★ 思い晴るるか ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-8472 オファー日2009-06-29(月) 22:04
オファーPC 旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
ゲストPC1 岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
<ノベル>

 雨が降っている。
 雨粒が地を叩く音にまぎれて、多くの足音が雨に濡れて黒く光る廃ビルに迫る。
 雷鳴。
 四十七名の姿が一瞬白く浮かぶ。
 一人が手で合図をする。一人が扉を蹴破る。咆哮と共に雨音の中、廃ビルに黒革靴の足音が響く。
 開け放たれるドア。
 黒革の回転椅子に座る一人の男。
 その背中に黒い筒が真っ直ぐに向けられている。
「何の用だ?」
 低い声。ゆっくりと回転椅子が回る。鋭い眼光で男達を射貫く男。中年を過ぎ、高年と言って差し支えないが、その眼光の鋭さは衰えを見せない。
「吉良さん……若頭の件、忘れたなんて言わせねェぜ」
 吉良と呼ばれた男は額の傷に手を遣り、口端を歪めて立ち上がった。
 緊張が走る。
「言ったはずだぜ。「くれぐれも短気を起こさねェように」ってなァ」
 両手を広げてくつくつと笑う吉良に、何かがブツンと切れた。
「死に晒せェ!!」
 幾つもの銃声。
 白煙。
 人形のように跳ね上がる男の体。
 その顔には不気味と取れる薄笑いを浮かべ。
 銃声が止む。
 雨の音だけがしている。
 廃ビルの外。
「浅野の若頭……仇は取ったぜ」
 空を見上げ、雨に濡れながら男が呟いた。

 ぷつん、とその姿が消え、黒いブラウン管にリモコンが投げつけられる。
「チクショウが……っ!」

   ◆ ◆ ◆

 魔法が終わる。
 彼のマスティマとの決戦の後、髪として成人した夢の神・リオネがそう宣言した。
 魔法の終焉まであと数日。
 杜松清左衛門忠継、旋風の清左と言った方が通りが良かろうか、彼は煙草を吹かしながら眼を細めた。
「良い天気だ。そう思わねぇかい」
 清左が視線を向けたのは、隣に座って団子を頬張る武士である。名を岡田剣之進。春の女神が開いた茶会で女性たちをもてなすべく協力を申し出た際、知り合ったのだ。
「誠に」
 二人ともその後を続ける事はなかった。
 晴れた空の下。美味い茶菓子。沈黙も苦しくない友人と過ごす時間。
 慌ただしい日々、絶望との対峙。それらが終わると知ったから、こうした時間こそが大切なのだと、二人はわかっていてるのだ。
「そういや、最近見なくなったなぁ」
 ぽつりと落とした清左に、剣之進は上げていた視線を降ろす。それにふと笑って、清左は細く白い煙を吐いた。
「あのでかい戦の前に、賭場で知り合ったヤツがいてね。おめぇさんも一度連れてったことがあるだろう」
「おお、あの賭場でござるか」
 この二人、かなりの博打好きである。もちろん、いかさま無しの真っ当な賭場での博打であるが。いやしかし賭場に真っ当も何もないかもしれないのだけれど。
「映画の中では悪役のムービースターだが、銀幕市では恨む相手もいねぇってんで、なかなか朗らかに笑いやがるヤツでな」
「然様でござったか」
 剣之進は頷く。
 銀幕市に来て、悪役が悪役でなくなる。それは悪役会を見ればわかる。ここは映画の世界ではない。だから悪役でいる必要は無いのだ。悪役であるが故の衝動に駆られる者もいたことは確かだが、この銀幕市はその悪役たちが銀幕市の平穏を守る為に奔走することも多々あった。それは、映画という枠から離れたムービースターだからこそ、持ち得た感情であろう。
 しかし、と清左は眉根を寄せた。
「近頃、賭場に来なくなってな。何かあったんじゃねぇかと思ってんだが……」
「清左の兄貴」
 声に清左が顔を上げると、そこには険しい顔をしたいかにもヤクザと言った男が立っていた。
「川島!」
 清左の声に、剣之進は「ではこの者が」と思う。
「おめぇ、一体今まで何を」
「兄貴、兄貴の力ァ貸してくれねぇか」
 川島と呼ばれた男は膝を付いて、清左を見上げた。ちらりと剣之進を見るが、清左が続きを促すように顎をしゃくると、川島は口を開いた。
「アイツらが……親分を殺った大石の野郎どもが実体化したんでさぁ!」

 その映画の名を、『極道忠臣蔵』という。
 元禄赤穂事件、これを題材とした「忠臣蔵」の極道版だ。
 古株幹部・吉良に斬りつけた若頭・浅野が落とし前として割腹。だのにお咎め無しの吉良を、浅野を慕う舎弟以下若い衆47名が討つという内容だ。
 川島は、幹部・吉良を恩人と慕う博徒である。
 劇中では悪人と描かれた吉良だったが、組や子分の為に粉骨砕身する良い幹部であったのだ。古株で組の存続の為、もしや恨みを買うような事もしたかもしれない。しかし、それは組の為の行為だったはずだ。
「親分は誰よりも組を思って動いてた人だ。オレらみてぇな逸れモンにも目ェ掛けてくれた。浅野の若頭が割腹した時だって、苦い顔をしてたのは親分だ。なのに、彼奴は……大石の野郎どもは、親分を悪人としか思わなかった!」
 復讐など所詮は堂々巡りと諭されている場面があった。
 もしそこで大石が思い直していたら。
 悪人と決めつけなければ。
 吉良の親分が悪だと、“設定”が断じなければ。
「吉良の親分は、あんな死に方しなくて良かったんだ!」
 死に際を、川島自身は知らない。
 もうすぐ最後。
 それを知ったから、吉良の死に際が知りたくて、自分が元いた世界なんぞに興味はなかったが、人を訪ねて自分の出身映画を知り、『極道忠臣蔵』を観た。
 そこにあったのは、ただただ吉良を悪と断じ、それに憤る大石らと、不敵な笑みで死んでいった吉良の姿だった。
「オレぁ、奴らが許せねぇっ!」
 川島は拳を叩き付けた。ギリギリと歯を食いしばる。
「清左の兄貴、力を貸してくれ。博徒で実体化したなぁ、オレだけだ。奴らは舎弟の大石と若い衆十数人。どうしても一矢報いてやりてェんだ!」
 頭を下げる川島に、剣之進は清左を見る。
 清左はじっと川島を見た後、長く白い煙草を吐き出した。
「世間からすりゃ埒も無ぇ事かも知れねぇが、あっしも親を持った身だ」
 静かに語る声に、川島が顔を上げる。
 清左はその鋭利な目をゆるゆると細めた。
「アジトぁ、わかってんだろうな?」
「へいっ! ありがとうございます、清左の兄貴!」
 清左は口端を軽く持ち上げ、それから剣之進を見た。
「そういうわけだから、あっしは行ってくる」
 左目の刀傷。それは辻斬りとなった親友と斬り結んだ際に付けられたものだという。その後、家を飛び出し、人柄に惚れて親分の子分になったのだと、いつだったか聞いたことがある。
 削ぎ落としたような鋭利な輪郭とはっきりとした目鼻立ち。その瞳に映るのは、兄弟の意思を汲んだ強い光だ。
 剣之進は眼を細める。
「拙者も、お伴つかまつる」
 復讐からは何も生まれない。
 そうも思うが、強い光ふたつ、時代は違えど義の為に命を賭すならば、それに応えてやるも良い。
 川島が剣之進を見る。剣之進も、川島を真っ直ぐに見た。
「どんな結末になろうと、最後まで見届けよう」
 数日後には夢が終わる。
 その前に。

  ◆ ◆ ◆

 どんよりと空が曇ってきた。
 先程までの晴天が嘘のような、今にも滴を零しそうな曇天である。
 川島を先頭に、三つの影が廃ビルの壁に奔る。
 どこかで雷鳴がその喉を鳴らし始める。
 一つの扉の前に、三人は立った。
「あっしと剣之進の兄さんが血路を開く。おめぇは後から来な」
「そんな」
「川島殿、目的を違えてはならんぞ。一矢報いるのであろう」
 川島は小さく唇を噛み、それから頷いた。
 それに頷き返して、清左と剣之進は目配せをして、扉を押し開いた。

「うわぁあっ?!」
「散れ、固まるな!」
「大石の兄貴に伝えろ!」
「くそっ、なんだコイツらァッ!?」
 旋風の清左、その通り名そのままに、清左はまるで嵐のように廊下を突き進んだ。剣之進は武士らしい実直な剣捌き。ただ、実直であるが故に乱戦には不向きと見える。それをまた清左がフォローする。
 誰一人として殺しはせず、峰打ちで襲い来る若衆と斬り結んでいった。それができるも、二人の確かな実力故である。
 一方の川島は、前の二人に圧倒され唖然とするばかりだったが、横から声を上げて突進してくる若衆に容赦なく黒い筒を向けた。
 悲鳴と、銃声と、金属音。
 いつしか雨が降り出し、その声はざあざあと降る雨と雷鳴とに掻き消され、廃ビルの中はまるで影絵のように窓に躍った。
「大石を出せやァ!」
 川島が咆える。
 蹴破ったドア。
 清左と剣之進の足が止まる。
 若い衆たちもぴたりとその手を止めた。
 その先に。
 鷹の如く眼光鋭い、大石良雄その人が立っていた。
「大石ィ」
 ぎり、と川島が睨め付ける。
 大石は倒れ呻き声を上げる若い衆たちと清左・剣之進を見やり、それから川島を見た。
 ざあざあと雨が降っている。
「吉良の親分にしたこと、忘れたたァ言わねェだろう」
 ギラギラと光る川島の目に、大石は静かに眼を細めた。
 剣之進は意外だった。
 背はあまり大きくなく、ヤクザを束ねる頭という容姿でもなく、どちらかといえば庶民的な男だ。
 静かな威風。
 それがこの大石という男を表すのに適当であると思った。
「親分はいつだって、組の為を思ってた!」
 川島が咆える。
 大石は視線を反らすことなく、川島に向かい合っている。
「間違ったことをしたと、思ってはいない。そして、後悔もしていない」
 表情と同じように、声も驚くほど静かだった。
 そこには確かに後悔の念も、しかし哀惜の念も無い。
 カッと頭に血が上った。
 黒い筒がその眉間にぴったりと照準を合わせる。
「復讐は何も生まねェ! てめェ、短気を起こすなと親分からも忠告を受けたくせに!」
「そうだ。そしてやはり、復讐は何も生まなかった。……いや」
 淡々とした声。
「新たな芽を芽吹かせただけだった」
 清左と剣之進は、二人をじっと見守った。
 何も言わない。
 二人はもう、わかっている。
 ただ、待っているのだ。
 その瞬間を。
「川島と言ったか。おめェの目ェ見るとよくわかる。きっと俺も、そんな目をしていたんだろう」
「黙れッ!」
 手が震える。
 息が荒くなる。
 川島は目の前にいる大石が、ぶれて見えた。
 雨が降っている。
 大石の向こうの窓に、灰色の雨が降っている。
「今さら……ッ……今さら、テメェっ!!」
「そうだな……今さらだ」
 表情の変わらないその顔が、ふと歪んだ。
 川島は銃を取り落とす。
 がっくりと膝を付いて、肩を振るわせた。
「川島」
「チクショウ!!」
 床を拳で打った。
「チクショウ……っ……チクショウ、こんなっ……チクショウ!!」
 打つ。
 嗚咽混じりの叫びと共に。
「コンチクショウがぁあああっっ!!!」
 大石は静かにそれを見ていた。
 若い衆も、じっとしていた。
 清左と剣之進は、静かに見守っていた。
 雨が降っている。
 涙のようだと、清左は思った。

  ◆ ◆ ◆

 清左と剣之進は、並んで歩いていた。
 雨は止み、水たまりがところどころに出来ている。
「さてあの二人、どうなろう」
 ぽつりと剣之進が呟いて、清左は白煙を吐き出す。
「どうもなにも、見た通りじゃあねぇのかい」
 剣之進は清視線をやる。
 清左は鋭角的な顔に、小さく笑みを浮かべた。
「わかってンだ、ここにいる連中は。ただ、吐き出すところが欲しかったんだろうよ」
「清左殿、」
 剣之進は口を開きかけて、止めた。
 清左が軽く眉を上げるがそれには首を振る。
 そう、わかっているのだ。
 みんな、そうだ。
 わかっている。
「清左殿、腹ごなしにはんばーがーはいかがであろう。拙者、とあるはんばーがーしょっぷにて、あるばいとをしているのだ」
「ほう、パンとかいうのに肉やら野菜やらを挟んだアレかい」
 空は夕暮れに染まっていく。
 長い二つの影が、賑やかな商店へと消えていった。

クリエイターコメント長らくおまたせいたしました……っ!!
木原雨月です。

侠客侠客!武士武士!とウキウキ書かせていただきました。
道を切り開くシーンはもっと書き込もうかと思ったのですが、ここはシンプルに行く方がらしいような気がしまして、このようになりました。
また、結末はこのように相成りましたがいかがでしょうか。
楽しんでいただければ、恐悦至極にございます。

この度はオファーを誠にありがとうございました!
公開日時2009-07-31(金) 18:10
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