★ 笑顔のレシピ ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-2823 オファー日2008-04-28(月) 20:51
オファーPC リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
ゲストPC1 鴣取 虹(cbfz3736) ムービーファン 男 17歳 アルバイター
ゲストPC2 レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
<ノベル>

 眼下に広がる銀幕市を、リゲイル・ジブリールは見ていた。
 銀幕ベイサイドホテルの一室。窓から見える銀幕市は、いつもと変わらない銀幕市。
 けれどもリゲイルにとって、その街がいつもと、いや。以前と変わったように見えるのはどうしてだろう?

 桜も散った新緑の季節。
 春は出会いの季節でもあって。別れの季節でもある。
 窓ガラスにうっすらと映るリゲイルの顔は、無表情。肩に掛かっていた綺麗な赤い長髪が、スルリと流れるように落ちる様に、ぼんやりと目が追って動く。
 リゲイルは窓ガラスに手を伸ばし、その髪に触れようとする。
 かつん。
 ひんやりと、指先。リゲイルの視線はそのまま指先から伝い、手首で止まる。
 シルバーのブレスレット。コーン・フラワー・カラーのサファイアは、自分の目と同じ色で静かに輝きを放っていた。
 急激に膨れ上がった何かの想いに、リゲイルははっと顔を上げる。窓ガラスには無表情な自分が映った。
 ――だめ。笑わないと。
 ゆっくりと目を閉じ、数秒。再び開いたリゲイルの目に映ったのは、笑顔の自分。
 色々な人に、沢山心配を掛けた。
 だから、これ以上心配かけないように、笑っていないと。
 ――自分はいつでも元気。
 言い聞かせるように小さく頷いたところで、目に差し込む光に初めて気がついた。
「いい、天気」
 思わず、口に出る。
 さんさんと照る太陽の光は、どんなこころをも光で照らしてくれる。
「銀ちゃん」
 ソファーでごろんとしていたバッキーを振り向いて、リゲイルは言う。その言葉を受け、普通よりもサイズの大きいバッキーの銀ちゃんがリゲイルを見る。
「天気いいよ。お散歩にいこっか?」



「〜〜♪」
 にこにこと上機嫌で、レン(レドメネランテ・スノウィス)は鴣取 虹の隣を歩いていた。A4サイズほどの鏡を落とさないようにがっしりと胸に抱きながら。
 隣を歩く虹は、背にはバッグ。前では椅子を抱えて持っている。
「ほんっと、良い天気だなー」
「そうだねー」
 空を見上げて目を細める虹と、対照的にトレーナーのフードを目深に被るレン。
「お弁当でも作って持ってくればよかったなあ」
 歩きながら虹。両手で持った椅子の上では、バッキーの蒼拿(ソーダ)がゆらゆらと揺れる椅子に合わせてバランスをとっている。
「ふふ。ココくん。お昼食べたばっかりだよ」
 面白そうに返すレンの言葉に、そうだったな。と虹。可笑しそうに、二人は笑う。
「良い天気なのはいいけど、レン。平気か?」
 ひょいと首を傾げてフードの中を覗き込む虹。気がついたレンはにこりと笑顔を見せて返す。
「うん、大丈夫だよ」
「そっか」
 言って虹は、ん? と呟いて前方へ目を凝らす。
 薄いスカーレットのシャツドレスに、それより少しばかり鮮やかな長髪を揺らして、虹たちの方向へ歩いてくる女性。
 リゲイルだ。
 虹達がリゲイルに気がついたのとほぼ同時に、リゲイルも虹達に気がつく。
 虹とレン。一瞬、二人はリゲイルに顔を向けたまま、視線だけをお互いに向ける。
 二人は知っていた。最近起こった大きな事件で、リゲイルが悲しい別れを体験してしまったことを。
 だから一瞬。躊躇した。
 けれども、それはほんの一瞬。戻した視線の先で笑いながら手を振るリゲイルを見て、二人は小走りでリゲイルに駆け寄った。
「こんにちは。二人は買い物? 重そうだね」
 リゲイルの言葉に虹とレンが挨拶を返し、虹が続ける。
「あ、違うんすよ。買い物じゃなくて、今から公園に行くところなんっすよ。リガちゃんの方は、散歩っすか?」
 向かい合ったところで足を止めて話し出す三人。
「うん。天気が良かったから、銀ちゃんとお散歩。公園? 椅子を持って?」
 バッキーの銀ちゃんを抱いた腕をそっと持ち上げて見せた後、疑問の視線で虹が持つ椅子に目を向けるリゲイル。
「青空床屋さんをやるんだよー!」
 はしゃいだようなレンの声に、リゲイルが疑問を強めた口調で返す。
「青空……床屋さん?」
「うん。外の青空の下でひらく床屋さんだから、青空床屋さんって言うんだよ。ボクもココくんに切って貰うんだ」
 えへへ。と嬉しそうにレン。少し伸びてきた髪を切るのだ。
「青空床屋さん……」
 呟くように繰り返すリゲイル。床屋さんというところが髪を切るところだというの自体は知ってはいたが、なかなかイメージがつかめない。
 が、あまり長く引き止めても悪い。と、言葉を続ける。
「……そっか。よかったね、レドくん。へぇ。ココくんが床屋さんになるんだ。ココくんって手先が――」
 器用なんだね。と、続くはずの言葉は、しかし一瞬途切れた。
 彼も手先が器用だった。
 ――だめだ。わたし、まだ。
「手先が、器用なんだね」
 改めて、言い直す。
 ――自分はいつでも元気。
 にこっと意識して笑顔を作る。その笑顔がうまく作れたかどうかは、リゲイルには分からなかった。だからほんの二、三秒で俯いてしまった。
「……」
 ちらりと。レンが虹に視線を向ける。
 ココくん。
 声でない、その呼びかけに、虹は小さく一度、頷く。
 分かってるよ。
 それを受けて、レンの顔が和らぐ。声に出さずとも、二人の意思は通じ合った。
「そうだ!」
 努めて陽気な声で、虹が言う。突然の声に、リゲイルがびくりと顔を上げる。
「リガちゃん。この後用事なかったら、見にこないっすか? 結構楽しいっすよ」
 なんのことだろう? ほんの一瞬そう思ったリゲイルだったが、すぐに思いついて言う。
「青空床屋さん?」
「うん」
 レンが答える。
「……楽しそうだね。行ってみようかな」
 レンの説明を聞いたけど、青空床屋さんについて今一想像できていなかったリゲイル。青空床屋さんへの興味もあり、着いて行く事にした。



 公園に入り、三人は辺りを見ながら少し歩く。
「結構、人多いね」
 遊具や広場で元気に遊びまわる子供に目を向けてリゲイルが言う。
「そうっすねー。もうすっかり春っすからね」
 少し前をとてとて走るレンの後姿を見ながら虹。不安になって叫ぶ。
「おーい、レン。転ぶなよー」
 椅子を持ったまま大声を上げたものだから、持っていた椅子が不安定に傾き、椅子の上で油断していた蒼拿が跳ねるようにバランスをとる。
 一応、レンが走り出す前に虹はレンの持っていた鏡を預かっている。
「だいじょぶだよー」
 虹の声を聞いたレンは振り返って答える。が、小走りのままに振り向いたりするものだから。
 ぱたん。
 何かに足をとられ、転ぶ。
「大丈夫!?」
 すぐに駆け寄るリゲイル。大した勢いでも無かったから大丈夫だろうと思っていた虹も、椅子を持ったまま早足にレンに近づく。
「いたた」
「怪我とかない?」
 リゲイルの手を借りて立ち上がるレン。大丈夫と答えたすぐあとだったので、バツが悪そうに小さくはにかむ。
「うん。平気」
 一応、怪我とかがないか確認するリゲイル。特に無いと分かると、パーカー、短パン、オーバーニーと軽く砂を払っていく。
「ありがとう」
 はにかんだままお礼を言うレン。うん。とリゲイルも微笑み返す。
「よーっし、この辺りにしますか」
 ベンチの横に持っていた椅子を静かに置いて、虹。
 公園の中心広場から少し離れたベンチ。邪魔にならずに、それでいて目に付く場所としては丁度良い。
 ベンチから数メートル離れた木に鏡をひっかけ、その前に椅子を置く。
 興味津々に見ていたリゲイルは、完成したことに気付かず、次に何をするのか目を輝かせている。
「さて、レン。……は、もうちょっと日差しが弱まってからにするか」
 太陽を見上げて虹。昼を過ぎた太陽は一番に輝く時間だ。
 後はこれでお客さんを待つだけなのだが、虹は思い出したようにベンチに置いたバッグから布のような何かを出して、それを広げる。
「あ!」
 それを見て嬉しそうに、レンが叫ぶ。
 何だろう。と様子を見ていたリゲイル。広げられた布を見て笑みを浮かべる。
 それは、まっさらな白いTシャツにカラフルな文字で『青空庄屋さん』と書かれている。たどたどしい文字で書かれたそれは、変な場所で跳ねたり、棒が短かったり。辛うじて読めるくらいの文字だった。
 それもそのはず。文字の違いで漢字を知らないレンが、虹が書いた漢字を見ながら、着なくなった虹のTシャツの一枚に書き写したものなのだ。
 ちなみに、『床屋』ではなく『庄屋』になっているのは、虹が間違えたからではない。レンが書き写す際に間違ってしまったものだった。
「レン。ちょっと手伝ってくれ。そこの枝に、Tシャツを通して欲しいんだ」
 ちょいちょいと手招きでレンを呼んで、少し高い位置にある枝を指差す虹。うん。とレンが返事したのを聞いて、レンを肩車する。
「も、すこし……」
 虹の肩車の上で手を伸ばしたレンがやっと届くくらいの位置にある枝。そこにTシャツの腕の部分を通して吊るそうとする。が、ギリギリの距離にあるためか、なかなか上手にいかない。あまり上だけを向いていては危ないと虹はレンの声を頼りに下で動いているのだが、レンも腕を伸ばすのに必死であまり余裕がないのだ。
「ココくん。もうちょっと右ー」
 なので、リゲイルが横から二人を見ながら指示を出す。
「袖が入った。そのままゆっくり左に動いていって。そのまま、そのまま……ストップ!」
 少し離れて全体を見る三人。うん。と頷く。青空床屋の完成だ。

 ベンチに座って話しをしながらお客さんを待つ三人。
「青空床屋さん? 珍しいわね」
 小学生くらいの男の子を連れた母親がやってきて、三人に話しかける。そのまま少しだけ世間話をした後に、そのまま男の子がお客さんになる。
 虹は肩に乗った蒼拿をレンの膝の上に預け、準備に取り掛かる。行ってらっしゃい、とでも言うように、しゅわしゅわと蒼拿が鳴く。
 男の子を椅子に座らせて、服に髪の毛が落ちないようにシートを被せ、手触りで髪質を確かめていく。
「どんな感じに切るっすか? お客さん」
 ちょっと渋めの声を作って虹。ふふ。と小さく笑いながら、母親が希望の感じを伝える。
 手馴れた手つきで髪を切っていく虹。男の子、母親と世間話をしながらも上手に手を動かす。
「手際がいいわねぇ。専門学生かなにか?」
「いや、手先が器用なだけっすよ。あと、前にバイトでちょこっと」
 なるほど。と母親。
 その虹の様子をレンとリゲイルが感心したように見ている。
 ほどなくして散髪が終わり、母親も男の子も満足そうに虹にお礼を言う。
「ありがとう。とてもいい仕上がりだわ、いつも行ってる床屋さんよりも上手かも」
 ふふふ。と小さく笑って、おいくらかしら? と財布を取り出す。
「あ、100円になります」
 指を一本立てて、虹。
 その値段の低さに驚いて、それじゃあ悪いわ。と千円札を虹に渡そうとする母親。が、虹はそれを受け取らずに開いた両手を小さく振って言う。
「や、ほんと。プロじゃないっすし、好きでやってるだけっすから。それに、そんなに貰っちゃうと、申し訳なくてもう開けなくなっちゃうっすよ」
 あははと笑って虹。察した母親はすぐにそのお札を引っ込めて、代わりに100円玉一枚を虹の手に乗せる。
「ありがとう。また、よろしくお願いするわね」
「ええ。是非っすよ。ありがとうございましたー!」
「ありがとうございました〜」
「ありがとうございました」
 レンとリゲイルも、ベンチから立ち上がって言う。
 去っていく親子を笑顔で見送った後、三人は落ちた髪の毛などの片付け作業に入った。



 その後も数人のお客さんが入り、気がつけばおやつの時間も過ぎ、勢いのよく降り注いでいた日差しも大分柔らかくなってきた。
「よし。そろそろレンの切るか」
 待ってましたとばかりに、頷いて立ち上がるレン。
 準備してレンが椅子に座り、シートを被せる。
 虹がレンのふわふわの髪を手でしばらく梳き、櫛とハサミを手にして軽快に切っていく。
 はらり、はらり。
 まるで雪のよう。
 白に近い青の髪がはらりと落ちる様を、リゲイルはぼんやりと見ている。
「日差し、平気か? 辛かったら言えよ?」
 手を動かしながら虹がレンに言う。
「うん。だいじょうぶだよ」
 落ちていく自分の髪をみながらレンは答える。
「切って、欲しいな」
 リゲイルのその声は、唐突だった。虹は部分的にしか聞き取れず、聞き返す。
「わたしの髪も、切って欲しいな」
 虹もレンも、それを冗談だと思って笑おうとした。が、一瞬後に気がつく。冗談な感じではないことに。
「え!?」
 呆けた様な声でリゲイルを振り返る虹。手を動かし続けていたから、びっくりしてレンの髪を深く切ってしまうところだった。危ないので頭より上で一旦手を止めて虹はおそるおそるリゲイルに尋ねる。
「いいんすか? …………まじで!?」
 ベンチの前に立っているリゲイルを、レンも横目で見る。冗談とかではない、真剣な。そしてどこか切実な表情だった。
「うん。ダメ……か、な?」
 ぽつりと呟くように言ったリゲイル。突然の申し出、さらにいつもと感じの違うリゲイルに、虹は戸惑いながら答える。
「いやいや、勿論いいすけど。……もったいないなあ」
 不意に口をついた言葉は、もったいない。その言葉だった。
 それきり押し黙るリゲイル。
「ん。それじゃ、先にレンの仕上げちゃうっすから。その後に」
 うん。
 俯きがちに答えるリゲイル。静かな動作でベンチに座り、レンの髪の雪を見ていた。

「もったいないなぁ」
 椅子に座ってシートをかけたリゲイルの長い髪を梳きながら、虹が呟く。もう何度目かの、その言葉だ。
「折角こんなに長くて綺麗な髪なのに。もったいないなぁ」
「いいの、ばっさり切ってね」
 微笑んでリゲイル。
「それじゃあ。切るっすよ」
 返事をしたリゲイルの声を聞いて、虹は勢いをつける為に思い切ってばっさりと切る。
 さらり。
 衣擦れの音のように、軽い音で、髪の毛が地面に落ちる。鏡越しにそれを見ていたリゲイル。鏡から逃げていった髪の毛を思わず視線が追う。
 さらり。
 さらり。
 いくつもの束が、次々と落ちる。
「リガちゃん。短くするのは初めてっすか?」
「うん。こんなに切ったのは初めて」
 感慨と、何か。
 ベンチでレンと蒼拿遊んでいた銀ちゃんが、ときより動きを止めてリゲイルを見る。
「だいじょうぶだよ」
 その銀ちゃんをレンがそっと撫でる。

 落ちていく髪に、何を見ていたのだろう。
 気がつけば落ちてくる髪は減っていき、やがては落ちてこなくなった。
 櫛で髪を梳かれる、心地よい感覚をリゲイルは感じる。
「もったいない……けど」
 地面に落ちた大量の髪を見て、虹はもう一度呟く。
「出来上がりっす。どうすか?」
 虹のその声に、リゲイルはずっと下の髪を見ていた顔を上げる。眩しい日差し、虹が鏡を木から外して見やすいようにリゲイルに渡す。
 一瞬。リゲイルはそこにいるのが自分ではないように見えた。
 肩にかからないくらいのショート。
 けれどもすぐに、リゲイルは理解する。
 ――ああ。わたしだ。
 にこりと微笑んでいる鏡の中の自分を見たら、途端にほんの少しの照れくささがこみ上げてきて。リゲイルは首を横に向けて虹とレンの正面を向き、はにかんで尋ねた。
「うん。ありがとう。……似合うかな?」
「似合ってるっすね」
「うん。とてもよく似合ってる」
 髪も勿論そうだが。虹もレンも、晴れやかな笑顔のリゲイルが、やっぱりとても似合うと感じた。悲しみを隠す為の笑顔じゃない。ほんとうの、笑顔。
 よかった。
 虹とレンが、心で安堵する。この笑顔が見たかったんだ。公園に来る前に見た、無理した笑顔じゃなくて。
 後片付けを終えて、三人でベンチに座った時、リゲイルが言った。
「あ、そうだココくん、お金……」
「ああ。いいっすよ。今日一日手伝ってくれたっすから。従業員には散髪のサービスっす」
 リゲイルの言葉を遮って、虹が言う。
 現金を持っていなかったから、という訳では決して無いが、リゲイルは虹のその言葉に甘える事にした。
「そうっすねー、それと」
 虹はそう言ってベンチに置いてある小さな箱を手にとって、そのままレンに渡す。その箱は、今日の売り上げのお金が入っている箱だった。
「レン。たこ焼き、食べたくない?」
 少し向こうで出ているたこ焼きの屋台を指差し、小さくウインクして虹は言う。それを聞いたレンはぱあっと顔を輝かせ。
「買ってくるね!」
 そう言って走り出す。
「っと、転ぶなよー」
 走っていくレンの後ろに声をかける虹。
「……あいつ、さ」
 小さく。隣にいるリゲイルに話しかける虹。
「……?」
 レンの背を見守っていたリゲイルが、はてな顔で虹を振り向く。
「普段は、結構ドジというか……。ちょっとなんか、抜けてるとことかあったりするんすけど」
 優しげな口調で話し出す虹。勿論、レンのことだ。
「ああ見えて、実は結構しっかりした部分が多いんすよ」
「……うん」
 相槌をうつリゲイル。それを見て虹は先を続ける。
「あいつさ、人前じゃ、全然泣いたりしないんすよ。辛い事とか悲しい事、全部一人で抱え込んじまってさ。今は、まぁ多少話してくれるようになったっすけど」
 たこ焼きの屋台に着いたレンを虹は見ている。覗き込むように背伸びしている様子が、こんなに遠くからでもはっきりと分かる。
「多分。自分が泣いたら迷惑をかけるから。とか思ってると思うんっすけどね。でも、俺はちょっと違うって思ってるんすよ」
 ちらりと一度、リゲイルを見る虹。リゲイルはじっと虹を見ている。
 再び、虹は視線をレンに戻して続ける。
「多分誰にでも。いや、絶対に。誰にでもあるんすよ。どんなに迷惑をかけようが何しようが、泣いていい、場所。というか、時期というか。とにかく、そんなものが」
「絶対に……あると思うんすよ」
 たこ焼きを買ったレンが嬉しそうに走って戻ってくる。
「……って、何言ってるんすかね、俺。はは。レンには内緒っすよ?」
 おどけたように、急に調子を変えて虹は言う。
 くすっと小さく笑って、リゲイルはうん。と答える。
「えへへ。ココくん。屋台のおじさん、おまけしてくれた」
 言いながらレンは戦利品を見せる。タコヤキ大パック一つに、タイヤキ一つ。確か箱の中のお金では、中パック一つくらいのお金しか入っていなかったはずだった。
「でかした、レン。実は、こんな事も期待してレンにお使い頼んだんっすよ」
 ははは。と笑いながら虹がリゲイルに言う。
「さて、皆で食べますか」
「わーい」
 虹の言葉に喜ぶレン。
 ――わたしも、いいの?
 リゲイルは一瞬だけ頭によぎった言葉を言わずに、代わりに別の言葉を言った。
「おいしそう」
「ほら、蒼拿。食べれるかー?」
 タイヤキが入っていた紙を破き、その上にタコヤキを乗せ、蒼拿と銀ちゃんの前にそれぞれ置く。
「しゅわわわ」
「いただきまーす」
「あ、レン。熱いから気をつけろよ」
「――!!」
 虹のそれは、微妙に間に合わなく、レンがタコヤキを口に含んだ後だった。
 熱さからか、がたがたと取り乱すレン。直ぐにペンギン模様の水筒を取り出して水を飲む。
「あひゅい」
 熱い。と、真っ赤になった舌を小さく出してレン。
 申し訳ないとは思いつつも、あまりの可笑しさに虹もリゲイルも声に出して笑う。
 その教訓を活かし、十分に冷ました上で、リゲイルがタコヤキを一つ、口に運ぶ。
「おいしい」
 嬉しそうな笑顔で、そう言ったのだった。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。

ええとまず最初に。
このたびは素敵なプライベートノベルのオファー、ありがとうございました。
切なさ。強さ。優しさ。希望。
色々なものを感じながら楽しく書くことができました。

そうですね。長くなる感想などは、いつものようにブログにて後に綴りますので、よければ読んでやってくださいませ。依戒がとても喜びます。

ここでは、一つ。
色々と捏造してしまったっぽい上に、例のやり取りの台詞、ちょっと読み取りに自信がない部分があったかもしれないです。
微妙に見えない部分は、想像で補ってしまいました……。
あってるといいなー……。
喜んでもらえるともっといいなー……。


と、それではこの辺で。

オファーPL様が。ゲストPL様が。そして作品を読んでくれたすべての方が、少しでも幸せな時間を感じてくださったのなら、私はとても幸せに思います。
公開日時2008-05-26(月) 19:20
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