★ 幸せの定義 ★
クリエイター相羽まお(wwrn5995)
管理番号484-5087 オファー日2008-10-22(水) 21:00
オファーPC 吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
ゲストPC1 樋口 智一(cdrf9202) ムービーファン 男 18歳 フリーター
<ノベル>

 そろそろ季節は冬へと向かい、服装も秋物から冬物へと変わっていく。
 クリスマスまであと一ヶ月、大学の学園祭とか以外に特にイベントのない時期ではあったが、今日も綺羅星ビバリーヒルズは活気に溢れていた。
 人々のざわめき、車のエンジン音、そして……ショッピングモールに流れる上品で暖かな曲……。
 その曲が、あまりに耳に自然に入って来たので、最初は気付かなかった。だが、その曲の耳に馴染んだ旋律を聞いているうちに、あれ、この曲は確か香介が作った曲だったはず……、と宗主は記憶を辿って思い出した。
 その曲は香介が作った曲としては名曲ではなかった。でも、聞いた者の心を和ませてくれる、そんな曲であった。現にショッピングモールを歩いている人の顔が和んでいるように、宗主には感じられた。
 傍にいない筈の香介の存在を、歩きながらも宗主は意識せざる得なかった。いや、むしろ傍にいるときより、曲を聞く方が、より強く存在を感じさせられる。香介の作った曲を聞く方が、実際に会って会話するより、より香介の本質に近くて、より香介らしい個性を出しているのかもしれない。
 今日はもう大学の授業が終わり、あとはマンションヘ帰宅するだけだった。ただ、今日は特にしなければならない用事もないので、真っ直ぐ家に帰るのもちょっと勿体無い気がした。欲しい服もある。ちょっと洒落た喫茶店で美味しい紅茶も飲みたい。でも、何より一番に、熱心な美大生の宗主としては、絵を描くための題材が何か欲しい。そこでこのショッピングモールを散策することにした。
 しかし今流れている曲のおかげで、ついつい思い浮かぶのは香介の姿ばかりである。そんなことを考えていたため、偶然香介のポスターを目にしたとき、宗主はそれを今流れている香介の曲と同じくらいに自然に受け入れ、足を止めて、しげしげと見入ってしまった。
 そのポスターは、くるたん布教委員会が作ったものであった。委員会の名前こそコミカルなものの、そのポスターの製作者が本当に香介のことを心から敬愛しているのが分かった。普段、香介を見慣れている宗主の目から見ても、そのポスターの中の香介は神々しく神秘的に見えた。
 ――へえ……この写真を撮った人は、かなりの腕前の持ち主だね。構図としても完璧だな。
 宗主はこれ以外のポスターがあるならそれも見てみたくて、周囲へ視線を走らせた。
 しかし、そこで宗主は、自分以外にポスターに見入っている存在に気付いた。その人物は奇妙なことに、ポスターを見て、顔を赤くして、ぷるぷる全身を震わせている。何やら、酷く興奮しているみたいだ。
 ――あれ? どうしたんだろ?
 不審に思って、宗主はその人物にじっと観察する。しかしその人物は傍にいる宗主の存在に気付いていないみたいである。そしてその人物はついに、我慢しきれない、という感じに大声で叫んだ。
「くるたんなんかじゃねええ!」
 壁からポスターをビリビリと引き剥がし始める。
 香介のポスターはファンに大人気のため、よく若い娘とか、剥がして盗んでいくことがあった。だが、その人物は、そういう目的でポスターを剥がしているわけではないようである。
 ――うーん……何だろ? でも、あまり、感心できる行為ではないな。
 もし香介に恨みがあってポスターを剥がしているなら、それはそれで見過ごすわけにはいかない。下手をしたら、香介本人にも迷惑がかかるからだ。
 宗主は自分の喧嘩の腕前に自信があった。その自分が逆上して襲い掛かってくるなら、返り討ちにすればいい。
「あの……えっと、きみ……何をしているんだい?」
 宗主はその人物に話しかけた。
 しかし、その人物は宗主の存在に気付いたが、意外にも、別にやましいことがない、というように悪びれない態度を取る。
「そんなの決まってんだろ!」
「うん?」
「何って、このポスターを剥がそうとしてたのさ! 俺の来栖はくるたんなんかじゃねぇんだ!」
 ――俺の……来栖……?
 一瞬宗主は、その人物の言っている意味が分からなかった。それくらい、相手の言葉が意表をついていたからだ。
 それからようやくこの人物が、よっぽど来栖の熱狂的なファンらしい、と理解する。
 しかも、独占欲も強そうだ。ストーカーかもしれない、と宗主は考える。そして用心しつつ、その人物を観察する。かなりラフな格好をした男の子だ。服装こそ味気ないものであったが、ファッションセンスは悪くないように見えた。
 見た目的にはストーカーするかどうかは微妙に判断できない。だが、ストーカーがストーカーらしい格好をしている、とは限らない。
 とりあえず、宗主の知らない香介の知り合いかもしれないから、まずその点から宗主は尋ねてみる。
「えっと……きみ、来栖香介とどんな関係?」
「勿論、来栖は俺の全てだ! 愛しているぜ!」
「そうじゃなくて……関係を聞いてるんだけど……?」
「だから、来栖は俺の全てだ! そして来栖の全てを俺は愛しているっ! LOVE 来栖!」
 拉致が明かない……。宗主は質問を変えることにする。
「じゃあ……えっと……来栖香介のどこを好きなのかな?」
「それはな、勿論、決まってんだろ! 来栖のどこが好きだって! それはな全てだ!」
「いや、だから……どこが好きなのかな……と……」
「嫌いなところはまったくない! 何かも存在自体、全てを愛している!」
「じゃあ、具体的に特に好きなところ、あげてみてくれないかな?」
 宗主は男の子と香介の関係を知るためにさらに突っ込んだ質問をする。しかし、その質問はこの男の子にとっては、まさによくぞ聞いてくれた、という感じみたいだった。マシンガンのような早口で、男の子は語り始める。目をキラキラさせながら、香介に対する想いを熱く吐き出す。
 最初はその言葉の勢いに、宗主は目を白黒させた。しかし、段々分かってくる。純粋に、ストレートに、この子は香介本人と香介の音楽が好きみたいである。香介が好きだという想いは、宗主も同じだった。だから、嫌な気分は感じなかった。
 目の前の男の子は、香介の音楽と出会い、それにのめりこんでいくさまを素直に無邪気にどんどん語っていく。こういう子は感情が内に篭らないため、ストーカーにはなるタイプではない。宗主はそう判断し、安心する。それどころか、むしろこの子が香介について語っている様は、本当に一生懸命で素直で、とても魅力的に感じられた。
 ――この子、面白いね。ちょっと気に入ったな。
 思わず宗主の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。男の子ははっと、その笑みに気付く。そしてちょっとむくれたように唇を尖らせる。
「何だよ! 笑うことないだろ! 真面目に聞いてくれないなら、もういいさ!」
 そんな風に拗ねた男の子も可愛い。でも、宗主は意地悪を言わずに、素直に男の子を諌める。
「ごめん、ごめん……別にきみのこと、笑ったわけじゃないんだ。嬉しかったから……」
「嬉しい……?」
「俺も来栖香介のファンなんだ」
「本当か……? それ……?」
 宗主の言葉を予想もしてなかったのか、男の子は驚いた顔をする。それから、疑り深そうな上目遣いで、じーっと宗主の顔を覗き込む。宗主はその男の子の視線を正面から捕らえながら、安心させるようににっこりと微笑み、人当たりはいいけどはっきりとした口調で言った。
「本当だよ」
 宗主が香介のファンだというのは、嘘ではない。実際、香介の作った曲が大好きだ。もっとも、ある意味、ファン以上の関係かも……というのは伏せてはいたが。
 しかし、宗主がきっぱりと断言したことで、男の子は素直にその言葉を信じたみたいだった。
「やったぜ! 嬉しいな、こんなところでお仲間に会えるなんて!」
 今にもダンスを踊りだしそうな感じにピョンピョン飛び跳ね、男の子ははしゃいでみせる。本当に心から嬉しいみたいである。その様子も本当に可愛らしい。
 そんな男の子の様子を見ていると、もっともっとこの子と一緒にいたい、もっとこの子と話をしてみたい、と感じてきてしまう。宗主は映画の美術担当を目指しているとは言え、一応、芸術家の卵だ。こういう感性が刺激される出会いは、特に大切にしたい。このままただ別れてしまうのは、本当におしい。
 宗主は男の子を誘ってみた。
「ねえ……きみ? よければ、この近くの喫茶店にいかないかい? そこでじっくり来栖について話したいな」
 その宗主の言葉を聞いて、男の子は嬉しそうな顔をする。
「いいのか? 本当にいいのか!? 俺はもちろん構わないぜ! いいな、行こうぜ、行こうぜ!」
「じゃあ、そうだな……こっちだ」
 この近くに宗主が馴染みにしている喫茶店がある。そこへ向かって、宗主は歩き出した。
 しかし歩き出した宗主のあとを、男の子は慌ててついていこうとしたために、バランスを崩して大きくよろけてしまった。このままではアスファルトの道路に身体が叩きつけられる!
 男の子は悲鳴をあげる!
「うわっ!?」
 その悲鳴から直感で、男の子の状態を察知し、宗主は慌てて振り返って男の子を支える。
「危ない!」
 宗主は胸の中で、男の子をしっかりと抱き止めた。長身の宗主の胸元に男の子は頬を押し付ける形になる。服越しとはいえ、自分とは違う宗主の逞しい胸の感触を感じて、男の子は同性ながらも少し赤くなる。
 その男の子へ宗主はにっこりと微笑みかける。
「大丈夫? 怪我はない?」
 男の子の頬が赤いのが気になって、宗主は不思議そうに顔を覗き込む。男の子は慌てて身体を話し、宗主の視線から顔を背ける。
「べ、別に……怪我とかはないぜ!」
「そうか……それならよかった……」
 安心して宗主は頷く。男の子は一生懸命手をパタパタ振り回し、宗主へ告げた。
「そ、それより!! 喫茶店いくだろ! 早く行こうぜ!」
「あ、ああ……それなら、こっちだよ」
 男の子の様子に不審なものを感じながらも、あえて追求はせず、宗主は再び歩き出した。
 喫茶店は小さな通りにあった。ここなら値段も高いので、人もあんまり混んでなくて、静かに落ち着いて話をするのに向いている。しかも値段に見合って、コーヒーや紅茶も、かなりおいしい。いつも店にいる、ウェイトレスの女の子も美人で可愛い。
 宗主がいつもの席に座ると、ウェイトレスが注文を聞きにやってきた。
「あら? 今日はお連れさんがいるんですか?」
「ああ、ここなら静かに話できるからね」
「ゆっくりして言ってくださいね。相手の子が可愛いからって、眼鏡を掛けて、鬼畜に変身したら、駄目ですよ? あんまり鬼畜過ぎると、刺されたりしてバッドエンドになってしまいますからね?」
 そのウェイトレスはたまに宗主が分からないネタを振ってくる。ネタが分からなかったので、宗主は真面目に返した。
「俺は視力は悪くないけど?」
「え、えっと、ごめんなさい! それで、えっと……注文は何になさいますか!?」
 ちょっと恥じたように顔を赤くし下へ向けながら、ウェイトレスは慌ててその場をごまかすように注文を尋ねた。宗主はアールグレイの紅茶を頼む。男の子はメニューにあったホットの凍頂烏龍茶を注文した。
 ウェイトレスはぱたぱたとその場を後にする。それを確認してから、宗主は男の子へ向き直った。
「烏龍茶、好きなの?」
「好きというか、他のものはあんまり飲む気しないというか……」
「ここの烏龍茶は飲んだことないけど……多分、おいしい、と思うよ。少なくても、紅茶はかなりおいしい」
「そっか……じゃあ、ちょっと楽しみだな」
 男の子は嬉しそうにこくこくと頷く。もう完全に宗主に心を許したのか、今にも子犬みたいにじゃれ付いてきそうな雰囲気だ。
 宗主が興味深そうにじーっと智一の方を見ていると、ちょっと戸惑うような視線を智一は返してくる。でも、それよりも待ちきれなかったのか、勢い良く宗主の方へ身を乗り出すと、香介について思っていることをすらすらすらと語り始めた。
「……タイナップはその曲をもっと知ってもらうためには必要だと思うけど、ロイ・スパークランド監督の映画に使うのは来栖の曲の品位を落とすと思うな!」
「そうだね。大衆に広く知ってもらうにはいいかもしれないけど……来栖香介の曲はもう世界ではメジャーだし、今更名前を売る必要はないよね」
「だろだろ! それでさ、それでさ!」
 そんな感じに夢中で話ししているうちに、楽しい時間はどんどん過ぎていき、いつの間にか日は暮れてしまっていた。宗主はちょっと確認したくて、智一に尋ねる。
「あ、きみ……時間、大丈夫?」
「えっ……時間……? あー、いけない、バイトの時間過ぎてる! そろそろ一旦、帰らない、と!」
 宗主はまだまだ時間に余裕があったが、先に男の子の方がタイムオーバーみたいである。これ以上引き止めるのは悪いし、今日は素直に引き下がることにした。
「じゃあ、そろそろ行こうか? 今日は楽しかったよ。俺の話しに付き合ってくれて有難う」
「ううん! 付き合って貰ったのは俺の方だって! 俺の方こそ、本当に有難うな!」
 男の子は顔の前で手を振って、俺の方、俺の方、というように何度も頷く。
 その様子をくすっと宗主は見守ると、レシートを手に取ると席を立ちあがり、レジへと向かう。カードをウェイトレスに差し出して、そのままレジで清算する。
 男の子は清算を終えてそのまま外へ行こうとする宗主のコートを裾をぎゅっと掴んだ。
「……お金、幾らかかった?」
 振り向いた宗主を顔を窺うように見上げながら、男の子は財布を取り出してみせた。
 その男の子へ、必要ないというように、宗主は首を横に振ってみせる。
「いいよ。ここは俺が払うから」
「えっ、でも……それは……悪いだろ? 幾らなんでも初対面だし」
「じゃあ……また会ったとき……奢ってくれればいいから」
「でも、また会うか分からないだろ?」
「会えるよ……何となくそんな気がする」
 宗主は確信を込めて、にっこりと微笑んでみせた。
「……いいのか? じゃあ、有難うな!」
 男の子は一瞬申し訳なさそうな顔をしたものの、直ぐにパッと明るい笑顔で、宗主に礼を告げた。
 その日は男の子とはそれで別れた。でも、その後も、宗主の心は何故かわくわくした気持ちでいっぱいだった。次に男の子と会ったときはどんな話をしようか、と色々楽しく想像を巡らせながら、自宅のマンションへ向かって歩いた。

 偶然か、運命か、その後も宗主は男の子と何度も出会い、他愛ない話をするようになった。
 そして男の子の名前が、「樋口智一」という名前だと知る。宗主の方も自己紹介をして、次第に2人の距離は接近していった。
 そんなある日のこと――。
 夕暮れに染まる街の中を、宗主は車を走らせる。そろそろこの時間になると、街灯や道に並んでいるビルにきらめくような灯りが点り、昼とは違う賑わいを醸し出していた。
 宗主が目当てとしている大型スーパーまで、あと少しだ。信号待ちしながら、今夜のおかずについて考えを巡らせる。すると、そのとき、目の前を智一が通り過ぎていくのに気付いた。傍には智一のバッキーであるガブもいる。宗主は慌てて窓から顔を出し、智一を呼び止める。
「樋口君!」
「あ、吾妻さん!!」
 ご主人様を見つけた子犬のように、嬉しそうに、智一はパタパタと宗主の方へ駆け寄ってくる。
「こんなところで会えるなんて、すごい偶然だぜ! というか……運命!?」
「……かもしれないね。乗っていくかい? これから俺、スーパーにいくけど、その後なら、送っていくよ」
「やったぜ! もちろん、載っていくさ!」
 いそいそと智一は宗主の車の助手席に乗り込んだ。ガブもその後に続く。それから智一もガブも、車の中をきょろきょろと興味深そうに見回した。
「これが……吾妻さんの車か……」
「そんなに珍しいかい? ごく普通の車だよ?」
「ううん、高そうだな、と思って……幾らぐらいした?」
「想像に任せるよ」
 吾妻はその問いには答えず、曖昧に答えを返す。
 信号が青に変わる。宗主は車をスーパーに向けて走らせた。
 まだ興味があるのか、智一は車内をきょろきょろと見回している。
 と思ったら、今度は智一のお腹がぐぅと鳴った。智一は、ぺろっと上着をめくって、自分のお腹を覗き込む。痩せていて、意外と引き締まっている胴が晒される。特に身体を鍛えている訳ではなさそうだが、身体が引き締まっているのは、日頃から落ち着きなく動き回っていて、運動量が多いからだろう。
 智一はお腹みて、それからくったりとした様子になり、さらけ出したお腹をさすりながら呟いた。
「……腹……減った……」
「ぷわぷわ……」
 ガブも主人を真似たのか、お腹を擦って弱弱しい鳴き声を発する。
 宗主は苦笑いする。決してお行儀のいい格好とは言えないが、智一らしいといえば智一らしい。ガブも飼い主そっくりだ。宗主は智一へ気遣うように尋ねる。
「大丈夫? もし良かったら、近いし、うちで食べていく?」
「本当か!? もちろん、食べていくぜ! わーい、吾妻さんの手料理!」
 智一は文字通り小躍りして喜ぶ。その様子は無邪気で可愛らしい。
 カブも智一の隣で小躍りしている。
 その1人と1匹の様子をチラリと横目で窺い、微笑みながら、宗主は手馴れた動作で車を走らせた。
「それで、うちで食べるとしたら、何が食べたい?」
「吾妻さん、料理は上手い?」
「ああ……それなりのものは作れるつもりだよ」
「それなら……俺、手巻き寿司が食べたいな。おいしいお寿司、食べたかったんだ!」
「手巻き寿司か……分かった。じゃあ、それでいこう」
 手巻き寿司ならそんなに手間はかからないし、今から作るにしてもそんなに智一を待たせずに済んで、丁度いいだろう。量も智一なら沢山食べそうだし、色々な種類のネタを用意できそうだ。
 スーパーに着くと、宗主と智一は車を降りて、早速手巻き寿司の材料を見て回る。
「これもこれも! これも食べる!」
 智一はちょっとでも目に付いた材料を片っ端からカゴに入れていく。ガブも適当なものをどんどん篭に詰め込んでいく。みるみるカゴはいっぱいになる。さすがにこれは量が多すぎる、と宗主は智一とガブに注意する。
「2人じゃ、そんなに食べられないよ。少し選んで買わないと駄目だよ」
「えー、でも、食べたいんだもん……」
「ぷわぷわ……」
 智一もガブもしょんぼりと肩を落とす。あまりにがっかりしていて、可哀想で、そんな智一とガブを見ているより、むしろ喜ばせてあげたいと宗主は思い、提案した。
「分かった。じゃあ、食べ切れなかった分は明日の朝と昼に食べるようにしよう」
「やったぜ!」
 智一は凄い勢いでぴょんぴょん飛び回る。ガブも主人の行動を真似て、跳ね回る。それだけ喜んでもらえると宗主も嬉しい。
 店内を一通り見て回ると、2人と1匹はレジで清算を行なう。沢山買い物したため、パンパンに詰まった買い物袋が3つくらいの量があった。
「さてと、手分けして、車まで運ぼう」
「その必要はないぜ。よし、さあ……どりゃあ!」
 智一は両手に買い物袋を持って、さらに残った買い物袋を抱え込むようにして、その3つの買い物袋を全部一人で持った。あまりの荷物の重さに、智一はよろける。慌てて宗主は智一の身体を支える。
「こらこら……幾らなんでも一人じゃ無茶だよ。俺も持つから、貸して」
「いいからいいから! 手料理食べさせてもらうんだから、これくらいさせてくれよ!」
 智一はふらふらと荷物を持って歩き出す。仕方なく、宗主はその後を付いていく。ガブも2人の後に続く。しかしあまりの重さに手が限界になったみたいだ。車に辿り着く前に、智一はぐったりと荷物を下ろして休憩する。
「ぷわぷわ!」
 ガブが智一を必死に励ますが、智一はくったりしたままである。
 宗主は呆れて、溜息を吐き出す。
「ほら、だから、言ったのに……」
「平気だって! ただ、少し休んでいるだけだからさ!」
「分かった。でも、休んでと、それだけ食べる時間が遅くなるよ?」
「うー、そうだけど……」
「だから、ほら、貸して?」
 宗主は手を差し出す。渋々その手に智一は買い物袋を渡そうとする。その瞬間、宗主はさりげなくもう1つ袋を掴んで、智一の手から取り上げる。そしてさっさと歩き出した。
「あーっ、待てよ! 待てっば!」
 慌てて智一は宗主を追いかける。宗主はちょっとからかうように言う。
「なに? 全部、持って欲しい?」
「持たなくていいってば、いいってば!」
「じゃあ、もう少し休むかい?」
「平気! 俺ってば宗主さんと比べて若いから、元気あり余ってるぜ」
「そうか」
 そのまま宗主は車に行って、後部座席に荷物を積み込む。遅れて智一も来て、荷物を後部座席に置いた。
 車を走らせて、あとは何事もなく、宗主の住むロッジに着いた。
「へぇー、ここが吾妻さんち?」
 ロッジを見て智一は、宗主の車を見たとき以上に、目を輝かせる。
「いいなあ……俺もこんな家に住みたいぜ」
「じゃあ……一緒に暮らす?」
「いいの!? 吾妻さんと一緒に暮らせるなら、きっと毎日が楽しいだろうなあ……」
「本気で一緒に暮らしたいなら、考えてもいいけどね。えっと、こっちだよ」
 宗主は自分の部屋のダイニングへ智一を案内する。智一はさっきから物珍しそうにあちこち見回していた。
 智一を食卓の椅子に座らせると、さっそく宗主は料理を開始する。おしんこ巻き、納豆巻き、かっぱ巻きなど、色々なお寿司を握っていった。
 その様子を宗主のバッキーのラダが興味深々に見ている。宗主はラダの方を見て、尋ねる。
「えっと……ラダもお寿司、握ってみるかい?」
「ぴゅあいあー!」
 ラダは宗主を真似てお寿司を握ろうとする。しかし、あまり上手くいかないみたいである。ガブもラダの真似をしてお寿司を握っていく。しかし2匹とも、宗主と比べて明らかに下手だ。前衛芸術といってもいいお寿司が、宗主の作った綺麗な寿司と一緒に並んでいく。
 しかしそんな手巻き寿司でも楽しく作れたことに満足して、ラダとガブは宗主の周囲をくるくる踊る。
 食卓に料理が運ばれてきたのを見て、智一は嬉しそうにはしゃぐ。
「やったぜ! もう腹ペコで、我慢できなかったんだ!」
「待たせたね、いいよ。どうぞ召し上がれ」
「わーい、いただきまーす」
 早速、智一は手巻き寿司を口に運ぶ。そして……絶叫する。
「う、うまーい、うまいぞー!」
「よかった。口にあったみたいだね」
「おいしいぜ、これ!? どうやって、こんなにおいしく作ったんだ!?」
「寿司めしの作り方とのりの巻き方を工夫すればいいだけだよ」
「なるほど……」
 智一は食卓に並んだ宗主の作った手巻き寿司を貪り喰った。宗主はラダとガブの作った手巻き寿司をもぐもぐ食べる。
 かなりの量の手巻き寿司があったが、あっというまにそれを食べ終えてしまった。
 食後、智一と宗主は緑茶を飲みながら一息つく。テレビを点けると、丁度香介の曲がテレビから流れてきた。
「あー、これこれ!? この曲!? 来栖の最新曲だ!」
「ああ……いい曲だよね……」
「もう、すげぇ、最高!」
 智一は興奮して、熱く語り出す。しかし、語ってる途中でふと暗い影のある表情をして、黙り込む。
 宗主は心配になって尋ねる。
「どうかした……?」
「でもさ……来栖……布教委員会なんて凄く嫌がってるんだよ。あんなの……本当に無くなればいいのに……」
「じゃあさ……くるたん布教撲滅委員会を作ろうか?」
「えっ……?」
 智一は驚いて、宗主の顔を見た。宗主はにっこりと微笑みを返す。
「人数、2人だけだけど……嫌かい?」
 次の瞬間、智一は素直満面の笑みを浮かべた。
「ううん! 凄く嬉しいぜ!」
「とりあえず、まだ何か活動する予定はないけど……俺たちは来栖香介の味方だね」
「ああ! お互い、来栖のために、頑張ろう!」
 智一は両手で宗主の両手を力いっぱい握って、ぶんぶん振り回した。宗主は智一の勢いに一瞬目を白黒させるものの、直ぐにまた笑顔を向ける。
 こうして、“くるたん布教撲滅委員会”は結成された。しかし実は宗主が香介を義兄弟としている事や、時々香介が宗主のロッジに泊りに来ている事は、まだ内緒だった。

 それから、智一は宗主と仲良くなり、よく宗主のロッジへ泊まりに来るようになっていた。
 そんなある日、智一が泊まりにきたときに、たまたま香介も泊まりにくるというハプニングが起きた。
 朝、智一が起きたとき、ロッジを出て行く香介本人を見かけて、智一は派手に驚き、腰を抜かして、廊下にぺたんと座り込む。
「な、な、な、なんでっ!?」
「えっと……どうかしたのかい?」
 宗主は尋ねる。まさに智一は茫然自失という感じだ。
「来栖が何で!? 何で宗主さんの家に来栖がいるんだよっ!?」
 あまりに驚きす過ぎて、喜びすら感じる余裕がないみたいである。
 しかし、香介のことは智一には内緒にしていたので、宗主はごまかすことにした。
「いや、違う違う、別人だよ。ただ、そっくりなだけさ」
「そっか……ただのそっくりさんか……」
 宗主にそう断言されて、あっさり智一は信じた。智一は香介の去っていった玄関の方を見つつ呟く。
 宗主は智一の身体に手を回すと、智一を引き起こす。
「大丈夫? 立てる?」
「だめ……脚に力が入らない……」
「わかった、じゃあ……」
 宗主は智一のことをお姫様抱っこした。智一は動揺し、顔を赤くして、暴れる。
「ちょ、ちょっと、やめろよ、宗主さんってば! 恥かしいってば!」
「暴れたら落っこちちゃうよ?」
 わざと宗主は手を緩める。
「うわっ!?」
 慌てて宗主の首に智一は抱き着く。
「もう……やめろよ、宗主さんってば!」
「ごめんごめん。もう着いたよ」
 宗主はクスクスと楽しそうに笑うと、そのままそっと智一のことを食卓の椅子の上に降ろした。それから宗主は台所に向かう。
「朝食食べるだろ? 和食がいいよね?
「うん! 和食がいい!」
 食べ物に釣られて、智一は落ち着きを取り戻す。その素直な様子がまた可愛い。
 宗主は予め作っておいた料理を温め始めた。その様子を智一はわくわくしながら見つめる。
 それは、もう2人がいつも馴染んでいる光景であった。

 おしまい☆

クリエイターコメント お待たせしてごめんなさいでした! 完成しました!
 吾妻さんも樋口さんも魅力的な方なので、執筆にも力が入りました。
 もし読んで楽しんでいただけなら、嬉しいです。
 でも、この話が楽しいものだとしたら、吾妻さんと樋口さんの魅力のおかげです!
 それではまたご縁があれば、よろしくお願いします!
公開日時2008-11-26(水) 19:20
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