなやかな唸りを上げて、レモンの脚がハリスの下顎を強打する。仰け反る形になったハリスの、焔が引いた背を駆けていた黒月と龍花がその背を殴打する。水面に叩きつけられた巨体が奇声を上げてのた打つ。弾かれた水が、まるで弾丸のように飛んでくる。逃げ場がない、思った瞬間、炎の壁が立ちはだかった。
「オレにも少しはやらせろよな」
 煌々とした瞳を細めて、セイリオス。
炎の壁を突破してきた弾丸の前に、にぃと笑ったアルディラがその巨大な斧を構える。
「俺だって、お前らと一緒にやりあってみてぇんだぜ!」
 足を踏ん張り、腰を捻り、唸りを上げて一気に振り切る。斧から発生した鎌鼬が、弾丸を吹き飛ばした。それと同時に、炎の壁を引き裂いて、ハリスの姿が見えた。
「俺の出番が来たんじゃないの!」
 シュウは引き裂かれた炎の合間を駆け抜け、杖に魔力を集中させる。
「――痺れちまいな!」
 杖を、振る。
 激しい閃光と爆音が轟き、稲妻が迸る。
 湖に半分身を潜めていたハリスは、水を伝った激しい電撃に、身体を痙攣させ、そして飛沫を上げて水中に倒れた。
「やべっ、やりすぎっ?!」
 シュウは慌ててベラを振り返る。ベラは笑っているだけで、怒っているわけではなさそうだ。それを確認して、湖に目をやる。黒月は盛大な溜め息と共に、呆れ顔でシュウを横目で見るが、シュウは笑って頭を掻くばかりだった。
 面々が水際まで近づく。水面はいまだ放電しており、とても触れるような状態ではない。
 その顔には、いささか不安の表情が混じっていた。それを見て取って、シャガールが微笑む。
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。――見て」
 シャガールの指差す先で、水面がゆらりと揺れる。ぱちん、と残りの雷撃が爆ぜたとき、水柱があがった。
 高く高く立ち上がった水柱の先に、悠然と翼を広げて舞う一匹のドラゴンの姿があった。
 中天を幾ばくか過ぎた日の光に反射した鱗が、螺鈿のように煌いている。
「綺麗……」
 思わず零したのは、うさぎ姿に戻ったレモンだ。シュウの視線が少し寂しそうだったのには、気づかないフリをした。
「ええ、本当に」
 それぞれに目を細めて、天高く声高く舞う蒼のドラゴンに、時を忘れて見惚れていた。


◆ ◆ ◆


「いってぇ!」
「ご、ごめんなさい。でも、効く、します」
「我慢だよ、我慢。男の子でしょ」
「お頭……」
「それにしても、この薬よく効くね。どうやって作るんだい? 今度教えてね」
「はい、喜んで」
「網! 網になって、太助! 沈んだ抜け殻掬うんだから!!」
「よっしゃ、任せろ!」
「なにぃ、ずるいぞ、動物ズ」
「おーっほほほほほほ、羨ましがってなさい!」
「おい、どうしたんだ、焔」
「いや……さっきドラゴンに見惚れていたのが駄目だったらしい」
「ふぅん。風は機嫌いいのにな」
「ハリスの声が綺麗だったからだろう」
「なぁ、ベラ。俺も鱗何枚か貰っていいか? ドラゴンの鱗からマジックアイテムを作ってみたいんだ」
「ええ、どうぞ。腰の辺りとか、首筋辺りは魔力が集中してるからいいと思うわ」
 ハリスが人の形に戻ったところで、怪我の手当や抜け殻の争奪戦など、先ほどまでとは打って変わって、和やかな時間が流れていた。
 きゃっきゃっとはしゃぐ彼らを見やって、シャガールは満足そうに微笑む。
「お頭ー」
 間延びした声に、シャガールは視線を外す。そこには脱皮したばかりの、少しばかり大人びた雰囲気をまとったハリスが立っていた。
「やあ、ハリィ。調子はどうだい」
「んー、まだちょっとビリビリしてるかなー」
 へらりと笑って、シャガールの隣に腰を下ろす。
 しばらくお互いに黙ったまま、笑い合っている彼らを眺めた。遠くでは火山が噴火するような音や、聞いたこともない獣の鳴き声がする。
 ハリスの抜け殻は激しい争奪戦のため、あっという間に集まったようだ。それぞれ思い思いに袋などに詰め込んでいる。もちろん、【アルラキス】のメンバーたちも、冬を越すための大事な食料を一緒になって奪いあっている。
 それはそれで、また微笑ましい光景だった。
 一段落したところで、太助がびしぃっと手を上げる。
「今日は徳利あんど丼だ。つまりジュースを徳利に、お菓子を丼にもらう日だ。お菓子たんまり持ってきたから喰おうぜー!」
「とっくりあんどどん?」
「とっくりあん、っていう、あんこか?」
「どどん、っていっぱいあるってことなのか?」
「いやいや、太助もだけどそれ全部違うから!」
「えっ、違うのかっ?!」
「え、違うの?」
「あんこは好きだぞ」
「いっぱいあるのはいいことだ」
「待て待て、だから違うって! 根本から違うんだって!」
「じゃあ……じゃあお菓子、丼に貰えないのか?!」
「いや、お菓子は貰えるけど丼である意味はないかな」
「じゃあ何に貰うんだ?」
「えーと……」
「とっくりあんどどん、って言うと貰えるのか?」
「とっくりじゃなくて、トリック! トリック・オア・トリート!」
「とりっくお?」
「あとりーと?」
「切るところが違いますよ。いいですか、今日はハロウィンと言って……」
 一段落と思ったのは、間違いだったらしい。今度はハロウィン談義が始まり、ボケではない本物のボケ倒しに、突っ込み陣は頭を掻き毟りそうな勢いだ。
「ねぇ、お頭ー」
「んー?」
「銀幕市って、面白いところだねぇ」
 どこか遠くを見るように、ハリスは金の目を細める。シャガールはぽんぽん、とハリスの頭を撫でながら、空を見上げた。
「そうだね」
 ハロウィン談義は、もう少し続きそうだった。

 了。

クリエイターコメントこんばんは、木原雨月です。
盗賊団【アルラキス】三大祭、『龍闘祭』は如何でしたでしょうか。
執筆者としましてはとっても楽しかったので、楽しんでいただければ幸いです。

最後になりましたが、当ノベルにご参加くださった皆様、心よりお礼申し上げます。
口調や呼び方など、何かお気づきの点がございましたら遠慮なさらずにご連絡くださいませ。
楽しい時間をありがとうございました。

この度はご拝読、本当にありがとうございます。
それではまた、何処かで。
公開日時2007-10-31(水) 21:10
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