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<ノベル>
勢いよく、小さなメディカルショップの扉が開かれる。何事かと、店長のティモネは目を見張る。
「ティモネちゃん、お誕生日おめでとう!」
いきなり現れたのは、悠里だった。ぱちぱちと拍手をし、再び「おめでとう!」と言う。
「え、悠里さん? おこんにちは」
にこ、とティモネは笑う。悠里はつられて「こんちわ」と言った後、頭を横に振る。
「ええと、そうじゃなくて。誕生日、おめでとう!」
悠里の言葉に、ティモネはきょとんとする。そこに「ティモネー」と声がかかった。
「包帯がなくなったんだが」
そう言いながら現れたのは、スルト・レイゼン。スルトは店内にきょとんとしているティモネと、悠里の姿を見て「お」と口にする。
「悠里もいたのか」
「まあね! ティモネさんの、誕生日だからね!」
「スルトさん、おこんにちは」
「おう。って、ティモネ、今日が誕生日なのか?」
スルトの問いに、ティモネは小首を傾げる。
「いいえ」
え、と同時に悠里とスルトが声を上げる。
「ティモネさん、今日が誕生日じゃないの?」
「違うわよ」
「じゃあ、何で悠里は誕生日だって言ってるんだ?」
「不思議ね」
にこ、とティモネが笑う。
「あれ? ティモネさん、今日だったと思ったんだけどなー、誕生日」
悠里は「うーん」と考え込みながら言う。
「ちょっと前に、過ぎているんだけど。悠里さん、不思議な事言っているなぁって思っていたのよ」
「悠里、どこでティモネの誕生日情報を入手したんだ?」
スルトの問いに、悠里は肩を竦めて「忘れちゃった」と言って笑う。
「まあ、いいや! とにかく、時期は過ぎちゃってもいいから、お祝いやろう、お祝い!」
「お祝い、ですか?」
「うん、お祝い! 誕生日があったのは、間違いないんだし」
悠里の言葉に、スルトが「そりゃいいな」と言って笑う。
「折角だから、俺も参加させてくれ」
「勿論! いいよね、ティモネさん」
確認を取る悠里に、ティモネは「もちろん」と言って微笑む。
「じゃあ、早速今から行くか?」
うきうきと言うスルトに、悠里は「あ」と声を上げる。
「お店、やってるんだよね。終わるまで待とうか?」
心配そうに言う悠里に、ティモネは微笑んで「問題ないですよ」と答える。立ち上がり、メディカルショップの表にかけていた札を「CLOSE」へと変える。
「これで、大丈夫。さあ、行きましょう」
にこにこと言うティモネに、悠里は「うん!」と大きく頷く。
「あ、その前に包帯だけは売っといてくれよな」
レジを閉めようとするティモネに、スルトが声をかける。ティモネは頷き、包帯を出して渡す。
本日、最後の客となった、スルトへ。
悠里が選んだ店は、居酒屋だった。夕方から訪れた為、まだ客はまばらだ。突き出しと共に最初の飲み物を注文し、それぞれがメニューを見ながら適当に選ぶ。
「ティモネさん、梅酒にしたんだね」
悠里がティモネのグラスを見て言う。ティモネの手には、梅酒のロックがある。
「悠里さんは、ブルーハワイなのね。甘いのが好き?」
「うん。甘いカクテルが好きで。スルトさんは?」
「俺はビールだ。一杯目はビールだと、どこかで聞いた」
スルトがジョッキを掲げる。しゅわしゅわ、と泡がはじけている。
「ビールが好きなの?」
ティモネの問いに、スルトは「うーん」と唸る。
「本当は別の酒が好きなんだが、メニューになかった」
スルトは苦笑する。スルトは、砂漠の民。口に馴染んでいる酒が、このような居酒屋のメニューにある筈もなかった。
「まあ、いいや! 乾杯しよう、乾杯!」
「何に乾杯するんだ? ティモネの誕生日は過ぎたんだろう?」
「別にいいじゃん、誕生日はちょこっと過ぎちゃったけど!」
悠里はそう言い、グラスを掲げる。ティモネは「あら」と言いながらも、同じくグラスを掲げる。
「それじゃあ、ティモネさんの誕生日に、かんぱーい!」
グラスたちが触れ合う涼しげな音が響く。そして、各自が頼んだ酒を口にする。一気に、ぐいっと。
「あははー、あたし、全部飲んじゃった! 次頼んじゃおう、次!」
「私も。あ、でも私は梅酒と決めているから、メニューは要らないわ」
飲み物メニューを持つ悠里に、ティモネはそう言って笑う。
「俺も飲んでしまった。……折角だから、ピッチャーで貰うか」
スルトはそう言いながら、メニューを見つめる。こうして、二杯目はティモネが同じく梅酒ロック、悠里がチャイナブルー、スルトはビールのピッチャーとなった。
料理が運ばれてきて、三人の飲むペースは少しだけ緩やかになる。が、相変わらず飲み続けているのには変わりない。
「ティモネさん、酔って来ちゃいましたー。ティモネさん、酔っちゃってますよー」
えへへーと笑いながら、ティモネは悠里に話しかける。
「私も、ちょこっと酔ってたり。あーでもお酒は美味しいなぁー」
悠里も頷きながら、何杯目かのカクテルを飲み干す。顔は、真赤だ。
「スルトさん、全然顔色変わらないねー」
ふとスルトの方を見て、悠里が感心したように言う。ティモネは「あらあら」と言いながら、スルトに近づく。
「スルトさん、お酒強いのねー?」
近づくティモネに、スルトはびくりと体を震わせ、後ずさる。
「な、何をぅ」
スルトの言葉に、悠里とティモネが顔を見合わせる。
「別に、強い訳れは、にゃいぞー!」
顔色は変わっていないのに、呂律が回っていない。思わず、悠里とティモネは吹き出す。
「スルトさん、楽しいー!」
「いいわねぇー、こうなったら、とことん飲みましょうねぇー」
二人の言葉に、スルトも「おー」と拳を握る。
「しゃんせいだー。俺は、今日、飲むぞぉ」
三人は再びグラスを掲げ、本日何度目かになる「乾杯」を告げる。既に、何故乾杯しているのか分からなくなっている。
「お姉ちゃん達、楽しそうだねぇ。おじさん達とも、飲むかい?」
盛り上がる三人に、見知らぬおじさんが話しかけてきた。
「えー要らないよー」
悠里がひらひらと手を振る。
「とっとと消えやがれ、です」
ふふ、とティモネが笑う。それを聞き、おじさん達は「何だと?」と怪訝そうに言い返す。
「いいじゃないか、なぁ、姉ちゃん?」
ぽん、とおじさんがスルトの肩を叩く。
そう、丁度スルトがおじさん達に背を向けていたのが、良くなかった。ちょっぴり薄暗い店内で、髪が長くて、ほっそりとしたシルエットのスルトを、女だと見間違ってしまったのだ。
「なーんーらーと?」
スルトは口をへの字に曲げて振り返る。それを見て、おじさん達は「ひっ」と声をあげ、慌てて去っていく。その様子を見ていたティモネと悠里は、大喜び。
「あいつらぁ……俺を女だとぉ?」
「いいじゃない。可愛らしいって思われたのよー」
ティモネはそう言って「ばんざーい」と手をあげる。
「そうそう。スルトさん、ばんざーい!」
悠里も同意し、真赤な顔のまま手をあげる。
「そうか、そうか……あははははは、ばんざーい!」
スルトの何かの臨界点が突破し、笑いながらバンザイをする。三人でひとしきり「バンザイ」を繰り返した後、再び「かんぱーい!」との声が響く。
定員が「ラストオーダーですが」と言ってくる、その時まで。
一件目の居酒屋を出た後、悠里は「次行こう、次」と言いながら、ティモネの腕を引っ張っていっていた。
「ティモネさん、次行っちゃうぞー」
あはははーと、ティモネもご機嫌で向かう。そして、同じく楽しそうに歩いて付いてくるスルトの方を振り返る。
「スルトさーん、何か、面白い事、やってぇ」
「面白いころ、だとぉ?」
「あははは、それ、いい。スルトさん、いっちょやってー!」
悠里とティモネに後押しされ、スルトは「よぉし」と言い、近くにある電柱に、ぴょんと飛びつく。
「コアラだー」
途端、あはははは! と、一層大声で悠里とティモネは笑う。
「負けないよー。あたしも、コアラー!」
悠里は、また別の電柱に抱きつく。ティモネは「いいなーいいなー。ティモネさんもー」と言いながら、悠里が抱きつく電柱の逆側に抱きつく。
「ダブルコアラー」
あはははは! と、再び笑う。もう、何をどうやっても楽しくてたまらない。
「次はーバーだね、バー」
悠里は電柱から離れながら、二人に言う。
「バー? ビー?」
小首をかしげながら、ティモネは言う。
「ブーベー?」
更に、スルトが続ける。
「ボー!」
最後に、悠里でしめる。再び、爆笑。
「そうじゃなくってぇ! お酒いっぱーいある所だよー」
「梅酒もいっぱいー?」
「いっぱーい!」
あははは、とティモネと悠里が笑う。
「ゴマ団子も、あるのかぁー?」
「あるかもー。ううん、あるよ、きっとあるよー!」
「そうか、なら、よし!」
ぐっとスルトが拳を握る。そして、悠里と顔を見合わせて笑った。
「バーへレッツゴー!」
オー、と三人合わせて拳を天に突き上げる。道行く人が何事かと、三人をちらりと見てくるが、気にしない。気にならない。
こうして、三人は悠里を先頭にバーへと向かった。たくさんのお酒と、梅酒と、もしかしたらあるかもしれないゴマ団子を目指して。
「あはは、悠里さーん。まだー?」
「もうちょっとだよー」
「ゴマ団子はまだかー?」
「それはもっとまだー」
楽しそうな三人の声は、まだまだ明けそうもない夜の街へと消えていくのだった。
話は、それで終わらない。
いつ、どうやって、三人は店を後にしたか覚えていない。気付けば、それぞれの家へと戻っていて、目が覚めれば強烈な頭痛と、腹の中をぐるぐると回るような吐き気に襲われていた。
トイレへ駆け込む。水を飲む。倒れる。
この一通りを、三人揃って繰り返していた。別の場所にいながらも。
「いつ、戻ってきたのかな」
ぼんやりとした頭で、ティモネは呟く。店に、二日酔いの薬があった筈だから、取りに行こうかと考えながら。
だが、動く事すら億劫でたまらない。傍でごろごろしているバッキーのアオタケは、役に立ちそうもない。
ティモネは唸りつつ、再び水を飲み込む。やはり、店に行ってやろう、と決心しながら。
そうして、ふらつきながらも店に辿り着くと、既に客が待っていた。同じようにだるそうに、そして頭を抱えている悠里とスルトが。
「ティモネさん……二日酔いの……薬を」
うっと口元を押さえつつ、悠里が言う。
「俺もだ。……おっと、声を出すな。響く」
うう、と頭を抑えつつ、スルトが言う。ティモネは、ただ頷きながら店を開ける。
昨晩、バーでも三人は浴びるように酒を飲んだ。ティモネは梅酒を、悠里は甘いカクテルを、スルトは好きなお酒がないから適当に。因みに、ゴマ団子はなかった。
三人は別々のものを絶えず飲んでいたが、ここに来てまったく同じものを口にする事となった。昨晩から一緒にいて、ようやく初めて。
こうして、揃って二日酔いの薬を口にするのだった。
弱々しい「乾杯」のコールと共に。
<頭の奥に「乾杯」を響かせながら・了>
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クリエイターコメント | お待たせしました、こんにちは。霜月玲守です。 この度は、楽しい飲み会の様子を書かせていただきまして、有難うございます。
お酒を楽しく飲むのは、大変宜しいかと思います。明らかに飲みすぎですが、これもまた人生の一こまと思えば良いと思います。 ちなみに、砂漠の民が好むというお酒を探してみたのですが、上手く探しきれませんでした。すいません。
少しでも気に入ってくださると嬉しいです。 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。
これにて、銀幕での記録は終了となります。最後まで書かせていただきまして、本当に有難うございました。 |
公開日時 | 2009-07-23(木) 18:20 |
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