★ silent treasure ★
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号589-8405 オファー日2009-06-23(火) 23:34
オファーPC リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
ゲストPC1 ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
<ノベル>

 マスティマとの戦いで崩壊したベイサイドホテルは、リゲイル・ジブリールにとって銀幕市の「家」に等しかった。無くなったと聞いた時はショックだったが、そこに働く人たちは無事に避難していたのだったと思い出して胸を撫で下ろした。確かに「家」も大事だが、大事な人たちを亡くさずにすんだのだから。
 それからしばらくは、避難していた住民が戻るのを手伝ったり右往左往している人たちに声をかけて回ったりと彼女なりに忙しくしていたのだが、一頻り騒ぎが収まるとぽっかりと時間ができてしまった。
 知り合いの多くは、事後処理などに追われている。手伝いができる範疇であれば喜んで手を貸すのだが、今回は邪魔にしかならなさそうだと堪えると、できた時間を少し持て余す。
 やらなくてはいけない事、は、大半を済ませたはずだ。なら、やりたい事をやってもいいのだろう。
(やりたい事……、やりたい事?)
 うーんと考え込んでいたリゲイルの脳裏に、不意にベイサイドホテルの部屋が思い浮かんだ。彼女の私物の大半を置いたまま、崩れてしまったホテル。その下に、グランドピアノやパンダのぬいぐるみ、パパの描いた絵は埋まったままなのだろうか。
(撤去作業が始まったら、何もかも纏めてどこかにやられちゃうよね?)
 個人の感傷を挟んでいては、作業が進まないのだから当たり前だ。それなら、その前に少し発掘しても構わないだろうか。何もかも無事に残っているなんてまさか思わないけれど、ちょっとでも掘り出せたら。
「うん、私がやらなくっちゃ」
 掘り出すのは私の使命と燃え上がり、リゲイルは急いで用意を整える。
 発掘作業なのだから、身軽な格好がいいだろう。素手は無謀だろうから、軍手とスコップ。瓦礫を入れるバケツ。重いと持てないから片手で持てる程度にコンパクトに揃え、満足げに頷く。
「うん、完璧」
 いざ行かん発掘の旅に! とでも言わんばかりに勢い込んで荷物を取り上げて歩き出すリゲイルが、まさかホテル崩落現場に発掘に向かっていると思う人はいないだろう。だからそんな軽装では危ないから行かないほうがいいとか、あまりに無茶だから手伝おうと声をかけてくれる相手もなく。リゲイルは意気揚々と、一人でベイサイドホテル跡地に向かった。



 何やら楽しそうに片手に持ったバケツを揺らして歩いているリゲイルを見つけたのは、彼より使い魔のほうが先だった。ぱたぱたと飛んで行く先を何気なく追いかけたブラックウッドは、使い魔ちゃん! と嬉しそうに声を上げて迎えているリゲイルを見つけてその手にある荷物を珍しそうに眺める。
「こんにちは、ブラックウッドさん!」
「こんにちは、お嬢さん。元気そうな姿だが、潮干狩りにでも行くのかね?」
「ううん、ベイサイドホテルの発掘に行くの」
 どうして潮干狩り? と不思議そうに聞き返されたが、ブラックウッドとしては発掘? と聞き返したい。潮干狩りにしても少々可愛らしい出で立ちだとは思うのだが、リゲイルはどこまでもにこにこと本気らしい。
 発掘に行くのを納得したとして、軽装すぎることを指摘して士気を挫くのも如何なものか。ブラックウッドは少し考えて、とりあえず一番の疑問を口にした。
「発掘と言うからには、そこには何か宝物でも埋まっているのかね?」
「宝物というか、ずっと住んでた部屋があったので。何か掘り出せないかなーと」
 見つかったらいいなと思って、とちょっと照れたように笑うリゲイルに、ブラックウッドはそれはそれはと目を細めた。
「野暮な事を尋ねてしまったようだ。見たところ一人のようだが、お嬢さんだけでするには大変な作業じゃないかね。どうだろう、お詫びに私にも手伝わせてもらえないか?」
「えっ、本当に!?」
 ブラックウッドの提案にぱっと顔を輝かせたリゲイルは、けれどはっと何かに気づいたように小さく頭を振った。
「でもブラックウッドさんも忙しい、」
「ぷぎゅっぷぎゅー!」
 リゲイルに抱き止められていた使い魔が、彼女の言葉を遮って顎を直撃せんばかりに跳ねて主張する。なになにと目を瞬かせているリゲイルに、ブラックウッドはそっと笑った。
「どうやらお嬢さんと一緒に行きたいようだ。お邪魔でなければ、手伝わせてもらえるかね?」
 重ねて問いかけ、リゲイルの腕の中では使い魔が意気込んでぷぎゅぷぎゅと頷いている。それを見て口許を緩めたリゲイルは、嬉しそうな笑顔を向けてきた。
「すっごく嬉しいです、ありがとう!」



 ホテルが崩壊してから、そこを訪ねるのが初めてだったのはブラックウッドだけでなくリゲイルもだったらしい。あまりに変わり果てた姿にしばらく呆然と立ち尽くす彼女を、使い魔がうにゅうにゅと羽を押しつけるようにして慰めている。
 気を取り直したようにリゲイルが笑顔になるのを待って、ブラックウッドはさてと声をかけながら瓦礫を持ち上げた。
「とりあえず、邪魔な物を退かしてしまうとしようか」
「っ、ブラックウッドさん……、それ、」
「うん? どうかしたかね?」
 リゲイルが何に驚いているか見当はついているが、ブラックウッドは惚けながらひょいひょいと瓦礫を持ち上げては邪魔にならないように後ろに放り投げる。
 勿論後ろに人や物がないのは確認済みだが、当たれば簡単に潰れてしまうだろう大きさと重さの瓦礫を片手で移動させる姿は傍から見れば異様だろう。吸血鬼たる彼にとっては造作もない話だが、長身痩躯の老紳士といった外見からは到底想像できるものでもない。
「すごぉい……、かっこいい!」
 ぱちぱちと素直に賞賛の拍手を送ってくれるリゲイルにくすりと笑い、それよりもと水を向ける。
「部屋があったのはどの辺かな?」
「あ、そうだった。えーっと、えーっと確かこう建ってたから……」
 広々としてしまった空間に手で建物の形を辿りながら捜索を始めるリゲイルを微笑ましく見守りながら、必要な場所の瓦礫撤去に努める。
 最初は興味深そうにリゲイルの後ろをついて飛んでいた使い魔は、彼女が発掘を始めるのを契機に何かを思い出したようにふらりと離れた。
 取り除いた瓦礫を投げる方向を調整しながらリゲイルと使い魔を見守っていたブラックウッドは、最後に除けた瓦礫の下からリゲイルが何かを取り上げたのに気づいた。
「これ……、パパの描いた絵」
 ぽつりと呟いて取り上げられたのは、当然のように原型を留めておらず、そうと知らなければ絵だとも思えない代物だった。リゲイルは大事そうにそれを扱い、袖口で汚れを拭っている。
 服が汚れるからと、ハンカチを差し出すのは簡単だ。けれど見つけた安堵と、失われた寂寥に瞳を曇らせている横顔に、どんな言葉をかけても意味を成さないだろう。
 そっと隣にしゃがみ、幾つかの破片を取り除いてその下にある物を取り出す。実際にそれを取り上げる権利はリゲイルにしかなく、一つずつ大事に見下ろしている彼女の側にただ佇んでいた。
 リゲイルも黙ったまま発掘を続け、ふと目についたピンク色の何かを取り上げた。どうやらそれはパンダのぬいぐるみらしく、かなりぼろぼろになっていたがどうにか原型を留めていた。
 ぐっと、泣くのを堪えるようにリゲイルは唇を噛み締めながらそのパンダを強く握った。抱き締めるのを堪えたようなその仕草に、ブラックウッドは礼儀を弁えてそっと視線を外した。
 どのくらい、そうしていただろうか。使い魔が少なくとも三ヶ所は移動するのを眺めた後、リゲイルがぽつりと呟いた。
「これなら、洗ったら綺麗になるかな。ぼろぼろだけど……直る、よね」
 独り言めいて呟き、優しくパンダを撫でているリゲイルにそうだねと小さく同意するとようやく彼女に笑顔が戻った。そうして発掘した色々を大事そうに抱え直すので、手を貸しながら立ち上がった。
「もういいのかね? まだ下まで掘り進めることは可能だが」
「ありがとう、でももう大丈夫。もうこれ以上は持てそうにないし、……グランドピアノは破片を集めても直りそうにないもの」
 ね、と少し無理をしたようにはしゃいでみせるリゲイルに、ブラックウッドもふと口許を緩ませた。
「成る程、賢明なお嬢さんの言う通りだね。さて、それではあまり長くここにいても危険だろう、崩れてこない内に戻るとするかね」
「はーい。……あれ、使い魔ちゃん?」
 どこに行ったんだろうときょろきょろするリゲイルは、少し離れた場所で瓦礫の中に埋まるようにしている使い魔を見つけた。ちょこちょことそちらに向かい、何してるの? とリゲイルが尋ねると小さな身体を驚いたように震わせて、ぷぎゅぷぎゅと何かしら主張しながら頻りに首を振っている。
「ぷぎゅっぎゅ、ぷぎゅーっ」
 みたらだめですとでも言わんばかりにリゲイルの頬をぷにぷにと押して、あっちを向くですーと主張しているらしい使い魔に、リゲイルも無理なく笑いながらごめんごめんと謝っている。
「使い魔ちゃんも手伝ってくれたんだね、ありがとう。お礼にケーキをご馳走するから、一緒に食べよう?」
「ぷぎゅっ」
 使い魔の目が、心持ちきらっきらと輝いている。許可を求めるようにきらっきらしたまま、使い魔とリゲイルがこちらを見てくるので苦笑と呼ぶには柔らかく笑って頷いた。
「無事に宝も発見したなら、ティータイムにしても問題はなかろう。可愛らしいお嬢さんと優雅な一時を過ごせるのは光栄だね」
 にこりと笑ってそう告げると、リゲイルと使い魔は同じように嬉しそうにはしゃぎ出す。ブラックウッドはどこか遠くそれを眺め、まるで刻むように目を伏せた。


 残酷で、優しい夢はじきに終わる。それでも終わりに際し、ふと口許を緩められる時間の何と愛しいことだろうか……。


 六月十四日。夢が明けた、最初の日。バッキーの銀ちゃんがいない事で思い知り、街に出てもムービースターがいないことで嫌でも実感した。
 ちゃんと、分かっていたはずだ。お別れだってしたし、覚悟もしていたはずなのに、胸に穴があいたような喪失感は確かにリゲイルを苛んだ。
 悲しいだけのお別れではなかったけれど、楽しい時間が多かったから。いない、という事実は、突かれたほどに痛い。
 どこへともなく歩きながら、リゲイルはふるふると頭を振った。
「皆、心配するから。悲しい顔ばっかりしてちゃ駄目」
 大丈夫だよ、と自分に言い聞かせるように呟き、大丈夫と笑顔になる。僅かに唇は震えるけれど、それでもちゃんと笑えるから心配しないで。
 街は、ムービースターがいなくなっても賑やかだ。何だか煩すぎるくらいに賑やかだ。
 ひょっとして何かあったのかなと首を傾げ、井戸端会議をしているおばさんたちの話の輪に混じって事情を聞く。自衛隊や報道が山ほど銀幕市に入ってきたらしく、それでいつもより騒がしいらしい。
「自衛隊って、何しに?」
「そりゃ復旧作業なんじゃない? ほら、この前の戦いであちこち壊れたろう?」
「もう、魔法でぱーっと直してもらえなくなっちまったからねぇ」
「戦いの役には立ってくれなかったけど、地味に瓦礫の撤去作業とかしてくれるんじゃないかい」
「そうそう、その程度には役に立ってもらわないと、ねぇ」
 ムービースターの代わりにしては、何とも無骨で花がないけれど、と。幾らかの安心と寂しさを交えて話すおばさんたちに礼を言って離れたリゲイルは、何日か前のホテル発掘を思い出してそちらに足を向けていた。
 辿り着いて、何をするではないのに。ブラックウッドに手伝ってもらったあの時に、色々と覚悟はしたはずだ。形としては拾えなくても、思い出も記憶もちゃんと胸に拾い直した。だから撤去されるのが当たり前だと思ってはいたけれど、どうしても最後に足を向けなくてはいけない気がして。
 まだ自衛隊はここまで手が回っていないのか、ホテル跡は先日来たままの姿でそこにあった。ほっと息をつき、それでもまたそこに足を踏み入れるのは違う気がして、何となくその場で立ち尽くしたまま眺めていた。
 いつまでもこうしていても仕方ないよと、自分の忠告なら聞こえる。聞こえるけれど今は従いたくなくて、今はもういないブラックウッドと使い魔の姿を探すように眺めていると、何かがきらりと光った気がした。
「……?」
 知らずそちらに足を踏み出し、何が光ったのかと視線で探す。ここだと教えるようにまたきらりと光ったそれは、小さな瓶。使い魔が掘っていた場所ではなかったかと思い出しながらしゃがみ込み、取り上げると中にはおはじきが何枚か入っている。
 まるで宝物みたいに、大事そうに。コルク栓を更に封蝋で塞いだその瓶は、リゲイルにもきらきらと夢の欠片みたいに綺麗で。
 ああ、使い魔ちゃんの宝物なんだと大事に撫でた。
 あの時、せっせとこれを隠していたのだと理解し、泣きそうになったのをぐっと堪えてどうにか笑った。
「確か、他にも色々掘ってたよね」
 大事に隠された、使い魔の宝物。夢の名残の、きらきらと綺麗なかたち。
 それはきっと、友達にだけ許された。
「よおっし、全部見つけるからね!」
 待っててねと呟き、宝探しを始める。

 今度は、一人だけど。宝物の数だけ独りではないのなら、淋しくはなかった。

クリエイターコメント優しく暖かく、ちょっぴり胸に痛いオファーをありがとうございました!

夢が終わってしまっても、こんなほっこりした宝探しができますとは。いじらしくも可愛らしく、粋な計らいの綴り手に選んでくださいまして光栄です。
泣きたくなるほど優しく、思い出してふと口許の緩むような思い出になっていればと願いだけは込めて書かせて頂きました。少しでもお心に沿うことができていれば嬉しいです。

最後に程近い貴重な時間を、ありがとうございました。
公開日時2009-06-27(土) 20:50
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