★ 始まりの合図 ★
クリエイターあきよしこう(wwus4965)
管理番号125-8314 オファー日2009-06-13(土) 00:50
オファーPC 近藤 マンドラゴラ(cysd4711) ムービースター 男 35歳 心★閃★組
ゲストPC1 山崎 ペガサス(cefc5481) ムービースター 男 35歳 心★閃★組
ゲストPC2 土方 ファルコン(crda8433) ムービースター 男 33歳 心★閃★組
ゲストPC3 沖田 フェニックス(cfzr9850) ムービースター 男 20歳 心★閃★組
ゲストPC4 松平 ケンタウロス(cwmf7883) ムービースター 男 27歳 マネージャー
<ノベル>

 
 思えば心★閃★組は都合2回結成した事になるだろうか。
 2度目は勿論この銀幕市に実体化してから。絆という腐れ縁で再会し、気づけば熱いR☆CKで語りあっていた。
 そして1度目は―――。



     *



 鳴り止まない大歓声が場内を包み込んでいた。その場にいるにも関わらずそれをどこか遠いところで聞いていた。音の渦がまるで濁流となって押し寄せ足元の地面を揺らし、体の奥深く心臓まで叩いてるようだった。頭にもそれはガツンと響いていた。何かもっと別のものを揺るがす音。
 その音を聞いた時、近藤は最初ビビッときて、それからズギューンとなって、最後にドーンとなった。
 しかしこう話すと大抵バンドメンバーには冷たくあしらわれる。
 たとえば。ベースの山崎ペガサスはにこにこ微笑みながら近藤の頭を撫でた。ボーカルの沖田フェニックスはまるで聞いてませんでしたという顔で「そんなん、どーでもえーから、はよ次の新曲教えろや」と吐き捨てた。マネージャーの松平ケンタウロスはカワイソウな人を見るような視線を注いだ。
 ただ近藤を無言で見つめるギターの土方ファルコンだけは、このR☆CKへ注ぐ熱いパトスに共感してくれているはずだ―――と、思っているのは実は近藤だけだと付言しておく。
 とにもかくにも近藤はその時思ったのだ。KET☆→の国より伝来したR☆CK。それに宿る誠の魂とそこから生み出される真実の愛を、このニホン國に広めなければならない、と。
 その使命感だけを頼りに近藤は熱きシャウツッを共に迸らせる事の出来るメンバーを募ったのである。

 最初に声をかけたのは、幼馴染―――もしかしたら初恋になってたかもしれない……としたら笑えない―――山崎ペガサス―――本名山崎みちるだった。
 山崎は近藤の家の隣に住む大きなクリクリの目と笑うと愛らしい八重歯が見える可愛い“女の子”だった。何より、トップのアホ毛がチャーミングで近藤の母性―――もとい、父性本能と庇護欲を掻き立てたのである。
 同い年という事もあって仲はすこぶる良かった。いつも一緒にいた。出かけるのも一緒。遊ぶのも一緒。人生の大半を共に過ごしたと言っても過言ではないくらい一緒にいた。
 そんなある日、山崎の家に招待された近藤はそこで自分の中に淡く芽生えかけていた恋心を無残なまで踏みにじられる事になるのである。
 その日のことを近藤は一生忘れる事はないだろうと思われた。
 山崎の両親が祖父母に至るまで、愛らしい山崎とは正反対にボディービルでもやってるのかというほどムキムキマッチョだった驚きなんて綺麗さっぱり吹っ飛んだのは、山崎のこの一言からだった。
「こっくん、一緒にお風呂入ろうよぅ」
 男と女が一つ風呂に入るなんて、と近藤は思った。純朴な少年だったのだ。まだ小さい頃ならともかく、もう僕らはそんな子供じゃない、とか考えるませたガキだった。母とだってもう一緒に入ってないのに、一緒に入っていいわけがない。
 決死の覚悟などと過言にもほどがある覚悟でもって、近藤は全力で拒否しようとした。
 だが近藤の腕を掴んでせがむ山崎の上目遣いの期待感に満ちたキラキラお目々の前に近藤に否が言えようはずもなかった。結局、彼は拒みそこなったのである。きっとこの先も、このキラキラお目々に泣かされる事になるのだろう。幼心に何となく近藤は予感めいたものを感じるのだった。
 ドキドキしながら脱衣所で服を脱いでいく。近藤は恥ずかしくて山崎の方なんて全然見られなかった。
 ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ。
 その脈拍も血圧も臨界点突破しそうなくらい最骨頂に達した時、背を向けている近藤に山崎が抱きついてきた。
 心臓が飛び出すかと思う。
 山崎が近藤を浴室へと促した。
「こっくん」
 という声に近藤は思わず振り返った。出来るだけ山崎の事は見ないようにという脳からの指令を体が何故か拒否しているようだった。
 ―――――!?
 ほろ苦い思い出である。まさか山崎の股の間に自分と同じものが付いてるなんて―――閑話休題。
 とにかくそんな事もありながら男の友情を深め合った山崎に、近藤はゐの一番に声をかけたのだった。
「今日から山崎はペガサスだ」
 ほぼ天然100%のインスピレーションで近藤は山崎の芸名を決めた。
 ちなみに自分はマンドラゴラ。近藤マンドラゴラ。いい響きだ。
「ペガサスかっくぃー!」
 彼らのセンスはもしかしたら既に常人のそれから大きく逸脱していたのかもしれない。よく言えば、他人と違う、それこそがスター性というやつだったのだろう。


 更に余談を一つ加え置く。
『こっくんひとりで寂しそうだしぃ、頼りないしぃ、誰も集まらなかったら可哀相だからねぇ。僕も手伝ってあげよぅと思ったんだぁ』
 とは、後に山崎が明かした心★閃★組に入った動機である。悪気はないのに“寂しそう”とか“頼りない”とか“可哀相”という言葉に棘のようなものの存在を感じた近藤が串刺しになった事は言うまでもない。むしろここから打たれ強さのスキルをアップさせたのである。
 とはいえ口では何と言おうと、山崎と近藤の互いの信頼関係は篤くゆるぎないものであった。



    *



 そんなこんなでメンバーが2人となった近藤だったが、しかしバンドとしてはまだ成り立たない。更なる同志が必要である。
 何といっても己が掲げるのはR☆CKを世に広め誠の愛をニホン國に齎すことである。いや、それだけではない。来るヴィジュアルバンド『CR☆W VUNE』に対抗するためでもあるのだ。
 夢はでっかく。少年は大志を抱く。今もまだ少年だ。少なくとも山崎の容姿は。彼は大きくなっても小さかった。あの両親祖父母に至るまでの遺伝子のどこにそんなものが混ざっていたのか、小柄な上に脅威の童顔を持っていた。どこからどう見ても16歳前後の少年だったのである。近藤は時々、彼が自分と同い年である事を忘れそうになった。
 それはさておき。
 ある日、近藤は山崎に誘われ登山をする事になった。頂上を目指すのは何だか人生に似ている―――などと、そんな感慨があったかどうかは定かではないが、その頃近藤はメンバーを集めるのに一つの壁にぶち当たっていた。新しいメンバーをスカウトすべくいろんな奴の音を聞いた。歌も聴いた。だがどれも近藤の心を打つまでには至らなかったのである。
 そんな近藤を見かねたのだろう山崎が提案したのだった。
 たまには気分転換も必要だ。
 どうせならニホン國の最高峰富士山をと思った近藤だったが、山崎がピクニックと楽しそうに準備を進めていたので、結局近場で妥協する事になった。
 もしかしたら、人はそれを運命と呼ぶのかもしれない―――またまた過言か。それが、2人とフローレンス・土方との出会いであった。



 ピクニックになだらかな初心者コースを登る。山崎は近藤の体を山にでも見たてているのか、近藤の体をのぼって肩に座っていた。
「あ! 綺麗なてふてふだぁ!」
 ひらひらと舞うアゲハチョウに山崎は身軽に近藤の上から飛び降りると、誘われるように追い始めた。
「おい、待て! 山崎!!」
 慌てて近藤が追いかける。
 そうしてずんずんと2人はハイキングコースから外れて―――迷子になった。
 さて、どうしたものか。
 そんな時、彼らはそのシャウツッに出くわしたのである。
 山の奥から熱い迸りを感じたて、近藤と山崎は顔を見合わせた。音の方へと向かって獣道を進んでいく。
 30分ほど険しい道を突き進み―――勿論、主に歩いていたのも、荷物を持っていたのも近藤だが―――やがて開けた場所に出ると、そこにギターを弾く男を見つけた。
 近藤はその熱いギターに胸躍らせた―――幾多数多のギターを聴いてきたが彼ほどの逸材には会ったことがない。
 一方山崎はヴィジュアル系の何かを間違えたような男の佇まいに目を輝かせた―――面白そう!
 2人は顔を見合わせた。
 ―――キラン。
 互いの目が語っていた。彼を是非、我がバンドに迎えようではないか。
 互いにその目論見が微妙にずれている事は互いに知らない。ただ、彼を入れるその一点に於いて、2人は心を一つにしていたのである。
 しかしなにゆえ彼は、こんな山奥で1人ギターを弾いているのだろう。
 ささやかな疑問を抱きつつ近藤は土方に声をかけた。
「おい」
 声をかけた近藤に土方のギターはピタリと止んだ。自分の音に酔っていたようなアンニュイな表情は一転、強張った顔で土方は後退る。
「あ、いや、別に危害を加えようってわけじゃないんだ。いいギターだなと思って」
「我輩のギターが?」
 土方がわずかに持っていたギターを掲げるのに、近藤は満面の笑みを返して頷いた。
「ああ、そのギターからはR☆CKの魂を感じる」
 力強くそう言うと、土方はすっと視線を明後日の方へ向けた。テレているのか何なのか。しかし満更でもないように見えた。
 彼もまたR☆CKに心打たれた者の1人である。
「一緒にやらないか」
 がしっと土方の手を取る近藤に、土方は一瞬たじろいだ。
「一緒にであるか?」
「うん。そうだよ。一緒にバンドやろう」
 下から別の声が聞こえてくる。土方はその声の出所を探すように視線を下げてそのまま心臓が飛び出そうなほど驚いた。
 見ると小動物のような笑顔の少年が自分の腕にぶら下がっていたのだ。
「!!!???」
 声にならない悲鳴をあげる土方に山崎はにこにこしながら言った。
「やろうよ」
「…………」
 もとより土方はR☆CKがやりたくないわけではない。むしろその逆だ。R☆CKに触れ、この引っ込み思案でどうしようもない人見知りを克服しようと決意していたのである。
 それで日々、家の裏山でギターの練習をしていたのだ。まだ人に聞かせられるようなレベルではないと山奥で弾いていた。登山者に聞こえちゃうかも、ともう少し奥に入った。まだ聞こえちゃうかもしれない。まだま聞こえちゃうかもしれない。どんどん奥へと進んでいく―――彼がこんなところで1人ギターを弾いていた所以であった。
「我輩にも出来るであろうか」
 土方は呟いた。内心の不安がその声ににじみ出たのかか細い声だった。
「ああ、勿論!」
 近藤は言った。
「うむ」
 土方は半ば勢いで頷いていた。
「よし、今日から君はファルコンだ」
「ファルコン……であるか?」
 土方は戸惑うように近藤を見返した。近藤はくそ真面目な顔をして頷いた。どうやら本気らしい。
「ああ。俺は近藤マンドラゴラ。こいつは山崎ペガサスだ」
「よろしくぅ」
 山崎がにこっと笑う。
 土方はしばし視線をさ迷わせた。ファルコン、ファルコン、ファルコン。フローレンスよりは遥かにマシに違いない。恥ずかしいので本名は伏せる。
「土方ファルコンである」
 こうして土方は近藤のバンドに加わったのだった。
「あー、時に土方くん。君は帰りの道を知ってるだろうか?」
「…………」


 この時の土方の第一印象を近藤は後にこう語っている。
『土方のシャウッツは、心を打つ物が有ると感じたんだ。無口で男気溢れてる奴だと思った』
 前半はともかくとして、後半は大きな勘違いであった、と近藤が気づくのは割と近い将来の事であった。



     *



 スタジオを借りていよいよバンドの練習が始まった。
「後はボーカルがいるな」
 近藤がスネアを弾ませながら呟いた。現在のバンド構成員はドラム担当の近藤、ベース担当の山崎、そしてギターの土方なのである。
 集合時間に少し遅れて土方が練習室に現れた。念の入ったメイクである。彼はメイクに最低でも1時間はかけるのだ。
「ひっじぃーは歌えないの?」
 土方に山崎が尋ねた。
 話の見えない土方が困惑げに近藤を見る。
「何の話であるか」
「ボーカルが欲しいよなって話だ」
「ねぇ、ひっじぃー、ギターを弾きながら歌えない?」
「無理である。我輩、人前に出るのは苦手である」
 土方は即効で断った。そもそも極度の人見知りなのだ。中央で衆人環視の中、ギターを弾きながら歌うなど絶対不可能。想像しただけで土方は気が遠くなる。出来れば目立たないところで、目立たないようにしていたい土方なのだった。ギターだって本当はステージの袖で細々と弾きたいくらいなのである。
「ひっじぃー、歌ってみせてよー」
「我輩には無理である」
 ちなみにこれは余談だが、近藤も山崎も互いに付き合いが長い分、互いの歌唱力を熟知していた。
「一応、バンドメンバー募集はしたんだけどな」
 近藤が言った。
「えぇ!? いついつぅ!?」
 山崎が興味津々で身を乗り出す。
「ビビッと朝生!で」
「えぇー!? 全国ネットで募集したのぉ!?」
「ああ」
 ロケ中のお天気お姉さんの後ろで、バンドメンバー募集のプレートを持って立っていたのだ。すぐにADに取り押さえられ、時間にして数秒だったが。それでも全国放送に違いはない。
「そういえば我輩、先ほど飛脚便を受け取ったのである」
 思い出したように土方が懐から封書を取り出した。宛名書きは『近藤マンドラゴラ様』。訝しみつつも近藤は早速封書を開いた。
「おお!!」
「こっくん、どうしたの?」
「是非メンバーに入りたいという手紙だ!」
 それが、4人目のメンバー沖田貴彦との出会いであった。



 長机の真ん中に近藤、右に山崎、左に土方が座っていた。机の前には『面接官』の張り紙。
 そして部屋の中央にパイプ椅子が一つ。そこに沖田がふんぞり返って座っていた。不機嫌を絵に描いたような顔つきで面接官を睨みつけ、今にも鼻を鳴らしそうな風情であった。
「ふん!」
 親が勝手に履歴書を送り、親だけがノリノリでこの面接会場へ連れてこさせられた沖田なのである。
 親からこの話を聞いた時には『ハァッ!?』と思わず声を裏返らせてしまったくらい彼は唖然とした。普通、本人の確認も取らずにそんな事するか、と彼は思った。
 ぶっちゃけデビューにも芸能活動にも全く興味のない沖田なのだ。
 ただ、歌うことなら大好きなので、歌って欲しいって言うなら歌ってやらんでもない、くらいに思っている。
「あ、えっと。それで沖田くんはR☆CKをどう思う?」
 睨み付けるような沖田に半ば気圧されつつ近藤が尋ねた。
「別に」
 沖田は面白くもなさそうに答えた。
「そんなん聞いて、何がおもろいねん」
 沖田に言われて近藤は押し黙った。
 変わりに山崎が尋ねた。
「おっきぃは楽器とかやってるのぉ?」
「おっきぃ?」
「沖田だから、おっきぃ。小さくてもおっきぃ」
「喧嘩売ってんのかてめっ!!」
 思わず腰を浮かせた沖田は、屈託なく笑っている山崎に、気勢をそがれて座りなおした。相手は自分よりも小さいのだ。
「楽器なんてやった事あらへんわ」
「じゃぁさ、じゃぁさ、これ歌える?」
 いつの間に移動したのか面接官の席を離れて沖田の膝の上にのっていた山崎が1枚の紙を差し出した。
「てめっ!?」
 反射的に立ち上がった沖田に、山崎は落ちまいとしがみついて尚も紙を差し出した。
 沖田は堪忍袋の緒がはち切れんばかりになったが、年下に怒っても仕方ないと自制し、自分が大人になる事にした。後に、山崎が自分の1.5倍も生きていると知って、若干のトラウマを抱える事になるのだが、今はまだその時ではない。
 沖田は山崎が差し出す紙を一瞥した。
 そこには山崎が言うところのめだかじゃくしが並んでいる。その下に歌詞。
 それは作曲を担当する近藤渾身の1曲であった。
「歌えるか、こんなん」
 沖田はきっぱりと吐き捨てた。もうこれ以上ないくらいばっさりと切り捨てた。
 それに近藤は真っ白になった。燃え尽きて灰になったかの如き白さだった。力作だったのだ。自信作だったのだ。
 それがまさかの、歌う価値なし。
 土方が気の毒そうに近藤を見やった。
「えー、なんでー?」
 沖田の腕にぶら下がるようにしながら山崎が尋ねた。
「楽譜、わからん」
 ぶっきらぼうに沖田が答える。
「あー、おっきぃも楽譜読めないんだぁー」
 山崎が仲間を見つけて嬉しそうに言った。
「…………」
 山崎の言葉に近藤がハッと顔をあげた。
 ―――もしかして歌う価値なしじゃなかったのか!!
 近藤は意気揚々と立ち上がると前に出て、今にも泣き出しそうな顔で沖田の手をとった。
「そうならそうと先に言ってくれ!!」
「うっさいわ。うざい奴やな。ほんでこれ、どんな歌やねん」
 沖田が近藤の手を離しながら尋ねた。
 近藤はそれに応えるように熱いシャウツッを迸らせた。
「へったくそやなぁ。聞いてられへんわ」
 などと言いながら、一度聞いただけのその歌を、沖田は歌ってみせた。
 その乱暴な物言いからは想像も出来ない甘いボイス。低く囁きどこまでも高く伸びる声。正にR☆CKに適した声色だと近藤は思った。しかも、面接官に媚を売らない。それどころか逆に突っ込み返してくる。中々に芯のある男のように思われた。
 明るい緑の髪。サラサラのショートヘア。大きなブラウンの瞳は少しつりあがっている。気の強さを物語る左頬のバッテン傷。生足に膝小僧の絆創膏がセクシーに見えなくもなく。バンドの顔ともいえるボーカルに据えても何ら申し分ないだろう。
「一緒にやらないか」
 近藤は沖田の手を取った。
「別にえぇけど。歌うだけやったら」
「よし。今日からお前はフェニックスだ」
「ハァッ!?」
 沖田は裏返さん勢いの声をあげた。フェニックス、フェニックス、フェニックス。沖田からすればありえないセンスである。
「やめてくれ」
 沖田は主張したが。
「おっきぃ、フェニックスかっくいー。ボク、山崎ペガサス」
 山崎が楽しそうに言った。
「沖田フェニックスどの。我輩はギターの土方ファルコンである」
 土方が言った。
「よろしくな、フェニックスくん」
 近藤が沖田の手を取ってぶんぶん振った。
 もはや彼の意見を差し挟む余地などなかったのである。
 かくてバンドの体裁は整った。



     *



 だがバンドが出来たからといって終わったわけではない。やっと、スタートラインに立てただけの話である。
 夢はでっかくニホン國。
 とはいえ現実には近所のライブハウスへの出演もままならないのが実情だった。知名度の全くない産声をあげたばかりの胡散臭いバンドにステージを貸してくれるライブハウスなどなかったのである。
 客の殆どいない小さなライブハウスで1曲2曲演らせてもらえればまだマシな方だった。
 だが近藤はその程度の事では諦めなかった。打たれ強さは折り紙付きである。日々、鍛え上げられているのだ。
「お願いします」
 近藤は頭をさげた。
 だが通称Go!−daya(行けだ屋)のマスターは冷たく手を振った。
「今の時世、R☆CKなんて流行らないと思うよ?」
「R☆CKこそ誠の魂!! 聞いてもらえればわかります!!」
「あー、はいはい。じゃぁ、その内他のハウスで聞かせてよ」
 などと適当にあしらって、Go!−dayaのマスターは今訪れたばかりの集団に目を輝かせていた。
「待っておりました!」
 媚びるような揉み手と愛想笑いで、近藤を押しのけるようにしてマスターは彼らを出迎えた。
「上意CCの皆様、こちらです。さ、どうぞ」
 上意▲▲(アゲアゲ)CCボーイズ―――略して上意CC。彼らは、先客の近藤をチラリと見やって「ふん」と鼻で笑いながら控え室に案内されていった。
 最近流行りのR△Bとかいうチャラチャラした音楽でダンスと甘いフェイスを武器に女性ファンを増やしているグループだ。女性客が多く店に訪れれば、それを目当てに男性客も増える。そんな芋づる方式で、あちこちのライブハウスからは引っ張りだこ。結果的にインディーズの中ではトップクラスの人気を誇っている。
 上意CCの生意気そうな面々の中で1人、目立たない感じの男が去り際近藤の前を通り過ぎながら静かに頭を下げた。彼が実は上意CCリーダー桂センセイと近藤が知るのはもう少し後の事である。ただこの時ばかりは、失礼な奴ばかりと思っていたがそうでもない奴がいるのだな、と妙に関心させられた。
 そうして彼らの背を見送りながら近藤は思った。
 彼らを超えなければメジャーデビューはありえない。いつか追い越してみせる、と。
 だがそれ以前に近藤たちはステージに立つ事すら出来なかった。
 近藤はまだ客のいないステージを見やった。
 その先にあるのはインディーズの最高峰―――Go!−dayaのステージだった。



「ほんですごすご帰ってきたんかい」
 沖田は相変わらずの口調でばっさり切り捨てた。
「面目ない」
 近藤が頭を下げる。
「まぁまぁ、気を落とさないでぇ。それより、ひっじぃーがステージ衣装作ってくれたよぉ」
「何!? 土方くんが?」
 近藤が顔をあげると山崎がじゃーんとばかりに衣装を見せた。
「うわっ! だせっ!!」
 沖田が言った。一度はばっさりやらないと気が済まない体質らしい。それで気持ちが底辺以下まで落ち込みかけた土方だったが、近藤は目を輝かせて土方の肩を掴んだ。
「浅葱にだんだら!! これはまさかCHU★心クラッの!?」
「わかるであるか?」
「ああ、勿論だ。伝説のグループサウンズCHU★心クラッを知らない奴なんていないだろ。これぞ正に魂の叫びにふさわしい!」
 かつて大石クラッによって立ち上げられた伝説のグループ、最初にして最後のファイナルステージに散った幻のグループCHU★心クラッ。彼らの魂にリスペクトしている者は実は意外と多いのだ。
 この浅葱にだんだら模様の羽織は正しく彼らの魂を継ぐもの。その背中に刻まれた誠の文字。これこそ我がバンドにふさわしいものだ、と近藤はしみじみ感じ入った。
 いそいそと浅葱の羽織の袖に手を通す。出演を断られて落ち込んでいた気分が吹き飛ぶようだった。
 山崎もウキウキ手に袖を通す。土方も羽織ると何となく皆の視線は沖田に注がれた。
 沖田は気にくわなげにそっぽを向く。それでも口にしたのは―――。
「……オレのんわ?」
「あるのである」
「貸せっ」
 ぶっきらぼうに言って沖田は羽織を取り上げると、すぐには着ずにその背中の誠の文字をしげしげと見つめた。
「そういえばバンドの名前知らんわ」
 思い出したように沖田が尋ねた。
「おお。心★閃★組だ」
「あ、そ」
 大して興味もなさそうに沖田は浅葱を羽織る。背中の誠はバンド名には関係ないのか。
「R☆CKを知った時、心に閃いたんだ……」
 近藤は意気揚々と名前の由来を語り始めたが、土方はギターのチューニングに忙しく、山崎はベースを鳴らしながら、ラララとやっていて、勿論沖田も聞いてなどいなかった。
「えぇからさっさと歌口ずさめや」
 近藤はしゅんとしつつも新曲の楽譜を取り出した。他のメンバーは全く楽譜が読めない上にドラムでメロディーラインを奏でるにはかなり無理があったので、口頭で伝えるしか出来ないのだ。
 あまり歌唱力に自信のない近藤はしぶしぶと歌い始めた。
「ほんま、へったくそやなぁ」



     *



 かくて彼らが練習を開始した頃、また1人、この心★閃★組に大きくかかわる事になろう男が、そのすぐ傍まで迫っていた。
 彼の名を松平大五郎という。後に近藤によってケンタウロスと芸名を付けられることになる心★閃★組マネージャーであった。芸能人ではなくただのマネージャーのくせに、何故か芸名を持ち、心★閃★組のファーストアルバムの販促用ポスターの端にしっかと写りこんでいたという噂が流れるほど、存在感のあるマネージャーだった。
 ただし、この時彼はまだ国民的アイドルのマネージャーをしていた。アイドルを国民的なまでに売り出した超敏腕マネージャー。だが最近はそのアイドルも歌はそこそこでタレント活動ばかりしている。彼は自分のマネージャーという仕事に誇りを持っていた。だからタレント活動ばかりしている彼らに嫌気がさしていたのだ。そんな次第で彼はその日、新人アイドルを発掘したいなんて名目で、彼の理想とする音楽を探し求めてその場所へ訪れたのである。
 ちなみに彼がその日、そこへ訪れたのは単なる勘違いからだった。
 行けだ屋の俗称Go!−dayaと、心★閃★組が練習スタジオに借りていたライブハウス郷田屋を取り違えたのである。
 この界隈ではかなり有名で大きなステージを持つというのにそこにあったのがあまりに貧相なステージで、漸く松平は自らの誤りに気が付いた。
 かくて、そんな場所に長居は無用と早々に郷田屋を退散しようとしたその時である。
 地下の練習室からその音が聞こえてきたのは。松平は目が覚めるような思いがした。とにかく上手く説明が出来ないのだが、その時松平はビビッときてしまった。その表現が近藤のR☆CKを語るそれとかぶるのが何となく許せなくて、自らのボキャブラリーの貧困さを露呈しているみたいで、後に全力で否定するようになるのだが。
 とにもかくにも、その時、これは! と思ったのは確かである。
 だが、音はすぐに止んでしまった。どうやら練習時間が終わってしまったらしい。郷田屋のマスターに尋ねると彼らは心★閃★組というバンドだと判明した。
 松平はもっと聞いてみたいと思った。もっとじっくり、どうせなら大きなステージで。そう。Go!−dayaのステージで彼らの音楽を聴いてみたい。
 松平は郷田屋を出るとGo!−dayaに向かった。
 Go!−dayaの店主池田トムソンは、松平の名刺を見て愛想よく彼をもてなした。自分のライブハウスからメジャーデビュー者が出たとなれば、それだけでライブハウスとしての格もグーンとあがるのだ。
 マスターは早速、今大人気の上意CCを推した。
 だが松平は取り合わずに言った。
「心★閃★組のライブが見たい」
「心★閃★組?」
 マスターは目をぱちくりさせた。聞いた事のないバンド名だったからだ。
「知らないか? ハウス郷田屋で練習していたんだが」
「あ…ああ、ああ、心★閃★組!」
 まさか国民的アイドルのマネージャーの前で知らないとも言えずマスターは笑顔で応えた。
「はいはい、存じております。えぇっと、心★閃★組のステージ予定は確か……」
 マスターはスケジュール表を見ながら言った。既に半年先までほぼ詰まっている。ねじ込めそうな場所、ねじ込めそうな場所。
「1週間後の16時からです」
 マスターが言った。この時間はどこかの新人バンドが上意CCの前座に入る予定だったが潰してしまっても問題ないだろう。何せ、国民的アイドルを世に送り出した敏腕マネージャー直々のご要望なのだ。
「そうか。では、その時にまた来るとしよう」
 松平は満足げに応えて立ち上がった。
 今にも帰りそうな雰囲気の松平に慌ててマスターが声をかける。
「あ、今日はどうです。人気ナンバーワンの上意CCが演るんですが」
「上意CC?」
 そういえば、先ほどから彼が推していた事を松平は思い出した。どうせ今帰っても、調子に乗ってるアイドルの世話をするだけな事を思い出して松平はマスターの勧めを受ける事にした。
「見ていくか」
「へい!」



 そんな事があったなどと知る由もない心★閃★組。
 日参すればいつか心通じる日が来ると信じて、近藤は翌日も朝からGo!−dayaの出演交渉に出かけた。
 だがこの日は何故だかあっさりライブの出演をOKされた。
 しかも来週だという。一体昨日の今日で何があったのか。
 だが近藤は素直に喜びその日のためにいつも以上に練習に励んだのだった。

 そして運命の一週間後。

 その日、心★閃★組はスタートを切った。
 上意CCの単なる前座に過ぎなかった心★閃★組が熱いシャウツッバトルで、かの上意CCと互角に渡り合おうなどと、一体どこの誰が予想しただろうか。仕掛けた張本人である松平を除いて心★閃★組のメンバーでさえ、その結末を予想していなかったのである。
 後に語り継がれる事になる『行けだ屋階段オチ事件』を巻き起こし、ニホン國に激震を走らせた心★閃★組は、この一件でその名をニホン國中に知らしめる事になるのであった。
 その場にいて一部始終を見ていた松平は確信した。彼らのそれこそ自分が探していた音楽であると。
 松平に迷いはなかった。その決断にも迷いはなかった。
 『心★閃★組の音楽を世間に知らしめなければならない』そう松平は胸に刻んだのである。

 しかし―――。
 その事件をきっかけに名を馳せた心★閃★組にはすぐにプロデビューの話がきた。
 そして間もなく彼らは松平の手の届かないプロダクションと契約してしまったのである。
 松平は心★閃★組のプロデビューを臍を噛み千切りながら見守る事しか出来なかった。
 だから彼は遠大な計画を立てる事にしたのだった。



 一方プロデビューの決まった心★閃★組。
「ありえへんっ!!」
 初仕事に沖田は不平不満を隠さなかった。そういう気の強さも大事ではあるが、場を弁えた発言も大事だったりする。
「すみません。すみません。すみません」
 レコーディングスタジオで、近藤はひたすら頭を下げていた。
「そうや、近藤が悪いねん!」
 沖田は怒りを紛らわすように近藤の頭をはたきまくった。八つ当たりである。
「すみません。すみません。すみません」
 メンバーにも何だか腰の低い近藤は、プリンを沖田に手渡した。甘いものに目がない沖田。とりあえずそれを食べている時だけは静かなのである。
 その頃、山崎は初めてのスタジオにドキドキウキウキ見学に出て、未だ帰ってきていなかった。予想される惨事―――迷子。土方がそれを探しに行った。
「ありえへんやろ! 何で『おおおくっ』やねん」
 プリンをたいらげてしまった沖田がパイプ椅子にふんぞり返りながら言った。
 他のスタッフは顔を引きつらせている。
「すみません。すみません。本当にすみません」
 近藤は頭を下げ続けた。
 彼らのデビュー曲は萌えアニメ『おおおくっ』のエンディング・テーマだ。アニメ『おおおくっ』とは総勢4000人のおおおくっ娘に毎回翻弄される殿(だーりん)のちょっとエッチなラブコメディである。
 どう考えてもR☆CKから遠い。
 どう考えても誠の愛から遠い。
 いや、考えようによっては誠の愛と取れなくもないかもしれないのではないか。近藤は自分にそう言い聞かせた。4000人のおおおくっ娘の愛を一身に集める殿なのだ。4000人の愛もまた、誠に真実の愛であるに違いない。
「頑張って演ろう!」
 かくて近藤は、テンションが低めのメンバーを奮い立たせるようにして、レコーディングに臨んだのだった。
 せっかくの彼らの音楽が……と草葉の陰から奥歯を噛み締める松平とは裏腹に、文句を垂れ流しつつも沖田渾身の一曲はアニメブームにのっかって予想以上の売れ行きをみせた。


 やがて、心★閃★組のマネージャー、芹沢、山南のトンズラと共に、新しいマネージャーが彼らの元へやってきた。
 心★閃★組に真のR☆CKと誠の愛を熱きシャウツッに乗せるために。
「初めまして」
 握手を求めるように近藤は右手を伸ばした。
 沖田のツンに付いていけなくなったのか、はたまた別の理由があったのか、辞めていった歴代のマネージャー達を思うと、『押し付けられた』としか思えない新任のマネージャーは、しかし意外にもやり手と謳われる人物だった。
 近藤はそのマネージャーの顔も名前も知らなかったので会って驚いた。廊下ですれ違った際『ドコの所属のアイドルだろう……』くらいに思っていた男だったからだ。
 実はそれ以前に彼と出会っていた事を近藤は覚えていない。
 そして。
 本当は彼が遠大な計画の末、前任マネージャーを罠に落としいれ事務所を移籍してまで志願してその座を手に入れた事などは知りようもない。
 松平は笑顔で近藤の手を取った。
「よろしく」

 そして―――。

 この握手から心★閃★組は、ニホン國という大きなステージへ階段を駆け上がっていくことになる。


 熱いシャウツッバトルの幕開けであった。





 ■End■

クリエイターコメント「Yeah! 上意CCの桂だ。若者の諸君!
 君たちも我らが同志となって上意CCに入らないか!
 我々は男気ある君たちの参加を待っている!!」(ヲイ)

オファーありがとうございました。
楽しんで書かせていただきました。
イメージを壊していない事を祈りつつ。

捏造万歳(ぎゃふん)いいのかこんな世界観で
公開日時2009-07-30(木) 18:30
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