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<ノベル>
『――突然耳に入ったその言葉に、私の……』
「……はぁ」
開いてある教科書をぼんやりと見ながら、浅間 縁(あさま えにし)は小さな溜息を漏らす。日差しも心地よくなりはじめる、四時限目も半分ほど過ぎた頃だった。
教室内は至って平和だった。と、こういう言い方では普段はすごい光景なのかと勘違いしてしまいそうだが、数日前。つまりはバレンタインデイの前までは、授業中にも関わらず教科書の裏で雑誌を広げてどの店の何のチョコレートを買おうと計画を立てたり、机の下でこっそりと編み物に勤しむ生徒が少なくは無い数が居たからである。しかしバレンタインが過ぎてしまえばなんのその。数日前の慌しさなんて嘘のようで、普段通りの授業風景だ。そう、強いて違う部分を挙げるとするならば、バレンタインを境に授業中、お互いに目配せしたりするペアが1〜2組、現れた事くらいだ。
『物心ついた時からもうすでに――』
はい。では次ぃー。と。おじいちゃん先生と呼ばれている老け顔の教師の声に、指名された生徒が立ち上がって教科書を読む。
「……はぁ」
再び、浅間は小さな溜息。ぼんやりと覗き込んでいる教科書は先ほどと同じ部分。周りから揃ってページを捲る紙擦れの音が聞こえようが、浅間の手は動かない。右肘を机について手に顎を乗せ。左手は教科書の角の部分。心此処にあらず。といった具合だ。
――コツン。
そんな状態の浅間ではあったが、不意に頭にあたった何かには流石に気がついた。
意識をはっと戻して飛んできた何かを確認する浅間。辺りを見回してみると、机の足元に小さく丸められた紙くず。
こんなことをするのは、と。浅間は心当たりのある人物を思い浮かべながら斜め後ろの方をこっそりと確認すると。その友人は笑顔を浮かべたまま浅間に向かって小さな動作でひらひらと手を振ってみせる。
どうかした? 浅間が視線で問いかけると、人差し指を前に向ける友人。前を見ろ。のジェスチャーだ。
したがって前を見る浅間。しかし、別段変わったことが無いように思える。と、そこで気がつく。今教科書の物語を朗読しているのが自分の前の席に座っている人だということに。この先生は席順に沿って指名していくタイプの先生なので、今教科書を朗読している人がキリのいい所まで読んだら、次に朗読するのは浅間という事になる。
慌てて教科書に目を向けて朗読している部分を探す浅間。しかし全然見当たらない。そもそも別のページを開いているので、当然だ。
――コツン。
再び飛んできた紙くず。今度は浅間の机の上に落ちる。振り返った浅間に、先ほどの友人が丸まった紙を開けてみろのジェスチャー。クシャと丸まった紙を開いていくと、『92ページ、後半』との文字。
ありがと! 助かった。軽く拝んでお礼をして、教科書を進める浅間。はい。では次ぃー。というおじいちゃん先生の指名に危機一髪で間にあったのだった。
「28回」
「ん?」
昼休み。浅間は近くの机を向かい合わせていつものグループでお昼を食べている所だった。
「1限目が2回。2限目に5回。3限目に8回。そして4限目に13回」
「なに、それ?」
浅間に向かって得意そうに話すのは、先ほどの授業で浅間の危機を救ってくれた友人。しかし、今言っている事の意味が良くわからずに、浅間は返す。
「自分で気づいてない? 縁の溜息の数だよ」
「……へ? そん……っ。あぁー…………」
そんなのしてた? と返そうとしたが、途中で思い当たった浅間。バツが悪そうに苦笑する。
確かに、していた。別に意識して溜息をついていた訳ではないが、思い返してみればそうだったかもしれない、と。
何か嫌な事があったという訳ではない。先のことを考えて憂鬱という訳でもない。学校の授業はわりと退屈ではあったが、それが原因の訳でもない。
浅間はここ数日、とある事情により、溜息をつく機会が増していた。
原因は浅間自身分かっている。ただ、どうすればいいかに少し迷う。それは直感行動型で行動する浅間にとっては珍しい事であった。
「何々? 縁ちゃん悩みごと?」
リンゴジュースに夢中だった別の友人が、ストローから口を離して興味津々に聞いてくる。
「うん、まぁそうなんだけど。ってか良く見てるね!? そんな回数まで」
「ふっふー。浅間ウォッチャーのこの私を侮るなかれ」
「浅間ウォッチャーって……」
「冗談はさておき。だって縁、このごろちょいと変じゃん? っと、変っていうのはあれか。なんていうか、いつもと違う」
そう、なのかなぁ。と浅間。浅間本人はあまり意識した訳ではないのだが、近しい友人が言うのならばそうなのかもしれない。と納得する。
「あ、うんうん。それ私も思った。まーこの時期だからぁ? 聞くのも野暮かなと思って黙ってたけど。もしかしてあれ? 逆チョコとか渡された?」
リンゴジュースの友人がキャッキャと騒ぎながら訊ねる。
「そそ。時間を追うごとに溜息の数が増えてるからね。これ放課後に絶対何かあるよ」
「二人とも……なんか楽しんでない?」
「うん。勿論」
目をキラキラさせての二人の即答に、はぁ、と。別の溜息で呆れたように浅間。しかしなんとも鋭い事に、二人の予想は微妙にいい所を突いているのだ。チョコではないが、ラブレター。告白。そして今日の放課後、その相手と会う約束があるのだ。
「はぁ……もう。こっちは真剣に悩んでるっていうのに。本当どうしよう……! 学校でこんなに頭使うの初めてなんだけど!」
うぅー。と机に突っ伏して浅間。その言葉を裏付けるように、昼休みも半分過ぎたというのに浅間のお弁当は未だに手付かずだった。普段ならとっくに無くなって雑談に花を咲かせているというのに。
「なーんか微妙に学生とは思えない発言を聞いた気がしたけど。それってさ、素直に言っちゃダメなの?」
よしよしと宥める様に浅間の頭を二度ほど撫でてウォッチャーの友人。その言葉にピクリとして浅間は伏せた顔を起こす。
「うん?」
「だからさ、素直に。縁が思ってる事を言えばいいじゃん? 縁の事を好きになった人間だも、そういうとこも含めて好きなんじゃないの?」
「おぉー。いいことゆうー」
ぱちぱちとリンゴジュースの友人の拍手を聞きながら、浅間の中で何かがぴたりとはまった。
「……そっか。それがいいよね。うん、それでいい」
急に決意した浅間を見て友人たちが不思議そうな顔をする中、よし。と気合を入れた浅間は、昼休みが終わらないうちにと急いでお弁当を食べ始めた。
「う、う、うぅ〜……」
ちらりと。クラスメイトPは、九十九軒の時計を確認する。この日何十回目かの行動である。
そうしてそわそわとし始め、食器を下げようとすれば何かに足を取られて派手にひっくり返す。カウンターテーブルを拭こうとすれば勢い余って胡椒の瓶を吹っ飛ばして店を胡椒まみれにする。
それらの事は。すなわち、クラスメイトPがトラブる事はいつもの事なのだが、今日に限っては普段の8割増しでひどい。例えばひっくり返りそうになって慌てて掴んだカウンターに、丁度出来上がったラーメンが置いてあって悲惨な事になったりとか。詰め替え用の胡椒を運ぶ際にテーブルの角に引っ掛けて胡椒の砂場を作ったりだとか。店の中だからこの程度で済んでいるものの、ひとたび出前に出れば100%の確率で落雷やらハリケーンやら地盤沈下やら。なんらかの自然災害が二つ以上入り混じってやってくるのだ。
「おう、リの字。もしかして疲れてるとかか? もしそうなら、無理しないで休んでたっていいんだぜぃ」
普段からクラスメイトPの引き起こすトラブルには慣れっこの九十九軒の親方でさえ、クラスメイトPを心配して言う始末だ。
「いえ……っ! だ、大丈夫です親方!」
ちらりと、時計。
「まぁ、そうだな。もうすぐえっちゃんも来る時間だ。それまでは頑張ってもらおうかねぇ」
ビクッ、と。分かりやすく肩を強張らせるクラスメイトP。幸い、親方はラーメンの仕上げに夢中なので気がついていない。
「あっ! 親方!! それ、鈴木さん家への出前でしたよね。僕、準備しておきますね……っ!!」
勢い良く言って、クラスメイトPは鏡に向かい簡単に身だしなみを正す。エプロンに張り付いたナルトを剥がして九十九軒ロゴ入り岡持ちを手にカウンターへと戻る。
「おう。それじゃ、鈴木さんとこまで頼んだぜ。リの字」
「はいっ!」
そうして店を飛び出して配達用の自転車に跨るクラスメイトP。ふぅ、と。どこか安心したように小さくと息を漏らして自転車を漕ぎ出だす。
配達自体はまともに(普通の人から見れば勿論まともではない状況に遭遇したが)終わり、九十九軒への帰り道。クラスメイトPはカゴのひしゃげた自転車の方向を九十九軒への道から少し逸らし、小さな公園へと入っていく。
自転車を止めてそのタイヤの横に岡持ちを置き、誰も居ないブランコへと座と、途端にクラスメイトPは頭を抱えて、まるでこの世の終わりとでも言うかのような叫び声をあげる。
「あああぁぁぁぁ。どうしようどうしようどうしよう」
もう限界だ。とでも言うように、溜めていたことを吐き出すクラスメイトP。腕時計を確認すると、もうすぐ浅間が九十九軒に来る時間だった。前々からクラスメイトPに英語を教えてもらっている浅間。今日はその家庭教師の日なのだ。
だから本当はすぐにでも戻らなければいけないはずなのだが、クラスメイトPを公園に留まらせているのは、その浅間が関係している理由なのだ。
「うぅ……時間を戻したい」
言って戻るわけでは勿論無いが、それでも言わずにはいられなかった。もっとも、もしも時間を戻せたとしても、あの時のあの行動を繰り返さない。という自信はクラスメイトPには微妙に無かったが。
あの時のあの行動。クラスメイトPはもう一度思い出す。それはほんの数日前。バレンタインデイの事だ。教会で行われたあるイベントで、クラスメイトPは浅間縁に対して告白の手紙を出したのだった。
ムービースターのクラスメイトP。そしてムービーファンの浅間縁。元々、クラスメイトPは、浅間に対してのこの想いを伝えるつもりは無かった。出会ったのももうずっと前の事の二人。長い間暖めていた想いだったが、色々な理由から告げるべきじゃないとクラスメイトPは考えていた。
しかし、最近の銀幕市の様相。そしてそのタイミングでの教会でのイベント。最後に伝えたいと、その気持ちが勝って伝えてしまったのだ。
だから恐らく。時間を巻き戻せたとしても、あの葛藤をもう一度繰り返して、やっぱり想いを伝えてしまうのだろう。そんなことはクラスメイトP自身も分かってはいたが、時間が迫っているクラスメイトPにはそんな事をいちいち考えている余裕もあまりなかった。
「行くしか、ないよね」
立ち上がるきっかけを作る為に、口に出す。
浅間に会うのが嫌という訳では勿論ないのだ。ただ、どんな顔をして会えばいいのかが分からなかっただけ。別になんらかの答えを期待している訳じゃない。ただ、伝えておきたかっただけ。
「……よし」
うん、と頷いて気合をいれ、クラスメイトPは自転車に手を掛けた。
クラスメイトPが九十九軒に戻った時、丁度浅間はその店内で九十九軒特製塩ラーメンの大盛りを平らげた所だった。
「おかえりー。P」
「おう、ごくろうさん。リの字。えっちゃん来てるぜ」
「親方、ただ今戻りました。……あ、う、うん。い、いらっしゃい……! 浅間さん」
覚悟して店内に戻ったものの、やはり緊張してクラスメイトP。大して浅間のほうは普段とあまり変わらない様子だ。
「へへ……。こいつを見てくれよリの字。えっちゃんにバレンタインのクッキーを貰っちまったい。えっちゃんもとうとう九十九軒に永久就職――」
「しないってば……」
上機嫌で話す親方に、苦笑して浅間。その二人を、親方の手元にある包みを見て、クラスメイトPは動揺する。
「……」
ガーン、と。背後に文字が降ってきたような。石化一歩手前まで固まるクラスメイトP。
「ははっ。まぁ店の方は任せて、二人は勉強してきな。今日はえっちゃん、その為に来たんだろ?」
「すいません親方。P借りていきまーす」
そんな遣り取りをしてから、クラスメイトPと浅間は店の奥へと入っていく。机を用意し、浅間が鞄から教材を出している間にクラスメイトPがお茶を用意する。
その間中、クラスメイトPは緊張で一杯だった。いざ顔をあわせてみると、やはり何を喋っていいのか分からず。挙句、普段通りに振舞おうとしても、普段どうった会話をしていたのかすらも忘れてしまう。
「あぁ……と、ええと……」
「うん?」
浅間のほうは普段通りだった。色々悩んだけれど、決意してしまえば悩みはすっかり解決して、普通でいられるのだ。
「コーヒーか何か、飲む?」
「……P、今お茶入れてるところじゃないの?」
「あ! ……そうだった」
一秒、また一秒と時間がたつたびに、クラスメイトPは余計な事ばかり考えてしまう。あの話題を出さないのは、もしかしたら無かった事にしたいのではないだろうか。だとか、そういった事ばかり。
「さ、てと――」
お茶を持ったクラスメイトPが席に座ったところで、浅間が大きく伸びをして言う。瞬間的にビクリをするクラスメイトP。
「頑張ろっか。おねがいしまーす。P先生」
軽くお辞儀をして浅間。ふぅ、とクラスメイトPが安堵のような吐息を漏らす。
「っと、その前に……」
がさがさと、浅間は鞄の中に手を入れて、何かを取り出す。そしてそれをクラスメイトPに向かって差し出す。
「これ、Pに。バレンタインのクッキー」
「えっ!? ぼぼっ、ぼ、僕に!?」
安心した所への予想外のそれに、吃音気味にクラスメイトPが返す。
「え、うん。Pにだけど……そんなに意外だった?」
クラスメイトPの狼狽っぷりに、思わず浅間。
「そんなことないよ! ありがとう!」
テーブルの下で手の汗を拭いて受け取るクラスメイトP。そして浅間はクッキーを渡した後に、少し言いにくそうに人差し指で頬をかいてから話し出す。
「あと、そのー……。この前の手紙、の返事を」
クッキーを受け取った時の手を伸ばし格好のままで数秒固まり、復活した意識に続いてやってきたのは、さぁぁ、という寒気がするほどの緊張だ。
「……うん」
辛うじて、答える。それを聞いて浅間も続ける。
「なんというか、そういう風に意識した事ない、ていうか親方のアプローチがインパクトあり過ぎ」
はは。そう小さく笑う浅間。
「……」
クラスメイトPが返事を返せなかったのは、本当に時が止まったかのように指一本すらもまともに動かせなかったからだ。
そう……だよね。
思考だけが、ぐるぐると頭の中を巡る。
半ば予想していた事だった。自分と浅間が、いわゆる恋人同士と呼ばれるような状況を、何度考えてみても、クラスメイトPには不自然でしかなかったのだ。腕を組んで歩くにしても。お揃いの物を身に着けて歩くにしても。抱き合ってキスをするにしても。
でもそういう事をしたい訳じゃ、クラスメイトPは無かった。ただ、傍に居て。浅間縁のその笑顔を見ていることが出来るなら、幸せだなぁ。と。
「でもさ――」
後悔していないかと問われれば、きっと上手く返事が出来ない。伝えなければ、少なくとも今までの関係は続けれていたかもしれない。そういう意味では後悔しているのかもしれない。けれど、こうしたのが自分の選択だったんだ。そうクラスメイトPは思う。
「このまま一緒にいられたらいいなってのは私も思うから。つまり、なんだ、アレだ。……ありがとう。嬉しいです」
そんな事を考えていたからだろう。浅間のその言葉の意味をクラスメイトPが理解するには、たっぷり10秒ほどかかった。
一見、普段通りの。まるでいつものような世間話をしているかのような気軽さで話す浅間。けれどやはり、照れているのか、クラスメイトPの反応を待っている10秒間の間、ちらちらと視線を彷徨わせてみたり、あははと頬を掻いてみたり。
「……ええっ!?」
驚いた様に、クラスメイトP。会話の流れとか、あとは親方と同じ感じだったバレンタインクッキーなどから、告白は失敗したものだと思い込んでいたのだ。
だからこの展開は完全に不意打ちで、頭が上手く回らない。思わず「本気で……?」と真顔で返してしまった。
「コラコラ。なにその完全に予想外でした。な反応は」
「えっ……だ、って、……え!?」
ははっ。と。可笑しそうに浅間は笑う。
クラスメイトPから手紙を貰って、浅間は沢山考えた。もはや当たり前だと思っていた、クラスメイトPとの関係。どう答えればいいのかが分からなくて。
でも、素直に言えばいいのだと気がついた。そして決意した。断る理由なんてなかったのだ。一緒にいるのが楽しい、このまま一緒にいられたら。と、そう思う気持ちはクラスメイトPと同じだったから。
そんなこんなで、二人が勉強を済ませたのはすっかり日も落ちた頃だった。
「それじゃ、お邪魔しましたー。ありがとね、P」
「おうおうえっちゃん。ちょいと待ちない。もう日も落ちてるし、リの字。店はいいから送っていってやりな」
親方のその言葉で店を抜けて浅間を送ることになったクラスメイトP。二人で歩く帰路。会話は無い。
状況が状況だけに、妙に意識してしまうクラスメイトP。さっきOKを貰ったんだし、ここは下の名前で呼んでもいいのかな? 呼ぶべきなのかな? など葛藤したり。果てはもう少し距離を詰めて歩いた方がいいのかな? と一人考えては百面相をしてしまう。
そんなクラスメイトPの葛藤を知ってか知らずか。浅間の方は見事なまでに普段通りだった。辺りの色々な物を見ながら歩き、思ったことがあれば口にする。強いて違う部分を挙げるとするならば、普段とは違うクラスメイトPの百面相を見て面白そうにしているくらいだろうか。
浅間らしいと言えば、浅間らしい。こういう部分も含めて、やはり自分はこの人が好きなんだなぁ。とクラスメイトPは思う。
「……ふふっ」
可笑しくなって、クラスメイトPはふと含み笑いをする。
「うん?」
気がついて見る浅間。
「平和だね」
なんでもない。とは言えずに、そんな言葉が口を出た。考えてみれば、平和だった。それはクラスメイトPの今であり、銀幕市の今でもある。
「だねぇ」
空を見上げて、浅間。
それからまた、しばしの無言。
それは決して居心地の悪い類の空気ではなく。その逆。お互いがお互いを認め合っている、居心地のいい空気。ゆったりと穏やかに流れる。当たり前の時間。
やがて二人は浅間の家へと着く。浅間を送る為に来たクラスメイトP。必然的に、二人はそこで分かれることとなる。
「またね…………浅間さん」
迷い、迷い。散々迷って、クラスメイトPはその呼び名を告げた。下の名前で呼びたかったけど、結局呼べなかったのだ。
「うん。じゃあまたね……リチャード」
それはまさに、不意打ちだった。
「……え?」
呆け顔で、一瞬浅間が誰にその言葉を言ったのかが理解できなかったクラスメイトP。搾り出すような声で続ける。
「い、今……なんて? 僕のことなんて呼んだの!?」
「え?」
不思議そうな顔を作り、浅間は続ける。
「――じゃあまたね、P」
それだけ言って後ろを向き、ドアに鍵を挿す。うん。やっぱPのがしっくりくるわ。クラスメイトPに背を向けたまま、楽しそうに浅間は微笑む。
ええぇ!? そんなぁ。どことなくガッカリしたような、クラスメイトPの声。
「あ、そうだ浅間さん」
「ん?」
浅間が鍵を開けてドアに手を掛けた時、クラスメイトPが浅間を呼び止める。顔だけで振り返る浅間。
「ありがとう」
「…………」
浅間はドアから手を離し、クラスメイトPに振り返って言う。
「こちらこそ、ありがとう」
ははは、と。二人笑い。浅間はドアを開けて家へと入っていく。
何かが変わったような。それでいて何も変わらないような二人の関係。でも、二人にとってはそれが自然で。それが幸せなのかもしれない。
ありがとうと。クラスメイトPは言った。
ありがとうと。浅間は言った。
それは、一緒に居てくれてありがとうという、二人の気持ちだ。
ムービースターとムービーファン。お互いに、きっとずっと一緒には居れないということは理解している。だからこそ、クラスメイトPは告白を躊躇った。
「あら。お帰り。……なんだか嬉しそうね?」
ただいまー。とリビングを覗いた浅間に、浅間の母が返事を返す。
「え、そう? ……いやー、平凡な日常の大切さを実感するね。うん」
「??」
平凡な日常とはいえ、相手はムービースター。その日々は、銀幕市に魔法がかからなければ決して訪れなかった、そして同時にいつ終わるか分からない。いくつもの奇跡が重なった上の日々なのだ。
「お。戻ったかリの字。ごくろうさん。丁度込み入ってきた所だ。厨房に入って手伝ってくれ」
「あ、はいっ! 今行きま……う、うわぁっ」
ずっと一緒には居れない。必ず別れは訪れる。そんなことは二人とも分かっている。
それでも二人は。今を一緒に過ごす事を選んだ。
二人の、それが。
幸せだから。
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クリエイターコメント | 大変……っ! お待たせいたしました!
こんにちは。依戒です。 ええと、やってしまいました。遅刻です。 申し訳ありませんでした。 と、ぐちぐちとここで依戒の反省なんて聞きたくないでしょうし、失礼を承知で、この場ではテンションをあげていきたいと思います。 後ほど、ブログにて反省文を書きます。
はい。愛ですね。 え? と思ったかた。依戒に言わせれば、この青春は紛れも無く、愛です。こういう愛。絆。私はとても好きです。
さて。長くなる叫びなどは後ほど、ブログのほうであとがきとして綴らせていただきますので、宜しければ是非に。 ここでは少し。
色々といじって広げてしまいましたが、大丈夫だったでしょうか。少し心配です。 あと、あまり関係ないところで。友人グループっていいですよね。なんか依戒、こういうの大好きです。
と、あはは。あまり関係ないですね。
それでは、最後となりましたが。 この度は、素敵なプライベートノベルのオファー。ありがとうございました。 大好きな愛に、幸せな気持ちで書いてました。感謝感謝。
オファーPCさま。ゲストPCさま。そしてノベルを読んでくださった方の誰かが。 ほんの一瞬でも、幸せな時間と感じて下さったなら。 私はとても嬉しく思います。
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公開日時 | 2009-04-03(金) 18:40 |
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