★ 笛吹きたちと最後の一杯 ★
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
管理番号938-8411 オファー日2009-06-25(木) 01:02
オファーPC 桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
ゲストPC1 赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
ゲストPC2 ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
ゲストPC3 ケイ・シー・ストラ(cxnd3149) ムービースター 男 40歳 テロリスト
<ノベル>

『あー、犯人どもにー告ぐー。おまえらはー完全にー包囲ーされているー。おとなしく投降してー出てきなさーい』
 ヤル気のないダミ声が、拡声器でさらに歪められていた。
 こんなセリフをこの俺が現実に言うハメになるとは――と、桑島平はボンヤリ考えながら、映画館をボンヤリ見つめていた。早く帰りたい。
 ムービースター数十名が、『シネマパラダイス』という名のシネマコンプレックスに立てこもってしまった。桑島刑事が今日担当している事件はコレである。規模はパニックシネマに及ばないものの、カルトであったりマイナーであったりする映画をよく公開しているので、マニアのウケはいい映画館だ。
 今日はここで午前中に新作特撮邦画の試写会イベントが催される予定だったが、午前中からずっと連中が立てこもっているので、お流れになってしまった。赤城竜は、その新作に登場する怪人としてイベントに参加するハズだったので、ここにいる。桑島の友人である事実を振りかざし、あとは気合で、警察関係者の中に割り込んだのだ。
『あー、犯人どもに告ぐー。さっさと出て来いコノヤロー』
 桑島の呼びかけはどんどんいい加減になっていった。
 無理もない、飲まず食わずで、朝っぱらから現在午後2時までこの調子だ。拮抗状態が続いている。
「リオネを連れて来いって言ってんだろうが!」
 入り口から、不良風の若者が首を突き出して怒鳴り返してきた。桑島とは違い、向こうはヤル気充分だ。殺気や鬼気を感じさせるほどだった。
「連れて来てやったらどうだ?」
「連れて来てもどーにもならないじゃないか」
 赤城と桑島はそんな会話を交わして、ため息をついた。
 かれらは、リオネに、魔法の継続を要求しているのだった。リオネからは、つい先日、魔法の終わりが宣告された。
 3年以上にわたって銀幕市を夢の中に閉じ込めていた魔法の時間が、エピローグを迎える。多くの人が、ソレを受け入れた。魔法はいつか解けるモノだと、はじめから皆聞かされていた。いよいよ、その瞬間が訪れることになった――ソレだけだ。
 ムービースターは消え、バッキーも帰る。ムービーハザードは起こらなくなり、退屈で常識的な日常が、銀幕市に戻ってくるのだ……。
 だが、銀幕市民のすべてがソレに納得できたワケではない。魔法が消えたとき、ムービースターも消える。ソレは別れだ。死であると見なした人もいる。
 自暴自棄になったスターが暴れるのは珍しいことでも理解できないことでもない。
 今回の立てこもりも、その「自暴自棄が起こした行動」のうちの一種だ。
「こんにちはー。ご注文のおソバお届けにあがりましたー」
 桑島と赤城の視界が、ヌッと暗くなる。振り返ってみると、割烹着に利休帽の巨漢が、巨大なオカモチを手にして立っていた。
「うぉぉい、ドルフじゃねえか!」
「おー、来たか来たか!」
 ソバの出前に来たのは、ランドルフ・トラウト。桑島は驚き、赤城は歓声を上げてオカモチに注目した。というか、勝手にオカモチを開けた。
「腹が減っては戦はできねぇ。オレが注文しといたぜ。ドルフが勤めてるソバ屋はうまいって、評判だからよー」
 赤城はオカモチからどんどんソバを取り出し、警察関係者に配っていく。ランドルフは……赤城の勝手な行動にもまるで気づいていないようで、キョロキョロしていた。
「……俺の相棒なら今ウラにまわってるよ」
「え!」
 桑島はニヤニヤした。探している人物を見抜かれ、ランドルフはたちまち湯気を立てるくらい赤くなった。
「い、いや……その……ええと……」
「オッサンにはお見通しだぜ」
「うぉーい、いくらだ?」
「あ、な、7800円になります」
 立てこもり事件は何の進展も見せないまま、呑気に刑事たちがソバをすする音が聞こえ始めた。「いやあ、ほんとにこのソバうまいな」
「だろ? ドルフの店のは最高だ」
「いえ、私のお店ではありませんよ。一度お店のほうに来てください。やっぱり茹で立ての出来立てがいいですからね」
「だよな。今度行ってみるか……」
 そんな呑気ですんでいるのは、連中が人質を取っていないからだ。かれらは営業時間前から映画館に押し入った。従業員の数は少なく、全員がスキをついて脱出できたらしい。
 その話を聞く限りでは、犯人側はわりと間が抜けているのかもしれない。が、銃を持っているのは確かなので、うかつに近づけなかった。試写会はお流れになっているし、営業はできないし、充分被害は出ているのだが、人の命がかかっていないぶん緊迫感は薄い。
 代金を回収するあいだ、ランドルフも事件の経緯を聞いて、映画館の入り口をじっと見つめていた。
「何事だ?」
 桑島がソバを食べ終える直前だった。警察の制止をどうくぐり抜けてきたのか――いつの間にか黒づくめのテロリストが、桑島の隣に立っていたのだ。桑島と赤城は、ソバを鼻から噴きかけた。
「急に現れるなよ! 関係者以外立ち入り禁止!」
「おー、ストラ。また港で訓練か?」
「そうだ」
 ケイ・シー・ストラだ。ガスマスクをかぶった同志の姿は見えないが、たぶん、彼の号令ひとつで集まってくるだろう。パトカーと野次馬の壁の向こうで待機しているに違いない。
「立てこもりですよ」
「ほう。犯人は何を要求している?」
「リオネを出せ、だと。魔法をまた銀幕市にかけろ、だと」
「把握した。対策は?」
「コイツで『あきらめて出て来い』って呼びかけてる。ひたすら」
 桑島が拡声器をチラつかせると、ストラが、無表情で「フン」と短く息を漏らした。
「おまえ今笑ったろ!?」
「笑ったように見えたか?」
「いや少なくともバカにはしたろ!?」
「ソレは認めよう」
「ぐぬぬ……おっまえぇぇ……」
「手を貸すぞ。烏合の衆の無力化ならば、われわれが最も得意とする作戦だ」
 ストラの目がマジだったので、赤城と桑島はちょっと引いた。確かに彼らに頼めばワケなく解決するだろうが、映画館もろとも犯人グループは蜂の巣にされてしまうだろう。ひょっとすると映画館が消滅するかもしれない。ランドルフは……そんな物騒な会話も耳に入っておらず、どうにかして映画館の裏手の様子が見えないか、あちこちに首を突き出していた。
「いやいやいや、皆殺しはダメだ」
「そうだそうだ、戦争反対」
「何とかして、無血で解決するべきだと思うんですよ。私も、手伝いますから」
「全員射殺するとは言っていない。あくまで無力化だ。ソレくらいはわきまえている」
 ストラは無表情だったが、声色はちょっとムッとした様子だった。
 桑島は頭をかいた。周りの警察関係者の顔色を見てまわる。全員、「早くコイツらに頼めばいいじゃん」とでも言いたげだ。桑島は軽く息をついて、ストラに頼みこんだ。


「行け行け行け行け行け!」
「敵影発見!」
「応戦します!」
「クリア・レフト」
「クリア・ライト」
「通路確保ーッ!」
「行け行け行け行け行け!」
 映画館を包みこむ爆音! そして煙幕! 戦場さながら、銃弾が飛び交う音が飛び交う!
 桑島はほとんど逃げ回るしかなかった。赤城はドサクサにまぎれて、ランドルフと一緒に大暴れし、のびている犯人を発見次第縛り上げて、外に担ぎ出していく。ランドルフは本来さっさとソバ屋にもどるべきだったのだが、人がいいので、強引な赤城によって突入メンバーに数えられてしまっていたのだ。
 テロ集団『ハーメルン』がロケーションエリアを展開し、閃光弾や催涙弾を投げ込むと、館内は大混乱に陥った。慣れた調子で突入し、片っ端から犯人を殴ったり銃を突きつけたり蹴り転がしたりするテロリストたちの様子は、桑島たちの目に、ヤケに生き生きしているように映っていた。
 本来なら投降した人間を縛り上げるところらしいが、そこは赤城やランドルフが引き受けた。武器を取り上げ、外に放り出す。やるべきことの手順がひとつ減るので、ハーメルンの手際はさらによくなった。おまけにストラがいれば、敵があと何人残っているかわかるのだ。桑島は表で待機している警察に連絡する係だった。

 アッと言う間に立てこもり事件が解決してしまった。

「……午前中からの数時間は何だったんだ、いったい……イベントだってできたんじゃねぇか……?」
「まったくだ。なぜ出動要請をよこさなかった?」
「なー。なんでだろーなー」
 犯人グループは全員パトカーに押し込められていく。
「チクショー! オレたちは消えたくねえんだ! オレたちは――」
 リーダー格だった男が、顔を真っ赤にして叫んでいた。刑事のひとりが、かたい表情で彼の頭を押し、パトカーに乗せる。
 ランドルフとストラも、桑島と赤城も、何も言わず、ただじっと彼を見つめていた。
 どう言えば、彼は納得してくれるだろう。最後の日までに、最後を受け入れられるだろうか。
「さて、と」
 桑島がその空気を振り切った。
「今日は居合わせてくれた善良な市民のおかげで、迅速に、かつ大した流血もなく、事件を無事に解決することができました」
「な、なんだ、改まって。気持ち悪ぃな」
「たまにはちゃんと警察として礼言おうって思った俺に対して失礼ですよ! ……つーわけで。どうだ、皆自分の仕事が終わってから、軽く飲みに行くってのは?」
「おお、そうか、そういうことか! わははは、そういう誘いならいつでも大歓迎なんだぜ」
「ストラは?」
 桑島に振られたストラは無表情で腕を組んでいるだけだったが、後ろのガスマスクを見れば彼の気持ちは明らかだ。ガスマスクたちはリーダーが何も言っていないのに、すでに「酒だって!」「飲み会だってよ!」「ハラショー!」とかなり盛り上がっている。
「よし、OKだな」
「私はまだ何も言ってい」
「ドルフももちろん来るよな!」
 赤城が豪快に笑い、ランドルフのブ厚い背中を叩く。ボム、とにぶい音がして、軽く砂煙と埃が舞い上がった。さっきの突入作戦でタップリ浴びた土煙だろう。
「はい。例のおでん屋さんですよね?」
 ランドルフは笑顔で快諾した。
 桑島も赤城も、そう言えば場所を指定していなかったが、ソレは、とっくに決まっているも同然だったからだろう。ランドルフが言うように、場所はおでん屋だ。夜になれば、あのガード下に現れる、小さな屋台だった。
 まだ何も言っていないのに打ち上げへの参加が決まったストラは、軽いため息をついて後ろを振り返った。すでに酒が入ったかのような勢いで、ガスマスクたちが喜んでいる。


                         ★  ★  ★


 屋台の止まり木には、詰めても4人までしか座れない。しかもランドルフは見たまま巨大だし、赤城もストラも体格ががっちりしていて肩幅が広い。桑島は、文字通り非常に肩身が狭い思いをした。ストラの同志たちは当然席にあぶれた。しかし地べたに座って飲み食いすることにまるで抵抗がないらしく、ガード下のジメジメした地面に座り、注文したモノやら持参したウオッカやらを広げて、夜だというのにまるでピクニックをやっているようだ。ハーメルン語で盛り上がっているので、彼らの言葉がわからない桑島たちは、あまりジャマをしてやらないことにした。
「いやーしかし、ほんとにあの数時間は何だったんだってな! 課長にイヤミ言われちまった。わははは」
「そりゃー、電話一本ですむところを5時間だろ? いや、6時間か?」
「そんな大騒ぎになっているとは知りませんでした……朝8時からあんなことを続けていたなんて。お疲れ様です。私はまだ寝てましたよ」
「ありゃ? ドルフって早起きってイメージだがなぁ。朝っぱらから現場でツルハシ振ってるっつーイメージだ」
「今朝はお休みをもらいまして。10時過ぎにおソバ屋さんのほうに行きました」
「おう、ほんとに評判いいんだぜ? どるふそば……だっけ? おまえが考えたの」
「そうです。赤城さんなら全部食べられるかもしれません」
「なんで俺はムリなんだ」
「とにかく大盛りなので」
「主人。今日もストリチナヤはないのか」
「すんません、カタカナのお酒はビールしか……」
「舌打ちすんなオイ」
「していない」
「ビールでいいだろ」
「ビールなどソフトドリンクだ」
「強いお酒でしたら、今日はいい泡盛がありますけどね」
「おッ、じゃあ、オレとストラで飲み比べといくか! がはははは」
「すみません、私にも一杯。ソレと、はんぺんとがんもとしらたきもお願いします」
「3人が行くんだったら俺も行かねばなるまい! 大将、俺にもそれひとつ!」
 屋台の主人は、なぜか勝ち誇ったような嬉しそうな笑みで、足元から立派な酒瓶を取り出した。力強い筆文字で『古酒 きんぐしいさあ』と書かれている。なぜかビンの首にはしめ縄のようなモノがかかっていた。
 高そうだ、と庶民の桑島と赤城は直感した。が、漢たるものあとには引けない。
 ランドルフとストラは、ものめずらしそうに泡盛のビンを見ていた。なんだなんだと、ゾロゾロガスマスクたちも覗きに来ている。
「『きんぐしいさあ』……そのネーミングはマジなのか……?」
「どんだけ強いんだい、その酒?」
「えーと、50度って書いてありますね」
「ぶわ!」
「日本のお酒でそこまで強いのは珍しいですね」
「つーか、泡盛も置いてたんだなあ、ココ」
「いやぁ、実は、コイツはあたしの個人的なモンでしてね」
 屋台の主人が、照れ笑いした。
「特別ですよ。今日は特別です」
 そして、笑いながら、とっておきの酒のフタを開けた。
 自分の酒だと言っていたけれど、主人はその場の全員に、泡盛を注いでくれた。ちゃっかり自分のコップも用意していたようだが。
「……フム」
「お。ウオッカひとすじのストラも唸るか?」
「うまいな」
「おおおー」
「ええ、おいしいです。これは本当に」
「お客さん、ちょうどがんもが合いますよ」
 強い酒も入って、もともとビールでほろ酔いだった桑島と赤城は、だいぶ出来上がりはじめた。よくある光景だ。ランドルフは、酒で自分を見失ったらいろいろ大変なことになると自覚していたので、その古酒で酒は止めた。そして、こっそり甘いオレンジサイダーを注文する。
「しっかしよぅ! 俺たちはここに何回来たかな? もうすっかり常連だよなぁ、ハーメルンもドルフも!」
「ドルフと初めてここに来たのはいつだった? あー、覚えてねぇな! 付き合い長いからよー」
「そうですね……印象が強いのは、桑島さんのところに〈赤い本〉が来たときでしょうか。あんなときだったのに、なぜだか盛り上がりましたからね」
「〈赤い本〉? ああ、そんなこともあったな」
 桑島と赤城は、忌まわしい本の内容も、ソレを読んだ日のことも、酔っているのにありありと思い出せた。あのときは、まさかその本にティターン神族などという大げさな存在が関わっているとは思ってもみなかったハズだ。
 桑島のような「エキストラ」に分類される人々を恐怖で支配しようとした、神々のもくろみ。ソレは最終的に市全体を巻き込む「戦争」に発展した。
 そこまで思い出したところで、桑島と赤城の目は、黙って酒を飲むストラに向けられる。
「あの戦い、ハーメルンが手伝ってくれたんだったなぁ。今日みたいに」
「そうそう、まさか手伝ってくれるとは思わなかったんだぜ!」
「要請があったのでな」
「オッ、アレか。流行りのツンデレってヤツか。『べっ、べつにあんたたちのために戦ったんじゃないんだからねっ』てか。わははははは!」
「がはははははは!」
「桑島さん、詳しいんですね……」
 桑島と赤城はヘンなツボに入ってしまったのか、ゲラゲラ笑い続けていた。と、屋台の横で勝手に飲み食いしていたテロリストの間からも、ドッと笑いが起きる。ストラとランドルフは何事かと顔をそちらに向けた。が、何のことはない。おでんの卵を大事に取っておいたテロリストのひとりが、フォークをすべらせて、卵を土の上に転がしてしまったのだ。
「まったく。主人、卵をもうひとつ頼む」
「はいよ。すべりますからね、今度は気をつけて」
「ツルッツルだからな。なあ桑島。タマゴのツルッツルには気をつけねぇと。がはははは!」
「何が言いたいんだ、赤城さん!」
 そう怒鳴り返しながらも、桑島は自分の頭を撫でた。赤城は相変わらず豪快に笑いながら、桑島の頭をバシバシ叩く。
「コイツ、最近ヤケに髪のこと気にしやがって。よけいハゲるぞ」
「俺はぜんぜんハゲてないって! そ、そうだ! ストラのほうがよっぽどヤバいだろ」
 ビシ!
 赤城に髪をグシャグシャにされながら、桑島ははじっこの席のストラを指さす。正確には、ストラの額を指さす。なぜか勝ち誇った顔だ。
 が、ストラはノーリアクションでウィンナーを食べている。
「はっはー! 返す言葉もないか!」
「頭髪が薄くなるのは宿命だ。ソレに、生え際が気になるならすべて剃ってしまえばいいではないか」
 白人の考え方だった。彼らはスキンヘッドにしても、頭蓋骨のカタチがいいのでサマになるのだ。それに髪の色も薄いので剃り跡があまり目立たない。特にストラは銀髪なので有利だ(?)。
「そういや軍人役にゃスキンヘッドが多いよなぁ。気のせいか?」
「な……な……なんだこの敗北感……!? それになんなんだ……その『パンがないならケーキを食べればいいじゃない』みたいな極論……!」
「ああ、でも実際、気楽でいいものですよ。桑島さん」
 べつにワザとではないだろうが、ランドルフは笑顔で、自分の頭をペタペタ叩いた。彼の頭は、一点の曇りもないスキンヘッドだった。
「よーし決まった! 桑島、明日からおまえは『スキンヘッド刑事』だ! 誰かバリカン持ってこーい!」
「ダ・ヤア!」
「なにー、持ってんのかよ!? や、やめろ! 俺はハゲたくないんだああああぁ」
 いつの間にか赤城にガッチリ首を固定されていた桑島だったが、死に物狂いでその拘束から逃れた。止まり木から離れ、わめきながら逃げていく。赤城は笑い、大声を上げながら、桑島を追いかけていった。
 そんなワケで、止まり木のすみっことすみっこに、ランドルフとストラが残された。
「ふたりとも元気ですよねえ」
「まったくだ」
 ランドルフは苦笑いで、ストラは無表情で、それぞれのコップの酒をあけた。
「お客さんたちふたりとも、ムービースターでしょう。……寂しくなりますなあ」
 不意に、主人がそんなことを口にした。笑っているのか困っているのかわからない、複雑な表情で、おでん鍋をつついている。売り物はだいぶ少なくなっていた。今晩は、この4人+テロ集団だけを客にしただけで店じまいになりそうだ。
「ヤケになってる人もいるようですが、お客さんたちみたいに……桑島さんと赤城さんもそうですけどね……普通に過ごしてる人が多くって、あたしゃ驚いてるんですよ。この日に消える、なんて言われたら、あたしゃ平気でいられないと思うんで」
 ソレを聞いて、ランドルフとストラは、チラと顔を見合わせた。
 昼間立てこもり事件を起こしたムービースターのほうが、このおでん屋の主人には自然な反応のように見えるのだろう。その考えもわかる。泣きながら別れを惜しんだって、ソレはけっして罪にもならない。
 ただ、ふたりとも、そういう気にはならないだけだ。
「私たちはともかく……桑島さんも赤城さんも、きっと自分流のお別れ会をしてくださってるんだと思うんです」
 ランドルフは照れ笑いして、うなじをかいた。
「何だか私たちは、不思議なモノで……6月13日が過ぎたあとも、また皆さんと会えるような気がしてならないんですよ。映画の中には、私たちがちゃんといるワケですし。これからも映画を見てくれるなら、ソレでいいかなとか……いえ、ちょっと違うんですが……要するに、これっきりという気がしなくって」
 モゴモゴと、ランドルフは話した。うまく説明がつかない。説明がつかないまま、思いつくままに言葉を並べたら、奥歯にモノが挟まったような、ハッキリしない話になってしまった。が、主人は納得したのか、うんうんと細かく頷いてくれている。
 彼はまた足元から酒瓶を出した。今度は泡盛とは違うようだが、また高そうな日本の酒であることは間違いない。
「コイツはあたしからのおごりです。どうぞ」
「いいんですか? ありがとうございます」
「……スパシーバ」
 ランドルフが、主人が注いでくれた酒に口をつけようとした、そのときだ。
「おぅい! ドルフ! おまえわぁ、まぁだやり残したことがぁあるだろぉお!」
「ブッ!?」
 突然、延髄に腕を叩きつけられて、ランドルフはせっかくのおごりの酒を残らず噴いた。どっかに行っていた桑島と赤城が戻ってきたのだ。桑島の髪は……無事だった。が、汗でベタベタだしグチャグチャに乱れている。ふたりとも、アルコールが入った身体で走り回ったせいで、完全にへべれけだった。
「ぅおまえわっ、俺のあいぼーにっ、こくはくしたのか!?」
「はいぃ!?」
「好きだってちゃんとぉ、言ったのかぁっ!?」
「えっいえあのっその、き、急に何の話だか、ハハハ」
「ぐぉまかすんじゃねっこのこのこのっ」
「おーい、大将、なんだその酒。ちょっと貸せっ」
「あ、ちょ、赤城さ……」
「金なら払うってんだ、がははは。コイツらと朝まで飲み明かすんだよー」
 赤城も赤城でタチの悪い酔っ払いかただ。彼は主人の手から酒瓶を奪い、テロリストたちに勝手にふるまい始めた。ウオッカ派の彼らだが、もらえるなら何でも飲むタチだ。ストラも好きにさせている。
 桑島にイヤな絡まれ方をされ始めたランドルフが、茹でたタコやエビのように真っ赤なのは、酒のせいではなかった。
「ほら、いくぞぉドルフ。オレはあいぼーだからなー、あいつの住所しってんだぁ。今日こそチャンスだそぞぅぅ」
「く、桑島さん。ソレは職権乱用では……」
「かたいコトいうな!」
「警察がそんなこと言っちゃダメですよぉ」
「……」
「おいストラ! てめぇなにすましてやがる。こっち来て一緒に呑めっ、同志だろうが。戦友だろうが! あんときの、フランキー討伐作戦。オレぁ一生忘れねぇんだぜぃ!」
 この騒々しさの中でもひとり静かだったストラだが、最終的には赤城に引っ張られ、飲み比べの餌食にされた。

 これが、彼らなりのお別れ会。
 明日も明後日も、6月14日の夜であっても、また全員がここに集って、仕事や世間に対するグチをこぼしながら、酒を飲んでいそうな気がする。
 そんな、うわべは普通のお別れ会。
 話に耳を傾ければ、わかってくる。
 今宵の彼らは、ほとんど思い出話しかしていないのだ……。

 おでん屋の主人はひとり、微笑しながら頷いた。彼らの夜はまだまだ終わりそうにない。
 追加できる具は、もう、卵くらいになっていた。主人は最後の卵を、おでん鍋の中に追加する。
 とっくに閉店時間は過ぎていることに、主人すらも気づかない。
 夜行列車が、いつもどおりの時間に、彼らの頭上を通り過ぎていった。
 

クリエイターコメント書き終わったとき、「ああ、終わったんだな」と感じた1本です。私の銀幕★輪舞曲でのお仕事は、このノベルの納品をもって完了します。
奇しくも、ソレにふさわしい内容のノベルでした。
ストラたちを呼んでくださって、ありがとうございます。

本当に、ありがとうございました。
お疲れ様でした!
公開日時2009-07-31(金) 18:10
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