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<ノベル>
●氷店へ
「マダムの頼みとあっちゃぁコイツは断れねぇな。イイゼ、ひとっ走り行ってこよう。そのかわり、飛びっきり美味いコーヒーを頼むゼ?」
こういって、氷屋へ赴こうとしているルドルフに対して、おばちゃんはこう告げた。
「ああ、とびっきり美味し珈琲を用意してるわよって言いたいけど、まずは、氷を取ってきておくれよ」
「分かったよ、マダム。俺が何とかしてやるよ。じゃ、行ってくるぜ」
「では、行って参ります」
そう舞音が言うと、一人と一体は、マスダを出て氷屋へと向かう。
「なぁ、あんた、この街には馴れたかい?」
「少しずつ馴れてはいると思います。色々、気に入ったお店や面白い場所も見つけましたから……。ただ、『英語』というのがまだ苦手でして……」
「ああ、俺もちょうど一年前の今頃実体化したのさ。ここはいい街だ。適度な刺激とスリルに満ちている。カワイ子ちゃんも多いしな。退屈しなくて済むゼ。
それに、英語は、この街に住めばじきになれるさ。色々やってみるといいゼ」
「そうですね、素敵なな女性が大勢いらっしゃいますし、色々な事件が起きているみたいですね。先日、『銀幕ジャーナル』という本を読んでみたのですが、私が関わっていない事件でも色々起きていますしね」
舞音がそう言いながら、地図を確認する。
「この近くの交差点を右ですね」
「OK、けど、あんたはこの街を見て、最初はどう思うったんだ?」
「まったく、何が何だか、分からなかったです。風景がまったく違いましたし、話す言の葉もまったく違いましたから、何処か遠い異国へ連れて行かれたのかと思いました」
「へぇ〜、遠い異国か……。あんた、結構、面白いことを言うな」
「そう言われると、そうかもしれませんね。同じ所もありますし、違うところもありますから……」
「ああ、あんたは日本人なんだな。だから、米を食べるとか、箸を使うというのは、ほとんど変わりないんだな」
「とは言っても、鎌倉時代の箸は、こんな綺麗な箸ではありませんでしたし、漆で塗られた箸が、多く出回っていること自体驚きです」
「へぇ、漆って高級品だったのか?」
「そうですね。私がいる時代から、神にお供えする漆器などに使われるようになったらしいです。私は、その時代にいたのですが、確かに急激に普及していく様子がありましたね」
そう言って、話を弾ませる二人。
「おい、そろそろ、例のお店じゃないのか?」
ルドルフがこう言うと、舞音は地図を確かめてみる。
「そうですね。あのお店ですね」と舞音が言って「北里氷店」と書かれた看板を見つけた
。
「お、ここだな。さて、上手く氷を得ることは出来るかな?」
笑みを浮かべながらルドルフが言う。
「そうですね。しかし、鎌倉にいたときは、結構繁盛していたはずの氷屋がここまで廃れていたとは……」
「今は冷蔵庫で氷が作れるし、暑い時期には冷房を効かせればいいしな……」
「そうですか……」
舞音が気を取り直して、店のドアを開ける。
「ごめん下さい。何方かいらっしゃいませんか?」
「お〜い、誰かいるか?」
舞音とルドルフが、声をかけてみる。
「はい! 少々お待ち下さい」と奥の方から女性の声がする。
そして、二人を見るなり、彼女はこう尋ねた。
「恐れ入りますが、どういったご用件でしょうか?」
「実はよ、マスダのマダムから氷取ってきてくれって頼まれてよ。ここ数日、氷が届かないって言うから、マダムが心配してたゼ。それに、多くの人が心配してるんじゃねぇのか?
よかったら、事情を教えてくれねぇか?」
ルドルフを見て、ちょっと驚きつつ、訝しげな表情をした女性にルドルフはこう言った。
「レディー、こう見えても俺は運び屋だ。出来る限りのことはやるゼ」
こう言ったルドルフに女性は事情を話し始めた。
「実は、先日から主人が体調を崩してしまって、それ以来、氷の配達が行けない状態なのです。私が届けようにも、場所が多いのと何処にあるのか分からないので、暫くお休みを頂いてるのです。良ければで構いません。今日だけでもいいので、配送の手伝いをお願いできますか?」
「分かったよ。レディーの頼みだ。やってやるさ。おい、あんたも手伝え」
ルドルフがきょとんとしている舞音に言うと、彼も「は、はい。分かりました」と同意の旨を告げる。
「ありがとうございます。
では、早速、これから注文を受けますから、すぐに出られるように準備していただけますか?」
「分かった」
「では、すぐ言って下さいね」
その後、軽く氷を細かくする方法などを見よう見まねで教わりつつ、3人は注文が来るのを待った。
それから、1時間後、電話の呼び出し音が鳴る。
「はい、北里氷店でございます」
「もしもし、小町南の『割烹佐々木』なんだけど、いつもの氷、お願いできないかな?」
「ええ、氷大をお一つ。かしこまりました。今手配いたしますので、宜しくお願いいたします」
「お二人とも、小町南の『割烹佐々木』さん宛に、氷一つお願いしますね」
「はい」、「おうよ!」と二人の声がすると共に、氷店はにわかに活気づき始めた。
●氷を届けて!
それから、数時間の間、当日急送分のみ受付と言うことで注文を受け付けた結果、10件ほど配達に回ることとなった。
「10件か、マスダの分を入れると11件だな」
ルドルフがこう言うと氷店の女性は「そうですね。マスダ様分はこちらで用意しておきますね」と笑みをこぼした。
「そうして頂けると助かります」
舞音がこう言うと、急いで氷の準備を始めた。
冷凍庫の中で予め切り分けられてあるのがあり、それを10店舗分用意をする。
その後、ルドルフが使うソリには氷が用意され、行き先を間違えないように、お店の名前が書かれたビニールを氷に付けて、氷が解けないようにするためのワラなどで包んだのち、出発となった。
「お前さん、どうだい? 俺のソリに乗ってみないか?」
「えっ、いいのですか?」と舞音が言う。
「あぁ、いいゼ。これも何かの縁だろ。乗ってきなよ。良いものを見せてやるよ!」
そう言って、マイトをソリに乗せる。
「行くぞ、しっかり掴まってろよ!」
こういって、ルドルフは、ソリやマイトと共に空へと舞う。
「え、とっておきの風景って……。う、うわぁ〜〜〜〜!」
驚きがそのまま、声色に乗り、舞音は叫び、目を瞑るだけで精一杯だった。
「お〜い、そんなに怖がるなよ。良いものを見せてるんだから、よく見ておけよ」
そう言って、ルドルフが舞音に言うと、彼はおそるおそる目を開いた。
そこには、様々な大きさやデザインをしたビルの群れや住宅が建ち並び、赤、銀、オレンジと言った電車の帯や様々な色に塗られた車の帯を見ることが出来た。
「これは……」
その風景を見た舞音は一言言った後、こう紡いだ。
「綺麗ですね。夜になると、もっと綺麗なのでしょうか?」
「ああ」
「そう言えば、ルドルフさんもマスダの常連ですけど、どうして、このお店を知られたんですか?」
「美味い物を探して、あちこち彷徨った結果、この店に辿り着いた。ただそれだけの事さ」
「そうなんですか……」
その後、注文伝票を急いで確認した舞音は全ての住所をルドルフに告げる。
「OK、まずは、そのダウンタウンの南の方から攻めていこうか?」
ルドルフがこう言うと、「ええ」と舞音は笑みを浮かべていった。
その言葉を合図に、ルドルフは進路を南へと取った。
●五つ目の季節
「こんにちは、北里氷店です。氷のお届けに参りました」
「ちわーっす、氷届けに来たぞ〜」
一件目のお店で、舞音とルドルフが店の入口でこう声をかけると、「どうぞ……」と店主の声がする。それを合図に、舞音とルドルフは氷を持って、店内に入る。
「おお、氷屋さん、急の注文で悪いね」
「いえいえ、ご用とあらば、すぐ伺いますので……」と舞音が言う。
「おお、そんなに溶けてはないし、品も悪くねぇな。悪いね、兄さん」
「こちらこそ、注文ありがとうございます。では、お代ですが、4角(約15キロ)注文頂きましたので、2,200円になります」と舞音が告げると、店主は、その氷をしまいつつ、レジからお金を出す。
その間にルドルフが領収書を書き、舞音が代金が預かり、確認すると共に、それを手渡す。
「では、2,200円丁度頂きます。また、宜しくお願いいたします」
「こちらこそ、また、頼むよ」
「それでは、失礼します」
舞音がこう言って、去ると、店主はぽつり呟いた。
「あれ、あそこ、この前休みだったよな。それに、あの兄ちゃんと隣のトナカイだっけ?なんか、手伝いに来てた感じだったよな……」
そうして、ダウンタウンから飲食店が建ち並ぶミッドタウン、そして、アップタウンへと、空を巡る。
ルドルフが「あんた、そろそろ次の店に着くから、しっかり掴まってろよ!」と言えば、舞音も「分かりました!」といつの間にか言えるようになっていた。
そのまま、顧客の店の手前に到着し、氷を運び入れ、お金のやりとりを行い、領収書を書く。または、お金のやりとりがない代わりに、納品書を書く。それが終わると再び空へと舞う。
それを幾度となく繰り返していく。熱さに弱いルドルフは、冷たい氷を運ぶことに対して、うれしく思っていた。
舞音は、氷屋という商売があることは知っており、京の都や鎌倉にいた頃には、暑い夏には水飯を食べていた事もあり、そう言う意味では、氷屋に対して、懐かしさを感じていた。
「俺、暑いの苦手だから、氷を運ぶなんて言う仕事は良いんだよな。氷があれば、あるほど、涼しく感じられるけど、そうもいかないか?」
「そうですね。氷を毎日運ぶには私たちが、そこで働かないといけませんしね。
でも、頼んでみたらいいと思いますよ?」
「そうか、氷屋か……。毎日、冷たい氷と過ごせるんだよな。ちょっと氷が恋しくなったら来ればいいか?」とルドルフが氷に囲まれた幸せな日々に頭を巡らせる。
「ルドルフさん、そろそろ、最後のお店ですよ」
舞音がそう言う。
「あ、いけねぇ。ありがとな。さ、これで最後だ。びしっと締めるぞ!」
「はい!」
舞音がこう言うと、ルドルフは徐々に高度を下っていく。それから、数分後、彼らは最後の店に降り立った。時間は午後5時前、急がないと日が暮れてしまう。
「遅くなってしまい、申し訳ございません。北里氷店です。氷のお届けに参りました」
舞音がこう言うと、奥の方から店主と思しき男性の「遅かったな。でも、良いか。おう、中に入りな」とちょっと怒りがかった声が聞こえたが、それでも二人を通してくれた。
「氷は、この氷室に入れておいてくれ」と相手を突き放すように言うと、ルドルフが「じゃ、ここに置いておくから、あとは宜しく頼むな……の前に、領収書だったな」と言うと、舞音が「すみません」と一言申し訳なさそうに告げた。
代金と引き替えに領収書を渡し、急いで北里氷店に戻る為に空を翔る一人と一匹、夕闇迫る銀幕市街は、昼とまた違った表情を見せた。
美味しいそうなご飯の香りと、赤と白のヘッドライトとテールライトで、それから、街路灯で照らされる道。様々な灯りが輝く街並み、そして、家路を急ぐ人たちの影。工場の鉄塔の灯りが銀幕市内を照らし出していた。
「これが、俺の一番のお気に入りの風景だよ。昼とはまた違って綺麗だろ?」
「ええ、空から眺めるのは、初めてですし、夜の街並みがここまで綺麗とは思いもしませんでした」
「だろ?」
ルドルフがこう言うと、マイトはただ、頷くだけだった。
氷店では、店主の妻が彼らの到着を待っていた。空から舞い降りることには、驚いてはいたが、すぐ気を取り直して、彼らの到着を暖かく迎えてくれた。
「お忙しいところ、わざわざ、ありがとうございました。
中で温かいお茶でも如何ですか?」と女性が言う。
「すまない、レディー。俺、暖かいのは苦手なんだ」とルドルフがちょっと申し訳なさそうに言うと、「なら、そっちのトナカイさんには冷たいお茶を用意しますね」と女性が笑みを浮かべた。
「レディー、すまないな」
「ありがとうございます」
二人が礼を述べると、女性は「お礼を言うのは、こちらです。お忙しい中、わざわざ手伝って頂けたので……。立ち話もなんですし、中へどうぞ」と中へ招き入れた。
その後、淹れ立てのお茶とそれを自家製の氷で冷ましたお茶を飲んだ二人はちょっとおまけして貰った氷(これでも3角分(約12キロ))をソリに乗せ、お茶を頂いた礼を述べ、氷と請求書を土産にマスダへと戻っていった。
「お帰りなさい。お疲れさん」
氷を店内に入れる二人に対して、マスダのおばちゃんがこう言うと、「マダム、遅くなってすまないな」とルドルフが申し訳なさそうに言う。
「遅かったじゃないか? 何してたんだい?」とおばちゃんがこう言うと、ルドルフがこう言った。
「実は、荷物運びの手伝いをしててさ。向こうも急病で店主が倒れちまったらしくってよ。それで遅くなっちまったんだ。マダムに心配かけさせちまってすまないな」
「そうだったのかい。まぁ、それは仕方がないことだね。
今日は、もうすぐ閉店だから、出来ないけど、明日、お礼の珈琲用意するから、よかったらきなよ」
「分かったよ。マダムの言うことには逆らえないからな」
「ええ、ご心配お掛けして申し訳ありませんでした。
それから、これが氷の請求書になります」と舞音からおばちゃんに請求書が手渡された。
二人はこのあと、明日来る大まかな時間を告げて、去っていった。と言っても、大体同じ時間なのだが……。
そのあと、マスターは店を閉めた。
●美味しい珈琲の淹れ方
翌日、二人がマスダにやってくる。
「よう、マダム! 邪魔するぜ!!」と最初にルドルフが店に入り、その後で、舞音が「すみません、遅くなりました」と申し訳なさそうに店に入る。
二人が店に入るのを確認すると共に、おばちゃんは「待ってたわよ。今からとっておきの氷出し珈琲を作るから待っててよ」と言う。
「ええ」
「ああ、とびっきり上等な珈琲を頼むぜ。」
昨日お礼できなかった分の感謝を込めて、コーヒー豆をローストする。
「確かルドルフさんは、ハイローストのブルーマウンテンだったわね。それから、舞音さんは、コロンビアだったわよね」
各々の好きな豆を確認してローストしていく。その間に、二人が用意してくれた氷を砕く。ローストが終わり次第、今度はコーヒー豆を挽き、それを氷出し珈琲用のサイフォンの下に濾紙と共に用意する。
その後、砕いた氷をサイフォンの上に入れる。
「これから、氷を溶かすから数時間待ってておくれよ。その間に、あたしの奢りで何か食べて良いからさ」と言うと、ルドルフはアイスクリームを、舞音はフレンチトーストをそれぞれ、注文した。
それから、二人で昨日の話に花が咲く。
「確か、あそこの料理屋さんは氷の冷蔵庫使ってましたね。ああいう物もあるんだって、私は感心しました」
「ほとんど、電気の冷蔵庫だもんなぁ。あそこ主人は氷の方が味が死なないっていてたなぁ」
「ええ、そうですね。結局自然を生かす物は自然なのかもしれませんね」
どこそこのお店の店主はどうだったとか、とんでもないラーメンを試食されかけたとか、思い出話がいっぱい咲いている。
「二人とお待ちどうさま、氷出し珈琲だよ」
おばちゃんがそう言って、珈琲を用意する。
「これが、氷出し珈琲かい?
普通の珈琲と変わらねぇじゃねぇか」
ルドルフが不満そうに一口飲む。
「……、これ、つめたくしてんのか? どういう風に作ったのか?」
不思議そうに尋ねるルドルフにおばちゃんはこう告げた。
「氷を長い時間かけて、自然に溶かした水を使ってるんだよ。氷が上手ければ、水も美味しいだろ?」
「あ、ああ……。確かにマダムの言うとおりだ。いつも飲む珈琲と味が違うし、旨いな」
「だろ?」
おばちゃんがこう言うと、二人は笑みを浮かべた。
その後、数週間後には、北里氷店の店主も体調を戻し、本来の営業に戻ったそうだ。
この一件以来、ルドルフは北里氷店へちょくちょく寄るようになったとか、ならないとかは、また別の話である。
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クリエイターコメント | ご参加頂きましてありがとうございました。 皆様の元にノベルをお送りいたします。 今回も、参加された皆さん&舞音を楽しく書かせて頂きました。 またの機会がございましたら、是非ご参加頂きたく思います。 今回は、ありがとうございました。 |
公開日時 | 2008-10-24(金) 19:00 |
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