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<ノベル>
「申し訳ありません。薄野様にまで手伝わせてしまって」
うっすらと赤く染まった銀幕市。とあるスーパーマーケットの出入り口の自動ドアから三つの影が、それぞれ両手に買い物袋をぶら下げて現れる。
「いや。いいよこのくらい。いつも言祝さんに家事とか全部任せっきりだし、このくらいは手伝わないとね」
右手に下げた買い物袋をひょいと持ち上げ、薄野 鎮は、姫神楽 言祝に笑いかける。
「いえ。わたくし達はお世話になってる身ですし。それにわたくしは、もともと生活のサポートを目的として作られた人形ですから」
ちらり。言祝は神撫手 早雪の方を一度見て、答える。
「……ん?」
買い物袋の中の食材をじっと見ながら歩いていた早雪。遅れて視線に気がつき返事を返すが、話は先に進んでいる。
「そう、かもしれないけど。ここではもっと楽にしてていいのに。面倒な時は他の人に任せて休むとか。言祝さん程じゃないけど、僕も料理とかは出来るしね」
薄野の言葉に、言祝が返す。
「うふふ。家事は好きですので、大丈夫ですよ。でも、そうですね。お言葉に甘えて、人手が必要な時はお力を借りますわ」
並んで歩く三人。思いついたように言祝が言う。
「早雪様。薄野様。夕食の希望などありますか? 手伝ってもらいましたので、今夜はお二人の好きなものをお作りしますわ」
訊ねた言祝に、早雪が少し考え込む。
「ん。うー……、ん」
ぷかぷかと浮いて進みながら、うーんと早雪。食べたいものがいくつもあって、何を言うか迷っていたのだ。
「唐揚げ……。ん。唐揚げ、たべたい」
閃いたように早雪。薄野が小さく笑って、それじゃあ僕も唐揚げ。と言う。
「はい。承りました。では今夜は唐揚げを……? どうしました? 早雪様」
立ち止まってじっと後ろを見ている早雪に、言祝が声を掛ける。
早雪はそのまま数秒間じっと見ていた後、振り返って二人に付いた。
「んー……。なんか見られてるきがした」
「あ。早雪さんも? 実は僕もさっきから気になって」
早雪の言葉に薄野が返す。
「先日、薄野様が言ってらした『ストーカー』でしょうか」
少し前に薄野が被害にあったと言っていたストーカーの話を思い出して言祝が言う。
「あー……いや。あれは、うん。一応解決したんだ」
思い出し、苦笑いで薄野が答える。
以前、舞台で演劇をやった時に、薄野を女優と勘違いした一人に、軽いストーカー被害を受けていたのだ。なんど男だと言っても信じようとせずに付きまとっていたストーカー。薄野は平和的に解決しようと思っていたのだが、可哀想に。居候の一人が業を煮やしてかなり怖い目にあわせたらしい。それ以来パッタリと見かけなくなって、助かったとことには変わりないのだが。
「そうでしたか。では、これを……」
少し持っていてください。と、言祝は両手の荷物を薄野と早雪に預け、後ろを振り返って軽い跳躍で駆け出す。
すると慌てたように物陰から転がり出てくる二人の男。
「――!」
慌てて逃げる二人の男。言祝がそのまま追えば、きっと捕まえる事は出来た。
けれど、言祝は速度を緩めた。二人の男は別々の方向へと逃げ、あっという間に姿が見えなくなる。
「申し訳ありません。取り逃がしてしまいました」
「いや、いいよ。……それにしても、なんだろう? 帰ったらみんなにも注意するように言わないと」
戻ってきた言祝の言葉に薄野が返す。
「…………」
二人の男が走り去った先。早雪はいつものにこにこした表情とは少し違う、鋭い視線でその先を見つめていた。
そして少し横、言祝に視線を向ける。
――コクリ。
早雪と視線があった言祝。ほんの僅かな動作で、小さく一つ頷く。
「あ。では荷物を」
薄野と早雪から荷物を受け取り、歩き出す言祝。
「からあげ、からあげ〜」
歌うように呟きながら同時に歩き出す早雪。
「……」
順に二人に視線を向けた後、薄野は二人を追った。
「ごちそうさまでした」
「ん。おいしかった」
夕食が終わり。食器を洗い始めた言祝に、薄野が近づいて言う。
「言祝さん。手伝うよ」
腕まくりをしてスポンジを手にする薄野。少し遅れて言祝は言う。
「そのようなこと、わたくしがやりますよ。薄野様はどうかくつろいで下さいませ」
だいじょうぶ。と、次々と皿を洗っていく薄野。止めても無駄だと判断したのか、言祝は、お言葉に甘えて。と言って自分も手を動かす。
皿を洗いながら、薄野は言祝の様子を見る。
「……? どうかなさいました?」
「あ、いや。なんでもないよ」
食器を洗い終えると、言祝は、用事がある。と言って薄野の家から外へと出て行った。
どうにも腑に落ちない。
薄野がそう考えていると、早雪が洗面所の方へとぷかぷかと浮かびながら歩いていった。
お風呂でも入るのかな。
そう思う薄野だったが、一向にその気配がないので、不思議に思って洗面所まで見に行く。するとそこでは、電気もつけずに早雪が真っ暗な鏡の中で、自分の姿を見ていた。
「早雪……さん?」
普段とは違う早雪の様子に伺うように薄野が話しかける。
ゆっくりと時間をかけて2,3度瞬きをする早雪。ゆらりと薄野を振り返った時には、普段のにこにこ顔に戻っていた。
朝になっても言祝は戻らなかった。
薄野は一応早雪に、言祝の行方を聞いてみるが、満足な答えが得られないままはぐらかされてしまう。
「言祝さんなら平気だとは思うけど……」
昨日の買い物の帰りから突然様子の変わった二人が、薄野は心配だった。
あの時の二人の男が原因だろうというのは薄野も分かっていた。
知り合い? 同じ映画出身のスターとか?
そう考えて、ああ。と薄野は頷く。
それなら。
思い立ち、出かける準備をする。
準備が整い玄関に立つと、後ろから同居人の居候に話しかけられる。
「鎮さん」
うん? と靴紐を結びながら顔で振り返る薄野。
「外にいるの、気付いてますか? 数日前からずっとですけど」
あ。やっぱり。と、薄野。
「そうだ。昨日みんなに言おうと思ったんだけど。数日前からなんだ?」
「何もしてこないんでほっといてますけど、捕まえて吐かせますか?」
にやりと笑って言った居候に、薄野は小さく笑って首を振る。
「いや、いいよ。何もないならそれが一番だから。それより、もしもの時はみんなをお願い」
「任せてください! でも鎮さんは……平気ですね。鎮さんなら」
うん。と微笑んで、薄野は玄関を出る。途端にぴりりとした空気。何処からかは分からないが、誰かに監視されているのを肌で感じる。
薄野は気がつかない振りをして何気なく道を歩く。しばらくは誰かにつけられているような感覚があったが、公園で休んだりウィンドウショッピングを続けているうちにいつの間にかそんな気配も無くなっていた。
「……さて」
呟き、薄野は近くにあったインターネットカフェに入る。そこで一本の劇場公開アニメを探す。
「あった」
手に取ったDVD。薄野の探していたのは『優しい死神』という劇場公開アニメだった。パッケージには早雪と言祝の姿。
そう。二人の出身作品だった。
昼を少し過ぎたくらいに、言祝は薄野家に戻ってきた。出かけたときと同じ姿。
玄関のドアを開けようとしたところで、ほんの一瞬だけ止まり、しかしすぐに開けて中に入る。
みんなに挨拶をする言祝。薄野はまだ戻っていなかった。
言祝はそのまま早雪の部屋へと行き、早雪以外の誰の気配もしないと確かめた後に、小声で話し出す。
「早雪様。やはり、先日の二人はあの者たちで間違いありませんでした」
「……」
言葉は返さず、少し苦い顔をする早雪。
「どうやらあの二人以外にも複数人、銀幕市に実体化しているようです」
淡々と、結果のみを報告する言祝。
「……そう」
わかった。と早雪。
「目的は、やはり……」
「僕、だろうね……。いや、僕と言うよりは、僕の中の……」
言祝の言葉に返す早雪。目を潜めて最後は言葉を濁す。
「如何しましょう?」
しばらく考え込んで、早雪は答える。
「言祝は、どうしたい?」
真顔でそう問いかける早雪。その言葉は予想していなかったのか、一瞬驚いたように目を大きくした言祝だが、すぐに答えを返した。
「わたくしは早雪様のサポートの為に生み出されたものです。早雪様の選んだ道ならば、何処へでもお供させていただきます」
まっすぐに目を見て返す言祝。早雪は微笑んで、ありがとう。と返した後、続ける。
「でも?」
言葉の意味が分からずに、言祝ははてな顔で早雪を見る。もう一度、早雪が言う。
「でも? 希望はあるよね?」
「…………」
少しの沈黙。ぽつりぽつりと話し出す。
「わたくしは、この家。そしてこの家の方々がとても好きです」
部屋中に視線を巡らせ、そしてリビングのほうを見つめなおして言祝は言う。
「……僕も、そうだね。みんな大好きだ」
言祝の視線を追って早雪も言う。
「だから」
二人で目を合わせて、同じ言葉を言う。
「ここを出よう」
夕方になり、薄野が家に帰ってきた。
「お帰りなさいませ」
玄関で迎えた言祝に、薄野も笑いかけて言う。
「あ。言祝さん戻ってたんだ。おかえり」
その言葉に、一瞬だけ呆気に取られる言祝。
普段言われている言葉なのに、どうしてだろう。この家を出ると決めたからか、その言葉が心に響く。
「夕食が出来ていますわ」
「うん。手洗ってから行くよ」
リビングでは、食卓を囲んで薄野の帰りを待っていた。
楽しそうに雑談しながら薄野を待つ居候達を、早雪もまた楽しそうに眺めていた。
「……早雪さん? 大丈夫ですか?」
ぼーっとしていた早雪を心配そうに覗き込むもの。
「ははっ。つまみ食いのチャンスでも狙ってたんじゃねぇのかぁ?」
わらいながら言いつつ、自分がこっそりとつまみ食いしようとして手を叩かれたり。
「ごめん。少し遅くなっちゃった。みんなお腹空いてるよね」
戻ってきた薄野に盛り上がる室内。席について、みんなで食べる夕食。
「いただきます」
待ってましたと言わんばかりに、勢いよく食べ始めるもの。その様子を微笑で見るもの。マイペースで食べるもの。
「……うむ。言祝殿。この煮物はいい味が出ているな」
「ありがとうございます。実は隠し味にゆず胡椒を――」
「そうだ先生! 今日俺――」
「あ、僕もですよぉ〜。先生」
そんな様子をにこにこと見ている早雪。
こんな何気ない日常が。
おかしなほど幸せに感じられて。
嘘みたいに、穏やかな時間。
それが大切で。大切で。
「うん? 早雪さん食べないの? ……珍しい」
薄野が早雪を覗き込んで言う。そっちを見る早雪。
薄野の向こう。早雪を見る言祝と視線を合わせて。
「……ん。ぼーっとしてた。食べる。お腹すいたー」
そう、箸を伸ばした。
夜も更けた深夜。静かに、歩を進める影がある。
気配を殺し、その存在を悟られぬように慎重に歩く。
やがて玄関のドアに手をかけ、少しの作業。
「ちょっと待った」
「――!!」
声をかけたのは薄野。そして、ビクリとその声に反応した影。
早雪と言祝だった。
「こんな時間に、どこいくの?」
にこにこと笑顔で、薄野は二人に問いかける。
「…………」
「明日の朝食の山菜でも積みに……」
言いかけた言祝の言葉を早雪が手で制して、薄野に向きなおして言う。
「どうやら、気付いていたみたいだね」
その早雪の言葉に、言祝が小さくコホンと咳払いをしてから続ける。
「薄野様。わたくし達、今日を持ってこの家から出ようと思います……。今まで、大変に、お世話になりました」
丁寧にお辞儀をする言祝と早雪。薄野は真顔に戻り、言う。
「なんで……? って、聞いたらダメかな?」
「…………」
押し黙る二人。少し考えてから、早雪が答える。
「きちんと説明しないと……いけないね」
三人は一度リビングに行き、電気は点けないままでソファーに座る。言祝がお茶を用意している間。薄野は早雪を見つめ、早雪はずっと目を伏せていた。
「お待たせ致しました」
お茶を用意し、言祝が事情を話し始める。
「実は。薄野様も薄々気がついていたかもしれませんが、先日、わたくし達の後を付けていた二人の男性。彼らはわたくし達と同じ映画出身のムービースターです」
「あ……やっぱりそうだったんだ」
頷いて薄野。昼にインターネットカフェで二人の出身作品を手に取った薄野だったが、実は薄野はそれを見ることなく戻したのだった。
見れば恐らく、事情を知ることが出来る。あの時の二人の男も、自分の考えが正しいのか確認することが出来る。
けれど、やめた。
薄野は知りたい訳ではなかったのだ。
聞きたかったのだ。二人の口から。
だからあの場所では見ることなく、戻ってきたのだった。
「彼らは、早雪様の中に封じられている『死神』の封印を解こうとしている連中です」
言祝の説明に薄野が頷く。言祝は続ける。
「彼らは死神を唯一神として崇めていて、この街にきてからもそれは変わらず、『番人』である早雪様を探していたようです」
「薄野様が気になさっていた、視線、というのも、恐らくはこの連中でしょう。こちらの行動や戦力等を観察しているのでしょう」
現れたスターのことを話していく言祝。一通り話し終えたところで、薄野が質問する。
「死神の封印が解けると、どうなるの?」
その質問に、言祝はちらりと早雪を見てから、目を泳がせた。そして早雪自身が答える。
「まず一番最初に、『人間としての僕自身』が喰われ、その後はこの街の魂を際限なく喰い続ける……」
「…………させません」
ぎゅっと、手を握りこんで言祝が呟く。
「これから、どうするつもり……?」
薄野が二人に尋ねる。
「……しばらくは、居場所を転々として行方をくらますつもりです。攻め込みようにも、相手の拠点や戦力は調べる事が出来なかったので」
静かに、言祝。
「ここを出る理由って、もしかして、僕たちに迷惑がかかるから、とかかな?」
薄野のその言葉に、どう答えるか迷う二人。
30秒ほどだろうか。考えた後、早雪が正直に言った。
「僕たちのことで、迷惑を掛けるわけにはいかないから……」
「…………」
再び、沈黙。
何と言えばいいのか、薄野は迷っていた。
気持ちも、言いたい事も、最初から決まっていた。
伝えないといけないし、伝えたい。
「行こう。言祝」
早雪が席を立って言う。
「では、薄野様」
「ちょっとまって」
頭の中で整理している時間なんてない。薄野は思ったことをそのまま話し出す。
「もし、僕たちの立場が逆だったら、二人はどうしてた?」
「…………」
「…………」
考えて、言祝が答える。
「きっと止めますね……でも」
「うん。そういう訳にもいかない。っていう言い分は分かる。でも、どうして止める。って考えてみると。迷惑なんかじゃないんだ」
立ったまま、二人は薄野を見つめる。
「苦労することになるかもしれない。でも、たとえ苦労することになったとしても、好きな人達の為に苦労するのなら、僕は何も迷惑じゃない。それどころか、きっと嬉しい。この気持ち、二人も分かるよね?」
薄野の言葉に、ふっと微笑んで早雪が返す。
「分かる、けど。やっぱりそういう訳にいかないよ」
「この家が嫌になって、ここから出て行くのなら、止めたりなんてしない。けど、ここに居たいと思ってくれているのなら、僕は居てほしい。いや、僕だけじゃない。みんなそう思ってる。たとえどんな厄介ごとがあっても、絶対に平気。乗り越えてみんなで笑えばいい」
薄野は一気に言って、立ち上がって続ける。
「もう一度聞くよ」
はっとした表情の早雪と言祝を交互に見て、薄野は続ける。
「これから、どうするつもり……?」
その言葉に、早雪と言祝は顔を見合わせる。
そして二人同時に、小さく頷く。
薄野も。
早雪も。
言祝も。
どうしたいかなんて。みんな同じだった。
「面倒かけるけど」
早雪の言葉に、言祝ものせて二人で言う。
「ここに居ます」
「うん。いいよ」
にっこりと笑顔で、薄野は答えた。
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クリエイターコメント | こんにちは。依戒です。
プライベートノベルのお届けにあがりました。
あ、まず最初に。 この度は素敵なプライベートノベルのオファー。ありがとうございました! 薄野家の絆の一つを描かせていただけて、とても嬉しく思っております。
さて、いつものように長いお話は後ほどブログにて綴るとして、ここでは少し。
すいません。薄野さんをストーカー被害にあわせてしまいました……! いえ。軽いものですよ? 軽いもの。 あ、言うまでもなくストーカーは男性の方ですよ? あはは。 ストーカーの方はきっと、同居人の方にかなり怖い目にあわされたと思います。
と。それでは。 素敵なオファー。ありがとうございました。
オファーPC様。そしてノベルを読んでくださった方の誰かが。 ほんの一瞬でも、幸せな時間と感じて下さったなら。 私はとても嬉しく思います。 |
公開日時 | 2008-07-28(月) 18:40 |
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