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<ノベル>
そこは嘗て家族やカップル達で賑わっていたカート場だったが、経営難の為潰れて今では草木が荒れ放題に伸び、寂れきった場所と化していた。嘗て熱いレースが行われていた地に、1羽の鳳凰と1人の青年が下見に訪れる。
「これなら思う存分暴れられそうですね」
黒髪を手でかき上げながら青年は鳳凰に話しかけ、スザクは彼に笑顔を浮かべながらスキップで近付く。
「そうよね、あたし超幸せよ〜! こんな男前が協力してくれんですもん〜! 頼りにしてるわ〜!」
スザクは梛織の首に手を回し、指先で胸を突きながらスキンシップを交わすが、そのテンションに付いて行けず、彼は辺りを見回す。
「行っとくけど、ゲンブは車の製造を頼まれて今日は工場よ。なので……」
梛織が強引に逃げようとした時、スザクの肩を誰かが叩く。振り向くと灰色の髪にとがった耳を持った青年が鳳凰に対して笑顔を浮かべていた。
「オレの事ほったらかし? つれないな。適当に罠仕掛けたから、一緒に見てもらいたいんだけどダメかな?」
青年はニヤニヤと笑いながら、自然にスザクから梛織を放し、手を取ってコース場に連れ込もうとする。
「しょうがないわね……梛織ちゃん。あたしウィズちゃんに呼ばれたから、一旦離れるわね」
スザクは軽く苦笑いを浮かべながら青年の肩に手を回し、2人は仲睦まじい様子でコース場に向かった。楽しげに鳳凰と話す青年の背中を梛織はジッと見つめていた。
「ウィズさん来ていたんだ……」
顔見知りが来ていた事に驚き、梛織は呆けた顔で笑いながらスザクに罠の説明をするウィズを見た。脳裏に彼と過ごした楽しい秋祭りの思い出を浮かべながら。
オイルの匂いが充満した工場で、トナカイと亀はソファーに座りテーブルに置いてある設計図を見ていた。
「これなら俺でも運転出来そうだな。自慢の角がつかえない、ファーストクラス並みの運転席を頼むゼ?」
ルドルフはニヤニヤと笑いながら蹄で自分の角を軽く叩いてみせると、ゲンブはあくびをしながら頷き、一旦ソファーから離れて作りかけの大型バイクの下に向かう。跨ってエンジンを空ぶかしすると轟音と共にマフラーから排気ガスが勢い良く出る。
「凄いパワーだな。それも頼まれた物かい?」
ハンカチで口元を押さえながら聞くルドルフにゲンブは小さく頷き、バイクから降りてスパナを取り微調整を始めた。彼の真剣な眼差しを見ると、トナカイは軽く笑って出されたコーヒーを飲んでいると、エンジン音を響かせながら、黒一色のライダースーツに身を包んだ女性が現れ、口笛を吹きながら中に入り、ヘルメットを外してブラウンの髪を靡かせた。
「ハイ! Mr.カリブー!」
彼女はルドルフに可愛らしくウィンクをすると、テーブルの上にヘルメットを置いて夢中で整備をしているゲンブの甲羅を叩き、自分の方を振り向かせる。
「話は聞きましたわ。これ飛ばせるかしら?」
そう言うと、彼女は自分が乗って来た大型バイクを指差す。ゲンブはゆっくりと立ち上がり、のそのそとした足取りでバイクの下まで行くと手押しで工場の中に入れ、隅に置いてあるパーツの入った箱を持って来てバイクの前に置く。
「やってみるんだな。座って待つんだな」
ゲンブに言われると彼女はルドルフの向かい側に座り、足を組んで目の前にあるインスタントコーヒーの瓶に手を伸ばし、近くにあったマグカップを取ってコーヒーを作る。
「よう日黄泉。お前さんも来てたのかい。こりゃ楽しいレースになりそうだ。優勝した暁にはシャンパンファイトと美女のキスがお決まりだろ?」
ルドルフは顔馴染みの女性、夜乃日黄泉を相手に軽口を叩き。日黄泉はスプーンをかき回しながら、目の前に居るトナカイに軽く微笑む。
「そうね、今回の件が大団円に終わるなら考えても良いわ。でも貴方運転出来るの?」
コーヒーを飲みながら笑いかける日黄泉に、ルドルフは含み笑いを浮かべながらテーブルの上に散乱している設計図を指差す。
「抜かりは無いさ。俺専用の最高級車だ」
自慢げに話すルドルフを見て、日黄泉は興味深そうに設計図を手に取る。そこにはアクセルとブレーキが後方に付いていて、ハンドル部分にゴムの持ち手が付けられたトナカイでも運転出来るカスタムメイド品が描かれていた。
「面白そうな車じゃない。それに良い仕事もしてくれそうね……」
日黄泉の視線は設計図から、先程までゲンブが熱心に弄っていた大型バイクに変わり、丁寧に整備された物を見ると整備主の仕事振りが分かり、彼女は自分のバイクを改造している亀の甲羅に投げキッスを送る。
「スイマセン。頼んだ物は出来ました?」
女性の声が聞こえるとゲンブは手を一旦止めて外に出る。ルドルフと日黄泉も付いていくと、細身の女性がキョロキョロと辺りを見回しながら立っていた。
「もしかして……貴方達も植村さんに頼まれた人達ですか?」
質問に2人は黙って頷く。自分の仲間だと分かると、彼女は軽く笑って自己紹介を始める。
「そうなんだ、私は藤田博美。これでも元軍人だから結構役に立つと思うよ、よろしくね」
口元だけの軽やかな笑みを浮かべながら手を出す博美に日黄泉は手を取って握手をし、ルドルフは微笑みかけて彼女に好意を示す。3人の間で仲間意識が芽生えた所で、ゲンブは一同を手招きして博美に自分が作った彼女専用のバイクを誇らしげに見せた。
「もっと可愛くできないの?」
黒一色でゴテゴテと装飾品が付けられたバイクを見ると、博美は眉を顰めて面白くなさそうに物をジッと見つめるが、日黄泉は彼女の肩に手を置き微笑みかける。
「そんなブスっとしないの可愛い顔が台無しよ。これ性能は抜群だから試したら?」
笑いながら言われて博美は渋々バイクに跨り、ゲンブから鍵を受け取るとエンジンを掛けて振動を体で感じる。エンジン音が響き、ハンドルから振動を感じると、彼女の顔は見る見る明るくなりゲンブの方を向く。
「試運転したいけど大丈夫?」
整備主が黙って頷いたのを見ると、博美はヘルメットを被り、排気ガスを撒き散らせながら走り去って行った。煙に咳き込みながらも残された2人は彼女の様子を見て共に微笑む。
「全く頼もしい仲間が出来たわね」
「皆まとめて面倒見てやるぜ」
日黄泉は拳を差し出しルドルフが蹄を合わせると、2人は今回のレースに向けて決意を固めた。その様子を見届けると、ゲンブはスザクに最高のレースが出来そうなのを報告する為に胸ポケットから携帯電話を取り出す。
ゲンブと携帯で話しながらスザクはウィズが説明してくれた罠を見ていて、軽く浮かれたまま報告を受けた。
「そうなの? こっちも最高の物になりそうよ。じゃあね〜」
電話を切るとスザクは手を大きく広げ、満面の笑みで2人が待っているピットガレージにスキップで向かう。
「2人共おまた〜! まぁ!」
戻って来るとウィズがニヤニヤと笑いながら梛織の肩に手を回していた。梛織は必死に振り払おうとするが、腕の力は強く振りほどけないでいる。その様子を見るとスザクは歓喜の雄叫びを上げながら、携帯を取り出し写真を取ろうとする。
「キャ――! ウソ、マジ? 最高に萌える! 萌えるわ! 萌え〜!」
スザクはで大騒ぎしながらカメラのボタンを連打し、2人の様子を何枚も携帯に収めた。梛織は手を伸ばして携帯を奪い取ろうとするが、ウィズに押え付けられて空を切るばかりだった。
「これは萌えるわ……ゴメンなさい! こんなに興奮してちゃ、まともな作戦会議出来ないわ! ちょっと頭冷やしてくるから! あとはごゆっくり〜!」
顔を真っ赤にさせながらスザクは走り去って瞬く間に消えて行った。その様子をウィズは笑いながら見ていたが、梛織は強引に彼の手を振り払うと鬼の様な形相で睨み付ける。
「笑い事じゃないでしょ! これから、どんな顔でスザクさんと接すれば良いんですか? 真面目にやる気が無いなら帰って下さい!」
その目には涙も浮かび、怒りと悲しみが入り混じった顔で訴えるが、ウィズの顔は変わらず悪戯めいた笑顔を浮かべたまま梛織の肩を抱く。
「何々またそんなつれない事言って。ホントはオレと一緒で、オレに会えて嬉しいクセに。素直じゃないなぁ〜」
「真面目に話を聞いて下さいよ!」
「思わせたい様に思わせれば良いんじゃないの? 夢を与えるのがオレ達の本職な訳だしさ!」
ウィズは梛織の頭を撫でながら、大口を開け豪快に笑い飛ばした。その声はサーキット中に響き渡り、梛織の気持ちを無視してカート場は楽しげな空気に包まれた。
決戦当日、観客が居ない寂れたカート場で2匹の獣は互いに睨み合って、お互いの士気を高めていた。
「今回で終わらせてやるぜ!」
「返り討ちにしてやるよ!」
セイリュウとビャッコは捨て台詞を吐くと、互いの車に乗り込んでエンジンを吹かしてレースに備える。
「モタモタすんなよ! 行くぜ!」
ビャッコが窓からコーラの空き缶を投げ捨て、地面に金属音が響くと同時に2台の車はスタートを切った。エンジン音だけが2人を激励し、互いの意地を掛けたレースが始まった。
カート場は雷と吹雪が覆われる。その様子を双眼鏡で見つめていたウィズは皆に現状を伝えた。
「そう、早速ドンパチ始めているのね……」
爪にマニキュアを塗りながらスザクは呆れた様に言うと、自分の車に乗り込みドアを開けて梛織とウィズを手招きする。
「じゃあ作戦通りゲンブの車を先頭に置き、あたしのステルスカーで妨害工作を行うって感じにするわよ。助手席には梛織ちゃん、後部座席にはウィズちゃんね。ハーレム最高!」
1人で盛り上がるスザクに梛織は苦笑いを浮かべ、ウィズは営業スマイルを絶やさないまま乗り込む。ポテチの袋を開けると同時にゲンブは一足先にカート場へ向かい、スザクも彼の後を追う。
「お嬢さん方! 活躍を期待していますよ!」
最後にウィズは窓から顔を出し、女性2人に笑顔でエールを送った。それに日黄泉は軽く笑い、博美は軽く苦笑いを浮べた。
「緊張感の無い奴ですね……」
「良いんじゃないの? 彼なりに緊張を和らげようとしてくれてんでしょ」
博美と日黄泉は互いに自分のバイクに乗ってエンジンを吹かす。2人のやり取りを笑いながら見ていたルドルフも自分の車に乗り込む。
「それにしても……本当ルドルフさんらしい車ですね」
彼が乗り込んだ車を見て博美は軽く笑う。そのデザインは赤を基調とし、所々に緑色が施されたクリスマスを連想させる物で、ルドルフは彼女に微笑み返しながら、エンジンを吹かして1人物思いに耽ていた。
(ニコライよ……本当だったら、お前と一緒に乗りたかったぜ……)
ルドルフは遠く離れた相棒のサンタを思い、1人感慨深い面持ちを浮かべていたがエンジンが温まって出発の準備が出来た事を体全体で感じると、前足でハンドルを持って後ろ足でアクセルを踏む。
「こうも注文通りだと感動で涙が出るぜ!」
車を揺らしながら、ルドルフは愛車の乗り心地に酔いしれていた。車内には1枚の大きな革張りのマットレスが敷かれていて、設計図通りの操縦方法を快適に感じながら、ルドルフはゲンブ達の後を追う。
「私達も行きましょう」
日黄泉に言われて2人は並んで一同に続いた。失われた絆を取り戻す為、悪を演じる7人の戦士がコース場に放たれた。
吹雪が襲って雷鳴が響く、異常気象の中2匹の車は横一直線に走り続け、互いに1歩も譲らない接線を繰り広げていたが、互いにフラストレーションは高まるばかりで、セイリュウは乱暴にボタンを押してビャッコと無線を繋ぐ。
「いい加減にしろよ 大人しく降伏しろ!」
スピーカーから聞える怒鳴り声にビャッコは苛立ち、マイクを持って感情のままに叫ぶ。
「それはこっちのセリフだ! どうせ俺の吹雪でオイルが凍り付いているから、負け惜しみ言っているだけだろ!」
「馬鹿言うな! 俺の車は電気が常に満タン状態だ! そよ風でダメになるか!」
自分の攻撃を『そよ風』呼ばわりされてビャッコは顔を真っ赤にすると、パネルを操作して巨大扇風機をセイリュウの方に向ける。
「凍死しやがれ!」
怒りに身を任せビャッコがボタンを押そうとした時、外側から一台の車が横切って2匹の前に現れた。猛吹雪の中でもクリスマスカラーの派手な車体は際立ち、共に呆けていたがビャッコは慌ててセイリュウと無線を繋ぐ。
「何だありゃ? お前知っているか?」
「俺が知るか! だが1つだけ言えるのは、あれは俺達の戦いを邪魔しようとしているって事だ!」
セイリュウの意見にビャッコは黙って頷き、巨大扇風機を前の車に向けてセイリュウもキャノン砲の標準を前方に合わせた。
「一時休戦だ! 取りあえず、あの野郎をぶっ潰すぜ!」
ビャッコは叫ぶと同時にボタンを押し、巨大扇風機から猛吹雪を発生させて前方の車を包んだ。クリスマスカラーで彩られた車体が真っ白に凍りついたのを見るとビャッコは高らかに笑う。
「どうだ! 例え車が無事でも、運転手は寒さで動けない状態だ! 分かったら消え……」
勝ち名乗りを上げる前にトランクが開き、大量の手榴弾がコースにばら撒かれた。鉄の塊は地面に2、3度跳ね上がると、閃光と共に爆発を起こして2人の車を襲った。
「馬鹿な! あんな状態で運転出来る訳が……」
「兄さん。ちょっと良いかい?」
爆風で前が見えない中、平静な心を取り戻そうとするビャッコの無線に聞きなれない声が響き、彼は恐る恐る相手と通信を繋いで話を聞こうとする。
「慣れない運転で体が熱かったから助かったよ。もう少し強くても平気だから遠慮なく頼むぜ」
ルドルフはハンカチで額を拭きながら、感謝の気持ちを伝えると一方的に通信を切った。
「ざけやがって……俺はクーラーじゃね――んだぞ!」
ビャッコはアクセルを強く踏み、一気にルドルフとの距離を詰め寄り、彼の車に幅寄せして壁に擦り付ける。
「このまま蒸し風呂状態にしてやる……何だ?」
いきり立つ彼の頭上を2台のバイクが通り抜けた。1台はセイリュウの下に向かい、もう1台は空中で翼を広げ、その場で留まって巨大なキャノン砲をビャッコに向けた。
「なぁ馬鹿! よせよせ、止めろ!」
ビャッコの訴えも聞かず、キャノン砲から砲弾が放たれて大型扇風機を襲った。派手な爆発音と共に黒煙が舞い、それは後方に居たセイリュウの視界も奪う。
――今がチャンス!
運転が雑になったセイリュウを博美は見逃さず、黒煙の中を突っ込み、上部に付いている巨大なキャノン砲に向けて爆弾を投げ飛ばす。
「走りで勝負したいなら……武器なんて必要無いでしょ!」
博美の叫びと共に爆発が起こり上部からキャノン砲だった物が落ちると、彼女は上空の日黄泉に向かって親指を突き立てた。
「やるわね……私も負けていられないわ!」
闘志を燃やしながら、日黄泉は自慢のキャノン砲『カミカゼ』を構え2匹に向かって無差別に砲弾を放つ。砲弾が着弾すると炸裂してコース場は爆発で覆われると、博美はゆっくりと後ろに下がりスザクの車窓を叩く。
「目立った武器は私と日黄泉さんで潰しましたけど、まだ分からないから気を付けて」
報告を受けるとスザクは笑顔で頷き、ボタンを押してステルス機能を発動させた。車の姿が完全に見えなくなると、博美は後ろに下がって待機し、ゲンブが前に出て一同の壁役になる。
「アイツらの攻撃力凄いから警戒を怠らない方が……ゲンブさん?」
梛織は無線でゲンブと連絡を取るが、聞えてきたのはボリボリと物を食べる音だった。時折舌なめずりの音も聞こえ、新しく袋を開ける音が響くと、梛織は無線を取りゲンブに怒鳴り散らす。
「今はお菓子食べてる場合じゃないでしょ! スザクさんからも何か言って……ちょっと!」
運転席のスザクを見ると、彼はコンパクトを片手に化粧を直し、鏡に映った自分に陶酔していた。2匹のマイペースな様を見ると、梛織は髪をクシャクシャに掻き毟り、機器を力任せに殴り飛ばした。
「ほんっと緊張感ねぇなアンタら! 少しは真面目にやってくれよ!」
「そんなカッカするなよ」
1人興奮して怒鳴り散らす梛織の頭をウィズは乱暴に撫で、胸ポケットから櫛とムースを取り出し、彼の髪の毛をセットしだす。
「綺麗な髪の毛してんだからさ、乱れたら男前が台無しだぜ。オレがセットしてやるからジッとしてな」
「別に良いですよ! て言うか、そのゴムとヘアピンなんだ? アンタ何をしようとしているんだ?」
ウィズと梛織のやり取りが始まると、スザクは黄色い声を上げると同時に携帯で様子を収めた。全てを無線越しから聞いていたゲンブは無線を切り、ペットボトルのお茶を飲みながら前を見つめた。
(これなら多分、大丈夫なんだな……)
嘗て自分達が持っていた絆を一連のやり取りから感じ、ゲンブは改めて一同に感謝をしながら運転を続けた。この愛すべき馬鹿騒ぎを自分達がやっている所を想像しながら。
カミカゼの砲弾が無くなる音を聞くと、日黄泉は黒煙で埋め尽くされてクレーターだらけで荒れ果てたコース場を見て苦笑いを浮かべた。
「ちょっとやり過ぎたかしら? ルドルフ。無事だったら返事して?」
無線でルドルフに呼びかけると、陽気な笑い声と共に黒煙の中から、派手なクリスマスカラーの車が現れて運転手は彼女に対し前足を振る。
「ありがとよ、お陰で自慢のボディを見せられるぜ。ただな……」
ルドルフが言葉に詰まると同時に、後方から煤で真っ黒になった2台の車が現れた。運転手達は日黄泉へ憎しみの視線を送り敵意を露わにしていた。
「お前の事だ。まだ用意しているんだろ?」
「それはお互い様だろ! 行くぜ、フルアーマーモード!」
セイリュウとビャッコは、それぞれボタンを押すと車体からガトリング砲・ミサイルランチャー・キャノン砲と様々な武器が飛び出し、上空の日黄泉に銃口が向けられ、完全武装された車からは、砲弾が飛び交い上空の日黄泉を襲った。ハンドルを握る手に汗が滲み、顔にも若干の焦りの色が出ると、彼女は翼をしまって地上に降り立って攻撃を交わしながら一同の前を走る。
「ほらほら! 当たらなきゃ何の意味も無いでしょ!」
日黄泉の挑発に2匹の獣は顔を真っ赤にさせて怒り、無茶苦茶に砲撃をするがバイクは寸での所で攻撃を交わし続け、爆炎の中1人の天使がコース場で輝き、その凛とした姿にルドルフは見惚れていた。
「本当に良い女だぜ……」
含み笑いを浮かべながらドアミラーを見ると、後ろから1台のバイクが猛スピードで突っ込んでくる様子が映っていた。手には小型の拳銃が握り締められていて、それぞれの車に付けられた武器に目がけ弾丸が放たれる。
「あなた達ねぇ、堂々と走りの腕で競い合いなさいよ!」
博美は鬼の様な形相で銃を打ち続けて武器を壊そうとするが、金属音が響くだけで壊れる様子は全く無かった。
「引っ込んでろ! このアマ!」
セイリュウがボタンを押すと、上部からパラボラアンテナが出て、中央の突起から凝縮された電撃が博美を襲うが、攻撃は寸での所で彼女から逸れてコース場から飛び出た1本の針に電撃は落ちた。
「俺の電気が……ウォ!」
自分の攻撃が効かない事にショックを受けていたセイリュウだが、落ち込んでいる間も無く前方から炎が襲う。アクセルを踏む力を強めると同時に、セイリュウは無線を乱暴に取るとビャッコに繋げる。
「大丈夫かビャッコ? 返事をしろ!」
無線から聞える激励の声にビャッコは返事が出来なかった。相次ぐ火炎放射器の攻撃で車内は蒸し風呂状態になっていて、運転手自身も虚ろな状態で今にも倒れそうになっていた。
「しっかりしろビャッコ! 俺が付いているぞ!」
嘗ての仲間から激励の言葉を受けると、ビャッコは体を震わせて歯を食いしばり、ジッと前を見ると、キャノン砲から氷の塊を無差別に発射して火炎放射器を片っ端から潰し、地面を凍結させた。
「良いぞ! それでこそ俺の相棒だ!」
久し振りに嘗ての呼び方をしてしまい、セイリュウは顔を真っ赤にしてそっぽを向くが、炎の攻撃から解放されたビャッコの表情は清々しい物で、改めて日黄泉に攻撃をしようとする。
「今度こそ……何だ?」
後方から衝撃を感じてビャッコが振り返ると、巨大な装甲車の影に隠れて2人の青年が空中に浮いた状態で、バズーカ砲を構えているのが見えた。
「支援するよ! 博美ちゃん!」
「こっちは絶対見ないでね……」
元気一杯に叫ぶウィズに対し、彼の手でツインテールの髪形にされた梛織は小声で言い、その鬱憤を晴らすかの様にバズーカを連射して、ビャッコの武器に砲弾を浴びる。
「良いね〜! 最高だぜ、梛織くん!」
梛織に触発され、ウィズも狙いを定めるとセイリュウの武器に砲弾を命中させ、ニヤニヤと笑いながらスザクの方を向きVサインをした。
「キャ――! 素敵よウィズちゃん! 目線こっちに頂戴!」
黄色い声を上げながらスザクはウィズに携帯を向け、運転そっちのけで写真を撮っていた。砲弾を入れる為に車内に戻った梛織は、その姿を見ると慌てふためく。
「ちゃんと前見て運転して下さいよ! スザクさん!」
体を揺さぶって訴える梛織にスザクはゆっくりと腕を振りほどき、口笛を吹きながらマニキュアを塗り出して余裕めいた表情を見せる。
「平気よ、ウィズちゃんの罠は完璧なんだから。少しぐらいはサボっても……」
「前――!」
梛織の叫び声にスザクがゆっくりと前を向くと、凍結された地面に対応出来ずにカーブで激突したゲンブの車があり、慌ててハンドルを握るが既に遅く派手な衝突音がコース場に響いた。前面が潰れてステルス機能が停止して姿を現したスポーツカーから、梛織とウィズがよろめきながら姿を現す。
「オレはゲンブさんの方を見るから、梛織はスザクさんを頼む」
真面目な口調でウィズに言われ、梛織は運転席のスザクを見るがハンドルに頭を強く打ち付けて額から血を流し、虚ろな表情を浮かべている鳳凰の痛々しい姿に思わず目を逸らした。
「こっちもダメだ。日黄泉さんに救護を頼んでみる」
ウィズはゲンブの姿を見て運転が不可能と判断すると無線を引っ張り出し、日黄泉と連絡を取って救護の為、戻って来る様に指示を出す。
『了解。そろそろ潮時だと思ってたから、適当に騙して戻るわ』
明るいトーンの返事を貰うとウィズは笑顔で無線を切って、辛そうな顔で俯いている梛織の肩を叩く。
「ほら、このままじゃ可愛そうだろ。2人をゲンブさんの車に移して寝かせるぞ」
笑いながら優しく言うウィズに励まされ、梛織は自分の頬を軽く叩き、ゆっくりスザクの体を担ぎ上げゲンブの下に運んだ。2人の無事を祈りながら。
ウィズからの無線を切ると、日黄泉は襲ってくる砲撃を交わしながら、後ろをチラチラと見る。
(そろそろ頃合かも知れないわね……ん?)
2台の様子を見ていると、博美がセイリュウのドアに弾丸を放ち強引に抉じ開けようとしていた。鍵が壊れると博美は乱暴にドアを開けて車に飛び込む。
「ちょっとどきなさい! 運転ってのはこうやるのよッ!」
呆気に取られるセイリュウを無視して、博美は運転席を奪い取るとハンドルを握って、並んで走っているビャッコに向かって幅寄せする。
「テメェ! 止めろ!」
壁と車が擦れ金属音が響くと、セイリュウは慌ててハンドルを奪い返そうとするが、博美は力強く握り締めて放そうとせず、鋭い眼光で彼を睨む。
「嫌よ。レースで決着を付けたいって言っているのに、やっている事は戦争の真似事じゃない、そんな奴に運転なんてして欲しくないわ。車が可哀想よ」
凛とした態度で話す博美にセイリュウは顔を真っ赤にさせて怒り、彼女の腕を掴むとドアを開ける。
「土足で俺の車に入りやがって! 猫みたいにこっから捨ててやるよ!」
感情に任せて叫ぶと同時にセイリュウは博美をコース場に投げ捨てた。自分の体が地面に近付くたびに彼女の顔は青ざめていったが、黒い影に支えると自分が空を飛んでいる事に気付く。
「ハ〜イ! 危機一髪だったわね」
日黄泉はハンドルの中央に付けられた赤いボタンを押しながら、呆気に取られている博美に微笑んだ。状況が飲み込め切れない彼女は辺りを見回し続け、バイクから黒煙が出ている事に気付くと慌てて日黄泉に叫ぶ。
「ちょ……煙!」
「大丈夫、大丈夫。じゃあ後はお願いね」
慌てふためく博美とは対照的に日黄泉は無線でルドルフに後の事を任せると、博美を抱きかかえてバイクを捨てて飛び立った。パニックにならない様、彼女の口を押さえながら空中で1回転すると華麗に着地する。その後ろでは派手な音を立てて、バイクが真っ逆様に落ちた。
「だ……大丈夫なんですか?」
博美は自分で自分の体を抱きながらバイクを心配するが、日黄泉は優しく笑うと彼女の頭を撫でる。
「大丈夫。これ仕込んでおいた煙幕だから、それに……」
彼女の目線は前方でルドルフを追い抜こうとしている2台の車に向けられていて、それを見た博美も指を鳴らして笑顔で話し出す。
「修理は迷惑料として、連中にさせれば良いって事ですね」
「そう言う事! ウィズ君が救護を要請しているから後は任せよう」
日黄泉に言われ博美が元気な返事をすると、2人は並んでスザクとゲンブの救護に向かった。芽生え始めた新しい絆を感じながら。
駆けつけた女性陣の手によって2人は応急処置を施され、今はゲンブ車の後部座席で静かに寝息を立てていた。
「お2人は看護の方をお願いします。連中はオレ達が追いますんで」
ウィズの申し出に2人は黙って頷き、ゲンブ車に乗り込む。
「ボサっとしてないで、行くぜ」
「でも俺免許……」
梛織の言葉も聞かずウィズはスザク車に乗り込みエンジンを掛け、梛織の手を取って強引に乗せる。
「行くぜ……フルスロットルだ!」
力強くアクセルを踏むと、スザク車は凄まじい勢いで走り出し、瞬く間に見えなくなった。少し呆けた顔で2人を見送り、博美と日黄泉は互いに顔を見合わせて話し出す。
「凄いドライビングテクニックですね……」
「でも免許持っているって話、聞いた事無いわ」
日黄泉に言われ、博美はハッとした顔を浮かべて前を見る。梛織の悲痛な叫びが木霊したが、すぐに消えてなくなった。暴走に巻き込まれた梛織の無事を祈りながら、2人は前方に向かって合掌した。
セイリュウとビャッコはメーターを見て焦りの色が顔に出ていた。燃料となるガソリンは残り少なく車体もボロボロ。しかし前のクリスマスカラーの車を双方、追い抜けずに居て燃料的にも最後の1周になっていた。
「くそったれが! どこの誰とも分からない馬の骨に俺達は負けるのか?」
「『馬』じゃないぜ、俺はトナカイだ」
無線に割って入り軽い調子で言うルドルフに、セイリュウのハンドルを握る手に力が篭って握り潰すと乱暴に引っこ抜く。
「どうせ、この先は1本道だ! ハンドルなんかいらねーよ!」
「オイ! 後ろを見ろ!」
いきり立つセイリュウにビャッコから無線が入り、後ろを見ると悲痛な叫び声と共に1台のスポーツカーが向かっているのが見え、彼の心に1人の少女が言った叫びが思い浮かぶ。
『堂々と走りの腕で競い合いなさいよ!』
決意を秘めた表情でセイリュウは並んで走るビャッコの方を向く。彼も同じ様に真剣な顔を浮かべていて、2匹は静かに頷いてボタンを押す。
「ルドルフだけに良い格好はさせないぜ! ん?」
気合を入れてアクセルを踏み続けるウィズだが、後方から嘗て武器だった鉄くず達が落ちて来ると、乱暴にハンドルを切り、襲ってくる障害物達を寸での所で交わした。
「レースゲームよりも迫力があるじゃねーか!」
「ゲームオーバーになりたくなーい!」
ニヤニヤと笑いながら状況を楽しんでいるウィズに対し、梛織は悲鳴を上げながら彼の腕にしがみ付く。後方がパニック状態になっているのを見届けると、2匹は互いの顔を見て笑いアクセルを力強く踏む。
「行くぜ! ラストランだ!」
2匹は声を弾ませて前方の車に目がけ突っ込んで行った。後ろから先程とは比べ物にならない気迫を感じ、ルドルフはアクセルを踏む力を強めて逃げ切ろうとする。
「目を覚ましてくれたのは嬉しいが、俺もただ負けるだけはゴメンだ!」
闘志を滾らせるルドルフだが、スピードメーターは下がる一方だった。彼は慌てて見ると、ガソリンメーターはEを指していた。
「だが、この距離なら逃げ切れるはずだ!」
覚悟を決めると更に強くアクセルを踏み、ルドルフは2台を寄せ付けないようにするが、武器を全て捨てた事で2台のスピードは格段に上がり、すぐに横一直線に並んで双方共にルドルフを睨んだ。
「覚悟しやがれ! この腐れトナカイ!」
「俺達を怒らせた事を後悔させてやる!」
セイリュウ、ビャッコの心にいがみ合う気持ちは無く、2匹は団結してルドルフを倒そうとしていたが、後方から叫び声と共に近付くエンジン音を聞くと、彼はにやけた笑みを浮かべて前足で後方を指す。
「息巻くのは勝手だが、敵は俺だけじゃないぜ」
2匹が後ろを向くと、笑いながら車を運転するウィズとツインテールのまま運転者にしがみ付く梛織が見え、自分達の車を追い抜こうと乱暴な運転をしていた。
「勝つのは俺達だ――!」
自分達の決意を叫ぶと2匹は更に強くアクセルを踏むと耳を劈く轟音が響く。セイリュウの車は後方車輪2つがパンクしていて、ビャッコは前方2つがパンクし使い物にならなくなり、2台は失速してウィズと並ぶ。
「負けてたまるか……ビャッコ!」
「任せろ! セイリュウ!」
それぞれが乱暴にハンドルを切り、ビャッコがセイリュウの後ろに付くと、車体を持ち上げ後方車輪の代わりになって一気に前へ進んで行った。その姿にウィズは唖然となるばかりだったが、慌ててルドルフに無線を繋ぐ。
「分かっているよね? ここでルドルフさんが勝ったら、本末転倒だからね。聞いてる?」
ウィズの呼びかけにルドルフは全く応じず、ゴールを一直線に目指していたが、後方からの追い上げを肌で感じて体事前に乗り出す。クリスマスカラーの車と絆を取り戻し1つになった車は、ほぼ同時にゴールするとルドルフ車はガス欠で止まり、2匹の車は壁に激突する事で止まった。
「救出に行きましょう!」
梛織の呼びかけにウィズは力強く頷き、2人は急いで車から降りると黒煙を放っている2匹の車へ走るが、中から互いの肩を抱きながら笑い合う獣達を見つけると、ウィズは安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ、報告に行こうぜ」
ウィズはすぐに表情を真剣な物に変え梛織に話しかけ、彼も真面目な顔で頷くと2匹の前に立つ。
「仲直りしたみたいで何より。心配してくれたスザクとゲンブさんに感謝しろよな」
「実体化して不安なのは分かるけど、思ってくれる仲間を無碍にしちゃダメだと思うぜ」
ウィズと梛織の言っている事が分からず2匹は困った顔を浮かべると、後方からブレーキ音が響く。一同が振り返るとスザクとゲンブが頭をかきながら現れる。
「嬉しいわね、そこまで思ってくれたの?」
「でもオラ達これぐらい何とも無いんだな。それよりセイリュウとビャッコの仲直りが嬉しいんだな」
笑顔で現れたスザクとゲンブに2匹は困惑の色を隠せず、あたふたした様子で辺りを見回し続けると余裕めいた笑みを浮かべながら日黄泉が出て、これまでの事を話し出す。説明を受けると、2匹は互いの顔を見合わせて大笑いして互いの肩を強く叩き合った。
「俺達騙されたってか! これは傑作だぜ!」
「まぁイイじゃねーか! 久し振りにスカッとするレースが出来たんだからよ!」
セイリュウとビャッコは清々しく笑い合い、互いの健闘を称え合っていると、1枚の写真を加えたルドルフが現れた。
「そいつは結構、因みにレースの結果だが、ゲンブ車には高性能カメラも備わっていてな。これ見て判断してくれ」
そう言ってルドルフはセイリュウに写真を渡した。映し出されていたのは2匹の車体が僅かだが先に着いている様子で、それを見ると彼はビャッコの顔を見て、天高くハイタッチを決め、互いに大きな声で笑い合う。
「もう下らない事で喧嘩しないでよね。これは日黄泉さんから」
シャンパンの瓶を持って博美が一同の前に現れると、セイリュウに物を手渡し日黄泉の隣に立つ。彼が周りを見ると期待をする様な笑顔で溢れ、セイリュウはニヤニヤと笑いながらビャッコに向かって栓を抜き、シャンパンファイトを始めた。
「やったな! 姉ちゃん俺にもくれ!」
ビャッコは笑いながら言うと日黄泉はシャンパンを投げる。物を受け取るとセイリュウに向けシャンパンを浴びせ、2匹は子供の様にはしゃぎ、その様子を見ていたゲンブの目には涙が軽く浮かんでいる。
「本当に良かったんだな……」
そのまま静かに泣き出すゲンブを見て、博美は笑いながら彼の甲羅を撫でた。その様子を見ていたルドルフは含み笑いを浮かべると、ゲンブ車を強めに叩き一同の目を向けさせた。
「まさしく大団円だな。記念撮影と行こうぜ!」
ルドルフに言われると、全員が笑顔でゲンブ車の前に並び、思い思いのポーズを取る。タイマーをセットしルドルフも並ぶと、ウィズは笑いながら梛織の肩に手を回す。それに苦笑いを浮べた時、彼は自分の異変に気付き、慌ててフレームから外れようとする。
「ちょっと待って! 俺まだツインテール……あ――!」
梛織の叫びだけが響く中シャッターが切られると、車体から1枚の写真が出る。それは全員が清々しい顔で笑い合い、全力でぶつかり合った者だけが出せる何よりも掛け替えの無い笑顔が一杯詰まった最高の宝物だった。
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クリエイターコメント | 皆様のお陰で四神は再び1つになり、絆を取り戻す事が出来ました。最高のカーレースをありがとうございます。これからも精進していくのでよろしくお願いします。 |
公開日時 | 2008-10-07(火) 18:20 |
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