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<ノベル>
その日、邑瀬文は悲愴な顔で、対策課を訪れたムービースターに告げた。
「大変遺憾ながら、私ではお力になることができません。残念です」
「そんなこと言わないで、何とかしてよ! 文さんにも責任あるでしょ!?」
顔を真っ赤にして梛織は叫ぶ。涙目だ。
「と言われましても……。せめて、女性職員に相談してください」
「文、梛織が女にパンツの相談が出来ると思ってるのか? 正気か?」
それまで黙って聞いていたクライシスが、声を発した。
「ですよねー。いえ、私に相談されても大変困るのですが」
「困ってるのはこっちだよ! この子超フリーダムなんだもん!」
梛織はびしりとエメラルド・レイウッドを指さす。クライシスの腰にしがみついていた少女は、首を傾げた。
クライシスはにやりと笑い、肝心なところをぼかして言う。
「なおみママは初心だからナ! オープンな娘は照れるんだってサ!」
「オープンな……ああ、確かに」
邑瀬はエメラルドに目をやり、納得したように頷いた。
エメラルドの出身映画は、前世紀が舞台だ。服飾文化なんかかなり違う。特に見えない部分。
「どうにかしてよ……」
梛織は顔を覆ってうつむいた。羞恥と疲労で死にそうな気分だった。
怪獣島の大捕物から数週間。
エメラルドの現代化教育を任された梛織は、順調に育児ノイローゼに罹っていた。
十九歳男子(彼女なし)にとって、十三歳女児(精神年齢五歳)の母親を務めるのは筆舌に尽くしがたい激務だった。
悩みを相談できる相手がいないため、心労は雪だるま式に膨れていき――。
ビルの屋上から紐なしバンジージャンプをする前に、対策課へ駆け込んだのだが。
溺れた時にすがる藁、邑瀬は頼りにならなかった。
「服なんか売っています。買ってください。そもそも無理なことをお願いしたわけですから、エメラルドさんを預かってくれる女性職員がいるか声をかけて――」
「わし、嫌だ!」
エメラルドはクライシスの服を強く握りしめて眉をつり上げた。
「クライシスとなおみママと、一緒! 楽しい!」
「ママでいいよもう、うん。問題は、さ。エメ嬢の服とか、し、した……そういうもの買わなきゃいけないんだけど、俺はよくわからないし、お姑さんに任せても何買うか……」
「喧嘩を買って欲しいのか? アァ?」
クライシスのちょっかいをスルーして、梛織は身を乗り出した。
「だから、文さんついて来て!」
必死な顔で必死のお願い。邑瀬はしたり顔で頷いた。
「ダブルデートですね、わかります」
「もうそれでいいよ!」
「え」
はぐらかしたはずが自爆特攻されて、邑瀬は面食らう。数秒動きを止め、無駄に男前に請け負った。
「わかりました。私も男です、責任を取りましょう」
「かいもの、行くする?」
「だってサ。荷物持ちがいるから好きなモン買えよ」
「わーい!」
目をキラキラさせながら、エメラルドは喜びの舞いを披露する。その勢いで梛織に飛びつき、梛織は転んで顎を打った。
邑瀬は甘酸っぱくならない若人達を見て、遠い目になった。
一つ屋根の下、年頃の女の子と寝食を共にし、ウフフなハプニング(ポロリもあるよ!)が起こる毎日。
「シチュエーションは王道なんですが、理想と現実はだいぶ違うんですね……」
明るい店内。あふれる商品。あふれる客。
そんなわけで、四人はデパートに来ていた。
「いきなり下着はハードルが高いかと思いますので、アウター選びから始めましょうか」
邑瀬が声をかける。クライシスは気のない返事をする。
「いいんじゃないか。な、梛織?」
「ウンソウダネ」
ミッションコンビの片割れは、緊張のあまり右手と右足を一緒に動かしていた。彼の回りをエメラルドがうろちょろと走り回っている。棍棒を持っていなければ、ただのワイルドな女の子だった。
「エメラルドさん、どんな服が欲しいですか?」
「う?」
邑瀬に振られて、エメラルドはリクエストした。
「毛皮! 寒い、なるなるの季節、毛皮、ぬくぬく」
「グレーフォックスのコートですね。万事屋さんの出世に期待しましょう」
「出世払いか。金利で破産するナ!」
「そうだね、するね」
梛織の合いの手が生温かった。
「…………」
「…………」
邑瀬とクライシスはアイコンタクトを交わし、紳士協定を結んだ。
ツッコミのない人生は、油田が枯れたオイルダラーのようなもの。つまり終わりだ。
キレのあるツッコミを復活させるために、今はボケを我慢しようではないか。
「流行がわからないのは私も一緒ですから……店員の方に相談しながら、服を選ばれてはいかがでしょう?」
「そうだな。エメ! あの店に行くぞ」
「うん」
クライシスと手を繋ぎ、エメラルドはティーン向けのアパレルショップに向かった。
後ろ姿が陳列棚の間に消える。梛織は大きく安堵のため息をついた。邑瀬は無言で肩を叩いた。
女性向けのフロアで男二人。少し目立つが、休憩スペースに集う男性陣に紛れてしまえば問題ない。先客は一様に、ぐったりした様子で悟った表情をしていた。
女性の買い物というのは、だいたいそんなもんだ。それでも放置してもらえればまだいい。服選びに付き合わされると、天国の呼び声が聞こえるようになる。
隔離空間での安らぎは、短い時間で終わった。
「なおー! いるする、どこー?」
エメラルドが呼んでいる。
腰を浮かせてためらう梛織の腕を、邑瀬は掴んだ。足早に売り場へ戻る。
「楽しみですね」
「……うん。お姑さんのセンスじゃないなら安心だね」
服選びという重圧から解放されたせいか、梛織は少し余裕を取り戻していた。
「わし、変か?」
「感想を言えよナ!」
エメラルドはもじもじと足踏みしながら待っていた。梛織を見上げて不安げに眉尻を下げる。子鹿柄のカットソーに、ふわふわシフォンの秋色スカート。まともな格好をすると普通に可愛かった。
その横で、クライシスがすごく得意そうな顔をしている。
梛織はショッピングの憂鬱を吹き飛ばし、見違えた野生児を褒めた。
「かっわ……! 可愛いよエメ嬢! 変じゃないよ、似合うよ!」
「こういう路線をお好みですか、そうですか」
納得した邑瀬は店員を呼ぶ。
「すみません、あのマネキンが着ているジャケット、それからあちらのロングスカートを。あのワンピースは色違いがありますか? それはよかった。では見せていただけますか。ついでに、トップスを五着ほどお願いします。セレクトは貴方のセンスにお任せします」
すごく手慣れたセレブな買い方だった。
クライシスは口を開き、何か言いかけてやめた。ボケにボケが重なった後、ツッコミ不在は厳しすぎる。
店員がうやうやしい態度で服を持ってくる。
レースとベロア、シフォン素材にキュートなモチーフ。砂糖菓子のような甘いファッションに囲まれる。
「このようなチョイスでいかがでしょう」
「甘ったるいコレクションだな。似合うんじゃないか? ふつつかな嫁はどう思う?」
「よくわかんないけど……いいんじゃないかな。で、でもこんなに払えないよ!?」
「デートですから奢ります、梛織さん」
「待って! ダブルデートって言ったけど、奢る相手が違うよそれ!」
「……ちっ。奢りますよ、クライシスさん」
「当然だナ!」
「エメ嬢の服を買いに来たんだろ! あと『ちっ』って何!?」
梛織が裏手でつっこむ。
戻ってきたいつもの流れに、クライシスと邑瀬はにやりと笑った。
その時。
「うー……」
唇を尖らせたエメラルドが、うつむいた。
梛織は膝をつき、下から顔を覗く。
「どうかしたの? 文さんの言い方はいじわるだけど、エメ嬢のこと嫌いじゃないよ? ね、文さん」
「好きですよ。萌えの対象です」
「うーうー……」
そうではない、と言うように彼女は地団駄を踏む。
「腹が減ったのか?」
「そうですね。ちょうどお昼時ですしランチでも――」
大人組がデートの流れを相談している。
エメラルドの瞳から涙が零れた。梛織の頬にぶつかる。
「なお、きらい!」
野生児は叫んで、逃走した。
一階にあるオブジェのてっぺんで、エメラルドはストライキをしていた。
「機嫌を直してください」
邑瀬が声をかけても効果なし。梛織は『きらい』の一言で、再起不能な感じに落ち込んでいる。
クライシスは腕を組み、居丈高に命令した。
「エメ! おまえ人間だろ! 言いたいことは口で言え!」
「……なお、可愛い、言った。似合う、言った。変じゃない、言った」
それが原因だ、とエメラルドは言う。しかし女性のショッピングに付き合って、試着室から出てきた時の言葉としては正解だ。
「可愛くて似合って変じゃなくて、何が不満だ!」
クライシスが聞く。エメラルドはそっぽを向いた。
邑瀬は眉根を寄せる。
「困りましたね……。定時で帰りたいのですが」
「イイご身分だナ、公務員」
「エメ嬢、あのさ」
梛織は静かに声をかける。
「もしかしてその服が嫌だった? 可愛くても似合っても……っ、着たくない服ってあるよね!」
なおみママの主張が、実感たっぷりな理由は割愛する。
「全然違うこと言ってたらごめん。でも合ってたら、着たい服を探しに行こう?」
梛織は手をさしのべる。顔を真っ赤にして涙と鼻水を垂れ流す少女は、大きく頷いた。
「なおおおおぉおぉぉぉぉ!」
そして跳んだ。
後に邑瀬は語る。『いきなり飛び降りてきた人を、子供とはいえ受け止めるなんてすごいですね。根性ですよね。尾てい骨打って、座るのに苦労してるみたいですけど』と。
「――で、そういう服が着たかったのか」
「うん!」
ショッピングをやり直して、インターバルの昼食タイム。最上階のレストランで、四人は向かい合って座っていた。ちなみに席順は梛織とエメラルド、クライシスと邑瀬だ。
頬杖をついてにやりと笑うクライシスに、エメラルドは力強く返事をした。
邑瀬は熱くなる目頭を押さえた。
「これはこれで萌えるんですけど、涙が……」
「格好いいよ、うん」
梛織はうつろな目で呟く。
エメラルドの選んだ服は、着崩した黒いスーツとワイシャツ――クライシスとお揃い、だった。
クライシスは「いい趣味だゼ!」と親指を立て、梛織は将来を想像して気が遠くなり、邑瀬は倒れた。
パフェをもぐもぐ食べるエメラルドが、幸せならそれでいいことにする。
邑瀬はカプチーノを飲み干し、すっかり成長を遂げたエメラルドを見て、梛織を見た。
「後はパンツですね。ブラジャーも遅いと肉が流れて取り返しのつかないことになりますし。頑張ってください、パンツ選び」
パンツを連呼されて梛織はココアを噴いた。
「え、ちょ、ま、ついてきてくれないの!?」
「冷静に考えてください。男同士で女性のパンツを選んでいたら変態じゃありませんか」
「一人でも変態だよ!」
「一人じゃないだろ。そうだよな、エメラルド?」
「うん!」
クライシスのナイスアシストが入る。
梛織は一緒に下着を選ぶところを想像して、首まで真っ赤に茹だった。
もちろん、ツッコミ不足に逆ギレしたいじめっこ組のささやかな冗談だった。
「さて、そろそろ参りましょうか。今日はデートですから、お会計は私が」
「当然だナ!」
邑瀬が伝票を手に立ち上がる。クライシスも行動を開始する。
「待ってえええええ!」
梛織の悲痛な叫びは、過半数を超える意見により却下された。
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クリエイターコメント | このたびはオファーありがとうございました。
以前のプラノベの続編ということで、マイ・フェア・レディに……なりませんでした(ジャンピング土下座)。 野生児(と黒い公務員)が苦労をおかけしております。
お気に召していただければ幸いです。 |
公開日時 | 2009-07-26(日) 23:00 |
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