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<ノベル>
「さかきーぃ」
うとうとと微睡む感覚の中、榊 闘夜は自分を呼ぶ声を意識した。よく通る。それは闘夜にとって聞き覚えのある声だった。
しかし闘夜は、その呼び声を無視して、再び微睡みの中に意識を向ける。願わくば、見つからないようにと。
「やっぱりここだった」
しかしほどなくして、かなり近い位置から闘夜に声がかけられた。こうなってしまってはもう無視する事など出来ないということを、闘夜は十分に知っていた。
「……鳳翔?」
闘夜は仕方なく目を開けながら答える。目に映ったのは緑の世界。闘夜はそっと視線を下に向けて声の主の姿を確認する。
闘夜を呼んだのは鳳翔 優姫。二人は同じ映画出身のムービースターであり、親友だ。
「ホンっト。榊に用事があるときって面倒」
優姫は言いながら目の前にある太い木を見上げる。四月になって緑の葉をつけはじめた大きな木。葉の隙間からそそぐ太陽の光が眩しくて、目を細める。
そこは銀幕市街地にある、たいした大きくない神社だった。市街地にあるというのに、その場所だけ喧騒から切り取られた様にひっそりとしたその場所は、闘夜のお気に入り昼寝スポットの一つだった。木の上ならば邪魔が入らないし。蹴り落とされるなんてこと、あるはずがないのだ。本来は。
「…………用事?」
訝しげに、闘夜は聞き返す。ほんの少しの嫌な予感と、沢山の面倒くささを心に感じながら。
「うん。えっとー。あれ? 何だっけ?」
はてな顔で優姫。闘夜を探しているうちに用事を忘れてしまったらしい。
「分からない」
聞かれても分からない。と闘夜が返す。尤もな闘夜の言葉に、優姫は小さく唸った後、まあいっか。と闘夜のいる木に登り始める。
明らかに迷惑そうな顔で優姫を見る闘夜。
「よっと」
幹をはさんで闘夜の反対側の枝に座る優姫。
「結構いい眺めだね」
そこそこの樹齢の大きな木の上からの景色は、思ったよりも別世界。
「…………似合わない」
はっきり言う闘夜に、優姫は返す。
「別に僕も似合うと思ってる訳じゃないからいいけどね」
しばし無言。吹き抜ける風がかさかさと緑を揺らす音と青い香りを運ぶ。
「そういえばさ」
懐かしむように、目を細めて優姫は言った。
「……」
無言で返事をする闘夜。
「僕たちがこの街で再会したのも、この辺りだったよね」
それは、秋も終わりに向かっている11月のことだった。
「どーしよーかなぁ」
困ったように呟いて、優姫は銀幕市街を歩いていた。実体化直後のことだった。
世界単位で違う場所に来てしまったというのは直ぐに理解できた。漂う空気や雰囲気の類のものが、元いた世界と違ったから。
何らかの作用で異世界にでも引き込まれたのだろうか。そう考えて、優姫は情報を探ろうと街を歩いた。そして『銀幕市』という概念を知った。
驚きと共に心に沸きあがったのは、絶望に近しい感情。優姫は意図的にその感情に触れなかった。
大切な人。大好きな人と会えないかもしれないという恐怖。絶望。
ほんの小さなその感情は、銀幕市を知っていくうちに徐々に大きくなっていった。
未だに、元の世界に戻る方法は確立されていない。
自分が実体化する前から多くの人が探しているであろうその方法。それでも未だに見つかっていないということは、つまりはそういうことなんだろう。
諦めるつもりは毛頭なかったが、優姫の心に沸きあがった感情は確実に強く大きくなっていった。
その時だった。優姫の耳に、人々の悲鳴と轟音が聞こえたのは。
咄嗟に警戒体勢をとってその方向へと目を向ける優姫。目に映ったのは逃げ惑う人々。全ての考えを中断して優姫の頭によぎったのは、護らなきゃ。という想いだった。
世界は変わっても、思考は変わらない。
轟音の方向へと走りながら、左手に持った鞘から刀を――。
しかし、その手が掴んだのは虚空だった。
一緒に実体化した刀は、そう。銃刀法の観念から別の場所へ置いておいたのだった。
「仕方ないか」
走りながら、優姫はぎゅっと拳を握った。銀幕市に来て直ぐに、肉体強化の術と魔導師として彼女が使用できる術は、最初に確認済みだった。
轟音の先にいたのは、数人のヴィランズ。そしてヴィランズと戦っている者。
走りながら優姫は、誰が味方かを把握しようと、ヴィランズと戦っている者に目を向けた。
「え?」
一瞬、足が止まる。見た瞬間に分かった。
見覚えのあるその姿に、優姫は口を緩めて再び走り出して叫んだ。
「榊。刀出して!」
その日、闘夜はいつものようにお気に入りの昼寝スポットで昼寝に勤しんでいた。
そこは銀幕市街地にある、たいした大きくない神社。市街地にあるというのに、その場所だけ喧騒から切り取られた様にひっそりとした場所。その境内の隅。秋も終わりに向かっている11月。ほんの少し肌寒い風に暖かい日の光が気持ちのいい場所だった。
しかし、気持ちよく昼寝をしていた闘夜を、ゆさゆさと揺り起こす誰かがいた。
迷惑そうに薄目を開けた闘夜の視界に映ったのは、ボールを持った小さな少女の姿。
「こんな所で寝てたら風邪ひいちゃうよ」
「……ひかない」
短く答えて、再び目を瞑る闘夜。
「ねぇねぇ」
ゆさゆさと揺らす少女を、闘夜は無視する。すぐに飽きていなくなるだろうと。
思ったとおりにすぐに揺らすのを止めた少女。どこかへ行くと思いきや、がさごそと何かをしている。そしてすぐに、ふぁさ。と闘夜に何かがかけられた。
目を開けた闘夜が見たのは、自分にかけられた少女のライトブラウンのダッフルコートだった。
「遊んでる間、貸してあげるね」
にこっと笑って言う少女の顔を、闘夜はその時初めて思い出した。そういえば以前。木の上で寝ていたときに、枝に引っかかったボールをとってあげた事があった、と。うるさくなりそうだからとってあげただけだったが、妙に懐かれたみたいだった。
そのまま戻ろうとする少女の腕を掴んで、闘夜は引き止める。そして振り向いた少女にコートを返す。
「寒くない」
そう言って立ち上がる闘夜。ここではもう眠れそうにないと場所を変えようと思ったのだ。
「懐かれたな」
鳥居を抜けた先で、鬼躯夜が笑いながら闘夜に言う。
「……迷惑」
困ったように呟く闘夜を見て、鬼躯夜は大笑いで返す。
「そう言わずに、一緒にボール遊びでもしたらどうだ」
大声で笑う鬼躯夜を、闘夜は無言で殴りつける。
そのまま少し歩いて大通りに出た闘夜。何か違和感を感じて振り向くと、トラックが自分をめがけて突っ込んできた。
咄嗟に避ける闘夜。トラックはそのまま闘夜の後ろにあった店に突っ込んでいって轟音をあげる。
「ほんと、闘夜といると退屈しねーのな」
楽しそうにそう言った鬼躯夜の言葉を受け、闘夜は小さく溜息をついた。
騒ぎが起こったと混乱して逃げる人々の中、騒ぎの主犯。数人のヴィランズを見つけた闘夜は、仕方なしに戦闘を開始する。ヴィランズの一人が闘夜にターゲットを定めて攻撃してきたのだ。応戦した結果、他のヴィランズも闘夜の存在に気がついて複数で狙いだす。
その時だった。闘夜の耳に聞きなれた声。懐かしい声が聞こえたのは。
「榊。刀出して!」
優姫が叫んだ言葉。その言葉の通りに、闘夜は何も無かったはずの空間から刀と槍を取り出した。空間を歪め、武器などを仕舞っている蔵から取り出したのだ。
そのまま闘夜は取り出した刀を真上に投げ、残った槍を構えてヴィランズと対峙する。
優姫は闘夜が真上に刀を投げたのを見て、それに合わせて跳躍する。ピタリのタイミングで空中で刀を手にするとそのまま着地して刀を構えて、背中合わせになった闘夜に話しかける。
「やあ。二人にしてみれば久しぶり。なのかな? 相変わらず厄介ごとに好かれてるみたいだね」
「おお。姫じゃねーか。姫もこっちにきたのかぁ」
優姫に言葉に楽しそうに鬼躯夜が返す。ちょっと遅れて闘夜も口を開く。
「鳳翔の所為……多分」
「僕が来る前から揉めてたみたいだけど」
「……」
「文字通り、何処にいても分かるね。榊のその体質なら」
「…………」
「お二人さん。積もる話は後にして、先に片付けちゃったほうがいいんでない?」
明らかに笑いを堪えている鬼躯夜がそう言うと。それを合図にしたように二人は踏み込んでヴィランズに攻撃を仕掛ける。
刃がぶつかる剣戟の音が響く。
背中を合わせて戦う二人。その戦い方には迷いが無かった。お互いに、背後からの攻撃は無いと確信した動きで前方の敵と打ちあう。
あっという間にヴィランズは数を減らし、ついには一人になる。
「さて。大人しく捕まるか、抵抗す――っっ!」
優姫が最後まで言えなかったのは、自分とヴィランズの間。その小さな小道から一人の少女が出てきたからだった。ライトブラウンのダッフルコートを着て、ボールを持った少女。
喋っていた分、ほんの一瞬だけ相手よりも遅れた。優姫が少女に向かって動き出したときには、ヴィランズが既に少女に刃を振りかぶっていた。
「――っ!」
咄嗟にヴィランズの武器を消そうと頭に浮かんだ優姫だったが、相手が悪かった。ヴィランズはムービースターで、その刃は腕の一部が変形したものだったのだ。何も宿らないものならば頭に思い浮かべるだけでその存在を消し去ることのできる優姫だったが、何かが宿っている場合、そう簡単にはいかなくなってくるのだ。
――間に合わない。
肉を貫く嫌な音が辺りに響いた。
ぽたりぽたりと滴る血は、けれども、少女から流れた血ではなかった。
ヴィランズの刃が貫いたもの。それは闘夜の右腕だった。
驚きで言葉が出ない優姫。闘夜が傷ついたことがじゃない。闘夜が少女を庇ったことに驚いたのだ。
少女を庇った闘夜は、残る左腕でヴィランズの首を絞める。すぐに意識を失って倒れこむヴィランズ。
一瞬だけ。闘夜は少女を視界に入れ、すぐに他に動いているヴィランズがいないかを確認する。そしてそれがいないと分かると、立ち去ろうと歩き出す。右腕から滴る血が、闘夜の歩く道に赤い線を描く。
優姫は慌てて少女に駆け寄ると、言葉を失ったようにしゃくりをあげて泣いている少女に笑いかけて安心させ、近くにいた人に後を任せて闘夜を追った。
「腕、平気だよね? 一応見せて」
「もう止まった」
そう答える闘夜の右腕は、闘夜の霊力によって血は止まっていた。
「きみ、榊闘夜だよね?」
唐突に投げられた質問に、闘夜は立ち止まって訝しげに優姫を見る。その闘夜の顔を見た優姫は、すぐに小さく笑みを浮かべて続ける。
「うん。その反応は間違いなく榊だ」
勿論。本気で疑っていた訳ではない。ただ、それほどに驚いたのだ。人嫌いだった闘夜の、あの行動に。
鬼躯夜は何か言いたげに、でも黙って二人を見ていた。
「さっきの子、知り合い?」
再び歩き出した闘夜を追いかけて、優姫が訪ねる。
「名前は知らない」
気だるそうに答えるいつもの闘夜を見て、優姫は気がついた。
ついさっき。事件が起こる前に感じていたあの感情がすっかり無くなっていることに。
「さて。色々聞きたい事があるから、どこか落ち着いて話せる場所に案内して。ちなみに異論は認めないから」
今にも文句の聞こえてきそうな闘夜の顔と、後ろで大笑いしている鬼躯夜の顔を見て、優姫は思った。
どうにか、やっていけそうだ。
「あの時は笑ったなぁ。だって見計らったようなタイミングで厄介ごとに巻き込まれてるんだもん」
枝に座って降ろした足を遊ばせながら、優姫は思い出して言う。いつの間にか、夕日が差す時間になっていた。ビルを縫って近づいてくるオレンジの光があっという間に二人を追い越して遠くへと走り去っていく。
「って、榊、聞いてる?」
問いかける優姫。闘夜からの返事は無い。
「榊?」
再び問いかけた優姫の言葉にたっぷりと10秒ほど遅れて、闘夜が返事を返した。
「………………聞いてる」
「まさかとは思うけど、寝てた?」
間髪いれずに優姫。遅れて闘夜。
「…………寝て、ない」
躊躇したように一度止めた闘夜に、優姫は少し笑って続ける。
「榊が先にこの街にいてくれて良かった。僕一人だったら、きっと、笑えて過ごせなかったと思う」
しばしの沈黙。似合わないけどね。と優姫が笑った時、闘夜が答えた。
「鳳翔がこの街に来て、よかった。……やることが増えた」
「いいとこだよね、ここ。僕らの故郷には無いものが、いっぱいあってさ」
言い放って優姫は小さな掛け声をあげて枝から飛び降りる。
「だめだ。待ってみても思い出せないや、用事」
笑いながらそう言って、家へと走り出す優姫の顔は、夕日のせいか、照れたように少し赤かった。
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クリエイターコメント | こんにちは。依戒です
ええと、まず最初に。 このたびは素敵なプライベートノベルのオファー。ありがとうございました。 素敵なお二人の再会。とても楽しく幸せに書かせてもらえました。
例の如く、長くなるお話は後日、ブログにて綴りますので、良ければ見に来てください。 この場では一番心配な一つだけ。 気持ち的な部分を、かなり自由に想像して書いてしまったのですが、よかったのかが心配です。間違って見当はずれな事を書いていなければ良いのですが。
と。それではこの辺で失礼します。
PL様が。そして作品を読んでくれたすべての方が、少しでも幸せな時間を感じてくださったのなら、私はとても幸せに思います。 |
公開日時 | 2008-04-09(水) 19:00 |
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