★ 深淵は誘う ★
クリエイター志芽 凛(wzab7994)
管理番号136-6703 オファー日2009-02-17(火) 18:24
オファーPC ファレル・クロス(czcs1395) ムービースター 男 21歳 特殊能力者
ゲストPC1 コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
<ノベル>

 目の端を幾つもの白が通り過ぎていく。耳に残る、街の声。
「……すっかり遅くなってしまいましたね」
 タクシーの窓から流れる景色を見ていたファレル・クロスは、静かに呟いた。そして、ゆっくりと目線を車内へと戻す。
「ええ。――まあ、しょうがないわ」
 ファレルの目線の先、彼の隣に腰掛けていたコレット・アイロニーは目を伏せて静かに笑った。顔に浮かぶ微笑に、僅かに疲労の色が浮かぶ。その表情に、ファレルのあまり変わらない表情が、僅かに曇ったかのように見えた。
「すみません。私がもう少し気を使っていれば……」
「……いいのよ。気にしないで」
 コレットを気遣ってか、告げた言葉に彼女はふふ、と笑って答えた。その表情は作ったものでは無く、心から楽しそうな表情に見える。
「大変だったけど、楽しかったわ」
「……ええ」
 ――そうですね。静かに告げた彼の横、街灯が幾つも過ぎていく。
 もう夜も遅いからか、隣を走る車の数も少なかった。
 歩道を歩いている人は、皆足早に家を目指しているようである。
 彼らが乗っているタクシーは、やがて交差点に差し掛かかり、ぐいんと滑らかな動きで左に曲がった。二車線あった道路が、たちまち一本の小さな道になる。
 住宅街の中を滑るタクシー。いつの間にか隣を走る車の音が、消えていた。
「そういえば……」
 ファレルがふと思い出したのかそう呟き、横を見ると、コレットは半ば目を閉じ、うつら、うつらと船を漕ぎ出していた。
「……なに……?」
「……いえ」
 眠くなっているだろうに、それでも律儀に返事を返そうとするコレットに、ファレルの顔には小さな笑みが浮かぶ。そして緩やかに首を振った。
「お気にせず……」
「そう……?」
 かたん、と石を踏んだのか、車が小さく揺れる。僅かに揺れる車内の中、コレットは次第に眠りの世界へと落ちていくようだった。彼女の膝の上では同じく、ピュアスノーのバッキーも、こっくりと船を漕いでいる。
 車内には、かたん、かたんと車が揺れる音だけが響いていた。
 ファレルは僅かな笑みと共に、窓の外へ視線を向ける。
 窓の向こうには、灰色の光景が広がっていた。闇色の空。僅かに降り注ぐ街灯の明かり。そして、通り過ぎる幾つもの家々。
 全ては、銀幕市の日常。
 タクシーはウィンカーを小さく出して、右へと曲がった。タクシーが動くと共に変わっていく光景を見ようとして、ふと窓に車内の光景が映りこむ。
 眠りの世界に入っているであろう、コレットとバッキーのトト。穏やかな光景をしばし見やった後、目線を変えると、運転手の後姿が窓に映った。
 ――鋭い切り傷を首に持つ、運転手の姿が。
「……!」
 それを目にした瞬間、今まで穏やかな時を送ってきた彼の脳内が、一気に覚醒した。何気ない振りを装い、もう一度窓越しに運転手の姿を覗き見る。
 やはり、首には大きな、そして鋭い切り傷が奔っていた。それも傷跡だけだったら良かったのだが、そこからは赤黒い鮮血が滴っているのだ。
 明らかに、普通の状況とは言い難い。
 扉の部分に頬杖を付きながら、ファレルはバックミラーを覗き見る。一応、運転手の顔を見ておく必要があると感じたからだ。
 運転手は、ごく普通の、銀幕市にはありふれた中年の男性だった。
 ――眼球が片方入っていない事を覗いては。

 * * *

 眼球が抜けた黒々とした眼窩に、ファレルは静かに座り直す。今まで穏やかだった車内は、気のせいだろうか、その静けさが逆に禍々しいものに感じていた。
 僅かに揺れるその振動も、不快なものに感じる。
 それでも、自分ひとりだったら何の問題も無いのだ。こんな怪しい運転手がいるタクシーなど、時を見計らってさっさと脱出してしまえばいい。
 だが、今彼の横には、不穏な気配をものともせずに眠るコレットがいる。
 彼女だけは、決して危険な目に晒す訳にはいかない。
 そう考えていた時、不意にがたんと、大きく車が揺れた。
「……う……ん……」
 隣で船を漕ぐコレットは、どこか幸せそうな表情で、小さくため息をついた。その表情に、ファレルは静かに気を引き締める。
 タクシーは、最初にがたん、と大きく揺れたのを初めとして、がたがたと大きく揺れながら動いていた。窓の外の光景は、今まで平穏な住宅街を抜けていた筈が、いつの間にか深い茂みへと変わっていた。僅かに車が斜めに傾いている所を考えると、山の中にでも入ったのだろうか。
 しかし、コレットが住む場所へは、こんな所を通ったのだろうか。ファレルはしばし、どう出方を伺うか顎に指を掛けながら思案していた。
 がたん、緩やかに傾斜を付けながら、タクシーが再びがくんと揺れた。
「……あの、一体どちらに向かっているのか、お伺いしてもよろしいですか?」
 口調は丁寧に、だが有無を言わさない調子でファレルが問いかける。タクシーの運転手は、首を動かさないまま、ちらりとバックミラー越しに目線を送ってきた。
 片目に残る、その目は笑っているように見える。ファレルの思い過ごしだろうか。
「お客さん、何をおっしゃっているんですか」
 その言葉を言い終わらない内に、ぞわり、と彼の背筋に何かが這うような気配が起きた。飛び跳ねる勢いで振り返ると、そこには。
 白い、人の手。緑の手。赤の手。青の手。様々な色の手が、ファレルに向けてひらひらと舞いながら襲い掛かってきていた。
「向こう側ですよ」
 そう運転手が言う言葉が、どこか他人事のように、彼の耳には届いていた。


 * * *


 突然の出来事にも、あまり表情を変えないまま、ファレルは掴みかかってくるその手を振り払っていた。
 瞬間に空気分子を組み換え、炎を差し向ける。
 どこか気味の悪い手は、炎の出現に驚いたようだ。ひゅ、と音を立ててその場に踏みとどまっていた。
 気味の悪い手がその場に留まっている間に、再びファレルは空気分子の組み換えを試みた。鉄球のように硬く重い珠を作り、運転手目掛けて投げ付ける。
 それは運転手の後頭部に、狙いを外れる事無くぶつかる筈だった。
「……?」
 だが、それはスッと彼の頭をすり抜け、さらに前面のフロントガラスもすり抜け、闇へと消えていく。
 これは、どういう事だ。どうして、いるはずのものが、いない事になっている。
 そう頭を働かせながら、自然と背筋が寒くなるのを堪えた。
 つまり、これは――。
 バックミラーに映る運転手の表情が、ふと歪んだような気がした。
 嘲笑うような、笑みに。
「――ッ!」
 そう感じた瞬間、隣にいるコレットの身体が、ふわりと宙に浮いた。しまった、と気がついた時には、彼女の身体は沢山の手に掴まれて、車の外へと引き摺り出される所だった。
 コレットさんは深く眠ってしまったようで、ぴくりとも動かない。
 するり、と彼女の身体が車の扉をすり抜けていた。外の深い、深い深淵へと彼女は誘われていく。
「コレッ……!」
 ファレルが追いかけようと身体を動かした時に、背後からがしり、と肩を掴まれた。
 視線を向けると、幾つかの手が彼の動きを阻むかのように蠢いている。
 車内は狭いから、思うような動きを取ることが出来ない。思った以上の力でぎりぎりと肩を締め付けられて、ファレルは小さく呻き声を上げた。
 窓の向こうにあるのは、深い、深い闇。黒々としたその中で、一条の光のように彼女の金の髪が煌いていて。
 自然と、ファレルの掌が、拳に握り締められていた。
 彼は手が緩む隙を狙って、思い切り前へ動いた。車のドアを開けようと手を触れた時、するりと自分の手がその扉をすり抜けていく事に気がつく。
 そのまますり抜けて、深淵へと足を踏み出した。
 車の外は、何も無い、黒一色だった。
 上を見上げても黒。
 横を見ても下を見ても黒。
 自分がまっすぐ立っているのか、方向感覚さえ分からない。
 それでも、彼女の居場所だけは、不思議と見えた。微かに遠くに光る、金色の髪。
 この暗黒の中で、光が差す筈なんて無いのに、何故か彼女の髪だけ、ファレルの目には光って見えた。
「……今、行きます……!」
 彼はそう叫んで、彼女のもとへと走り出した。

 * * *

 ぐるんぐるんと、方向感覚が無い中をただひたすらコレット目指して走る。一歩足を進める度に、横合いから彼の足を転ばせるかのように、ぬっと手が伸びてきた。相変わらず気味の悪い手だ。
 気を張り詰めさせ、足に掛かってくる手から上手く避けるように、上手く避けていく。そうしながら、コレットにじりじりと近付いていく。
 そんな時、不意に前から手が伸ばされ、ファレルはその場に踏み留まった。足下をぐるり、と緑の手が伸びてくる。そしてがしり、と彼の右足首を掴んだ。
「う、わっ……!」
 ぐるん、と船が転覆するかのように、方向が変わる。そのまま、彼はがくんとその場に倒れ込んだ。
 周りが闇のせいで、自分が今、きちんと立っているのかも分からないこの状況。頭がぐらぐらして、胸の辺りに気持ち悪いものが浮かんでくる。
 立ち上がろうと肘を地に付いて半身を起こした時、目前に赤い手が近付いていた。
「ぐっ……!」
 それがそのままべたりと顔に貼り付く。それをきっかけに、彼の首にぐるりと手が巻きついた。ただでさえ暗いのに、気持ち悪いものが顔に張り付いているから、余計前が見えない。
 そうして顔に貼り付いた手と格闘している内に、首に巻きついた手に、力が込められていく。
「……が、は……」
 酸素が足りない。視界が段々狭まってくる。その中で、ファレルは何とか今の状況を突破しようと、がむしゃらに手足を動かした。
 右手に巻きついているらしい、幾つかの手を力を込めて振りほどく。
 思考能力が落ちた脳内が、僅かな匂いを嗅ぎ当てた。
 ――それは、腐ったような。腐敗臭。
 それを嗅ぎ取った瞬間、ファレルの背筋が本能的に寒いものを感じ取った。
 力が抜けかけていた右手に再び力を入れる。それは、本能的な嫌悪感。
「このまま、一緒に腐るなんて……ごめんです……!」
 口から、するりと言葉が滑り出た。それに反応してか、首に掛かる手に再び力が込められる。
 ぎりぎりと首を締め上げられて、脳内への酸素が欠乏する。
 それでも、右手の力を緩めることは無かった。ありったけの力を込めて、右手を自由にする。不意に小さな衝撃音と共に、右手がぽかりと空いた。
 自由になった右手を首に当て、じわじわと力を掛ける。彼に反抗するかのように、首に掛かった手の力は益々増していた。ますます掛かる力に、口元にぐっと不快感が襲ってくる。それを耐え、ひたすら一本一本、首に掛かった指を剥がしていった。
「が! はあ、はあ、はあ……」
 そして、時間を掛けながらも、首元に掛かった手を剥がし、顔に掛かった手を剥がし終えた。ファレルは立ち上がりながら、何度も息を吸い、そして吐く。
 ぐらり、と酸欠で身体が揺らいだが、今は自分の身体に構っている場合では無い。ぐい、と片手で顔を拭い、前に視線を向けた。
 先程よりは随分小さくなっていたが、それでもまだ金の髪は光って見えた。
 一歩、足を踏み込む。一歩、また一歩。慣れてきたら、力を入れながら走り出す。
 自分がどれくらい進んでいるのかは相変わらず感じ取れなかった。だが、耳元でごう、と風が渦巻くのを感じる。
 その時だった。ファレルの背後から、車のエンジン音が聞こえてきた。
 自分の足下に、細く、鋭くヘッドライトの光が落ちるのが見える。
「……追ってきましたか」
 視線だけ横向きに向けると、眩しい二つの光が目に入った。まだ幾分距離は離れているだろうが、それでもすぐに追いつかれるだろう。
 だが、幸いもうコレットに幾分追いついてきていた。
 自分の目に、はっきりとコレットの姿が映りこむのが分かる。
 車のエンジン音がじわじわと高まっていく中、ようやくコレットに追いついたファレルは、彼女に絡みつく手を踏みつけた。力の篭ったそれに、一瞬気味の悪い手は怯む。
 その隙に、ファレルはコレットの身体を抱き上げた。追いすがってきた手を空いた左手で追い払う。
 ぶちり、と一本の手を掴んで引っ張った時、それが何かから捻じ切れるような音と共に、ざらり、と砂のように溶けて彼の手に降りかかった。
「うわ、……これは、一体」
 左手と足を止めないながらもぼそりと呟くファレル。彼の耳に、タイヤがスリップする音が聞こえてきた。その音に、くるりと後ろを振り返る。
 そこには、目前に迫ってきたタクシー。
 眩しいヘッドライトで見える筈の無い運転席なのに、何故か彼の目には運転手が歪んだ笑みを浮かべているように映った。
 ファレルは無言のまま、右手を伸ばす。
 スピードを上げて迫ってくるタクシー。道路とタイヤが擦れあって、熱を出す。
 その熱の分子をガソリン部分に、組み込んで――。
 
 どお、んと、爆音が眼前で弾けた。
 鼓膜が破裂するかのような音が響き渡った。一瞬白く染まった視界は、やがて赤いものに変わる。つん、と鼻に焦げ臭い匂いがつく。
 白く染まった視界は、彼の意思とは裏腹に、段々と狭まっていった――。
 両手の力が抜けて、いく――。
「駄目だ……」
 ファレルは必死に呟きを漏らしながら、力が抜けていく腕を見下ろした。
 自分の腕には。
 彼女が、まだ――。


 * * *


 がたん、と自分の身体が揺れるのに気がついて、ファレルは目を開いた。窓枠に掛けていた肘が、ぐらりと崩れ、がくんと頭が揺れる。
「ここは……?」
 状況が飲み込めず、周りを見回した。そう、確か対策課からの仕事の帰りに、タクシーに乗っていて、それで――。
 そこまで思い出して、はっと辺りを見回す。
 タクシー内部の、どこか独特の匂い。ざらりとした、座席の感触。窓の外では、街灯がぽつぽつと点る、小さな路地が広がっている。
 隣を見ると、そこにはコレットが、うつらうつらと船を漕いでいた。彼女の膝の上では、バッキーがコレットと同じように、すぴすぴと眠っている。
 夢、だったのだろうか。
 バックミラー越しに、そっと運転手を覗き見た。タクシーをよく運転している中年の男性だ。その両目は、どこか退屈そうに、だがきちんと仕事をする為に前を向いている。
 ――夢、だったのだろうか。
 それにしても随分とリアルな夢だった。右腕をさする。今でも生々しく、そこにべったりと張り付いたような手の感触を思い出す事が出来た。
「う……ん」
 コレットが小さく呻いて、ゆっくりと目を覚ました。
 寝起き特有の、気だるげな目をファレルに向ける。
「――ああ、ごめんなさい。つい眠ってしまったわ」
「いえいえ。もう夜も遅いですし」
「――そう、かしら?」
 ふわ、と小さく欠伸をするコレット。コレットが動いたからか、膝の上に乗っていたバッキーも小さく身じろぎして、目を開いた。
「もうすぐ着くわね。……それにしても、何だか変な夢だったわ……」
「……変な夢、ですか?」
 コレットの言葉に、ぴくりとファレルの眉が動いた。それに気づく様子も見せず、彼女はうーん、と小さく首を捻っている。
「詳しくは思い出せないんだけど……。でも、とにかく変だったなあ、って感触だけは残っているの」
「それって――」
「お客さん、着きましたよ」
 ファレルが詳しく聞きだそうとした時、緩やかにスピードを落としてタクシーが停止した。窓の外を見ると、横にはコレットが住む施設が見える。
 ぱかん、と自動で開くドアに、ファレルはそれ以上言い出せず口を噤んだ。運転手と、そのまま事務的にお金のやり取りをする。
「はい、ありがとうございましたー」
 その言葉を背に、ファレルは釈然としない思いを抱えながらも、地に足を下ろした。
 彼の目の先では、コレットがバッキーの頬をむにゅりと引っ張って伸ばしている姿があった。そしてふふ、と小さく微笑む。
 ――きっとあの出来事は夢だったのだ。
 コレットの楽しそうな姿に、自然とファレルの口元は小さく緩んでいた。
 彼の後ろでは、一仕事終えたタクシーのドアがぐい、と自動で閉まっていく。
 その時、ファレルは確かに聞いていた。

「――はあ、引き込み損ねたな」

 ばたん、と勢い良く音を立てて閉まる扉の音に紛れて、運転手がそう呟くのを。
 タクシーはそのまま、目を軽く見開くファレルの前で、緩やかにスピードを上げて走り去っていった。
 ざり、とタクシーが舞い上げた砂埃が宙を舞う。

 ――彼の鼻を僅かに、何かが腐ったような匂いが掠めていた。
 

クリエイターコメント大変お待たせ致しました。ノベルをお届けさせて頂きます。
今回は場面などから、少しホラーちっくなシュチュエーションだったので、色の表現などに工夫を取り入れてみたのですが、ホラーというよりはアクションになってしまったような……。二人の淡い関係は、楽しく描かせて頂きましたvv 色々な場面にひっそり二人の淡い関係を取り入れておりますので、色々と読み込んでくだされば幸いです。

それでは、素敵なオファー、ありがとうございました!
公開日時2009-03-19(木) 18:30
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