★ ミッション・コモリー ★
クリエイター亜古崎迅也(wzhv9544)
管理番号447-8436 オファー日2009-06-27(土) 01:41
オファーPC 梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
ゲストPC1 流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
ゲストPC2 ティモネ(chzv2725) ムービーファン 女 20歳 薬局の店長
<ノベル>

 まず始めに。この記事をご覧になっている諸君に、お伝えしておきたい事がある。
 まるで遺言のような不吉極まりない冒頭で申し訳ないのだが――何を隠そう、執筆者はまともなコメディを書いた試しが無い。そもそも「まともなコメディ」などという表現は、判断基準が感覚以外の何物でもない非常に曖昧な言語ではあるが、何にせよ執筆する記事の大半が淡々シリアル、じゃなくてシリアスなのだ。
 決して嫌いな訳ではない。苦手と言う訳でもない。寧ろ大好物である。難が有るとすれば、経験値が足りない事だけだ――と信じている。
 対すべきは眼前に在らず、己の内に在るというもの。少しでも楽しんで頂けるような記事に仕上げる為、執筆者は鍛練に鍛錬を重ねる苛酷を極める旅に出て――キンキンに冷えた『てみやげ』を片手に某ビール好きの記録者殿に「笑いのコツを教えて下しぇえぇ」などと泣き寝入りし――、

「それの何処が苛酷なんだよ!?」

 と言うのは全くの捏造話であるが――、とにもかくにも素敵で幸福で愉快な記事に仕上げる為、執筆者の癖であるシズカタンタン(坦々麺にあらず)の一切をかなぐり捨て、この愛すべき強敵に臨む所存である。
「ええと、ええと。誰かを愉快のどん底に突き落とすにはどうしたら良いでしょうかね……。例えば――ツッコミ上手な万事屋さんとか」
「ちょッ俺ぇぇぇ……!?」
「彼はオールマイティに活躍してくれるから思う存分やっちゃって良いんじゃないのかな?そうねぇ……ポイントは『3K』ってとこかしら」
「コスメ・華装・カツラですね。分かります。もしくはカップ?胸的な」
「女装させる気満々なの!?ぜってー御免だからなっ!」
「あ、最後のは『空気』でも良いかも。その場の空気的な意味で」
「逃げ場を無くすってか恐ろしい子……ッ!頼むから止めて!」
「なるほどなるほど……弟さん達とかお姑さんにお願いされちゃったりなんかする嘘の手紙とか送っちゃったりなんかするような感じですね」
「曖昧に言ってるけど確信犯なんだろ!?そうなんだろ!よーし二人ともそこに直れ!俺が一撃で仕留めてやる!」

 前置きはこの辺にして――万事屋プリンスこと梛織とその周辺の人々による奇想天外な一日が、本日も幕を開けるのであった。


 【希ガスハザード・例の薬局】

「……はぁ……」

 古めかしい柱時計の針が、カッチカッチと単調なリズムを刻み続けている。室内に配置された木棚には、漢方薬を始めとする色も形も違う様々な薬剤が並べられ、溜息を零す度にあの独特な苦い香りが鼻孔をくすぐった。
 此処は「ツバキ薬局」なる看板を提げた、こじんまりとした一軒のメディカルショップである。
「はあー……」
 梛織は、店の奥にある居間の――布団を取り払ったコタツのテーブルに顎を乗せながら、至極魂の抜けた顔で何度目かの溜息をついた。
 一応テレビは点いているのだが、あまり楽しめている様子はない。
「暇……」
 梛織はテーブルにだらりと乗せた片手をもはや関節を曲げるのすら疲れたとばかりにクレーンのように動かし、テレビのリモコンを捕獲した。
 何でも屋こと万事屋を営む彼が薬局でまったりとアブラを売っているのには、勿論理由が在る。

『一日バッキーシッターをお願い致します。夕方頃には戻って参ります――ティモネさんより』

 暇ならいらっしゃいと声を掛けられて来てみれば、こんなメモ用紙と共に二匹のバッキーがテーブルの上に用意されていたのだ。
 鬼悪魔イケズ、そんな言葉が脳裏を過ぎった。ちなみにバッキーの片方は薬局の主ティモネのバッキーだが、もう一体は女刑事・流鏑馬明日のバッキーらしい。
 少し小柄なピュアスノーのバッキーを見れば、さすがは知的稼業、誰のバッキーかくらいは瞬時に分かる。……まあ、メモにも書いてあるから間違いない。
「これ……ただ働きじゃないよな……?」
 がっくりとうなだれながら思わずぼそりと呟いた。まさか万事屋なる事業を経営している人間にフルタイムで雑用チックな御役目を押し付けて、ふふふタダ働きですわなどとはさすがに言わないだろう。言ったらそれこそ本物の鬼悪魔だ。
(ちょっと……言い兼ねない気もするけど)
 そしたらお前何で此処に来たんだと言われそうだが、それは多分――問答無用の微笑みに丸め込まれたと言うか、知り合いのよしみと言うか、貧乏籤の性分(宿命?)と言うか何と言うか。
「はあ、暇だ……」
 梛織はテーブルに肘をつき、退屈そうにテレビのチャンネルを回し始めた。
 が、何処も面白そうな番組はやっておらず、すぐにリモコンを置く。
「………」
 つまらない。やる事が無さすぎるのも、返って体に毒である。
 間延びした欠伸なんて零しながら、万事屋はしばし卓上に転がる二匹のバッキーを眺めた。
 明日のバッキーことパルは、卓上のふきんを鼻で突いたり潜り込んだりしてうろちょろしている。パルに対しティモネのバッキーことハーブカラーのアオタケは、テーブルの端で梛織と同じようにまったりと伸びていた。
 米粒の目は閉じている……ようにも見える。眠っているのだろうか。
「……ぶみゅう」
 変な鳴き声が聞こえた。梛織は突然可笑しな興味心に突き動かされ、そろりと片手を伸ばして、彼の柔らかそうな尻に触れてみた。
 ふにゅり。
「――みゅ」

 ――触らないでくれたまえ青年よ。私の体はマドモアゼルのものだ。

 米粒の目玉にあからさまな敵意を訴えられたような気がして、梛織は思わず手を引っ込めた。
「な、何?俺、まずい事した?」
 彼の言葉にうんでもすんでもく、アオタケは再び目を閉じた。
 梛織の懐にはいつの間にかパルが滑り込み、卓上からどうしたのーと言いたげに彼を見上げていた。
「ん?何でもないって。それよりほら、パル。俺とジャンケンポンしようか」
 ピュアスノーの坊や(?)は、それって美味しいの、とつぶらな瞳で首を傾げた。
「ジャンケンは無理だよな……じゃあほら、お手玉とか」
 梛織はティッシュを細かく千切って団子状にし、パルの小さな手に与えてみた。
「あ、コラ!食べもんじゃないって――」
 頬をもごもごし始めた坊やをたしなめ、梛織は小さく笑みを零した。



 で、
 1時間後。


「あー……」
 薬局の奥には、再びぐったりとうなだれる万事屋の姿が在った。
 バッキー遊び(一歩間違えれば良い歳した若者の怪しい一人遊び)が長続きする筈がない。したら怖い。
「これもう、出掛けた方が良いかもなー……散歩でも何でも」
 このままでは、夕方までに干からびたミイラが出来上がってしまいそうである。
 暇も疲れるもんだなーなどとぼんやりと呟いて、梛織はとりあえず用を足しに廊下の奥へと向かった。

 ――その先で、何故か悲鳴というか奇声が上がった。



【黒髪同盟・例の二人】

 うあああああ。
 なんでやねん。
 なんでやねん。
 なんでやねん。

 ご近所中に世にも不気味なツッコミ音が木魂する頃、薬局の近辺に設置された電柱の後ろで、ゆらゆらと蠢く人影があった。
「ティモネさん。貴女、何をしたの?」
 電柱に身を潜めながら、流鏑馬明日は首を傾げた。
「ふふふ。おトイレの壁に『お手紙』を貼っただけよ」
 同じく身を潜めたティモネが小さく微笑を零し、薬局の入口を楽しそうに眺めた。
「何の為に……?」
「あら。面白いじゃありませんか。宝探しみたいで」
 果たして答えと呼んで良いのか怪しいズレた返答に、明日は少しの間黙考し、ふと気が付いたように告げる。
「でも、彼がお手洗いに行かなかったら、気が付かないまま終わってしまうんじゃ……?」
「まさか。誰だって一日に一回は必ずおトイレに行くでしょう?……まあ、別におトイレじゃなくても、他に色んな場所に貼ってあるから良いんですけど」
 愉快犯も此処まで来ると、もはや正気を疑いたくなる領域である。
 明日は何故か成る程、と神妙に頷いた。
「でもどうして……彼にバッキーを預けたいだなんて思ったの?貴女も用事が有った訳じゃないみたいだし……」
「ふふふ、知りたい?でしたら、後で教えてあげますよ……」
 宇宙から来た薬剤師は、一人電波を発しながらアンニュイな笑みで頬に手をやった。明日はただ、分かったわと真面目な顔で相槌を打った。
「………」
 通り縋りの通行人が、二人の女を不審そうな眼差しで眺めていったりした。


【ちょっと前・例の薬局】
 時間はほんの少し遡る。
 厠に足を踏み入れた梛織は、壁に貼られた果たし状を目にして絶句した。

『万事屋様へ
おつかいをお願い致します。買ってきてほしいものは、下記の通りです――』

「何でトイレに!?」
 飛び掛けた意識を慌てて引き戻し、誰も居ないトイレ(それはそれで当たり前だが)に精一杯のツッコミを浴びせた。
 あの人のやる事は意味が判らない。と言うか意味なんて無いと思う。例えがたい不気味な冷や汗を掻きながら、とりあえず彼は壁に貼られた紙を引っぺがした。

『なす
お林檎
ミックスベジタブル(冷凍)
マーガリン
マンゴープリン

をお願い致します。対バッキーアイテムは、この紙の下に置いてあります――

PS.頭文字を並べてご覧なさい』

「頭文字?……な、お、ミ、マ――ってアホかぁ!!」
 律儀にツッコミを入れてから、梛織はトイレの中を見回し、タンクの上に置かれたピンク色の紙袋の存在に気が付いた。
 思わず眉が寄る。とりあえず手に取り、中身を確認した。

 内容物:蒼い流麗なチャイナドレス(対アオタケ用)
    明日なりきりセット(対パル用)

 どちらもカツラとブラカップ付き。

「こんなの着るかあぁぁぁぁああぁあぁあぁぁ――ッ!!」
 ――万事屋は目に涙を浮かべながら厠の小窓を開け、紙袋を遥か宇宙の果てまで剛速球で投げ返した。


 【はぢめてのおつかい・例のスーパー】

 そんなこんなで梛織と二匹の子供達は、仲良くご近所のスーパーまで買い出しに出掛けた。
「えっとー、茄子と生卵とミックスベジタブルと……ってこれ覚えやすいなっ!何か嫌だけど」
 買い物カゴの中でアオタケが突き立ての餅のように伸び、パルは梛織の肩の上に乗っている。
 茄子の袋を掴み、ぽいっとカゴに入れてから――梛織ははっとしてカゴの中を見た。
 餅が。アオタケ餅が野菜に埋もれて変な音を出している。
「あ……悪い、ごめんな?」
 と申し訳なさそうに眉を下げながら、アオタケを救い出そうと手を差し入れたのだが……
「みゅ」
 ハーブカラーの餅は、あんぐりと大きな口を開けて梛織の手に吸い付いた。
「ギャ!?お、おま、今食べようとした!?」
 驚愕する梛織に虚ろな眼差しを送り、アオタケは再び食材の中に沈んでいった。
 ……その後も何度か口を開けるアオタケにビビり、とりあえずあまり触れないように注意を払う事にした。
 いつの間にか敵意と言うか殺意満々になっているような気がする。

「ぶみゅう……(私に触れていいのは、マドモアゼルと麗しき乙女達だけだ――)」

 そんな思いが伝わる筈もなく、梛織は訳も分からず不安で一杯になった。
「お、俺、食べられてフィルムになったりしないだろうか」
 それはまあ、さすがに無いとは思うが。……知らないけど。


「えーとミックス、ミックス……」
 冷凍食品売り場の品物に手を伸ばした時、梛織はふとパルの異変に気が付いた。
「お、おいおい。どうしたパル?泣いてんのか……?」
 小さいバッキーはぺたりと耳を垂れ、彼の肩の上でぷるぷると震えている。
「……(めいひはどこ?)」
 御主人が傍に居ない事が、そろそろ淋しくなってきたようである。おろおろと周囲を窺い、せわしなく動き回っている。
「うーん。参ったなあ。とりあえず買い物終わらせて……外出るか。冷房が寒いのかもな」
 対パル用明日なりきりセットの存在を無理矢理脳裏から追い払い、梛織は小さなパルの頭をちょんちょんと撫でた。
「もう少し待ってろな。すぐに会計済ましちゃうからさ」
 パルはすんすんと梛織の指に擦り寄り、耳をぺたんとさせた。
 と、その時である。

 ――ズドドドドド。ドドドドド。

「……は?」
 不吉な地響きに顔を曇らせ、彼はスーパーの入口を見た。

 おばちゃん。おばちゃん。おばちゃんの群れ。
 熱気と料理油と香水の匂いを引き連れた身の毛もよだつ熟女の大群が、我先にとスーパーの中を駆け抜けてくる。
 はっとして、梛織は壁に掛かった時計を見た。
「タ、タイムセールのじくわぁああぁぁあ――……ッ」

 言い終わる前に彼の身体は既に、マグロ特売コーナーへ向かう濁流の中に飲み込まれていった。


【午後の一時・スーパー乙女タイム】

 これは、暑苦しさを忘れる為に意図的に埋め込まれた、ささやかなティータイムの風景です。

 白く透き通るような優しい午後の日差しが、オープンカフェの白いパラソルやカップの紅茶に降り注ぐ。
 少し賑やかな、周囲から聞こえてくる明るく楽しげな笑い声に肩の力を抜き、黒髪の女性はカップの紅茶に口をつけた。
 セイロンティーの甘い香りがふわりと広がる。決して高価なものではないその紅茶は、程よい香りが親しみやすく、ミルクとの相性の良さで蕩けるような風味を引き出していた。
 人肌のような柔らかい色合いだ。女性は口角をそっと緩め、ふわりと笑みを零した。
「ティモネさん。さっきの……梛織にバッキーを預ける理由って……」
 彼女の向かいの席に腰掛けた黒い長髪の乙女は、あまり変化のない表情のまま彼女に問い掛けた。
 アイスティーの氷がカランと音を立てる。涼しげなグラスに浮かぶバニラアイスのような、色の白い滑らかな肌に、長い漆黒の髪が流れ落ちる。
 目鼻立ちの良さ故か、少し冷たさも感じる整った面(おもて)に不思議そうな色を乗せ、乙女は女性を見つめた。
「ああ……忘れてたいたわ。私とした事が。ごめんなさいな」
 女性は微笑を浮かべ、ゆっくりと首を傾けた。
 今日はとてもよく晴れた散歩日和だ。
 淡い青色をした上空の、直視出来ないほど眩しい太陽の元を、真っ白い飛行機雲が伸びていく。快い涼風がそよぎ、乙女達の頬や髪先に触れていった。
「バッキー大会に出場して貰う為なのよ。知ってました?そういう大会が有るのよ……可愛いバッキー達の芸を披露するの」
 黒髪の女性はカップをテーブルに置き、そっと口元を拭った。
「……それを、何故、梛織が?」
 怪訝そうな彼女の質問に、それはね、と女性が続ける。
「それはね――彼の潜在能力の高さに気付いてしまったからなの」
 センザイノウリョク。未知なるものに遭遇したような顔で、乙女は呆然と呟いた。女性は静かに前髪を掻き上げながら、薄い唇を笑みの形に歪めて微笑んで見せた。
「良い?――これは梛織さんにとっての試練なの。バッキー達と心を通わせ、真の信頼関係を気付く事が出来れば――彼の中に眠る新たな力を呼び覚ます事が出来る筈」
「そういう事だったのね……依頼で一緒に行動した時に、彼の強さを目の当たりにした事は有ったけれど。もっと計り知れない力を備えていたのね……」
「ええ。だから今は……彼の成長を。見守りましょう」
 黒髪の乙女は深く頷き、女性に真っ直ぐな眼差しを向けた。


 ツッコミ不足の空間に、もはや空気が悲鳴を上げ始めていた。


【微熱ハザード・例の盗っ人】

 肉の川から脱した梛織は、
「ぜぇぇ……おばちゃん怖ぇぇぇッ……か、肩が外れるかと思った……!」
 結構ボロボロでした。

 ひとまずスーパーの外に出て、自動ドアの脇に設置されたベンチにどっかりと腰を降ろした。
 何だか風が心地良くて癒される。
 緩んだ顔でふうと溜息をついて、二匹のバッキーを膝の上に乗せようとした――のだが。

「……あれ?」
 肩の上に乗っていた筈のパルが居ない。それに、買い物袋に詰めた筈のアオタケも居なかった。
「ヤバ……!」
 梛織は慌てて立ち上がり、スーパーに引き返した。
 タイムセールの嵐を乗り越えて、レジを通過した時まで一緒だったのは覚えている。店を出る際に擦れ違った客にぶつかって、もしくは知らない人について行ってしまったのかもしれない。
 誰かに踏まれてやしないか、泣いてるんじゃないかとハラハラしながら自動ドアの入口を通過しようとした時――、

「キヤアアア!泥棒よーー!!」

 背後から甲高い悲鳴が轟き、梛織ははっとして振り返った。


 その悲鳴は二人の耳にも届いていた。明日とティモネは顔を見合わせ、直ぐさまカフェを後にする。

「何処かしら……」
 通行人でざわめく通りを見渡し、ティモネが目を細める。明日は携帯電話を取り出しながらあそこよ、と素早く一カ所を指差した。
 覆面を被った数人の男達が、大きな袋を抱えて歩道を駆け抜けていく。
 男達は車道に停めてあった一台のオープンカーに乗り込み、車線も信号も無視してあっという間に走り去って行った。
「逃がさないわ。――もしもし?流鏑馬です。たった今事件が発生して――」
 署に連絡を取りながら、明日は彼らの後を追い掛けた。ティモネも彼女と共に通行人を避けつつ歩道を走って行く。
「……あら嫌だ、梛織さんまで追い掛けてるわ」
 軽やかな足取りで駆け抜けていく黒髪の若者を見つけ、ティモネがくすりと微笑を零した。
「ほんと、お人よしな坊やねえ……」


「退け、クソババア!」
 通行人を突き飛ばしながら男達が歩道を走り抜けて行く。梛織は彼らに目をやり、驚愕の光景に背筋を凍らせた。
 パステルカラーの二匹の生き物が――ピュアスノーとハーブカラーのバッキーが、男達の背中にくっついていた。
「アオタケ!!パル!!」
 よくよく見れば背中に吸い付いているのはアオタケだけである。どういう訳か、パルは落ちないように必死でアオタケの体にしがみついていた。
 梛織は小さく舌打ちし、彼らを追い掛けた。
「何だアイツ――」

 ――恐れのない表情で走ってくる彼に気付いた仲間の一人が、何を思ったか担いでいた荷物を背後目掛けて放り投げた。

 袋の中身が宙に散らばる。訳も分からず通行人が叫び声を上げた。色とりどりの布地が梛織の視界を覆った時――彼は「それ」の正体に気が付いて、目を剥いて自動車よろしく両足に急ブレーキを掛けた。
 車は急には止まらないが、万事屋は急に止まれる。
 でもまあ、遅かった。

「*§〇+¥♀$★@@@@ッ!!」

 盗品と思しき大量の、レースやリボンで縁取られた愛らしさ一杯の女性物の下着が――うら若き万事屋の顔に、存分に降り注いだ。


「ぶみゅう」
 変な鳴き声にはっとして、泥棒の一人は肩越しに背中見遣った。
「げ!」
 貼り付いていたパステルカラーの生き物と目が合い、泥棒が顔を歪める。
「どうした?」
「俺の背中にバッキーがくっついてんすよ……!」
 眉をしかめる泥棒に仲間達がげらげらと笑い声を上げる。
「発信機が付けられてるかもな。そんなもん、さっさと捨てちまえ」
 オープンカーを運転する男が吐き捨てるように言い放った。泥棒の一味はアオタケとパルを背中から引きはがし――高速で通り過ぎていくコンクリートの地面に、何の躊躇いも無く放り出した。

 ぽよん、と二匹のバッキーが宙を舞う。
 パルはアオタケの腹に手を伸ばした。
「ぶみゅう………」
 淋しい鳴き声が、エンジン音と廃棄ガスに掻き消されていった。
 まさに、その時である。

「パルーーーー!!アオタケーーーッ!!」

 二匹は見た。道路の向こうから、ペダルが壊れんばかりに自転車を漕いで近付いてく勇者の姿を。

「手ぇ、伸ばせ……!こっちだーーー!!」


 神の力の眷属であるバッキーを――落ちたぐらいでは傷なんて付く筈が無い魔法生物を、彼は救い出そうと必死に手を伸ばしてくる。
 彼の名を、梛織と言った。
 彼の――下着塗れの万事屋の名を。

「ぶみゅう……」
 アオタケが小さな手を伸ばす。パルも梛織に両手を伸ばした。万事屋はハンドルなんて握っている余裕はない、両手で彼らを救い上げようとする。
 そして。

 自転車が道路に叩き付けられる派手な衝突音が響き渡った。
「……ってて…」
 パルとアオタケを抱えて歩道に飛んだ梛織は、かなり痛そうな音を響かせて見事に背中から着地した。
 腹の上にしがみついている二匹は、何処も怪我なんてしていない。無事だったようだ。……そりゃそうだが。
「あー、良かった良かった。怪我なんてしてなくてさ」
 ははは、と笑い声を漏らし、二匹の頭を撫でた。パルは梛織の掌に擦り寄り、アオタケは―――

「ぶみゅ、ふふん」

 万事屋の体に絡まった女性物の下着に、嬉しそうに擦り寄っていた。
「お前、さ。もしかして――それで、ついてってたとか?」
 勿論の事だが、アオタケが返事をする訳は無かった。


「なんか凄え音しなかった?」
「んなこたあ良い!とっととずらかって――」
 逃走を続ける泥棒達の前に十数台のパトカーが現れ、壁となって立ちはだかった。
「げ!サツかよ……?!」
 オープンカーを急停車させた彼らの元へ、一台のバイクが走り寄ってきた。
「無駄な抵抗はよしなさい。貴方達は包囲されている」
「らしいですよ。お可哀相にー」
 厳しい表情の明日と、にこやかな表情のティモネが――彼らに容赦の無いオーラを放っていた。
 男達は汗を流しながら、ゆっくりと両手を上げた。


 【ミッションコンプリート・例の三人】

「はー……今日は本当に散々だった」
「まぁ、大変だったのね。おめでとう」
「やらせた本人が酷い事言ってる!?」
「ところで梛織は成長できたの?」
「何それ?何の事?」
「センザイノウリョクへの挑戦よ。私も貴方を見習わないと……」
「……プ、ププ」
「――ちょっと待てい。何でそこで笑ってんのティモネさん」
「……え?誰も笑ってなんか。勘違いじゃありません?」
「……!(めーひー!こわかったー!)」
「どうしたの、パル?……そう、そう。そうなのね。よく頑張ったわね」
「ぶみゅう……ぶみゅぶみゅ」
「ちょ、アオタケ!?俺の手を齧るなーー!」


そんなこんなで……とっても騒がしい一日でした。

クリエイターコメントお待たせ致しました。まさかこんなにギリギリになるとは……申し訳ありません(汗)
亜古崎的コメディ、如何でございましたでしょうか。非常に怪電波な事になったような気がします(笑)はい、もう、何だかとてもお腹一杯です。

この度のオファー、誠に有り難うございます。
皆様に出会えた事を、本当に嬉しく思っております。
公開日時2009-07-31(金) 18:10
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