★ 悪魔の闘争、その始まり ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-4587 オファー日2008-09-07(日) 17:48
オファーPC エズヴァード・ブレンステッド(ctym4605) ムービースター 男 68歳 しがない老人(自称)
<ノベル>

 悪魔の詠み声は、かくも不気味な物なのであろうか。街郊外の廃屋から響き渡るのは、集った悪魔どもが、その主を崇め奉る祈りの声だった。
 数は、数え切れぬ。さほど広くもない一軒家に、押し込まれたように存在する連中を、どうして一つ一つ数えられようか。
 そもそも、この場に灯りはない。赤く発光する悪魔の目と、窓から指し入る月光だけでは、把握することも困難であろう。視覚以外の手段で、感じ取れたなら……やはり、数えるのも面倒なほどいたとしか、理解できまい。……それほどまでに、盛大な儀式であったのだ。
 そして略式の台座に据えられるのは、生贄。祭壇を模したそれの近くだけは、悪魔どもも近寄らぬ。自制など知るまいに、上質の餌を前に手を出さないのは、主への忠誠ゆえか。
 血の滴るそれは、四足動物であることがわかるのみで、もう原形をとどめていない。切り刻まれ、はみ出た臓器さえそのままに――肉塊と呼ぶしかないそれは、確かに贄としての役割を果たしていた。

「オオ――!」

 悪魔の歓声が、廃屋にこだまする。肉塊が割れ、臓腑と血液、肉、骨の順に持ち上がり、暗闇へと消えて行く。香る悪臭さえもろともに、供物は彼らの主の下へと捧げられた。
 この夜、彼らは知る。偉大なる主の、顕現が間近であることを。それを自覚し、者どもは喜びのあまりに叫んだ。品性一つ感じられない、下劣な音声でありながら――畏怖と畏敬の尊い念が、そこには確かに存在していたのだ。



 月夜の晩。老人は、暗い夜道を歩きながら、頭を働かせていた。知人の家を訪ねた帰りで、少し酒気を帯びてはいたものの……彼の明晰さは、まったく失われていない。

――最近、夜が騒がしいですね。何かが、始まろうとしているのか。……それとも、すでに成っているから、騒がしいのか。

 エズヴァードは、微妙な違和感を知覚しながらも、これを放置することにした。元より、あまり能動的ではない性質である。自分に無関係であるなら、あえて追求する必要はない。この銀幕市においては、物騒な事件など、そう珍しくもないのだから。
 ただ、ほんの僅かに。――覚えがあるような、臭いがした。微妙な違和感も、そこから来ている。もしかしたら、傍観したままでは居られないのでは……と、そんな風にも考えていた。
 つのる不信感と、奇妙な親近感。それが確信に変わったのも、この夜のことである。
「む……」
 足を止めて、脇に伸びる路地へと目をやった。確かに、感じたのだ。ほんの一瞬ではあったが、悪魔の存在を感知した。あれは記憶にある気配と、完全に一致する。

――あの連中の、配下ですか。となると、この奥にあるものは……。

 今すぐ危害を加えるつもりであるなら、すでに襲撃を受けているはず。ならば、これは挨拶というところだろうか。
 路地に入って、歩くことしばらく。そこには、エズヴァードは想像した通りのものが、置かれていた。

『裏切り者に死を』

 無残な首なし死体と、その血で書かれた魔界の言語。犠牲者の血文字で表すには、まさにお誂えの文言であったろう。傍の壁に記されたそれは、大きく、太く、乱暴に描かれていて――筆者の感情が、もろに伝わってくるようでもあった。
「はは……」
 エズヴァードは苦笑した。まず、過ぎた示威行為に呆れ、次に姑息さを哀れみ、下卑た筆跡に嫌悪する。

――定石といえば定石ですが、優雅さに欠ける。程度の低い悪魔なら、仕方ないと思うべきでしょうか。

 この手口を見れば、嫌でも理解する。かつて、自分が破滅に追いやった者達の配下が、銀幕市に実体化したのだ。そしてこんな挑発を行う以上、あちらの士気は旺盛であると見てよい。
 悪魔の気性を考えるならば、標的は己のみならず、孫をも狙ってくることは容易に察しが付く。帰り道は、急ぐ必要があるだろう。
 エズヴァードは、彼女をこの件に巻き込むつもりはなかった。悪魔同士の穢れた争いに、あの子は似つかわしくない。何より、孫の健やかな日常を乱させるなど、保護者として失格ではないか――。


 案の定、というべきか。エズヴァードの自宅には悪魔が張っていた。本来なら、情報を得る為に尋問でも行うところであったが……じっくり解体するほどの余裕はない。昆虫の頭をもぐように、あっさりとこれを撃退。彼は孫の元へ急いだ。
 連中の殺気に当てられ、彼女はもう起き出しているだろう。夜も遅いというのに、気の毒な事をしたと、本気で思う。

――埋め合わせは、後で考えますか。……しかし今はなにより、あの子の顔が見たい。

 弁解と共に、安心を与えてやらねばならぬ。彼女は、悪魔同士の下衆な闘争などとは、無縁であるべきなのだ。
 自宅に入ると、その子はすぐに出迎えてくれた。寝ぼけ眼を擦る仕草は、まさに人間的で、愛らしく――血の通った芸術を、見ているようであった。事情をある程度はわきまえているのか、余計な口出しはしない。ただ、心配そうにエズヴァードを見上げていた。
「心配は無用ですよ」
 ゆっくりと寝室まで付き添い、彼女が眠るまで付き添った。エズヴァードがもっとも優先すべきは、彼女の安全と幸福。よって、不安にかられた孫を、まずは落ち着かせる必要があった。ここの防備を万全にするために、知り合いに手を回す時間も入用だった……という事情もあるが、彼女を寝かしつけることに重きを置いていたのは、間違いない。悪魔に敵対することよりも、孫の機嫌を損ねることの方が、よほど怖かったから。
 ……そして、彼女が寝入った事を確かめると、エズヴァードは悪魔の住処へと向かった。さきほど撃退した悪魔の軌跡を追えば、容易くたどり着くだろう。
 魔力の糸は、しっかりと逃げる悪魔を追跡している。不可視の糸は、持ち主以外の者には見切れない。これをたどった先に、己の平穏を乱した相手が居る。そう考えただけで、闘志がたぎるのを、彼は自覚した。

――さて、この代償。高くつきますよ?

 市街から随分離れたところで、ようやく目的の場所を見つける。悪魔の気配も、臭いも、強烈で……道しるべがなくとも、これならばすぐわかったであろう。しかし――ここでエズヴァードは、落胆にも似た感情を覚えた。
「中にいるのは、雑魚ばかりですか」
 廃屋の中は、大量の悪魔で埋まっていることだろう。なるほど、確かにこれは敵対する意思を持った、脅威と表してよい相手である。しかし、エズヴァードに恐怖を与えるまでには、至らない。ましてや、その脅威が、人にとってのムカデやゴキブリといった程度であるならば……。

――本能と感情にのみ忠実で、知性を生かす術を知らぬのなら。それは私にとって、ただ不快なだけの害虫と代わらない。

 細工はいらぬ。このまま乗り込んで殲滅することが、彼にはもっとも効率の良い手段に思えた。それに何より、堂々と乗り込み、これを無残に潰してやることは、この上ない意趣返しではなかろうか。
 どうせ背後で操っている者がいるに違いないのだ。その者に、己がどれほど厄介な存在であるか、改めて教えてやる必要があろう。
 エズヴァードは、無造作に廃屋の扉を開き、中へと乗り込んだ。こんな時でさえ、動作に乱れはなく、粗野な印象は受けない。……腹の内がどうであれ、外見を損なうほど取り乱すなど、彼にはありえぬのだ。
 そして、この場へと一歩踏み込んだ瞬間、エズヴァードは廃屋中から注目を浴びた。集っていた悪魔どもが、ようやく彼の存在に気付き、あまりの事態に動揺している。
 だが、素早く行動した悪魔もいた。そんな連中は、彼がこの場に現れたことさえ、深く考えず――ただ愚直に突貫する。連中には、それがどんな結果をもたらすか、想像も出来なかった。
 エズヴァードについて、話には聞いたことがあるのかもしれない。何らかの情報が、与えられていたのかもしれない。だが、それでも。
「ぎえ」
「ぐび」
「あばばば」
 瞬く間に、エズヴァードの周囲の悪魔が肉片と化す。襲い掛かった者は、汚物を撒き散らせながら、悶え、苦しみ――慈悲を請う間もなく命を落とした。
 いかに情報を得ようが、所詮は伝聞。元が劣悪な悪魔に限るなら、あなどってかかったり、まともに考察しないことも多い。彼らにとっては致命的なことに、エズヴァードのこの不敵さと、尋常なる力量を理解しえなかったのだ。
「礼儀のない方々だ」
 呆れたように、エズヴァードが言う。特に何かを期待していたわけでもないが、あまりに定番過ぎる。無造作に突っ込んで来て、魔力の糸の餌食になるばかりでは、腕の振るいようもない。ただでさえ、狭い廃屋内では、目に見えぬ糸から逃れにくいというのに。
「口上くらいは、聞いて差し上げても良かったのですが……ね。さて、貴方がたは、捨て台詞もなしに朽ちるのが好みですか? それとも、何かしら言い残してから死ぬ方を、選ばれますか? ――ああ、逃げるという手も、それはそれで結構。敵を目の前にして、遁走するだけの勇気がおありなら、ですが」
 敵の弱さに嘆きながらも、平然と挑発できるのが、エズヴァードという男であった。彼も悪魔であることに変わりはなく、その気になれば絶妙な感覚で弱者を煽りつつ、踏み潰す程度のことはやってのける。

――話を聞くにしても、ただ一匹だけ、残せばいい。どうせ大差ない小物の集り。得られるものなど、そう多くはないでしょうから。

 そして、エズヴァードに誘導されるように、悪魔どもは激情のままに行動を起こしたのである。惨殺されるために。あるいは、これを遠くから眺めている、連中の主に見せ付けるために。血塗れの人形劇は、ここに幕を開けた。


 始まってから、すでに三分。総数は、もう半数以下にまで減退している。エズヴァードの指先が、ほんの少し動くだけで、十体もの小鬼が引き裂かれた。肘から肩まで、大きく動かせば……一面に展開された影の群れが、千切れ飛ぶ。
 異形の体液が散り、臓物が吐き出される中で、それでも彼は品格を保っていた。エズヴァードは返り血一つ、肉片一つ浴びることなく、悪魔どもを地獄へ送り返していくのである。
「数があっても、それを生かす術さえ知りません、か。……私に危害を加えたいなら、まず一芸に秀でなさい」
 咎めるような口調とは裏腹に、にこやかな笑顔を、エズヴァードは浮かべていた。魔力の糸に引っかかる、肉の感触。骨に食い込み、押し付け、断ち切る手ごたえ。糸を伝って滴る血を、味見でもするように、口へと運ぶ。

――薄味も、偶にはよし、ですね。大量に得られるものに、ありがたみはありませんが……この手軽さが、長所といえば長所でしょう。

 彼は、下等な悪魔のように、下品にがぶ飲みなどしない。ただほしい分だけ、飽きるまで頂く。一時でも、彼らはエズヴァードの不興を買ったのだ。力の限りあがいて、この食事をなるべく味わい深いものにしてもらわねばならない。
 そうでなければ、彼自身、収まりが付かないところにいたのだ。穏やかな物腰こそ崩さないが、エズヴァードは充分に高ぶっている。
「なんと、なんと……」
「呪われヨ、呪われヨ」
「このままでは終わらせぬぞ、必ずや、ワが――ッ!」
 言いかけたところで、悪魔の唇が剥がれた。悲鳴をあげる前に、喉もえぐられ、声なき声をあげて身悶える。
「失礼。何か仰いました?」
 喋る手段を失った悪魔に、エズヴァードは呼びかけた。……無論、返事を期待してのことではない。ただ相手に、無力感を味合わせたかったのだ。
「ああ、すいません。無作法で、ございましたな。――では、御機嫌よう」
 ひとしきり足掻いた所を確認して、ようやく止めを刺す。そして彼は、次々と料理の対象を変えていった。
 廃屋の汚れた床で、傷に喘ぐ悪魔達。その光景を、彼は楽しんだ。愉しむ余裕を見せながら、決して隙を作らなかった。それほどまでに、エズヴァードの実力は、隔絶していたのである。
 しかし、それでも数が多ければ、手の届かぬ場所も出る。また、健闘する者も僅かながらもいるものだ。この二つが奇跡的に結合し、功を奏すことも、まれにある。それが戦いの運気と言う物であり、偶然の恐ろしさだと言えよう。
「おや」
 魔力の糸をかいくぐって、二体の悪魔がエズヴァードに迫る。彼はここでも慌てず、騒がず。冷静に嬲り殺す手段を模索するのみ。
「ぎききき」
「クワァー!」
 小型の獣型の悪魔が一体。続いて人型が一体、鋭い爪と牙をむき出しにして襲い来る。
 エズヴァードは、左の小指を内側に捻った。小指の先の糸は、巧みに軌道を変え、獣型の足元へ。前足のくるぶしへと当たり――これを切断した。
 つんのめって、頭から床に転げる。床上、数センチの所には糸が張り巡らされていて……倒れこむと同時に、獣の五体は解体された。首から上も細切れで、かろうじて額から上の部分だけが、床に乾いた音を立てさせた。

――こちらが細切れならば、あちらは……。

 同胞を始末された怒りも加わり、人型は叫び声を挙げながらエズヴァードへと肉薄する。彼の爪牙が、あと少しで届く、その距離で――。
「惜しい。……実に」
 エズヴァードの右手首が返され、一回転。糸を手に絡ませ、これを豪快に引いた。
 一斉に、周囲に糸が張り巡らされる。ほんの、僅かな。髪の毛一本の差で、彼はエズヴァードに及ばなかった。実力的な意味ではなく、距離としての意味で、であったが。
「祈りなさい。崇めるべき物が、あるのならば」
 人型の悪魔は、多くの糸を全身に巻きつけられ、強く締め付けられた。一気に肉に食い込んで、骨格までも覆いつくし、ぎゅうぎゅうに縛られる。さらに万力の如き力で圧迫され、血液を絞りつくされた。液体をぶちまけられる音の後に、糸が解かれれば……抜け殻と化した遺骸が残る。それを一瞥して、エズヴァードは評す。
「いい色です。……ふむ、これは少し、損をしましたか。啜れば幾分かは、満足に浸れたかもしれません」
 未練も、すぐに霧散する。彼には他にも相手にすべき敵が多くあり、その始末にかからねばならなかったのだから。
 そして、エズヴァードは蹂躙を続けた。最後の一匹を残すまで、悪魔も勇気を振り絞って戦い抜く。彼らをそこまで駆り立てたのは、果たして使える悪魔への忠誠であったのか。それとも、単純な敵愾心か。あるいは……彼に対する恐怖心が、全員に恐慌を伝染させ、狂気へと駆り立たせたのか。全てが終わった後となっては、もはや判断しようもないことである。


 生き残ったのは、偶然にもエズヴァードが一度は見逃し、探索の為の糸を絡めた悪魔だった。
 外見こそ立派な西洋的な悪魔、そのものであったが……中身は、粗野な小物に過ぎない。今も虚勢を張って、己の矮小さを相手に見せ付けていた。
「もう手遅れだ、手遅れだ。あの方は、もうすぐお出でになられる」
「あのお方、とは?」
 戯れに、エズヴァードは問うてみた。まともな答えは返ってくるまいが、座興の締めくくりとしては、悪くないであろう。
「同胞達がかのお方を復活させ、お前とあの忌まわしい『眼』を屠るだろう。く、くくく。お前は知るまい、わかるまいよ。あの方が、どれほど偉大であるか。その正体さえ――」
「左様ですか」
 最後まで聞き届ける価値を、エズヴァードは認めなかった。微笑みながら、仲間の後を追わせる。

――正体、ですか。見当が、まったく付かないというわけでも、ありませんが……。

 最後の一匹を、手早く解体すると、彼は思考の渦へと沈んだ。しかし、それも僅かな間のこと。エズヴァードには、もっと優先すべき事柄があるのだ。

――いけませんね、どうも。……また、あの子の顔が見たくなりました。

 苦笑しつつ、彼は孫の顔を思い浮かべた。あの愛しい孫、その幸せこそが、己の生きがいと言って良い。それに比べて、この暗闘の、なんと味気ないことよ。
 廃屋を出て、エズヴァードは家路を急ぐ。きっと、これから騒がしい事態が起こるのだろう。事前に察するには、この街は大きすぎる。
 だから、起こってから、対処すればよい。あれこれと気を回したところで、簡単に解決できる類のことでもない。ならば、その時がくるまで、思うまま過ごしたかった。
 さしあたっては、孫の下で。あるいは、愛すべき隣人と共に。……この銀幕市は、それだけの価値があるのだから。

クリエイターコメント このたびはリクエストを頂き、まことにありがとうございました。
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公開日時2008-09-29(月) 00:40
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