★ バトルフィールドで昼食を ★
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
管理番号938-7710 オファー日2009-06-02(火) 20:14
オファーPC 紀野 蓮子(cmnu2731) ムービースター 女 14歳 ファイター
ゲストPC1 ミネ(chuw5314) ムービースター 女 19歳 ファイター
ゲストPC2 空昏(cshh5598) ムービースター 女 16歳 ファイター
ゲストPC3 仙邏=ルーナ・レクィエム(cmrs3500) ムービースター その他 17歳 ファイター
ゲストPC4 星 神凰(cumu6608) ムービースター 女 16歳 ファイター
<ノベル>

 乙女たちは、出会ったその瞬間から戦わねばならなかった。血を流し、涙を流し、ときには命を賭ける必要もあった。勝っても次の戦いの幕が上がるだけ。負ければすべてを失ってしまう。それでも彼女らは戦わねばならない。
 なぜ?
 ソレは、戦乙女の頂点に立てば、いかなる望みも叶うから。そして、この戦場を制したという、この上ない栄光を手に入れるから――。
 単純な理由かもしれないが、それゆえ、誰でも納得しうる理由だ。
 敗者の血と汗に背を向けて、開く扉へと足を運ぶ。戦うためだけに生まれた乙女も、望みを叶えるために戦う乙女も、やがては同じ場所に行き着く。
 決戦の地。
 映画『バトル☆ワルキューレ』は、そこから始まり、そこで終わる。




 だが、ここ、銀幕市では……?




「おまたせー! さあ、僕の華麗なる料理を堪能したまえ!」
「華麗ィ?」
「……華麗……」
 ミネ、蓮子に続いて空昏が持ってきた料理は、華麗や荘厳とは縁遠い、素朴な田舎料理だった。旬の山菜をたっぷり使っているのでとても香り高いし、盛り付けもけっこう丁寧だ。食器を変えれば、温泉宿の自慢のお膳にも見えるかもしれないが……彼女たちが使っている食器は、神凰が100円ショップやホームセンターの安売りで手に入れてきたものばかりだったので、それなりにみすぼらしく見えてしまうのだった。
 ミネはあからさまにしかめっ面を見せた。控えめで真面目な蓮子も、思わずポツリと呟いてしまった。
「オーッホッホッホ! コレだから田舎娘は。真の『華麗』とはどんなモノか、この星神凰サマが教えてあげるわ」
「な、なんだとぉ! 失礼……な……」
 いつもどおりの高笑で現れたのは、星神凰。彼女のノリはいつでもこんな感じなので、腹を立てるだけムダなのだが、今日の空昏はちょっとプイドを傷つけられた。しかしいきり立って振り返った空昏は、神凰の手料理を見て絶句してしまった。
 食器は100円ショップなのでみすぼらしいけれど、ソレは立派な中華料理だった。特に、エビチリが乗った大盛り天津飯の輝きはすばらしい。点心も各種揃っていて、手料理とは思えないくらい本格的だ。
「いかがかしら?」
「すごいです、神凰さん……! お料理もお得意だったんですね」
「おお、スゲー。この赤いの、何だ? 甘いのか? 全体的にテカテカしてんな!」
「く、くっそぉ。でも料理は見た目じゃないぞ」
 神凰の料理と比べれば、すでにテーブルに並んでいる3人の料理は、見た目はずっと「普通」だった。
 巫女・紀野蓮子が作ったのは、日本料理だった。もともと料理が得意な彼女が腕によりをかけて作ったモノなので、料亭で出されてもおかしくないようなレベルだった。食器は(何度も言うが)安物なのに、ナンテンや笹の葉、小さな花を添え物にしているので、かなりたくみにカモフラージュされている。
 ミネが作った……というか焼いたものは肉だ。大皿の上に、香草と塩とコショウで味付けされただけの鶏の丸焼きがデデンと乗っている。添え物は洗っただけのトマトと、切っただけのズッキーニ。ミネらしいと言えばソレまでだ。
「早く食おうぜ。あー腹へった」
「ま、待って。仙邏さんがまだです」
「えー? 俺の肉が冷めちまうだろ」
「すまぬ。待たせてしまったようだな」
「あ、来た来た。ウワサをすれば……ゲッ!?」
 最後に現れたのは仙邏=ルーナ・レクィエム。彼女が持ってきた料理を見て、一同は驚愕し、絶句した。
 蓮子が奮発して買ってきた流行のホーロー鍋いっぱいに、ナゾのスープのようなブイヤベースのようなモノが入っているのだ。本当にこの世の、ここ銀幕市で手に入れられる食材だけで、そんな色を出せるのだろうかと思えるほど奇怪な色をしている。
 ……乙女心を考慮して言い方を改めれば、とても「不思議」な色合いだ。
「な、なんだソレ……食えるのか?」
「ミ、ミネさん!」
 思ったことをそのままズバリと言い切ったミネの口を、隣の蓮子が慌ててふさぐ。
「センラくん……ソレ、何て料理なんだい? 見たこともないんだけど……はは」
「おのおのの故郷の料理を作って持ち寄るという話だったではないか。コレは×◎#ЯЯという歴史ある煮込み料理だ」
「……ごめん、何て?」
「×◎#ЯЯだ」
 人間には発音不可能だった。
 しかし、神凰は勇気があるのか好奇心に駆られたのか、すごい色合いの煮込み料理に顔を近づけて、クンクン匂いを嗅いだ。その顔に、驚きと安堵の色が浮かぶ。
「あら、香りはインドカレーに近いですわよ」
「な、なんだ。見かけ倒しかよ。じゃあ、早く食おうぜ」
「ミネくん、さっきからソレばっかり」
「マジで腹減ってんだって」
「それじゃ、全員そろいましたし、いただきましょうか」
「いっただっきまーす!」
 多国籍な料理が並ぶテーブルを囲み、戦乙女たちは箸やフォークを手に取った。蓮子が仙邏の作った×◎#ЯЯを取り分けようとした、そのときだ。
 自分の目が見えなくなったのではないかと不安になるほどの闇が、突然、彼女たちを包みこむ。
 足が地面を踏みしめているのかどうかすらわからなくなり、気温も感じなくなった。寒いわけでも、暑いわけでもない……ただ、自分の皮膚が死んで、何も感じなくなってしまったかのようで……。
 その場にいた5人の意識は、遠のいていった。


                    ★  ★  ★


『戦え』
「う……」
『戦うのだ』
「……うぅん……」
『戦え』
「い、いや……」
 イヤ。
 イヤ、とつぶやく自分の声で、蓮子は目覚めた。
 何に対して、何を拒否したのか、自分でもわからない。恐ろしい夢でも見ていたのだろうか。彼女は、見知らぬ場所で倒れていた。
 いや……何となく、見覚えがあるような気がする。デジャブかもしれない。蓮子が倒れていたのは、異様な空間だった。古城の床のような、円形の石畳が……橙色のマーブル模様の空間の中に、浮かんでいるのだった。円形の石畳は直径50メートルほどで、さほど広くはない。模様がうねる空間には、等間隔で人魂めいた火が浮かんでいる。
 まるで……格闘ゲームのリングのようだ。
「あ……、あ……」
 蓮子の身体と声は震えた。格闘ゲーム。自分たちの「本当の」故郷。映画『バトル☆ワルキューレ』は、原作が格闘ゲームだった。
 蓮子も、ミネも、空昏も、神凰も、仙邏も……皆、『バトル☆ワルキューレ』から実体化したムービースター。もとは命を賭けて戦っていたが、銀幕市では仲良く共同生活をしていた。同じ屋根の下で寝起きし、交代で炊事洗濯掃除をして……。しょっちゅう、同じ鍋や釜をつついた。そのほうが安上がりで、洗い物も少ないから。
 皆みんな、そんな生活にすぐ慣れた。血みどろの戦いをしていたのは、ほとんど、自分によく似たべつの人物ではないかとさえ思えてきたほどだ。本来はどんな関係だったか思い出そうとしても、思い出したくない、思い出さなくてもいいという気持ちがジャマをする。
『戦え、紀野蓮子』
 誰かが自分を呼び、命じる声が、ハッキリと聞こえた。
 頭の中に、直接。
 蓮子はハッとして、手元を見た。「蓮華」という名の、見慣れた愛刀がそこにある。そして、「睡蓮」と名づけられた勾玉も。銀幕市での生活で、ソレらは普段、まったく無用の長物になっていた。血みどろの肉弾戦で使う、ソレは『武器』だったから。大切なモノではあるけれど、普段は身に着けずにしまっておいている。
 自らの武器を、コクリと生唾を飲んで見つめてから、蓮子は周囲を見回した。背景テクスチャがよどみなく動き、CGの炎が揺らめいているだけで、石畳のリングには他に誰の姿もない。
『戦え』

 イヤだね! 何でさ!? 僕はお断りだよ。
 ふざけんな! 出て来い、ブッ潰してやる!

「空昏さん? ミネさん?」
 頭の中に響く声を拒絶する、空昏とミネの叫びが聞こえてきた。蓮子は彼女たちを呼びながら、再び慌てて周囲を見回したが、やはりここにいるのは自分ひとりだけ。
 空昏とミネ。拒絶しているそのセリフを聞くだけで、彼女たちがどんな顔をしているか想像がつく。
『戦うのだ』
「い……イヤです! 私も、お断りさせていただきますっ」
 立ち上がり、武器を抱きしめ、蓮子も声を張り上げた。
 自分の声は、ナゾのテレパシーとは違って、現実の空気をわんわんと震わせる。
「私たちは、戦わなくてもいいハズです。あのトーナメントは、銀幕市には、存在しないのですから。私たちは変わりました。戦いなど、望むところではありません!」
 刀と勾玉を抱きしめて叫ぶ蓮子に、声が、初めて返してきた。
『良いのか。貴様の一族が長きに渡って探し求めてきた秘法が、この戦いの先にあるやもしれぬと言うのに』
「……!」
 武器を抱く腕に、力がこもる。
 蓮子はぎゅっと目を閉じた。耳もふさぎたかったが、声は心に直接呼びかけてくる。耳をふさいだところで、ムダだろう。
 また、何か言われたら。
 あと、ひと押しされたら。
 自分はなおも突っぱねられるか、自信がなくなってしまった。

 やめよ! その口を閉ざすがよい。

 凛とした、仙邏の声が強く響いた。

 安寧に生きる、か弱き乙女に過ぎぬ我らを、再び殺し合わせようと言うのか。まことに、血も涙も無き所業。断じて許すワケにはゆかぬ。

『……』
 今度は、ナゾの声が黙りこくる番だった。
 しばらく、自分の息しか聞こえないくらいの静寂が、リングに下りていた。


                    ★  ★  ★


 ゴゥン、と大きな音がした。巨大な石が動くような。
 次の瞬間、蓮子、ミネ、空昏、仙邏の4人が、同じ空間に現れた。場所――いや、ステージと呼ぶべきか――が変わって、四方を古代遺跡の石壁のようなモノで囲まれた空間になった。背景には、エジプトともアステカともつかない遺跡がそびえ立っていて、その向こうには星雲が渦巻く宇宙が広がっていた。
「皆さん!」
「よう! 大丈夫だったか?」
「ケガとかしてない? よかったぁ」
 4人は駆け寄った。全員、食卓についたときにはもちろん持っていなかったハズの武器を手にしている。ミネの頭上を、色素の薄い鷹が飛んでいた。カント=レラ、彼女の相棒だ。ミネの『武器』のひとつと言っても過言ではない。
 仙邏だけ何も言わず、厳しい表情のままだ。
 しかし、ホッとしたのも束の間、空昏の顔に張り詰めた焦りが走る。彼女は、キョロキョロと辺りを見回した。
「星くんがいない」
 ゴゥゥ、ン。
 空昏の言葉に応えるかのように、再び音がした。
 壁に扉がひとつだけ開き、奥の闇の中から、靴音が近づいてくる。
「あ……!」
 現れたのは、星神凰だった。彼女もまた、手に自身の武器――宝剣を持っている。両手をダラリと下げて、金色の目はどこか別の世界を見ているかのように虚ろだった。ひと目で彼女の様子がおかしいことがわかり、4人の戦乙女たちの間に緊張と恐怖が走る。
 恐怖というのは、大切な仲間に異常が起きたことに対するモノだった。心配や、焦燥と言ったほうが正しいだろうか。
「オイ……、どうしちまったんだ?」
 ミネがおずおずと声をかける。
 神凰は、ブツブツと何かを言っているようだった。
「そうよ、わたしは戦わなければ。戦って、御先祖様の栄光を取り戻さなければ。そうよ、わたしは、戦って、戦って」
『戦え』
「そうよ――戦うのよ! 殺すのよ! そして頂点に、頂点に立つの! 戦いと世界! 頂点にっ!」
 神凰が何を呟いていたのか、ミネたちにはまったく聞こえなかった。だが、最後の雄叫びはハッキリ聞こえた。雄叫びに込められた殺意と闘志はもちろん――頭の中に響く、あの『声』も。
 神凰は、明らかに、あの声に呼応していた。
 叫ぶと同時に、剣を振りかざし、ものすごい勢いで突進してきていた。
「何なんだいったい、いきなり!?」
 真っ先に狙われたのは空昏だった。たまたま目についただけだろう。さすがの戦乙女も、4人を同時に相手にはできない。
 ケタケタケタ。いつもの高笑いとは明らかに違う、ヒステリックな哄笑を上げながら、神凰は宝剣を空昏の脳天めがけて振り下ろした。
 バシャッ、と空昏の鉄扇が広がる。扇面は和紙だが、『光環』という力であらゆる攻撃をガードすることが可能だ。ガードは充分間に合った。
「えーい、『環』っっ!!」
「きゃああああ!」
 空昏が気合を発すると、鉄扇がまばゆい光を放った。扇は神凰の顔の目と鼻の先にあった。神凰はその光をまともに目の当たりにしたために、のけぞって悲鳴を上げた。
「皆、逃げよう!」
「逃げるって、どこにだよ! カベに囲まれちまってるぜ。まるでリングだ、クソッタレ!」
「是が非でも儂らを戦わせようというか。おのれ……」
 仙邏が射るような目つきで、四方の壁をねめつける。
「こ、小ざかしいマネを……いやしい田舎の愚民ふぜいが、わきまえなさい! わたしに、わたしに大人しく処刑されるのよっ!」
「うわわわっ、ちょっと。マズイぞコレは! い、いや、もしかしたら好都合なのかもしれないけど。星くーん、やめたまえよ! ただの体力のムダ遣いだーっ!」
 神凰が目つぶしで戦闘不能に陥っている間、空昏も蓮子もミネも、神凰とはかなり距離を取っていた。唯一動いていなかったのは、辺りをうかがう仙邏のみだったが、神凰は空昏をにっくきターゲットとさだめたらしい。猛然と、空昏のほうへ突っ走っていく。
「しかたねぇ、カント=レラ! 空昏を助けてやれ」
 ミネが鷹を放つ。鷹は急降下して、神凰の頭に翼を打ちつけた。さすがに神凰の突進が止まる。
「なっ、ぶ、無礼者! 鳥の分際で、私のジャマをする気!?」
「神凰さん……! お願いです、やめて! 私たち、もう戦うのはやめようって、あのとき……約束したじゃありませんか!」
 蓮子は神凰に向かって叫んだ。無意識のうちに、足は走っていた――神凰のほうへ。
『戦え』
 その、声。
『すべてを倒し、強さの頂点に立つのだ』
「う……うぁぁぁぁぁあ!」
 神凰の見開いた金の目に、異常な光が宿った。宝剣を振り上げ、鷹に切りかかる。
「カント=レラ! もういい、逃げろ!」
 ミネがすかさず鷹に命じる。鷹は風切羽根を一枚切られたが、すんでのところで上空に退避した。蓮子はその頃、すでに神凰のすぐ後ろまで到達していた。
 刀を振り上げ――振り下ろす。
 次の瞬間、神凰は糸を切られたマリオネットのように、ドサリと地面に倒れた。
「おい、蓮子――」
「大丈夫です。私の『蓮華』が斬るのは……不浄だけですから」
「あ、そ――そうだったな」
 ミネが乾いた唇を舐めて、息をついた。
「忘れてた」
 ソレは、彼女たちが、長いこと戦っていないことを意味していた。
 相手の技や武器の設定を忘れるくらい……戦っていなかったのだ。

『何をしている。戦え』

「黙れ。汝の幻惑は、とうに敗れておる」
 仙邏が、『声』に向かって鋭い一声をぶつけた。
「ミネ。あの壁を打ち壊すぞ!」
 仙邏が指さす先には、ただの、そびえ立つ壁があるだけだ。仙邏は何か見つけたのかもしれないが、ミネにはそうやってポイントを限定する意味がわからなかった。
 何でだよ、と言い返そうとしたが、仙邏の険しい目つきを見ると、骨の髄が軽く痺れるような――恐怖を感じた。気迫で圧された。ミネはそんなことを認めたくはなかったが、ときどき仙邏という存在が怖くなる。自然のすべてに宿っているという「神」を、身近に感じるような気がするのだ。
 空昏と蓮子は、神凰を介抱している。仙邏は彼女たちのジャマをしたくないのだろう。
 ミネは頷き、トマホークを投げた。
 バチィン、と、電撃が弾けるような音がして、壁の手前の空間が裂ける。
「な、なんだァ?」
「これでよい。空間にひび割れを起こせば、あとは『水』を注ぐだけだ」
 仙邏が、断裂した空間に向かって、赤銅色の手を伸ばした。
 裂け目は仙邏のずっと先にあったが、彼女がこじ開けるしぐさをしただけで、空間に生じた裂け目が、音を立てて広がっていった。音は、ガラスが割れる音に似ていた。

 ――バリィィィン!

 やがて裂け目どころか、リングのすべてが砕け散った。壁も、遺跡も、空も、ガラスの上に描かれた絵のように、割れて飛び散る。5人を取り巻くのは、橙色やオレンジが入り混じる、マーブル模様のテクスチャだけになった。地面はないのに、足がちゃんと地についている感覚だけはある。
『戦え……』
 5人の前には、その言葉を繰り返す存在があった。
 黒いローブをまとい、背から真紅の翼を6枚も生やした、偉丈夫だ。顔立ちは彫刻のように整っていた。そして、どこか……仙邏に似ている。
「な、何なんだい、コイツは」
『戦え』
「知ってます……。『バトル☆ワルキューレ2』の、最後のボスです」
『戦うのだ』
「『2』? じゃ、俺たちの映画の、続編か」
『戦え……』
「いや。映画の続編は、企画の段階で凍結されておる。原作の遊戯は、幾つも連作を重ねているが、な」
「うう……」
 蓮子と空昏の介抱で意識を取り戻した神凰だったが、すぐに頭を抱えて屈みこんでしまった。
 企画の中、ゲームの中にしかいないラスボスの声は、相変わらず彼女たちの心に呼びかけてくる。
「気の毒に。僕らがあんまり仲良くやってるから、きっとかまってほしくなったんだよ。うん、きっとそうだ」
 ソレは、虚空に浮かび、自分たちを見下ろして、呼びかけてくるだけ。空昏はソレを見上げ、扇の骨をなぞりながら、いつもの調子でしゃべろうとした。……うまくいかなかった。なぜだか、少し、寂しさを覚えてしまって。
「フン。俺らに戦ってほしいなら、お望みどおりにしてやらぁ」
「ミネさん?」
「カン違いすんな。戦う相手は……あの野郎だよ」
 ミネが、トマホークでソレを指さす。
 声の主は、男とも女ともつかなかった。翼で羽ばたいているワケでもないのに、虚空に浮かんでいる……静止している。
 ソレを見上げる仙邏の表情は、空昏以上に寂しげだった。
 しかし、ミネがトマホークを突きつけたのを見て、仙邏を含む全員が、キッとソレを睨みつける。神凰も、頭痛をこらえながら立ち上がった。
「まったく……このわたしへの非礼を、償わせていただくわ!」
「終わらせましょう。私たちは、銀幕市に住んでいる『私たち』なんです!」
「そうだそうだ! おなかも減ったぞー!」
「バカ、せっかく忘れてたのに思い出させんじゃねー! チクショウ、とっとと片づけてメシだメシだぁぁ!」
「……ゆくぞ。儂は汝を知っているが……会うたことはない。銀幕市には……ありうべからざる存在なのだ。滅せよ!」
『……戦え』
 ソレまで微動だにしなかった声の主が、最後の敵が、動き出した。まるで止められていた時ごと動き出したかのようだった。赤い目が光り、皮膚に描かれた金色のトライバル模様も、淡い光を帯びる。
 神凰の二振りの短剣が飛んだ。
 翼がソレを弾き飛ばす。
 だが、同時に投擲されていたミネのトマホークが、声の主の右足にめり込んだ。
 裂帛の気合とともに空昏が扇を振れば、光の帯が飛んで、翼をふたつ斬り落とした。
 仙邏が繰り出した鋼糸が、さらに2枚の翼を落とす。
 バランスを失って地に膝をついた声の主に、蓮子が駆け寄った。
 そして、勾玉を巻いた腕で、正拳突きを見舞った。

『戦え――生きるため……存在する意義のために』

 ゴゥ、と風が吹く。
 声の主がつむじ風を起こした。
 翼を失い、足と顔面に強烈な一撃を食らいながらも、ソレは反撃に出たのだ。翼が、もっとも間合いが近かった蓮子をはね飛ばす。
 広げた扇を両手に持っていたせいか、空昏は激しくあおられて、後ろに吹っ飛んだ。ミネのカント=レラも、悲痛な声を上げて空中でキリキリ回っている。
「だぁぁぁぁ――」
「空昏さん!」
「チクショウ!」
 仙邏が、鬼気迫る表情で、手を前に突き出した。空間そのものを掴み、ズラして、敵の身体をねじ切ってやろうと。だが、声の主もまた手を突き出し、仙邏と同じ動作をした。
 ギイン、と甲高い音が走り、空間に生じかけていたひずみが元に戻る。
「く……やはり、儂と同じ力を――」
 仙邏の呟きは、荒れ狂う風のために、誰の耳にも届いていなかった。
「ええい、およしなさいっ!」
 神凰の力の原動力は、怒りだと言っていい。彼女は風の中心めがけて、宝剣を突き出した。
 紫色の稲妻が、風の壁を貫く。
 声の主を感電させるには充分な力があったようだ。稲妻がソレの胸に命中した瞬間、風がやんだ。仙邏がそのスキをつき、すばやく空間を切り裂く。
 声の主の両目が、空間ごと切り裂かれた。だが、ソレだけしかできなかった。声の主は仙邏に向かって手を伸ばす。物体は見えなくても、次元のゆがみはわかるのか。
「空昏、起きろ! 行くぞっ!」
「ち、ちょっと待ちたまえよ。目が回って……」
 ミネが、仙邏が、空昏を助け起こす。両腕を持って、前に走る。
 蓮子も、神凰も、ダメージでぐらつく意識を奮い立たせて、全力で走った。

『戦え。勝ち抜いたそのとき、望みは叶う』


 ――銀幕市で、皆と一緒に、暮らしたい。
 ――皆で作った昼食を、皆で食べたい。
 ――戦わない私たちがあってもいいと、映画とゲームを知る人たちに、見せてやりたい。

 ――帰せ。私たちを、銀幕市に……。


                    ★  ★  ★


 そこは……5人が暮らしている家の、庭だった。
 空昏はキャンプ用のテーブルを買おうと言ったけれど、神凰が反対した。ダイニングのテーブルを使えばいい、と。終われば、中に入れるときに足を拭けばいいのだ。
 全員でテーブルを庭に運んだ。
 それぞれの故郷の料理を作って、皆で食べ比べしよう――。誰が先に言い出したかはわからない。全員がその案に賛成したのだから、言いだしっぺが誰かなどはどうでもいいことだった。
 蓮子は最初に大根のかつら剥きを始め……ミネは豪快に外で焚き火をし始め……空昏は、先日採った山菜のアクを抜き始め……神凰と仙邏は、キッチンがいっぱいになっていたので、隣の家の台所を貸してもらいに行った。
 料理はもう、出来上がっている。
 テーブルの上で、ちょっと冷めてしまっていた。
 5人はそこに、戻ってきたのだ。
 頭上には青空があった。いかにもCGっぽい背景など、どこにも見当たらない。風についた匂いも、草の冷たさも、日の暖かさも、間違いなく現実のモノ。
 不思議と、疲れや痛みさえも心地いいような気がした。あんなに真剣に身体を動かしたのは久しぶりだからだろうか。もともと彼女は戦う者たちだった――ソレを痛感させる心地よさだけれど、今は、ここに皆で一緒に戻って来れたことが、どんな気持ちにも勝る喜びだ。
「全員……無事に、そろいましたね?」
 一同の顔を見渡して、蓮子が再び音頭をとる。
「いただきましょうか」
「――いっただっきまーす!」
 仕切り直して、彼女たちは今度こそ、料理に箸とフォークをつけた。

「あーっ、ホラ見ろ、すんげー冷めちまってんじゃねーか」
「でも美味しいよ。うん美味しいよ。こう、ミネくんみたいに、味も一直線だ!」
「アツアツだったらもっと直球でウマイんだよ」
 ミネの鳥の丸焼きは、一番最初に出来上がったせいもあって、すっかり冷めていた。ミネはソレについて、食べるたびにグチをこぼしている。
「蓮子の味付けはいつにも増して繊細だな。コレは何だ? 気に入った」
 仙邏が気に入ったのは、蓮子と空昏の和食だった。いずれもサッパリした味付けだ。
「ソレ、煮干の佃煮です。あ、佃煮なら、空昏さんが確かイナゴの佃煮を……」
「まあ! 空昏のお国は虫を食べるほどひもじいのね。かわいそうに」
 神凰は相変わらずの高笑い。自分の料理ばかり食べている。が、彼女以上に、空昏は中華料理に舌鼓を打っていた。田舎料理を否定され、口から色々飛ばしながら神凰に詰め寄る。
「なに言ってんだ、イナゴは貴重なタンパク源だぞ! ソレにひもじいと言えば君のコレ! このカニ玉、カニじゃなくてカニカマじゃあないかっ! カニカマ玉じゃあないかっ!」
「ホホホホ。カニの風味なんてカニカマでも工夫次第で再現できるのよ。ご飯つぶを飛ばさないでくださる? もったいないわ」
「あっ!」
 と、いきなり蓮子が大声を上げた。
「すごい!」
 全員の視線を浴びても、驚いた蓮子は今日は恥ずかしがらなかった。
「あ? どした?」
「仙邏さんのお料理、すっごく美味しいです!」
「そうか、口に合うか」
 仙邏が微笑む。ミネが素早く、隣の空昏を押しのけて、フォークとスプーンを突き出した。
「俺にも食わせろ俺にも」
「ああっ、僕も食べるよ!」
 蓮子につづいて、ミネも空昏も神凰も、仙邏のナゾの料理を食べたとたん、一瞬言葉を失った。
「お……おおお……こ、コイツぁ……」
「な、なんですって。こ、こんな、こんな汚染された川のよーな色のごった煮が……まさか……」
「何だか、懐かしい味……」
「何だろ。うーん、何だろ。僕の里が目に浮かぶ」
「カント=レラ、骨をやらァ」
 そう、不思議なことに、誰にとっても懐かしい味がした。


 遅い昼食会は、夕方まで続いた。ソレくらい時間をかけないと食べ切れなかったのだ。料理が出揃うまで待たされたうえに、身体を動かしていたけれど、ソレでも食べきれないくらいだった。
 仙邏は空っぽになったナベを見て、満足そうにしている4人の乙女たちを見て、とても優しい笑みを浮かべてから――空を見上げる。
 今日もきれいな夕焼けだ。明日もきっと、天気がいい。

クリエイターコメントギリギリまでお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。諸悪の根源についてはお任せとのことでしたから、ちょっと仙邏様から設定をお借りして捏造してみました。いかがでしょうか。
オファーありがとうございました。お届けが前後してしまったことをお詫びします。
公開日時2009-07-30(木) 18:30
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