★ ラ・ヴィ・アン・ローズ ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-7720 オファー日2009-06-03(水) 00:02
オファーPC リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
ゲストPC1 ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
ゲストPC2 アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
<ノベル>

「……おかしい……」
 アルの小さな呟きに、リゲイル・ジブリールは夏物の服を選ぶ手を止めて小さく首を傾げた。
「どうしたの、アル君?」
 リゲイルの声かけに、初めて出会った頃よりずいぶん背が伸びたように感じる純白の少年吸血鬼は、白く華奢な指を同じく白い頤に当ててしばし思案していたが、ややあって首を横に振った。
「いえ、何でもありません」
「本当に?」
「ええ……ああ、いや、少し気になることがあるのですが、リゲイルさんが心配することでもありませんから、買い物を続けましょう」
「そうなの? アル君がそう言うなら、いいけど」
 リゲイルは少し不思議そうに瞬きをしてから、ギンガムチェックのカシュクールワンピースと、シルク素材のペチコートつきブラックワンピースを片手に一着ずつ持ち、交互に見遣った。
「……夏用のワンピースですか?」
「うん、そうなの。ちょっと大人っぽいのがほしいなぁって」
「ああ……リゲイルさんならどちらも似合いそうですね」
「わ、嬉しい。そう思う?」
「ええ」
「じゃあ、両方買っちゃおうかな!」
 始祖として覚醒した云々の難しいことはリゲイルにはあまりよく判っていないが、昨冬以降、アルはずいぶん大人びた。
 背が伸びたのももちろんそうだが、表情や仕草や物言いから幼さやたどたどしさが消え、アルの中に穏やかで透徹した一本の線のような芯が現れたことを、リゲイルは感じている。
 先ほどの物言いなど、照れ屋のアルがサラリと言うには敷居が高かったはずなのに、今はどうだ。
「なんだか……」
「どうしました、リゲイルさん?」
 穏やかな笑みとともにアルが問い、リゲイルはくすりと笑って首を横に振る。
「ううん、なんだか、アル君がお兄さんみたいに感じられるなぁって。背も追い抜かれたし……身体つきも、大人の男の人に近づいてるみたい」
「おや、そうですか? そう言ってもらえるのはなかなか嬉しいものですが……しかし、それを言うなら、リゲイルさんもすっかり年頃のお嬢さんですよ。前よりもずっとずっと、綺麗になりましたよね」
「そうかしら?」
「ええ」
「じゃあ……お互い様、ってことね」
「そうですね」
 顔を見合わせてくすくす笑っていると、最新の衣装に身を包んだ美しいフランス人マヌカンがやってきて、リゲイルの手からワンピースを受け取った。
「お久しぶりです、リゲイル様。お気に召すものがあったようで、安心致しましたわ」
「お久しぶりです、イレーヌさん。ここのお洋服はいつだって素敵だから、わたし、大好き」
「あら……嬉しい。では、こちらを?」
「ええ、よろしくお願いします」
「畏まりました。今ご用意いたしますので、しばらくおくつろぎくださいませね。そちらの、可愛い恋人さんも」
 魅力的に笑ったマヌカンが、恭しく一礼してキャッシャーへと向かう。とはいえ、この店も顔パスなので、リゲイルがあの二着の値段を知ることはないのだが。
「……恋人さんって言われちゃったね」
「そうですね。外見的には同年代ですから、そう見えてもおかしくないのかもしれません」
「本当は違うんだけど……まぁ、いっか」
「リゲイルさんが構わないのであれば、僕も構いませんよ」
 実はお互いそれぞれに伴侶がいるのだが、勘違いされるのもアルとであるのならくすぐったく、リゲイルはじゃあ、とアルの腕を取った。
「秘技、恋人のふり!」
「すごく限定的な秘技ですね……」
 などと言っている間にマヌカンがワンピースを包装し、紙袋に入れて持って来てくれたので、丁重な見送りに丁重な礼を言って店を出る。
 初夏の、あおく爽やかな風が、リゲイルの頬を撫でた。
 荷物をリゲイル所有のリムジンへ放り込んで、予定よりたくさん買い込んだことに顔を見合わせて苦笑してから、アルが周囲をぐるりと見渡した。
 休日のショッピング街は、どこもかしこも人でいっぱいだが、その活気は悪くない。
「次はどこに行きますか、リゲイルさん」
「えーとね、じゃあ……あ、そうだ、アル君のお買い物は?」
「ああ、あれはもう済みましたよ。オーダーメイド品でしたから、あとは受け取るだけでしたしね」
「そっか。うーん……じゃあ、ちょっとお腹減ったから何か甘いものが食べたいな」
「そうですか。そういえば、あの通りの向こうに、美味しい鯛焼き屋さんがあるらしいですよ」
「あ、鯛焼き食べたい! ……鯛焼きって言ったら、初めてこっちに来たときは、本物のお魚の鯛を焼いて、中にあの甘い餡子を詰めてるんだと思ってびっくりしたのよねー」
「ああ、それは後味その他の関係からしてもびっくりですね」
「うん、鯛の白身の淡白さと歯ざわりと餡子の甘さをどうマッチングさせるのか、不思議で仕方なかったもの」
 大いなる勘違いについて語りあいながら、ふたりはくだんの鯛焼き屋でつぶあんとしろあんをゲット。熱々のそれを半分こして取り替え、行儀悪く歩きながら齧り、パリッとした香ばしい皮と、しっとりとして穏やかな甘さの餡子が絶妙のハーモニーを奏でる、たかが鯛焼きとは到底言えぬ味わいを楽しむ。
「ルイスさん、銀ちゃんのことちゃんと見ててくれてるかしら」
「どちらかというと面倒を見ているのは銀ちゃんのような気もしますがね」
 お互い残してきた相棒のことを口にした時、
「……む」
 アルの眉がぴくりと動いた。
「どうしたの、アル君?」
「……いえ。行きましょう、リゲイルさん」
「? うん……?」
 アルが手を伸ばし、リゲイルの手を握った。
 リゲイルにスキンシップへの恥じらいはないが、アルはそうではなかったはずで、どうしたんだろう、と思っているうちに手を引かれ、走り出す。
「……やはり、ついてくる、か……」
「ついてくるって……誰が?」
 アルの呟きで、リゲイルは、自分たちが誰かに尾行または監視されているのだということを知った。先ほどアルが気にしていたのも、このことだったのだ。
 特にリゲイルは、一般的な価値基準から言えば嘆息するしかないような大富豪だ。
 彼女の財を欲してその身を狙うものは決して少なくない。
 恐らく、アルもそのことを考えているのだろう。
「仕方ない」
 彼は人通りの多い通りで立ち止まると、リゲイルにここで待つように言い、
「……裏通りに入った。今がチャンスか……」
 唐突に存在を希薄にして――気配を消した、ということなのだろう――ビルの隙間へと滑り込んだ。
 と、

 ごりっ、みぎょっ

 という鈍い音が聞こえた……ような気がした。
 リゲイルは別に、超人的な耳など持っていないので、もしかしたら錯覚かもしれないのだが、とにかく、首が百八十度捻じ曲がるような不吉な音だった、と、後日リゲイルは述懐している。
 リゲイルはアルに何かあったのでは、と一瞬嫌な予感がしたのだが、その音から遅れること三十秒で、
「まったく……人騒がせな奴だな! そんなに僕に捻り潰されるのが好きなのか、おまえは!」
「ああっ待ってお兄様、いくらオレがドMだからってそれは性急すぎ……いたたたたたたたマジで痛いマジで! 具体的に言うと首とか頭が取れそうなほど痛い!」
「こんな中身の詰まっていなさそうな頭は取れてしまってもいい!」
「お兄様はよくてもオレは困るわっ!?」
 いつも通りのやり取りとともに、アルと、アルに首根っこを引っ掴まれ引き摺られたルイス・キリングが裏通りから姿を現したので、ほっと息を吐いて身体の力を抜いた。
「なんだ……ルイスさんだったの。黙って後をつけたりして……そんなに寂しかったの?」
 ずるずる引き摺られているルイスの肩の辺りには、すでに諦観を滲ませた銀ちゃんがいて、「すみませんお嬢、制止しきれませんでした」的な目でリゲイルを見上げている。
「い、いや、別にそんな、ふたりきりで出かけるのが気になったとかオレを差し置いてデートなんてとか置いていかれた気がしてちょっと寂しかったとかだったらこっそりついていき隊とかそんなんじゃなくてだな、その、」
「……大まかな事情は把握した。まったく……大きな子どもめ……」
 思わず本音が駄々漏れなルイスに、アルが大袈裟な溜め息をつくと、ルイスはいつもの飄々とした様子が嘘のように言葉に詰まって、しどろもどろで視線をあちこちへ彷徨わせている。
「や、だ、だって……なぁ……」
 もごもごと口ごもるルイスを見やって、アルがふっと穏やかな微苦笑をもらした。
 目が合ったので、リゲイルは共感めいた笑みを交し合う。
「まったく、仕様のない奴だ」
「だ、だから、その、」
「――……ほら」
「え」
 アルが唐突に、小さなギフトボックスを差し出し、まだ地面にへたり込んだままのルイスはきょとんとした表情でそれを見上げた。
 リゲイルはくすくす笑って銀ちゃんを抱き上げた。
「今日はね、わたしのお買い物に付き合ってもらったのもあるんだけど、本当は、それを受け取るためだったのよ。ねえ、アル君?」
「ええ、まあ、一応。……これを見たあとだと、少々萎えますがね」
「えー……と?」
「いいから、開けてみろ、馬鹿者。――この僕が、おまえのために特注したのだ、ありがたく思うがいい」
 居丈高な、しかしそれでいて温かい言葉に、ルイスはしばし戸惑っている様子だったが、ややあって、どこか躊躇いがちに、おずおずとギフトボックスに手をかけ、包装紙すら慈しむような手つきで、ゆっくりとそれを開封していった。
「あ……」
 そこから出てきたのは、最高級のロイヤルブルームーンストーンとシルバーのクロスを合わせたペンダントトップ。
 ロイヤルの名を冠するブルームーンストーンは、ブルームーンストーンすなわちペリステライトの中でも、特別な青い光と透明度とを有する、高価で神秘的な宝石だ。
 そして、その名の通り、月と関係の深い、癒しと守護の石でもある。
「……判るか、ルイス」
「……」
「……判ったようだな」
「……や、そ、その」
「僕の心は、そこに込めてある」
「……」
「例えもうじき消えることが僕たちの定めであっても、この心に偽りはない。おまえは、おまえの思うように、生きろ」
「……ッ!」
 リゲイルは、みるみるうちにルイスが真っ赤になるのを見た。
 もともと浅黒い肌なので、真っ赤というよりは茶褐色だったが、それでもリゲイルは、彼の様子をどこか微笑ましく見つめていた。
 アルは、どうしてもこの二種を組み合わせたアクセサリーが手に入れたかったらしいのだが、あちこち探しても売っていなかったので、材料をアトリエに持ち込み、オーダーメイドで作成してもらったのだ。
 リゲイルは、アルともルイスとも長い付き合いだから、ロイヤルブルームーンストーンがアルを、シルバーのクロスがルイスを象徴していて、アルが、いつでも、遍く世界を照らす月の如く、ルイスを常に見守っている……という意味を込めてこれを贈ったのだということがすぐに判った。
 そして、強い絆で結ばれたふたりを少し羨ましく思い、同時に、祝福する。
「素敵な贈り物ね、アル君」
「……そう思いますか?」
「うん、とっても」
「ならば……それは、僕にとってもルイスにとっても、とても幸福なことなのでしょう」
 真紅の、時々黄金にもなる双眸を和ませて、アルが微笑んだ。
 と、
「はーれーたーるーあーぞーらーたーだーよーうーくーもよー!!」
 ……突然、ルイスが歌い出した。
 無駄に巧いのはいいのだが、無駄に真っ赤なままだ。
「ルーイースーはーうーたーえーりーぜーんーらーでーもーりにー!!」
 しかも歌詞がおかしい。
「全裸は駄目だろう」
「森の中だったら草とかに隠れてばれなさそうだから大丈夫なんじゃない?」
「……リゲイルさん、自分の家族や大切な人が、森の中で、全裸で熱唱している姿を想像してみてください」
「……うん、ごめん、ちょっと無理言っちゃったかも……」
 総天然色と言われる彼女には珍しく、思わず現実的なことを思い浮かべて謝るリゲイル。脳裏でルイスの顔と挿げ替えて想像したのが叔父だったなんて気の毒すぎて言えない。
「とりあえず、照れ臭いのは判ったから落ち着けルイス。可哀想な人扱いの視線が僕たちにまで突き刺さる」
 唐突に歌い始めた“黙っていれば男前”の様子に驚いて、漣のように引いていく通行人たちを見遣り、アルが言うものの、
「こーこーろーはーたーのーしーくーしーあーわーせーあーふれー、ひーびーくーはールーイースーのーしーあーわーせーのーうたー!!」
 ……絶賛テンパり中のルイスは、歌詞を捏造しつつ、きっちり二番まで歌い上げたのだった。
「いいから落ち着け!」
 これ以上やると通報される、と、鋭く嗜め様、ルイスの後頭部を軽く小突いて――とはいえアルの『軽く』なのでルイスはアスファルトに埋まりかけたが――彼の奇行を強制終了させるアル。
「ちょ、落ち着かせようとして息の根止めんのやめてくれない!?」
 圧殺されかけたルイスは愚痴りつつも身体を起こし――ピュアな色に輝く美しい贈り物を、ぎゅっと握り締めて――、大きな溜め息をついた。人生を強制終了させられそうになってようやく落ち着いたらしい。
「……その、アル」
「ああ、なんだ」
「……………………ありがとな。大事にするわ」
「当然だ」
 口調は居丈高だが、アルの眼差しはどこまでも穏やかで、やわらかい。
 リゲイルはくすくすと笑って、そんなふたりを見ていた。
 この銀幕市で、彼らが、映画の世界を超えて築くことのできた関係を、とてつもなく貴く、得難く、愛おしく思う。
 そして、そんなふたりの傍らに、自分が、友人として在れる、この幸いを。
「ね、せっかくだから三人で遊びに行きましょ、アル君、ルイスさん」
 リゲイルは、ふたりの手を取り、引いた。
「わたし、色々なところ、行きたいな。――いっぱい、遊びたい」
 リゲイルの言葉に、アルとルイスが顔を見合わせる。
「……そうですね」
 アルが微笑み、リゲイルの手を握り返した。
「よし、じゃあオレが色々案内してやろう! やっぱここはゲーセンだろ。ぬいぐるみとか、いっぱい取ってやるよ」
「本当? わたし、バッキーのぬいぐるみ、ほしいなっ」
 同じく手を握り返してくれたルイスに微笑みかけ、リゲイルはふたりと手をつないだまま歩き出す。
「忘れられないくらい、大騒ぎ、しよ。――……ね?」
 あたたかい、手の感触。
 白く滑らかなそれと、褐色のごつごつとしたそれ。
 忘れない。
 ――離れたくない。
 一瞬さえ、惜しい。
 叶わないと判っていて願うほど、彼らが愛しい。
 だから、楽しむのだ。
 今を慈しみ、いとおしむために。
「ああ……任せろって。楽しむことにかけちゃ、オレは天才だからな!」
「そればかり天才でも困るのだがな、この天災め」
「そんなうまいこと言われても困るわっ!?」
 リゲイルは忘れないだろう、この麗しき銀幕市の日々を。
 彼女にやさしい、この街のすべてを。
「うん……じゃあ、行きましょ。いっぱいいっぱい、楽しんじゃうんだから!」
 高らかに宣言し、リゲイルは笑った。
 両手を包み込むあたたかな感触に、胸をも温められながら。
 間抜けなやり取りを続ける吸血鬼兄弟とともに、少し赤さを増した空の下を、軽やかな足取りで進むさなか、――ああ、わたしは幸せだ、と、強く、思った。

クリエイターコメントお待たせいたしました!
オファー、どうもありがとうございました。

何でもない日の、何でもない楽しい一時を、リゲイルさんと吸血鬼兄弟おふたりの絆、そしてそれぞれの変化や成長を絡めつつ描かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。

この銀幕市で皆さんが得てこられたもの、慈しんでこられたものを感じ取っていただければ嬉しいです。

それでは、素敵なワンシーンを描かせてくださってどうもありがとうございました。
公開日時2009-06-28(日) 23:00
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