★ 【神隠し温泉ツアー】 ナキゴエ 響くはモリの奥  ★
<オープニング>

「『迷泉楼』――、ここですね」
 柊市長は、その建物を見上げる。
 古々しい、東北地方の古民家を思わせる日本家屋であった。入口に掲げられた木の看板に、古風な書体で、右から左へその名が書かれてあった。
 それは市長が――いや、今はプライベートであるから柊敏史と呼ぼう――彼が久々にとった休暇の日であった。
 そのつもりはなかったが、周囲が、ここ最近の一連の出来事で、彼の顔色がいっそうすぐれなくなってきたのを慮って、半ば強制的にとらされた休暇だった。よい部下をもったことを、彼は感謝する。
 そしてそこ……「岳夜谷(がくやだに)温泉郷」は、杵間連山中にひっそりと拓けた温泉地であり、銀幕市の奥座敷と呼ばれる知るひとぞ知るひなびた観光地であった。正直、観光地としてはあまり流行っているとはいえないようで、人出は静かであったが、それが今の彼には心地いい。今日はリオネも家政婦とミダスに(!)任せ、バッグひとつを手に持って、気ままな一人旅だ。
 久々に、浮き立つ気持ちを胸に、彼は、その旅館の門をくぐった。
「予約していた柊ですが」
「いらっしゃいませ」
 和服の女将らしき女があらわれて、にこやかに、彼を迎える。
 艶やかな黒髪と抜けるような白い肌――楚々とした所作が控えめでありながらどこか艶めいた風情を醸し出す女だった。
 緋色の唇が、笑みをつくった。
「ようこそ『迷泉楼』へ――」

 ★ ★ ★

『おかけになった電話は、電波の届かない地域におられるか、電源が入っていないため……』
「つながらないな」
 小首をかしげて、電話を切る。まあ、いいか、様子を聞こうと思っただけで、用があるわけでなし。植村直紀は、携帯をしまって、パソコンに向きなおった。
「植村さん、岳夜谷に大きな温泉宿のムービーハザードができたの、ご存じでしたか」
 ――と、灰田が話しかけてきたので、それに応えて口を開く。
「ええ、知ってます。『神獣の森』から温泉の湧く森が出てきたんですよね。それで、いっしょにあらわれたムービースターの方が営んでいるとか。評判いいそうじゃないですか。これで岳夜谷のほうも活性化するといいですよね。そうそう、それで、ちょうど今――」
「その温泉宿なんですけど、ちょっと気になる話を聞いたんです。ここ数日――」
 植村と灰田の次のセリフは、ほぼ同時に発せられた。

「市長におすすめして、休暇で出かけておられるんですよ」
「その宿に泊まったひとたちで行方知れずになる人がいるらしくって」

「え」
「……市長が、その宿に?」
 眉根を寄せる灰田汐。彼女の目の前で、植村の顔色が変わっていった。
「あの……植村さん?」
「ええと……胃薬の買い置き、あと何箱ありましたっけ……?」


「……と、いうわけで、対策課主催で岳夜谷温泉郷へのツアーを企画しました。どうぞごゆっくり、温泉を楽しんできてください」
 満面の笑みで、植村は市役所を訪れた人々に、強引に「旅のしおり」を手渡していく。
「旅行のついでにですね、先に現地入りされているはずの市長を探し出して無事を確保――いや、あの、挨拶でもしてきてもらえると嬉しいなーと思います。よい報告、お待ちしておりますので」

 ★ ★ ★


 宿の長い廊下を何度も曲がり、人が談笑している部屋や賑やかな宴会が行われている部屋の前を何度も通り抜け、やっと一番奥と思われる庭にたどり着いたユウレンは小さく溜息を落とした。
 温泉宿「迷泉楼」は瓦屋根の古民家的民宿だ。廊下から眺める庭は綺麗に整えられ、石灯籠が置かれている。土壁の塀を境目に広がるのは雲一つない空の青と山の緑だ。
 宿の裏手には深い深い森が広がっている。そこにある草木や木の実を手に入れるのがユウレンの目的だった。
 草木染めに使う為の材料が欲しいのだ、と言う斉藤美夜子はご丁寧にもこの温泉宿をユウレンの為に予約した。本当は斉藤が自分でこのツアーに参加し、材料を探す予定で予約をしたらしいのだが、急用で行けなくなったから、と「旅のしおり」と大きなリュックサックや折り畳みのトートバックを持たされたのだ。
「……ま……いいか」
 色々と思うところはあるが、とりあえず頼まれた物を採り、温泉に浸かってゆっくりするのも悪くないだろう。ここまで奥にくると従業員は見あたらないが、子供達は色んな所で追いかけっこをしてはしゃいでいる。また数人、ユウレンの横を走り抜けていった。後をついていく形になったユウレンは、庭を眺めて驚いた。何人もの子供が溢れかえっているのだ。
 大人達は酒が入り宴会だ。暇な子供は同じような子供を見つけては直ぐに仲良しになれる。名前がわかればそれでいい。どこの誰ともしらない、この宿から帰ったら忘れてしまうのだろう今日だけの友達。これは、まだ人を疑うことを知らない子供の特権だ。
 何が珍しいのか、竹馬を奪い合っては喧嘩をし、凧が上手くあげられなくては悔しがっている。そんな庭を眺めていると、ユウレンのローブが引っ張られた。見下ろすと、三人の子供がユウレンを見上げている。
 引っ張られるまま庭に降りると、大きく口を開けたまま樹を見上げていた子供達の真ん中に連れて行かれた。あれ、と指を差す木の上には竹とんぼが引っかかっていた。
「とれなくなっちゃったの」
 それだけ言うと、子供はローブを握る手にぎゅっと力を込めた。取らないと離して貰えないのだろうか、と考えていると周りにいた子供までローブを握りだし、動けなくなってしまった。今にも泣きそうな顔で見上げている子供相手に離せと言ったり手を振り払えば、大合唱が始まりそうだ。
 ユウレンは扇を取り出すとソレを広げ、竹とんぼが引っかかっている枝に向けて放り投げた。扇は枝を切り落とし、Uターンしてユウレンの手元に戻ってくると、逆の手には竹とんぼが落ちてきた。それを見た子供達は興奮気味にはしゃぎだした。「ありがとう」と言いながらもローブは離さず、構ってくれる大人とみたのか遊ぼうと言い出す子供までいる。これも子供の特権か。
 ユウレンが返答に困っていると急に辺りが真っ暗になった。同時に、ユウレンも険しい顔をして辺りを見渡す。
「……なんだ……この、烏の群は…………」 
 黒黒黒黒黒黒
 とてつもなく大きな黒い烏が、全長およそ1メートルはある大きなカラスが大量に木々や屋根、塀の上、そして空を覆い尽くしていた。ばさばさと羽根の音だけさせて集まるカラスの集団をぽかん、と見上げる子供達は何が起こっているのかわからないのだろう。
 ぎゃっぎゃともぎゃぁとも取れる掠れた声で鳴き始めたカラスは徐々にその声を広げていくと、一斉に飛び立ち一つの大きな塊になって庭に向かって落ちてきた。悲鳴を上げる事もなく、立ちつくす子供とカラスの間に扇が飛んでくるとカラスも急旋回して空に戻った。先程竹とんぼを取ったようにユウレンガ扇を飛ばしたようだ。
 ローブを掴む子供達に宿の中に入れ、と言い聞かせるが、恐いのか、子供達は震えて動いてくれない。
「……これでは動けないんだが……」
「そのまま、動かなければ良いでしょう。貴方に用はありません」
 低い声がするとカラスの塊から人が、いや、人の形に似たものがでてきた。
 顔は人に近いが、背中に大きな羽根を生やしている。髪の毛にも羽根が混じり、両手と足は猛禽類のかぎ爪のように鋭かった。その足も人で言う腰の辺りから魚のように一つになっており、かぎ爪は尾鰭のあたりになる。
 恐らく雄であろう鳥のような人が、六人。体格や顔つきにばらつきがある為数え間違う事はないものの、大ガラス達はこの六人に従っているようで、どれか一つを潰せば良い問題でもなさそうだ。
「探せさがせぇ!七つの子をとっつかまえろ!!」
 目つきの悪いのがそう叫ぶと、大ガラスが子供達を取り囲む。乱暴な言葉遣いを、と溜息をつくのもいれば、体躯の良いのは豪快に笑う。その下で、大ガラスに囲まれた子供達の悲鳴が響き渡るが、誰も来る気配はなかった。
 怯える子供達に捕まれ、動けないユウレンは扇をもう一つ出して応戦するが、数が違いすぎた。カラスの壁に遮られ、人型が一人、また一人と子供を抱えて空に飛び始める。
 彼らは、何人もの子供がいる中から、明らかに選んでいた。
 七つの子 を
「……ならば」
 一人だけ、一番体躯の良い男だけが子供を両脇に抱えているのを見据え、ユウレンはローブを掴む子供の頭を撫で、動かないように、と伝えるとローブ脱ぎ捨て、大ガラスを足蹴にして空に駆け上がった。蹴り落とされるカラスが苦しそうな声を上げて地面に落ちていくと、仲間を傷つけられて怒っているのか、大ガラスがユウレンに向かって来た。
「……丁度良い」
 大ガラスが自分の周りに居なくなったのを見た子供は泣きじゃくりながら宿の中に入っていった。何匹も、何匹も突っ込んでくる大ガラスを両手の扇で遮りながら追ってくるユウレンに気が付いた男が、背中の羽根を旋風と共にぶつけてくる。だが、ユウレンは身体が斬れる事も気にせず、二つの扇で攻防を繰り返し、男から子供を一人だけ奪い返した。子供を抱えたまま墜ちていくユウレンを六人は見下ろしていた。
「ありりゃ、わっりぃ。離しちまった」
「仕方ありません。このままでは我々も何もできませんし、一度引きましょうか」
「んだよ、俺の兄貴に渡して、俺があのガキ取り返してくるぜ?」
「一度、引く、と言ってるんです。それとも、あの子に似ている今の人間を仕留められますか?」
「…………やめとく」
 子供を庇い地面に降り立ったユウレンは、直ぐに空を見上げたが六人の追撃は無かった。安心するより先に、彼女は一つの扇を畳むと地面に突き刺した。
 肩で息をしながらもう一つの扇を操ると、扇が蝶のような形に変化した。丁度、羽の部分が扇だ。淡く茶色に光ると扇は空に消えていった。
「……疲れた……」 
 扇が飛んでいったのを見届けたユウレンの手が、ぱたりと落ちた。



 同日夕刻 銀幕市役所対策課内 会議室
「あ……あった……植村さん!植村さんありましたよ!ここです!これです!」
 一時停止したテレビを指差し、斉藤美夜子は植村を呼んだ。それは映画『神獣の森』のワンシーン。途中途中で挟まるようにあったシーンをつなぎ合わせてやっとわかった場所だった。
 数時間前、斉藤の元にユウレンの扇が飛んできた。子供が書くようなひらがなで、『ななつのこ』と書かれた扇の蝶には黒い羽根が六つ挟まっていた。
 ユウレンがわざわざ連絡をよこしたのも、何かを伝えようとした事も初めてだったが、緊急なのは誰でも解っただろう。
 字は血で書かれていた。
 対策課なら元になっている映画があるはずだし、何か知っているだろう、と斉藤は植村を訪ね、対策課にある会議室で問題の映画をじっと見続けたのだ。
 そうしてやっと見つけたのが、生贄として森に行く子供の姿だった。
 セリフから七歳の子供が大烏様という神様を沈める為に生贄として選ばれ、森の奥に入っていった。同行していた他の人は入れなかったのと、別のシーンで七歳の子供しか入れない森だ、というのはわかった。
 生贄として連れて行かれるなら、危険だ。何よりも、映画では生贄の子供が森の奥に入り、他と違う真ん丸い卵に触り、その卵を、誤って落としてしまったのだ。
「この、落としてしまったのが大烏様の卵、ですか」
「だと思います。ですが、復讐にしても生贄にしても、危険なことに変わりは無いですし……」 
 斉藤が扇の蝶に目をやると、植村も視線をそちらに移した。
「連絡をしてくれたということは、既に何人か子供が、と考えた方が良さそうですね。直ぐに依頼を出しましょう。どなたか、宿に居る人も気が付いてくれると良いんですが……」
「そうですね……。もう少し映画を見ていても良いですか?何か、わかるかもしれませんし」
「お願いできますか。すいません、本当なら職員がしなくてはいけないのですが……」
「気にしないで下さい。お手伝いできるだけで嬉しいんですよ」

 植村は急いで依頼を出す準備に取りかかった。
 斉藤はひたすら映画を見続けた。依頼を受けてくれる人に、一つでも多く情報を渡すために。 
 


種別名シナリオ 管理番号293
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメントこんにちは、桐原です。

シナリオはバトルメインとこっそり潜入のどちらか、もしくは両方です。皆様のプレイングでどちらがメインになるかは変わって参ります。

依頼内容は子供の救出です。
が、OPにも有りますように、進むには七歳の子供にならなくてはいけません。
素直に七歳の子供になって下さる方は外見などをお書き下さいませ。
力業で突き進むのも……ありですが。余りオススメいたしません……よ?

今回も、対策課で依頼を受けるのか、偶然宿に居たのか、はお書き頂きたいと思います。

もう少し詳しい情報を、という方はお手数ですがブログを参照して頂きたく思います。

皆様のご参加、おまちしております

このシナリオは制作日数を3日ほど増やしてます。プレイング〆切の日数は変わりませんが、お届けにお時間を頂くことをご了承ください。

参加者
岸 昭仁(cyvr8126) ムービーファン 男 22歳 大学生
クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
<ノベル>

 ふわふわと、浮いているような感じがする。どこか懐かしい土と木の匂いがして、私は眼を開けた。浮いてたんじゃなくて、水の中にいるみたい。暖かい太陽の光が私の視界をきらきらと歪めてる。息苦しくはなかった。身体が動かないのに視界は移動できた。私はどうやら違う人になっているみたいで、私とは正反対の真っ黒な身体が見えるし、手も指が三つしかない。辺りを見渡したけどレイドはどこにもいない。私だけ、ここにいるのかな?
 ――もうすぐだな――
 声がして顔を上げるけど、レイドの声じゃない。光に反射した水のせいで誰か見えないけど、大きな人が六人いた。とても優しい声はこの子に言っているんだよね。
 ――早く出ておいで我らの妹 一緒に空を飛んで一緒に唄おう この森で――
 鳴き声が森に響いた
 とても楽しそうに、嬉しそうに唄う声
 みんながこの子を待ち望んでいる声
 それが、一瞬にして暗闇へと変わった。私は一人真っ暗なところに放り出されて、ひとりぼっちになる。何処にも行けない何処かも解らない。動けない何も動かない。声も出ない何も聞こえない。恐くて恐くて、私は泣きそうなのに、泣き声もでなかった。
 ――やだ、嫌だ。恐いよ…………レイド!!!――
 ルシファはそこで目が覚めた
 
 

 レイドは先日訪れた温泉宿「迷泉楼」に部屋をとった。訪れた時は一人でふらっと出かけ、対策課で依頼を受けて来たのだが、その後ルシファが大きな両目を輝かせて話を聞かせろと五月蝿かったのだ。
「ねぇねぇレイド!もっとお話きかせてってばぁ〜。ね、オンセンってどうだったの?お友達できたんでしょ? どんな人? くろちゃんはどうだった? ねぇってばぁ〜」
 と、盛大な教えてコールに負け、しかたなくレイドは改めてこの宿にルシファと共に来ることになった。説明するにしてもどう言って良いのか解らず、直接見た方が早いと思ったらしい。来る途中も宿の中も土産物も、和室の部屋も沢山の人も初めて見る。見る物全てが珍しくはしゃぎつかれたルシファは部屋に入るとこてんと眠りこけてしまった。
「風邪……ひくな。ベッドは見あたらないし、布団? どこで寝るんだ?この部屋は」
 あちこちを開けてみるが、布団は見あたらなく、薄っぺらい布きれのような服と紐があるだけだ。しかたなくレイドは自分が羽織っているジャケットをルシファにかけてやろうとすると、ルシファが跳ねるように飛び起きた。
「お……起こしたか? …………どうした」 
 ルシファは暫くぼうっとし、怯えた瞳でゆっくりとレイドを見ると泣きそうな顔になる。レイドが大丈夫だ、と囁くとルシファを優しく抱きしめてやる。
「こわかった……こわかったよぉ……」
 ルシファは泣きながらレイドの服を掴み、ただ恐かった、と呟く。ルシファは自分で気が付いていないだけで本能的に自分の身を守る術を持っている。今までも、レイドと二人で旅をしていた間に何度かその兆候を見せたが、本人は覚えていない。無自覚だ。
 もしかしたら、また何かを感じ取ったのか。
 レイドはルシファが落ち着くのを待ってからルシファの話を聞くと、幸せそうな歌と人っぽい影、そこから真っ暗になったら恐くなったというのだが、ルシファの説明ではいまいち理解ができなかった。
 不安な気持ちになったせいかしょんぼりしているルシファを見て溜息をついたレイドは気分転換に、とルシファを部屋の外に連れ出した。何かお菓子を食べるか、また珍しい物をみればまたいつものルシファに戻るだろうと思って。
 部屋を出て適当に廊下を歩いていると、子供達が数人泣きながら走ってくる。
「どっ、どうしたの!? 怪我したの!?」
 転んだ、とはちょっと違う切り傷や砂にまみれた子供達の傷を見て、ルシファは一人ずつ傷を治してあげる。傷口に片手をあて、身体がうっすらと白く光るとみるみる子供達の傷は消える。ありがとう、と礼を言われとルシファは頬を少し赤らめて嬉しそうに笑った。
「えへへ、どういたしまして。もう痛くない?」
 ルシファが子供の怪我を治してる間、レイドは廊下の先をじっと見据えていた。子供達が逃げてきた方向に二人の男がいるのだ。一人は、自分たちと同じ宿泊客だろうか、黒い髪と細身の青年が立っており、隣りに立っている男から逃げようとしている。
 問題は、その隣りに立っている男だ。ルシファと同じく白い髪だというのに、ここから見ても輝く白さなどまったく無く、肌の色が緑色だ。何より、彼の周りには炎が漂っており、纏っている白衣も首からぶら下げている鈍器もこびりついた血がどす黒く染まっている。ルシファの感じたものは、あれが原因だろうか?
「ヴェルガンダ」
 一言そう呟くと、真っ黒い犬が一匹のっそりとレイドの後から現れた。ルシファはくろちゃん、と犬の首に抱きつくとふわふわの毛並みに顔を埋める。
「ルシファ、ヴェルガンダから離れるなよ。」
 確認するために、レイドは一人歩き出した

 
 
 対策課温泉ツアー「ヒダマリ荘」ご一行様と書かれた紙は「迷泉楼」の入り口に飾られている。その文字を見てニヤリと笑った青年、シュウ・アルガは売店で買った冷えたミネラルウォーターを片手にふらふらと歩き出した。
「わるかねぇな。しっかし、あ〜〜。飲み過ぎたか? ま〜だ残ってる感じがするぜ」
 宿の名前が書かれた浴衣を着てすっかりリラックスしている彼は、下宿先の人達とこの宿に来ていた。昨夜は男だらけの部屋で楽しみがない!!と叫びながら延々と酒盛りだったのだ。
「久々に酒たらふく呑んで温泉つかって、かー。これで素敵な女性でもいれば言うこと無いんだが……ん?」
「アレェ? シュウクンじゃないカ! 奇遇だネェ!キミも来てたんだネ!」
 シュウに声をかけてきたのは、綺羅星学園理科教師のクレイジー・ティーチャー。楽しそうに言う声とは裏腹に、いつもと同じ白衣と人魂、そして初対面の人には刺激が強すぎる彼、だ。有名すぎる彼を詳しく説明するまでもないだろう。
「なんだ、先生も来てたのか。学校行事かなんか?」
「ウウン、今日は他の先生に誘われて一緒に遊びに来てるんダヨ。酷いんだヨー!ボクは美味しい物が沢山あるっテ聞いたから来たのニ!Sweetが全然ないんダ!って、シュウクン? キミ……何か、お酒臭くないカナ?」
 ヤベッ とシュウは慌てて自分の口を抑えた。以前も飲酒で目の前の教師と某警官にこっぴどくしかられたのだ。見た目と裏腹に飲酒喫煙ドラッグに関してはダメ!ゼッタイ!なのがクレイジー・ティーチャーだ。どうせなら授業もそうして欲しいと思うのはPとかTとかAのつく皆様の心の声だろうが。
「甘酒! 甘酒だぜ!? ほら! 売店にあったろ? 小さい子供だって呑んでるぜ!?」
 ぴかぴかと光って見えるクレイジー・ティーチャーの赤い瞳に睨まれ、凄い速度で後に下がりながらシュウは必死に甘酒について説明していると、何かを踏みつけた。
「いッッッてぇ!! なんだぁ!? 髪留め?」
 シュウが踏んだのは飾りのついた髪留めのゴムだった。飾りは手作りなのか、少々歪んでいるが持ち主が何をイメージしたのかはよく解る。クレイジー・ティーチャーの周りに飛んでいる人魂にそっくりなのだ。シュボっと人魂が一瞬だけ強く燃え上がる。
「あぁ! ユキクンの髪留めだネ! ボクの教え子で、ボクとお揃いになるようにって創ったんだって見せてくれたヨ! ユキクンも来てるんだネェ」
 教え子が来ているとわかって嬉しいのか、クレイジー・ティーチャーはボクが返しておくよ、とシュウから髪留めを受け取ると手首に付けた。人魂達がふよふよと跳ねるように動いているのは、喜んでいるのかもしれない。
「ウン? そうだねマイク。早く返してあげたいネ! エ? レイチェルも髪留め欲しいノ? ジャ、今度ユキクンにお願いしてみようカ! アハハ! ダメだよジョージいくら先生でもつくれないヨ!」
 端から見ると大きな独り言なのだが、シュウは慣れてしまっていて気にしない。むしろクレイジー・ティーチャーが生徒との会話に夢中になっている間に逃げてしまうのが得策だ。そーっと後を振り返ると一人の男がこちらに歩いてきていた。
 敵意はないし、殺意もない。だが、僅かにこちらを伺うように近寄ってくる茶髪の男は腰に剣を挿している。そして右目の眼帯、シュウにはその奥に何か禍々しい力を感じて動きを止めた。
「……先生、なぁんか、やばそうだぜ?」
「ン? 何ガ?」 
 シュウが歩き出すとクレイジー・ティーチャーも歩き出す。
 三人の男が極々普通に歩み寄ると、膜を通り抜けるような空気の変化があった。わかりやすく例えるなら、あの猛暑続きだった夏の日ににこにこタウンに入った瞬間だろう。温度が違いすぎる場所に入った瞬間の、何かを通り抜けたような感覚は、結界を通るときと似ていてシュウは一瞬戸惑った事があった。
 今は、間違いなく結界を通り抜けたのだ。それまで青空だった空が一瞬にして分厚い雲に遮られたような暗さと、ぎゃぁぎゃぁと五月蝿い鳴き声の中に入った三人の男は一斉に空を見上げた。
「結界!? って、なんだこの鳥は!?」
「子供が逃げてきたのはこっちか!」
 シュウと眼帯の男が叫ぶ中、庭へと一人飛び出したのはクレイジー・ティーチャーだった。
「STOOOOOOOOOOOOOOOOP!!! ボクの可愛い生徒達になにしてンダヨ!! テメェ!!!!!」
 クレイジー・ティーチャーの言葉で鳥の鳴き声に紛れて子供達の泣き声が混ざっている事に気が付いたシュウ達は一歩遅れて彼の後に続いた。眼帯の男はしゃがみ込む子供達に群れる鳥を剣で振り払う。
「この俺様に気が付かせない結界か!ぶっ飛ばして……あ」
 シュウは庭に降り立ったものの、いつも持っている杖を部屋に置いてきてしまい魔法が使えない。ちなみに武器もない。彼が纏っているのはこの温泉宿のゆかただけだ。
「こ……んの! 鳥相手に体術!? さすが俺様! やること違うぜ!」
 魔法が使えなくとも闘える、と言うだけのことはあった。シュウもまた一羽ずつではあるが、群れる鳥を追いやっては、隙を見て子供達を宿に非難させる。殆ど無言で剣を振るう眼帯の男とシュウとはまた別に、クレイジー・ティーチャーは彼らしい闘いをしている。英語で何かを叫びながら、ちいさな金槌で鳥を追い詰め、そして、喰われている。
 嘴で食らいついてきた鳥が味をしめたのか、鳥たちは子供ではなくクレイジー・ティーチャーに群がり始め、彼もまたそんな事など気にせず前に前にと進む。結果としては良いと言えるだろう。鳥たちは子供から遠ざかって行き、隙をみてシュウが宿に非難させる。が、教育上よろしくない図なのは間違いない。眼帯の男が驚いて声にならなかったのも、また事実だ。縫い目が解け腕が千切れようが腹が裂かれようがお構いなしだ。彼の可愛い生徒達を泣かせた事は、クレイジー・ティーチャーにとって許されない事だから。
「あいっかわらずだな……先生……」
 鳥たちがどんどんクレイジー・ティーチャーに群がっていくのでシュウ達は余裕が出来てきた。原因は、と空を見上げると一人、空から落ちてくる人影があった。その人物は子供を抱えたまま降り立つと、手に持っていた物を地面に突き刺す。突き刺した物から光が木の根っこのように広がっていくと、一斉に鳥たちが森の方へと引き上げていく。
「Son of a bitch! ボクの生徒を置いてイケ!!」
「結界ぶちこわしやがった…って、せんせーー!ちょい待ち!!ストップ!こっちにも生徒いる!こっち先だぜ!」
 シュウがクレイジー・ティーチャーをなんとか止めると、眼帯の男が落ちてきた人の傍にいた。クレイジー・ティーチャーを引きずるようにシュウも傍に行くと、彼女に見覚えはあった。ジャーナルで見た海賊、ユウレンだ。普通ならジャーナルに少し載っただけの彼女を覚えてる人も少ないだろうが、女性は細かくチェックしているシュウ・アルガが間違うはずもない。空から落ちてきた海賊はシュウ達三人を順番に見上げ、すでに傷が無くなっているクレイジー・ティーチャーに向かって変な事を言いだした
「……先生、か? 文字の書き方を……教えてくれ」




「七歳の子供しか入れない?」
 植村が依頼を出そうとした時、ちょうど報告に来ていたシャノン・ヴォルムスは直ぐにその依頼を受けると言い、詳しい話を聞きに奥の会議室に通されると、そこにいたのは斉藤美夜子だった。彼女の話では対策課のツアーに参加したユウレンから届いた扇で何か事件が起きていると解ったらしい。
 話す前に目に入った扇は「ななつのこ」とお世辞にも綺麗と言えない文字が血で書かれており、その血も既に乾いてどす黒くなっていた。シャノンは二度の依頼で関わったユウレンがそれなりの強さを持っている事を知っている。その彼女が連絡を入れたのだ。時間が惜しいシャノンは今、携帯で斉藤と話しながら事務所に向かっている。続けて受けた依頼で銃弾の補充が必要だったからだ。
『はい。依頼内容としては子供の安否確認、いえ、救出になります。ユウレンさんから来た連絡と元の映画を見て、子供達が連れて行かれる場所は七歳の子供しか入れない森の奥だと思われます』
「そんな場所にどうやって入れというんだ?」
 事務所に戻ったシャノンは手早く携帯にイヤホンをつけ、話しを聞きながら身につけている予備のリボルバーや両腕両足に隠し持っている銃を置いた。斉藤の話通りなら、子供になった場合邪魔になる。
『温泉の効能を利用するか、ユウレンさんに会っていただければ可能です。あと、連れ去ったのは神獣と呼ばれる人達でしょうが、私には詳しくわかりませんでした』
 武器庫の銃器を眺め、何を持っていくべきか考える。FN Five-seveNは持っていくとしても、子供の手で持てるかが問題だ。何より、彼の愛する義弟や友人達を思い出せば、あの小さな手で銃を持つのは難しいはずだ。都合良くこの姿のままで闘えるとも思えない。とりあえず知り合いから譲り受けた魔弾を有るだけ取り出した。
「には、というと、それもユウレンなら解る、と?」
『確証はありませんが、私よりはこういった事に詳しい人ですから。この映像を見て貰えれば……』
「……わかった、もう一度そっちに寄る。映像はプリントアウトしておいてくれ。ユウレンに見せて確認して貰おう」 
『わかりました。用意してお待ちしてますね』 
 携帯が切れるとシャノンはまた銃器を眺める。愛用している二挺拳銃と同じFNシリーズでは短機関銃のP90か軽機関銃ミニミ、軽機関銃のMAGでも大きすぎるし、行く先が森の奥ならミニミとMAGでは地の利がある相手に対しては使えない。自動小銃のFALなら大きいが多少はましか、いや、身長分を考えたら長すぎる。いっそFNシリーズから一度離れて考え、突撃銃のIMIガリルかS&W……ダメだ。どれもこれも大きすぎて邪魔になる。
 色々と考えたが、余計な武器を持つよりも弾丸を持った方が効率が良さそうだ。いつものFN Five-seveNと一番小さいFNブラウニングベビーを持ち、残りの銃器は持たなかった。
 再度対策課を訪れたシャノンを斉藤は外で待っていた。神獣の姿と、森の奥が印刷された紙が入った袋をシャノンが受け取ると、斉藤はできればこれも、とユウレンの扇も出してきた。
「ごめんなさい、細かい事は何も解らなくて……」
「気にするな。俺が依頼を受けたんだ。」
 だから子供もユウレンも大丈夫だ、と。言葉にはしないが彼の顔には絶対の自信がある。シャノンは扇を受け取り、また『迷泉楼』へと戻る。斉藤には彼が消えたようにしか見えなかった。
 




 布団でごろごろごろごろごろごろ
 対策課のツアーに参加した岸 昭仁は休日を満喫している。温泉と酒に美味しい食べ物。遅くまではしゃいでハメをはずしても帰ることを気にしなくて良い。なにより学校!!と飛び起きなくて良い。暖かい布団の中でだらだらごろごろと安眠を貪っていると、いきなり布団がはがされ、叩き起こされた。
「いっっっってぇなシュウ! 何すんだよ!」
「起きろシトラス! 出動だ! 早くコスチュームに着替えろ!」
 言いながらシュウも浴衣からいつもの洋服に着替え、杖や色々な道具を鞄からだしていた。同じ「ヒダマリ荘」に住むシュウは依頼を受けると杖やナイフを持ち出すが、リフレッシュしにきたココで依頼もあるわけがない。
「はぁ? とうとう馬鹿になったか? いや元からか。何がコスチュームだ持ってきてねぇよ」
「こんなこともあろうかと、用意しといたぜバキシトラスwww」
 もぞもぞと布団に戻ろうとする岸にシュウはコスチュームBを被せると、そのまま引きずるように廊下にでてしまった。
「ひっぱんなって! 前が見えねぇだろ!? おいハーレイ! お前も大人しくポケットに入るんじゃねぇよ!!って、なんかお前でかくねぇ?」
 コスチュームBのポケットにすっぽりと収まった岸のバッキー、ハーレイはきょとん、と岸を見上げていた。どうみても、いつもより大きい。コスチュームを前に着た時よりも重たい気もする。
「バッキーがでかくなったんじゃなくて、お前が小さくなってんだろ。気付いてなかったのかよ」
 ほれ、と襟首を掴んで猫のようにぶらんと鏡に映った自分を見た岸は、やっと自分がちいさな子供になっている事に気が付いた。真っ赤に染めた髪も生まれついての黒髪に戻っているし、寝る前に外したピアスの穴も見あたらない。廊下に置かれた鏡を見てぽかん、としてる岸の事などお構いなしにシュウはそのまま歩き出す。
「ここの温泉いろんな効能あるみたいだぜ? ほれ、見て見ろよ獣耳生えてる人もいるぜ」
 シュウが言った方を見ると、売店の傍やソファに座っている人が宿の浴衣を着て騒いでいた。小さくなった!大人に慣れたよ!なんだこの耳ーー!?ここはドコ?と慌てている人もいれば、楽しんでいる人もいる。やっと戻った!と叫んでいる人もいた事が、今の岸に一番ありがたい事だった。ピアスの穴も髪の色も戻るのだ。
「あーー。さすが銀幕市。ん? おいシュウ、今入ってきた人、シャノンさんじゃね?」
 浴衣だらけの場所に真っ黒いロングコートと金髪の彼は一人間違ったように浮いていた。誰かを捜すように辺りを見渡している彼にシュウと岸が近寄ると、シャノンも二人に気が付いた。
「よう、シャノンも来てたのか。それとも依頼か?」
「依頼だ。人を探してるんだが……と、シュウ、お前とうとう子供ができたか」 
 顎に手をあて、どこか納得したような顔でそう言うシャノンに岸とシュウは声を揃えて違う!と叫んだ。
「温泉で子供になっちまったが俺は正真正銘22歳の大学生だ!」
「気持ち悪い事いうなよなシャノン。ったく、俺の子供ならもっと凛々しい顔してるぜ。いや、子供まだいないけど!」
「なんだ違うのか。…ふむ、ムービーファン、か。会ったことはあるか?」「いや、初めてだ。俺は岸 昭仁、こっちはハーレイ。また元に戻ったら改めて挨拶するぜ。きっとわからねぇから」 
 三人が挨拶をしていると、また別の方向から声がかけられた。今度はレイドとクレイジー・ティーチャーだ。
「アレェ〜? 今度はシャノンクンもいるんだネー」
「よう。レイドもいたのか。あのまま泊まってたのか?」
「……シャノン、だったな。……いや、今日来たばかりだ。シュウ、子供はちゃんと親御さんの所に送ってきた」
 そう言ったレイドとサンキュー、と頷くシュウを見て、シャノンはふむ、とまた何か考え出した。岸がいい加減何が起こってるのか教えろ、と言い出したので、シュウが説明しようとするのだが、それをシャノンが止めた。四人が不思議そうにシャノンを見ると
「ユウレンが一緒か?」
 とだけ言う。
「ユウレンクン? ルシファクンと一緒にレイドクンの部屋で待ってる子がそんな名前だったヨネ?」 
 クレイジー・ティーチャーの答えにレイドとシュウが頷くと、シャノンは楽しそうに頷いた。岸だけは未だわけがわからないままなので、大人達を見上げて顔を左右に動かしている。
「俺の受けた依頼はユウレンと会い、子供を救出しに行く事だ」
 




 門構えからは想像できないほど入り組んだ宿は部屋に向かうだけでもちょっと面倒だった。依頼を受けたシャノンはもちろん、クレイジー・ティーチャーも子供を助けに行く気満々だが、レイドは今の所はっきりしていない。シュウは、といえば
「俺はルシファとユウレンと一緒にお茶でも飲んで待ってるぜ」
 との事。一瞬だけレイドに黒いオーラが見えたのは気のせいじゃない。レイドとシュウ、岸は部屋の前で止まるがクレイジー・ティーチャーとシャノンが部屋を通り過ぎてしまった。
「おーい、シャノン!CT!部屋はここだぜー?」
 立ち止まった二人がくるりと方向転換して戻ってくるが、シャノンは首を傾げている。代弁するようにクレイジー・ティーチャーが「エー? だって1805号室って次じゃナイ? さっき1803だったヨ?」
 と不思議そうに言いながら戻ってくる。
「あぁ、日本は宿の部屋番号に4と9は使わないんだ。不吉だとか」
 レイドが鍵を開け、部屋の中に入ると真っ白い服を着た少女が振り返った。その傍らにはユウレンが横になっていた。
「あ、レイドお帰りー!!シュウさんも先生もお帰りなさい!はじめましてルシファです!」 
 満面の笑顔で迎えた少女、ルシファがそう言うとただいまー、とクレイジー・ティーチャーもシュウも話しかける。レイドはまた黒いオーラを出した。が、ルシファは気がついていないし、そんな事気にする人も残念ながらいなかった。
「岸 昭仁、本当は22歳の大学生だ。あんたにも元に戻ったら挨拶するぜ」
「シャノンだ。宜しくな。よう、ユウレン。その姿になってからは、始めましてってところだが、大丈夫か?」
「……おまえが依頼を受けたのか……傷か? この子が治してくれたから問題ない」  
 起きあがろうとしたユウレンを気遣うルシファの姿はどこか微笑ましく、そんなルシファにユウレンもまたありがとう、と声を掛ける。仲良しだな、とシャノンが呟くと、その一言にルシファはえへへ、と嬉しそうに笑った。シャノンが持っていた袋から紙を取りだし、ユウレンに渡すと、そこに揃っている全員を見渡した。
 ユウレンの横にルシファ、そしてレイド。テーブルを挟んだ向かいにはシュウと岸、そしてクレイジー・ティーチャーが座っている。シャノンはシュウとユウレンの間になる。
「まず、子供達を攫ったのは神獣、連れて行かれたのは森の奥だろう。対策課で聞いてきたんだが、攫った理由は妹の卵が壊された事がある。その復讐か、生贄なのかははっきりと解らないらしい。問題は連れて行かれた先は七歳の子供しか入れない事だ」
「エー面倒だネェそのまま突っ込んじゃダメなの? ボクは早くミンナを助けに行きたいんだケド」
 不満そうに言うクレイジー・ティーチャーの言葉に誰もが頷いたが、シャノンは静かに首を振るだけだ。
「七歳の子供以外は辿り着く事もできないようになっているらしい。子供の姿になるのも、ユウレンができるというが、任せられるか?」
 頷くユウレンを見てふと思い出したようにシュウが問いかける。
「さっき結界みたいなの壊してたが、それも関係あるのか?」
「……あれは子供を引き寄せていたようだった。もう子供が集まることも無いだろう。これ以上連れて行く事も、多少は難しくなった筈だ」
「この広い宿で子供ばかり集まっているのが不思議だったが、それが原因か」
 納得するレイドの横でルシファがぽえっとした顔で皆を見ていると、シャノンが改めて皆に問いかけた。
「確認するが、俺は行く。クレイジー・ティーチャーもだな。他はどうするんだ?」
「はいはいはーい! 私とレイドも行くよ!早く助けてあげないと!」
 シャノンがレイドを見ると、レイドは諦めたように頷いた。一人でも戦力になる人が欲しいところでこの二人がくるのは願ってもない。単独で動くことの多いクレイジー・ティーチャーは自然と陽動になるだろうから、これで四人。
「出番だぜシトラス!ってことで、シャノン。昭仁も連れて行け。ムービーファンはいたほうがいいぜ」
「そりゃ、俺も行くけどさ。子供の姿だから更に足手まといじゃねぇの?」
「俺の伝令蝶渡してやるから子供見つけたら呼べ!この史上最強の天才魔道士シュウ・アルガ様が助けてやるぜ!」
 これで、五人。シャノンから見ればシュウも戦力として欲しいところだが、本人が行くと言わないあたり、来る気はないようだ。岸が言うように足手まといの事も考えなくてはいけない。
「ユウレン、お前も来るな?」
 紙面に眼を向けていたユウレンはゆっくりと顔をあげ、シャノンを見るが、少々迷っているようだった。迷いのなかには何故?という感じも見て取れる。シャノンが、来るのを当たり前のように言っているからだ。
「馬鹿言うなよシャノン。結界壊して、治ったとはいえ怪我人だったんだぜ!? それにこの年齢不詳なメンツを今から子供にするってーのにどんだけ疲れるとおもってんだ」
 シュウが言うのももっともである。唯一の、普通の人間である岸は温泉で子供だが、他の四人ともムービースターだ。外見年齢そのままという事は無い。シュウ自身がそうだからだ。殺人鬼とバンパイアハンターだけでも大変なのは、同じ魔術を使う者としてシュウが一番よくわかる。
「なんだ、来ないのか?つれないな。俺とお前の仲じゃないか」
「どんな仲だ!どんな!詳しく言って見ろってんだ!」
「ユウレンが銀幕市にきて初めて(出会ったムービースター)の男だが?」
「意味深に言うなっての!わざわざ小声で言うな!つかそれお前じゃなくてもありえるだろ!」
 どういう意味?とルシファが小声でレイドに問いかけると、彼は困ったように後でな、と、誤魔化した。清い女の子には知らない方が良い事もある。
「まぁ、シュウで遊ぶのは後にしてだ。どうだユウレン。できれば一緒に来て貰えると心強いんだが」
 遊んでんのかよ!と叫ぶシュウを放置し、シャノンがじっとユウレンを見る。レイドができれば、と言い出した。ぽん、とルシファの頭に手を置き、岸を見た後、彼もまたユウレンを見る。
「……カラスの群と六人の神獣相手だ。せめてこいつらを護るヤツがいてくれると、助かる」
「ソンナ事気にしないで向かってくるヤツを片っ端から殺しちゃえばいいんジャナイ?」
「だ、ダメだよ! 殺しちゃうなんて可哀想だよ! ね、みんなもそうだよね!? 別に、そんな事しなくても、そう! お話したらわかってくれるんじゃないかな! ね? ね?」
 エー?と面倒そうに言うクレイジー・ティーチャーにルシファは必死に殺さないように説得し始めたが、その間もシャノンとレイドはユウレンを見ていた。
 シャノンにとってユウレンが来るという事は、二重の意味がある。レイドが言うように非戦闘員である岸とルシファを任せられる事、そして、ユウレンが来ればシュウも来るだろうと踏んでいるのだ。
 レイドは自分以外にルシファを任せるつもりは毛頭ない。だが、子供の姿になるという事はいつも使っている武器が使えない。ルシファだけ護るなら問題ないだろうが、この人数に実際何人いるかもわからない囚われている子供を足したら大所帯だ。このメンバーの中でルシファを任せるなら、彼女が良い、と思ったのだ。男にだけは、任せたくないらしい。
「……元々、私が伝えた事だ。……行こう」
「よっし!ここにいる全員は行くってことで!」
 とシュウが纏めると、ルシファはわーい、と嬉しそうにばんざいをした。岸とシャノンはシュウの変わり身の早さに少々呆れていたが。
「神獣についてだが、ユウレンに聞けばわかるかもしれないと言われたんだが、どうだ? その絵から何かわかるか?」
「……ヤタガラス、だと思う…………が」
 ユウレンはどこか迷ったような口調でそう言うと、見ていた用紙を机の上に置き、一つの画像を指差した。それは、子供達を連れて行った神獣と同じ黒い翼が生えていた。
「わぁ!見て見てレイド!翼があるよ!天使様かな!」
「天使は白いだろ」
「ヤタガラスって、確か足が三つあるカラスだよな?」
 岸の問いかけにユウレンは頷くと、言葉を続けた。
「……太陽の使者とも言われている。攻撃の主体は近距離でかぎ爪と嘴だろう。風を巻き起こして羽根もぶつけてきたから、魔術的な方面も気を付けた方が良い。が、妹の卵が壊された、というのが、どうも……」 
「問題あるのか?」
「……私が知る限りヤタガラスには雄しかいないはずだ。それが、間違っていたのかどうかはしらないが」
「ン? からすなんデショ? どうして雄だけなのカナ?」
 返答に困った顔をしたユウレンがルシファを見る。ルシファがきょとんとしたまま、何?と首を傾げると、彼女の顔を両手で包むように両耳を塞ぐ。レイドは何がしたいんだとユウレンを見るが、文句は言わなかった。むしろその後の言葉を聞いて感謝した。
「……曰く、「三本目の足」があるのは男だけだから……らしい」
 その場にいた男達はあぁ、と納得した。

 

 全員が子供の姿になるのに少々時間が取られてしまい、日はすっかり落ちていた。衣服はなんとか着ていた物を一緒に小さくできたが、武器の類まで小さくする時間が無かったため、レイドは剣を置いてく事になる。
 ユウレンから注意事項として伝えられた事は、身体そのものと体力は七歳児の頃になるという事。元に戻る場合はポケットに入っているビー玉のような物を壊せ、という事だった。ムービースターとしての能力や、成長するに従って身につけた技術はそのままなのがありがたかった。実際、体力面も大幅に下がるのは普通の人間だった人達だけだ。
 説明の間、何故か傷だらけの姿で現れたクレイジー・ティーチャーの傷を、ルシファがずっと治していた。
 明かりの全くない森の中を歩く順番は、長かった髪がばっさり短くなったシャノンとシュウ、髭がなくなったレイドが先を行き、歩きやすいように剥き出しの木の根や大きな石を先にどけていく。
 岸は子供になっていたので先程と変わらず、ルシファとユウレンも驚くような変化はない。一番驚いたのは岸とルシファの間を歩くクレイジー・ティーチャーの変わり様だろう。
「ワー見てごらんミンナ!先生ちっちゃくなっちゃったヨー!」
 と本人は言っているが、今まで緑色の肌をしていた人物が普通の子供になったのだ。子供になる、という事も普通なら有り得ない事ではあるが、クレイジー・ティーチャーを知っている人なら誰もが思ってしまうことがある。
 ――本当に人間だったんだ――
 と。
「えへへ、みんな同い年ってなんか嬉しいなっ!」
「それにしても、コレといって襲ってくる気配もねぇな」
 一人うきうきと歩いているルシファの前で岸がそう呟くと、カラスは夜行性じゃ無いからネェとクレイジー・ティーチャーは言う。
「やこうせい? ってなんですか?」 
「夜行性って言うのはネ、夜間に活動して昼間は寝ちゃってる動物の事ダヨ。人も動物も基本的に昼間起きてるデショ? 夜行性の動物は明るい昼間だと天敵に狙われやすいカラ昼夜逆の生活をしてるんだネ。カラスは人間と同じように日が昇って動き出しテ、夜になったら巣に帰って寝るから出てこないのかもネ」
「へぇ〜〜。じゃぁここにもやこうせいの動物さんっているのかな?」
「いるとおもうヨ。代表的なのハ、フクロウ、ネコ、ネズミとかだネ。ア、でもさっきのヤタガラスってのは先生も知らないカラわからないナァ。さっきの大きなカラスなら、ワタリガラスかも知れないケド、あんなに大きなの聞いたことないシ」
「CTが、CTが先生してる……!授業してる!!」
「やだなぁシュウクン!ボクは先生だヨー!ソウソウ、カラスは眼は凄く良いんだケド臭いが殆どわからないんだヨ。だから犬猫のように匂いを辿っては行かないんダ」
 クレイジー・ティーチャーのカラス講義を聞きながら、シャノンとレイドは揃って足を止めた。後を歩いていたユウレンとシュウも少し遅れて止まると、クレイジー・ティーチャー、岸、ルシファの足も自然と止まる。先に足を止めた四人は大きく育った樹木を見上げ、それぞれが違う方向をじっと見据える。
「先生、カラスの耳は、良いのか?」
 見えない空は紅葉した樹木の葉に覆い尽くされているが、あたりは真っ暗だ。見つからないように、と月明かりだけを頼りに歩いてきた。真っ黒な場所で、シュウが聞く。クレイジー・ティーチャーが、ウン、と短く答えた瞬間、辺りの木々からカラスの泣き声が静寂を突き破った。
「ぶっ飛べ!!」
 シュウが何の前触れもなく叫ぶと、彼の持つ杖から風の球体が幾つも頭上の木々に放たれ、沢山の大ガラスの羽根とさらに大きな翼が彼等の前に落ちてくる。落ちてくる羽根が合図のようにシャノンは小さな手に銃を構え空に向かって何発か撃つ。いつもなら二つ使える銃も今は一つ。風の魔弾を装填した銃は何があっても敵に当たるが、使っている銃が七発しか弾を込められない。弾切れになる度にマガジンを取り替えようとマガジンキャッチを押すが、小さくなった手が邪魔をし、いつもと同じようにできない。
「数が多すぎる! 適当に散らして先に進むぞ!」
 と、叫んだ。声を聞いたユウレンが岸とルシファの手を取り二人と共に走り出す。その後を護るようにレイドが続いて走り、シャノンとシュウは攻撃の手を休めず後に続く。
「ケ、ケケ、ケヒヒヒヒヒヒ。見つけたヨ。サァ、ボクの生徒をかえしてもらおうカナ」
 クレイジー・ティーチャーだけが、一人逆方向に突っ込んでいった。見つけてしまったのだ。彼の愛する生徒達を攫ったという神獣を。先程までカラスの講義をしていた先生は、一人の殺人鬼へと変わった。
 自信の身体よりも大きな障害物となった木の根や土砂を昇り、真っ直ぐに走って走って、走った。大カラスが向かってきても、腕や身体が傷ついても気にせずに、転びそうになりながらも、神獣に向かって走り抜けた。クレイジー・ティーチャーに気が付いたのか、神獣は大きな翼を羽ばたかせ地面に降りてくる。
「Hi! You Bastard! わざわざ会いに来てくれて先生嬉しいヨ! Thanks! ソシテ Later!!!」
 そう言ったクレイジー・ティーチャーは何故か神獣の背後にいる。彼の殺人鬼としての能力、気が付いたら背後にいるのは、子供になっても存在していたようだ。首からぶら下げていた金槌を片手で握りしめ、振り上げる。
 ドサッ と音がした。だが、神獣は変わらず立っている。傷一つ無く。
 金槌を振り上げたクレイジー・ティーチャーはぽかん、と呆けていた。彼は確かにこの目の前の生き物の頭をかち割ったと思っていた。突き刺さっている筈の、彼の手に握られていた金槌は、その手から放り出され遠くに落ちていた。アレ?と違和感を感じた時には、身体中から力が抜け、ドサリと地面に座り込んでしまった。
 ――エ? ナンデ? 身体が痛い。痛い痛い痛いイタイいたいイタイ痛い痛いイタイ痛いイタイ痛いイタイイタイイタイいたい――
 引き裂かれた傷口はぱっくりと開き、どくどくと心臓の音と一緒に血が流れ出している。腕も足も深くえぐられた傷はピンク色の奥にうっすらと白が覗いている。
 ――ドウ  シ テ  ナオラナイ ?――
 つい先程、誰もが思った事だった。クレイジー・ティーチャーも人間だったのだ、と。今の彼は殺人鬼クレイジー・ティーチャーである前の、身体。ただの人間の子供だ。無理矢理走り抜けた悪路のせいで体力は底を尽いていた。今まで動けたのも彼のテンションが高かったからだろう。無意識に誤魔化して動いていた体は糸が切れた操り人形のように地面に落ちた。身体の傷は治らないし、重傷を負えば、死ぬ。
「逃げ出したのか? 人の子が無茶をする」
 頭上で聞こえた神獣の声に、傷だらけの少年は顔をあげた。思い出した痛み、いつもは感じない痛みが彼の思考を真っ白にし、そして、思い出させる。神獣の更に上、見上げた空に広がる金色と隙間から見えた青い空。
 なんてことはない、紅葉した葉が月明かりに照らされて光って見える、葉っぱの隙間から覗く空が月明かりか、車のライトかでちょっと明るかっただけだ。他人にとってはただそれだけの事。今の少年にとっては、特別な事。
「クヒ ヒヒ ヒァ  アハハハハ八八八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \ I feel my blood rushing through my body! Yes! Yes! This is it! The feeling it's coming back to me!!! It is so……With two another degrees……!! Is it a circle at all to make my lovely student killed!」
 狂ったように笑い出した少年は、楽しそうに何かを高らかに叫ぶ。神獣は少年をただ見ていたが、その赤い瞳がぎらぎらと光ってきた事に、恐怖を感じた程だ。
「No……You are fu××d!!」
 赤い瞳をぎらつかせて動く体を全て動かす。羽根をむしり取ろうと手を延ばし、肉を喰い千切ろうと噛みつこうとする。目の前の神獣に掴みかかったところで、クレイジー・ティーチャーの意識は落ちた。
「な、なんという子供だ……。しかし、このままにしておく訳にも……いかんな」
 神獣は、血まみれのクレイジー・ティーチャーを抱え、飛び立った。



 
「まだ走れるか」 
 手を握ったまま走り続けるユウレンは、岸とルシファに声を掛けた。ルシファはうん! と返事をしたが無理をしているのは声色でわかる。岸は返事をしようとしたのか、ぜひゅっと荒い呼吸をして足がもつれ転びそうになる。岸を抱き留めたユウレンは自分が来ていたローブを裂き、二人に被せると空中に文様を描き、シュウと同じような風の球体を後方に飛ばした。
「おら! 飛んでいきやがれ!! っとシャノン! 限界だ! 時間稼ぎができねぇか!」
「難しいな! 一番効きそうな炎が使えない! どこかに隠れてくれ!」
「その時間が欲しいんだ! よ! 」
 どこにこれだけの数がいたのか、まるで木々の葉全てが大ガラスだと言われてもつい納得してしまいそうな程の群が次々と追いかけてくる。一番後を走っていたレイドが急に足を止め、後を振り返った。
「ヴェルガンダ! 足止めをす……ってお前もか!?」
 名前を呼ばれ、どこからか現れた黒い犬、ヴェルガンダ。本来はオオカミ程の大きさだった相棒までも中型犬程に小さくなっている姿を見て、レイドはついユウレンを見てしまった。彼自身、自分が本当に子供の姿になれた事を驚いていたのだが、その魔術がヴェルガンダにまで及んでいるとは思っていなかったのだ。
 ――いや、今は逆に考えろ。ルシファが危険になる可能性が無くなる――
「俺が時間を稼ぐ! ルシファを安全な場所に連れて行ってくれ!」
「追いつけるんだな!?」
「大丈夫だ! ヴェルガンダが臭いを辿ってくれる!」
「おっしゃ! 任せた!」 
 どうするのか、等と聞かず任せてくれるこの仲間達に、レイドは少し感謝した。シュウとシャノンが前の三人に追いつき、ユウレンがルシファを、シャノンが岸を背負って走り出したのを見てから、背を向けた。
「早いトコ終わらせて追いかけないと、またルシファが泣いちまう。なぁ、ヴェルガンダ」 
 ≪そうだな また泣きつかれて枕にされるのは遠慮したい≫
 その返事を聞き、レイドは笑いながら右目の眼帯に手を掛ける。ヴェルガンダの声は、レイドにしか聞こえない。ルシファと共にずっと旅をしてきた相棒は、自分と同じくらいルシファの事を知っている。だから、どういう戦い方をするのか、なんて相談することも無い。
 外した眼帯をポケットに入れると、レイドは右目を開けた。左目と同じ赤い瞳だが、本来白目の部分が真っ黒なその眼は、まるで深い深い穴のようだ。その闇の中に光る赤い瞳が太陽のようでもあり、パンドラの筺を思い出させる。
 開かれた右目から、黒いものがうぞうぞとレイドの顔を這うように出てくる。それに比例するように、レイドの周りが黒く染まり、ヴェルガンダもまたその身体を本来の姿に戻されていく。普通の犬に見えたヴェルガンダは頭が三つに、身体も狼より大きいくらいになると、三つの口が大きく息を吸い、森中に響き渡るような遠吠えを轟かせた。その声は大ガラスの群が発していた羽ばたきの音も泣き声も全て掻き消す。何度かの山彦の後、何一つ音のしない静寂が訪れる。
「いくらなんでもやりすぎだろう。これじゃ神獣が気が付くぞ」
 ≪だが、一匹も殺さずに済んだぞ≫
 召喚獣ケルベロスの咆吼に、大ガラスの群は一匹も残らなかった。

 



 明るい森。きっと今いるこの森なんだろうなって、自然にわかったのは、さっきのカラスさん達がいっぱいいるから。
 ――さっきは恐かったけど、みんな嬉しそうだね――
 お部屋で見た天使にそっくりだった人達も、楽しそうに笑ってる。大きな木も花も、たくさんの動物も、幸せそうに唄ってる。
 ――なんて素敵な場所なんだろう――
 そう思ったら、やっぱり真っ暗になっちゃった。でも、今度は恐くなかった。ううん、恐いより、悲しい方が大きかった。天使にそっくりな大きな人が六人、泣いていたから。
 声も出さずに、泣いていた。
 無い声が 森に響いてた。





 レイドが時間を稼いだおかげか、五人はなんとか隠れる事に成功していた。遠吠えが聞こえた後追いかけていたカラスが殆どどこかに行き、その間に身軽なシュウが見えなくなるよう隠蔽魔法を使ったのだ。
 隠れて直ぐにシュウは自分たちの幻影を放ち、追いかけてきたカラス達もそれを追って遠くに行く。その中に神獣らしい姿も確認すると、シャノンが溜息を小さく零した。
「なんとか、ってとこだな」
「本当に、ギリギリだぜ。いい加減攫われた子供を見つけて帰らねぇと、こっちがもたねぇ。俺も気絶したいぜ」
 疲れて気を失っている岸とルシファを見てそう言ったシュウが、ハハ、と力無く笑う。本心ではないにせよ、森に入ってから主戦力となっているシュウは限界が近いのか、いつもの覇気が薄く感じる。
 シャノンも同様に、疲れ気味ではあった。慣れない身体と銃器は彼の精神を疲れさせた。使える魔弾の数も少なく、種類を変えようにもタイミング悪すぎた。
 小さな身体は二人にいつも以上の疲労を与えている。
「……一人、足りない」
 ユウレンの呟きにシュウとシャノンがその場にいる人を見る。シャノンとシュウ、ユウレンと気を失っている岸とルシファ。追いかけてくるレイド。
「CT……か。はぐれるのはいつもの事だし、大丈夫だろ」
「今は子供達を見つけることが先だな。もう子供達と一緒にいるかもしれ……待て。ユウレン、この身体、どこまで元に戻っている?」
 シャノンの言葉に、ユウレンはただ頷いて答える。それだけで、シャノンが気が付いた事が真実だと伝えるには、充分だった。今のクレイジー・ティーチャーは、人間だ、と。
「いくらCTだってそんな無茶、するな。する。CTだもんな!……勘弁してくれ、どうしろってんだ」
「まいったな。探すにしても……いや、やはり先に子供か」
 シャノンとシュウは、クレイジー・ティーチャーをよく知っている。彼がどういう戦い方をするのかも、何のために闘うのかも。
 追いついたレイドはそんな疲れ切った面子をみて、溜息をついた。自分はまだ闘えるが、他がこうではどうしようもない。いっそ一人で行くかと考え、止めた。今のレイドではルシファを連れては闘えないからだ。
 一人はぐれた事を聞いたレイドは
「俺がここに来るまでには見かけなかった。もっと前にはぐれたんだとしたら、探すのも大変だろうな」
 とだけ、言った。クレイジー・ティーチャーを探すにしても、子供を探すにしても、この森が広すぎた。大ガラスから隠れ、道標も目印もない森でどう進んで良いのか、わからなくなってきていた。四人が無言でいると、泣き声がする。
「レイドぉ〜 くろちゃんもいるぅ〜〜 ぐず」
「な、なんだ。どうしたんだ今日は。また恐い夢でもみたのか?」 
 ルシファを前にするとどこか抜けたような感じになるレイドはすぐ彼女の傍に行く。レイドの足下にいた犬をルシファはぎゅっと抱きしめ、違うの、と首を横に振る。
「あのね、夢の中であの天使にそっくりな人達が泣いてたの。声は出してなかったけど、泣いてたの。ねぇ、助けてあげて……可哀想だよ……助けて……あげようよぉ」
「助けるって、何からだ?」
「わかんない、けど。でも、多分、卵が壊れちゃったから……泣いてるの、みんなみんな、泣いてたの」 
「それ……怒ってたか?」 
 泣き続けるルシファの傍で横になっていた岸が、ふいに問いかけた。身体を起こさないまま眼だけうっすらとあけている彼の姿は、もう限界なのを皆に教えている。
「ううん、怒ってない。ただ、悲しいだけだと……思う」
「そっか……シュウ、俺の伝令蝶は、まだ使えるよな?」
「あったりまえだろ誰が創ったと思ってんだ。会話もできるし、転送も付けてあるぜ」
「じゃぁ、決まりだ。俺が、囮になってやる」 
 岸がそう言うと、シャノンとシュウ、ユウレンは立ち上がる。寝転がったまま、岸は全員を見ると、疲れた顔で不敵に笑う。岸は自分が一番足手まといになっていると、わかっていた。同じ七歳とはいえ、自分はこれといって能力などない。現にムービースターとはいえ同じ非戦闘員のルシファが動けるのに、岸は疲れ切って動けない。そして、進む道も解らなくなって立ち往生している。ならば、相手をおびき出してみるのが、良いと考えた。
 捕まった後がどうなるのか、それが不安で言い出せなかったが、ルシファノ言葉を信じることにした。なにより、このメンバーなら何があっても、文句を言いながらも助けてくれると、信じている。
「なってやる、と来たか。まぁ、その手しか今の所無さそうだな」
「かっこつけやがって、しくじるなよ? シトラス?」
「うるせぇよ。ハーレイもいるからなんとかなるだろうし、うまく行けば先生もいる。だから、ちゃんと助けに来やがれバカシュウ。んで、子供も見つけて、みんなで帰って酒盛りしようぜ」
 岸は一人その場所に残った。 



 カラフルなバッキーのきぐるみ「コスチュームB」は少し離れた場所に移動してもはっきりと見ることができた。真っ暗な森の中でパステルカラーの衣装なのだから、当然といえば当然かもしれない。移動した場所ではユウレンが隠蔽の魔術を使っている。少しでもシュウの負担を軽くするためと、レイドとユウレンが攻守交代した為だ。また大ガラスの群を相手にする事を考え、大きな攻撃ができないレイドはルシファを護ることに徹する事にした。自分から囮になると言い出した岸だが、ルシファは反対こそしなかったものの最後まで不安そうにしていた。
「ねぇ、大丈夫なの? 私が囮になったほうがよかったんじゃないかな? 」
「まだ言ってるのか。ダメだって言ってるだろ?」
「でもぉ〜」
「静かにしてないと隠れてる意味がなくなるぜー?」
 先程から何度も続く二人のやりとりもそれを止めるシュウのセリフも殆ど変わっていないのが可笑しくてたまらないのか、シャノンはくっくっと喉を鳴らして笑う。笑った拍子に異物感を感じてポケットに手を突っ込むと、斉藤から預かった物が出てきた。ユウレンの扇だ。
「そうだ。ユウレン、これを渡すのを忘れていた。まさか鉄扇を使うとは思ってなかったな。これで期待してもよさそうだな?」
「……ありがとう。期待……か。そうだな、私も一番良い方向に行くように、するか」
 一番手っ取り早い方法は、クレイジー・ティーチャーが言っていた殲滅なのだろう。だが、ここにいる人達はそれを最初から選択肢に入れていない。もちろん、彼等は自分が一番護りたい物は譲らない。自分自身が消えることも、子供達が危険になる事もあるのならば、彼等は大ガラスも神獣も倒すだろう。だが、安全に子供を助けること、そして、できる事なら相手も傷つけずに終わらせられるのならば、その道を出来る限り行く。それが、とてつもなく面倒で今の辛い状態をつくっているとわかっていても、彼等はそれを選んでいる。
「来たぜ」 
 シュウが小さく呟くと、皆が揃って身体を隠す。隠蔽魔術で見えないと解っていても、隠れてしまうのは、気持ちの問題か。全員がシュウの創った伝令蝶を持ち、岸の会話は聞こえるようになっている。伝令蝶からばさばさと羽ばたく音が聞こえ、止まった。
 岸の傍に三人の神獣が立っている。
『また子供が行き倒れ……ですか。伍の、逃げてる子供はいないのでしょう?』
『いねぇって言ってんだろの四の兄! 陸のが連れてきた子供と一緒に来たんじゃねぇの? あの真っ白な子供』
 真っ白な子供という言葉に声を上げそうになったルシファの口をレイドが両手で塞いだ。会話を聞いていた五人は顔を見合わせ、頷く。クレイジー・ティーチャーは子供達と一緒にいる。
『この子は怪我をしてないようだな。四の、伍の、我はこの子を連れて行く。周りを見てきてくれ』
『わかりました参の兄、行きますよ伍の』
『命令すんな!』
 ぎゃいぎゃいと言い争う四のと伍のと呼ばれた二人が飛び立っても、参の兄と呼ばれた男は暫く岸を見下ろしていた。二人の声と羽ばたきが聞こえなくなり、神獣は岸を抱え上げた。乱暴に抱えるかとも思っていたが、極々普通に抱えている。
『人の子、何故この森に入った』
 てめぇらが子供を攫うからだろ、と岸は言いかけ、止めた。ここで連れて行って貰えなければ、囮の意味が無くなってしまう。岸は何も言わず、じっと見下ろす神獣を睨んでいた。
『無、か。それもよかろう。後少し、後少しで良いのだ』 
 大きな翼がばさりと音を立て、神獣が飛びたつのを見届けると、見失わない程度に距離をおいて、五人は後を付ける。見失うという最悪の場合は、レイドのヴェルガンダに岸の匂いを辿って貰う事になっている。初めからヴェルガンダに頼らないのも、少しでも早く子供達がいる場所にたどり着き、自ら囮役になった岸が危険な目に合わないようにするためだ。
 遠い空を飛ぶ神獣の後を追いながら進む中、五人は道に辿り着いた。今まで歩いてきた道とすら呼べなかった獣道と違い、人の手で土が平らにされ、石畳の道が、きちんと整備されている。道が広がるにつれ綺麗な花が増え、何かを知らせる石灯籠が等間隔に置かれている。
「これは……印刷された画像に載っていた、杜か?」
 シャノンの呟きに走り続ける五人は周りを見渡して驚いた。先程まで自分たちが彷徨っていた暗く、旅人を惑わせる森とは全く違う綺麗な、生きている森に驚いている。
「綺麗……ねぇレイド、私こんなに綺麗な森初めてだよ」
「そう……だな。今度、ゆっくり見に来るか」 
「うん!みんなで遊びに来たいね!えへへ」
 レイドはあぁ、と短く返事をする。ルシファのいう「みんな」には、今は一緒にいない岸とクレイジー・ティーチャーも入っている。もしかしたら、神獣も入っているのかもしれない。それでも、レイドは頷くしかしない。それがルシファの望みなら、叶えてやりたいと思うからだ。
『……い!………せんせい! 大丈夫かよ先生!』
 急に伝令蝶から岸の声が聞こえた。せんせい、と言う焦った声が、クレイジー・ティーチャーが怪我をしている事を、同時に目的の場所が近いことも教える。走り続ける彼等の目に映る神獣の姿が徐々に大きくなるが、思った以上に遠い場所だった。石畳の通路が、石段に変わっているのだ。
『てめぇら! 子供攫って、先生にこんな怪我させて! 何考えてんだ!!』
「焦るなよキッシー! 頼むから俺達が行くまで待てよ!?」
 シュウの声は、岸には届いていない。本来なら通話ができる伝令蝶は五人が隠れる為に届かなくした。岸の周りの声は聞こえても、シュウ達が連絡を取る事はできない。
「やっぱり、こっちの声も聞こえるようにした方が、よかったんじゃねぇか!?」
「今更言ってもしょうがないだろう」
「馬鹿正直に全員で突っ込むのか? ルシファは途中で置いていきたいぞ」
「CTが怪我してるんだぜ!? ルシファ置いていったら誰が治すんだよ!」
「私、も! 行くから!! だいじょうぶ!!」
 石段を駆け上がりながらの会話は体力を、彼等の中にある焦りが、思考力を削っていく。元々万全の体調ではなかったせいもあり、思いつく事を言っているのが近いのかもしれない。参の兄と呼ばれ、岸を連れて行った神獣が言っていた「後少し」が気になっているのだ。
 後少したったら、どうするのか。後少しで、なのか。
 どちらにせよ、時間が無いのは変わらない。
「よし、俺が先に行って様子を見てる。シュウとユウレンはこのまま真っ直ぐ上がれ。間に合わないようなら、俺が一人ででも止めておく。レイドはルシファと裏手に廻り、隙を見て子供達と怪我人を。行けるか?」
「まっかせろ。俺様とユウレンが一緒ならシャノンの出番もなくしてやるぜ」
「……いいだろう。ルシファ、しっかり捕まれ」 
 レイドがルシファを背負い右の森に、薄く笑ったシャノンが左の森に消える。真っ直ぐ石段を駆け上がるシュウにユウレンが並ぶと、大丈夫か、と声を掛けられた。
「何が? 俺様は史上最強の天才魔道士シュウ・アルガだぜ?」
「……杖。保つのか」
 ユウレンの問いかけに、シュウは言葉が詰まった。彼の杖は今までに連続して魔術を使った事は少ない。そして、小さくなった彼には大きすぎた杖は色んな所にぶつかり、また、大ガラスとの接近戦にも使われた。いつ壊れても不思議ではない。シュウは、彼の弟子やユウレンのように体内に魔力を蓄えていないので、杖無しでは魔術が使えない。壊れたら、終わりだ。
「俺と一緒でこいつも根性あるんだぜ? なぁに、ぱぱっと終わらせてやるさ」
 そう言われ、ユウレンはもう何も言わなかった。
 別々の道を走る五人に、伝令蝶から聞こえる声が届く。
『ここから出しやがれ! 手当しないとアブねぇだろ! 子供も返して貰う!』
『喚くな人の子、二、三日いてもらうだけだ。命まではとらぬ事に感謝しろ』 
『何が命まではとらないだ! ここに怪我人がいるじゃねぇか!』
『手当はしてる。それ以上何を望むというのだ。幼子といえど人の子か。貪欲なものだ』
『うるせぇ! 元はといえばてめぇらが子供を攫ったりするからだろうが! 友人助けたいって思って何が悪い!』
『……貪欲だけでなく、無知でもあったか。お前達人間が我らにした事を忘れ、それでも己が願いだけを求める事は、貪欲であろう』
『……何を、忘れてる……んだ、よ。』
『人はいつもそうだ。我らを崇め奉り、杜をたて、そして忘れる。不作になればまた崇め祈り、頼る。流行病もそうだ。だが、祈っても願っても我らが期待に沿えなければ、我らのせいだと、我らが元凶だという。我らを悪しきものとし、杜を壊し、森を壊し、我らを根絶やしにしようとし動物も何もかもを破壊する。そして、忘れる。人の子よ、我らはただ新しき生命を守りたいだけだ。いったい何が罪だ?』
『だっ……子供攫って生贄に……』
『なんという……人は伝える事も怠るのか! その生贄とやらもそうだ。我らは一度たりとて寄越せと言ったことなどない! お前達が勝手に我らの怒りだと言い、寄越すのではないか。我らを鎮める? 馬鹿馬鹿しい! 人の子の命を捧げられたところでなんにもならぬ!! 我らは何もしていない。何も求めていない。我らから奪うのはお前達ではないか!!』
『だ……からって…………! あぁそうだよ! そうですよ! どうせ俺は何も知らねぇよ! あんた等に何があったのかも! 何をしたのかもどっちが悪いのかも!! だがな! だからって目の前で知り合いが大怪我してんのにはいそうですかって大人しくできるか!! 子供が攫われてるのに放っておけるか!! 奪われたから奪い返していいのかよ!! だいたいなぁ! 何もしてないとか、何も求めてないとか、それが悪いとか考えねぇのかよ! 』 
『何が悪いというのだ!我らはこの森で生きるだけだ。人がこの森を荒らしに……』
『それが悪いってんだよ! 人が来てるの知ってるなら会えよ! 相手を知る努力をしろよ! アンタ達が隠れるから! 会おうと! 会話しようとしないからこんな事になったって考えたりしねぇのかよ!…………神獣のアンタ達がどんだけ生きてるか知らないけどな、最初っから関わろうとしなかったり、知りもしないで見下してんなら、それはアンタの言う無知や怠慢じゃねぇのかよ』
『……もう遅い。我らは人と共には生きてゆけぬ。我らの行いが人にとって悪であっても、無知や怠慢だと言われようとも、人の子よ、我らは我らの新しい生命を護る。そう、誓ったのだ』
 伝令蝶から、風の音だけが聞こえる。
『何が共に生きてゆけぬだばっかやろう。……聞こえてんなシュウ! 俺は呼ばねぇぞ! 自力でこっから出てやる!! 俺の変わりに! 言ってもわからねぇアノオオバカヤロウ一発ぶん殴ってわからせてやれ! がっちがちの石頭を砕いてこい!! 』


「かっこいい事いいやがって…」
 ニヤリと笑うシュウは正直、伝令蝶で呼んで貰った方がさっさとたどり着けて楽なのにと思う。だが、レイドとルシファ、そしてシャノンとも別れた今、自分だけ呼ばれて先に辿り着いても脱出が難しい。何より、ユウレンを一人で置いていく事はシュウの信条に反する。エスコートするべき女性を一人残して行くなど以ての外。目の前に神獣が見えた今、自分を呼ばないと言い切った昭仁を心の中で褒めた。
「……また、人の子……そなた達も、あの白い子供と同じく、我らが連れてきた子供に会いに来たのか……?」
「白い子供……CTを連れて行ったのはあんたか。 できれば、このまま大人しく俺達を案内してくれると助かるんだがなぁ? そしたら攫われた子供達と一緒に帰れるんだが」
 今のシュウ達より少し大きい神獣、岸を連れて行く時の会話から陸と呼ばれていた神獣は、静かに杖を構えるシュウを見た。外見年齢としては中学生くらいだろうか。大人しそうな声とゆっくりとした動きが、交渉可能かと思わせた。だが、やはり彼も神獣。真っ直ぐにシュウを見ていた顔を左右に振る。
「連れて行くのは構わぬが、まだ帰すわけにはゆかん。妹が誕生するその時まで、この森に入れる人の子は捕らえる。それが、我が兄達との誓い」
「はっ、やっぱり無理か。手加減すんのもきっついんだぜ?」
「人の子風情が我らを倒すと言うか……なんと傲慢な」
 ばさり、と音がして上空から二人の神獣が降り立った。岸を連れて行ったときに見かけた神獣だ。声色と物腰が優雅と言えば聞こえが良いが、どこかナルシストな感じも受け取れる細身の神獣は、確か、四の神獣。
 そうなると、もう一人が伍の神獣か。しっかりとした体躯に身体の羽根や羽毛が汚れ、ぼさぼさとはねている姿が不良高校生といった印象だ。
「こんなに人の子が侵入してくるなんて初めてじゃねぇか? ったく、めんどくせぇ」 
「めんどくせぇってのは同感だぜ。さぁ、みんなを帰して貰うぜ……!」
 四の神獣が手を前にかざすと、幾つもの羽根がシュウに向かって放たれるが、一つとしてシュウに当たらなかった。ずっと彼の後に立っていたユウレンが扇でたたき落としている。地面にはユウレンが動いた足跡が模様のように描かれ、攻撃が当たらないと思っていなかったのか、3人の神獣が驚いた顔で見ていた。全ての羽根を落としたユウレンがその場にしゃがみ込むと、後に立っていたシュウが不敵な笑みを浮かべ神獣に向かって杖をかざしている。
「ちょいと痺れるぜ!? あたらねぇように気をつけな!!」
 雷雲の無い空から白い雷が雨のように降り注ぐ。大きな翼を背負った神獣は大量の雷雨に空へ飛び退く事もできず、降り続ける雷を旋風で弾き飛ばす。
「こん、のヤロウ! やってくれるじゃねぇか!!」
 吠える伍の神獣が自分に雷が当たるのを承知でシュウに向かって手を延ばす。雷を飛ばしていた旋風を、その手の中でどんどん大きくする。
「伍の兄! 人の子は脆い生き物! そのような物をぶつけては……」
「うるせぇぞ陸の!! こんな人の子!! 放っといたら妹が危ないだろうが!!」
 叫ぶ伍の神獣の手中でぐるぐると渦を巻く旋風は竜巻となる。竜巻がその手から放れる直前、彼等の足下に小さな穴が開き、ズッと音をたてて地面が盛り上がった。伍の神獣から解き放たれた竜巻は大地の壁にぶつかり、巨大な土壁が崩れる。竜巻が起こした土砂は神獣達を飲み込み、シュウの雷雨すら飲み込んだ。
「これは、シャノンの魔弾か! イイトコ持っていきやがって!! ま、これで先に……行かせてくれないってか」
 渦巻きに絡むように雷がばちばちと鳴っている竜巻が、更に大きな竜巻に掻き消されると、また新しく神獣が立ちふさがっていた。岸を連れて行った参の神獣だ。伍の神獣より逞しくありながら四の神獣のようなしなやかさを持った神獣は、シュウ達を見た後、土砂にまみれた弟達を気遣う。
「平気か? 四の、伍の」
「申し訳ない、参の兄……。たかが人の子と思ったのですが、見誤りました」
「構わぬ、人の子には過ぎた力だ。四の、陸を護れ。伍の、動けるならこそこそと隠れている人の子を捕らえよ。この二人は我が捕らえよう……。人の子よ、弟達を傷つけた報いを受けよ」
 シャノンを捕まえろと言われた伍の神獣は、傷ついた身体で森の中にふらつきながら飛んで行く。銃声と木々が揺れる音が聞こえ出すと、参の神獣は自身を中心に風を巻き起こし、大樹を揺らす程の竜巻を創り出す。
  シュウ達の力量を見てなのか、弟達に怪我をさせたから怒っているのか、参の神獣は鋭い眼光でシュウを睨む。巨大な竜巻は大型台風並の暴風だが、周りの木々を倒さないためなのか 規模は小さい。その分、凝縮された風の勢いは凄まじいことになっている。
「言ってくれるぜ……妹助けるためだか何だかしらねぇが、こっちだって知り合い怪我させられてるわ子供は攫われるわで腸煮えくりかえりそうなんだよ!!」
 シュウの口からきゅるきゅると早送りしているビデオテープの様な声が発せられる。同じ魔術を扱うユウレンには、かろうじてそれが大きな魔法を使う為の詠唱だ、とわかる。ずっとシュウの前で扇を構えていたユウレンがそっとシュウの隣りに移動し、杖を握っている手にその手を重ねた。
「……くれてやる。必ず相殺するぞ」
 疲れ切ったシュウの身体に、新しい魔力が注がれてくる。言葉を止めないまま、シュウはニッと笑ってユウレンを見る。全魔力を使い切ってぶっ倒れても良いと思っていたシュウだが、気が変わった。余裕で相殺してユウレンをお茶に誘おう、と決めたのだ。その為には、ぶっ倒れている場合ではない。逆に彼女を支えるくらいしないと、格好がつかない。
 森の中で銃声と暴風の音が轟き続ける。


 

 ルシファにも、彼女を背負って走るレイドの耳にも聞こえている。戦いが始まった音が。誰も怪我をして欲しくない、と切に願うルシファはレイドの肩を掴む手にギュっと力がこもった。誰かが傷つく事も、誰かを傷つける事も好きではないルシファは、闘えない事を悔やんだことは無い。だが、今、天使にそっくりな神獣と友達は闘っている。どうすればみんな仲良くなれるんだろう、と悩む。
 森の中を走るレイドの足が止まる。少し開けた広場に神獣がいた。ルシファを降ろして闘うべきか、逃げるべきかとレイドが迷っていると、ルシファが声をかけてしまう。
「こ、こんにちは神獣さん!」
「ん? 人の子……じゃぁなさそうだな。よぉ、どうした? 迷ったか? この森広いからなぁ」
 人の良さそうな笑顔でルシファの声に答える神獣は、また新しい神獣だった。いままで見た3人の神獣より大きく、屈強な戦士を思わせる体つきだ。太い腕と大きなかぎ爪には木の実や果実、薬草の葉が山盛りに抱えられていた。
「あ、あのね! 友達! 探してるの! 」
「友達……あぁ、あの白い子供か? 人の子だぞ?」
「ほえ? ヒトノコ? 友達は友達だよ。その子だけじゃないけど、迎えに来たの!」
 純粋に、友達だというルシファの顔を見た神獣は、そうか、とどこか眩しい物を見るように目を細め、笑った。
「迎えに、って事は一緒に帰りたいんだろうが、怪我して動かせないし、帰らせるにしても俺一人じゃ決められないからなぁ。……ま、せっかく迎えに来たんだ。会うくらい大丈夫だろ。こっちだ」
 あっさりと、神獣はレイドとルシファを攫われた子供達がいる場所に案内すると言う。レイドに後から襲われる事を考えていないのか、それともされたとしても大したことはないと思っているのか。ずっと背中を向ける神獣をレイドは暫く観察したが、逆に子供を攫うという事をした神獣か、と疑問に思うほどだった。
 一本の足で器用に、ぴょんぴょんと飛びながら歩いていた神獣が一際大きな大樹の前で止まると、幹を覆っていた蔦が生きているように動き、大きな入り口が現れた。神獣に続いてレイドとルシファが中に入ると、大樹の中は空洞になっており、攫われた子供達と岸が居た。岸の傍には横たわるクレイジー・ティーチャーもいる。
「あ! 岸さん! 迎えに来たよ!!」
「レイドさんにルシファ! 早く、先生が酷い怪我してんだ! なんとかできねぇか!?」
 怪我という言葉に反応したルシファがレイドの背中から飛ぶように降りると、小走りでクレイジー・ティーチャーの傍に行き、怪我の酷さに言葉を飲み込んだ。
「だ、大丈夫、すぐ、治すからね……もう痛くないからね……」
 クレイジー・ティーチャーに両手をつけたルシファがすぅ、と一呼吸すると、身体が白く淡く輝く。少しずつ、クレイジー・ティーチャーの傷が塞がり、顔に血の気が戻ってくると岸も遠くから覗き込んでいた子供達も安堵の声を漏らした。
「ほぉ、大したモンだ。薬草使うより早いな」
 神獣が感心したように言いながら持ってきた薬草と木の実や果実を、虫や昆虫、生魚などが置かれた場所の横に置いた。嫌がらせか、と思っていた岸だが、今置かれたドングリや木イチゴ等を見てあぁ、食べ物のつもりなのか、と呆れた。木イチゴなら食えそうだったが、先に置いてあった虫が気になる。神獣にとって虫も食べ物なら、虫付きが普通かもしれない。
「いや、それ、食えないし」
「これもダメか?……ふむ、人の子が食べる物なんて知らないからなぁ……。そこの迷子、しばらくここにいるか?」
「迷子……あ、あぁ、手当もしてるし、な。」
「そうか、なら悪いが入り口は閉めるぞ。壱の兄に後でお前達二人は帰してやれるよう聞いてはみるが……」
「こいつらだけじゃなくて全員帰せよ! さっきの小難しい事言ってた参の兄とかいうのもだけど! 子供攫ってどうしようてんだ! 」
 岸の言葉に神獣は豪快に笑い出し、怒鳴った岸もレイドも え?と毒気を抜かれたような顔をした。
「あっはっは!小難しいか!そりゃ確かに参のだな! アイツは頭が良いからなぁ……。すまないな人の子。俺達の妹が産まれれば、帰してやる。それまで……」
「……いつだよ! あんたらの妹が産まれるまで待つなんて、ここにいる子供達の親だって心配するんだぜ!? 攫うなんて事しなくても、もっと他の方法があるんじゃないのか!?」
 岸の言葉に、神獣は姿勢を正し彼と真っ正面から向き合った。その声色も表情も、先程までの笑顔はなく、真面目な本等の神獣のものだった。
「人の子、我らは必要以上に全てを破壊し続けるお前等を信用できない。木々を倒し、獣を捕る。それは構わん。だがな、捕りすぎだ。生きていく上で必要ならまだ良かった。趣味趣向の為に搾取するのは許せんのだ。」
「……趣味趣向とは、どういった事だ?」
「人は「いくさ」と呼ぶな。縄張り争いにしてはやりすぎだ。それと、「はくせい」といったか、食べる為ではなく眺める為に、綺麗だからと殺し、埋葬することなく飾るのは、我らには納得がいかんのだ」
 レイドの質問に、神獣ははっきりと答えてくれた。岸は俯いたまま動かず、レイドもまた、溜息を零し
「わかった。入り口は閉めていってかまわない」
 と、神獣を見送る。
 岸は、何も言えなかった。自分を連れてきた神獣に会話をしろと啖呵を切ったのに、彼等は自分たち人間をとてもよく見ていた。何も知らずに関わらないのではなく、知ったからこそ関わりたくないのだ。彼等の言っている事が間違いでは無いことを、岸は授業で習っている。人間全部がそうじゃない、と言いたい。銀幕市は違うんだと言いたい。
 それなのに、言えなかった。
「…………とりあえず、逃げるしかないだろうな」
 溜息混じりに言うレイドの顔もどこか思い倦ねいている。
 神獣と理由は違うが、彼もまた「人」というものには悩みが尽きない。彼等も異端者と呼ばれていた頃がある。銀幕市に来る前はルシファと二人旅をしていたが、ルシファと出会う前も、出会ってからもその悩みはいつまでも彼等の周りに付き纏っていた。説明されて素直に受け入れられるようなら、誰も迷わない。そう、彼は知っている。「人」に対する思いも、ルシファと出会い考えが変わった事の重大さも、ルシファを護ると決めたレイドだからこそ神獣の思いも理解できる。
 神獣が妹を護るように、レイドもルシファを護る。これは、誰にも譲れない事だ。ならば、逃げるしか無い。…………今は。
「……お互いが譲れない物があるんだ。急に分かり合おうとしても無理だ。急げば良いってもんじゃない。俺はルシファを連れて、子供達もおまえ達も連れて帰る。ルシファがそう望むから、な。」
「……そう……だよな。今は子供達を連れて帰るのが先だよな。連れて帰って、何事もなく妹が産まれたら、アイツらも、少しはわかってくれるよな……きっと」
 岸の言葉に、レイドが頷くと、岸はコスチュームBのポケットからバッキー、ハーレイを呼び出すと入り口を塞いだ蔦の前に置いた。
「ハーレイ、この蔦を喰ってくれ。俺達がここから出られるくらいに」
 もぎもぎと蔦を食べるバッキーを、二人はただ見つめていた。
 この、余り良いとは言えない出会いをきっかけに、神獣も多少は考えを変えるかも知れない。岸は参の神獣に思いを伝えているし、ここまでレイドとルシファを連れてきた神獣も「人の子と友達」という言葉には反応していた。神獣が心の底から人を拒絶していたら、攫われた子供達を気遣ったりしないはず。岸が言うように、話し合えるかもしれない。
 ルシファの手当が終わり、傷がすっかり消えたクレイジー・ティーチャーはまだ目覚めない。普通の子供なら命が危なかっただろう大怪我で体力と血が足りないのだ。起きないクレイジー・ティーチャーをレイドが背負うのは仕方ないのだが、6人の子供と動きの鈍いルシファ、岸を連れて逃げるのは危険だ。しかし、大人の姿に戻ろうにもユウレンに渡された玉は割れない。何度か割ってみようとしたレイドだが、宿で手に取ったときはあっさりと壊せる感触だったにも関わらず、森に入ってから壊せそうな気配がまったくしない。
 森が、拒んでいるのか
「……ここを出て、少し離れてから向こうに連絡をしよう。合流はヴェルガンダを使いに出せばいいだろう」 
「くろちゃん、今は来ないの?」
「…………もう少し、後にな。犬が恐い子もいるかもしれないだろ」
 入り口を塞いでいた蔦がハーレイに食べ尽くされると、ハーレイはぽっこりとお腹を膨らませてころんと地面に転がった。岸は満腹になったハーレイをポケットに戻し、外の様子を伺った。ずっと大樹の中にいて暗闇に目がなれたのか、月明かりに照らされた森は思ったよりも明るかった。他には何も見あたらず、神獣の羽ばたきも聞こえない。
「よし、俺達が来た道を戻ろう。ゆっくりで良い、静かに降りて行くぞ。」
 クレイジー・ティーチャーを背負ったレイドを先頭に、子供と手を繋いだルシファが続く。手を繋げるのは岸とルシファだけなので、檻の中で相談し、二人の男の子はお互いの手を繋いで歩くことになった。最初は手なんか繋がなくても平気だと言っていた子供だったが、道が危ないから、とレイドに説得され今はちゃんと繋いでいる。一番後の岸は二人の女の子と手を繋いで歩く。
 慎重に、出来るだけ音と声を立てないで、と子供に無理を言っているのは、見つかったら打つ手がないからだ。唯一闘えそうなレイドがいても、岸とルシファでは子供を6人連れて逃げ切れないし、隠れることも難しい。もう一人戦力になりそうなクレイジー・ティーチャーは昏々と眠っている。
 幸い一つ一つの石段は段差が小さく、幅が広い。気持ちが焦っているのか、歩くのにそう難しくない道を段々と急ぎ足になっていく。何かに見られているような感じがし、繋いでいる手にじっとりと汗を掻き、歩いている音も小枝を踏んだときの音も大きく聞こる。そんな事すら彼等を不安にさせていた。
「わぁ、レイドレイド、見て、大きな石……門、かな?」
「あれね、とりいっていうんだよ。じんじゃにあるのといっしょだもん」
 ルシファと手を繋いでいた子供が答えると、レイドも道の先にある巨大な建造物を見上げた。子供の目線だから大きく見えるだけでなく、元々大きな物で、大地から生えている石柱は大樹の根に押し上げられ斜めになっている。ただの建造物か、と鳥居をくぐり抜けた瞬間、風景ががらりと変わった。ずっと続いていた筈の真っ直ぐな道が大きな広場に繋がり、聞こえていた音がぷっつりと途絶えた。すぐ目の前には二人の神獣が、宿で見た卵の前に立っていた。一人はついさっき別れた体躯のよい神獣、もう一人は、体付きこそ一回り小さいが、今まで見た誰よりも威厳に満ちた立ち姿と、大きな漆黒の翼を背負っている。
「おまえたち、ついて来ちゃったのか。すまねぇ壱の兄、ちゃんと入り口塞がなかったのかもしれん。すぐ戻って貰う」
 間違いなく、遠くに移動していると思っていた筈が、何故ここに出てしまったのか、レイドは後を護るようクレイジー・ティーチャーを背負ったまま足を大きく開き、闘いに備えた。
「……いや、もう良い」
 静かな、透き通った声は森に、そこにいたレイド達全員の耳にも染み渡るように響いた。もう良い、と言った壱の神獣を、意味が解らないという顔をした全員が見る。その顔は、耐え難い事に耐えている顔だった。
「この子は……産まれない」
 静かな森に、弐の神獣の慟哭が響いた

 

 
 シュウと参の神獣が放つ風は、長い間お互いの風ごと吹き飛ばそうとぶつかり合っていた。二つの風は殆ど動かず、参の神獣が押したと思えばシュウの風がそれを元の場所に押し戻す。どちらも言葉を発することなく押し合っているのは、力の均衡がとれているせいだ。気を抜けば負ける。ずっと森の中で闘い続けていたシャノンと伍の神獣も、今は唸るような風の声が続いている場所に出てきていた。翼を持たないシャノンは大樹を利用して飛ぶように伍の神獣と接近戦を繰り返す。銃声がしないのは、シャノンの弾が切れたからだ。
 終わりの見えない接戦を変えたのは、暴風の音を越えて耳に届いた泣き声だった。成仏できない霊の、納得がいかない全てに怨みを込めたような声に神獣たちが一斉に声のした方を振り返る。その一瞬の隙をついてシャノンは伍の神獣を陸と四の神獣がいる場所まで蹴り飛ばす。ほぼ同時にシュウの風が勢いを増し、参の神獣が放つ風を飲み込み、何かが爆発したような風を辺りに撒き散らし掻き消す。最後に揺れた風は、鬩ぎ合っていた場所を中心に、水面に一滴の雫を落とした波紋のようだった。
「…………弐の兄?」
 震える声で呟いた参の神獣が手を延ばすと、木々の間に石の鳥居が現れた。蹴り飛ばされた伍の神獣の手を引き飛びたった参の神獣は、鳥居を潜ると直ぐに姿が見えなくなった。その後を四の神獣が、弟を抱えて追いかけると、同じように姿が消える。
「何か、とんでもないことでも起きたようだな。動けるかシュウ、ユウレン。俺達も行くぞ。」
 おぼつかない足取りのシュウだが、それでもふらふらのユウレンに肩を貸した。正直、ユウレンの援護が無ければ厳しい所だった。だが、そんなことをわざわざ言うのも悔しいシュウは、無言でユウレンに肩を貸す。二人は、お互いを支え合うように歩き、シャノンの後に続いた。
 鳥居を潜った先は開けた場所で、向かって右手に目立つコスチュームBを着た岸が子供達と、別れたルシファ、レイドもいた。レイドが背負っている子供がルシファとそっくりな真っ白い髪をしている事からクレイジー・ティーチャーだとわかり、無事全員合流し、子供達と脱出したのだとわかる。安心できる所だった。目の前に6人の神獣が揃ってさえいなければ……
 一人の、一際大きく黒い翼を持った神獣が入ってきたシャノン達を見る。6人の神獣が立ち並ぶ向こうには卵が置かれており、先程まで激しい闘いをしていたはずの神獣たちが立ちつくしている。
「……人の子を捕らえ続ける必要も無くなった……か」
「なに、言ってんだよ、参の兄……まだ、まだ産まれてないぜ? ほら、まだ動いてるんだ……あと少しじゃねぇか」
 懇願するような伍の神獣の声を遮るように、ケヒ ケヒヒヒ、と場違いな笑い声が聞こえる。レイドに背負われているクレイジー・ティーチャーが、うっすらと目をあけ、口元を歪めていた。
「その卵ガ、ボクの生徒達を攫った理由カイ? ……もうボク達は関係なさそうダネェ。帰っていいカナ? ミンナも疲れてるみたいだシ。ソレトモ……壊さないとダメなのかナ?」
「だ、だめだよ壊しちゃ。可哀想だよ! あの子だって痛いよ!?」
「ソウ? 今のままの方が痛いんじゃないかナ? 死卵だシ。ン? なんだいマイク。ウン、死卵っていうのはネ、そのままの意味だヨ。死んでる卵ってことだネ」
「黙れ人の子! この子はまだ生きてんだぞ!」
「マダ、デショ? 丁度良いからミンナも見てみるといいヨ!良い勉強になるヨー。普通の卵だと殻で中は見えないからネ!」   
「我らの妹を見せ物にすると言うか!」
「五月蝿いナァ〜。どうせ死んじゃうんだシ、キミ達だって見捨てるデショ」  
 クレイジー・ティーチャーの言うように、卵は殻が透けているのだが、長い間放置された水槽のように濁った水が満たされており中がよく見えない。地面に近づけば近づくほど、その色は苔が生えたような深い緑色に濁っていた。その中で羊水に包まれた胎児と同じ格好で、神獣と同じ姿形をした子が濁水の中に浸かっていた。
「そんなことないですよね、壱の兄。この子は、産まれてきますよね。……そうだ、人の子がこの森に入ったから! だから!」
「止しなさい陸の。人の子を連れてきたのは我々です。」
「で、では四の兄! この場に、ここに人の子が入ってきたから! 人の子がいるか……ら! だから、前と同じように……前と……。人の子さえ、人の子さえいなければ……!」
「無意味な殺しは嫌いじゃなかったのか」
 今にも襲いかかりそうな陸の神獣は、レイドの言葉にがっくりと項垂れ、嗚咽を漏らす。
 神獣たちも、わかっているのだ。卵が孵らないのは人の子のせいではないと。だが、一度失った妹の卵が、何故か蘇った奇跡。今度こそ護ると決めた神獣達は、また人の子が卵を壊してしまわないよう、宿に来た子は捕らえることにした。その結果が、これだ。愛する者も、護りたい人もいるシャノン達は、掛ける言葉が無い。神獣達は二度、妹を失った。
 壱の神獣が腕を伸ばすと、新しい鳥居が現れる。今度の鳥居は一般的な朱色の物で、鳥居の中には温泉宿「迷泉楼」が見えていた。
「その鳥居を潜り、本来居るべき場所に帰ると良い。……人の子達よ、迷惑を、かけ、……すまなかった」
 凛とした姿勢だったが、最後まではっきりと言えなかった。言葉にして言ってしまう事で、壱の神獣は全てを認めてしまう。それが、彼の言葉を詰まらせた。 
「あ、あの! 見捨てちゃうって、放っておく、の?」
 泣きそうな顔をしたルシファがクレイジー・ティーチャーに聞くと、彼はウン、と短く答えた。
「他の動物も同じだけどネ。産まれない卵も、自分から餌を取れない子も死ぬだけダヨ。それが動物たちノ、自然の掟ってやつだからネ」
 ルシファはなんとかならないのか、と皆を順番に見るが、レイドはゆっくりと首を横に振り、岸は申し訳なさそうに俯いた。シャノンは溜息混じりに、シュウもまたどうしようもない、と無言で首を横に振る。ぽろぽろと涙を零しながら、ルシファは祈るようにユウレンを見る。
「……すまないが、どんな病気かわからないものは治せない。調べるにしても、その子が保ちそうも……な、なんだ」
 ルシファの零れていた涙ははぴたりと止まり、治せないと言っていたユウレンをその場にいた全員が驚いた顔をして食い入るように見る。何か変な事を言っただろうか、とユウレンが戸惑う程だ。
「病気、なのか? あの卵」
「あ、おそらく、な。詳しいことはそっちの先生がわかるんじゃないか?」
「ボクもあんまり知らないヨー? ここまで成長してるのに死卵だから、多分ウィルスか何かだろうケド」
 話を聞いているのかいないのか、何かに押されるようにふらりと動いたルシファは、両手を繋いでいる子供に気が付き、止まる。子供同士で手を繋いで貰い、ルシファが卵に向かって歩く。どうするのか、と誰もが見守る中、レイドだけが渋い顔をして見ていた。
 ルシファは怪我だけでなく、病気を自らの身体に吸い取って治すこともできる。吸い取る、とはいえルシファ自身の治癒力は高く、卵の病気を取り込んだところで大丈夫だろうが、レイドは出来れば止めて欲しいとも思う。同時に、ああなったルシファを止めることは自分でも出来ないことも知っている。単純で、素直な性格なルシファだが、誰かが怪我や病気で苦しんでいると知れば治してしまう。そうなるとテコでも動かない。何を言おうと聞き入れない。そんなルシファだからこそ、本来相容れない筈のレイドの心を動かしたのだろう。
 ルシファが卵に両手を付ける。彼女自身から放たれる淡い光はその場の全てを包み込んだ。 
 ――あなたの夢だったんだね――
 優しく暖かな光はシャノン達と神獣たちの怪我を、そして疲れ切っていたクレイジー・ティーチャーや子供達の身体も癒す。両目を瞑り、優しい微笑みを浮かべるルシファをみた子供が、てんしさまだ と呟いた。


 産声が 響いた


 水に濡れ、産まれた神獣達の妹は、真っ直ぐに目の前のルシファを見る。
「えへへ、やっと会えたね。こんにちは!私、ルシファ!お友達になってくれると嬉しいな!あなたのお名前は?」
 真ん丸い目をきょとん、とさせて産まれたばかりの神獣は首を傾げ、きゅるる、と喉を鳴らす。無事に卵が孵り、ルシファも元気な様子にホッとしたレイドは苦笑しながら産まれたばかりで名前があるか、と言う。
「そっか。あの、この子のお名前、何て言うんですか!」
 ルシファがニコニコ笑顔で神獣を見上げ聞く。心ここにあらずといった風な神獣は、名は無い、と短く言う。彼等は産まれた順番に数字で呼ばれ、産まれた妹もそのまま「漆の」と呼ばれるらしい。
「レイド! レイド! 私に名前くれたみたいにこの子にもあげて!」
「いや、そんな急に言われたって……あ、あんたどうだ」
「…え、え!? お、俺!? あーんと、えーっと、…マリア、とか?」
「なんつーありきたりな……シャノンはこういうの得意なんじゃねぇの?」
「ん?……そうだな、エレンとか? 思いつきだが」
「思いつきかよ! それ以前に純日本な子にそういう名前ってどうなんだよ!?」
「もうサー、酸化鉄ちゃんで良くナイ? ホラ、イイ感じに黒いシ!」
「「「「それはない」」」」
 見事に四人の声が重なる。少し元気になったクレイジー・ティーチャーはエー?と言いながらレイドの背中から降りた。 子供達はタマとかポチとか鳥だからピー? とかよくペットに付ける名前を言ってはうーん、と悩んでいる。
「ジャァ、FeOならいいのカナ?」
「フェオ……。うん! かわいい! じゃぁフェオちゃん、気に入った? 言ってみて、自分の名前!」
「ふい? ふぃーぉ? 」
「フェ だよ。フェオ」 
「えーお、ふえーお」 
「そうそう! 私はルシファだよ!」
 ルシファは楽しそうにフェオに言葉を教える。舌っ足らずな言葉で一生懸命彼女の言葉を復唱するフェオが上手く言えると両手を叩いて喜ぶルシファを見て、フェオも楽しそうに笑う。
 不可能だと、訪れないと思っていた現実についていけなかった神獣たちは、暫く呆然とルシファとフェオの会話を見ていた。壱の神獣が二人の傍に屈み、かぎ爪で傷つけないようそっとルシファの手を握る。
「感謝する、異国の神の御使い。あぁ、本当に、何と礼を言えば、良いのだ……」
「??? 私、ルシファだよ? ね、フェオちゃん!」
 異国の神の御使い、それは簡単に言えば天使と呼んでいるのだが、ルシファには解らなかったようだ。感謝してもしたりない、と壱の神獣は奇跡的に産まれた妹とルシファを抱きしめる。ふあふあだ〜、と喜ぶルシファだが、神獣とはいえ男性に目の前で抱きしめられているのを見てレイドは驚愕する。鬼の形相で睨むレイドに、シャノンが
「余り過保護だと嫌われるぞ、お父さん」
 と茶化す。だれがお父さんだ!と叫ぶレイドの声とアァ!と大声を出したクレイジー・ティーチャーの声が重なった。
「ネェ! 今、何時になってル!? 一年生のミンナはとっくに寝てないとイケナイ時間じゃナイ!? こんな遅くまで起きてちゃダメじゃないカ!! ミンナ帰るヨ!!」
 クレイジー・ティーチャーの言うように、時刻は日付が変わろうかという時間だ。感動の場面もそこそこに、クレイジー・ティーチャーと岸が子供達の手を引いて鳥居に向かって歩き出す。壱の神獣がフェオを抱えるが、ルシファと離れたくないのか、ぐずりだす。
「また、遊びに来るからね! フェオちゃん!」 
 寂しそうな顔をするフェオに手を振り、やっと彼等は宿に戻る。物凄く回り道をし、大変な事になったが無事攫われた子供達も、神獣も誰一人欠けることなく帰路につけるのは、彼等がそう望み、努力したからだろう。
「そういや、先生にしては良い名前思いついたじゃないか どっからでたんだ? あのフェオって名前」
「エ? 変わってないヨ? 酸化鉄の組成式を言ったダケだもン」
「結局酸化鉄かよ!!!」
 名前の事は他の神獣達には言わないようにしよう、と誰もが思った。
  
  

 宿に戻ると流石に疲れ切ったのか、レイドとシャノン以外全員眠りこけてしまった。二人は子供になる際にユウレンから受け取った玉を壊し、元の姿に戻ってから布団を並べ子供達を順番に寝かせていった。子供達の寝る布団が並べられているのを見るのは、なんとも微笑ましいものがある。
「やれやれ、これで全員だな。レイド、眠くないなら付き合わないか?」 
 シャノンが冷蔵庫からビールを取り出し、レイドに聞く。頷いたのを確認して二つ取り出すと窓際のソファに二人向かい合って身体を預けた。
 夜遅いせいか、宿も静かなものだ。子供の寝息と微かに聞こえる宴会の音は、この二人だから聞き取れる。特に話をするでもなく、二人は飲み続ける。窓の外には先程までいた森の真っ黒な塊が、月明かりで見えるだけだ。何個目かのビールを空にしたレイドが呟く。  
「あいつらは、森から出てこないのだろうか」
 卵の中で産まれ育ち、そして腐るように死ぬだけだった神獣の新しい命は救われた。人とは違う生き物、だから神獣達があの森から出てこないのか、住みやすいからなのか、出る必要がないからなのか。どんな理由にせよ、レイドには彼等が閉じこめられている感じがした。誰かが、彼等自身がなのかも見当はつかないが。
「さてね、俺は違うことが苦しみの元だというのは愚かな考えだと思っているが。愛に生きるんならそれもいいんじゃないか? 愛にも色々な形がある。傍にいる愛、共に生きる愛、相手を支える愛、護る愛……愛しているからこそ、距離をおく愛……色々さ」 
 ルシファを護ると決めたレイドだが、それは護る愛かと問われたなら、彼は違うと言い切る。では何か、と聞かれると答えられないが、愛とは違うと言うだろう。レイド自身はっきりと解らないルシファへの思いを愛の一言で括ってしまうことは、まだできない。
 それから二人は無言で月見酒を楽しんだ。
 


 一番最初に起きてきたのはルシファだった。いつも起きても自分しか居ない寝床に今日は沢山の友達が寝ている事にルシファは嬉しそうに笑う。起こさないようそーっと隣の部屋に行き、その現状をみてぴ、と小さく声がでた。慌てて両手で口を塞ぎ、後の様子を見るが、誰も起こしてない事にホッとし、静かに戸を閉める。
「おはよう、レイド。シャノンさん……これ、ずっと呑んでたの??」
 ルシファはほえぇ〜と口を開け、二人の周りを改めて見渡す。銀色の缶や茶色の瓶が机の上に何本も置かれ、行き場のない物は床に転がっている。二人はあの後からずっと呑んでいたらしい。
「あ、私何か食べる物貰ってくるね! みんなお腹空いてるだろうし、レイドもシャノンさんもおつまみ欲しいよね!」
「おい、まてルシファ! 一人で出歩くな! お前すぐ迷子になるんだから! まず元に戻れ! 」
 ルシファが駆け足で玄関に向かうと、レイドは慌てて後を追う。シャノンは甘い物も頼むぞ、と二人に声をかけると何本目かの缶を開けた。


 クレイジー・ティーチャーは目が覚めても暫くぼうっと天井を見上げていた。久々に眠るという行為をしたため、頭が動くのに時間がかかった。むくりと起きあがると、周りに寝ている子供達を見渡し、一人の少女の隣りにしゃがみ込む。すやすやと眠る少女は髪の毛が片方だけ縛られたままだ。
 クレイジー・ティーチャーは自分の手首にずっと付けていた髪留めを少女の手に置くと、満足そうに笑う。クレイジー・ティーチャーが笑うと周りの人魂たちも嬉しいのか、ボシュっと一瞬だけ大きく輝き、彼等は隣の部屋に移動した。
「おはヨー、って流石に飲み過ぎじゃないかナ? シャノンクン?」
「よう。そうか? こんなもんだろ? あぁ、半分はレイドのだ」
「ソウ? ンー、なんか久しぶりに寝たナァ。なんかお腹もすいちゃったヨ」 
「今レイドとルシファが食事を貰いにいってる。ちゃんと甘い物を頼んでおいたぞ」
「Yes! さすがシャノンクン! わかってるネ! 温泉の甘い物って何だろうナー! 楽しみダヨ!」 
 甘い物はなんだろうネー、とクレイジー・ティーチャーが人魂達と喋る横で、シャノンはまだ酒を飲んでいた。
 
 

 ルシファとレイドが帰ってくると直ぐにテーブルの上には朝ご飯が並べられる。宿の従業員が準備をしているというのに、クレイジー・ティーチャーはレイドが買ってきた土産物の箱をさっさと開け、饅頭を食べ始めた。こしあんの温泉饅頭に迷泉楼」に言ってきました、と書かれている粒あん饅頭、とキツネの形をした白あんの饅頭と全部アンコの饅頭だ。
「ンー。おまんじゅうダケって寂しいネー。他はなかったノ?」
「この3種類しか見あたらなかった」
「ふむ、コレはコレで好きなんだが……」
 一つ、二つと饅頭を口に頬張るシャノンとクレイジー・ティーチャーはケーキとか生クリームも欲しいな、と言いながらも饅頭を消費していく。子供もいるから、と大量にかったレイドだったが、二人の食べっぷりを見て全部無くなりそうだな、と思う。
 食器が置かれる音や、美味しそうな匂いに誘われ岸と子供達がのそのそと起きてくる。温泉の効果が切れたのか、岸は短く切りそろえられた真っ赤な髪をがしがしと掻き、欠伸をしていた。子供達はおはよーござーまーすといいながら眠そうに目を擦る。ルシファとクレイジー・ティーチャーに促され一人ずつ顔を洗わせ、子供達がすっきりした顔で全員戻ってくると丁度準備が全て終わっていた。テーブルには朝ご飯というには大量の料理が並べられている。一人ずつちょこんと座り、
「いっただっきまーす」
 の声を揃って言う。ワイワイと話しながら、楽しい朝ご飯を続けていると、子供が一人あれ、と首を傾げ周りをきょろきょろと見始める。
「せんせー? いつまで子供なの?」
「あ、ほんとーだー。せんせーだけ子供だー」
 クレイジー・ティーチャー以外が元の姿に戻っていたのが面白かったのか、子供達はきゃらきゃらと笑う。
「ソッカ、子供のままだからSweetがあんまり入らないんダ! ユウレンクーン! どうやって戻るんダッケー?」
 饅頭を箱で平らげておいてまだ食うのか!とレイドが思う中、がまだ二人寝ている隣の部屋に行くと
「お休みだからッテいつまでも寝てるのはダメダヨー!」
 と白衣の裾をはためかせ盛大にダイブした。布団の中からなんとも言えない声が聞こえると、布団に乗っていたクレイジー・ティーチャーが落とされ、シュウが呻きながら出てきた。ダイブした衝撃で玉が割れたのか、元の姿に戻ている。
「……! 殺す気か! CT!! モロはいったぞ!」
「ゴメンゴメン、間違えちゃッタ☆ エー? これくらいじゃ死なないヨー」
「ゴメンゴメン、間違えちゃッタ☆ じゃなくて! たく頼むぜ……疲れてるんだから……って、待った待った! わざわざ助走付けて同じ事ユウレンにしようとしない!!」
 隣の部屋まで戻り走り出すクレイジー・ティーチャーを慌てて止めたシュウは、またしてもクレイジー・ティーチャーのダイブ直撃をくらい、布団の上に倒れる。
「ふ……普通に起こそう……ぜ……。お前等も止めろよ!」 
 部屋を覗き込んでいた岸は大爆笑しており、子供達もプロレスゴッコー!と楽しそうだ。一番助けてくれそうなルシファは死角になっていて見えないらしく、楽しそうだね!と声が聞こえる。流石に騒がしかったのか、ユウレンが布団からもぞもぞと出てきた。
「Good morning! 元に戻るのはどうやるんだったカナ? ウン? そうだねレイチェル! 修学旅行や体験学習ではミンナそろってご飯ダネ! 早く起きないとご飯抜きになっちゃうネ! 保護者のミンナはお手本にならないとダネ!」
 一体この集まりがいつから修学旅行や体験学習になったのか、レイドはこっそりと溜息をついた。それ以前に保護者のミンナはどこからドコまでなのかが凄く気になる。間違っても朝からご飯を食べないで饅頭を食べたり酒を飲み続ける保護者がお手本にはならないと思うのだが。
 まだ眠そうなユウレンは次から次ぎへと喋るクレイジー・ティーチャーのポケットを指差す。クレイジー・ティーチャーが首を傾げながらポケットの中をさぐり、玉を取り出すとユウレンも同じ玉を持っていた。
 ユウレンが拍手をするように両手で玉を叩き割り、クレイジー・ティーチャーがその仕草を真似すると二人とも元の姿に戻っていた。
「もどったヨー! ウン、チョっとしたMysteryだネ! サー! おまんじゅう食べるカナ!」
 叩き起こされたシュウとユウレンも諦めたのか、まだふらふらとしてる身体で顔を洗いに行き、開いている席に座る。
 大所帯で食べる賑やかなご飯が初めてのルシファは、ずっと楽しそうに笑っている。そんなルシファを見てレイドの顔にも笑みが浮かぶ。
 岸がいつまでも箸を付けないシャノンとクレイジー・ティーチャーに食わないのか?と聞けば二人揃って「山菜は野菜だ」と食べることを拒否した。甘い物好きの野菜嫌いはタイミングもバッチリだ。
 シャノンは酒を飲み続け、レイドやユウレンにも進めては空き缶と空き瓶の山を増やしていく。そんな流れにシュウが無意識に缶ビールに手を延ばすと、いつの間にかシュウの背後にクレイジー・ティーチャーが現れ、シャノン以外の人達が身体を跳ね上がらせた。真っ赤な目を光らせて仁王立ちしているクレイジー・ティーチャーは低い低い声で唸る。
「シューウゥゥークゥゥゥーーーン? お酒はハタチになってカラァァァァ」
「い、いやいや! ほら! ユウレンに進めようと!! な! 呑むだろユウレン!」
 逃げ場のないシュウが持っていた缶ビールをユウレンに手渡すが、彼女は逆の手にまだ缶ビールを持っている。呑む気はなかった、という事が重要なのか、クレイジー・ティーチャーは先程の低い声が嘘のようにウン、とあっさり頷く。が、
「せんせー、きのーシュウくんがお酒呑んでましたー。朝まで大量にー」
 と岸が棒読みで言った瞬間、クレイジー・ティーチャーはガシッとシュウの頭を鷲掴みにした。何故か影で見えないクレイジー・ティーチャーの顔は、目だけがぎらぎらと、一時停止を知らせる信号機のようにちかちかと光る。
「て、てめぇ昭仁! いや、ね、先生、落ち着いて。」
「ウン。先生落ち着いてるヨ、シュウクン。ちょっと先生とお話しようカ?」
 叫ぶシュウの声も虚しく、ずるずると引きずられるようにシュウは隣の部屋に連れて行かれ扉が閉まる。激しい教育的始動の音と声に、悪いとおもいつつも誰もが笑い出した。これも、教師の愛。 


 騒がしく喧しい、でも賑やかで楽しい。
 宴会はまだ暫く続くようだ。
 

クリエイターコメントこんにちは、桐原です。
まずは、お届けが大変遅くなったことをお詫びいたします。ごめんなさい。
そして参加してくださいました6名様、ありがとうございました。長々と温泉にお引き留めしてもうしわけありませんでした。

思った以上に長く、激しい内容になっております。
捏造というか、PCの皆様のイメージが壊れていないと良いな、と心から思います。

何か問題がありましたらメールか、ブログにご連絡頂けるとありがたいです。

ブログにて後書きの様な物を綴りたいと思っておりますので、宜しければご覧下さい。

お読み下さりありがとうございました。
また次のシナリオでお会いできる事を願って(礼)
公開日時2007-12-30(日) 00:40
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