★ 【ベヘモット討伐作戦】戦後処理 〜終末、そして〜 ★
<オープニング>

 カレンダー上は休日だというのに、市長は忙しそうだった。
 それも致し方あるまい。
 二度目のネガティヴゾーン戦は首尾よく成功に終わったとはいえ、ベヘモットが引き起こした地震は市街にもいくばくかの被害を与えた。
 その後、有志によって下水道の調査が行われたが、生き残りのディスペアーなどはいないようだった。レヴィアタン戦の際もそうだったから、ディスペアーというものはおのれを生みだしたネガティヴゾーンと運命をともにするものなのかもしれない。
 迎えの公用車に乗り込む市長のうしろすがたを、リオネは見送っていた。
 傍らに立つのはミダス。
 リオネは、そっと、ミダスを見上げた。
 生ける彫像は難しい顔つきだった。……いや、いつもそうなのだが、このときのミダスはことさらに難しい顔つきだとリオネは思った。
 彼の手の中には例の、時計に似た謎の装置があって、それは今、キイキイとちいさな軋みを立てていた。それは銀幕市の「狂い」を計るものだというが……。
 装置と、ミダスとを交互に見比べ、そしてリオネは、ちいさく息をつく。
 リオネもまた、浮かない顔だった。
 ――と、そのときだ。
 ふいに、ミダスが顔をあげ、首をめぐらせた。
 リオネもその視線を追い、そこにひとりの男の姿を見る。
 寸前まではいなかった男だ。
 身長は2メートルほどもあるだろう。剥き出しになった身体の一部は筋肉の塊と呼ぶにふさわしいもので、風体からして、古代の闘士を思わせた。
 男は仏頂面で、リオネを見下ろしている。
 リオネはしばし、男を見つめ……やがて、ふっと表情をゆるめると、納得したように頷くのだった。
「そっか」

 数分後、柊邸の庭にはミダスだけがいた。
 ミダスは装置を手にしたまま、そっと、空を見上げた。
『終末は、如何に』
 その呟きを、耳にしたものがいただろうか――。

 ★ ★ ★

 七瀬灯里は、愛用のデジカメとICレコーダーをディバッグに放り込むと、自転車に飛び乗った。
 漕ぎ出せば、すこし冷たい風が頬をなでる。
 晴天だった。
 記者に休日もなにもない。天気の良い休日、街には多くの人がいるだろう。ベヘモット討伐作戦にかかわった人も、そうでない人も。
 彼女は、かたっぱしからインタビューをしていくつもりだった。

種別名パーティシナリオ 管理番号976
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
クリエイターコメント==================
!注意!
このパーティーシナリオは「ボツあり」です。プレイングの内容によっては、ノベルで描写されないこともありますので、あらかじめご了承の上、ご参加下さい。
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このシナリオは「ベヘモット討伐作戦後の銀幕市内でなにか活動する、先の作戦について思うところを述べる」といった趣旨になっています。

ご参加の方は必ず、プレイングの頭に【場所】を書いて下さい。銀幕市内のどこかです。そしてその場所で何をしているか、どんな気持ちでいるのかを、プレイングとしてお書き下さい。【場所】は一か所のみ。行動内容も絞り込まれることをオススメします。


<おまけ>
さて、OPにはちょっと気になる情景描写がされていますね。
みなさんは、プレイングでは「リオネに会うことはできません」。そのかわり、リッキー2号からみなさんにクイズを出します。
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Q:リオネが会った男は誰でしょうか?
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正解者は「リオネと男が一緒にいるところに遭遇した」描写がされます。なにか行動を書いて下されば反映できますが、クイズに正解しないと無駄になるプレイングですので、よほど自信がなければ、ほどほどがよいでしょう。

なお、正解者がいないかわずかの場合には、ある特定の【場所】にいる方に遭遇イベントが起こることがあります。

この要素はおまけですので、プレイング字数を割いていただかなくても結構です。


それでは、ご参加お待ちしております。

参加者
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
風轟(cwbm4459) ムービースター 男 67歳 大天狗
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
龍樹(cndv9585) ムービースター 男 24歳 森の番人【龍樹】
エドガー・ウォレス(crww6933) ムービースター 男 47歳 DP警官
レオンハルト・ローゼンベルガー(cetw7859) ムービースター 男 36歳 DP警官
ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
明智 京子(chzp1285) ムービーファン 女 21歳 大学生
西園寺 ジェニファー(cnbv2736) ムービーファン 女 11歳 小学生
森砂 美月(cpth7710) ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
サマリス(cmmc6433) ムービースター その他 22歳 人型仮想戦闘ロボット
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
神龍 命(czrs6525) ムービーファン 女 17歳 見世物小屋・武術使い
刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
十狼(cemp1875) ムービースター 男 30歳 刀冴の守役、戦闘狂
イェータ・グラディウス(cwwv6091) エキストラ 男 36歳 White Dragon隊員
ユージン・ウォン(ctzx9881) ムービースター 男 43歳 黒社会組織の幹部
ギリアム・フーパー(cywr8330) ムービーファン 男 36歳 俳優
ジェイク・ダーナー(cspe7721) ムービースター 男 18歳 殺人鬼
取島 カラス(cvyd7512) ムービーファン 男 36歳 イラストレーター
理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
シグルス・グラムナート(cmda9569) ムービースター 男 20歳 司祭
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
佐藤 きよ江(cscz9530) エキストラ 女 47歳 主婦
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
相原 圭(czwp5987) エキストラ 男 17歳 高校生
旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
<ノベル>

■10:00 杵間山展望台

「ほら、すごくいい眺めだ」
 エドガー・ウォレスはそう言って、眼下に広がる銀幕市を一望する。
 そこから見える風景は、平和で穏やかな街でしかない。あの陰鬱なネガティヴゾーンは、作戦終了後、市民が撤退した後、下水道に開いていた接点ごと消えた。菌類に侵された都市の廃墟は、永遠にまぼろしになったのだ。
 だが隣のレオンハルト・ローゼンベルガーは、相変わらずの無表情だった。
 空を見上げる。青い空と白い雲。まっすぐ伸びる飛行機雲に、鳥の影。その中にひとつ、ぽっかり浮かぶ影はなんだろう。実はそれは、風にただよう風轟だったが、この距離では仔細をとらえることはかなわない。
 空中に遊ぶ天狗に気づいたのかどうかはわからねど、レオンハルトは、静かな声で言った。
「伝承では終末の時、海にはレヴィアタン、地にはベヘモットがあらわれ、空から巨鳥が舞い降りるという。人の世界から絶望がなくなることはない。いずれまた新たなネガティヴゾーンがあらわれるだろう。現に今も、この街は死に満ちているのだから」
「確かにこの街は災厄に見舞われているさ」
 エドガーは前を向いたまま応えた。
「この街はパンドラの箱だともう一人の俺が言った。だがパンドラの箱には何が残ったか? 希望だ。この街の住民は何があっても希望を捨てなかった。これからもきっと。俺はここにいる限り、彼らの力になりたい」
「……変わらないな、君は」
 レオンハルトは少々あきれたように言う。
 それからふいに、視線をめぐらせた。
 いつからそこにいたのか――
 ひとりの男が展望台から街を見下ろしていた。
 風体からして、ムービースターだろうか。圧倒的に魁偉な体躯の男だった。
「パンドラの箱の『希望』は、それもまた災いのひとつだという説もある」
 男は低い声で言った。
 エドガーは男に目を向けた。知らない顔だ。
「希望ゆえに未来を諦めないことは、裏切られるかもしれない苦痛をともなうからな。……本当のところはゼウスに聞いてみなければわからないが」
「ゼウスはそんなに皮肉屋なのかな」
 エドガーが言った。
「知らん。話したことがない」

■10:30 アップタウン、中央病院周辺

 そのあたりは、ベヘモットが引き起こした地震で多少の被害を受けていた。震災というほどではないにせよ、老朽化した建造物の一部には相応のダメージがあったので、市による補修工事があちこちで行われている。
 その日、有志でその手伝いをするムービースターたちの姿が見られた。
 サマリスはパワーユニットを装備し、補修工事の手伝いをしていた。重い資材も彼ひとりでいくつも運ぶことができたから、作業に貢献できる。
「……大丈夫ですか?」
 サマリスは、ふと、作業に参加しているひとりの青年に声を掛ける。
「平気だ。何でもない」
 ジェイク・ダーナーは、そう言うと、どこからともなく取り出したハンマーやら何やらで、作業を続行する。
「先の戦いで負傷されたのでは」
「もう治った」
 言葉少なに、ジェイクは応えた。

「おぬしも見舞かの?」
 ゆきは、知り合いを見つけて駆け寄る。レドメネランテ・スノウィスはにこりと微笑んで頷いた。
「それは?」
 レドメネランテの手の中にあるのは、雪の結晶をかたどったきれいなオーナメントで。
「のぞみさんの病室に」
「おお、そうか」
 にこにこと、ゆきは微笑んだ。そしてふたりで連れだって病院のエントランスへ向かう。
「のぞみさんの夢も、こんなふうにキラキラになればいいのにね……」
「そうじゃのぅ」
 言いながら、ゆきは病院の建物を見上げる。
 ここに眠るひとりの少女が、すべての始まり。それはあらためて思えば、とても不思議なことだ。

 刀冴の視線が、空を巡る。それを受け止めて、十狼が頷く。
 愛犬さえもが歩みをとめて、空気の匂いを嗅ぐのに、理月は肩をすくめる。
 天人主従が精霊の姿を見て、声を聞いても、理月の知るところではない。刀冴の表情が、近所の知り合いに会って挨拶した、くらいのものであるのを横目に、どうせなら俺にも挨拶できる相手と会話してほしいと思う理月だった。
 それに気づいたのかどうか、刀冴が、
「近くにディスペアーらしいのはいないとさ」
 と、精霊から得た情報を話してくれる。
「ならよかった。……ディスペアー、か」
 絶望と名付けられた異形の存在――。
「あんな化け物を生みだす絶望って、どんなものなんだろう」
 ふと、理月は呟く。
「終わりが近づいてきている、気がする」
「え――っ」
 ぽつり、と、刀冴が言った言葉に、理月は驚いて目を見張った。
「……まぁ、最後まで十全を尽くすだけのことだけどな」
「我が身は刀冴様と、刀冴様の愛するすべてのもののために」
 すぐに微笑ってみせた刀冴の顔と、それに応えた十狼の様子に、いつもと変わるところはなかったのだが。
「ん」
 3人と1匹が、中央病院近くまでさしかかったその時。
 かれらは行く手に神の子・リオネの姿を見る。そして彼女に連れられて歩く大男。
「あれは――」
 理月は記憶をたぐった。その男に、見覚えがあるような気がしたのだ。

■10:35 杵間山、ブラックウッド邸

「きみは覚えているかな。一昨年の、桜の頃の出来事を」
 庭のテーブルで、ブラックウッドは紅茶の香りをたのしみながら、七瀬灯里に言った。
「あの大きな桜の樹が、自然公園にあらわれたときのことですか?」
「左様。桜の精霊が言ったのだよ」

(すべてはバランス)
(美しい光の裏には恐ろしい闇があり、世界のバランスが保たれているのです)

「……」
 ブラックウッドの邸宅は、防御結界によりベヘモットの地震の害は受けなかったが、それでも、多少、棚の調度品や壁の絵が落ちたりしたようだ。邸内では、それらを直している使用人たちの動き回る気配がある。
 その間、庭に出ているところを七瀬の訪問を受けた。
「ネガティヴゾーンはこの街の魔法の影だそうだ。……そうであるなら、絶望の獣はまたあらわれるだろう。『バランス』をとるために」
「そんな……」
「……時に。先ほど、珍しい人物を見たよ。リオネと一緒にいた」
「え、誰ですか?」
 ブラックウッドが告げたその名に、七瀬は息を呑んだ。

■10:45 市立中央病院

 病院は、一時転院していた患者が戻ってきたり、ダメージを受けた箇所の修復であるとか、むろんある本来の業務などで、忙しそうであった。
「浮かない顔」
「えっ?」
 急に指摘されて、リゲイル・ジブリールは顔をあげた。
「そ、そう?」
 笑顔をつくろうとするリゲイル。それを見つめている、小日向悟の柔和な表情。
「みんな感謝してるよ。物資も提供してもらってるし」
「うん……でもね」
 リゲイルは言った。
「もっとできることがあるんじゃないかって思って」
「……じゃあ、小児科の子どもたちを、中庭に連れて行ってあげようと思うんだけど、手伝ってもらえる?」
「もちろん」
「じゃ、ドルフさんと先に行ってて。俺もこれを生けたらすぐに行くよ」
 悟が示した先で、巨漢のムービースターがかるく頭を下げた。
 ランドルフ・トラウトは、怪力を生かしてあちこちで重宝されていたが、悟につかまって彼のもうひとつの資質――すなわち子どもたちの相手をする能力を発揮するように采配されたのだった。
「うん、わかったわ。この花は?」
「さっき、明智さんがナースステーションに届けてくれた桃の枝。桃はね、邪気を払うとも言われているからね」
 ランドルフとリゲイルを見送ったあと、悟は受付に、明智京子がくれた枝を挿した花瓶を置く。
 そして振り返ったとき――、彼はリオネが病院の自動ドアの向こうにいるのに気付いたのである。そして、その背後の大きな影にも。

「あの、どうかしました?」
 相原圭に話し掛けられて、香玖耶・アリシエートはえ?と首を傾げた。
 圭も、病院の手伝いを申し出てここへ来たひとりだった。そして、中庭を見下ろす廊下を、時折立ち止まっては空気を探るかのようにしている香玖耶を見かけたのだ。
「……応えていたの」
 香玖耶は静かに答えた。
「……何に……?」
「この場をただよう、想いに、ね」
「はあ……」
 人の想いを読み取り、記憶することはエルーカの性。それが、ネガティヴゾーンをかたちづくる絶望的な孤独を、なくすことにつながれば。
 やわらかな陽光の中に微笑む精霊に、寂しいと嘆く心をいやしてくれるよう頼みながら、香玖耶は院内を歩く。
 圭は、彼女を見送って、歩きだしたところで、リオネの姿を見かけた。
「リオネちゃんと……誰だろう。あっちは……特別棟だけど」

■11:00 市立図書館

「あった」
 机に広げた医学書。そのページに、ディスペアースリープ症候群の文字を、森砂美月は見つける。
 睡眠障害の一種だが、詳しいメカニズムについてはまだわかっていない。
 文字を追うごとに、美月の表情に翳りが差した。
 最新の研究では、うつ病の症状としてあらわれる過眠とのかかわりが指摘され、抗うつ剤の処方がされるが、治療成績は芳しくないようだ。
「彼女の瞳には、何が映っているのかしら」
 カウンセラーを生業とする美月には、後ろ向きな気分の人間からしてみれば、前向きな言動が空虚に見えることがあるのを知っている。
 ならば――
 ベヘモットを一撃で粉砕した市民の希望、美原のぞみはどう見ただろう。

■11:00 市立中央病院――のぞみの病室

 取島カラスが顔をあげた。そして笑顔を見せる。
 ドアを開けて入ってきたのはイェータ・グラディウスと、日下部理晨、そして彼の肩の上に座っている太助だった。
「ぽよんすー! カラスもお見舞いか?」
「考えていたんだ」
 カラスは、眠り続ける少女の手に、そっとふれた。
「あのとき――自分の言葉は彼女に届いたのかな、って」
「……俺、これもってきた」
「芳香剤? どうして?」
「下水道の中……ひどい臭いだったから。いい匂いだけでも、夢の中に届けてやれないかなって」
「そうか」
 カラスは微笑って、太助のお見舞いをのぞみの枕もとに置いた。そこにはすでにいくつもの見舞いの品や、花が飾られていた。
「これはさっきゆきちゃんたちが。この花はその前にコレット・アイロニーさんが。みんな、彼女のことを気にかけてる……」
「ずっと眠り続けてるんだもんな。明るい光の中で笑わせてやりてぇ……けど――」
 理晨は、表情を曇らせた。
 もしも、のぞみが目覚めたら、あるいは――。
 そのときだった。
 病室に新たな見舞客があらわれたのは。
「……リオネ、ちゃん?」
 カラスは、神の子と、その連れとへ交互に目をやった。
「あーーーー!!」
 大声をあげたのは、太助だった。
「おまえ、タロスじゃないか!」
 カラスも目を見開いた。たしかに思いだしたのだ。
 銀幕市を滅ぼすために、つかわされた死神の尖兵――タナトス兵団の将軍のひとり、その男、青銅のタロスのことを。
「何故……」
「わが使命は、その時がくれば明らかとなるだろう」
 タロスはぶっきらぼうに言った。かつて敵対したことを恨みにしているというわけでは(ミダスやイカロスの例を見るに)なさそうだが、その顔つきは厳めしいものだった。
「で。ここへは何しに?」
 油断のない眼光とともに、訊いたのはイェータだった。タロスはいかにも屈強な体躯の巨漢であるが、それを差し引いても、すぐれた戦士であることが、隙のないたたずまいから察せられる。
「リオネが連れてきてあげたの」
 リオネが言った。
「のぞみちゃんのことが知りたいっていうから」
「のぞみを」
 イェータは検分するようにタロスを見た。
「……ひとつ聞く。のぞみが目覚めたら魔法は解けるのか?」
 カラスと太助がはっとした表情を見せた。そして、理晨も、また。
「あの絶望が消えたら、街の魔法もまた消えるのか?」
「絶望が消えることはない。……だがその結晶を砕くことは魔法の天秤に影響をおよぼす。……それについては俺よりミダスが詳しい」
 低い声で、タロスが言った。
「……」
 理晨は唇を噛む。
 眠り続けるのぞみが不憫なのも事実。しかし、魔法によって立ち現れた――今は大切なものたちに、ずっと居てほしいというのも、自然な願いだ。
「なあ」
 次に太助が口を開いた。
「のぞみさぁ……なんで目覚めないんだろう。何かに邪魔されてるとかあるのか?」
 ぴくり、とタロスの眉が動く。
「わからん。だが俺とミダスが案じているのはそのことだ」

■11:30 聖ユダ教会

 薔薇窓から差し込む光が、教会の床に美しい文様を描く。
 祭壇の前にひざまずき、一心に祈りをささげているシグルス・グラムナートがいる。
 彼がそうしはじめてどれくらいになるだろうか。
 ただ祈るのは、あのベヘモットのもととなった絶望や孤独の救済だ。自らが身を寄せる教会でなく、ここまでやってきたのは、「絶望者の守護者ユダ」にこそ、その祈りを届けたかったからである。
 そんな青年司祭の姿を見るともなく見ているのはギリアム・フーパーである。
 綺羅星ビバリーヒルズに居を構え、米国人である彼が、独りで考えたいことがあるとき、教会を選ぶのは自然なことだろう。
 ベヘモット戦のおり、ギリアムは仕事で海外にいた。
 作戦のてんまつは帰りのフライト中に聞いた。
 家族と銀幕市の無事は何よりだったが、この街を出るという選択肢が、彼の中で重くなってきたのも本当である。
 事態は悪化している。そんな気がする。
「……いや。やっぱり駄目だ」
 ギリアムはかぶりを振った。
「俺は日本と銀幕市も愛してる」

■12:15 カフェスキャンダル

「ジェニファー今までね……たくさんのムービースターに会えてうれしくて、サインいっぱいもらって……」
 テラス席で、本日のランチ・特製オムライスにも手をつけず、西園寺ジェニファーは語った。手にしたサイン帳の中には、言う通り、幾人ものムービースターの名がある。今隣にいる、岡田剣之進のも、もしかしたらあったかもしれぬ。
「それで、ずっとずっとこんなだったらいいのにね、かいぶつが出てきてもたおしちゃえばいいんだよねっておばあちゃんにいったら『そういうものじゃないんだよ』って……」
「泣くな、じぇにふぁー殿」
 和風キノコスパゲティーをすする手をとめて、剣之進は言った。
「心配無用だ」
 そうは言うが、その言葉には何の根拠もない。
「泣くのはやめて、おむらいすを食べるがいい。早くせねばそれも拙者が食ってしまうぞ」
「……うん……」
 ジェニファーのサイン帳のもっとも古いものは2年以上も前だ。
 この街に来て、もうずいぶん経つのだな、と剣之進は思う。
「なんだ、久しぶりだな」
 声に、ふたりは振り向く。
 テラス席の脇にある花壇で、花を植えていた龍樹が、ふいに立ちあがったのだ。大柄な体がテーブルに影を落とす。彼が声を掛けたのは、リオネと……タロスである。龍樹はタナトス戦争のおりに戦場でまみえたタロスの顔を覚えていたものらしい。
 死の将軍は、さして反応しなかった。
「何しにきたんだ。リオネとそうしてるってことは……まぁ、大丈夫なんだろうが、あんまりいじめてやるなよ?」
「平気だよ。タロス、ミダスたちと同じだもん。……ここ空いてる?」
 リオネは、剣之進たちのテーブルにちょこんと座った。
「じゃあね」
 タロスに手を振る。
 彼は、ただ頷くと、きびすを返した。
「……」
 その背中を、穏やかだが、どこか超然とした目線で、龍樹は見送る。

■12:30 ダウンタウン、ある蕎麦屋

「べへもっとを倒せたお陰でこうやって美味ぇ蕎麦が食える。……あの野郎を木っ端微塵にしたのは希望だってね。そういうあったけぇ気持ちが集まって絶望に勝つって言うんなら。あっしぁ、この町に居る限り、力んなりてぇと思いやす」
 旋風の清左は、音を立てて蕎麦を啜る。
 たまたま入った店で、七瀬は彼を見つけ、カウンターの隣の席にそっと座ると、話し掛けたのだった。
 七瀬が注文の品を待つ間、黙々と食事を続ける清左にインタビューを試みた。そしてそのような答えが返ってきたのである。
「すたーってなぁ、人の……良い悪いは別にして、『夢』が形んなったもんでやしょうからね……」
「……清左さんのような人ばかりだといいんですけどね。……ううん。本当は、清左さんみたいな人が多いんだ……」
 七瀬は、自分自身に言い聞かせるように言った。
「でも……それならどうして」
「さて。あっしにぁ、難しいことは。……じゃ、お先」
 清左が席を立つ。
「あ、清左さん。今日、リオネちゃんを見ませんでした?」
「……いや?」
「そう。ならいいんです」
 お食事じゃましてすみませんでした、と礼儀正しく七瀬が言ったとき、ちょうど、彼女の前に、あげもちを乗せた蕎麦が置かれた。
「はいよ、どるふそばお待ち」

■12:50 ダウンタウン

 あげもちが三つも入った蕎麦は、少々、量が多かった。
 自転車をすぐに漕ぎ出すには腹が重く、それを押しながら歩いていた七瀬は、神龍命に会った。大量の、茶色の袋を抱えている。
「ああ、これ? これはねェ、麟との約束なんだよー。この戦いが終わったら、って。
ついつい約束しちゃってさ。おかげで来月分のお小遣いまでなくなっちゃいそう!」
 苦笑する命の顔を、彼女のバッキー・麟が見上げた。
「でもよかったね。終わって。……わかんないけどね。まだ、終わらないかもしれない。こういうコト。……でも」
 命は笑った。その笑顔は、心底、明るく見えたが、ただ能天気なだけではない、とも、七瀬は思った。
「でも大丈夫!ボク等がこてんぱんにしてあげちゃうからさッ!」
「そうですね。……あ、そうだ。リオネちゃん、見ませんでした?」

■14:25 スーパーまるぎん

「おーい、佐藤さん。休憩時間は終わりでしょ。6番レジ入ってくれない?」
「あ、店長! ちょうどよかったわー」
 佐藤きよ江は、店長の言葉などまるで耳に入らなかったかのように言って、彼を輪の中に引き入れた。そこには、きよ江を中心に、まるぎんのパートたちが集まっており。最初は、きよ江は討伐作戦の武勇伝を語っていただけらしかったが、しだいに、話が脱線し、ヒートアップしていったものらしく。
「それでね、病院で寂しい思いをしている人たちを、元気づけてあげられないかと思ってー」
「……いや、それはいいお話だと思うんですけれども、あの、佐藤さん、6番レジ……」
「そうでしょー? それでね、みんなで慰問にいったらどうかって。それで、どういう形がいいかしらって相談してたのよー」
「ええと、じゃあそれは仕事が終わってから」
「どうせなら、賑やかにやりたいじゃない? それに、せっかく、あたしたちがやるわけだから〜、病院で『出張まるぎん』ってどうかしら!」
「……」
「いつもどおりにタイムセールもやるの。活気づくと思うわー」
 というより意味がわからない。
 もはや無理だと悟った店長は、6番レジは自分が入るべく、きびすを返したところ。
「『まるぎん』病院行くのか!? それっていいことか?」
「あらっ、あなたたしか……アレグラちゃんよね? おつかいかしら? エライわぁ〜」
「ベヘモット暴れただから、お家ちょっと壊れた。電球買って来て言われただから、おつかいしてる。アレグラ、おつかい上手なった。……銀幕市、色んな事できる。悪い事しないでも良い。病院行くのか?」
「そうなのよ〜。アレグラちゃんも来る〜?」
「行くぞ!」
 元気よく、アレグラは応えた。
 突拍子もない慰問計画の話し合いはまだ続く……。

■15:45 パニックシネマ

『地底怪獣アンダーキングだ! あいつのドリルのせいで地盤が……』
『市民の避難誘導を頼みます。ここはわたしが!』
『あ、気をつけろ、マイティハンク――』
 ふわぁ、と欠伸をした。
「今度は地下からバケモノよ。もうこの街はボロボロになっているのかもしれないわ」
 客席はまばらだから、リカ・ヴォリンスカヤの小さな呟きも誰にとがめられることもない。もさもさと、ポップコーンを咀嚼する。
『やった! アンダーキングを倒したぞ!』
『待て、あれは何だ!』
『UFOだあ!』
「……」
 指が空を掴む。気付けば、カップはからっぽになっていた。そしてスクリーンには流れ出すクレジット。
「あら? この映画もうおしまいなの?」
 多くはない観客が次々に席を立つ中、リカだけは、ただそこに座り続けていた。
「ヘンなラストだなあ」
「続編つくるつもりなんじゃね?」
 そんな声が耳に入る。
 明るくなっても、座っていたのはリカだけだった。
「こんな結末なんて……」
 かぶりを振る。
 しかし、映画の上映は終了し、納得のいくエンディングがあらわれる気配はない。

■15:10 アズマ超物理研究所

「そうですか。……待たせてもらっても?」
 ファレル・クロスの言葉に、研究所の職員は、それは構いませんけど……と応える。
「では休憩所でお待ち下さい」
「はい。……あの、聞いてもいいですか」
「なんでしょう?」
「あとで博士に聞きたいことなんですが。……夢を現実にとどめておくというのは、可能なのでしょうか?」
「どういう意味ですか?」
「つまりその……例えば、私たちが魔法が終わった後にも、ここに留まれるような、そんな技術は」
 職員はちょっと困ったような顔で、首を横に振った。
「今は、そこまでは」
「そう……ですか」
 神妙な顔つきで、ファレルを見送った職員は、戻る前に、また呼び止められる。
「博士はいるか?」
「すみません、あいにく来客中で。何か?」
 職員はその男――赤城竜にも、ファレルと同じことを繰り返さなくてはならなかった。
「いや……バッキー砲の、お礼を言っときたくてさ。あれのおかげで、勝てたわけだし」
 職員は笑った。
「伝えておきます」
「あのよ……。自分で言うのもなんだが、俺、元気と前向きさには自信があるんだ!」
「……は?」
「俺のポジティヴパワーをなにかに使ってくれねぇか!? 実験台になるからさ!」
「……いや、そういうのはちょっと……」
 そのときだった。
 応接室のドアが開き、そこからぬうと、ひとりの大男があらわれたのだ。
「あ、おまえ……!」
 青銅のタロスだ。驚く赤城には目もくれず、タロスは研究所を出ていった。
「博士。あの方は何を……」
「ふむ」
 東博士は、難しい顔で腕を組む。
「妙なことを言いにきおった。……銀幕市外のネガティヴパワーを計測しろ、だと……?」

■15:33 スタジオタウン、旧ベリーウッドスタジオ

(ここから……始まったのよね)
 二階堂美樹は、そこにたたずむ。
 視線の先には、マンホール。
 下水道の中に、ひとしれず巣食っていた絶望の権化が、多くのものを奪っていった。
(ムービーキラーは、絶望的な寂しさを感じるって……。フランキー、ブレイフマン……あなたたちもそうだったの?)
 心中の問いに、むろん、答えてくれるものはいない。
 休日のスタジオタウンは、仕事をしているものたちは屋内にいるのだろう、街路を歩く人影は少ない。
(あなたたちを縛った孤独の化物は、希望の中に眠ったわ。もう……解放されたよね。寂しくないよね?)
 黒いフィルムは消滅し、もはやそれを映写機にかけることさえかなわない。
 しかし。
(私は覚えてるわ。絶対に忘れないから。あなた達がいたことを)
 人の記憶に焼きついた物語は、何度でも再生される。何度でも、何度でも。


■16:10 星砂海岸

 ルークレイル・ブラックは、独り、海を眺めている。
 遠くに、ギャリック号の姿。
(そうだ。以前の俺なら……)
 あの、騒がしい大家族のような一団に出会う前の自分を振り返るのは、その頃のルークレイルを支配していたものも、やはり孤独だったからだ。
 ベヘモットをかたちづくっていたという孤独。ムービーキラーを狂わせるという絶望。
 ネガティヴゾーンが消えても、この街に住む人間が、ひそやかに胸に抱く孤独が癒されたわけではない。
 しかしそうでなければ、真に解決したとは言えないのではないか。
 ルークレイルは海の神に祈った。
 それが彼の唯一信じる神だったから。
「すいませーん」
 声に振り向くと、七瀬灯里がいた。柄にもない場面を見られたか、と軽く舌打ち。
「リオネちゃん見ませんでしたか」
「知らんな。人探しながら探偵か警察に言えよ」
 照れ隠しのように、ぶっきらぼうに。
「あ、警察!」
 しかし七瀬は気づいたように、携帯電話を取り出す。

■16:15 ハザードエリア「ハッピーバレー地区」

 香港島・ハッピーバレー。
 正確には、フィルムに写ったその場所が、銀幕市に顕現した場所。
 海を臨む斜面に並ぶ墓標のあいだを、ユージン・ウォンは歩く。高台になっているそこからは、銀幕市の市街を見下ろすこともできた。
(災いは炎と同じだ。次々と飛び火し燃え広がっていく。燃え上がる炎に水をかけても火は消せない。燃えている物そのものに水をかけなければ)
 歩く死者である彼の、表情からその内なる思索を読み取ることはできない。
「どうすれば……」
 ただ、ときおりこぼれる呟きにのみ、その思いのかけらがにじむのを垣間見るだけだ。
「そうすればこの災いの螺旋を断てる」
 得られる回答の、天啓はなく、丘を下りるウォンの前を、見知った二人連れが横切って、そして足を止めた。七瀬灯里と、流鏑馬明日である。
「あ、ウォンさん。……リオネちゃんを見なかったかしら?」
「……いや。何かあったのか」
「はっきりしないのだけど、七瀬さんが……」
「ブラックウッドさんが、リオネちゃんが、『青銅のタロス』と歩いているのを見たって」
「何?」
「知ってるでしょう? タナトス3将軍のタロス。ミダス、イカロスと来たから、そういうこともありうるとは思うけれど、どうしてリオネちゃんが……」
 ――と、明日の携帯が鳴った。
「はい。……え、市役所に?」

■16:35 銀幕市役所

 そして、20分後。
 明日と七瀬、ウォンと、その男――青銅のタロスは銀幕市役所にて相対していた。
「どうしてリオネちゃんを連れ出したの」
「伝言だ」
「……オネイロスの?」
 明日が問い詰めると、タロスは頷く。
「どんな?」
「本人以外には言う必要がない」
「……。まさか、リオネちゃんを迎えにきたんじゃ」
「いずれはな」
「そんな……」
「今はまだ、その時ではない」
「役目は伝言だけか」
 ウォンが訊いた。
「それはついでだ」
「では何をしにきた」
「言う必要はない」
 ふん、とウォンは鼻を鳴らす。
「リオネちゃんに、危害は加えないでしょうね」
「なぜそんな必要がある。われわれは今はオネイロスに使われているのだぞ。……もっとも、それ以前になにか勘違いをしているようだな」
 タロスの射抜くような眼光が、明日をねめつけた。
「われわれの行動は神の意思だ。人間が、その意図をはかることも、止めることもできない。それを忘れるな」
「……」
 もう話すことはない、といった風に、ユージン・ウォンがソファーを立った。
 去り際に、独り言とも、タロスへの問いともつかぬ一言を残した。
「残された時間は、あとわずかだということか」
 そして、タロスは、その言葉に応えるように言ったのだ。
「そう思っておくほうがいいだろう」

(了)


クリエイターコメント『【ベヘモット討伐作戦】戦後処理 〜終末、そして〜』をお届けしました。

というわけで、リオネの前にあらわれた人物は「青銅のタロス」でした。タナトス3将軍がこれで銀幕市に勢ぞろいしたことになります。この先の物語のゆくえは……みなさんの目で、お確かめ下さい。
公開日時2009-03-21(土) 09:00
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