★ ハピネス バレンタイン ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-1720 オファー日2008-01-26(土) 05:50
オファーPC 鴣取 虹(cbfz3736) ムービーファン 男 17歳 アルバイター
ゲストPC1 天月 桜(cffy2576) ムービーファン 女 20歳 パテシエ
<ノベル>

「うん」
 チョコレートを丁寧に箱に移し、桜は小さく頷く。出来は上々。きっと喜んでくれる。
 バレンタイン前日の夜。居候へのチョコレートを、桜は作り終えたところだった。
「ふぅ」
 溜まっている疲れに、小さく息を吐く桜。
 季節柄、一週間ほど前からかなりの賑わいを見せている桜が経営するカフェ『ハピネス』。結構な人気店なので、普段から賑わっているが、バレンタインが近くなるごとにどんどんと賑わいを増してきた。お菓子作りは勿論、接客もとひっきりなしに動いている桜には、当然疲れが溜まっている。
 だけど。
 ちらりと横を見る桜。積まれた材料。
 余った訳ではない。最初から作るつもりで持ってきたものだ。
「ふふ」
 頭に浮かんだのは、送る相手の喜ぶ顔。人懐っこい笑顔で、周りに元気を振りまいてくれる笑顔。
 途端に疲れなんて忘れて、お菓子作りに没頭する桜。
 渡したとき、どんな顔を見せてくれるかな。
 そんなことばかりを考えて作っていると。自分でもかなりいい出来だと思うチョコレートケーキが出来上がった。
 そっと箱に入れて、リボンを結ぶ。
「喜んでくれるかな。ココさん」
 右手首にある桜の花と星のモチーフのブレスレットを見ながら、嬉しそうに桜は呟いた。



 バレンタイン当日。カフェ『ハピネス』店内は普段と違う妙な光景だった。
 バレンタインに近づくにつれて、その傾向はあったのだが、当日になってみると前日までに輪をかけてすごい状態だった。
 何が? というのは流石に野暮だろうか。つまるところ。揃いも揃って客はそわそわ。従業員までもそわそわとしているのが若干名。ということだった。
 その中でも群を抜いてそわそわとしているのは虹だった。
 ちらちらと泳ぐ視線の先にはレジ打ちをしている桜の姿。バレンタインという事で、客が男性だったら女性従業員が、女性だったら男性従業員がささやかなチョコレートを会計時にサービスで配っているのだ。
 男性の客が会計をするたび、虹は気になってレジを見てしまう。店内のテーブルで食べていく客にメニューを運んでいく所だったが、立ち止まってレジを見る虹。他の従業員が気を利かせてするりと虹の手からメニューを取って変わりに持っていったことさえ気がつかない程だ。
「ココくーん」
 新しく入ってきた女性客が、大きな声で虹を呼ぶ。
 びくりとして向かう虹。見るとその客は、いくつもある虹のバイト先の一つの常連の客で、なんでも虹にチョコレートを渡す為に寄ったという。
 バイト中とはいえ、わざわざ来てくれた人の好意をむげにすることも虹には出来ず、つい受け取ってしまう。
 虹はちらりと横目で会計の応対を終えた桜を見る。
 一瞬だけ目が合うが、すぐに桜は目を逸らして厨房へと入っていく。
 なんともバツの悪さを感じる虹だったが、やっぱり断ることも出来ずに、受け取るのだった。



「……はぁ」
 休憩に入った虹は、手に持った数個のチョコレートをカバンに入れながら小さくため息を吐く。
 午前中だけで三度、桜とさっきのやりとりのようなものを体験した虹。桜に変な印象を持たれていないかが、ただ心配だった。
「あー。どうしよう蒼拿(ソーダ)。嫌われては……いないよな? でも目、逸らしたように見えたし」
 不安そうにバッキーの蒼拿に話しかける虹。蒼拿はじっと虹がカバンに入れようとしているチョコレートを見ている。
「ん? 食べるか?」
 冗談半分に箱を開けて蒼拿の前に置く虹。が、すぐにチョコレートを食べ始めた蒼拿を見て驚く。
「え。ほんとに食べるの!?」
 どんどんと食べ続ける蒼拿を見て、流石に自分にくれたのを全部バッキーにあげるのは悪い気がして、虹は慌てて箱を取り上げて、残った一個を口に含む。
「チョコレート……桜さんから貰えないかなぁ」
 エプロンからかけた、桜の花と星のモチーフのブレスレットを見ながら、虹は期待半分希望半分で呟く。
 口に含んだチョコレートが。本来甘いはずのそれが、なんだか味気なく虹には感じた。



「なにやってるんだろう。私」
 桜は小さく呟く。
 動揺しているのかもしれないというのは感じていた。普段なら絶対にしないようなミスも何度かした。
 原因だって、きっと分かっていた。虹と客とのやり取りを見て、なんであんな対応を取ってしまったのかという自己嫌悪。あれじゃあきっと虹にいい印象を与えないと、桜は思っていた。
「……はぁ」
 休憩から戻り、接客をしている虹を見て小さくため息。
 普段から、虹目当ての客は来る。だからバレンタインのチョコレートだってきっと沢山貰うんだろうなって思っていた。
 だけど。
 実際に目の当たりにすると、どうにも釈然としない気持ちがこみ上げてくる桜。
「ココ君。来たよー」
 響いた声に、また。と感じる桜。だが、桜はその声にどこか聞き覚えがあった。
 どこで聞いたのかと桜が思い出す前に、視線を上げた先にその人物は映った。
 声を聞いた虹はぎょっとして入り口を見た。
 虹と桜の視線の先には、三人の少女。三人とも虹のコンビニでのバイト仲間だ。
 大きな声を出して虹を呼んだのは、その中の一人。長い茶髪をハーフアップにした少女だ。
 すぐにちらりと桜を見る虹。同じタイミングで桜も虹に視線を向けており、一瞬目が合う。が、すぐに桜が視線をはずす。
 店に入って早々に虹の名前を呼んだので、他の従業員は近づかなかった。なので虹が、店内で食べていくと言う三人の接客にあたり、席へと案内する。
 その様子を見ていた桜。
 勿論桜は気がついていた。あの三人が、以前虹とのデートの時にファミリーレストランで虹に話しかけていた三人だということに。
「ねぇねぇココ君。バイト何時に終わるの?」
 親しげに虹に話しかけるハーフアップ。虹は困ったようにちらちらと桜の方を盗み見ながら言葉を濁す。
「こらこら。ケーキ食べてチョコ渡すだけだって言ったじゃん。ごめんね、ココ君。こいつがどーしてもチョコを渡すの今日がいい。って言うからさ」
 そう言ったのは三人娘の一人、金髪のベリーショート。前半は呆れたような口調でハーフアップに。後半は片手でハーフアップを指差し、もう片方でごめんのポーズをとりながら虹に言う。
「ココくーん。例の彼女とはうまくいってるー?」
 間延びした口調で言うのはセミロングの茶髪に眼鏡の娘。
「だから彼女じゃないってば!!」
 拗ねるように声を荒げるハーフアップ。
「ああもう。中断。ココ君バイト中なんだから。ココ君。ケーキセット三つね。えっと、コーヒーと、ミルクティーと」
「アールグレイ」
 強引に中断してまとめて注文するベリーショート。途中、セミロングに顔を向けると、セミロングが自分の飲み物を言う。それに続けてさらにベリーショート。
「で、お願い。ケーキはココ君にお任せで。飲み物に合いそうなの適当に見繕って。あとは、ほら。あんたココ君にチョコあげるんでしょ」
 ベリーショートがハーフアップを軽く肘でつつく。
「そんな仕切らなくても分かってるよ。ココ君。これ。バレンタインのチョコ」
 びしっ。と差し出すハーフアップ。
「え。あ、どうもっす……」
 流れから、やっぱり受け取ってしまう虹。桜の様子が気になったが、後ろを振り向いて確認するのも不自然なので我慢する。
 虹を含めた四人の様子を見ていた桜。桜の場所からだと声は聞こえず、虹の表情も見えない。ただ、虹がチョコを受け取ったのが見えた。
「あと」
 セミロングのその言葉に、ベリーショートが続ける。
「これはあたしらからね。こっちは完全、義理ね」
 とん、とん。とあとの二人からも受け取る虹。
「一ヵ月後、期待してるよー」
 ひらひらと手を振りながらのセミロングの声を背中に聞きながら、バツが悪そうにして虹は厨房へと向かった。
 頼まれたオーダーを用意しながら、虹はキョロキョロと桜を探す。が、見当たらなかったので他の従業員に聞いてみる。
「桜さ……あ、店長見当たらないっすけど、どこにいるか知ってるっすか?」
 帰ってきた答えは、桜は休憩に入ったというものだった。
 三人娘が店に来たときに、確かに桜と目が合ったことを思い出して、虹はなんとも言えない気分でケーキセットを運んでいった。



 虹が三人娘からチョコを受け取ったのを見た桜は、心がさわぐのを感じて少し休憩にはいっていた。
「あんなに貰ってたら、いいよね……」
 目の前に置いた箱を見ながら悲しそうな声でバッキーのスカイに話しかける桜。スカイもどことなく心配そうに桜を見ている。
 箱の中身は、昨日の夜に作ったチョコレートケーキ。バレンタインに虹にあげようと思っていたものだ。
「私のなんていらないよね……。あとで一緒に食べようか、スカイ」
 ぎこちない笑顔でスカイに笑いかけて、桜は休憩室の隅の調理用器具の入った箱の陰にチョコレートケーキの箱を隠した。



 その後も『ハピネス』はひっきりなしに人で賑わった。
 休憩を終えた桜に、虹はなんと話しかけていいか分からずに、また桜も、どんな風に振舞えばいいのか分からずに。お互いぎこちない雰囲気のまま不自然に視線を避けていた。
 やがて『ハピネス』の営業を終え、従業員が帰っていく。
 残っているのは桜と虹。ぎこちない雰囲気のまま、お互い何か作業をしている振りをしながら休憩室に残っていた。
「ココさんって、やっぱりもてるんですね」
 何か喋らなきゃ。と、桜は口にしたのだが。口にしてから桜は、あ、と気がつく。
「え……」
 真意が分からずに返答に困る虹。
「ほとんど義理チョコっすよ。はは」
 小さく笑ったつもりの虹だったが、巧く笑えなかった。
 チョコレートが気に入ったのか、蒼拿が虹のカバンに潜り込もうとしているのを、虹はつまんでやめさせる。
「ココさん。まだ帰らないんですか?」
 みんなが帰ったらスカイと一緒に渡せなかったチョコレートケーキを食べようと思っていた桜。
 スカイは桜の頭の上で小さく身体を揺らしていたのだが、何かのはずみで落っこちて、ぷきゅ。と鳴き声をあげている。
「え。あ、今日、少し遅くなるって言っちゃったもんっすから。もう少し時間潰そうかなーって……」
 咄嗟に言い訳を作って虹。本当はそんなことは無いのだが、桜からバレンタインのチョコレートを貰えるのを密かに待っていたのだ。
 二人とも無言のまま時間は過ぎる。
 五分。蒼拿とスカイがお互いをつつきあって遊んでいるのを虹はぼーっと見ている。
 十分。蒼拿とスカイがころころと転がって遊んでいるのを桜はじっと見ている。
 十五分。虹も桜もお互い気まずさが限界に近くなってくる。
 ちらちらと虹を見ながら、桜はやっぱりあげてみようかな、と思い始めていた。
 色々な人から沢山貰ってるから、自分のは食べてもらえないかもしれないけど、ダメモトであげようかな。でも、やっぱり食べてもらえないと悲しい。と、考えては不安になる桜。
 時間的にもそろそろ厳しくなってきた虹は。貰えなかったかぁ。と、しょげて、帰ろうと蒼拿を探す。タイミングよく歩いてきた蒼拿を頭の上に乗せて、桜を向いて言う虹。
「そろそろ帰るっすね」
「あ!」
 椅子を立つ虹を見て、反射的に呼び止めてしまう桜。
「え?」
 振り向いた虹に、しどろもどろに話し出す桜。よじよじと、スカイが桜の頭を目指して登っている。
「あの、えっと……」
 視線を泳がせて言い辛そうにする桜。ようやく頭の上まで辿り着いてくつろぐスカイ。
 もしかして。と虹が少しだけ期待を膨らませる。
「チョコは、好きですか?」
「大好きっす!」
 小さな桜の問いに、勢いよく虹が答える。
 ああ。と、感動に涙が出そうなのを我慢する虹。桜は部屋の隅に歩いて行き、ごそごそとケーキの箱を取り出すと。耳まで真っ赤にして、おずおずとその箱を虹に差し出す。
「ど、どうぞ」
 顔を真っ赤にして、恥ずかしさに目を逸らしながら桜。虹は感動しながらも、いざ受け取る時になると自分も恥ずかしくなって、同じく顔を赤くして受け取る。
「そ、それじゃあ。お疲れ様でしたっ」
 渡してすぐに走り出そうとする桜を、虹は引き止めて一緒に食べようと提案する。
 紅茶を用意して一緒に食べることにした虹と桜。準備が終わり、蒼拿とスカイもテーブルに座らせて、嬉々としてチョコレートケーキの箱を開ける虹。
 が、しかし。
 その中身は食い荒らされて半分近くになっていた。
「……え」
 重なった二つの声は虹と桜。呆然と顔を見合わす。
「あ……」
 そしてすぐにまた声が重なる。ケーキの器に小さな足跡があった。
「あーーっ!」
 三度目。虹と桜は声を上げて、蒼拿とスカイを見る。パステルブルーの口周りに、うっすらとチョコレートがついていた。
「蒼拿ー。おまえ、途中で見かけないと思ったら、なんてことを」
「スカイー。なんでこんな大事なもの食べちゃうの」
 同時に言って、言い終わるとお互い顔を合わせる。
「あははっ」
 なんだか無性に可笑しくなって、二人は笑い出す。
「食べちゃったものは、しょうがないっすね」
「しょうがないですね。まだ半分ありますし、みんなで食べましょうか」
 改めて切り分けて、みんなで食べる。桜は虹が一口、口にするまでじっと虹を見る。そして口に入れた虹に問いかける。
「ど、どうでしょうか?」
 不安そうに尋ねる桜に、にこりと虹は笑って。
「勿論。美味しいっすよ」

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。
ハッピーバレンタインですね。

まず最初に。素敵なプライベートノベルのオファー。ありがとうございました。

初々しい二人の恋のお話に携わることが出来て、とても幸せを感じています。


いつものように、後日、あとがきとしてブログにて想いを綴りたいと思いますので、もしよろしければ見に来てください。

三人娘に愛着が沸きそうです……。
いえ、もうすでに……。


オファーPL様。ゲストPL様。そして読んでくださった何方かが、一瞬でも幸せな気持ちを感じて下さったならば、私は嬉しく思います
公開日時2008-02-14(木) 20:00
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