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<ノベル>
私は記録者である。よって名は秘す。
今日も今日とて営業活動に邁進中な記録者のもとに、な〜んと、俺を取材してもよろしいぞという、あなたは天使ですねそうですねなメールが届いた。
銀幕市指折りの超絶癒しまくり集団、我らが小さいものクラブのたすーたいちょーこと、太助くんからである。
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From: 太助
To: mumei_no_kirokusya@ginmakujournal.com
Subject: カフェにいるぞ。取材に来いよ!
むめっち(註:無名の記録者の意だと思われる)へ
ぽよんす!
元気してるか? あいかわらずへんしゅうちょーにおこられてるのか?
今な、ユダっちと、まぁみぃむぅと、えりっちと、カフェでお茶してるんだ。
ユダっちのおごりで、ケーキとパフェ食べほうだいなんだぜ、へへっ。
教会の庭の手入れ手伝ったから、そのお礼だってさ。
むめっちも来れないかなって思って、後方のパソかりて、これ打ってる。
驚かせたいから、ユダっちにはないしょだ。
よかったら一緒にお茶しよう。
じゃあな。まってるからな!
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じぃぃぃ〜〜ん。
ありがとう太助くん。記録者、うれじい。
パソコン画面にほおずりしてるところを他の記録者に目撃され、ずざざざっと引かれてしまっても気にならないくらいうれじい。
サングラス+黒ショールの真知子巻き+黒コートの定番ファッションで、いますぐにでもカフェ・スキャンダルに駆けつけたい。
……しかし、である。
おなじみの子猫まぁみぃむぅはいいとしよう。そして、えりっち――これは昴神社の巫女で、先日、ひとりだけ洗脳が解けたエレクトラ、月由えりか嬢のことと思われる――も、取材対象として興味深い。
だが。
ユダ神父となごやかにお茶ができるかどうか、記録者、ちと自信がないのだ。
このところ編集長に、昴神社と聖ユダ教会の取材を命じられることが多くなっている。
いや、昴神社は未だ目を離せぬ重要スポットだからして、そちらを張り込んだり動向を調査したりする社会派取材は記録者冥利、依存はない。ただ、事件が収束している教会のほうは……、ちょーっと、そのー、言いにくいのだが、あの神父とウマが合わなくて敬遠気味というか……。
何度か取材はしているのだが、そのたびに、ど〜もあちらさまも私の一挙手一投足が微妙にカンに障っているらしき雰囲気がひしひし伝わってくる。銀幕市民には限りなく優しく思いやり深く、ジャーナルの他の記録者は尊重するユダ神父であるのに、なぜか私にだけは毒舌なのである。まあ神父とて人間、ある程度は仕方がないにしても。
そもそも浄土真宗西本願寺派の徒であり、親鸞さま至上主義なあまり「しんらんさまのうた」まで歌えちゃう記録者は、もしかして以前の記事で、教会を描写する際、とほほな表現を用いてしまったのかもしれぬ。
なので先日、聖ユダ教会に出向いて、一応、謝ってはみたのだ。
「何か誤解や間違いがあったらすんません。これでも出来る限り資料には目を通し、咀嚼するようにはしてますが何せ異教徒ですんで」
と、正直に告白したというのに。
ユダ神父は眉をひそめて、処置無しとばかりに首を横に振りやがった。
「宗教問題につきましては、皆様それぞれの想いがおありでしょうから、私のほうも記録者のかたにカトリックの教義を押しつけるつもりはありません。多少気になるとしたらあなたの教養不足による表現の稚拙さですが、それはいたしかたないことですので黙認いたしましょう」
……お茶もクッキーも出さずにこの言いぐさですよ。失礼しちゃうわ。
「ただ、描写がどうのという以前に、あなたの記事には、思いこみによる小さな間違いの数々、誤字脱字や変換ミスが高頻度で見受けられます」
「きっ、気づいたり連絡もらったりしたら訂正してるもんっ!」
「ひとは『間違える』生き物です。どなたにでも起こりうることだとは思います。ですがあなたの場合、単に、がさつで粗忽でうっかり者だというのがありありとわかるレベルですよ? 記録者は取材対象に対して細心の心配りをしなければならないというのに。……私があなたの取材を拒否するとしたら、そういう理由に於いてです」
「えーと、それってつまり?」
「御用がなければ、お引き取りください、取材については、あなた以外の記録者を希望いたします」
「それはちょっと、言い過ぎじゃない?」
記録者とて、昨日今日がさつで粗忽でうっかり者になったわけではない。長い時間をかけて醸成してきたんだぞえっへん。いばるところじゃないけど。……待てよ、それだけが理由じゃないんじゃ?
「……わかった。あんた、せっかく腕の良いカメラマンにものっそ写りのいい写真撮ってもらって教会広報しようとしてた矢先に、記事の中で、絵が下手くそで音痴なのをすっぱ抜かれて逆恨みしてるんでしょ?」
「聞こえませんでしたか? お引き取りください」
……図星だな。なんちゅう心の狭い神父であろうか。
それなのに。
太助くんは、昴神社絡みの一連の事件に力を貸してくれた過程で、なんだかすっかりユダ神父に懐いてしまったようなのである。教会にもちょくちょく顔を出しているようだし、今日のように、カフェでまったりお茶をしていることも珍しくない。
くやしぃぃぃ。私の太助くんに手ェ出さないでよ黒神父め!
そういえば神父ってば、あの、全銀幕市民憧れの的、太助くんの『魔性のおなか』にふんわりアタックされて助けてもらったんだっけ。にーくーいー。
燃えさかるジェラシーに突き動かされた記録者は、結局、真知子巻きショールをなびかせて、カフェ・スキャンダルにダッシュしたのだった。
☆★☆ ☆★☆
窓の外からそっとうかがった店内では、めくるめく光景が展開されていた。
「お待たせしましたー。冬の新メニュー、窯焼きチョコレートスフレはどなたの?」
「あ、こっちこっち。俺が頼んだんだ」
「どうぞ、太助さん。これ、カフェの自信作なんですよ。最高級のベルギーチョコをふんだんに使ってるんです。香りもいいですし、口の中でふわりととろける食感も最高です。甘さ控えめなので男性にもおすすめなんですが――神父さんは別のご注文でしたね?」
「ええ。私はブルーベリーのミルフィーユと……、飲み物はブルーマウンテン・ハーモニーを」
「こちらもイチオシですよー。さくさく香ばしいパイ生地に大粒のブルーペリー、バニラビーンズの香り豊かなカスタードクリームとのハーモニーが抜群です。ブルマンとクリスタルマウンテンとのブレンドコーヒーでしたら合うと思います。いますぐお持ちしますね。月由さんはどうなさいますか?」
「うーん、悩みますね……。この、『新鮮フルーツゼリーと紅茶のババロアのコラボ』ってどんなのですか?」
「あ、これも新作です。フルーツ数種類を角切りにして宝石みたいに散りばめたゼリーと、淹れたての紅茶を使ったババロアが2層になってるんです」
「美味しそう。じゃあそれと、ダージリン・オータムナルをお願いします」
「にゃー! んにゃあー(訳:あたし、苺入りふんわりワッフル! ハート型のお皿でよろしく)」
「うにゃん。にゃおぅ(訳:3種のオリジナル大福にしようかしら。黄桃のクリームと、マロングラッセ入りのと、抹茶と小豆ね)」
「にゃっ。にゃにゃん〜(訳:わたくしは、焼きたてレアチーズケーキのマンゴーソースがけをいただくわ〜)」
太助くんとユダ神父が向かい合い、神父と並んで、まぁ・みぃ・むぅの子猫たちが、えりかさんは太助くんの隣という位置関係である。色とりどりのスイーツを乗せた皿と可愛いカップ類が次々に運ばれてきてはテーブルを埋め、さながらお花畑のようだ。
目を輝かせてチョコレートスフレを食べ始めた太助くんを、ユダ神父は極上の笑顔で見ていたが、つい、と、テーブル越しに手を伸ばす。
「太助さん。鼻にチョコクリームがついてますよ」
「あれ? そか?」
「動かないでくださいね。……取れました」
「へへ、さんきゅー」
うぉー! 許せん。太助くんのキュートな鼻を気安く触りおって。ジェラシー!
……と、嫉妬に煩悶しているのは何も記録者だけではないようだ。店内のあちこちで、動物好きの皆さんがうらやましさに首筋をかきむしっている姿が散見された。
「お、きたきた。むめっち、おーい、ここだぞー!」
窓の外から覗いてたのが見つかり、太助くんはぶんぶん手を振ってくれた。肉球が可愛い。
そろ〜りと店内に入った記録者を、ユダ神父が迷惑そうに見る。
「……黒衣の記録者。あなたでしたか。取材はお断りしたはずですが?」
「あんたはどうでもいいの。私は太助くんの取材に来たんだから」
「何ですって。あなたは私のみならず太助さんまでも、その粗雑な文章の犠牲にする気ですか」
「ん? むめっちの文章、俺、わりと好きだぜ。おおざっぱでカオスだけど読みやすいよな!」
「最大級の賛辞をありがとう太助くん!」
感激のあまり記録者は、ぐあしっと太助くんを抱きしめ、そのお腹に顔を埋めようとした――が。
「まったく、油断も隙もありませんね」
ユダ神父に首根っこを押さえられ、引っぱがされてしまった。優男のくせに、すごい力でやんの。
「太助さんが了承なさってるのでしたら、仕方ありません。ではせめて、取材には私も同席させていただきましょう」
「えー。答えてくれないのに? なら、いるだけ邪魔」
「太助さんはこちらへ。……あまり、近づかないほうがいいですから」
記録者の抗議には耳も貸さず、太助くんを抱き上げた神父は、自分の隣の席に座らせる。
ちなみにまぁみぃむぅは、神父の両肩と頭に移動していた。
私はえりかさんの隣に腰掛け、取材を開始する。
☆★☆ ☆★☆
「……でさ。そんとき、ばあちゃんとじいちゃんとつっちーも一緒でさ……」
いくつもの冒険譚を、太助くんは語ってくれた。
親しい誰かと繰り広げられる楽しいエピソードは、ジャーナルに属する記録者たちの手で綴られることになるだろう。
☆★☆ ☆★☆
「おじいさんとおばあさんにとって、太助さんはかけがえのない家族なんですね」
ユダ神父がしみじみと言う。その横顔を、太助くんは見上げた。
「もしも、もしもだよ。夢が終わってさ……、俺が……」
太助くんは不意に小さく声を落とした。
記録者の耳には、とぎれとぎれにしか聞こえない。
「……と、したら、そのときは……、じいちゃんとばあちゃんのこと――たのんでいいかな」
たぶん、かなしませると思うんだ。
俺のこと、ほんとの孫みたいに思ってくれてるから……。
神父は静かに微笑み、頷く。
何かを予兆した瞳に、揺らぐ哀しみを押し隠しているのを、記録者は気づかないふりをする。
☆★☆ ☆★☆
ふと。
太助くんは、えりかさんに問うた。
「なあ、えりっち。昴神社の宮司さんて、本当はどんなひとなんだ?」
「え」
一瞬だけ、えりかさんは戸惑った。
しかしすぐに、とてもやさしい表情で目を伏せる。
「おだやかで、あたたかいかたです。天文学者になりたかった、って、仰っていました。だけど、無理に夢をあきらめたというわけではないんだ、星はいつも天空にあるし、私たちだって星の住人なんだからね――とも」
「宮司さんと巫女さんたち、親子みたいに仲よかったんだろ?」
「はい……。特に私は、幼い頃父を病気で亡くしていて、おぼろげな記憶しかなくて……。私にとって宮司さまは、父という存在はこうもあろうかという、理想のようなかたでした。巫女たちは皆、宮司さまを慕っていましたけれど、誰よりも強く『父』を見ていたのは私だったと思います」
――ですから。
えりかさんは続ける。
「私が一番先に、宮司さまの変化に気づきました。このひとは『違う』。宮司さまはこんなことは言わない、こんなことはしないと、理屈ではなく感覚でわかったのです――神父さま、あの青いバッキーに取り憑かれてから宮司さまが仰ったことは、本心から出た言葉ではありません」
「ええ。それは私も、十分承知しておりますよ」
「私は一日も早く、宮司さまや巫女たちが元に戻ってほしいと願っています。どうか、太助さん――」
「おう! 決戦は近い気がすんだよな。負けるつもりはないぞ」
まかせとけ、と、子狸は胸を叩く。
大事なひとを取り戻すためなら、俺は思いっきり協力するぞ。
なんたってお助けキャラなんだからな――と。
絶望の薄氷を踏み越えたものだけが持つ、つよさで。
☆★☆ ☆★☆
事件が起こる。
依頼が掲示され、協力者が募られる。
記録者が知り得たとき、その事件はすでに発生してしまっている。
あるいは、過去のものになってしまっている。
――だから、書き留めることしかできない。
その過程を。結果を。
夢の終わりを記す日など来なければいい。
そう、願いながら。
――Fin.
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クリエイターコメント | この度は、無名の記録者をカフェに呼んでくださりありがとうございました(笑)。 ストーカーのうえにセクハラまでかまそうとしたのですが、ユダ神父に邪魔されました。魔性のおなかを堪能するチャンスだったのに。ちぇっ。
記録者は、夢が終わらないことを祈るばかりです。かなわぬ願いだと、わかっているのですけれども。 |
公開日時 | 2008-12-30(火) 10:00 |
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