★ 魔法を越えた絆 ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-8406 オファー日2009-06-24(水) 00:22
オファーPC 梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
ゲストPC1 クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
<ノベル>

 人もまばらな夕暮れ前の喫茶店。二人の男がぼんやりとしながら注文した軽食を待っている時だった。
「……はぁ」
 サラサラな黒髪を風に揺らしながら、男は小さく溜息をつく。
「溜息? 最近多いね」
 向かい合って座っていた茶髪の男が楽しそうな笑みで続ける。
「悩み、というよりは。恋煩いのような溜息だね。どう?」
 当たってる? と茶髪の男。
 うん? その言葉に視線を右に考え込む黒髪。
 こんな二人組みを、知っている。魔法の掛かった街の、親友の二人だ。
 けれど、ここにいる二人はそんな二人とどこか似ていてけれど違う。親友同士であることには違いは無いのだが、ここは魔法の街では、銀幕市ではない。
 加えていうのならば、黒髪の方の瞳は銀ではなくて黒。茶髪の方はトレードマークの一つである眼鏡をかけていない。おまけによく見れば件の二人よりは二人とも大人びた印象だ。
 そう。ここは銀幕市ではない。つまりは、この二人は梛織とクラスメイトPの二人ではないのだ。ムービースターである二人は、銀幕市の外に出る事は出来ないのだから。
 梛織によく似た黒髪の男の名は、アルバート。過去に梛織の役を演じた俳優だった。そしてアルバートの前に座っているのは親友のリチャードだ。
 以前、アルバートは銀幕市へと行って若い頃の自分達に会っていた。その時の喜びを思い出し、最近はもう一度会いたくて悶々としていたのだった。
 そういう意味では、リチャードの言った恋煩いというのもあながち間違いではないのかもしれない。
「ん?」
「あ」
 鼻の奥の方のむずむずとした違和感をアルバートが感じた時、リチャードも気がつく。見るとアルバートの鼻からつつつと鼻血が一筋、控えめに垂れていた。
「はい。ハンカチ」
「あぁ、サンキュ」
 ハンカチを取り出してリチャードが渡す。受け取ったアルバートが鼻血が出ている右の方をハンカチで押さえる。そして勢いよく席を立って言う。
「若い頃の俺に会いに行こう」
 それは、行こう! であり、行こう? である。決意でありお誘い。つまりは一緒に行こう。強引にでも連れて行くよ。という事であった。
「え、うん」
 流れで思わず呟いたリチャードだったが、言葉の意味などは全然考えていなく、ただ目の前で立ち上がったアルバートを見上げてこんなことを考えていた。
 出血多量とか大丈夫かなぁ。
 立ち上がったアルバートの鼻にあてられたハンカチは、既に真っ赤に染まっていて、その雫がポタポタとテーブルの上に落ちていた。
「お待たせいたしま――ひっ」
 注文を持ってきたウエイトレスが状況を見て思わずのけぞる。持っていたトレイを落さなかったのはなかなか見事だ。
「あ、そこに置いておいてください」
 困惑しているウエイトレスに、リチャードがまだ赤く染まっていないテーブルの安全地帯を指して言う。
「は……はい。ええと……ご、ごゆっくりどうぞ」
 コーヒー二つとサンドイッチセットを恐る恐る安全地帯に置き、そそくさと去っていくウエイトレス。
「うーん。ここのコーヒーは美味しいなぁ」
 リチャードがのほほんとした調子でコーヒーを飲んでいると、鼻血を噴出して立ったまま携帯電話を操作していたアルバートが、操作を終えて携帯電話を閉じて言う。
「よし。飛行機のチケット取れたから、明日銀幕市へ行こう」
「え? 銀幕市に……? 行くの?」
「あぁ。明日の朝一で」
 そうしてアルバートとリチャードの二人は、銀幕市へ行く事になったのだ。


 翌日。銀幕市聖林通りに二人の姿はあった。アルバートとリチャードだ。
 アルバートは、本当に行くの? と乗り気ではなさそうなリチャードの腕を半ば強引に引っ張って朝一番で銀幕市へと向かったのだ。
 しかし銀幕市に来る事ばかりに囚われていて事前に連絡するのをすっかり忘れていたアルバート。銀幕市についてから、以前教えてもらった梛織の事務所に電話をかけてみるも、留守電しか出ず。仕方無しにリチャードと市内をうろうろしていたのだ。
「はぁ……失敗したなぁ。昨日のうちに電話をかけておくべきだった」
「まぁまぁ。こうして歩いてれば、偶然会えるかもしれないよ」
 がっくりとうな垂れて落ち込むアルバートにリチャードが笑いながら返す。
「偶然、ねぇ……。そんな都合よく……」
 言いかけて、アルバートはピタリと足と言葉を止める。そしてポタポタと鼻血が垂れる。
 いたのだ。都合よく。梛織が道路を挟んだ通りの向こう側に。
「大丈夫? はいこれハンカチ」
 アルバートにハンカチを差し出しながらその目線を追うリチャード。わぁ、ほんとそっくり。と梛織を見て呟いた後、その隣を歩いている人物を見て首を傾げる。
「あれ? あの人、なんか見たことあるなぁ」
 茶髪に眼鏡のトラッドスタイルの青年。クラスメイトPだった。
「ねぇアルバート。あの人――」
「おーーっい!! 若い頃の俺ーー!!」
 訊ねようとリチャードが横を向いた時、アルバートはダラダラと鼻血を垂らしながらブンブンと大きく手を振り、大きな声で道路を挟んだ向こう側に向かって叫んでいた。
 その大きな声に向いた梛織の顔が、あからさまにギョッとした顔になった。

「あのさぁ……まず第一に。通りでは大きな声を出さない。いい年して鼻血を垂れ流した人が大手を振りながら叫んでたら皆驚くからね? 最悪警察呼ばれるよ? あと呼ばれた俺も恥ずかしいし」
 合流した四人が、とりあえずと喫茶店に入り席に着くなり、梛織は大きな溜息とともに切り出した。
「あと、若い頃の俺。って呼ばない。俺には梛織っていうちゃんとした名前があるんだから」
「ごめんごめん。嬉しくてつい」
 まったく。との梛織に、本当に心底嬉しそうな顔で返すアルバート。
「それから会いに来るなとは言わないけど、来るなら来るで事前に連絡する事」
 それは先ほど道路を越えて走り寄ってきたアルバートの抱擁を避けた梛織が聞き出したことだった。
「うん。うん」
 梛織の言葉に何度も頷くアルバート。見れば見るほど本当に嬉しそうだ。
「あとその鼻血どうにかして……。注文取りに来てたウエイトレスさん軽く引いてたからね」
「この人が梛織が前に言ってた、アルバートさん? 本当、梛織にそっくりだね」
 アルバートと梛織の顔を見比べながらクラスメイトP。
「……そっくり?」
「ああ……っ! そうじゃなくて。顔がね!! 顔だよ!!」
 タイミングがタイミングだからか、落ち込んで聞き返す梛織に慌ててクラスメイトPがフォローする。
「ああそっか。リチャードは会った事無かったな。紹介するよ」
「え?」
「え?」
 重なった声はアルバートとリチャードの二人だった。二人があまりにも不思議そうな顔をしたものだから、梛織は自分の発言が心配になって聞き返す。
「……あれ? 俺今、何か変な事言った? え、何か宗教上の理由とかで自己紹介はダメとか? ってそんな訳あるかい!」
 小さく自己ツッコミをしながら梛織。さらに続ける。
「あ。もしかしてリチャードに会った事ある?」
「え?」
「え?」
 梛織の言葉にやはり同じようにアルバートとリチャード。
「えっと。僕は会ったこと――っ!」
「えっと。僕は会ったこと――っ!」
 はもって話し出したのは、クラスメイトPとリチャードだった。
「……はい? え、なになに? どうなってんの?」
 いい加減参ってきた梛織がはてな顔で言う。
「えーっと、梛織はリチャードと知り合いだったのか?」
 アルバートが梛織に訊ねる。
「はぁ? いや知り合いってか親友だけど……?」
「えぇーっ!? そ、そうだったのか……」
 驚いてリチャードを見るアルバート。リチャードも驚いたように梛織を見ている。
「もしかして、僕がアルバートだと思って会っていた人の半分は梛織君だったのかな……」
 ぼそりと呟くリチャード。
「まぁ……なんかよく分からない流れだけど、一応紹介するよ。俺の親友のリチャード」
 そう言ってクラスメイトPを二人に紹介する梛織。
「あ、どうも初めまして。……ですよね?」
 ぺこりと二人に軽くお辞儀をするクラスメイトP。途中、リチャードを見た時になんだか初めて会った気がしなくて確認してみる。
「え? あ、あぁー!」
 梛織がリチャードと言ってクラスメイトPが挨拶してきたのを見て、ようやく気がついたアルバート。そのことを教える為に自分達も挨拶をする。
「えっと。俺がアルバート。で、こっちが。俺の親友のリチャード」
 そう言ってリチャードを指すアルバート。一瞬首をかしげた梛織とクラスメイトPだったが、すぐに気がつく。
「あーあーあー! そういうことね」
 つまりはこういうことだった。梛織が言っていたリチャードはクラスメイトPの事で、アルバートが言っていたリチャードはリチャードの事だったのだ。そして四人とも、この場でリチャードと呼ばれる人物は一人だと思っていたのだ。
「ははっ。こりゃぁ驚いた。似てると思ってたら名前まで同じだったなんてな」
 笑いながらアルバート。
「こんな事ってあるんだなぁ。俺とアンタがここに居て、リチャードとリチャードさんが同じようにここに居るなんて」
 あ、なんか違和感。と梛織が小声で呟きながらアルバートに向かって話す。
「あ、改めまして。どうも初めまして。クラスメイトPです。リチャードと呼ばれています」
「うん。こちらこそどうも。リチャードです」
 お互いに握手をするクラスメイトPとリチャード。
「それにしてもビックリですね。まさか同じ名前だなんて」
「だねぇ。すごい偶然」
 はははと笑いながら話をしている二人を、何か言いたげな表情で見つめる梛織とアルバート。
「ええと、P君。でいいかな? P君は元々の銀幕市の人かな? 留学生とか?」
「あ、一応ムービースターなんですよ。といっても、目立たないただのモブなんですけどね。リチャードさん……は、この街の方、じゃないんですよね?」
「いやちょっと待った!!!」
 和やかに会話していたクラスメイトPとリチャードに、梛織とアルバートが揃って割り込む。
「え、なんだ二人ともわざと!? わざとそういう流れにしてるわけ!?」
 アルバートの叫び。続いて梛織が言う。
「流石に気がつくよね!? 名前も同じだし。この席って周りから見たらモロ二組の親子か兄弟だからね!?」
「親子……!?」
 梛織のその言葉に大きく反応したのはアルバートだった。鼻血を出しながら梛織に抱きつこうとする。
「ちょっ! アンタ自分でツッコミしといて途中でボケる!? 最後まで我慢しよう? して!? お願いだから」
「だって嬉しい言葉が聞こえたから……」
 梛織たちのツッコミを聞いて首を傾げる二人。あーもう。と梛織が呟いてクラスメイトPの眼鏡に手を伸ばすと、その眼鏡を外してリチャードにつける。
「あ、僕」
「あ、僕」
 その言葉は同時だった。クラスメイトPとリチャードはお互いの顔を見て驚いている。
「どっかで見たことあると思ったんだよなぁ」
 同じことを呟いている二人を見て、苦笑する梛織とアルバート。
「若い頃の俺の親友のリチャードが気がつかないのはまだしも、リチャードは気がつくだろ普通。昔俳優だったんだし」
「いや、その紛らわしい言い回しやめない?」
 アルバートの言葉に梛織。
「えっと。じゃあもしかして……」
「うん。P君は若い頃の僕みたい」
 クラスメイトPの言葉にリチャードが続ける。
「えええええっ!!」
「ほんとう、驚いた」
 わたわたとするクラスメイトP。どうしよう梛織と慌てながら、途端に何かに気がついたようにリチャードに向かってぺこりと頭を下げる。
「あああっ。なんか、ごめんなさい。よりにもよって僕みたいなのが実体化しちゃって」
 クラスメイトPが言っているのは、同じリチャードの役が実体化するのなら、もっといい役のが実体化すれば……。という事だった。
「謝ることじゃないって」
「うん。基本的に僕、脇役しか演じてないしね」
 梛織の言葉に続いてリチャードが笑いながら言う。中でもクラスメイトP役は脇役中の脇役だったのだが、この際それは言わないでおく。
 そこへウエイトレスが飲み物を持ってくる。瞬間的に全員がアルバートに注目するが、ハンカチパワーで今は大丈夫だった。
「あれ?」
 ウエイトレスが去った後、リチャードが何かを探している。
「ん? どうした?」
「ミルクがない。困ったなぁ。僕コーヒーはミルク派なのに」
 コーヒーカップを持ち上げながらリチャード。ちょっと貰ってくるよ。と言って席を立って歩いていく。
 その瞬間。ゴオオォォン。という物凄い轟音と共に、三人の座っていた席の天井に穴が空いた。
「――!?」
 一斉に注目した四人が見たのは、天井を突き破って降って来る車だった。車は一瞬のうちに降り注ぎ、テーブルを貫いて前から突き刺さる。
「ちょっ、あぶね」
 間一髪でクラスメイトPを突き飛ばして自分も飛びのいた梛織。クラスメイトPは無事かと目を向ける。
 クラスメイトPは梛織に突き飛ばされて少し離れた床に尻餅をついたまま、たった今まで自分たちが座っていたテーブルに突き刺さっている車を見ている。
「……あ」
 そこで梛織は気がつく。リチャードは席を立っていたから平気だったけど、アルバートは、と。
「おぉ! 無事だったか! 流石は若い頃の俺!」
 車を回って現れたアルバートがほっとしながら梛織に抱きつく。アルバートも車が突き刺さる前に飛びのいたのだ。
「流石はアクション俳優」
 同じように返しながらアルバートを引き剥がそうとしている梛織。そこにリチャードが戻ってきて呟く。
「なんか危なそうだなぁ、これ」
 見ると車からはメラメラと火が出始めている。
 リチャードの言葉に慌てて車を確認する梛織。中に乗ってる人はいないみたいだ。
「ちょ、と。やばいってマジで。早く逃げないと無事じゃなくなるって」
 アルバートを引き剥がしてクラスメイトPを立たせる梛織。他の客も状況を察して逃げ始める。
「ん? あぁそうか。アクション映画の場合、こういう時は――」
 そこまで言ってアルバート。気がついたように目を見開いてリチャードの背中を押して走り出す。
「爆発するぞー!!」
 梛織の言葉に少し遅れて、車が爆発した。


「すごい体験だったな。この街ではこんなことが日常茶飯事なのか?」
 喫茶店での騒動を終え、なんとなく四人で通りを歩きながらさっきの騒動のことを話していた。
「いやー……わりと日常茶飯事だけど、俺らは特にっていうか……」
「貧乏籤ばかり引き当てるというか……」
 梛織とクラスメイトPが苦笑しながら言う。
「でも怪我人がいなくてよかった」
 とリチャード。あれだけの騒動だったにも関わらず。奇跡的に怪我人がいなかったのが救いだった。
「代金が浮いたのもよかっ……あれ? そういえば一口も飲んでない!」
「はは。一気飲みしておけばよかったね」
 冗談交じりに梛織とクラスメイトPが話す。そこで梛織がアルバートの視線に気がつく。アルバートは梛織の体をじろじろと見ていたのだ。
「え……なに」
 その熱心な視線に少し不安になりつつ梛織。
「いやぁ、さっきの騒動でさ。若い頃の俺は動きにキレがあっていいなぁって。ほら、腕とかも」
「やめ……ちょっと! 変態っぽいんだけど!! 鼻血出すな!!」
 腕やら足やらを触ってくるアルバートに梛織が結構必死に拒む。しかしそんなことはお構い無しにアルバートは嬉しそうな笑顔で鼻血を垂らしながら梛織に迫る。
「楽しそうだね」
 そんな二人を見ながらリチャードがクラスメイトPに話しかける。
「あ。で、ですねっ」
 驚いてぎこちなく返すクラスメイトP。まだ少しリチャードど話すのに緊張しているのだ。
「アルバートは、好きな女性のタイプを聞かれて若い頃の自分似って言うほど、若い頃の自分が大好きだからねぇ」
 アルバートを見てその言葉に納得するクラスメイトP。
「ほらリチャード! 見てくれよ。若い頃の俺、いいもんだろ?」
「もうやだ……リチャード助けて……」
 リチャードに向かって梛織を見せ付けるアルバートと、疲れ顔でクラスメイトPに助けを求める梛織。
「ほらほら。あんまりしつこくすると嫌われちゃうよ」
「……っ! それは嫌だー!」
「大丈夫梛織? アルバートさんも梛織に会えて嬉しいんだよ」
「うんまぁ……それは解ってるんだけど、さ」
 リチャードとアルバートに、クラスメイトPと梛織。どことなく同じような光景だ。
「あ、そうだ。二人とも、これから予定あるの?」
「予定? んー。若い頃の俺に会いに来ただけだしなあ。他は何も考えてなかった」
 梛織の問いにアルバートが答える。
「じゃあさ。俺らも何か用事があった訳じゃないし。良かったら銀幕市を案内するよ」
 いいよな? とクラスメイトPに確認しながら梛織。勿論。とクラスメイトPも返す。
「それじゃあお願いしようか?」
 リチャードの言葉に頷いて返すアルバート。丁度リチャードはこの街。銀幕市に興味が出てきた所だったのだ。
 アルバートの梛織だけでなく、気をつけてみてみればそこら中を、憶えのある映画の中の人物が歩いている。しかも有名どころだけではなく、自分が過去に演じたクラスメイトPみたいなモブまでもが、生き生きと生きてるなんて凄い素敵な魔法だなあ。と。ちなみに、クラスメイトPみたいなモブまでもが。と思ったリチャード自身に勿論悪気は無い。
「適当に歩いていくけど、どこか行ってみたい場所があったら言ってね」
「梛織の事務所」
 梛織の言葉に即答するアルバートに、言うと思った。と梛織が苦笑する。
「まぁ、それは後でってことで。広場はもう見ただろうし、映画館でも行くか。映画の街なだけに、すっげえ大きいんだ」
 そして四人は歩き出す。梛織とクラスメイトPがアルバートとリチャードを先導する形だ。
「お。見えてきた見えてきた。あれが銀幕市自慢のパニックシネマ……って、リチャード危ない!!」
 映画館を目前に振り向いた梛織。そこに丁度大荷物を抱えた人がふらふらとクラスメイトPの方へと歩いてきたのだ。
「え?」
 ――ドスン。
 しかし、梛織の言葉に振り向いたのはクラスメイトPじゃなくリチャードで、クラスメイトPは大荷物に体当たりされて転んでしまった。
「……いたた。僕の方だったんだ。あ、大丈夫ですか」
 頭をさすりながらずれた眼鏡の位置を直すクラスメイトP。すぐに大荷物をばら撒いてしまった人に駆け寄って怪我は無いか確認する。
「リチャード違いか」
 言いながらアルバート達も荷物を拾うのを手伝い、ついでに近くに車があるというからそこまで四人で運んであげる事にする。
「リチャードとリチャードさん。じゃ解り難いかなあ?」
「まぁ、こんなことそうそう無いだろうし。平気じゃないか?」
「そうそう……ありそうだなぁ」
 アルバートの言葉に、クラスメイトPは不安そうに小さく呟くのだった。


「――それでね。結局は梛織の勘違いで、僕達は走り回るだけ走り回っただけだったんだよ」
「ははっ。似たようなものなんだなぁ。同じようなことがこっちもよくあるよ。ね、アルバート?」
 次の目的地に行く途中。どうやら今の話題は梛織とアルバートのことのようだ。バツの悪そうな二人をよそに、クラスメイトPとリチャードは嬉しそうに笑いながら話している。
「アルバートは勘違いで他の映画の撮影の邪魔しちゃったよ。本物かと思ってテロリスト役の人を気絶させちゃったりしたり。あれは面白かったなぁ。周りの人、目が点になって驚いてたし。お互い、突っ走り系の相方を持つと苦労するよね」
 はははと笑いあうクラスメイトPとリチャード。むすっとした梛織とアルバートが反撃に出る。
「言わせて貰うけどなぁ。リチャードだって、本物のハザードの時に『本格的な演出だねぇ』とかぼんやりしてたり」
「楽屋に置いてあった映画内で使う饅頭を食べつくしたりとか!」
 梛織とアルバート。そして二人で顔をあわせてにやりと笑って声をあわせて言う。
「ほんっっっと。天然系の相方を持つと苦労するよなぁ」
 すると今度はクラスメイトPとリチャードが顔を見合わせて苦笑いするのだった。
 そうして歩いている途中。リチャードが急に立ち止まる。
「あ。千円落ちてる」
「うわぁあぁぁぁ」
 と同時にクラスメイトPの絶叫。千円に絶叫した訳では勿論無い。見るとリチャードが千円を拾う為に屈んだ少し横、ついさっきまであったクラスメイトPの姿は無くなっていた。
「え? リチャード?」
 先を歩いていた梛織が少し戻ると、クラスメイトPの姿はすぐに発見する事が出来た。マンホールの穴の下に。
「え。マジ? 落ちたのこれに?」
「梛織ぉ〜……」
 マンホールの下から響く声に、梛織が手を伸ばしてクラスメイトPを救出する。
 その横では二人を見ながらアルバートがリチャードと話している。
「ラッキー。帰りにこれで銀幕饅頭買って行こうぜ」
「ダメだよアルバート。ちゃんと警察に届けないと」
「……マジ?」
「うん、マジ」


 楽しい時間が過ぎていくのは本当にあっという間で。気がつけば空は茜色に色づいていた。そろそろ銀幕市を出ないと、飛行機に間に合わない時間だった。
「楽しかったね。来て良かった」
 銀幕広場で別れるときに、リチャードが言った。
「僕も。会えてよかった。今日は本当に楽しかったです」
 大分リチャードに慣れたクラスメイトPが返す。
「最後に会えてよかったよ」
 少し照れたように、でも梛織は小さな声でアルバートに本心を言った。
「最後だなんて。勿論また会いに来るよ! 若い頃の俺!!」
 梛織に頬擦りしながら返すアルバート。振り払わずに苦笑して梛織が言う。
「やっぱ知らなかったか……。実はさ、最後なんだ」
「……?」
 梛織のその言葉にピタリと動きを止めるアルバート。真面目な雰囲気を感じて梛織を抱きしめていた手を放して、しっかりと梛織を見る。

「――もうすぐね。この街の魔法は、解けるんだ」

 梛織の口が、そう告げる。
「っ!」
 はっとして梛織を見つめるアルバートとリチャード。その視線がクラスメイトPへと移動する。
 少しぎこちない笑みを浮かべて、クラスメイトPが二人に頷く。
「……え。嘘、だろ?」
「本当だよ。嘘みたいなこの夢は、もうする覚めるんだ」
 つつ、と。アルバートの瞳からそれは流れ落ちた。
「覚めるって……梛織は、P君はどうなるんだよ。もう誰とも会えなくなるのか? 嫌だよそんなの!!」
 涙だった。悔しそうに口を噛んで、めいっぱい梛織を睨み付けて、そして涙を流してアルバートは叫ぶ。
「仕方ないって」
 ははっと軽く笑う梛織。それがどんなに辛い事か、アルバートには解っていた。
「仕方ない訳ないだろ!! 消えちまうんだぞ!?」
「……アルバート」
 ぽんと。リチャードがアルバートの肩に優しく手をのせる。
 ありがと。
 小さく、梛織の口はそう動いた。気がついて梛織を見たアルバートに梛織は続ける。
「俺はアンタじゃないけど、アンタなわけで……ここから消えても。アンタの中にはいるよ。アンタは俺の生みの親……」
 そこまで言って、優しげににへらと笑みを浮かべて梛織は続きの言葉を言う。
「とーさんなんだからな」
「……梛織」
 それはアルバートがずっと聞きたかった言葉。聞きたくて聞きたくてどうしようもなかった父親としての呼び名。
 だからだろうか。
 こんな場面だというのに、盛大に吹き出る鼻血を我慢する事が出来なかった。
「ちょっ……。こんな時くらいビシっと決めろよ!!」
 突っ込む梛織も、可笑しそうに笑っている。
「はい、アルバート。ハンカチ」
 言いながらアルバートにハンカチを差し出すリチャード。そんな様子をクラスメイトPは嬉しそうに見ている。
「それじゃあ僕達も」
 アルバートにハンカチを渡したリチャードがクラスメイトPを向いて言う。
「君の事忘れないよ、クラスメイトP」
「あ、うん。僕――」
「――いや不安だよ! アンタ現になかなか思い出せてなかったし!!」
 思わず突っ込む梛織。
「君の事……もう忘れないよ、クラスメイトP」
「言い直すんだ!? でも不安しか浮かばないよ!」
 アルバートも言う。

 そうして四人は。笑って別れた。


「なんかさぁ」
 列車に乗ったアルバートが、隣のリチャードに呟く。窓の向こうには梛織とクラスメイトPが立っている。
「ん?」
「梛織とP君。あの二人が友達で、嬉しかった」
「……そうだね」
 梛織とクラスメイトPが親友同士だと知った時。二人は特に驚きはしなかった。
 自分達ならばきっとそうなるだろう。
 漠然とそんな風に考えていたのだ。
 でも、銀幕市という街で二人が実体化し、親友と呼べる存在になって。そしてもうすぐ銀幕市の魔法が解けるその日が近づいているのに、二人で笑っていられる。
 そんな二人に。アルバートとリチャードは心底感謝していた。
「あの二人。19歳なんだって」
 走り出した列車。手を振る梛織とクラスメイトPを見ながら。嬉しそうに、リチャードが言う。その言葉にアルバートが同じように小さく微笑む。
 アルバートとリチャードの二人が出会ったのは、お互いに19歳の時であった。それから20年に渡る親友なのだ。
「魔法は消えてしまうけど」
 と、リチャードが言う。その言葉にアルバートが続ける。
「あぁ。あの二人は大丈夫だな」
「だね」
 窓の外では、徐々に小さくなっていく梛織とクラスメイトPが大きく手を振っていた。


「行っちゃったね」
 アルバートとリチャードを乗せた列車を見送って、クラスメイトPが言う。
「騒がしい奴らだったなぁ」
「ふふっ。そうだね」
「でも、楽しかったな」
 列車を見たまま、梛織。
「だね」
「…………」
 少しの沈黙の後、クラスメイトPが切り出した。
「あの二人が友人同士で、なんだか嬉しかった」
 憧れていた『人間』としての自分の存在と、もうすぐお別れの梛織の俳優とが実際に友人だった姿が、クラスメイトPには嬉しかった。
 あぁ。大丈夫なんだな。
 と。そんな安心感と喜びがあった。
「だなぁ。20年来の親友だって言ってたな」
 だから。そう梛織は続ける。
「俺らも大丈夫だよな」
「うん、そうだね」
 本当に、おかしなくらいにそれが嬉しくて。思い残す事はなかった。
「さて。じゃあ帰るか」
 歩き出す二人。最後にもう一度、列車を振り向く。
 模型ほどに小さくなった列車が、茜色の山に向かって進んでいった。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。
プライベートノベルのお届けにまいりましたー。

あぁ。なんだか凄く嬉しいです。幸せです。
いくつもの絆の形。
それはとても素敵。

と、さて。暴走しすぎないうちにずれた路線を戻しましょう。
長くなる叫びは後ほどブログにて綴るとして。ここでは少し。

クラスメイトPさんとリチャード(非スター)さんのノベル内での名前の書き方が若干戸惑うかもしれません。
梛織さんが呼ぶリチャードとアルバートさんが呼ぶリチャードとか。
が、頑張って解読くださいませ……!

さて。それでは最後になりましたが、
この度は、プライベートノベルのオファー、有難うございます。
沢山の絆の形。とても幸せに描くことが出来ました。ありがとうございます。

オファーPCさま。ゲストPCさま。そしてノベルを読んでくださった方のどなたかが、ほんの一瞬だけでも幸せな時間と感じて下さったなら。
私はそれを嬉しく思います。
公開日時2009-07-21(火) 09:50
感想メールはこちらから