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<ノベル>
桜吹雪舞う季節の中、コレット・アイロニーは一人思い詰めた表情を浮かべていた。
「もっと強くなりたい、あの子を救うことが出来るように……」
講義中、教授の話はほぼ聞かずに上の空のような状態で、「あの」依頼を思い起こしていた。
彼女が多くのムービースターやムービーファンと共に参加し、一人の少女を救出しようとしたものの、何者かに囚われてしまい失敗。それ以来、最初のような表情を浮かべていた。
大学の講義が終わり、たまたま、通りがかったファレル・クロスが、彼女に声をかけた。
「どうしました、最近、元気がないようですが……」
彼が彼女に尋ねると、彼女は彼にこう返した。
「私、強くなりたいの」
「どうしてです? その理由を教えてくれませんか?」
「私、この前の対策課の依頼で救えなかった子がいるの。どうしても、その子を助け出してあげたいの。
だから、何でも良いから、武器の使い方を教えて欲しいの。
私、誰かを守り、戦うための力が欲しいの」
それから、コレットは彼に事情を全て話す。
「そうですか……」
ファレルは、一瞬逡巡する表情を浮かべたのち、こう彼女に告げた。
「分かりました。基本的な護身術を教えましょう」
「ありがとう、ファレルさん」
「いえいえ、では、早速始めましょうか?」
そう言って、ファレルはコレットと共に近くの広場へと赴くことになった。
「じゃぁ、ナイフを使っての護身術から始めましょうか?」
「ナイフなの?」
「ええ……。相手を追い払う程度であれば、ナイフか素手での護身術で十分です」
「そうなのかなぁ……」
ファレルはコレットに殺傷力がない玩具のナイフを手渡して、簡単な手ほどきから始めていく。
「まずは、相手が襲いかかってきたときに、相手の腕をめがけて、攻撃を仕掛けるんです」
「こういう感じ?」
ファレルめがけて軽く腕を前に突き出すコレット。
「う〜ん、ちょっと違いますね」
護身のナイフの使い方を教えているファレル。しかし、それは、結構適当なものだったりする。言うなれば、あしらっているのである。コレットは、それに全く気がつかない。
それだけ、彼女は真剣に守りたいものがあるのだろう。
彼の話を聞きながら、彼女は真剣に、その動作を学ぼうとしている。
「ここは、こうやって、こうやるんですよ」と軽く彼女の腕を上げつつ、自身の腕を上げる。
それから、わざと自身の腕を刺す振りをして、コレットの腕をそのまま、自身の鼻の辺りまで持って行く。
「これで、相手は一切、身動きが取れません。
そのまま、相手を転がせば、自然に相手の武器も落ちます」
そして、自身の身を軽く転がしながら言った。
「で、これで、あなたが簡単に相手を倒すことができますね」
「う、うん……」
コレットはそう言われるがままに体を動かされ、彼女は、首を縦に振っていた。
その後、ファレルはこう告げた。
「では、今度、飛び道具を使われたときとか、相手から攻撃が起きたときですね」
「飛び道具……?」
「例えば、こんな場合です」と言って、彼は軽く石を投げる。
「痛い! 何するのよ!!」とファレルに抗議するコレット。
「例えば、この石がこう投げられたら、どう来るかと言うのを予想して、体を動かしてみて下さい」
ファレルは、手加減をして、彼女の相手からの攻撃を避けるトレーニングを行っていく。
接近戦での回避方法。そして、相手に組み付かれたときのそれを解く方法を教えていく。
「最後に、さっきみたいに石を投げてみるから、避けられるかどうか、試してみましょう」
そう言って、手に持った石を軽く投げるファレル。それを、何とか躱そうとするものの、結局当たりそうになるコレット。次の瞬間、その石が彼女に当たるや否やの所で消える。
「ふぅ、何とか躱せたのね。ファレルさん、ありがとう」
「いえいえ、どう致しまして。それから、最後にこれを……」と言って、彼は、彼女に携帯用のナイフを手渡した。
「これは‥‥」
「何かあったときに使って下さい。ただし、自身の身を守るために使って下さい」と言うと、彼女は礼を述べた。
それから、彼女が住む施設までファレルが送っていくこととなった。
日が沈みかけていることもあるのだろう。春の暖かさがほとんどなくなり、3月にしては肌寒い気温になっていた。
「ファレルさん、ありがとうございました」
コレットが、今日一日の礼を述べる。
「ああ……」と言って、ファレルは何の気無しに頷く。
「でも、ナイフは身を守るだけに使って下さい」
「う、うん……。分かったわ。あの子を助け出したいから……」
「そうですか……」
ファレルは、何故、コレットがあの依頼のことについてこだわっているのか、聞こうとしなかった。
聞いた時点で、彼が助けることもあまりないことが分かっていたからである。
それから、他愛もない会話をして、彼女が住む施設にたどり着いた。
「じゃぁ、またね!」とコレットが別れの挨拶を交わすと、ファレルもにこっと微笑んで「じゃぁ……」と別れの挨拶を告げた。
それから、何日か経ったある日のこと。
「あ、いけない! もう、寮に戻らないと……」
キャンパスで友人達とたわいもない会話で楽しい一時を過ごしていたコレットは、時計を見て、はっとした。
「そうなの。ちょっと残念だなぁ……」
「うん、ごめんねぇ」
申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、彼女は鞄を持って、急いで教室から出て行った。
それから、何時も通りの帰路につきながら、時間が無いことに気づいた彼女は、彼女が知っている近道を通っていく。
しかし、そこには奇妙な男がいた。鞄からちょこっと顔を出したバッキーに妙な興味を持っていた。
「なぁ、姉ちゃん、その変なの俺にくれよぉ?」
バッキーを奪おうとする男に、彼女はこう言った。
「いやですわ!
このトトちゃんは、私の大事な友達ですもの」と白色のバッキーを大切に守りながら、彼女はこう答えた。
「ほぉん、断るか?
なら、ちょっとつきあってもらおうか?」
そう言いながら、男は「バキポキ」と骨を鳴らしながら、彼女の側にやってこようとする。急いで、彼女はその場から去ろうとするが、他の男達が彼女の周りを取り囲む。
「……トトは、絶対渡さない」
そう言いながら、彼女は携帯用のナイフを取り出した。
「姉ちゃん、やるのか?」
男が言うと、コレットは「来ないで! 来たら容赦なく、刺すわよ!!」と声を荒げた。
そのナイフに対して興味を持たなかったのか。さしたる恐怖も感じずに男は、こう叫んだ。
「はぁん……。野郎共、やっちまえ!!」
それから、彼女は懸命にバッキーのトトを守ろうとしてナイフ片手に果敢に攻撃をしていく。あの時の後悔を振り払うように……。
「こいつ、やる気だ!」
懸命にナイフを振るうコレットに対して、一人の男はこう叫んだ。
「へへへ、なら、こっちもやっちまえば良いだろう」
「くくく、俺たちに逆らうからこうなるんだよ……。
とっとと、おっちんじまいな!!」
薄気味悪く鮫のような笑みを浮かべながら、巨大な刃渡りを持つ刀を懐から出し、構えるや否やこう言った。
「姉ちゃん、良いことを教えてやるよ。
俺たちはな。『殺してでも奪い取る』って言うのを教義にしてんだよ。
そこまでやるんだったら、銀幕の海の藻屑にしてやんよ。
お前ら、やっちまいな!!」
男の最後の言葉を合図に、男達はそれぞれ、短刀を用意した。
運が悪いことに一人の男に彼女は腕を捕まれてしまう。それと共にナイフを落としてしまう。
「放して、放してよ!
貴方たちみたいなのに、負けたくないのよ!」
コレットが思いっきり叫ぶ。しかし、誰も応援なんてしてくれない。人通りの少ない路地という運の悪いところもあるのだろう。誰一人として、ここを通ることはなかった。
「あの声は……」
ファレルは彼女のことを心配して、急いで、彼女を捜していたが、その叫び声で、何となく彼女の居場所が分かったような気がした。
「急ごう」
静かにそう呟きながら、彼は足を速めた。彼女を一刻も早く救うために……。
「そうもいかねぇんだぁ……。ぐへへへ。
姉ちゃん、これで終わりだ……」
そう言うや否や、短刀が彼女に迫ってくる。そのナイフを彼女に突き刺そうとした瞬間、
どこからともなく現れた小石が男の腕に当たり、男は「誰だ!?」と怒りの声を上げた。
「その人を放せ……」
冷たく、怜悧な声が辺りに響く。声の主は、コレットと同い年ぐらいの青年である。
「全く、護身術なんて、」
「テメー……」
男が凄んで言うものの、青年はそれを意に介さない。
「俺たちを甘く見てると、火傷するぞ」
短刀をファレルに突きつけるが、彼はそれを意に介さず握る。
「何だと……」
男は次の瞬間、恐ろしいものをみることとなった。
ファレルが剣に触れた途端、その剣が徐々に徐々に消えていく。
「うそだろ……」
男は顔を強ばらせたまま、身動きが取れないでいる。
「ファレルさん……」
冷たい闘牙纏った青年にコレットは声をかけた。
「下がれ……」
完全に短刀が消える。
「あがが……、剣が、剣が……。
おい、こいつを先にやっちまえ!!」
恐慌状態のまま男は指示を出すと、その手下共が、ファレルに一斉に襲いかかってくる。
しかし、それに臆せず、ファレルは手下共を倒していく。
武器を持っている者がいれば、武器を彼の特殊能力で消し、それに驚いた男達を倒していく。
それから暫くして、男達は彼を異形のような目で見つめていた。
「う、う、うわーーーー! お、憶えてろよ!!」
そう言って、男達は、傷ついた体を引きづりながら、言うと、何処かへと消えていった。
「嘘つき!」
コレットはファレルの所へ駆け寄るや否やこう彼を非難し始めた。
「ピシャン!!」
ものすごい音共に繰り出される彼女の平手打ちが、彼の頬を思いっきり叩いた。
「……」
コレットの怒りと怨嗟に満ちた表情に、ファレルは圧倒され、言葉が出なかった。
「あなたは、私に護身術を教えたんじゃなかったの?
ねぇ、護身術を教えたんじゃなかったの?
なんで、本当に護身術を教えてくれなかったの?
今回は、私もトトも無事だったけど、何だったのあの手ほどきは?
遊びだったの?
本当に遊びだったの?
ボケッとしないで、何とか言ったらどうなの?」
彼女からはこれでもかと言わんばかりに、彼に罵倒の言葉が浴びせられる。
本当に彼女自身の願いを叶えたはずなのか?
そんなことさえ、問い詰められようとしている感じである。
「……」
「ねえ、何か言ってよ!
ねえ、何か言ってよ!!
あなたの顔に口があるんだから、何か言ってよ!!!」
「……」
「ねぇ、あの時の訓練がうそだったのか答えなさいよ!」
いい加減言い疲れたのか、彼女はついに彼のところにもたれかかるように倒れこみ、泣き始めた。
「全く……」
ファレルがこう呟くと、漸く口を開いた。
「貴女に……人を傷つける方法を学んで欲しくなかった。
もう良いですよね、帰りましょう……」
こう言うと、泣いていた彼女は、ふっと泣き止み、少ししゃくったのち、むすっとした顔をしていた。
帰り道、彼の奢りと言うことで、色々駄菓子などを買い込んで、コレットがいる施設へと向かう。夕暮れ時の街は、何時もより綺麗で、そのときに舞い散る桜の花は、それを一層引き立てていた。
「ねぇ、綺麗ね……」
「あ、ああ……」
こんな会話を続けていくと、彼らはコレットが住む施設にたどり着いた。
「今日はありがとう。それから、これ、返すわよ。
何か、今日のことで、よく分かった気がするの……。じゃ、またね!」
「ええ、では……」
そう言って、コレットはファレルに携帯用ナイフを返し、二人は別れた。
彼女の顔には涙はなく、笑顔が戻っていた。
施設の入口にある桜の木から彼女の掌へ花びらが舞い降りる。
「あ、きれい……」
そう呟きながら、コレットは静かに微笑んだ。
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クリエイターコメント | まずは、オファーありがとうございました。 素敵な発注文のおかげで、素敵な物語を描くことが出来ました。 最後の最後に本当に、良い仕事にあわさせて頂きました。 本当にありがとうざいました。 |
公開日時 | 2009-05-09(土) 19:50 |
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