★ 【最後の日々】Candy-Colored Clown They Call The Black-Russian ★
<オープニング>

 戦いが終わり、傷ついた街に、何度目かの夜が訪れる。
 女神となったリオネが、夢の魔法の終わりを告げてから、さらに何度目かの夜が訪れた。
 ムービースターたちは多くを語らない。竹川導次率いる悪役会も、ある時期を経てずいぶん数は減ってしまっていたけれど、黙々と街の復興に手を貸した。
 マスティマが生み出したジズや戦いの流れ弾、そして巨大な「ひと」の闊歩によって、銀幕市はあちこちが破壊されてしまった。住居や職場を失った市民も少なくない。戦闘が終わり、各地の被害状況が出揃った頃、街の大きな公園の中に、あのサーカスのテントが出現したのだった。
「またサーカスやるの?」
「あー、いやハハ、悪いねェ、うまそ……じゃなくてかわいいおぜうさんたち。あたしらのテントは、避難所なんでさ。ホレ、おうちをなくした方が多いでごぜえましょう? ショーはやる予定がねえんですだよ」
「なーんだ。またサーカスみれるとおもったのになー」
「ごめんねえ」
 サーカスの前には風船を持ったケイン・ザ・クラウンがいて、いつでも子供に囲まれていた。サーカス好きな大人も彼に近づいては、同じことを聞いていた。ケインはその都度同じことを答え、風船とアメ玉をあげて頭を下げる。
 サーカステントは6月13日のそのときまで、住居をなくした市民のための避難所として使われることになった。ケインが自ら申し出たのだ。しかし、またサーカスをやるのかと、事情を知らずに寄ってくる人々が、ケインの予想以上に多かった。
「こんな状況ですからねえ、皆さんサーカスなんて気分じゃねえべと思っとったんですが……。よし! テントが使えねえからショーは無理だけんど、最後にパーッと華を咲かせますかい! ゲッヘッヘッヘ!」


 そうして、夜だ。
 夜になるたび、どこからともなく……ちょっと不気味な色彩のイルミネーションを引っ提げて、ゾンビやモンスターや悪役によるパレードが、銀幕市を練り歩くようになった。のっぽの魔人が火を吹きながら、小人がブーツに見立てた5メートルの竹馬でひょこひょこ歩きながら、ケイン・ザ・クラウンは玉に乗りながら。
「さァーさァーさァー、ケイン・ザ・サーカスのラストパレードだよ! グハハハハ、まっくらな夜もこうして歩けば楽しいもんでさ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
 何ごとかと足をとめる通行人に、ゾンビやマミーが無言でビラを配った。
 ビラにはこう書かれている……。

『ケイン・ザ・サーカスのラストパレード!

 銀幕市の大騒動もいよいよフィナーレ!
 最後の夜まで、ケイン・ザ・サーカスは毎夜どこかを練り歩いています。
 運良くパレードを見つけたあなた! 一緒に楽しく歩いてみませんか?
 今回は何も事件は起きません! たぶん!
 たぶん!

 このビラのウラはスタンプシートになっています。
 パレードの中には、スタンプを持った団員とお手伝いさんがいます。
 スタンプをたくさん集めたら、
 しましまおじさんを見つけてシートをあげてね。
 すてきなプレゼントと交換してもらえるよ!』


 そうしてビラから顔を上げた人々は、仏頂面でパレードに混じって歩いている武装テロ集団を発見した。彼らは食べ物や飲み物(なぜかほとんど酒、しかもウオッカばかりのようだ)が入ったワゴンを押している。どうやら今回、飲食物を販売しているのはストラを含めたハーメルンのようだ。彼らがビラに書かれている「お手伝いさん」なのだろうか……。もっとも彼らは、以前サーカスに多大なる迷惑をかけているので、罪滅ぼしの意味も兼ねているのだろう。
 一見したところ、「しましまおじさん」と呼べそうなおじさんは見当たらない。
 調子はずれだけれど、陽気なマーチが流れている。音楽隊はゾンビとスケルトンで構成されていた。
 ボフーッ!
 魔人が吹く炎が、元気が出ない街の夜を照らしだす――。

種別名パーティシナリオ 管理番号1055
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
クリエイターコメント こんばんは、龍司郎です。前回シナリオのあとがきで感極まった最後の挨拶をしたつもりだったのでちょっと恥ずかしいのですが、これが正真正銘最後のシナリオですね。まさかパーティーシナリオで〆になるとは思いもよりませんでした。
 龍司郎のNPCを愛してくださった方々に、ちゃんとお礼とお別れができる機会をもらうことができ、とても嬉しいです。
 では、最後ですので、せっかくだから龍司郎らしくダイス要素を取り入れたいと思います。以下に参加に際してのルールを記しますので、ご一読ください。


・以下から行動パートを選んでください。
・スタンプシートはシナリオ参加者全員が手に入れているものとします。

【A】スタンプ集めに奔走
・パレードの中にはスタンプを持ったサーカス団員と悪役会メンバーがいます。スタンプを集めて「しましまおじさん」なる人物にシートを渡すと、景品がもらえます。
・スタンプは全20種類。
・最低ふたつはスタンプをもらえます(ボーナス+2)。

【B】パレードを楽しむ
・仮装推奨。普段着でも問題ありません。スタンプをもらうこともできますが、【A】パートよりも効率は悪いでしょう。
・お手伝いさんのお手伝いをすることもできます。ちょっかいを出すこともできます。
・最低ひとつはスタンプをもらえます(ボーナス+1)。

【C】パレードの警備
・何も事件は起きないとケインは思っていますが、ひょっとするとそれはフラグかもしれません。万が一に備えて警備するのもいいでしょう。
・スタンプは集められません。


〈スタンプ集めの判定〉
・【A】【B】パート参加のPC様に対し、龍司郎が10面ダイスを2個振ります。出目の合計+ボーナスが、そのPC様が集められたスタンプの数になります。全種類集められるのは、【A】パートに参加し、なおかつ出目が9ゾロだった人だけ! なにがもらえるかはお楽しみ。


それでは、最後の判定つきシナリオ、ご参加をお待ちしております。楽しい思い出を作ってくださることができれば幸いです。
え、何か事件は起きないのかって?
……ゲ、ゲッヘッヘ。

参加者
小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
イェータ・グラディウス(cwwv6091) エキストラ 男 36歳 White Dragon隊員
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
ベネット・サイズモア(cexb5241) ムービースター 男 33歳 DP警官
エドガー・ウォレス(crww6933) ムービースター 男 47歳 DP警官
レオンハルト・ローゼンベルガー(cetw7859) ムービースター 男 36歳 DP警官
レオ・ガレジスタ(cbfb6014) ムービースター 男 23歳 機械整備士
蘆屋 道満(cphm7486) ムービースター 男 43歳 陰陽師
真山 壱(cdye1764) ムービーファン 男 30歳 手品師 兼 怪盗
エリック・レンツ(ctet6444) ムービーファン 女 24歳 music junkie
ノリン提督(ccaz7554) ムービースター その他 8歳 ノリの妖精
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
ユージン・ウォン(ctzx9881) ムービースター 男 43歳 黒社会組織の幹部
リャナ(cfpd6376) ムービースター 女 10歳 扉を開く妖精
小嶋 雄(cbpm3004) ムービースター 男 28歳 サラリーマン
風轟(cwbm4459) ムービースター 男 67歳 大天狗
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
シグルス・グラムナート(cmda9569) ムービースター 男 20歳 司祭
佐藤 きよ江(cscz9530) エキストラ 女 47歳 主婦
リョウ・セレスタイト(cxdm4987) ムービースター 男 33歳 DP警官
ギリアム・フーパー(cywr8330) ムービーファン 男 36歳 俳優
ジェイク・ダーナー(cspe7721) ムービースター 男 18歳 殺人鬼
メルヴィン・ザ・グラファイト(chyr8083) ムービースター 男 63歳 老紳士/竜の化身
佐々原 栞(cwya3662) ムービースター 女 12歳 自縛霊
鈴木 菜穂子(cebr1489) ムービースター 女 28歳 伝説の勇者
桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
大教授ラーゴ(cspd4441) ムービースター その他 25歳 地球侵略軍幹部
森砂 美月(cpth7710) ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
サマリス(cmmc6433) ムービースター その他 22歳 人型仮想戦闘ロボット
鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
ディズ(cpmy1142) ムービースター 男 28歳 トランペッター
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
ルーチェ(chpw1087) ムービースター 女 7歳 神聖兵器
アルト(cwhm5024) ムービースター 女 27歳 破壊神
黒孤(cnwn3712) ムービースター 男 19歳 黒子
京秋(cuyy7330) ムービースター 男 38歳 探偵、影狩り
藤(cdpt1470) ムービースター 男 30歳 影狩り、付喪神
昇太郎(cate7178) ムービースター 男 29歳 修羅
ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
花咲 杏(cyxr4526) ムービースター 女 15歳 猫又
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
水瀬 双葉(cnuw3568) ムービーファン 女 10歳 探偵見習い
アンジェ(casu4433) ムービースター 女 14歳 三枚羽の天使
レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
コーディ(cxxy1831) ムービースター 女 7歳 電脳イルカ
流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
湯森 奏(ctmd8008) ムービースター 女 17歳 復讐少女
ジム・オーランド(chtv5098) ムービースター 男 36歳 賞金稼ぎ
レモン(catc9428) ムービースター 女 10歳 聖なるうさぎ(自称)
ティモネ(chzv2725) ムービーファン 女 20歳 薬局の店長
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
ギル・バッカス(cwfa8533) ムービースター 男 45歳 傭兵
ミリオル(cwyy4752) ムービースター 男 15歳 亜人種
ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
須哉 逢柝(ctuy7199) ムービーファン 女 17歳 高校生
須哉 久巳(cfty8877) エキストラ 女 36歳 師範
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
秋津 戒斗(ctdu8925) ムービーファン 男 17歳 学生/俳優の卵
羊(ctrs3874) ムービースター その他 15歳 羊
ヘンリー・ローズウッド(cxce4020) ムービースター 男 26歳 紳士強盗
ラルス・クレメンス(cnwf9576) ムービースター 男 31歳 DP警官
ベル(ctfn3642) ムービースター 男 13歳 キメラの魔女狩り
山砥 範子(cezw9423) ムービースター 女 33歳 派遣社員
マイク・ランバス(cxsp8596) ムービースター 男 42歳 牧師
ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
原 貴志(cwpe1998) ムービーファン 男 27歳 警備会社職員
晦(chzu4569) ムービースター 男 27歳 稲荷神
玄兎(czah3219) ムービースター 男 16歳 断罪者
セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
犬神警部(cshm8352) ムービースター 男 46歳 警視庁捜査一課警部
朝霞 須美(cnaf4048) ムービーファン 女 17歳 学生
成瀬 沙紀(crsd9518) エキストラ 女 7歳 小学生
アルヴェス(cnyz2359) ムービースター 男 6歳 見世物小屋・水操士
日向峰 来夢(cczc8375) ムービーファン 女 16歳 絵描き
雪上 境(cbtu9086) ムービースター 男 27歳 死神セールスマン
リシャール・スーリエ(cvvy9979) エキストラ 男 27歳 White Dragon隊員
日向峰 夜月(cavn7800) ムービーファン 男 20歳 絵描き
カサンドラ・コール(cwhy3006) ムービースター 女 26歳 神ノ手
神凪 華(cuen3787) ムービーファン 女 27歳 秘書 兼 ボディガード
威雨(cwsw5167) ムービースター 男 42歳 刺青師
メリッサ・イトウ(ctmt6753) ムービースター 女 23歳 DP警官
吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
ベアトリクス・ルヴェンガルド(cevb4027) ムービースター 女 8歳 女帝
ソルファ(cyhp6009) ムービースター 男 19歳 気まぐれな助っ人
月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
モミジ(cafd6042) ムービースター 男 13歳 妖狐(神社の居候)
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
<ノベル>

 ケイン・ザ・サーカスのパレードが、今夜はどこから現れ、どこへ消えるのか。ソレは誰も知らなかった。日が落ちて、夕食もすんで、子供たちが親から早く寝なさいと急かされるような時間になると、パレードはどこからともなく現れる。
「ぅおっしゃー見つけた! ほら、いたいたいた! アレでしょ?」
「おー! エニシとまふまふいっしょだ、もうむてき。スタンプあつめる、あつめるーっ」
「ちょ、待って。はぐれたらヤバイからっ」
 今夜は、アップタウンとミッドタウンの境目あたりで、最初の目撃情報があった。浅間縁とアレグラは手をつないで、パレードの中に特攻していった。ふたりは昼間からパレードとスタンプ集めを楽しみにしていたのだ。
「ほら、真船さん! 早く早くっ」
 縁はアレグラの引率のつもりだったが、いつの間にかアレグラと一緒に全速力で走りだしていた。パレードを見たとたんテンションが吹っ切れてしまったのだ。
「お、おお……ちょっとペース落としてくれないだろうか……」
 子供と高校生のパワーに、特に身体を鍛えているでもない42歳がついていくのはけっこうキツい。パレードを見つけたばかりだというのに、早くも真船恭一はタジタジだ。こんな夜中に子供を出歩かせるわけにもいかないので、彼は保護者を務めるつもりだったのだが……。
「うわぁ、すごっ」
 目の当たりにしたパレードは、3人の予想を超えるほどハデでにぎやかだった。すでに仮装してパレードに加わり、ハデさを上げている者もいる。雪上境やリシャール・スーリエだ。ふたりはゲームが原作の映画『バトルワルキューレ』の登場人物の仮装をしていた。……いや、仮装と言うより、ソレはコスプレと言ったほうがいいだろうか。何しろ……女装だった。境はカンフー服だったのでまだいいが(でもこの衣装のキャラは女性なのだ)、リシャールは巫女服だった。
 リシャールは仮装などやりたくもなかったといった暗い顔だが、いつもこんな調子なので気にするほどのことでもない。スキあらば模造刀で境の尻をつついたりしているので、たぶん楽しんでいるのだろう。つつかれるたびに境は振り返り、扇でリシャールを叩こうと振り回していた。
「やあ! ビラは持ってるかい?」
「あー? なにー? なんだってー? ちょっとどいてくれ! 俺ァスタンプ集めに行かなきゃなんねーんだよっ!」
 冒険もできる考古学者に扮して、ビラや風船を配っているのは原貴志だ。彼はバタバタと全速力でパレードに近づいてきたエリック・レンツに、ビラを持って近づいたが、まるで会話が成り立たなかった。エリックはヘッドフォンでガンガンにボリュームを上げたロックを聴いているから。
 エリックが振りかざしたのは、まさしくウラがスタンプシートになっているパレードのビラだった。すでに数個のスタンプが押されている。
「ああ、ごめん。大きなお世話だったみたいだね」
 それでも貴志は、苦笑いしただけだった。
「スタァーンプッ! スタンプだ、ローラッ!」
 子供に囲まれ、スタンプを押しているのっぽのスケルトンがいる。エリックはバタバタと一直線に駆けていった。
「ふとっちょー、ふとっちょどこだ?」
 キョロキョロと太っちょ=ケイン・ザ・クラウンを探すアレグラ。縁はアレグラの手を離し、ゾンビからスタンプをもらっていた。真船が見ているので安心していたのだ。
「ふとっちょー! ……え?」
 アレグラの前に、不気味な面をかぶったニンジャらしき男が現れ、無言でパレードの進行方向に向かって指さした。
「ふとっちょ、あっち?」
 コクコクコク、と面の男は頷く。アレグラは例もそこそこに、なぜか生卵を振り回しながら、男が示した方向へ突っ走っていった。
 ソレを見送る男の不気味な面の内側から、サクサクムシャムシャと音がする。抱えていたポップコーンを食べているのだ。
 よく見れば、こんな風貌のニンジャが5人、パレードにまぎれていることがわかるだろう。彼らはケインの顔がプリントされた風船やら、ポップコーンやら、ラムネやらを手に、無言で大はしゃぎしている。5人は陰陽師蘆屋道満の部下だった。主の姿は見当たらない。彼らは最後の日々に、おこづかいと休みをもらって、パレードを楽しみに来ているのだった。
 アレグラを見送っていた面のひとりが、ン、とばかりに首を突き出す。
 奇妙なガスマスクを頭に載せた妙齢の女性が、コソコソ腰を屈め、アレグラのあとを尾けている。ニンジャはツンツンと仲間をつつき、無言で意思の疎通を行った。
 数十秒後。
「あの、ちょっと」
「うぉ、な、何者!」
「銀幕署の流鏑馬明日です。不審な人物がいるとの通報を受けまして――」
「不審!? 不審だと!? 私のどこが不審だというのだ!」
「まずお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「はいはい、大人しくするー」
 警備員の刀冴に肩をつかまれ、不審者とされた女はジタバタした。
 彼女が大教授ラーゴであり、アレグラの心配をしてもおかしくない存在であることがわかるまで、ややしばらく時間がかかった。
 パタパタ飛び回るブラックウッドの使い魔の姿もあったが、やはり彼の主人の姿も見当たらない。魔人が吐く炎にあやうく翼と大事なスタンプシートを焦がされそうになって、小さなコウモリは空中でバランスを崩した。
「うぎゅ!」
「おっと。大丈夫か?」
 使い魔は失速して落ちかけたところを、巨大なジャンガリアンハムスターに受け止めてもらえた。ソレはハムスターではなくてハムスターの着ぐるみだった。声はやけに太くシブい。使い魔はちょっとびっくりしてしまい、慌ててその手から飛び立った。
「逃げることはないだろう……まあいい。――こちら先頭集団のベネット・サイズモア。異常なし」
 シブい声のハムスターは、のしのしと無線で誰かとやり取りしながら歩いていくのだった。
「あら、騒がしいと思ったら……」
 リカ・ヴォリンスカヤは、仕事帰りに偶然パレードを見つけた。先頭集団はすでに遠く、音楽隊が目の前を通り過ぎていく。ちょっと調子はずれのマーチを奏でるのはほとんどがゾンビだったが、飛び入り参加の市民も一緒になって演奏していた。そんな飛び入りの中にはディズや大天狗の風轟がいた。風轟はなぜか法螺貝を吹き鳴らしていたので、マーチのおかしさに拍車がかかっている。
「あー、じいさん、その法螺貝ちょっと、ちょっとだけ自重してくんないかなー。なんつーか、合わない……」
 音楽にはこだわりがあるゆえに、オペラ座の怪人に扮したディズはとうとう風轟に注文を入れてしまった。彼の楽器はトランペットだから、どこのマーチにも胸を張って参加できる。
「ム? そうか? これならどうじゃ」
 風轟が取り出したのは尺八だった。ディズが言葉に詰まると、「ダメか。ならばこれはどうじゃ」と今度は篳篥を出す風轟。どうやら和楽器しか持っていないらしい。
 ディズは苦笑いして、かぶりを振った。
「まあ、いいか。楽器にはかわりないもんな」
「わっはっは、そうじゃ、それでよい。細かいことなど気にするな!」
「ただ法螺貝だけはカンベンしてくれよ」
 和のテイストが混じったマーチが、リカの前を通り過ぎていく。音楽隊の後ろに続いているのは、おいしそうな匂いのワゴン隊だった。
「ちょっと……、何してるのよ、あんたたち」
 かわいいカラーリングのワゴンを押しているのは、黒づくめの武装集団だ。ひとりだけ、森砂美月の手によってゴシック調のマントを着させられているが、それでもかたくなにガスマスクをかぶっている。美月によれば、ちゃんと顔にはゴシックメイクまでほどこしたそうなのだが、ソレを隠したいのかポリシーなのか、そのテロリストはガスマスクをかぶっているのだった。
 リカは呆れて吹き出してしまったが、彼らのワゴンはけっこう繁盛していたし、手伝っている者も何人もいるので、一概にバカにはできなかった。
「飲むか? ジェーブシュカ。1本500円だ」
 ストラは無表情でワゴンからウオッカの小瓶を取り出し、リカに見せる。
 が、そのウオッカはリカに渡ることなく、横から伸びてきた太い腕によってかっさらわれた。ジム・オーランドだ。ストラは空っぽになった右手を見てから、ジムを軽く睨みつけた。
「大男。貴様はソレで10本目だぞ」
「てめぇらの仕事を手伝ってやってんだろうが。飲んでるんじゃねぇ、配ってんだ」
 ヒック。
 語尾にそんな音が入っていたし、息もだいぶ酒臭かったので、彼は手伝うかたわら確実に飲んでいる。ストラの目つきがさらに険しくなったところへ、ギル・バッカスが割りこんできて、ストラの肩を叩いた。
「まあまあ、そう目くじら立てんな。どうせおめぇさんたちが『作った』酒なんだろ?」
 そういいながら彼も氷だらけのワゴンに手を突っ込み、ロシアン・スタンダードを1本取り出した。というか彼もだいぶ酒臭い。ストラの目がギロリと動いて、ギルを睨みつけた。
「大槍。貴様は3本目だ」
「俺は警備員なんだからよ。バイト代だ、バイト代」
「な!」
「な!」
 酔っぱらい戦士のジムとギルは赤い顔で意気投合している。ギルはともかく、ジムには連れがいたはずだが、はぐれてしまったのか、今はそばにいない。ストラは軽くため息をついた。もうそれ以上彼は酔っぱらいに文句をつけなかった。
 ギルの言うとおり、売り物のウオッカは『ハーメルン』が作り出したものだ。というのも、彼らには戦闘に必要な消耗品は無尽蔵に生み出せる能力があるからだ。彼らはウオッカも戦闘の必需品と見なしているらしい。ガスマスクは在庫の状況を確認しては、氷水の中にウオッカの小瓶を投げ込んでいる。
「なんだ、コレ原価ゼロなのか。そういうコトは先に言ってくれ。チマチマ節約してたのがバカみたいじゃないか」
 神凪華が氷水に手を突っ込み、ごっそりと数本のウオッカを奪っていく。
「おい、ソレは入れたばかりだ。まだ冷えてないぞ」
「いいんだよ、カクテルに使う」
 華はウオッカを自分が飲みたかったワケでも、客から注文されたワケでもなかった。自分でリキュールやジュースを持ち込み、ウオッカベースのカクテルにしていた。ウオッカは強いし、と敬遠していた客は喜んだ。
 ふと、華は「まだ冷えてない」と言ってきたガスマスクの左胸を見た。セルゲイ、という名前が刺繍されている。
「コレやるよ」
「自分にか?」
「こないだ、AKを借りパクしちまったからな」
 華は笑って、セルゲイにプレミアム・ウオッカ『ベルヴェドール』を押し付けた。
「おお……スパシーバ!」
「なんだその喜びよう。AKよりウオッカが好きか」
「なに、もうAKを使うこともないだろう? われわれは、明後日には――グフッ!?」
「どあっはっは! うわっはっは! うおっいてっ危ねっスマン」
 笑いながら踊っていた赤城竜が、セルゲイにまともにぶつかった。セルゲイは転んだが、もらったウオッカは意地でも離さなかった。
 赤城は自分が過去に演じた特撮悪役のスーツを着ている。最初はマスクもかぶって仮装パレードにまぎれていたが、そのうちハーメルンの仕事を手伝い始め、いまは酔っ払って迷惑をかけていた。スタンプの手がかりを求めてハーメルンに近づこうとしていたソルファは、そんな赤城に尻尾を踏まれかけた。寡黙な彼は驚くでもなく怒鳴るでもなく、尻尾が無事であることを確かめると、即座にその場から避難した。
「ぅーい、手伝いに来てやったぞー。スタンプ持ってるヤツぜんぜん見つからんしな。何かやることあるか?」
 青いアフロに青い全身タイツにトラ縞のパンツ――。どこからどう見ても節分の鬼という出で立ちで、桑島平が販売班のほうにやってきた。桑島の申し出を受け、ガスマスクがストラの横のほうを指差す。
「アレを何とかしてくれ。貴様の同志だろう」
「同志? ……だああ、赤城さん何してんすか!」
「だあっはっはっは! お前らも飲め、食えっ! なーにが明後日だ……だははは、明後日が何の日だってんだー!」
 桑島は慌てて赤城の背後から抱きつき、羽交い絞めにして連行した。赤城はもう誰に引きずられているのかもわかっていない。何しろウオッカとビールを何本飲んだか覚えていないのだから。
「じゃーなー! 楽しかったぞ、おめーら! あーりがとなー! わはははは、たーのしいなー!」
「どんだけ飲んだんだよ、赤城さん。ったく、もう……」
 体格のいい赤城を引きずるのはかなりの仕事で、桑島は赤城の言ったことにあまり気づかなかった。
 明後日――。
 今日は6月12日。
 明日は、最後の日。6月13日。
 そして明後日の6月14日には、『かれら』は、もういない――。
(ストラさんたち……結局、ノーマンさんたちとは仲が悪いままなのかなぁ……)
 コレット・アイロニーは、ストラからジュースを買い求めて、しゅんとしていた。ノーマン小隊がどこにいるのか、見つけたとしてもどう言えばいいのか、彼女にはわからない。ハーメルンはいつもどおりだ。もうすぐ最後の日であっても、コレットとは違って、「最後」を意識しているようには……見えなかった。
 もうすぐ、最後の日。
(ダメよ。こんなとき、そんなこと考えちゃ。笑顔でお別れするんでしょ?)
 ボルシチの鍋をかき回しながら、二階堂美樹は考えた。今日一日――いや、リオネによる最後の日の告知を受けてからずっと――何度同じことを考えたか、わからない。
 最後の日。
 彼女が、好きだったと気づいたムービースターは、一足先に消えてしまった。そして彼の面影を持つハーメルンのメンバーも、6月13日いっぱいで、全員消えてしまうのだ。
 パレードが止まった。
 こうしてパレードはちょくちょく進行を止め、先頭集団がちょっとしたサーカス芸を披露する。そしてその間、販売班も落ち着いて飲食物を売れるというわけだ。美樹が担当しているボルシチなどは、歩いている間は危なっかしいので販売を控えている。
「交代だ」
「ダ・ヤア」
 ボルシチの販売をしていたガスマスクと、スタンプ台を持っていたガスマスクが入れ替わった。片腕しかないガスマスクだ。
「あ、スミルノフ。お疲れ様! はい、これ」
 美樹はボルシチを一杯よそって、スミルノフの前に置いた。
「おお、ボルシチか。スパシーバ」
「ノルマ2杯だから」
「ノルマ? どうしてまた」
「アズ研で助けてくれたじゃない。お詫びで1杯、お礼で1杯よ」
「いや、そんな……」
「食べづらいなら手伝うから!」
 美樹は持ち場を離れ、スミルノフの顔からガスマスクを剥ぎ取った。どこからソレを見ていたのか、笛吹き男の仮装の小日向悟がサッと駆けつけ、ボルシチ係を引き継ぐ。
「ハーメルン特製ボルシチ、1杯300円ですよー。いらっしゃいませー」
 こなれた調子で呼び込みも行う。彼は実にいろんなところでバイトをしていたから、そんな俗っぽい呼び込みも妙に板についていた。
「おーソレうまそう……だけど、ハーメルン特製ってのが心配だな……」
「あ、須哉さん。いらっしゃい」
 ボルシチの鍋の前に立ったのは、須哉逢柝だ。片手にポップコーン、片手に飲み物で両手がふさがっている。腕にもビニール袋をいくつも提げていた。どれもワゴンで買った食べ物だ。
 彼女の後ろには、ニワトリを連れた須哉久巳が立っている。彼女は紙コップ入りのカクテルを持っているだけで、バッグも持たず、ほとんど手ぶらに近い。買い物も荷物持ちも、全部逢柝に丸投げしているのだ。
「味のほうも問題ありません。ここだけの話、主に作ったのは二階堂さんで、ハーメルンの皆さんは材料を切っただけですから。隠し味にウオッカが入ってるけど」
「何が何でも買わせたいみたいだなー、もー」
「お持ち帰りもできますよ。……フタつけて、ラップとゴムでしっかり固定しときますから。何ならビニール袋、ひとつにまとめましょうか?」
「しかも商売もうめーし!」
「酒が入ってるんだろ? なら買わない手はないな。にいさん、二人前。……悪い、デカいのしかなくて」
「ありがとうございます! 1万円入りまーす!」
「ダ・ヤア!」
 後ろで立っていただけだった久巳が、ジーンズのポケットから小さく折りたたまれた万札を出した。逢柝はぎょっとして、思わず久巳のために場所を開ける。
 悟が手際よく密閉してから袋に入れたボルシチを、受け取ったのは久巳だった。
「さてと……あたしはもう1杯飲むか」
「どんだけ酒好きなんだよ! ソレ何杯目だと思ってんだ?」
「カクテルなんてジュースだよ、ジュース。最後の1杯はウオッカといくかね」
 逢柝が制止のために伸ばした手は、むなしく空をかいた。久巳はツカツカとストラが押すワゴンに向かっていく。
 久巳が向かう先は、大変な騒ぎになっていた。酒が絡むと人間は変わるものだ。
「ちょっとぉぉぉ〜、い〜じぁないのよぉぉぉ〜、しやしんよぉ? しやしんいちまいとらせろっつってるだけなのよぉ〜」
「ノル・ニェ」
「だぁかぁらぁ、ぬぁぁぁんでよぉぉぉ〜」
「気分の問題だ」
 もはや普段の姿は見る影もないが、ストラに絡んでいるのは香玖耶・アリシエートなのだ。香玖耶はピエロの格好にストラの顔を模したお面をかぶっている。けっこうよくできたお面だった。香玖耶はそれをかぶってWストラな記念写真を写したがっているのだが、ストラは無表情のまま同じ返答を繰り返していた。ノル・ニェ、「だが断る」と。
「カ、カグヤ……ちょっとこっちに……」
「はぁぁなしなさいよぉぉぉ〜! どぉこさわってんのよぉぉぉ〜!」
 香玖耶の連れは――というよりも今は「付き添い」と言ったほうがいいだろう――シグルス・グラムナートだった。彼は香玖耶が酔っ払う前からカメラを預けられ、もっぱら楽しげな彼女が望む場所で写真を撮り続けていた。彼がちょっと目を離したスキに香玖耶はストラのワゴンの底のほうに沈んでいた「すげえウオッカ」を見つけ、即座に酔っ払ってしまったのである。
「うぎゅ〜〜〜。たーのしーぃ。うへへへへ……」
「……」
 シグルスは香玖耶の顔からストラのお面をちょっとズラした。香玖耶はこれ以上ないくらい幸せそうな笑顔だ。
「……なあ、俺からも頼む。この顔、撮っときたいからさ。写真見りゃ、こいつも反省するだろ」
「……把握した。撮影を許可する」
「ありがとう」
「え? え? いいの? ちょっとぉ、わたしがいくらたのんでもことわってたクセにぃ、なんでぇ、シヴがたのんだらぁ〜〜〜」
「黙れ。レンズを見ろ」
「いくぞー、って!?」
「なはははは、ノリ悪いアルよーっ!」
 香玖耶とストラのツーショット場面に、ノリの妖精が割り込んだ!
 いきなり十数人に増殖したノリン提督は、仏頂面のストラの両手を上げ、ほっぺたを引っ張り、シグルスからカメラを奪ってすばやくシャッターを押した。
 ストラは一瞬で修羅のような形相になった。何か叫んだがハーメルン語だったので、ビビッたのはガスマスクたちだけだ。だがたぶんものすごく怒っているのだろう。彼は意外と沸点が低い。
 顔にくっついたノリン提督を引き剥がし、両腕にしがみついたノリン提督をぶっ飛ばした。
「うにゃー!」
「うきゃー!」
「なははははは!」
 クモの子を散らすようにノリン提督集団は散り散りになり、パレードの中に紛れ込んでいった。誰かの悲鳴が聞こえてきた。新たな被害者が出たのだろう。
「災難だったな」
 大きくため息をついて平静を取り戻したストラに、ぬっ、と香港ドルが突き出される。
 ストラがしかめっ面で見慣れない札を受け取る前では、ユージン・ウォンがワゴンの中の氷をかき分けていた。氷水の中の売り物を見て、今度はウォンが顔をしかめる。
「ウオッカしかないのか。どういうことだ」
「ビールもあるが」
「フン。まあいい、強い酒が飲みたかったところだ」
 ウォンは結局ロシアン・スタンダードを取ると、フタを開けた。
「手伝いの人間すら仮装しているというのに、おまえたちは普段着か。ノリが悪いと言われても仕方がないな」
「……」
「イヌの着ぐるみなぞ、どうだ」
 さすがにカチンと来たのか、ストラが顔を上げてウォンを睨みつけた。が、その瞬間、彼の頭上にネコ耳が出現した。
「え!?」
「あ!?」
「いやー、こういう展開になるんだったらやっぱりイヌ耳にしとくんだったかな」
 呆気に取られるガスマスク。ストラの背後では嬉しそうなエドガー・ウォレス。彼の同僚のレオンハルト・ローゼルベルガーも、頭にウサ耳カチューシャをつけられて渋い顔をしている。彼はエドガーやストラと目を合わせようともせず、ワゴンの中の氷をかき回していた。
「売り物が酒ばかりではないか。未成年への配慮が足りていない」
 彼はウサ耳つきの無表情で、ストラの横のガスマスクに文句をつけた。いや、彼は警官だったので、注意をしたと言うべきだろうか。ガスマスクは何も言わず、じっとレオンハルトを見つめ返すだけだ。
 レオンハルトの眼鏡がキラリと光った。
「……笑ったな」
「は!? と、とんでもない」
「笑っただろう」
 ゴゴゴゴゴゴゴ。
 レオンハルトの背後に紅蓮の炎と三対の翼が出現したようだった。
「ほらほら、レオン。こんな日に何をそんなに怒っているんだ。ストラだっておとなしくネコ耳をつけてくれてるんだから」
 エドガーが呑気に指し示したストラは、怒りを通り越してしまったのか、ネコ耳をつけたまま無表情で接客している。「お似合いだぞ」と一言告げたウォンには、ものすごい目つきの一瞥をくれていた。
「あ、いたいた。ぽよんす、すと、ら……」
 スタンプ集めに精を出す子供のひとりに、太助がいた。彼はストラにスタンプシートを見せようとして凍りつく。ネコ耳カチューシャをつけて、今にもその辺で銃乱射テロを起こしそうな形相だ。
「フフ、銀幕ジャーナルでお噂はかねがね。しかし、思っていたよりも……ずっと陽気な方でいらっしゃったのですねえ」
 状況を知らないのか単に空気が読めていないのか、鬼灯柘榴がストラに声をかけ、500円を彼の前に置き、ウオッカのビンをワゴンから取り出す。彼女はストラのネコ耳を見てクスクス笑った。何気に、彼女が連れてきていた異形の鬼――使鬼を見て、ストラの後ろで美月が卒倒しかけていたが、彼女にマントを着せられたガスマスクがすんでのところで抱きとめていた。そしてそのガスマスクは、たちまち同志から小突かれていた。たぶん全員、ガスマスクの下でニヤニヤしている。
 柘榴の言葉を受けたストラの額に、ピキッと稲妻が走った。
 ストラと何度も接したことのある太助だったので、彼はそんな状態のストラではなく、狙撃銃を背負ったガスマスクに矛先を向けた。あのストラに話しかけても、ワケのわからない宇宙語で怒鳴られるか、殺されて帽子にされるかだ。
「ぽよんす、どらぐのふ」
「おお、タヌキ。何の用だ」
「ハーメルンの中にスタンプ持ってるヤツぜったいいると思ってさー」
「ハハ、鋭いな。確かに交代で1名がスタンプ係を務めている。さっきスミルノフがヘッケラーと交代していた」
「ヘッケラーか! さぶましんがんもったヤツだよな。すぱしーば!」
 シートを口にくわえ、四本足で走っていく子ダヌキ。その姿を、ひと組の老夫婦が温かい目で見守っていた。
 そのヘッケラーは、販売班の最後尾でスタンプラリー参加者に囲まれていた。ガスマスクなので表情も伝わらず、ただ黙々と機械的にシートにスタンプを押している。
「おーい、ガスマスク」
 子供たちの間から、レイがスタンプシートを突き出しながら声を上げた。
「コーディ――しゃべるイルカ見なかったか?」
「五分前にスタンプを押したな」
 レイのシートにもスタンプを押して、テロリストが答える。
「どこ行った?」
「しゃべるウサギと妖精を乗せて前方へ飛んでいってしまった」
「なにー。クソ、酒なんか飲むんじゃなかった。センサーの反応把握しきれねえ」
「図体の大きい賞金稼ぎがいただろう。アイツも貴様の連れではないのか」
「ジムのことか? アイツはいいんだよ、どうせ酒のそばにいるだろ」
「そろそろ連れ出したほうがよさそうだぞ。だいぶ飲んでいるそうだ」
「……了解」
 レイは軽く敬礼して肩をすくめ、人ごみの中に引っ込んだ。
「すごいなー、誰がどこにいるかわかるんですか?」
 ビラ配りを手伝っていた日向峰夜月が、ヘッケラーに声をかける。最初はスタンプを集めようとしていたのだが、あまりの人の多さとスタンプ探しの難易度の高さにすぐあきらめ、スタッフの手伝いをすることにしたのだ。
「警備班とわれわれ『ハーメルン』が把握している範囲内ならば。……貴様も誰か探しているのか?」
「うーん、いや……妹を見かけた気がしたんだ」
「特徴は」
「いえいえ、いいです。気のせいかもしれないし」
 断りはしたものの、妹の来夢のことになると夜月は心配性になる。ビラの束を抱えながら、キョロキョロと人ごみの中に妹の顔を探すのだった。
 夜も深まっているというのに、人の数は、増えるいっぽうだ。
 スタンプラリーと、景品とシートを交換してくれるという「しましまおじさん」探しには、いよいよ熱が入ってきている。


「しましまちゃーん! しましまちゃん、どこー!? しましまちゃん知りませんかー!」
 スタンプを集めているのはやはり子供や若者が中心だが、タダでものがもらえるとなるとおばちゃんが黙っていられるハズもない。佐藤きよ江は集まる視線などものともせず、半分以上スタンプが埋まったシートを手に、しましまおじさんを探している。その方法は、大声で叫び倒すこと。恥ずかしさにさえ耐えられるのならば手堅い策だ。
「……あ!」
 だが、誰かが応えてくれるよりも先に、きよ江は「しましまおじさん」と書かれたゼッケンを発見した。おばちゃんは女子供や青年を撥ね飛ばしながら突進し、しましまおじさんに全身でぶつかっていった。
「見つけたわよーっ!」
「べ!?」
 しましまおじさん……というわりにはその人物は黒づくめだったし、上げた悲鳴は少年のモノだった。きよ江の体当たりに耐えられず、あっさり吹っ飛ぶしましまおじさん。……じゃ、ない!
「引っかかりましたね」
「えっ? ハズレ? ニセモノ? ど、どういうことなのっ?」
「はい、ハズレでございます」
 ニセしましまおじさんとまったく同じ風貌の人物が、冷静にきよ江に告げる。きよ江の下敷きになって白目をむいているのは、クラスメイトPだった。よく見ればゼッケンに書かれているのは「しましまおじさん」ではなく「LまLまおじさん」ではないか。
 クラスメイトPは、黒孤から衣装を借りていたのだ。
「キイイイ! ソレにぜんぜんしましまじゃないじゃない! おばちゃんだまされたわ。見事にだまされたわっ!」
「たったお一人とはいえ、その目を欺けた……クラスメイトP様もさぞかし御本望でございましょう」
 おばちゃんはハンカチを噛み、悔し涙を流しながら走り去った。クラスメイトPはのびたままだ。黒孤はひらひらと指を動かしながら、Pの顔を覗きこむ。のびている……かと思いきや、かろうじて意識はあるようで、彼はちょっとだけ笑っていた。
「ふふ……本望……ほんとに本望です……黒孤さんと……ねんがんの……おそろいだー……」
 黒孤は黙って、Pを助け起こした。
「あれ? あれれれ、あははっ、動かなくなっちゃったよー? あははは、死んじゃった? お人形さん死んじゃった? きゃはははは、死んじゃったーっ!」
 黒孤とPのそばで、湯森奏が奇声を上げる。彼女の手で、「ハーメルンの笛吹き人形」が何体もわしづかまれていた。中にはガスマスクをかぶった「笛吹き」もいるようだが、たぶんご愛嬌だろう。黒孤が操り、パレードに参加させていた操り人形たちだった。
「わたくしとしたことが……人形繰りをおろそかにしてしまうとは。お嬢様。そちらの人形は貴方様に差し上げましょう。もはやわたくしの手を離れてしまったモノにございますゆえ」
「え? いいの? あはははは、わーいっ! スタンプよりこっちのほうがいいやー!」
 笛吹き人形を抱きかかえて、どこへでもなく突っ走っていく奏。そんな彼女にぶつかりそうになって、鳩頭の男――小嶋雄が悲鳴を上げて身をひるがえした。
「ウヒョエエエーッ!」
 しかし、奏をかわしたばかりに、彼は別の人間にぶつかってしまった。
「クルックーーーッ!? すすすすいませ……」
 ぶつかった人に慌てて謝ろうとしたら、ソレは……パーカーのフードをすっぽりかぶった、血の匂いを放つ殺人鬼だった。ジェイク・ダーナーだ。
「ヒャワワワワワ!! すみませんすみませんスミマセン! こここコレ差し上げますから命だけは! 命だけわぁぁ!」
「……」
 ジェイクは無言で、小嶋の顔に手を伸ばし、顔の羽毛を引っ張った。スタンプシートを差し出していた小嶋は、あえなくショックで気絶した。
「……、被り物じゃなかったのか、コレ……。……なんだ、死んじまったのか……? ……悪いことしたな」
 小嶋のスタンプは15個も集まっていた。こんな努力の結晶をもらうのは悪いと、ジェイクはそのシートを小嶋の懐に突っ込む。そして、目を回した小嶋を軽々と担ぎ上げ、その辺を歩いていたサーカス団副団長のズミズに、「死人が出た」と言って引き渡した。もちろん小嶋は死んでないのだが、のちに目覚めたとき、救護係の看護婦ゾンビと半魚人医師に囲まれていたため、また気絶することになる。
 ゾンビに運ばれていく小嶋を見たのは、運の悪いことに、秋津戒斗だった。
「なぁ……やっぱこのサーカスヤバいって。いまケガ人が運ばれてったぞ」
 彼はケインのサーカスにはいい思い出がないので、最初から警戒している。案の定、「パレードの闇」を見つけることになったので、彼はしかめっ面で七海遥に言いつけた。
「えー、ウソ? 転んじゃった人じゃないの? ほらほら、カイちゃんもしっかり歩かないと転んじゃうよ。転んじゃったらまた誘拐されちゃうんだからっ」
 が、だいぶ天然気味の遥が、戒斗の心配を鵜呑みにするハズもなく、彼女は相変わらずちょっとズレたことを言いながら戒斗の手を握った。
「なんだそりゃ……! って、やめろ手なんかつながなくたって大丈夫だよっ!」
 当然その手を振り払う戒斗。
「ダメー! 絶対ダメ、今度こそカイちゃんの手をはなさないんだからー!」
「やめろっつてんだろマジでヤダってホント!」
 カラテやレスリングの試合開始直後のような手のやり取りが、仲の良いいとこ同士の間で繰り広げられた。そんなふたりの足元を、異臭を放つゾンビ犬が突っ走っていく。
「おーい! ちょっと待って、誰か捕まえてー!」
 血相を変えたレオ・ガレジスタが、ゾンビ犬のあとを追いかける。
 レオが期待していた通り、ゾンビ動物とのプチふれあいコーナーがパレードの中にもあったのだ。そこで紀州犬サイズのゾンビ犬を見つけて抱き上げたのだが、急に暴れられて逃がしてしまった。
「おーい、待ってー! 待ってくれー! お……」
「勇者ッビィィ――――ムッ!!」
 ビシャーン!!
 唐突にビームが飛んできて、ゾンビ犬がフッ飛んだ。フッ飛んだゾンビ犬はちょうどレオの胸の中に飛び込んできた。
「あ……あー……真っ黒コゲだ……」
「あ、あら。すみません、この平和を乱すモンスターが突っ込んできたのだと思って。サーカス団のワンちゃんだったんですね……」
 すごい勢いでテンションが下がるレオ。すごい勢いでペコペコする鈴木菜穂子。ビームは彼女が放ったのだ。パレードの警備にあたっていたので、ちょっとした騒ぎにも過敏になってしまっていた。
 が、幸い、ゾンビ犬はとっくに死んでいるのでタフだった。黒コゲになってしまったものの、レオの腕の中でパチリと腐った目を開く。
「あ……」
「よかったぁ」
 ホッとして微笑むふたりの視界が、フッと暗くなった。見上げてみれば、メタリック・ブルーのイルカが頭上を泳いでいるところだった。
「わぁーい、楽しイのよねーっ」
「きゃははは、わーいっ!」
「ちょっとふたりとも、もう少し優雅にできないの?」
 イルカのコーディの背には、聖なるゴシックウサギのレモンと、今夜限りは「ゴシック妖精」のリャナが乗っている。リャナは当初はレモンの教えどおり優雅にふるまっていたのだが、ワゴンでこっそり飲んだウオッカとカクテルのおかげで、すっかりいつもどおりの、ちょっと残念な脳天気に戻ってしまっていた。
「フン、まあいいわ。スタンプも順調に集まってることだし。やっぱり上空から探すのは正解だったわね!」
 レモンはカクテルを片手にふんぞり返る。
 彼女のように、高みからスタンプを探す作戦に出た者は他にもいた。
 ワイヤーを駆使し、某蜘蛛男のように縦横無尽にパレードの頭上を飛び回る怪盗紳士――真山壱。
 梛織を肩車して、四本の巨大な脚でパレードをまたぎながら歩くミリオル。
 パレードに混じる人々も、パレードを目指す人々も、彼らを見て顔を輝かせた。彼らは彼らでスタンプを探しているだけなのに、パレードの一部になってしまっている。
「やあ、スタンプ集まってるかい?」
 壱はひらりと街灯からぶら下がって、ミリオルと梛織に話しかけた。彼は子供の歓声を聞くとついついお菓子をまいたり花をまいたりのパフォーマンスを始めてしまうので、結局あまりスタンプが集まっていないのだ。
「ミリオルのおかげでわりといい調子……かな。俺はね」
「肝心のミリオル君は――」
「あ、梛織! アレ見てアレ! ピエロが何かやってるよー」
「お、ちょっと、急に発進すんな!」
「爆発! あいつ爆発するんでしょ、見たいんだよー!」
 ミリオルのスタンプのほうはというと、梛織の半分も集まっていなかった。梛織が買ってやったお菓子やジュースを食べたり、サーカス芸に夢中になったりしているからだ。
「そ、そんじゃま、あんたも頑張れよー」
 見る見るうちに遠ざかっていく壱に向かって、梛織は手を振る。
 ひらり、と壱はマントをひらめかせ、闇か人ごみの中にまぎれていった。
 パレードは止まったり進んだりを繰り返しながら、ミッドタウンの真っ只中へと入っていた。
 まだ幼い成瀬沙紀にとって、こんな遅い時間に、こんな繁華街の真ん中にやって来るのは、珍しいことだった。路地に入れば居酒屋やスナックがまだ営業しているが、ミッドタウンの主な通りはすっかり寝静まっている。
 沙紀は眠い目をこすりながら、サーカス団員が繰り出す大道芸を見ていた。「サーカスショーはない」とケインは言っていたが、彼はときどきグロく爆発してはすぐに復活していたし、ものすごい形相のモンスターが唐突に現れては火の輪をくぐったりしているし、充分刺激的なショーではないか。見られないのは、空中ブランコや巨大トランポリンや綱渡りなど、大がかりなセットが必要なモノだけだ。爆発音が響くたび、沙紀の眠気は吹っ飛んだ。
 それでも、深夜も12時をまわってしまうと、ほとんど歩きながら眠っている状態になってしまった。
「おっと……。保護者が見当たらないな。ひとりでここに来ているのだろうか」
 年甲斐もなく一生懸命スタンプを探していた犬神警部が、ムニャムニャ歩いている沙紀を見つけた。
「うーん……パパ?」
 目をこすりながら、沙紀が手を伸ばす。犬神警部はちょっと迷ったが、その手を取って歩き出した。沙紀が握りしめているスタンプシートは、まだ5個しかスタンプが集まっていない。犬神警部は自分のシート――足で稼いだ13個のスタンプと見比べ、ソッと沙紀のシートとすりかえた。
 ボフーッ、と魔人が吐く炎が闇を焦がす。
 ヨタヨタとおぼつかない足取りで歩いているのに、サーカスのゾンビのジャグリングは延々と続いている。
 真夜中に、子供たちの歓声が響いていた。人海戦術が功を奏したのか、マイク・ランバスが引率する子供たちは、17個ものスタンプを集めていた。
「すごいやないの、17個? リガはんも17個やったわ。んー、うちと一緒にまわっとんのに、なんでこんなに差が出るんやろ」
 マイクが連れている子供たちにスタンプシートを見せてもらって、花咲杏は苦笑いだ。彼女はリゲイル・ジブリールと藤、そして昇太郎とミケランジェロのコンビと一緒のグループでスタンプを集めていた。リゲイルは要領がいいのか、ガンガン順調にスタンプをゲットしている。杏や藤は……ちょっと挙動不審な昇太郎の世話を焼いたり突っ込んだりしているうちに、いつの間にかスタンプを逃してしまっているようだ。さらには一度昇太郎は一行とはぐれてしまったので、ミケランジェロと杏が探しに行った小事件も起きている。
「おまえ、いくつだよ。何千歳レベルなんだろ。もーちょっと落ち着け」
「『しましまおじさん』探しとるんじゃ。集めるだけじゃあ意味がないけんの」
「それはまあそうだが……さっきより人が増えてるし、今度迷子になられたらもう見つけられる自信ねェぞ」
 めんどくさげに言い捨てたミケランジェロは、昇太郎のスタンプシートを見て、ん、と眉をひそめる。はぐれる前に見たシートよりも明らかに数が増えていた。
「……人が心配して探し回ってるときに、おまえ、スタンプ増やしやがって! 12個もあンじゃねェか!」
「痛! いきなり何すんじゃ!」
「はは、あんたらほんまに仲ええんやねぇ」
「おいおい、ケンカするなよ。警備員が飛んでくるぜ――」
 般若面の奥で藤が笑う。と、そんな彼の言葉は唐突に途切れた。警備員が本当にやってきたからだ。とは言っても、偶然通りがかっただけのようだったが――藤がよく知っている顔だった。
「よう、京秋」
「おや。奇遇だね」
 モノクルをかけた細身の紳士は、般若面のアヤカシに向かっておだやかに微笑んだ。彼の後ろでは、三対の白い翼を生やした少女が、楽しげにはしゃいでいた。ぼろぼろの囚人服を着たスケルトンから、スタンプをもらっている。そんな彼女の片手は、京秋のベストの裾をしっかり掴んでいるのだった。
「いつの間に娘なんかできたんだ?」
 藤は面の中で軽く笑った。
「いや、この子はただ、私についてくるだけなのだよ」
「そうは見えねえが」
「事実だ」
「名前は?」
「アンジェという」
「服の裾なんかつかませないで、しっかり手を握っててやればいいだろうが」
「フム。いや、しかし」
「秋!ね、あっちに行こ!」
 アンジェは京秋のベストを引っ張り、藤の後ろへ走ろうとしていた。
 京秋と藤は、それきり別れた。
 アンジェの歓声と、マイク・ランバスが連れている子供たちの声が重なる。
「ヨロイがスタンプ持ってんだよ!」
「うん、ヨロイ!」
「さまようヨロイ!」
「ほら、アイツだよ!」
 子供たちにヒントを与えられて、リゲイルは振り返った。
 まさしく数メートルほど先を、重々しい音を立てながら、西洋の甲冑が歩いている。
「ありがとう! 行ってみるね」
 子供たちと別れようとしたところで、マイクが苦笑いした。
「ちょっと難易度が高いですよ」
「え?」
「はい?」
「よーし、突撃っ!」
 昇太郎と杏が思わず聞き返している間に、リゲイルは鎧に向かって突っ走り、……そして凍りついた。
 鎧は身長が2メートル以上あり、スタンプは兜の目出し孔の間に挟まっていた。そのうえ、リゲイルが駆け寄ると、甲冑は自分の首を――というかフルフェイスの兜を外して、ヒョイと高く掲げてしまったのだ。もちろん中の人などいなかった。
「あぁあ、いぢわる! スタンプくださいっ、おねがいですっ」
 まるで背が届かず、リゲイルはピョンピョン飛んだ。甲冑は右手から左手へ兜を投げたり、バスケットボールよろしくクルクル回したりして遊んでいる。昇太郎と杏とミケランジェロが駆けつけ、手を伸ばしかけた。そのときだ。
「おっと失礼、足が滑った」
 どこからともなく謎のマントの男が飛んできて、スタンプ入りの兜を軽やかに蹴り飛ばしていった。声はヘンリー・ローズウッドのモノによく似ていたが――リゲイルたちは大声を上げて兜が飛んでいく方向を見ていたので、マントの男の顔などよく見ていなかった。
「スタンプー!」
 孤を描いて落ちていく鋼の兜。リゲイルたちと甲冑は、慌てて放物線が落ちるところ目がけて突っ走る。
 そこへ、横合いからものすごい勢いで走ってきた玄兎が突っ込んで、衝突事故が起きた。彼はただ単にテンションが上がりすぎてしまって暴走していただけだったが、玄兎は晦の腕を引っ張って連れ回していたので、被害は大きい。
「どわー!」
「キャー!」
「あらららら」
「痛ァ!」
「何じゃー!?」
「サーカス組3班付近で転倒事故発生しました! 至急応援を!」
 一体どこから見ていたのだろう、山砥範子が眼鏡を光らせ、すばやく現場に駆けつけた。彼女の処置は適切だったし、一番下敷きになったのが例の甲冑だったため、幸いいますぐ手当てが必要なほどのケガ人は出なかった。
「あ、あいたた……おい、大丈夫か? いや、すまんかったわ」
「うぎゅう……」
「ふみゃあ……」
 晦は範子の介抱を受けるよりも先にショックから立ち直り、目を回しているリゲイルや杏に詫びたが、ソレが伝わっているとは思えなかった。杏などにいたっては五股の尾の猫に姿が変わってしまっている。
「うー、イデデデデ。大クラッシュしちまったーい」
「こりゃ!」
「あたー!?」
 ズレたウサ耳帽子を直し、玄兎が起き上がった。彼がさすっている頭を、晦が漫才のツッコミばりの速さで引っぱたく。
「見てみい、われがいきなり突っ走るから事故が起きてもうたやないけ!」
「ばっ、ンなこと言ったってしゃーねーだろ! 早くスタンプ集めねーとパレード終わっちまうやないけ!」
「スタンプ!」
 玄兎の言葉を聞いて、昇太郎が身体を起こした。が、すかさず範子に押さえつけられた。
「失礼。貴方は頭を打っておいでですので」
「は、離しとくれ。スタンプを追わんとあかんのじゃ……!」
 昇太郎はジタバタしたが、範子はビクともしなかった。この女性、タダの派遣社員では……ない。
 して、飛んでいった兜(とスタンプ)のほうはと言えば――
「ぅぬぁ!」
 岡田剣之進の額を直撃して一度バウンドし、
「お」
 ベルが偶然受け止めていた。
「なにー、空からスタンプが降ってきただと」
 横を歩いていたセバスチャン・スワンボートと朝霞須美が目を丸くする。目出し孔に挟まっていたスタンプを、ベルは無表情で抜き取った。
「でも、セバンさんのところに降ってきたんじゃなくてよかったわ」
「どういう意味だ、ソレ」
「べ、べつにセバンさんがニブいって言ってるワケじゃないのよ。ベルはその、反射神経が人よりずっといいから受けとめられたの」
「ふたりとも、スタンプ押さないのー?」
 ベルは兜をスッポリかぶり、スタンプを差し出して、キョトンとした。セバスチャンと須美が微妙な表情でうつむいていたから。
 ふたりが何も言わなくなってしまったので、ベルはふたりのシートにスタンプを押した。
「あ、スタンプ! こわい人じゃなくてよかった。ちょうだい」
 スタンプを持っていたばかりに、サーカス団員と間違われたようだ。ベルのところに、銀髪の女性が寄ってきて、シートを差し出した。
「僕、係のひとじゃーないんだけどー……ま、いっかー」
「ありがとう」
 ベルは女性のシートに、ポンとスタンプを押した。女性は嬉しそうに顔をほころばせたが、すぐにコロリと顔色を変えて、キョロキョロしだした。
「ルーチェ……? お母さん……? え、どこ……?」
 見た目は20代半ばを過ぎた美女なのに、彼女は子供のようにオロオロしていた。
 ベルがなすすべもなくキョトンとしていると、人ごみをかき分け、小柄な少女が駆け寄ってきた。
「アルト!」
「あ、お母さん!」
「もう、ひとりで行っちゃダメじゃない。もっとゆっくり歩こうねって、言ったでしょ?」
 どう見ても肉体が逆転しているとしか思えない。アルトに母親と呼ばれるルーチェは、ほんの7歳くらいだ。腰に手を当てて叱るルーチェの前で、アルトはしょんぼりしていた。
「ごめんなさい。ちゃんと手をつなぐから……」
「そうね。ソレなら、もう大丈夫」
 ルーチェはやさしく微笑んで、アルトと手をつないだ。
「スタンプ、ありがとう。お礼にコレ」
「ん?」
 ルーチェはポシェットからアメ玉を取り出し、ベルに渡した。母子は手を振って去っていく。
 セバスチャンと須美は、一部始終を見ていた。ベルから目を離したら、あの母子のようにはぐれてしまうから。しかしいつしか、ベルではなくて、アルトとルーチェのつながる手を見ていた。
 それから、セバスチャンと須美は、自分の片手を見た。その片手の向こう側には、すぐそばで立ちつくす者の片手がある。
 ふたりはほとんど同時に顔を見合わせていた。
 お互いが同じことを考えているのがわかって、言葉をなくしてしまった。
「う、ぅぅぅぅぐ……つぅぅぅぅ……」
 背後でセバスチャンと須美がそんな何ともいえない雰囲気になっているのを知らず、剣之進は額からダラダラ血を流しながらうつむいていた。
「だ、大丈夫かい。サムライさん」
 抱えていた息子を下ろし、ギリアム・フーパーが剣之進の顔を覗きこんだ。
「な、何のこれしき……よもや、通りすがったおなごの横顔のあまりの美しさに見とれ、声をかけようかかけまいかと迷ったゆえ、迫り来る鉄塊に気づかなかったとはとても申し開きできぬ……」
「オーライ、そういう事情か。いやわかる、わかるよ。サムライもアメリカ人とそう変わらないんだな」
 ギリアムは息子の手を引き、剣之進に付き添って、救護班を探した。
 銀幕市のおなごを話題とした異文化交流をはかりながら。


「さて、目下問題は『しましまおじさん』だ」
「まったくです」
 ある程度スタンプが集まったシートを手に、メルヴィン・ザ・グラファイトとファレル・クロスは、さっきからずっと『しましまおじさん』を探していた。
 パレードには参加者や客が増え、誰が変身したものか、誰が放ったものなのかわからない幻獣やモンスターが頭上を行き交って、真っ昼間のようなにぎわいを見せている。スタンプ集めに奔走する者が手にしているビラが、花びらや蝶のようにそこかしこでひらめいていた。
「めぇぇぇ、楽しいですか?」
 子供たちとビラのはためきに囲まれたピンクの羊が、嬉しそうに声を上げている。もこもこの羊毛を子供たちに撫でられ、背中に乗られ、とことこ歩いていた。
「ひつじしゃん、しましまおじしゃんしらない?」
「しましまおじさんさがしてるの」
「めぇ……?」
 羊と子供たちが、ファレルの横を通り過ぎていった。
「思っていたとおりです。スタンプよりも、『しましまおじさん』とやらを探すほうが難しくなった」
「確かに。しかし、それでもスタンプを20種類集めるほうが至難の業だとは思うがね。だが逆にうまくできていると考えてもいいのではないだろうか。パレードが始まったばかりの頃は、確かに『しましまおじさん』を見つけるのは容易かったかもしれない。しかし、その時点ではまだ集めたスタンプの数などたかが知れているだろうからね」
「『しましまおじさん』とやらの存在が曖昧すぎます。何の手がかりもないと言っていい」
「そうでもない。見たところ、対象年齢は高くない催しだ。『しましまおじさん』という名前で、子供たちが容易にソレだとあたりをつけられる存在にしなければ」
「では、その名のとおりであると?」
「そう。しましまなのだよ」
 スタンプラリーの参加者は、メルヴィンの言うとおり、子供や若者が圧倒的に多い。そろそろ疲れを感じて、帰る頃合を見計らっているところだろうか。メルヴィンの視界の中で、若い彼らはみんな、誰かを探しているのだった。
「もうひとつ、可能性があるな」
「え?」
「『しましまおじさん』は、いなかったのだよ。大勢が、ある程度スタンプを集められるまで……どこかで控えていたのだ。だから、まだ誰も、彼に辿り着いていない……」
 メルヴィンとファレルの横を、小さな男の子と10代の少女が駆けていく。一見して、かれらは兄弟ではなかった。少女を引っ張っているのは、はるかに年下であろう男の子。男の子が走ったあとに、ポロポロと小さくてきれいなアメ玉が落ちていった。
 きっとかれらも、しましまおじさんを探しているのだろう。
 そしてメルヴィンの読みどおり、サーカス芸を披露しながら進む先頭集団に、どこからともなく現れた「おじさん」が……ひとり、加わった。ソレに最初に気づいたのは、佐々原栞だった。
「親分……」
「おう、栞か。お前のシートはどないなっとる」
「……もってない。集めてないもん、スタンプ。わたし、けいびいん」
「そうか。ご苦労さんやな」
 大きな手が、栞の頭をわしわし撫でた。栞は撫でられるのが嫌いだったので、むうとちょっとだけ口を尖らせたが、その手を振り払いもせずにおとなしくしていた。
「……親分」
「ん?」
「……しましま……」
 栞の呟きに、竹川導次がニイと笑った。彼はいつもよりもコントラストがくっきりした縞スーツを着ていた。傍らには、ゼブラ柄のワゴンを押す手下がひとり。
 魔人がひときわ強く火を吹いた。「しましまおじさん」の到来を告げるかのように。その炎と、炎の向こうで玉乗りしているケインを見て、栞はまた呟いた。
「またサーカスできて……よかったね」
「せやな」
「でももう……おしまい」
「ああ」
 栞はケインを見たまま手を伸ばして、ドウジの手を掴んだ。
 彼女は怨霊だったから、たいへんな力だ。ドウジは顔をしかめたが、そのままにしてやった。彼女から誰かと手をつなごうとするなど、めったにないことだったから。
「やあ。やっと見つけたよ、しましまおじさん」
 ドウジがその声に振り向くと、吾妻宗主とモミジが、嬉しそうに笑いながら立っていた。


「みーつーけーたー……!」
 水瀬双葉が見つけたのは、スタンプ係でもしましまおじさんでもない。
 警備中のサマリスだった。双葉はひたすらサマリスを探していただけで、スタンプも集めていないし、移動販売店にも寄っていない。やっと見つけた戦闘ロボットに、双葉は走り寄って、抱きついた。
「見つけたっ、サマリスさん! やっぱり警備員やってたんだねっ」
「ああ、水瀬様」
 サマリスはロボットで、声も機械音声ではあったが、今の言葉には苦笑いのようなものが含まれていた。
 いつもはゲームにでも出てきそうな戦闘ロボットでしかない無機質なサマリスだが、今日はちょっと装いが違う。金銀のモールを身体に巻いて、ピエロの帽子をかぶっていた。
「すごい、なんかいろいろついてる。サーカスっぽい。意外!」
「今回は、空気というものを読んでみました」
「なんか新鮮でいいなあ。警備員、サマリスさんだけってワケじゃないよね?」
「勿論です。銀幕署をはじめ、DP警官、傭兵団WhiteDragon、その他有志の方々の協力を得ています」
「じゃ、安心だね」
「何も起こらなければソレに越したことはありませんが――」
 不意に、サマリスが言葉を切った。双葉はちょっと首を傾げる。だが、サマリスはすぐに言葉を続けた。
「ご心配なく。問題ありません、水瀬様。よろしければしばらく、私と歩きましょう」
「うん! サマリスさんがいいなら!」
 双葉は満面の笑みで頷き、サマリスの腕にギュッとしがみついた。
 サマリスがパレードの警備員に、無線で呼びかけていたことなど知らない。

『パレード進行方向、250メートル先に爆発物の反応あり!』

 何も起きないと思っていたのに、とメリッサ・イトウは顔をしかめた。そして、サッと視線をめぐらせる。
 パレードの参加者と客は膨れ上がって、1000人を軽く超えていた。2000人いるかもしれない。ここで、「進む先に爆弾が見つかったから逃げて」などと言えば、たいへんなパニックになることは目に見えている。
『こちらリョウ・セレスタイト。250メートル先だな。先回りしよう。誰かついてきてくれるか?』
「メリッサ・イトウです。現在地先頭集団付近。ワタシも行きます」
『おっ、そりゃあ百人力だ。よろしく、メリッサ』
『……ワタシは行かなくてもよろしいでしょうか、ね』
『いやいや、来てくれよラルス』
 ラルス・クレメンスの不機嫌そうな声が無線に割り込む。彼は何か食べていたようで、一瞬咀嚼音が聞こえた。
「ケインさんに至急連絡を。一旦パレードの進行をとめてください!」
 DP警官3人が、パレードから静かに離れて、真っ暗な繁華街を走る。リョウは始めからずっとパレードとは距離を置いていたので、到達が早かった。
「何だ、こりゃ?」
 サマリスのセンサーが示した場所――車道の真ん中には、円盤状の機械が設置されていた。明らかに現実に存在するメカではない。そう……SFや、近未来の映画に出てきそうな物体だ。いかにも怪しい赤いランプが点滅している。
 リョウのエレキネシスが、この物体に向かって飛んできている電波をキャッチした。コレは……ラジオコントロール式の、何か良からぬ未来兵器だ。
 リョウが見ている中、プピ、と円盤の中で音が鳴った。
 次の瞬間――ソレは消え失せ、リョウのはるか頭上20メートルで爆発が起こった。
「リョウさん! 大丈夫でしたか?」
「メリッサか! 助かった」
 駆けつけたメリッサが、咄嗟の判断で、円盤を上空に転移させたのだ。たぶんパレードからは、花火が上がったようにしか見えなかっただろう。パニックにならなかったことを願うしかない。
「チクショウ! てめぇええ!」
 建物の影から、インカムをつけた若い男がとんできた。彼は見慣れないカタチの銃を取り出し、リョウとメリッサに向かって撃……とうとしたが、旋風のように現れたいなせ髷の男の当て身を食らって、大きくバランスを崩した。銃から放たれたのはレーザービームだった。レーザーはあらぬ方向に飛んだ。
 いなせ髷の男――旋風の清左は、すばやく抜き打ちの構えを取った。だが、少し、間合いが近すぎる。ソレに――
「このッ、ジャマすんじゃねぇ!」
 インカムの男は、清左のスキを見逃さず、体当たりを返してきた。
 清左は、警備をしていたから、当然パレードを見ていたのだ。真船、アレグラ、そしてストーカーのようにアレグラを尾行するラーゴも。彼らだけではない、みんな笑っていたではないか……250メートル……二町と少し向こうでは、その笑顔がまだ続いている。
 ここで抜き打ちして首でも刎ねて、通り道を血で汚していいものか?
(無粋な真似をさせたくねえなら、てめえも無粋な真似をするなってことよ)
 地面を転がりながら、清左はそう思った。
「やめなさい。止まって」
 パレードに向かって走り始めていた男は、その冷静な声にたたらを踏んだ。
 チャイナドレスにカエルの覆面、そして異様な黒い大鎌という、ヘタな映画の殺人鬼も真っ青な出で立ちの女が、路上に立っていたから。
「最後のイベントなのですよ。ハデに楽しみたい、その気持ちはわかりますけど……他人を傷つけるのは、よくありませんわね」
 一見殺人鬼だが、彼女の肩にはバッキーが乗っている。ちょくちょく「ムービースター疑惑」が囁かれているが、彼女――ティモネは誰が何と言おうとムービーファンだ。
 男はすさまじい笑みを浮かべて、レーザーガンの銃口をティモネに向けた。
「そうさ、最後だからな。最後くらい、悪役らしいことさせてくれよ」
「銃を下ろしなさい! 包囲されているわよ」
 明日の鋭い声が飛んだ。シグ・ザウエルを構えている。
 明日の言うように、すでに男は有志の警備員によって包囲されていた。巨大なハムスターの着ぐるみの存在が浮いているが、いまは誰も突っ込まない。刀冴は剣を構え、月下部理晨はアサルトライフルを構えている。
「オレはテロリストなんだ。おまえらと仲のいいアイツらとは違う。こんな日を待ってたんだよ。何もかもブチ壊しにできる日さ」
 うつろな、悲しげにも聞こえる笑い声を上げて、男は銃を両手で構え直した。
「結局、終わりが来るなら……あのとき、フランキーと一緒に……悪役として死んどくんだったぜ――」
 引金に置かれた指に力がこもる、その直前に、イェータ・グラディウスのナイフが飛んだ。ナイフはまるで吸い込まれるように、男の手首に突き刺さった。
 男があっと叫んで銃を落とす。間髪入れず、ラルスが飛びかかり、獣化した太い腕で男を押さえつけた。その爪が男の服を裂いたとき――赤いランプの光が、見えた。
「伏せて!」
 メリッサが再び力を発揮した。


 また、花火だ。
 凝ったものではなくて、まるでただの火薬が爆発しただけのような、音と光だけの花火。
 羊はソレを見上げて、
「めぇ……?」
 首を傾げていた。
 ヘンリーもソレを見上げて、
「なんだ、もうおしまいか。もっと頑張ってほしかったかなあ」
 ニタリと口の端を歪めていた。


「はい、これ! こーかんおねがいしますっ」
 強面のしましまおじさんにも物怖じせず、アルヴェスはスタンプシートを差し出した。
「7個か。お疲れさん」
 ドウジはゼブラのワゴンから景品を取り出した。
 ケイン・ザ・サーカスのロゴと、ケインやゾンビやらの顔がゴテゴテついたフォトフレームだった。
「わ、ありがとー!」
「……」
 アルヴェスと手をつないだまま、無言で日向峰来夢がシートを出す。スタンプは15個も集まっていた。アルヴェスよりも引っ込み思案だった彼女が、どうやってそこまで集めたのかはナゾだ。
「お、15個か。よう集めたな。ホレ」
 来夢が受け取ったのは、大きな星型の缶だ。それなにそれなに、とアルヴェスが目を輝かせるので、来夢は何も言わずにフタを開けてみた。
 中には、ケインの顔のカタチのクッキーがぎっしり詰まっていた。
「わー、クッキー! すごいな、いいないいな!」
「……あげる」
「え、いいの?」
 コクリ、と来夢はうなずいた。アルヴェスは目をキラキラさせながらクッキー缶を受け取って、フォトフレームを来夢に差し出した。
「ボクばっかり、ふこうへいだもの。こうかんね!」
「……」
 来夢は迷ったが、フォトフレームを受け取った。
 アルヴェスは……消えてしまう。けれど、自分はこれからもずっと、兄といっしょに生き続けるだろう。フォトフレームもきっと、写真といっしょに残り続ける。今夜の写真を入れておけば、アルヴェスもきっと、永遠だ。そう思ったから、受け取った。
「それで、特賞は出たのか?」
 ソルファもドウジにシートを渡し、クッキー缶を受け取っていた。アルヴェスが抱えているモノよりもひとまわり小さい。本気でスタンプを集めていただけに、ソルファも尻尾が垂れるくらいには残念だった。
「ああ。20個集めたヤツ、今んとこひとりや」
 ドウジがアゴをしゃくって後ろを示す。
「こーん! とくしょう、とくしょうなのですー!」
 でっかいゾンビ犬が跳ねていた。……いや、妖狐のモミジが大喜びで跳ねていた。スタンプを見事20個集めると、景品として、子供より大きいゾンビ犬ぬいぐるみがもらえるようだ。本物のゾンビ犬と違って、ほおずりしてもまふまふしても、イヤな匂いの汁がついたりしない。赤茶の尻尾をパタパタ振って、モミジは宗主のまわりをグルグル回っていた。宗主も我が事のように嬉しそうな笑顔で、ぬいぐるみを抱えて跳ねているモミジをデジカメで撮影していた。彼のコートのポケットには、景品のフォトフレームが入っているハズだ。
 そんなモミジとゾンビ犬ぬいぐるみを、仁王立ちの体勢でジッと見つめる小さな影があった。クッキー缶を抱えた手がちょっと震えている。
「あー、わかりますよ陛下。さぞかしお悔しいことでしょう。お察しいたします」
 女帝ベアトリクス・ルヴェンガルドに、シュウ・アルガがそうやさしく声をかける。だが彼はニヤニヤしていた。
「フ、フン! あんなモノ、しょせんこわっぱの玩具よ!」
 大またで歩き始めたベアトリクスのあとを、ニヤニヤしながらシュウがついていく。だがその笑みも、やがて静かなモノに変わっていった。ベアトリクスが一生懸命スタンプを集めていたのを知っているのだ。ずっと付き添っていたのだから。
「でも実際、食い物のほうがいいと思うぜ」
「……」
「俺様なんかホラ、フォトフレームだ。まふまふもできねーし煮ても焼いても食えやしねー」
「おじょうちゃんなどとよばれアメやら風船やらをわたされ、この余がアレだけ苦労してあつめたスタンプのけいひんがクッキーだと。余をぐろうしておる。……まったく、最後までなっとくのゆかぬことばかりだったわ」
「……」
「最後まで……」
 今度は、シュウが黙る番だった。
 頭を撫でてやっても、ビイは怒らなかった。
 景品を交換するとき、ドウジは言っていた。景品は、すべて「この世界」の物質で、ムービースターではない市民に作ってもらったモノだと。ムービースターは、最後の日に、消える。ムービースターが作ったモノも、消えてしまうかもしれない。けれど、この世界のモノが突然消えてなくなることなど、ありえないのだ。ある科学者の言葉を借りれば、分子構造上不可能なのだ。
 特賞の大きなぬいぐるみも。クッキーを食べ終わったクッキー缶も、フォトフレームも。サーカス缶入りスライムも。
 ずっとずっと、パレードが終わっても、残り続ける。
 ふと、ビイの足が止まる。
 彼女の目が、空を見上げた。
 星空が見えない。星よりも明るい光が、照らしているから。月のような光を放つ魑魅魍魎と、炎をまとう龍が空を飛んでいる。ベアトリクスやシュウだけではなく、ひと組の男女も、酒を片手に、パレードを彩る幻獣を見上げていた。
 シェーラザードと威雨。ふたりの『カサンドラ』が、その身体に刻みつけていた幻獣たちを解き放ったのだ。女は、カサンドラ・コールという名で暮らしていたとは思えないほど、満ち足りた顔をしていた。威雨の腕にしがみついたまま、離れようとしていない。
「ねぇ、こんなにいい夜はないね」
「酒がうめェもんな」
「あんた、ソレばっかり」
「なァ」
「うん?」
「そろそろ、景品でももらいに行こうぜ。俺らの数だと、クッキーだとよ」
「クッキーで喜んでいいようなツラかい」
「ふたりぶんスタンプ足したら、特賞くんねェのかね」
「そんなうまい話、あるワケないじゃないか……バカだねぇ」
 ふたりは静かに笑いながら、『しましまおじさん』を求めて歩き出していた。


 ひとり、またひとりと、帰路に着く。
 ワゴンの商品も、ウオッカ以外は売り切れが目立ち始めた。
 そろそろ、モンスターや妖怪や、ヒトならざるモノが幅をきかす、午前2時。
 子供たちはさすがに帰った。
 パレードはミッドタウンを一周し、スタートした地点に戻りつつある。
「よう。お互い、仕事も終わりだな」
 テキパキと撤収準備を始めたハーメルンのところに、刀冴とイェータ、理晨が戻ってきた。刀冴はそう挨拶するなり、氷水の中に手を突っ込んで、ウオッカのビンを取り出す。ソレを見ていたストラも、金を払えなどとは言わない。そもそもソレは、刀冴が差し入れに持ってきたプレミアム・ウオッカで、売り物ではなかった。
 ストラの頭に、あの問題のネコ耳はついていなかったが、どうやら捨てなかったらしく、ワゴンのフチに引っかけてあった。
「ご苦労だった。途中、少し騒がしくなったか。駆けつけるべきだったのだろうが……」
「なーに、大丈夫さ。花火が……上がっただけだ」
 刀冴の笑みが、寂しげに翳る。彼は喉を鳴らしてがぶりと飲んだウオッカを、イェータに回した。イェータもどこか神妙な面持ちでひと口あおり、理晨に回す。
「飲むなら度数20以下って決めたんだよ」
「ひと口くらいいいだろ。ソレに、仕事ももう終わったんだ」
 イェータのその言葉を聞いていたかのようなタイミングで、音楽隊の演奏がやんだ。拍手が上がり、ケインが大玉から飛び降りて、深々と頭を下げている。汗のせいか涙のせいか、ピエロの化粧がだいぶ崩れていた。
 ソレを眺めながら、理晨はウオッカのビンに口をつける。そして彼は、ビンをストラに回した。
「銀幕市に」
 ストラは無表情でそう言い、ビンを軽く掲げて、残りを一気に飲み干した。
 拍手の起こっている方向を見て、大きく息をついたストラの横顔を、理晨はじっと、何も言わずに見つめていた。ガスマスクたちも、作業の手をとめて、ストラと同じ方向を眺めている。
 ストラがかすかに笑っていた。ガスマスクたちもきっと笑っていたはずだ。
 理晨は、その姿を、目に焼き付けておきたかった。


 あと数時間で、6月13日の日が昇る……。
 パレードの光も、幻獣たちの光も消えて、星と月の輝きが戻ってくる。
 めぇぇ。
 羊が幸せそうに、サーカスのテントが見えるベンチで、寝息を立てていた。

クリエイターコメントパレードへのご参加ありがとうございました。
ワイワイガヤガヤと楽しくてにぎやかなお祭りの光景をイメージしながら書きましたが、その喧騒が伝わっていれば幸いです。
本当に、本当にありがとうございました。

さて、スタンプラリーの結果とまいりましょう。
参加された皆さんは、本文中に描写がなくとも、全員景品を受け取っていただいたものとします。

●景品(左は集めたスタンプの数)

20個コンプリート:特賞・でっかいゾンビ犬のぬいぐるみ
19〜15個:クッキー缶(大)
14〜10個:クッキー缶(小)
9〜5個:フォトフレーム
4個以下:スライム缶

●集めたスタンプ数(敬称略)

太助:10個
レオ・ガレジスタ:12個
真山壱:8個
エリック・レンツ:16個
リカ・ヴォリンスカヤ:13個
浅間縁:11個
アレグラ:9個
真船恭一:13個
小嶋雄:15個
佐藤きよ江:11個
ジェイク・ダーナー:3個
メルヴィン・ザ・グラファイト:13個
リゲイル・ジブリール:17個
昇太郎:13個
花咲杏:7個
アンジェ:4個
コーディ:12個
岡田剣之進:6個
ミリオル:6個
梛織:15個
ブラックウッド(の使い魔):16個
七海遥:13個
秋津戒斗:8個
ベル:12個
セバスチャン・スワンボート:15個
朝霞須美:9個
ファレル・クロス:7個
晦:7個
玄兎:6個
犬神警部:13個→5個
成瀬沙紀:5個→13個
アルヴェス:7個
日向峰来夢:15個
吾妻宗主:8個
モミジ:20個
ベアトリクス・ルヴェンガルド:13個
シュウ・アルガ:8個
ソルファ:11個
小日向悟:6個
二階堂美樹:7個
神凪華:13個
赤城竜:10個
香玖耶・アリシエート:8個
シグルス・グラムナート:9個
桑島平:3個
エドガー・ウォレス:11個
レオンハルト・ローゼンベルガー:6個
蘆屋道満(の忍5人衆):11個
ノリン提督:9個
ユージン・ウォン:9個
風轟:8個
ギリアム・フーパー:7個
大教授ラーゴ:11個
森砂美月:3個
鬼灯柘榴:7個
ディズ:10個
コレット・アイロニー:2個
ルーチェ:10個
アルト:7個
黒孤:13個
クラスメイトP:13個
藤:11個
レイ:8個
ジム・オーランド:14個
湯森奏:2個
レモン:11個
リャナ:16個
須哉逢柝:6個
須哉久巳:9個
ヘンリー・ローズウッド:5個
マイク・ランバス(が保護する子供たち):17個
原貴志:4個
雪上境:2個
リシャール・スーリエ:16個
日向峰夜月:2個
カサンドラ・コール:13個
威雨:15個

もらった景品は、魔法が解けたあとも、ずっと残ります……。

楽しかったです。本当に。
ありがとうございました。
公開日時2009-06-24(水) 18:30
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