★ 完璧なスマイル ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-8446 オファー日2009-06-27(土) 23:22
オファーPC 梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
ゲストPC1 橘 ソヨ(cuzy5911) ムービースター 女 17歳 高校生
ゲストPC2 橘 ユウキ(cssv3465) ムービースター 男 14歳 中学生
<ノベル>

 ――ピンポーン。
「ん? もうこんな時間か」
 来客を告げるチャイムの音に、梛織はちらりと時計を確認してドアへと急ぐ。
「はいはーい。今開けますよ、っと」
 言いながら事務所のドアを開けると、ドアの向こうからは橘ソヨとユウキの二人が顔を覗かせる。
「梛織さんおはよう。来たよー」
「おはよう梛織さん」
 にこりと笑ってソヨとユウキ。同じように梛織も返す。
「ソヨ嬢にユウキ、二人ともおはよう。ごめんな、もう少しで準備終るから、中で休んでて」
 大きく開けたドアに、お邪魔しますと言いながら二人が万事屋事務所の中に入る。
「お。ソヨ嬢珍しいね」
 ソヨの服装を見て梛織。
「あはは。うん、普段はあんまり履かないからね、スカートって」
 変かな? と続けるソヨに、ふっと微笑んで梛織が返す。
「まさか。あんまりイメージなかったけど、うん。可愛いよ。似合ってる」
 ロング丈のTシャツにドット柄のシフォンスカート。髪は美容室で整えてもらったくしゅくしゅのソフトカールにストローハットを被っている。普段はあまりスカートを履かないソヨ。今日は色々と頑張っていた。
「Tシャツはユウキのなんだけどね」
 そう言ってTシャツを摘んだ右手には、オレンジのシュシュを通している。これは梛織から貰ったものだ。
「よかったね、おねえちゃん。そればっかり心配してたもんね」
「あーあーあーー!!」
 くすっと笑って言うユウキの口元を慌てて押さえるソヨ。不思議そうに見ている梛織に苦笑いで返す。
「な、なんでもないよ? ほら! ユウキのも似合ってるよね!?」
 最近買ったばかりのボーダー柄の七分袖カットソーを見せてソヨ。
「あぁ、似合ってる。少し大人っぽく見えるな、ユウキ」
「え、そうかなぁ」
 自分の服装を見回すユウキ。どことなく嬉しそうだ。
「そういや、どこに行くか決まった?」
 二人にソファーを勧めて、冷えたオレンジジュースグラスに入れながら梛織。すぐにソヨが答える。
「うん。色々行きたい所あって迷ったけど、やっぱり遊園地がいいかなー。……って、ユウキが」
「えっ!?」
 ソヨの言葉に驚くユウキ。二人で決めたのに……と小さく文句を言っている。
「遊園地、いいね。ここからだとー……バスでいけるのかな?」
「あ、うん! 広場から一時間に2本。無料送迎バスも出てるんだー」
 嬉しそうにテーブルにパンフレットを広げながらソヨ。梛織が二人の前にジュースを置いてパンフレットを覗き込む。
「どれどれ……お、これ面白そうだ」
 人生で一番の絶叫を。と煽りロゴの入ったジェットコースターを見ながら梛織。
「だよね!!」
 身を乗り出して食いつくソヨに、少し及び腰のユウキ。
「そう……かなぁ?」
「ユウキは絶叫系は苦手か?」
「どうだろう……? 実は乗ったこと無くって」
 軽く首を傾げてユウキ。
「おぉ。それじゃあ初チャレンジだ! ま、実際に見てみて、無理そうならやめておけばいいし、な?」
「うん」
 和気藹々とパンフレットを読み進めていく三人。
「着いたらまずこれ乗ろう!」
「僕はこっちのほうが……」
「これはどうしよ、何分までなら待つ?」
 そんな話をしているうちに梛織が気がつく。
「おっと、そろそろ出ないとな。こんなとこで話してるより実物見なきゃな。今から出れば送迎バスの時間に丁度くらいだし」
「なんかパンフレットに夢中になっちゃってたね。あ、でも梛織さん。準備大丈夫?」
「だいじょうぶだけど?」
 ユウキの言葉に、何で? と言うように梛織が返す。が、そこで思い出したように続ける。
「あ! あぁ、もう大丈夫」
 梛織は元々二人が来る前から準備は出来ていたのだ。けれど、外は天気もいいし、二人の家から事務所までは結構距離があるので、休ませようと思って梛織はああ言ったのだった。
「んじゃ、行こうか」
「はーい」
「うんー」
 そうして三人は事務所を出た。


 六月もそろそろ三分の一を過ぎようかという時期。外は既に本格的な夏模様だった。
「今日は晴れてよかったな」
 広場へと向かう途中、空を見上げて梛織がいう。青と白をまぶしたように綺麗な空は、雲ひとつ見えない晴天だった。
「晴れすぎなくらいだね」
「ユウキ、帽子使う?」
 手傘で答えるユウキに、ソヨは心配して自分の帽子を被せようとする。が、ユウキが断る。
「でも、ほんと。晴れてくれてよかった」
 最後の日々。ムービースターである三人は、雨が降ったからといって予定を先延ばしにすることは出来ないのだ。
「もうすっかり夏だよなぁ。下手したらその辺りにカキ氷の屋台とか……っ出てるしっ!!」
 言いかけて梛織。向こうにカキ氷の屋台を見つける。
「涼しそうだね」
 屋台の前で立ち止まる三人。ふぅ、と一息ついてユウキ。
「うん。この辺りにいると温度が1〜2度下がった気がするね」
「カキ氷かぁ、いいね。おっちゃん。三つお願い」
 三人に気がついた屋主のいらっしゃい。の言葉に、梛織がお金を渡す。
 そこへ慌てたようなユウキの声。
「な、梛織さん! バス! もう……!!」
「ん?」
 見るとお目当てのバスは既に停留所に止まっていて、あろう事か丁度扉が閉まるところだった。
「やばっ! ごめんおっちゃん!! また今度!!」
 言うが早いか、梛織はソヨとユウキの手を掴んで走り出そうとしているバスに猛ダッシュで向かう。屋主はそんな三人を楽しそうに笑いながら見ていた。
「ストップストーーップ!!」


 ギリギリでバスに乗ることが出来た三人。バスが目的地へと到着すると、目の前には大きな遊園地が広がっていた。
「わぁ……こんな所、銀幕市にあったんだ」
 驚いたようにユウキ。
 入場券を買おうと窓口まで行くと、最後の日々の期間はアトラクションは全て無料という事だった。
「え。いいの? ラッキー」
「あ、すいません。券を貰う事って出来ないんですか?」
 ソヨが訊ねると、窓口の人はすぐに券を三枚取り出して、それぞれに渡してくれる。なんでも、値段は無料だとしても、記念にとチケットを貰いに来る人がおおいそうだ。
 中へ入ると、平日だというのにかなりの人でいっぱいだった。家族連れや恋人、数人の友達グループと。ファンやスター、その他様々な人がいる。
「よーし。ソヨ嬢、ユウキ。最初に乗るのは勿論決まってるよな?」
「もっちろん」
「やっぱり乗るんだ……? あれ」
 梛織の言葉にノリノリで返すソヨと、苦笑しながら遠くにある豪快なレールを指すユウキ。
「なんかあれ、90度近く曲がってない?」
 人生で一番の絶叫をプレゼントしてくれるらしいジェットコースターのレールを見ながらユウキが言う。
「わ。ほんとだ! あれ乗るの!? 勢い余ってそのまま地面に突き刺さったりして」
 冗談に笑いながらソヨ。
「乗りたくないか?」
「ううん。大丈夫だよ」
 ユウキを心配して訊ねる梛織だったが、なんだかんだ本当に平気そうだったので三人は順番待ちの列に並ぶ事にする。
「うん? ……うん?」
 並んでいる途中、何かに気がついたようにソヨがキョロキョロし始める。
「ん? どうかした?」
「あ、いや。もしかしてさ。私、服装間違えたかなー……って」
 ソヨが言ったのはスカートのことだった。見ると、ソヨのようにミニのスカートはおろか、並んでいる人でスカートを履いているのはちらほらとしかいない。
「大丈夫だとは思うけど……」
 意味するところに気がつき、梛織が言い難そうに返す。
「あーー! ……やっちゃったぁ」
 顔を赤くしてソヨ。考え出すと色々な事が恥ずかしくなってくる。普段あまり履かないようなスカートまで履いて頑張ったのに、色々と空回りしていたこと。さらには、普段と違う格好をしているのはソヨだけで、ユウキはカットソーは買ったばかりのだけど、別段余所行きといった格好じゃないし。梛織も普段の黒ジャケット。というのも、なんだか自分だけすごく気合いれてる。みたいに思えてしまうのだ。
「あー……でも、そういう訳にもいかないのか。んじゃさ、一度戻って、買い物でもするか? どうせ入場料は無料だし」
 気を使って梛織。それが分かったソヨは少し落ち着いて、笑って言う。
「うーん。まぁ、押さえてるし平気かな。もうすぐ順番来るし、勿体無いしね」
 言っているうちに順番が来て、三人は乗り込む。
「ごめんユウキ。今回ちょっと、ソヨ嬢の隣譲って」
「え、うん。勿論いいよ?」
 二人乗りのコースターに梛織とソヨが座り、その後ろにユウキが乗り込む。
「流石に全部は、手が追いつかないだろ?」
 ぽふっ、と。梛織はソヨの頭の帽子が飛ばされないように軽く押さえる。
「あ、そっか。ありがと」
 そうして準備が整い、コースターは走り出す。


「はぁーー。すっごかったな」
 ジェットコースターの余韻に浸りながら梛織が言う。
「うん。あんなに楽しいものだとは思わなかったよ! 目に見える景色がグルグル回ってすごかった」
 少し興奮したようにユウキ。
「な? 案外やってみるといけるもんだろ?」
「うん。楽しかったー」
 あの回転は凄かった。とかどこのカーブが怖かった。などの話で盛り上がる二人。
「よし、それじゃあソヨ嬢! もう一回乗るか!?」
「……ぅ、乗らない」
 どよんとした様子でソヨが答える。
「ははっ。ソヨ嬢、すっげえ悲鳴だったもんな。耳壊れるかと思った」
 冗談っぽく笑って梛織。うぅ、と小さくソヨが唸る。
「怖いしスカート気になるし、髪もばさばさだし、もう……」
「なんとなく、おねえちゃんは苦手かなーって思ってたよ、こういうの。乗る前は一番はしゃぐんだけどね」
 同じように笑ってユウキ。二人にからかわれていると気がついたソヨはぷい、とそっぽを向く。
「あれ。ソヨ嬢もジェットコースター初めてだったんだ? ははっ、でも初めてであの勇敢っぷりはすごいな。まぁ次はもう少し軽めなのにしようか」
 歩きながらパンフレットを広げて、次のアトラクションを決める三人。
「船のやつとか楽しそう? じゃなかった?」
「あったね、ブランコみたいに揺れるやつ」
「じゃなくて、船でこう……進んでいくやつ」
 手で船を作ってはしらせてみる。
「これか、ウォータークルーズ?」
「それかも。それ行こうよー」
 続いて三人が向かったのは小さな船で屋内を探検していくアトラクションだった。船上にいる参加者に、色々なハプニングが襲い掛かってくるというものだ。
「お気をつけください。川には凶暴はワニがいますので、決して、川に落ちぬように」
 アトラクションが始まってまず、案内のお兄さんがそう言う。
「っ!? ユウキ、真ん中にいないと揺れた時に落ちちゃうよ。ほらこっち」
「え、あ……うん」
「遠くから聞こえるのは怪鳥の鳴き声です! 彼らは人間が好物ですので、みなさん身を隠してください!」
「怪鳥!? な、梛織さんこっちこっち! 見つかったらヤバイよ!!」
「あ、うん……」
 積んである樽に身を隠しながら、梛織はぐっと拳を握り締める。さっきから案内のお兄さんやソヨにツッコミたくてたまらないのだ。反射的に何度もツッコミそうになるのを、寸でのところで堪えていた。こういう場所なんだ……と言い聞かせて。
「この辺りには海賊がでますので、十分に注意して進みましょう」
 ここ川じゃなかったぁぁぁぁぁああ!? そんな言葉をどうにか喉の奥に押し込む梛織。
 その後も、巨大イカが現れたり、失われた文明の遺跡を見たり様々なイベントを進んでいく。
「あぁっ。海賊です! 海賊が現れました!! 応戦しましょう。大砲に弾を!」
 そしてゴールを目前にした時、アナウンスと共に、横の茂みから大きな船の側面が現れる。
「ついに来た!」
 梛織はすぐさま発泡スチロールで出来た大砲の弾をユウキに渡す。その弾をユウキが大砲に詰め、ソヨが大砲から出ている紐を引くと小さな火薬音が聞こえる。すると海賊船の側面から煙が上がりだし、海賊船が去っていく。
「やりました! 命中です! 海賊は退却していきました!!」
「やったーぁ!」
 飛び跳ねて喜ぶ三人。ゴール(外)の光に目を細めながら小さな感動でアトラクションを終える。
「最初はどうかと思ったけど、なかなか楽しめたなあ」
「だね」
「ああいうのは楽しんだもん勝ちだからな」
 笑って言うのだった。


 お昼時になり、三人はランチスペースの芝生にシートを広げてお弁当にした。
 今回、昼食のお弁当を用意したのは梛織だった。つい先日の映画撮影の時みたいに、お互いに作ってきちゃった、というのを避けるために事前に決めておいたのだった。
「じゃーん」
 バスケットをあけると、中にはサンドイッチが入っていた。
「おぉ〜〜。美味しそう」
「えーっと、こっちから、タマゴサンド、ポテトサラダサンド、チーズレタストマトのサンド、刻みチキンの照り焼きサンド、ゴボウとレンコンのマヨネーズ和えサンド」
 それじゃあいただきます。とソヨとユウキはそれぞれ、タマゴサンドとゴボウのサンドを手に取る。
「美味しい」
 二人同時に顔をほころばせる。そんな二人を見てなおも嬉しそうに笑う。
「だろ? よかった。沢山あるからドンドン食べてね」
「このゴボウとレンコンの、すごく美味しい」
「へぇ、どれどれ。……あ、ほんとだ! これ美味しい。どんな風になってるんだろう」
 ユウキの絶賛に、ソヨが一口食べ、サンドイッチを広げて中を見だす。
「あぁ、それはな。ゴボウとレンコンにマヨネーズと塩コショウ。あとヨーグルトを少し加えて和えるんだ。今度一緒に――っ」
 あたり前のように口を出ようとした言葉に、一瞬はっとする梛織。けれどもそれはほんの一瞬だけ。なんでもないように、にっ、と笑って続ける。
「――作ろうな」
 気が付いたか付いていないかは分からない。二人は梛織と同じように笑って答えた。
「うん。楽しみ」

「ご馳走様でした。ふぅ、もう食べれなぁーい」
 ごろんと芝生に背中を預けてソヨが言う。
「お粗末さま。それにしても食べてすぐ寝たら……」
「ならないもーん」
 ごろんと寝転んだまま空を見上げて、空は青いなあとか言っているソヨ。
 サンドイッチは好評につき完売した。空になったバスケットを見て、梛織が呟く。
「それにしても良く食べたな。作り過ぎちゃって三人だと少しきついかな、とも思ったんだけど」
「おにいちゃんのサンドイッチが美味しかったからだよ」
 何気なく返したユウキ。何か変な空気を感じて二人を見ると、梛織もソヨもユウキを凝視していた。
「??」
 はてな顔のユウキ。
「あれ、今ユウキなんて?」
「え? だからおにいちゃ――っっ!?」
 梛織の言葉にもう一度今言った事を繰り返しすユウキ。すぐに気が付いてビクリとして口を押さえる。
「ユウキ恥ずかしー……」
「――っ!!」
 茶化したソヨの声に、一瞬で真っ赤になるユウキ。
「いやいや、恥ずかしくないって。それより、なんてか。すげぇ嬉しかったよ」
 嬉しそうに微笑み、ぽんとユウキの頭に軽く手を乗せて梛織。
「お兄ちゃ〜ん。私デザートが食べたぁい」
 その時、ソヨがわざとらしい甘えるような声を出して梛織の逆の手を掴んだ。
「おぉぅ……これは、結構くるものがあるな。でもソヨ嬢。実は言ってから今、少し恥ずかしいだろ?」
「あはは。うん、分かった? なんか照れる」
 梛織の言葉に、あははと笑ってソヨが答える。
「でも嬉しかったから、お兄ちゃんがアイスを買ってあげよう」
「わ、やたっ!」
「二人とも、何がいい?」
「あ、僕が行くよ」
 立ち上がった梛織に、ユウキが制して言う。それじゃあ、と梛織もユウキに頼む事にする。
「おねえちゃんは、マーブル?」
「うん。お願いねユウキ」
 ひらひらと手を振ってソヨ。
「梛織……おにいちゃんは?」
 やっぱり恥ずかしそうに言ったユウキ。梛織が微笑んで返す。
「バニラで。お願いなユウキ」
「はーい」
 そのまま歩いていくユウキ。その肩はどこか弾んでいる。
 そんなユウキの背中をぼんやりと見ながら、ソヨは呟いた。
「この前さ」
 うん? と梛織がソヨを見る。ソヨはユウキの背中を見たまま言葉を続ける。
「梛織さんに、ありがとう。って言ったよね。ほら、映画撮影のとき」
「あぁ、うん。聞いたよ。なんか嬉しくてさ、柄にもなく泣きそうになったよ」
 その時のことを思い出して梛織。ずっと悩んできたソヨの実体化のこと。その所為で与えてしまった色々な恐怖。それらを全てくるめて、ありがとうと言ってくれた。
「私はね……」
 言いかけて、小さく首を振るソヨ。もう一度言いなおす。
「私とユウキはね。多分梛織さんが考えている以上に、梛織さんに感謝しているよ」
「……」
「私もユウキもさ。映画の中ではずっと二人ぼっちで。ユウキは両親の記憶だって殆んどないだろうし……だから、この街に実体化してから、ずっと私とユウキに良くしてくれる梛織さんが、お父さんやお兄ちゃんみたいに思えちゃってさ。こんなこと、ユウキと話したこと無かったけど……。でもやっぱりユウキもそう思ってたんだね。さっき梛織さんのことをお兄ちゃんって呼んだ時、やっぱりって思った」
 黙って、梛織は聞いていた。ソヨは別に何かの返事を欲しかった訳じゃない。ただ聞いて欲しかったのだ。
「私もユウキも、こういう場所に来るのは初めてなんだ。だから何も分からないでミニスカートなんて履いてきちゃうし、あはは……。それでね、どうして今までこういう場所に足を運ばなかったかって言うとさ。だってさ、悲しくなるんだもん。私とユウキ。二人いるけど、二人しか居ないんだもん。私さ、梛織さんの出身映画の事とか、良く知らなくて。もしかしたらすっごく無神経な事言ってるかもしれない……」
「いや、だいじょぶだよ」
 梛織の言葉に、ソヨが続ける。
「うん、ありがと……。ユウキは我が儘とかは全然言わないいい子だし、私も我慢できるけどね。でも、泣きたくなるの、きっと周りの家族とかを見ていたら。この街には、多分似たような境遇で実体化してきた人が沢山いて、もっともっと辛い状況に置かれていた人も多いと思う。だから甘ったれてるんじゃないみたいに思えちゃうかもしれないけど。……私とユウキはそのことがすごく辛かった。普段は、誰よりも幸せだって。そう胸を張っていえる。でも時々ね、物凄く。嘘みたいなほど悲しくなるの。何をやっても止まらないような。どんなに幸せなことを考えても拭いきれないような、深い悲しさ。多分、ユウキも感じる事があると思う」
 だからね。ユウキを見ながら、ソヨは言う。
「だからね、この街に来て。梛織さんがお父さんとお兄ちゃんになってくれて。梛織さんが笑いかけてくれるから、そんな悲しさや寂しさなんて全然感じなくなったんだよ。今日だってそう。周りのどんな幸せそうな家族を見たって、全然羨ましいとなんて感じなかった。どんな言葉よりも、どんな気持ちよりも。もっとずっと大きな意味を込めて、私は梛織さんに言いたかったんだ。ありがとう。って」
 そう言って、ソヨは笑う。そこへユウキが戻ってくる。
「お待たせ。僕はミントにし、た……よ?」
 何かの違和感を感じ、ユウキは首を傾げる。
「サンキュ」
 三つのアイスをスタンドに並べて持ってきたユウキ。梛織はユウキの手からスタンドごと受け取ると、ユウキとソヨを横に並ばせ、両の手で二人を抱きしめた。
「……え?」
 驚いたのはユウキの方だった。ソヨはにこりと笑っている。
「ちょっとごめんな。なんだか二人を抱きしめたかった」
 ぎゅっと少し力を込める梛織。その腕の中でソヨとユウキの目が合う。小さく頷いたソヨに、ユウキは目を閉じて梛織の温かさを感じた。そしてソヨも同じように目を閉じた。


 午後を過ぎてからも、三人はいくつものアトラクションを回った。
 コーヒーカップでは梛織が限界にチャレンジしてくると言い残し、本気で回せる所までハンドルを回して大変な事になったり。
 ホラー館では例の如く入る前までははしゃぎっぱなしだったソヨが入ってから人生で一番の悲鳴をあげたり。
 意外と色々なアトラクションに対性があったユウキだが、メリーゴーランドだけは本気になって拒否したり。だけど結局乗ることになったり。
 三人とも、足が疲れて動けなくなるくらいまで楽しんだ。
「うーん。楽しかったぁ〜」
 送迎バスを降り、見慣れた広場に戻ったソヨがうーんと伸びをする。
「遊び疲れてクタクタだよ……」
 小さく笑ってユウキ。
「こらっ! 気を抜かない!! 家に帰るまでが遠足ですっ!」
 そんな二人に喝を入れる梛織。面白がってソヨも返す。
「センセー。遠足じゃないとおもいまーす」
「あはははっ」
 すっかり夕日差した広場を歩き出す三人。そこへ聞き覚えのある声が掛けられる。
「お、きたきた。楽しんできたかい?」
 垂れたのれんにはカラフルな色で『氷』の文字。
 ん? と一瞬はてな顔で見合わせる三人だったが、すぐに気がついて各々が笑って返す。今朝のカキ氷の屋主だった。
「もっちろん」
「そかそか、そりゃあ何よりだ。ホラ、んじゃあ早いとこ味を選びな!」
 ん? 再び三人ははてな顔。
「オイオイ。このままじゃ金だけ取っておいて商品を渡さない詐欺屋台になっちまうよ」
「あ、そっか」
 その言葉に梛織が気がつく。そういえば今朝、お金を渡した所でバスに気がついたから、代金は払ったけど商品は貰ってない状態だったのだ。
「もしかして、ずっと待っててくれたの?」
「まぁ、商売ついでにな」
 ユウキの言葉に屋主が笑って答える。
「ありがとうございます。それじゃ私、ブルーハワイ!」
 ぺこりと軽くお辞儀をするソヨ。嬉しそうに続ける。
「ほいよ!」
 しゃりしゃりと機械で削った氷があっという間に小さな山になり、そこに青色のシロップがかけられる。
「お待ち。一気に食べるなよお?」
「じゃーぁ、僕はレモン」
 レモンを頼んだのはユウキだ。同じように機械があっという間にカキ氷をつくる。
「よし、んじゃ俺は、この梅じそハバネロ味ってのにしてみようかな」
「ええ!? 梛織さんそれいくんだ!? 私見ないようにしてたのに」
 梛織が選んだ、容器の底にハバネロが丸々沈んでいる薄ら赤いシロップを見てソヨ。
「それ、冗談のメニューかと思ってた……チャレンジャーだね、梛織さん……」
 味を想像したのか、なんともいえない表情でユウキ。
「なんか気になるじゃん? 意外と美味しいかもよ?」
「か、かなぁ……?」
「うーん……」
「いやー、そりゃないだろう」
 ユウキとソヨに混じって、屋主までもが首を捻って言う。
「いやアンタが言っちゃ駄目だろ!!? お勧めしておこう!? 実は美味しい組み合わせなんです。を期待してた俺だけど、おっちゃんがそんな風に言ったら不安になるからね!?」
「はははっ。まぁ、うん。実はウマイかもしれんな……売れたことないけど」
「ちょっっ!! やっぱ変える!!」
「もう作っちまったぞ」
「いやぁぁぁぁぁああ!!」


 梛織が二人を送るよと言って歩き出した聖林通り。ゲームセンターの前でふとソヨが立ち止まる。
「あーー!」
 そのまま中を覗くソヨ。
「お、なになに? 何取って欲しい!?」
 張り切って言う梛織に、ソヨはううん、と返す。
「キーホルダーは、素敵なのがあるから」
 ハンドバッグのオレンジムーンストーンにシトラスカラーバッキーのキーホルダーを見せてソヨ。ついこの間、梛織に買ってもらったものだった。ソヨはバッグに、ユウキは家の鍵につけているのだ。
「今日は、これこれ」
 そう言ってソヨは大きな機会の前に移動する。それは撮影した映像をその場で小さなシールにする、いわゆるプリクラだった。
「あ、そういえば今日は絶対撮るって言ってたね」
 ユウキが梛織の手を取って機械の中へと入る。
「よーし。あ、梛織さん真ん中ね!」
「はは、OK」
「どんな顔がいいかな?」
「決まってるだろ? 一発勝負!」
「それじゃいくよー」
 出来上がったプリクラを見てうんうんと頷く三人。
「これを……と」
 ソヨがその一枚を剥がし、バッグの中から携帯電話を取り出して貼り付ける。
「これね、前の携帯なんだ」
 プリクラを撫でるように貼り付けてソヨ。
「前の?」
「うん。映画内から持ってきちゃった携帯。勿論ここじゃ使えないんだけどね」
 もしかしたらさ。と続ける。
「もしかしたら……、神さまがこのプリクラには気がつかないで、元の世界まで持って行けちゃうかもしれない! ……なんて」
 軽い調子で笑って、ソヨ。同じようにユウキも前の携帯電話を取り出して貼り付ける。
「馬鹿みたいなことだけど。そうだったらいいよね。って」
 昨日話してたんだ。とユウキ。
「そうだな。意外と神さまってドジっぽいし。見逃しそうだな。俺も帰ったら前の携帯に張っておこーっと」
 ははっと笑ってプリクラを台紙ごとハサミで切り取る梛織。ポケットに入れる前にもう一度そのプリクラに目をやる。

 ソヨ、梛織、ユウキ。
 幸せそうな笑顔の三人が、そこには写っていた。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。
プライベートノベルのお届けにまいりましたー。

ええと、はい。
このノベルが、銀幕における依戒の最後の作品となります。
みなさま。本当にありがとうございました。
と、この辺りは、後ほどブログにてつもり積もった想いとお礼を。

さて。叫びたい事は山ほど。こちらもやはり、後ほどブログであとがきとして書くとして。ここでは少し。

遊園地です! やっぱり遊園地にしちゃいました! 家族デートと言えば遊園地!

改めて、ユウキとソヨを愛してくださってありがとうございました。二人も、私も。最高に幸せです。

それでは、最後となりましたが。
この度は、素敵なプライベートノベルのオファー。ありがとうございました。
嬉しくて幸せで。どうにかなりそうでしたよ。

オファーPCさま。そしてノベルを読んでくださった方の誰かが。
ほんの一瞬でも、幸せな時間と感じて下さったなら。
私はとても嬉しく思います。
公開日時2009-07-31(金) 18:10
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