★ 夕暮れに ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-6297 オファー日2009-01-10(土) 22:59
オファーPC コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ゲストPC1 植村 直紀(cmba8550) エキストラ 男 27歳 市役所職員
<ノベル>

 コレット・アイロニーは肩を竦めて足早に歩いていた。
 早く家に帰って、温かいココアを飲みたい。
 ぐるぐるに巻き付けたマフラーの隙間から、白い息が断続的に漏れている。
 一際強い風が吹き付けて、その白がかき消えた時、コレットはふと空を見上げた。
 空は夕陽の赤と夕闇の藍色で複雑なコントラストを醸し出している。
 頭を掠めたのは、高校時代の事だ。銀幕市に魔法がかかる前の、もう何年も前の話になる。
 あの時も、こんな風に寒い日だった──

 ◆ ◆ ◆

 コレットは学校が終わり、とぼとぼと歩いていた。
 その足は、市役所へと向かっている。
 ぐるぐるに巻いたマフラーの隙間からは、白い息が漏れる。頭の中はその吐いた息よりも白く、この灰色の曇天のように濁っていた。
 コレットの耳には、クラスメイトの嘲笑と共に声が響き続けている。
 ──ねー知ってる? あいつシセツシュッシンだって。
 ──ああ、オヤにステられたんでしょ?
 ──このゴジセイに、オヤにステられてシセツグラシって、映画じゃあるいまいし。
 これ見よがしに投げかけられる言葉は、まるで殴られるかのように痛かった。実際、それはコレットの心を容赦なく切り刻み、殴りつけた。
 コレットが親に愛して貰えなかったのも、施設に厄介になる事になったのも、すべてがコレットのせいではない。それこそ、オヤノツゴウというものだったのだ。決して今の施設が嫌いだという事もないが、コレットは両親に愛して欲しかったし、両親と共に過ごしていたかった。
 それでも容赦なく突き刺された言葉はひどく痛くて、その痛みは思考を止まらせ、真っ白にさせた。耳の奧で響き続ける嘲笑は、気持ちをぐしゃぐしゃに濁らせた。
 それをどうにかしたくて、でもどうすればいいのかわからなくて、今にも涙が溢れそうになった時。
 ふいに嘲笑の中に、静かな穏やかな声が蘇った。
 ──何か困った事があったら、いつでも相談に来てくださいね。
 だからコレットは、市役所へ向かって歩いていた。
 自分の話を聞いてくれそうなのは、穏やかな笑みを浮かべた植村直紀しか、思い付かなかった。

 市役所に着くと、コレットはきょろりと見回した。広報課のプラカードの下がるその一帯の中に植村を見つけると、そのまま声を掛けそうになる。しかし、市役所に女子高生が現れるなど、そうそう無い。しかもコレットは金の髪に緑の瞳という、黒髪黒目が標準である日本においてはかなり目立つ派手な容姿を持つ。市役所員のみならず、市役所を訪れていた住民たちの目をもがコレットに行くのは、しごく当然の事だった。しかし相変わらず耳の奧で響く声も相まって、コレットは思わず立ち止まった。緑の瞳を揺らがせると、ふと視界の端に椅子が映る。コレットはそこで待とうと、隅の方の椅子を選んで座った。しばらくはちらちらと向けられる視線があったが、やがてそれもなくなった。ほっと息を吐いて、コレットは顔を上げる。
 植村は、広報課のデスクで忙しく書類を片付けていた。時折、眼鏡のブリッジを押し上げながら、真剣な眼差しで向かい合い、ペンを走らせ続けている。誰かが来れば手を休めてそちらを見て、穏やかに笑みながら受け答えをしている。
 コレットはなんだかじんわりとして、それと同時になんだか切なくて、慌てて俯いた。
 早く、早く、植村さんと話がしたい。

 いつの間にか眠ってしまったのか、気が付くと市役所に人気が無くなっていた。慌てて立ち上がると、肩からタオルケットが滑り落ちた。それを拾い上げて、辺りを見回す。蛍光灯の光だけが無機質な光を投げかけていた。
 扉の開く音がしてそちらを向くと、植村が盆を持って入ってきた所だった。コレットに気付くと、穏やかな笑みを浮かべる。
「目が覚めましたか? アイロニーさん、でしたね」
「え、あ、はい……あの、これ」
 コレットがほんの少し期待しながらタオルケットを差し出すと、植村は応接用のテーブルに盆を置きながら「ああ」と笑った。
「こんなところで眠ったら、風邪を引いてしまいますからね。起こそうか迷っていたら、女性所員が用意してくれたんですよ」
 そうだったんですか、とコレットは呟く。折りたたんで渡すと、植村は変わらず微笑んで受け取り、椅子を勧めた。テーブルの上では、コーヒーが湯気を立てて香ばしい香りを漂わせている。
「コーヒーで大丈夫でした?」
「はい、ありがとうございます、植村さん」
 にっこり微笑むと、植村もまた微笑み返す。
 熱いコーヒーは、やっぱりなんだかじんわりとした。
 しばらく黙ってコーヒーを啜っていたが、やがて植村が口を開く。
「僕でよかったですか?」
「え?」
 顔を上げると、植村は苦笑して首の辺りを掻いた。
「他の人に残業させるわけにはいかないし、面識があるのは今日は僕だけだったので僕が残ったんですけど……もしかして、他の人を待っていたんじゃないかと思いまして」
「そんな事!」
 コレットは思わず立ち上がった。
 植村は驚いた顔をしてコレットを見上げている。コレットは拳を握った。
「私……私、植村さんに聞いて欲しくて……植村さんしか、思いつかなくて……」
 その後は言葉にならなかった。
 唇を噛んでいると、植村は静かに口を開いた。
「落ち着いてください、アイロニーさん。……どうか、したんですか?」
 優しい声。
 優しい眼差し。
 途端に、抑えていたものが堰を切って溢れだした。植村に縋り付き、泣きじゃくった。迷惑だとか、はしたないだとか、そんなものはどこかに吹き飛んでしまっていて。ただただ、泣いて泣いて。
「わた、わたしっ……私、お母さん達にいらないって……お前なんかゴミだっていわ、言われて……っ……、その事クラスの子に……ひどい…… 私、施設に入りたくて入った訳じゃ、ない…のに……っ!」
 叫ぶように絞り出すように、コレットは耳の奧で響き続ける声を否定した。
 どうすれば好いて貰えるのかと、頑張った。けれど、何をしても怒られたし、せせら笑いながら殴られたし、詰られた。終いには殴られてボロボロになったまま施設に放り込まれた。
 どうして、という気持ちと、なんで、という気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合って、その先はもう何も考えられなかった。言葉にもできない。ただ叫ぶように泣いて。そして、今も──……
 ふいに温かな手が、背中を軽く叩いた。コレットは緑の瞳を見開く。おそるおそる、まるで子供をあやすようなそれにまた涙が込み上げて、コレットは泣いた。
 植村は、コレットが泣き止むまでずっとそうしていてくれた。

 コレットは植村と二人、歩いていた。
 泣き止んだコレットに、植村は冷たいタオルともう一杯のコーヒーを入れてくれた。それを飲み終えると、コレットを施設まで送ると申し出てくれたのだ。コレットは嬉しかった。
 白い息を吐きながら、コレットは歩く足を少し遅くした。もう少しで施設に着く。そうしたら、植村と別れなくてはならない。それがたまらなく寂しくて、ぐるぐるに巻いたマフラーに鼻先まで埋めた。
「アイロニーさん」
 ふいの声に、コレットは顔を上げる。立ち止まろうかと思ったが、植村が歩き続けるので、残念に思いながら言葉を待つ。植村は前を向いたまま続けた。
「始めに僕を頼ってくれた事は嬉しいです。けれど、僕なんかよりずっと貴方を心配している人がいる事を、忘れてはいけませんよ」
 コレットは眉根を寄せた。
 そんな人、いない。
 そう、言おうとして。
「コレット!」
 自分を呼ぶ声に、顔を向けた。
 視線の先には、親に放り込まれた養護施設。そこから駆けてくる、寮母。その顔が険しくて、怒られると思った。けれど、そうはならなくて。コレットは呆然とした。
 寮母は、コレットを抱きしめたのだ。
「この子は何にも言わないで、こんな時間まで……心配させないでちょうだいっ!」
 その声が涙声で、コレットはどうすればいいのかわからなかった。
 今まで、こんな事をしてくれる人なんていなかった。
 自分を心配して、泣いてくれる人なんて。
「アイロニーさんが眠っている間に、寮母さんから電話があったんですよ」
 植村の声に、コレットは顔をそちらへ向けた。植村の穏やかな目が、コレットの緑色の瞳に向けられている。
「学校はとっくに終わっている時間なのに、まだ帰ってこないと。それはとても心配した様子で」
 コレットは少なからずショックを受けた。
 それと同時に、申し訳なくなった。
 こんなにも自分を心配してくれる人が、こんなにも身近にいたのに気付けなかった自分が、恥ずかしかった。
「ごめん、なさい」
 消え入るようなコレットの声は、しかし確かに寮母の耳に届いている。寮母が微笑む。その微笑みに、鼻の奥がつんとした。
「心配かけて、ごめんなさい……ありがとう」
 寮母のふくよかな体を抱きしめて、コレットはまた泣いた。
 その涙は、とても温かかった。

 空は夕陽の赤と夕闇の藍色で複雑な色をしていた。
 その空を眺めながら、植村はやれやれと小さく息を吐く。
「植村さん!」
 声に振り返ると、目を真っ赤に腫らしたコレットが微笑んで手を振っている。
「私、いつかきっと、恩返しするからね!」
 まだ幼い少女の言葉に、植村は小さく微笑んで軽く手を挙げた。
 楽しみにしています、そう告げて、また夕空の下を歩き出す。
「今日は外で食べるかな」

 ◆ ◆ ◆

「ただいまー」
「おかえり!」
 幼い子供達の声に、コレットは笑みを零す。子供達はとても可愛らしく、何よりコレットを慕ってくれた。その向こうから、相変わらずふくよかな体の寮母がエプロンで手を拭きながらやってくる。
「おかえり、コレット」
 その笑みは、あの時のまま変わらない。
 そしてこの優しい笑みに気付けたのも、あの時、植村がいたからだ。
 コレットは微笑む。
「ただいま」

クリエイターコメントこの度はオファー、ありがとうございました。
木原雨月です。

捏造歓迎、という事で、女子高生と大人の男性、をコンセプトに色々と足したりかけたり(?)しながら書かせていただきましたが、いかがでしょうか。
お気に召していただければ、幸いです。

何かお気づきの点などがございましたら、遠慮無くおっしゃってくださいませ。
改めまして、オファーをありがとうございました!
公開日時2009-02-10(火) 18:40
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